前略、ほっぽを拾いました。   作:鹿頭

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五話

港湾棲姫……こーわんが来てから、色々と変わった事が有る。

ほっぽを置いて外に出ても良い事になった。

彼女が面倒を見てくれるからだ。

 

何故そんな事になったかと言うと、そう。

秋刀魚だ。

 

秋刀魚が食べたい。

そう思った俺。秋刀魚は北の方の海に打ち上げられる時期なので、少し遠出しなければならない。

 

しかし、遠出と言う事は、即ちリスクが高まる訳で……。

そこを悩んでいた所、ほっぽが「ルスバン、スル!」と宣言した。

 

まあ、こーわんの入れ知恵だとは思うが……。

その時は、ほっぽの精神面での成長に、思わず涙を流してしまった。

俺が泣いた事によって、ほっぽも、こーわんも凄くオロオロしていた。

 

 

 

 

 

「と言うわけでやって来ました知らない海辺!」

 

磯の匂いも地域によって違うのか、何て感想を持った。

 

やっぱり思った通り、秋刀魚が打ち上げられている。

一昔前は、滅多にない事だったそうだが。

 

「ん?」

 

歌が、聴こえる。

潮騒に紛れて、哀しい、悲しい歌が聞こえてくる。

 

「…………」

 

興味が湧いたので、歌の方へと足を進める事にした。

近づくにつれ、当然。歌は明瞭になってくる。

それに伴い、音が単語として聞こえてくる。

曲調と同じく矢張り、悲哀を帯びている。

 

殺す哀しみ。殺される哀しみ。

終わらない復讐の輪廻。

それらを如実に歌い上げたその歌の主は、長く、美しい黒髪をした少女だった。

 

思わず聴き惚れていると、音を立ててしまったらしく、驚いたのか歌は止み、少女は此方へ視線を向けてくる。

 

「ああ、ごめん。驚かせるつもりは無かったんだ。ただ、余りにも、その。良い歌だったから……」

 

慌てて取り繕う。

俺のその様子が面白かったのか、クスッ、と笑いながら、此方へと歩み寄ってくる。

 

「メズラシイネー。ココニ ニンゲンハ コナイッテ オモッテタンダケド」

 

この話し方、言いよう。……深海棲艦、だ。

ほっぽとこーわんしか知らないからなんとも言えないが、そんな気がする。

 

「秋刀魚を……獲りに来たんだ」

 

「サンマ……ネェ」

 

途端、此方を値踏みするかのような視線になる。

 

 

「ああ、必要な分だけ」

 

「………ドノクライ?」

 

目が更に細められる。

心なしか、怒っている様な気がする。

 

「3人だから……1人2匹としても、6匹かな」

 

「サンニン?ソノワリニハ、ヒトリダケ…ミタイダケド?」

 

首を軽く傾げ、きょとん、とした顔を見せる。

一先ずは、か。

「流石に、連れてけないからね……」

 

「……!アッ、ヒョットシテ、オニーサン」

 

「パシリッテヤツデショ!」

 

「違うわい!」

 

彼女は、何か致命的に間違えている知識を披露する。

思わずツッコミを入れたのは、間違っていない。

 

「フフッ、パシリノオニーサンガ、ワタシノウタ、タノシンデクレタナラ、ウレシイナ!」

 

腕を胸の前で組み、片脚を軽く上げている。

何というか、アイドル、っぽいと言うか……。

 

「マ、ワタシモ ニシノホウカラ アソビニ キタンダケドネ」

 

「西の方から?」

 

高低差が激しい。

急にトーンが下がる。

 

「……ウン。チョット、シリアイヲサガシニ」

 

「見つかったのか?」

 

少し、寂しげな表情。

一体、誰の事だったのか。

 

 

 

「ウウン、デモ、コレカラアイニイクワ!」

 

「そっか、会えると良いな」

 

「エエ!」

 

笑顔を見せるが、少し、無理している様な感じが否めなかった。

 

 

「ア、ソウダオニーサン。ワタシノウタ、モットキカナイ?」

 

「聴かせてくれるのかい?」

 

そんな中、歌を聞かせてくれる、と言う提案。

断る理由も無いので、素直に頼む。

 

「モッチロン!シンカイノアイドルの………ャ……ァ…ワタシノウタ、ジャンジャンキカセテアゲチャウンダカラ!」

 

(今、少し雰囲気が……?)

他の深海棲艦とは少々違うような、違和感を感じる。

いや、他の深海棲艦二人しか知らないけど。

 

 

「イックヨー!イチ、ニィ、サン、ハイ!」

 

そんな掛け声で始まった彼女───自称深海のアイドルの歌は、アイドルと自称するだけあって、アイドルらしく明るい歌だった。

 

深海棲艦にも、こんな明るい歌を知ってる子が居るのか、と素直に嬉しくなった。

ほっぽ?ほっぽは俺が教えたからノーカン。

 

何曲か続く、さながら路上ならぬ砂上コンサート。

あまり、歌を聞かない俺でも。

とても上手だと思うし、ずっと聞いていたい。

 

セイレーンとは、この様な事を言うのか、と思ったが───流石に失礼か、と直ぐに認識を振り払う事にした。

 

 

「マダマダイクヨー!」

 

そんなアイドルのコンサートは、突然中断される事になる。

 

「っ、敵襲警報……!」

 

「………ヘェ…」

 

けたたましく鳴り響く警報。

その音を聞いた彼女は、狂犬の様な笑みを浮かべていた。

 

「ネェ、オニーサン、ニゲナクテイイノ?」

 

「……あ、ああ。そうするよ」

 

先程までとは余りにも違う彼女の雰囲気に、思わずたじろぐ。

 

「ソウスルノガイチバン!ジャ、ワタシモ「なあ!」

 

「ウン?」

 

「また、聴かせてくれないか」

 

これは真実本当の気持ちだ。

もう一度、彼女の歌を聴きたい。そう、思っている。

 

「…………ウン!もっちろん!」

 

(……まただ…)

 

花が咲いた様な笑顔。

飾らなく、それでいてソレが本来、と言わんばかりに、自然だった。

 

 

「ジャアネー!オニーサン!オサカナサン ハ トリスギナイデネー!」

 

「………ああ、そうするよ」

 

踵を返して、彼女は海の方へ走っていく。

やはり、深海棲艦だった……今更だが。

 

「ア、ゴメン、チョットマッテ!」

 

一転、方向を此方の方へ向け、駆け寄って来、そして────

 

「う………え?」

 

「エヘヘ、ホントーハ、アイドルニ ソンナコト サセチャ イケナインダヨ?」

 

唇に、柔らかく、少々ひんやりとした感触がするものが当たる。

 

「……………」

 

「ジャ、コンドコソ!」

 

あまりの出来事に、脳が現実を処理しきれていない。

そんな感じだ。

 

 

「………秋刀魚とって帰ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

あれから数時間後。

俺はいつもの様に家に帰っていた。

 

「オカエリ!」「オカエリナサ……」

 

「うん?こーわん、どうした?」

 

突然、こーわんが言い淀む。

何か、有ったのだろうか。

 

「……シラナイコノ ニオイガスル」

 

「……えっ」

 

何やらとんでも無く恐ろしい言葉が聞こえた。

部屋の室温が下がった様な気がし、背筋には薄ら寒いものが走る。

 

 

「お、しゅらばだ」「やったぜ」

 

「どっちがかつとおもう?おれはこーわんのねーちゃんにかけるぜ」

「かけになんねえよ」

 

何やら外野が騒いでいる。

しかし、何も聞こえない。

 

「ソウ?」「ソウヨ」

 

「モウ……ダメヨ、カッテニ ホカノコトアッチャ……」

 

目が虚だ。

吸い込まれそうな、暗い目をしている。

端的に言って、ヤバイ。

 

 

「ホラ……ウゴカナイデ……」

 

ぎゅむっ、と抱きしめられる。

深く、強く。自分の身体を、擦り付ける様に。何かを、示す様に。

 

 

「ムムム……オネーチャン、タマニハカワッテ!」

 

そんな中、ほっぽが突然そんな事を言い出した!

なんてこった!俺はそんな風に育てた覚えは…………この話はよそう。

 

 

「……モウ…ワガママネ…ホッポハ」

 

(え?それ言っちゃうの?)

 

 

「ヨシヨシ」

 

クルッとこーわんに身体を回され、柔らかいクッションが背中の方に来る。

そして、前からはほっぽがひし、と抱きついて来る。

しかし、背がちいちゃいので、お腹の辺りにボフッと抱きつく形になる。

 

 

 

「ム」「アラ」

 

そんな中、電話が鳴り響く。

この時間帯に珍しい。

一体誰だろう。

 

 

 

「ムー…デテイイヨ」

 

「う、うん……」

 

ほっぽの許可を得たので、こーわんもまた離してくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『やあ、済まないね。突然』

 

『……何の用だ』

 

久々に、こいつの声を聞いた気がする。

相変わらず腹立つ話し方だが、長く聞いてないとそれはそれで寂しい。

 

『いや、ちょっとだけ聞きたいことがあってね』

 

『何だよ?』

 

『深海棲艦との講和……或いは共存、って出来ると思うかい?』

 

『!』

 

背中に氷柱を入れられた様な気分だ。

久々に何を言い出すかと思えば、なんて事聞きやがる───!

 

『……突拍子すぎて、話が掴めん。どうしてそういう話になったんだ』

 

『北方海域。そこでは数ヶ月前から、原因不明だが、深海棲艦達の指揮系統に何らかの異常が生じているらしい』

 

『へ、へぇ……』

 

どう見ても俺が原因です。

ありがとうございました。

 

『その後は散発的な攻撃が続いてたんだけど、今日、とんでも無いことが起きてね』

 

『カレー洋辺りに居るはずの軽巡棲鬼。コレが北方海域へ出没したんだ』

 

『お、おう。そりゃ恐ろしいな』

 

どう見ても、彼女だ。

深海のアイドル、とか言ってた。

彼女、だ。

 

『ザマァ見ろ、海軍は大混乱……訂正、大本営は一時恐慌状態に陥った』

 

『……聞かなかったことにしてやる』

 

『何の話だい?……で、問題がここからだ』

 

『その軽巡棲鬼は、同士討ちを始めたんだ』

 

『は?』

 

『もうそりゃ天地逆転のてんてこ舞いさ。ロクな対処も出来ずに、軽巡棲鬼が付近の深海棲艦を殲滅した後、南の方へ消えて行くのを指を咥えて見てた、って訳さ』

 

『そんな事が……』

 

歌、そんなに好きなのか。

中断された位で怒るとは。

 

『それで、海軍はあの軽巡棲鬼を判断しかねている。只の縄張り争いみたいな事なのか、それとも、人類の味方なのか、と』

 

『相変わらず1か0かみたいな事考えてんな』

 

『そりゃあ此処まで戦争が長引いてるんだぜ?思考の硬直も止む無し、さ』

 

『それで、講和の話って訳か』

 

『ああ。で、君はどう思う?』

 

どうして、そんな事を俺に聞くのか。

その事が妙に引っかかるが、俺は、正直に答えることにした。

 

 

 

 

『…………出来るんじゃ、ないかな』

 

『ふむ。それまたどうして?』

 

理由を答えれる訳はない。

いつも通り誤魔化す。

 

『さてな。『いつもの勘かい?』

 

『おい、人のセリフ取るなよ』

 

『ははは、済まないね。まあ、それだけ聞ければ充分だ。ありがとう』

 

『お、おう……』

 

 

 

 

 

 

 

「ナンダッタ?」

 

ほっぽが聞いてくる。

思い切って、彼女達の意見も聞いてみようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウワ……」

 

「ウーン………」

 

「やっぱ無理か?」

 

「イヤ、ソウジャナイ。キホンテキニ ワタシタチハ ドクリツシテイル。ダカラ、ダレカトコウワ……タトエバ、ワタシタチト コウワシテモ、ホカノコガ シンシュツ シテクルカモ」

 

「なるほど」

 

こーわんの意見は、意外な事実を俺に教えてくれた。

活用する機会は無さそうだけど。

 

 

「ダカラサイテイデモ、ナンポウセイセンキ(南方棲戦姫)クウボセイキ(空母棲姫)……アトハ、チュウスウセイキ(中枢棲姫)ヲテーブルニ ヒッパリダサナイト、タイヘイヨウハ オサエツケラレナイ」

 

「深海棲艦も一枚岩じゃないんだな……」

 

「ソウ、ネ……」

 

まるで国だ。なんて感想を抱く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「講和……か。此の話が出る様になるまで、随分とかかったな」「同感だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんか言ったか?」

 

「イヤ」

 

「ダレモハナシテナイケド?」

 

「……お前らか?」

 

「いや」「ちがいますよー」「そんなことよりかれーがたべたいです」

 

「……幻聴か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

この国は、激震する。

 

【深海棲艦との共存の可能性は有るや否や】

 

と言う事を「陸軍本部」が討議している、という事が報道されたからだ。

深まる陸海軍の対立。

しかし、世論は戦争に懲りているのか、俄かに厭戦ムードが巻き起こった。

 

まあ、そんな事はどうでも良い。

 

目下最大の悩みは。

 

 

 

「ワタシガアソビニキタヨー!」

 

「カエレ!」「クルナ…ト、イッテルノニ……」

 

そう、深海のアイドル。

軽巡棲鬼ちゃんが遊びに来るようになったのである。

 

「エー、ナンデー!ズルイズルイ!フタリダケズールーイー!」

 

なんでも、この2人を探しに来ていたらしい。

そしたら俺の家にいる。

最初はとても驚いていたが……次第に。うん。

 

「ソレニ、ワタシノウタヲ キキニマタクル、ッテイッテタノニ、ゼーンゼン、アイニキテクレナインダモン!」

 

「………ナニソレ、キイテナイ」

 

ごめんね。中々外に出してくれなかったの。

許して。

口には出せなかったが。

 

 

「ソウナノ?」

 

視線が質量を持つとしたら、今頃俺の体は向こうの景色が見えるだろう。

そんな勢いだ。

 

 

「ソレニ……オニーサンニハ……ワタシノハジメテ、アゲチャッ」

 

「モッカイ、イッテミロ」

 

こーわん……いや、港湾棲姫が横薙ぎの拳を放つ。

遅れて鳴り響く轟音と共に、壁が綺麗に無くなっている。

 

 

(誰か助けて)

 

偽らざる、俺の本音だ。

生きて帰れる気がし……ここが俺の家だった。

 

 

「ワタシノハジメテヲ、アゲタッテイッテンノ、ヨ」

 

軽巡棲鬼は勝ち誇った様な笑みを浮かべ、挑発する。

いや、アンタキスでしょうに。

 

 

「………?」

 

何のことやら、わかってなさそうなほっぽ。

ありがとう。そのまま純粋無垢な穢れなき君で居てくれ。

 

 

「オモテ、デロ。ケイジュンフゼイガ、チョウシニノルナ」

 

「キャー!ワタシ、コワーイ!……チョウシニノッテノンハ、オマエノホウダロ」

 

辺りはピリピリと、肌が焼ける様な空気に包まれている。

逃げ出したいが、身じろぎひとつ出来ない。

 

「……ダイジョウブ?」

 

「……じゃないです」

 

ほっぽが、そんな俺を心配してか、その小さな手で俺の頭を撫でてくれる。

いつもとは、立場が違うが、今はそれがありがたかった。

 

 

「やれやれだぜ」「いぬもくわぬ……なんかちがうな」「そんなことよりせつびぞうちくです」

 

 

 

「頼むから……平和に…平和的に解決してくれ……」




日刊一位とかすっごい驚いた

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