深海棲艦によって人類の制海権が奪われてから数十年。
しぶとい、と言うか何というか、人類はそれでもやっぱり生きてるし、なんとかなっている。
日本は、膨大な数の艦娘達の轍の上にかつての様に南方へと進出し、資源を確保しつつ、こうして生存しているのだが……。
兎に角、人類にとって深海棲艦は不倶戴天の敵だって事が言える。
と言っても、俺自身内陸寄りに住んでいるのもあって、深海棲艦を見た事は無いので、そんな怨敵……って感じはしない。
産まれた時からこんな状態だと、こんなもの。親世代が煩いのだ。
俺の親は居ないけど。
実際、若い男が多い提督……稀に女も居るが。
最前線に艦娘を送り込んで後方で指揮を執るとか言う胃壁が凄まじい速さで削れそうな仕事をしている同世代の連中は、寧ろ深海棲艦が知能を有する点に着目して、講和に持ち込めないか、と議論しているらしい。
まあ、無理だと思うけど。
講和なんか結べるんだったら、そもそもこんな戦争になってないし、早くに対話の為に接触してくるだろう。
全く馬鹿馬鹿しい。
「?……ドウシタ?」
「あー。……何でもないよ、ほっぽ。ちょっと考え事をしていたのさ」
「ソッカ」
俺の膝の上に座っているこの娘───「ほっぽ」は、だいぶん前、そろそろ海辺に魚の群れが打ち上げられる時期に、ふと魚食べて見たい、と近所の制止を振り切って海に行った際、浜辺で倒れていたのを拾った子だ。
酷く傷ついていて、深海棲艦にでも襲われたか、それとも───と思い、一先ず彼女を保護する事にした。
恐らく後者の方だったのか、最初は酷く警戒され、「クルナ!」何て拒絶されたものだった。
ご飯だって払いのけられる位の人間不信だったから、彼女の負った心の傷は深かったはずだ。
一口俺が食べてみせて、安全だと教えてからじゃないと口もつけようとしなかった。
相当、酷い目に遭ったのだろう。
それでも、傷の手当てもしなければならないので、どうにかこうにか信頼を得る為に、PTSD患者の本を読んだり、近所の人達に相談したりして、どう接して良いかを調べ、根気良く話しかけたりしていると、彼女はゆっくりと、ゆっくりと着実に心を開いてくれた。
落ち着かせる為に頭を撫でようとしても、最初は馬鹿みたいに強い力で手を払いのけられた。
けれども、根気良く日を追う度に段々と力が弱くなっていき、今日ではこのように膝の上で頭を撫でれる様になった。
その時辺りに、彼女が自分は「ほっぽ」と呼ばれてる事を教えてくれた。
一応、戸籍上もそういう風に登録している。
流石に娘、と言うのは未婚独身の俺には戸籍上でも難しかったらしく、便宜上妹、と言う事にして登録してある。
その事を説明すると、それで良い、と。
ここまで信頼してくれたんだから嬉しい。
「……エヘヘ」
ほっぽの頭を撫でていると、そんな笑い声が聞こえた。
今でこそ、こうして安心してくれるが、本当に、本当にここまで長かったな……
《続いてのニュースです。本日未明、大本営は
ふと、そんなニュースが国営放送から流れてきた。
本当に勝ってんのか今ひとつ疑問な大本営発表だし、100回勝ってるのにクソも進まぬ海域解放。
「今回はどっちかねぇ」と呟いたりしていたが、珍しくほっぽが神妙な顔をして、驚くべき事を呟いた。
「………オネーチャン」
お姉ちゃん!?
今までそんな話聞いた事無かったぞ!
……聞いた事も無いけど。
しっかし参ったな、北の方にお姉さんが居るの、か。
探している……に決まってる。
しかし、どうしたものか……
「会いたいか?」
とは言え、聞いてみない事には始まらない。
特大の地雷の様な気がするが、勇気を出して聞いてみる。
「ウン……」
だろうな。当然だよな。
さて、どうやって上手いこと陸軍誤魔化そうか「デモ」
「でも……?」
「モウイナイカモ……」
はい、核地雷踏みました。
生きているのが恥ずかしくなってきます。
何が勇気を出してだ!
そんな勇気はドブにでも捨ててしまえば良かった。
「ホッポハヒトリボッチ……」
ほっぽの太いアホ毛がしゅん、と下がる。
彼女は落ち込むとアホ毛が下がるのだ。
最近はあまり見た事無かったが、まさか俺が落ち込ませるとは、曲がりなりにも保護者の身分失敗だ。
「ダカラ、モウホッポヲヒトリニシナイデ……」
「当たり前だろ」
目を潤ませるほっぽに、俺は一も二もなく即答する。
最初に拾った時から、最後まで面倒を見ると決めている。
……一向に大きくならないのが、ちょっと心配だけど。
「ほっぽを一人なんてしないよ。当たり前じゃないか。俺が、一度だってほっぽを置いてどっか行った事はあるかい?」
「………ナイ」
「だろう?心配しなくても、俺は何処にもいかないよ」
「………ウン」
「よしよし」
ほっぽは態勢を変えて、こちらに抱きついてきた。
それに返す様に、そっとほっぽを抱きしめ、優しく頭を撫でる。
「アタタカイ……」
「そっか」
そんな事を暫くしていると、いつのまにかほっぽが寝てしまった。
柔らかい寝息をたてて、眠るほっぽ。
起こさないように、慎重になりながら、ほっぽをベッドまで運ぶ。
「……む」
ほっぽを離しても、ほっぽの方が俺から剥がれない。
「………そうだな」
無理に剥がす事は無い。
そのまま添い寝する事にした。
「オキロ!オキロ!」
「ん……ありゃ、先に起きちゃったか」
ほっぽに身体を揺さぶられる。
先に起きる予定だったが、逆に起こされてしまったらしい。
「ミテ!ミテ!」
「うん?何をだい?」
しきりに身体を揺さぶられている、と思ったら何か見せたいものがあるらしい。
それにしても珍しい。
一体何が有ったのだと言うのか。
「ヒロッタ!」
「捨ててきなさい!」
ちっちゃい右手に握りしめているのは、これまたちっちゃい小人の様な存在。
その存在を俺は……と言うよりは、多分殆どの人は知っているだろう。
だからこそ、捨ててほしい。
なんで居るんだ。
いや、何で俺に
俺に提督適性は無い筈……だが?
それにしても困った事になった。
提督適性があると分かれば自由志願する事になってしまう。
ほっぽが居る以上、それだけは何としてでも避けたい。
だからこそ、この妖精さんを捨てて……
待て、何でほっぽが妖精さんを視れるんだ?
「ほっぽ。ソレ、視えるのか?」
「トウゼ…ン…………ヤッパリイラナイ」
そう言うと窓から放り投げてしまった。
グッバイ妖精さん。二度と来るな。
俺はほっぽとゆっくり暮らすんだ。
どうして視えるのかなんて関係ない。
いや、俺は何も見ていない。
そういう事に、なった。