屋敷に着いた天真達。
「遠目から見てもかなり大きいけど………近づくと一層大きいね。何処に泊まればいいの?」
「コミュニティの伝統では、ギフトゲームに参加できる者に序列を与え、上位から最上階に住む事になっております………けど、今は好きなところを使っていただいて結構でございますよ。移動も不便でしょうし」
「そう。そこにある別館は使っていいの?」
飛鳥は屋敷の脇に建つ建物を指さす。
「ああ、あれは子供達の館ですよ。本来は別の用途があるのですが、警備の問題でみんな此処に住んでいます。飛鳥さんが一二○人の子供と一緒の館でよければ」
「遠慮するわ」
飛鳥は即答した。四人は箱庭やコミュニティの質問などはさておき、『今はともかく風呂に入りたい』という強い要望の下、黒ウサギは湯殿の準備を進める。しばらく使われていなかった大浴場を見た黒ウサギは真っ青になって、掃除に取り掛かっていたことから、それはもう凄惨な事になっていたのだろう。五人はそれぞれ宛がわれた部屋を一通り物色し、来客用の貴賓室で集まっていた。
『お嬢………ワシも風呂に入らなアカンか?』
「駄目だよ。ちゃんと三毛猫もお風呂に入らないと」
「………ふぅん?聞いてはいたけど、オマエは本当に猫の言葉が分かるんだな」
『オイワレ、お嬢をオマエ呼ばわりとはどういうことや!調子乗るとオマエの寝床を毛玉だらけにするぞコラ!』
「駄目だよ、そんなこと言うの」
その様子は傍目から見ると不気味に見えた。飛鳥は聞きにくそうに質問する。
「出すぎたことを聞くけど………春日部さんに友達ができなかったのってもしかして」
「友達は沢山いたよ。ただ人間じゃなかっただけ」
「ゆ、湯殿の用意ができました!女性様方からどうぞ!」
「ありがと。先に入らせてもらうわよ、十六夜君達」
「俺は二番風呂が好きな男だから特に問題ねえよ」
「俺はゆっくり入れればいいから先にどうぞ」
女性三人が大浴場に向かい、男二人になった後、天真達は立ち上がり、
「さてと―――今のうちに、
「なんだ、十六夜も気付いてたのか」
「当たり前だ。ほら行くぞ」
「俺も行かなきゃ駄目?」
天真が聞き返すと、何言ってんだコイツ―――みたいな顔をした十六夜に強制的に連れて行かれた。
「おーい………そろそろ決めてくれねえと、俺達が風呂に入れねえだろうが」
「そうだよ。今日は色々と疲れたから早く休みたいんだよ」
ザァ、と風が木々を揺らす。一見して人の気配はないものの、天真と十六夜は面倒くさそうな顔をしながら誰かに話しかけるように呟く。
「ここを襲うのか?襲わねえのか?やるならいい加減に覚悟決めてかかってこいよ」
ザザァ、ともう一度だけ風が木々を揺らす。やはり誰かが隠れているようには見えない。
「どうする?このままじゃ埒が明かないぞ?」
「どうするもこうもないだろ?無理やりにでも出てきてもらおうか」
呆れたように石を幾つか拾った十六夜は、木陰に向かって軽く投石した。
「よっ!」
ズドガァン!と軽いフォームからは考えられないデタラメな爆発音が辺り一帯の木々を吹き飛ばし、同時に現れた人影を空中高く蹴散らせ、別館の窓ガラスに振動を奔らせる。
「さすがの威力だな。人間辞めてない?」
「オマエが言うな!」
すると別館から慌てて出てきたジンが天真達に問う。
「ど、どうしたんですか」
「侵入者っぽいぞ。例の“フォレス・ガロ”の連中じゃねえか?」
空中からドサドサと落ちてくる黒い人影と瓦礫。意識のある者はかろうじて立ち上がり、天真達を見つめる。
「な、なんというデタラメな力………!蛇神を倒したというのは本当の話だったのか」
「ああ………これならガルドの奴とのゲームに勝てるかもしれない………!」
侵入者の視線に敵意らしいものは感じられず、それに気づいたのか、天真達は侵入者に歩み寄って声をかける。
「おお?なんだお前ら、人間じゃねえのか?」
侵入者の姿はそれぞれの一部が人とかけ離れたものだった。犬の耳を持つ者、長い体毛と爪を持つ者、ハ虫類のような瞳を持つ者。天真と十六夜は物色するように彼らを興味深く見つめる。
「我々は人をベースにさまざまな“獣”のギフトを持つ者。しかしギフトの格が低いため、このような半端な変幻しかできないのだ」
「へえ………で、何か話したくて襲わなかったんでしょ?ほら、早く話してよ」
天真はにこやかな笑顔で話しかけるが、侵入者は全員、沈鬱そうに黙り込む。互いに目配せした後、意を決するように頭を下げて、
「恥を忍んで頼む!我々の………いえ、魔王の傘下であるコミュニティ“フォレス・ガロ”を、完膚なきまでに叩きつぶしてはいただけないでしょうか!!」
「嫌だね」
決死の言葉を十六夜はサラリと一蹴する。侵入者は絶句して固まっていた。隣で様子を窺っていたジンも呆気にとられたように半口を開けていた。十六夜は一転してつまらない顔になり、侵入者に背を向けた。
「どうせお前らもガルドって奴に人質を取られている連中だろ?命令されてガキを拉致しに来たってところか?」
「は、はい。まさかそこまで御見通しだとは露知らず失礼な真似を………我々も人質を取られている身分、ガルドには逆らうこともできず」
「ああ、その人質な。もうこの世にいねえから。はいこの話題終了」
「―――………なっ」
「十六夜さん!!」
「隠す必要あるのかよ。お前らが明日のギフトゲームに勝ったら全部知れ渡る事だろ?」
「そ、それにしたって言い方というものがあるでしょう!!」
「ハッ、気を使えってことか?冗談きついぞ御チビ様。よく考えてみろよ。殺された人質を攫ってきたのは誰だ?他でもないコイツらだろうが」
はっとジンは振り返る。もしも人質を救うために新たな人質を攫ってきていたのなら………殺された人質の半数は彼らが殺したと言っても過言ではない。
「悪党狩りってのはカッコいいけどな。同じ穴のムジナに頼まれてまでやらねえよ、俺は」
「そいつらの気持ちは分からんでもないけどな」
「そ、それでは、本当に人質は」
「………はい。ガルドは人質を攫ったその日に殺していたそうです」
「そんな………!」
侵入者は全員、その場で項垂れる。絶望に沈む彼らをみて、ふっと閃いたように十六夜は考える。
(魔王の傘下のゲスい悪党………もしかしてこれは使えるか?)
クルリと振り返る十六夜。まるで新しい悪戯を思いついた子供のような笑顔で侵入者の肩を叩く。その笑顔に天真は嫌な予感がした。
(あー、コレは碌でもないことを考えている顔だ。十六夜のことだからしっかりと考えての事なんだろうが、せめて一言くらい言って欲しいわ。何も聞かされずに巻き込まれるこっちの身にもなって欲しいよ)
「お前達、“フォレス・ガロ”とガルドが憎いか?叩きつぶされて欲しいか?」
「あ、当たり前だ!俺達がアイツのせいでどんな目にあってきたか………!」
「そうかそうか。でもお前達にはそれをするだけの力はないと?」
「ア、アイツはあれでも魔王の配下。ギフトの格も遥かに上だ。俺達がゲームを挑んでも勝てるはずがない!いや、万が一勝てても魔王に目を付けられたら」
「その“魔王”を倒す為のコミュニティがあるとしたら?」
え?と全員が顔を上げる。十六夜はジンの肩を抱き寄せると、
「このジン坊っちゃんが、
「なっ!?」
侵入者一同含め、ジンでさえ驚愕した。それはこのコミュニティの趣旨と近いようでまるで違う。彼はコミュニティを守る事と、旗印を奪った魔王だけを倒すつもりでいた。しかし十六夜の説明ではまるで、全ての魔王を対象に活動するコミュニティではないか。前例のないコミュニティに侵入者は困惑して聞き直す。
「魔王を倒すためのコミュニティ………?そ、それはいったい」
「言葉の通りさ。俺達は魔王のコミュニティ、その傘下も含め全てのコミュニティを魔王の脅威から守る。そして守られるコミュニティは口を揃えてこう言ってくれ。“押し売り・勧誘・魔王関係御断り。まずはジン=ラッセルの元に問い合わせください”」
「じょ、」
冗談でしょう!?と言いたかったジンの口を、十六夜の考えを理解した天真が塞ぐ。十六夜は勢いよく立ちあがり、
「人質の事は残念だった。だけど安心していい。明日ジン=ラッセル率いるメンバーがお前達の仇を取ってくれる!その後の心配もしなくていいぞ!なぜなら俺達のジン=ラッセルが“魔王”を倒すために立ち上がったのだから!」
「おお………!」
大仰な口調で語る十六夜。それに希望を見る侵入者一同。ジンは必死に腕の中でもがくが、天真の力に押さえつけられ声も出ない。
「さあ、コミュニティに帰るんだ!そして仲間のコミュニティに言いふらせ!俺達のジン=ラッセルが“魔王”を倒してくれると!」
「わ、わかった!明日は頑張ってくれジン坊っちゃん!」
「ま………待っ………!」
ジンの叫びも届かず、あっという間に走り去る侵入者一同。天真が腕を解くと、ジンは茫然自失になって膝を折るのだった。