正義のヒーローになることを夢見る青年が偶然みつけた空き地の古びた祠。
青年は毎日その祠にお参りをすることになる。
青年がオーディションに落ち、落胆していると祠から狐が現れる。
青年と狐の掛け合いがお互いの絆を深めていくことに。

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正義のヒーロー

ぱん! ぱん!

 

 力強い拍の音が朝の澄んだ空気を震わせる。

 音に驚いた鳥が一斉に飛び立っていった。

 ここは都内のとある小さな雑木林。

 灌木に覆われた小道を抜けると、ぽっかりと広場のような空間が現れる。

 そこには、古びた(ほこら)が人知れずひっそりと佇んでいる。

 俺の名前は、高木由比古。

 ヒーローとなって、テレビで活躍することを夢見る29 歳のフリーターだ。

 俺が二十歳のころ、早朝ロードワークの途中で、偶然、この雑木林の中にある祠をみつけた。

 誰にも気づかれなかったのか、その祠は荒れ放題でひどい有り様だった。

「これじゃあ神様も居心地が悪いだろう」

 俺は祠の媒を払い、周りの雑草を取り除いた。

「ヒーローになって、かっこよく活躍できますように」

 それからは、この雑木林に立ち寄って祠に頭を下げ、願をかけるのが日課になった。

 

 俺は幼稚園のころからヒーローもののテレビや映画が大好きだった。

 そして、少年の憧れは、いつしか確信へと昇華した。

 アクションを演じるため、高校では体操部に所属して身体を鍛えた。

 大学に進んでからは、アクションクラブにも通って殺陣やアクションを学んでいる。

 大学在学中に、小さいながら芸能事務所に所属した。

 夢の実現に抜かりはない。

 しかし、現実はそう甘くない。

 主役級は言うに及ばず、準主役や脇役のオーディションにすら合格することができず、今日に至っている。

 俺は、身長180 センチメートル、体操で鍛えた筋肉質で引き締まった体は、理想的と言える体格だ。

 自分で言うのもなんだが、顔だって悪くない。

 モデルに転身したらいくらでも仕事があると言われている程だが、断り続けている。

 俺は夢に妥協しない。

「正義の味方になって悪をくじく」

 この信念だけが俺を衝き動かしている。

 そうは言っても、俺ももう29 歳だ。

 アクション俳優としてデビューするには、そろそろ厳しい年齢になってきた。

 アクションクラブで殺陣の稽古を終えて汗を拭いていると、事務所から電話が入った。

「高木君、ヒーローもののオーディションが来てるよ」

「本当ですか! 受けます!」

 考える必要などない。

 即答だ。

 俺はやる気満々でも、オーディションにはまず書類審査がある。

 書類審査に通らなければ自分の演技や人物を見てもらうことすらできない。

 今まで俺は、ほとんどのオーディションを書類審査で落としていた。

 ここに金の卵がいるっていうのに、担当者の目は節穴か。

 俺は、祈るように応募書類をしたため、投函したポストに手を合わせた。

 数週間後、結果を知らせる封書が届いた。

 俺は緊張しながら中の書類を取り出した。

「一次審査のお知らせ」

 書類審査合格者への通知だ。

「やった!」

 思わず両手を握り締めて天を仰いだ。

 次は面接だ。

 面接に失敗は許されない。

 俺は、面接で聞かれるであろう質問と、それに対する答えを練りに練って当日に備えた。

 面接当日、自信作の想定問答とともに面接会場に乗り込んだ。

 大勢のライバルたちが控え室で思い思いに準備をしている光景に、否が応でも緊張感が高まる。

 集合時間になったところで、担当者からアンケート用紙が配られた。

 アンンケートには、その場で答えを記入するようになっている。

 質問は、どれも俺が想定問答で用意していたものだ。

 奇をてらったものはない。

 俺は、すらすらと答えを書き終えた。

 アンケートで特に力を入れて書いたのは動機の部分だ。

「正義のヒーローになって、悪を倒す! 最後には必ず正義が勝つことを子供たちに教えてあげたい」

 これが俺の信念だ。

 書いている俺の鼻息が思わず荒くなる。

 面接は、数人が一つのグループに分けられ、グループごとに案内されるらしい。

 俺のグループの順番が回ってきた。

 部屋に入ると、受験者の座る椅子が並べられ、その向こう側に監督やプロデューサら5人の面接官が居並んでいた。

 すごい威圧感に圧倒される。

 中央に座る監督は、事前に提出されているアンケートをぱらぱらとめくりながら質問を考えているように見えた。

「では、高木さん」

「は、はい!」

 いきなり自分の名前を呼ばれ、声が裏返りそうになった。

「正義の味方になりたいと書いていますが、高木さんの考える正義とはどのようなものですか」

 監督に穏やかな目で見つめられた。

「しまった」

 俺は焦った。

 正義の味方になりたいという動機は書いが、正義がどんなものかを考えていなかった。

 俺には、監督の穏やかな目が自分の心臓を射抜く矢のように感じられた。

「せ、正義というのは、悪をやっつける力のことだと思います」

 まるで答えになっていない。

「なるほど。では、悪というのはどういうことでしょう」

 監督から二の矢が飛んできた。

「は、はい。悪というのは、正しくないことです」

 俺は、自分の語彙力のなさに嫌気が差した。

 しかし、ここで心折れてどうする。

 ヒーローは、ピンチさえも力に変えるんだ。

「そうですか。それでは、その『正しくないこと』というのは、誰が決めるんですか」

 この質問には自信を持って答えられる。

「ヒーローが己の正義に従って判断します。それがヒーローです。正義は常に正しいのです」

 俺は熱く言い切った。

 自分のかっこよさに打ち震えた。

「そうですか。分かりました」

 監督の質問が終わった。

 そのあとは、セリフの読み合わせや簡単な演技の実演をした。

 演技には自信があり、ばっちりアピールできたはずだ。

 これはいけるかもしれない。

 一次審査からまた数週間後、俺の安アパートに結果通知の封書が届いた。

 俺は、震える手でそいつを開封した。

「一次審査の結果、あなたは不合格となりました。今後のご活躍をお祈りいたします」

 不合格だった。

「くそっ! なんでだよ。演技もばっちりだったはずなのに」

 俺は、柱に額を打ち付けた。

 柱は思ったより固くて痛い。

 勢いでやるんじゃなかった。

「社長、不合格でした。悔しいです」

 事務所の社長に電話で結果を報告した。

「そうかあ、残念だったな。なんで不合格だったのか聞いてやるよ」

 社長は監督と旧知の仲らしい。

 だったら監督に手を回しておいてくれよ。

「なんだかよく分からんが、あいつが言うには高木君はヒーローじゃなく、独裁者になる危うさがあるということだったよ」

「は? なんすかそれ?」

 俺は正義を語ったはずだ。

 それなのにヒーローじゃなく独裁者になるというのは、おかしいだろう。

 

 俺には不合格の理由が納得できなかった。

 しかし、結果が出てしまったものは仕方ない。

 前に進むんだ。

 次のオーディションに向けてトレーニングを開始しよう。

 翌朝、いつもの雑木林に立ち寄り、狭い広場でストレッチをすると昨日のイライラが少しは収まったような気がした。

 そのあと、ボロボロの祠に二礼して二回拍を打つ。

「自分にはもう後がありません。神様、お願いです。俺をヒーローに、正義の味方にしてください!」

 俺は、声に出して願をかけた。

 そして、もう一度深く頭を下げた。

「どうしてもヒーローになりたいのですね」

 不意に後ろから若い女性の声で話しかけられた。

 聞き覚えのない声だ。

 驚いて後ろを振り向いた俺の視界に、にこやかに佇む清楚な巫女さんの姿が飛び込んできた。

 その巫女さんは顔が狐で、身長が俺の腰くらいまでしかない。

 狐だと!?

 しかも金色の尻尾も生えているじゃないか。

 俺は腰を抜かしそうになった。

 だが、不思議と恐怖感はなく、むしろ何か惹かれるものを感じた。

「訪れる人もなくなり、寂れるだけの祠をきれいにしていただいた上、毎日お参りにいらしてくださり、ありがとうございます」

 狐はぺこりと頭を下げた。

「狐さん、知ってたんですか。毎日お願いしてたことも」

 きっとここはお稲荷さんで、その狐が現れたのだろう。

「オーディション、残念でしたね」

 狐が口元に手を当てて、くすりと笑った。

 

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「そんな、笑わなくたっていいじゃないですか。ひどいなあ」

「ごめんなさい。でもね、今のあなたでは何回オーディションを受けても合格はできませんよ」

 狐は笑顔で俺の傷口を抉った。

 この狐は俺を弄んでいるのか?

「な、なんでですか? 俺、毎日頑張ってるし、ここにお願いにも来てるんで すよ!」

「あなたの努力はよく知っています。それは素晴らしいことです。ただ、あなたには一つだけ、致命的に間違っていることがあります」

 狐が足音一つ立てずに歩み寄ってきた。

「間違っていること?」

「はい、神は誰の願いも叶えません。今日、あなたは神に願いを委ねました。それが間違いです」

 狐に顔を見上げられ、心臓が高鳴った。

「神様は人の願いを叶えてくれるものじゃないんですか?」

 狐の言うとおりだとすると、神はとんでもない役立たずだ。

「由比古さん、あなたはパソコンをお持ちですか?」

 狐が小首をかしげた。

「家にありますよ。古い奴ですけど」

「そうですか。それでは、こちらのサイトをご覧ください」

 狐は(たもと)から名刺のようなカードを取り出して俺に差し出した。

「え、 あ、はい」

 狐から差し出されたものを受け取っていいものか戸惑ったが、俺の手が勝手に動いて受け取っていた。

 https:/www.oinarisan.god/

 カードにはURLが一行だけ記されている。

「お稲荷さんドットゴッド?」

 分かりやすいが奇妙なドメインだ。

「これはどこのホームページなんですか?」

「あれっ? いない」

 俺がカードから目を上げると、さっきまで目の前にいたはずの狐がいなくなっていた。

 あたりを見回してみても人っ子一人見当たらない。

「リアルに狐につままれたな、こりゃ」

 俺は、カードをポケットにしまい雑木林を走り抜けた。

 雑木林を走り去る俺を、いつも狐が見送っていたことは、後になって嫁から教えられた。

「ちょっと見てみるか」

 家に帰った俺は、パソコンを立ち上げた。

「だいたい、ドットゴッドなんていうトップドメイン聞いたことないぞ」

 実に胡散臭い。

 見に行ったらウィルスでも仕込まれるに違いない。

 俺の警戒をよそに、俺の手はブラウザのアドレスバーにURLを直打ちで入カしてエンターキーをたたいた。

 またかよ。

「なんだこりゃ?」

 思わず変な声が出た。

「ようこそ高木由比古さん」

 ホームページのタイトルに自分の名前が書かれているではないか。

「ここは、あなた専用の神社です。困ったこと、分からないことがあるときはここに来てください。解決のヒントがみつかることでしょう」

 タイトルに続いて、巫女の装束を着た、かわいらしい狐のイラストが表示されている。

「俺専用の神社? このホームページは俺のために作られてるのか?」

 俺の頭の中には疑問符が飛び交った。

 狐のイラストのすぐ下には「次へ」というリンクだけが表示されている。

 とりあえず次へ行けばいいらしい。

 リンクをクリックすると、ページが切り替わり新しいページが表示された。

「なぜ神は誰の願いも叶えないのか」

 今度のページのタイトルは、神社で狐に言われて意味が分からなかった言葉に答えるもののようだ。

「神は、あなたに寄り添ってカを与えることはあっても、神があなたの外から願いを叶えることはできません」

 ページにはそう書かれていた。

 分かったような、分からないような、まるで禅問答を聞かされているみたいだ。

「よく分からないから、またあそこで狐に聞いてみることにしよう」

 

 翌日、俺は、いつものように早朝のロードワークに出かけ、雑木林に立ち寄った。

「どうかヒーローにしてください」

 ふわっとケモノの匂いが漂う。

 狐だ。

「やっぱりお分かりにならなかったのですね」

 狐が背後でクスクス笑った。

 それにしてもよく笑う狐だが、どこか憎めない。

「分かりませんよ。あんな抽象的なことを言われても」

 俺は、とりあえず無然としてみた。

「分からないのは、あなたが他人事だと思っているからです」

「いや、そんなことありません。ホームページに自分の名前を書かれたりしてたら他人事じゃないですよ」

「あ、そうだ。なんであのホームページには、俺のことが書いてあったんですか ?」

 狐なら知っているに違いない。

「それがお分かりでないから他人事なのです。あのサイトは、あなたのことを誰よりもよく知っているのですから」

 狐がクスクス笑いながら祠の裏側に回りこんで姿を消した。

 俺のことを誰よりもよく知ってるだと? 

 俺のことは俺が一番よく知ってるに決まっている。

 その日は、残りのロードワーク中も狐の言葉が気になって仕方なかった。

 だいたい、あのホームページは誰が作って、サーバーはどこにあるんだ。

 家に帰った俺は、手始めにサーバーのIPアドレスを調べてみることにした。

 パソコンでターミナルを開いてコマンドを打ち込む。

 

 > nslookup wwww.oinarisan.god

 名前: localhost

 Address: 0.0.0.0

 Aliases: www.oinarisan.god

 

「どういうことだよ」

 IPアドレス 0.0.0.0 は、ローカルホスト、つまり自分自身を指す。

 俺が見ていたホームページは、俺自身が表示していたっていうのか?

 早く狐に会いたい。

 翌朝、俺は快晴の中、いつもの雑木林ヘー目散に走った。

「神様の言っていたことが分かりました。俺の願いを叶えるのは、俺しかいないっていうことですよね」

「ようやくお分かりになりましたね」

 狐が祠の陰からひょっこりと顔を出した。

「まったく回りくどいことをしてくれますね、神様も」

「そうしないと、あなたがお分かりにならないから」

「こっちは狐につままれた気分でしたよ」

「だって、本当にそうでしょう?」

 狐がくすりと笑った。

「ほんとだ」

 俺もつられて笑ってしまった。

「ところで、狐さんのお名前は?」

「私はサギリと申します」

 サギリがゆっくりと拝礼をした。

「サギリさん、もう一つどうしても分からないことがあるんです」

「俺、オーディションでヒーローになりたい理由を『正義の味方になって悪を倒したい』って言ったんです。そうしたら落ちちゃって。なんでも、その理由が独裁者になる危うさだって言われたんです」

「そうでしたね」

 サギリは楽しそうだ。

「由比古さん、嫁姑問題ってお分かりになりますか?」

 小首をかしげるサギリが、何ともかわいい。

「はい、嫁と姑が合わなくていさかいを起こすことですよね」

 嫁はいないが嫁姑問題は知っている。

「はい、そのとおりです。そのいさかいの原因は何だと思いますか」

「生活習慣の違いじゃないですか? 今まで生きてきた環境が違うから」

「そうですね。それでは、どうして生活習慣が違うといさかいになるのでしょう」

「それは、それぞれが自分の習慣こそ正しいものだと思っているからでしょう」

「由比古さんは賢いお方です。そうです、正しいと思うもの同士だから衝突するのです」

「あっ!」

 思わず俺は声を上げた。

「正義を通そうとすると、それに合わないものは悪ということになります。でも、その相手にも相手の正義があるんですよ! 監督が言っていた『独裁者になる危うさ』というのは、正義を振りかざす俺の独善性のことだったんですね!」

 俺は目から鱗が落ちる思いで興奮していた。

「お分かりいただけて嬉しいです」

 よく見るとサギリの狐目は、とても優しい。

 

「ヒーローは悪を倒すんじゃない。愛する人や大切なものを守るんです!」

 

 サギリに頭を下げ、雑木林の出口に向けて足を踏み出した刹那。

「由比古様」

 サギリの声が俺の味奮を甘く刺激した。

「はい?」

 思わず足を止め、後ろを振り返る。

「私も長いことこの祠でひとりぼっちでした。もしご迷惑でなければ私に供をさせてはいただけませんか」

 もじもじと俯くサギリの仕草にドキリとして、思わず目をそらした。

「俺はサギリさんのヒーローになれますか?」

 自分で言って照れくさくなった。

「ずっと何年も前からお慕い申しております」

 サギリが俺のTシャツの裾をつまんだ。

 その指は細く、白魚のように美しい。

 

 不意にぱらぱらと雨の音が聞こえた。

 雨が土とケモノの匂いを立ち上らせる。

「俺の夢がひとつ叶いましたよ」

 明るい陽の光に雨粒がきらきらと輝いた。


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