今回は珍しく第三者視点。
番外編です。チルノの修行風景なんぞを書いてみました。
そんなもの書いてるんなら宴会編を書けってやつですね、ごめんなさい。
太陽の畑。
その場所は普段は静かな場所だ。
風見幽香がそこに住み、それ故に人も妖怪も恐れて近づかない一種の不可侵地域と化しているのだからそれも当然だが。
しかしここ最近――厳密にいうならば春雪異変が終わった頃から――その場所で戦闘音が響き続けていた。
戦闘を繰り広げている片方は当然太陽の畑の主である風見幽香。
もう片方は意外にも妖精であるチルノだった。
チルノは能力によって作り上げた氷剣を手に幽香に特攻する。
幽香はそれを妖力による砲撃で迎撃する。
巨大なレーザーがチルノを飲み込まんと迫る。
しかしチルノはすでにそれによって撃墜された経験を積んでいる。
どれだけゲームが下手な人間でも繰り返しやっていれば攻略法を見つけるように、チルノも対処法は見つけていた。
氷剣を前に突き出して盾にする。そのまま左に方向を転換し、砲撃を剣で防ぎつつ砲撃を抜ける。
剣を砕かれつつも砲撃を抜けたチルノはそのままの勢いで幽香に迫る。
――凍符「パーフェクトフリーズ」
吹雪のごときスペルが幽香に迫る。そしてこの距離からではいかに幽香といえど回避するのは難しい。
弾幕を彼女に当てればチルノの勝ちだ。
チルノは回避行動を起こさない幽香を見て勝利を幻視する。
しかしそれはノータイムで放たれた第二撃の砲撃で打ち砕かれた。
砲撃はチルノのスペルを飲み込み、消失させていく。
そして、接近していたチルノにそれを避ける術はなくあっさりと直撃した。
幽香は撃墜されたチルノに目を向けることはなく花の手入れを始めた。
地面に墜落したチルノに慌てて近寄るのはチルノの友人(友精?)である大妖精だった。
彼女は風見幽香のいる太陽の畑に来たくはなかったのだが、親友であるチルノがどうしても行くと言って聞かないので心配でついてきたのだ。
幸い幽香は大妖精のことを気にするわけでもなく無視し続けているため、大妖精は傷つけられることなくこの場にいることができた。(とはいっても怖いものは怖いので近くの林に身を隠しているのだが)
完全に伸びているチルノに大妖精は手当を施す。
本来妖精は死ねば一回休みとなり、回復して目を覚ますのが通常なのだが、絶妙に手加減された幽香の攻撃はチルノを一回休みにさせてはいなかった。
故にチルノの体には多くの傷が残っており、大妖精は頼み込んで譲ってもらった傷薬や包帯を使って治療していた。(余談だが、この医療品は紅魔館で譲ってもらったものである。美鈴や咲夜が密かに大妖精を可愛がっているのだ)
太陽が頂点から下がり始めたころ、チルノは目を覚ました。
起き上がって周囲を見ると、隣で大妖精が昼寝をしているのを見つけた。
どうやら慣れない治療で疲れたらしい。
チルノは大妖精を起こさないように小声で礼を言うと、太陽の畑へ向かう。
そこでは幽香が日傘を差して待っていた。
「今度こそあたいが勝つわ。覚悟しなさい」
氷剣を形成し、挑発の言葉を投げるチルノに対し、幽香は何も言わずに臨戦態勢をとる。
チルノはそんな幽香に突っ込む。
少しでも動きを止めれば砲撃の集中砲火を受けるのは経験で知っていた。
ならば砲撃を剣で受け流しつつ間合いを少しでも詰めるのが上策。
だが、それだけでは先程の戦いの巻き直しでしかない。
足りない。チルノは圧倒的な実力差が幽香との間にあることを何十回、下手すれば何百回もの敗北の果てに学んでいた。
力が足りない。 砲撃を受け止める力が足りない。
速さが足りない。 攻撃に反応するには速さが足りない。
覚悟が足りない。 勝利するために危険に飛び込む覚悟が足りない。
何もかもが自分に足りない。そんな自分では目の前の彼女に勝つことも、あの日、自分に見向きもしなかった彼女にも勝つことはできない。
幽香から放たれた砲撃がチルノを包囲する。
逃げ場はない。このままでは敗北が確定する。
チルノは考えた。足りないことが分かっている自分の知能をフル回転させて考えた。
そして思い出したのはここを教えてくれた雪女――レティ・ホワイトロックが一度だけ幽香との戦いを観戦して述べたたった一つの助言。
――あなたには自分の世界が存在しない。私と類似した能力を持っていながらそれを腐らせている。自分の世界を見つけなさい。そしてその世界を現実に示すの。ここは幻想郷よ?どんな荒唐無稽な幻想でもここではそれが現実になるのだから――
言われた時は何を言っているのか分からなかった。
だけど今なら何となく理解できる。
――つまり、あたいがサイキョーってことを強く思えばそうなるってことよね!
当初チルノはあながち間違ってはいない答えを導き出しはしたものの、若干それは具体性に欠けていた。
それだけでは駄目だということはもうわかっている。
自分は何を以て自信を最強とするのか。
答えはただ一つ。自身が持つ能力だ。
――相手が強いのなら凍らせればいい。それができないなら相手の周囲を凍らせればいい。それすら困難なら世界そのものを凍らせればいい。
普通ならば決して出てこないであろう矛盾と無茶と無謀が混ざり合った解答。
しかし、チルノはそれを成す。
自身の能力と、危険な環境により発現した火事場の馬鹿力で。
――凍符「ワールドフリーズ」
そして時は凍結した。――0.01秒だけ。
無論そのような刹那の時間では砲撃を避けることなど到底不可能。
チルノは先ほどと同じように砲撃に飲み込まれるのだった。――先程の戦いでは無かった確かな手ごたえを感じながら。
風見幽香は一瞬だけの世界凍結を感じ取っていた。
そして笑みを浮かべる。
果たしてそれはチルノの成長を感じ取ってなのか。
それとも新たな強者の可能性を見つけたからなのか。
その笑みの意味を知るのは幽香のみ。
幽香が倒れ伏すチルノを見つめていると、いつも通りに大妖精がチルノのそばに寄ってくる。
いつもなら目を向けていなかった幽香が大妖精を見ているのに気が付いたのか、彼女は涙目になって小さく震えはじめる。
その光景はまさしく喰う者と喰われる者の構図だった。
幽香はチルノを抱え上げ、自分の住まいに歩きはじめる。
チルノが連れ去られる光景を黙って見ていることができなかった大妖精は追いかけようとする。が、やはり恐怖で足が動かない。
幽香は一度振り返ると、大妖精を流し見て、一言。
「付いてきなさい」
その声を聞いて大妖精はピーンと直立し、壊れた人形のようにギクシャクと歩きはじめる。
大妖精が付いてきているのを確認した幽香は再び住まいへ歩き出した。
住処につき、大妖精は近くの椅子に座るように言われ、ガチガチになりながらも座っていた。
近くのベッドにはチルノが寝かされており、呑気に寝息を立てていた。
大妖精はそんなチルノを羨ましそうな顔で見つめていた。
しばらくすると、幽香が料理を持って現れる。
幽香はテーブルに料理が盛りつけられた皿を置くと、スプーンやフォークといった食器を大妖精の前に置く。
何が何だかわからずに大妖精が困惑していると、幽香は顎で料理を指し示してそのまま大妖精を見続ける。
それが料理を食べろというサインだとようやく気が付いた大妖精は恐る恐る料理を口にする。
そして料理のおいしさに驚いて一瞬動きが止まり、その後勢いよく食べ始めた。
妖精にとって食事は嗜好品でしかないが、おいしいものを食べたいというのは人間と同じである。
幽香はそんな大妖精の姿を見て薄く微笑んだ。
その姿は幻想郷の中でも危険度が高い妖怪には見えなかった。
その後、チルノが目を覚まし、騒がしい食事となるまで幽香は大妖精を見続けるのだった。