「ウミ、イキタイ!」
「わがままを言うんじゃありません」
突然、このわがままなほっぽ姫はそんな事を抜かしてくる。
定期的に海に行きたい、と言うのだ。
最寄りの海に行く人はまずいないので行く事は可能だが、深海棲艦が居るかもしれない。
居たとしたら艦娘もいる。
つまりは戦闘行為が発生しているかもしれない。
そのリスクを考えると、ほっぽを連れて行く事は難しい。
「エー、ナンデー?」
「第一、危ないでしょ?深海棲艦とか居るかもしれないだろ?」
自分の事は盛大に棚に上げているが。
あれはほっぽを拾ったからノーカンなのだ。
ノーカンったらノーカンだってば。
「ダイジョウブダカラ!」
「大丈夫……うーん…」
毎回強く大丈夫と言うから、渋々…こっそりと海に連れていくのだが、本当に大丈夫だった。
しかし、今回も大丈夫だとは限らない。
だから今回こそは断ろうと思う。
「……………ダメ?」
手を胸の前で組み、目を潤ませながら上目遣いでおねがいしてくるほっぽ。
何処でこんな事覚えたんだ。
「……っ……ぅう…わかった」
「アリガトウ!」
ひしっ、と抱きついてくるほっぽ。
頭をわしゃわしゃしてやる事にした。
(とは言え……)
車を出そうにも、内陸部に回ってくるガソリンの量が絶対的に足りない。
優先的に軍部に回されているからだ。
これでも、以前よりはマシ、らしいが……。
(後何回、連れてけるか……)
もしかしたら、抱っこして運ぶ事になる。
………最悪、陸軍の知り合いにガソリンを食糧と交換してもらう、と言う手もある。
(ま、ひとまず置いとくかね)
「ほら行くぞ、ほっぽ」
「ハーイ!」
「ウミ!ウミ!」
水平線の向こうでは、艦娘達と深海棲艦が血で血を洗う様な戦争をしているとはとても思えない程、海は蒼く、碧く広がっている。
皮肉な話、人類の制海権が奪われてから、もっと綺麗に見える様になったそうだ。
「〜♪〜♪」
鼻歌を歌いながら、上機嫌になって海辺をパシャパシャと歩き回るほっぽ。
まるで、絵画のような感じがする位、ほっぽには「海」と言うモノが似合っている、と感じた。
「………?!」
「ほっぽ?」
ほっぽが突然立ち止まる。
何か見つけたらしく、しゃがみこんでいる。
「オ…オオ……!」
手を突っ込んで、引き抜いた先には────飛行機?
「……ゼロ!」
風防が銃弾で貫かれた様な痕があるそれは、《零式艦上戦闘機二一型》に良く似たモノだった。
このご時世、ゴミが海に落ちているとは思えない。しかも、石油製品であるプラスチック製のプラモデルが。
「ミテ!ミテ!ゼロ!ゼロ!」
深海棲艦発生以前のものか?と思っていると、ほっぽがとてとてと寄ってきて見せてくる。
「!……へ、へー、凄いね、良かったじゃないか」
(やべえこれ本物だ)
銃弾が貫通した捲れ、とも言える痕。
触るまでもなく判る、金属特有の光沢。
磯の香りに混ざって、ぷんと漂う石油燃料独特の臭い。
間違いなく、本物の艦載機だ。
とんでもない厄ネタ。その上被撃墜機と来た。
今すぐ捨てろ!と声に出してほっぽに言おうとしたが───
「ゼロ!ゼロ!ヤッタ、ヤッタ!」
この歳の女の子に見合わず、零戦の主翼辺りを握りしめて喜ぶほっぽの姿に、とてもそんな事を言う気にはなれなかった。
「ハァ……帰るぞ、ほっぽ」
「ウン!」
その後、無事に家に着いた。
零戦を握りしめてご機嫌なほっぽ。
時々我に帰ったかの様にこちらの方を見てから、にへーと笑うのがかわいい。
かわいいので高い高いしてあげる。
すると喜ぶのでもっとかわいい。
そして次の日、事件は起こった。
「ミテミテ!」
「うん?」
「ヒコウキゴッコ!」
「………!?」
拾ってきた零戦が、その独特のエンジン音を響かせて部屋の中を飛び回って……いる。
「えっ、ちょっと、なんで?えっえっ」
訳が、わからない。
「ど、どどどどどういう事なの」
そもそもあんな状態、どうやってレストアしたのか。
「ヤッテクレタ!」
「やってくれ……あ」
ほっぽの近くには、腕を組んで誇らしげな表情をしているちっちゃいのがいっぱい。
「捨てなさいって言ったのに……」
そら直るだろうね。
専門分野ってかその為にいるんだよね、君達。
頭を抱える。
「ん……?待て、どっから資材調達したの?」
「ソレハ……」
「さーびすです」
「じぶんたちがもってるのつかいました」
「それくらいおやすいごようです」
「やっべ、幻聴が聞こえるようになった……」
聴きなれない音声が頭に流れる。
零戦が直って飛んでいる、という事にとうとう頭がおかしくなったらしい。
「げんちょう、じゃないです」
「しつれいな」
「ダッテ!」
ほっぽ、そんな笑顔で言うなよ、認めざるを得ないじゃないか……
そう、ほっぽの笑顔はこの世の何よりも威力があるのだ。
これには妖精の言を認めざるを得ない。
「でも、お前らなんでここに?海も無ければ艦娘も居ないだろ?」
「……ほんまもんのあほです」
「は?」
「ひとのはなし、きかないあほどもです」
「あのこたちにはわるいけど、みはなしてきたです」
「そ、そうか」
重い話が次々と飛び出てくる。
ほんの少し掻い摘んだだけでも、一向に海域解放が進まない理由がよく分かる……そんな内容だ。
「おかでのんびりしようかとおもったら、このこがいました」
「おどろいた」
「………?」
何の、話だ?
「しんかいせいかん、にんげんといっしょにいる。これありえないです」
「でもここはありえるのですね」
「……待て、待て。お前ら、何の…話をしている?」
頭がクラクラする。
突然、地面が薄布を敷いただけの空洞の様な気がしてくる。
「……ひょっとして、しらないですか?」
「だから……何を!?」
「……アッ、ソレイジョウハ」
ほっぽの声が何故だか聞こえない。
俺の全神経は、自分の意に反して、聞かない方がいいという何かの警鐘に反して、この妖精達に注がれている。
「このこ、しんかいせいかん。しらないでいたのですか?」
────ああ。
そういう事、だったのか。
「お前、深海棲艦……だったのか?」
辻褄が合う。
「……………ウン」
「何で言わなかった?」
俺───人間に対して、殺意に近い異常な警戒心を持っていた事。
「………シッテルトオモッテタ」
海によく行きたがること。
そして、零戦を飛ばせる事。
「……………ッ」
ああ、そんな事が────
こんな、事が─────
「ばーか、何そんな顔してんだよ」
そっと手を頭に乗せる。
最初の様に。
出逢った時と、同じ様に。
優しく、ゆっくり。
「最初にお前拾った時みたいな眼しやがって」
怯え。
目の色は怯えの色に染まっている。
最初に勘違いするきっかけでもあった。
「笑いなさい。笑顔の方が、ほっぽには似合うから」
でも、もう見たくない。
そんな眼は、顔は、もううんざりだ。
「………オコラナイ、ノ…?」
「何で怒るんだよ」
「………コワガラナイノ?」
「お前以外の深海棲艦を知らん。他に知ってたとしても、お前を怖がる様な真似はしねえよ」
「………ステナイ……ノ?」
「こないだなんつったよ、俺」
「…………ホッポ、ヒトリニシナイ」
「はぁ……知ってて聞いてきたんだったら、ちょっと傷つくんだけど」
わざと困った顔をする。
それくらいの意地悪は許されるだろう。
「ゴメッ……ゴメッ…ン…ナサイ………」
許されなかった。
ほっぽが、泣き出してしまった。
「あーおいおい、泣くな!別に怒ってないから!捨てない!ずっとほっぽ離さないから!」
慌ててほっぽを抱きしめ、頭をさする。
怒ってないのも、ずっと離さないのも真実本当の事だ。
深海棲艦だなんて、俺以外の誰が面倒みんだよ。
余計な事言いやがった妖精共には怒ってるけど。
いや、いつかは知る事になった……のか?
「……グスッ………ッ…ホント?」
「ほっぽがな、深海棲艦だろうが艦娘だろうが物の怪だろうがカミサマだろうがなんだって構わん。俺は、お前を一人にはしない。心配なら、何度でも言うよ、俺は」
泣きじゃくるほっぽ。
泣きすぎて、声にならないしゃくりを上げている。
「よしよし」
背中を優しく叩く。
子供───実際子供にしか見えないのだが、子供をあやす様に。
優しく、ゆっくりと。
「………いちじはどうなることかと」
「あぶなかったです」
「いっけんらくちゃく、なのです」
「お前ら全員出てけ」
「「「えっ」」」