中庭から屋敷に戻ろうとする天真達四人。異変が起きたのはその時だった。遠方から褐色の光が四人に射し込み、レティシアはハッとして叫ぶ。
「あの光………ゴーゴンの威光!?まずい、見つかった!」
焦燥の混じった声と共に、レティシアは光から庇うように三人の前に立ち塞がる。光の正体を知る黒ウサギは悲痛の叫びを上げて遠方を睨んだ。
「ゴーゴンの首を掲げた旗印………!?だ、駄目です!避けてくださいレティシア様!」
しかしレティシアは避けない。天真はレティシアの前に出る。
「なっ!避けろ」
「大丈夫!」
天真は褐色の光に手をかざして搔き消す。驚くレティシアの前に、光の射し込んだ方角から、翼の生えた空駆ける靴を装着した騎士風の男達が大挙にして押し寄せてきた。
「いたぞ!吸血鬼は石化………していない!?どういうことだ!」
「例の“ノーネーム”もいるようだがどうする!?」
「邪魔するようなら構わん、斬り捨てろ!」
空を駆ける騎士達の言葉を聞いた十六夜は不機嫌そうに、尚且つ獰猛に笑って呟く。
「まいったな、生まれて初めておまけに扱われたぜ。手を叩いて喜べばいいのか、怒りに任せて叩き潰せばいいのか、黒ウサギはどっちだと思う?」
「と、とりあえず本拠に逃げてください!レティシア様も早く!」
「いや、私は放っておいてくれ」
「ですが!」
「まあ待てって、黒ウサギ。十六夜、ちょっと行くところが出来た。一刻くらい時間稼いでくれないか?」
「構わねえが何処に行く―――そういうことか。俺もついて行きたいところだが。いいぜちょっくら遊んでるぜ」
「十六夜は理解が早くて助かるよ」
そう言って天真は転移した。十六夜が空に目を向けると、百に匹敵する軍勢が“ノーネーム”の本拠の上に待ち構えていた。本来ならば本拠への不当な侵入はコミュニティへの侮辱行為であり、世間体的にもよろしくない。信頼が命の商業コミュニティである“サウザンドアイズ”ならばこんな暴挙をする事は無いだろう。これは明らかに、黒ウサギ達を“ノーネーム”と見下した上での行為だ。
「こ、この………!これだけ無遠慮に無礼を働いておきながら、非礼を詫びる一言もないのですか!?それでよく双女神の旗を掲げていられるものですね、貴方達は!!!」
「ふん。こんな下層に本拠を構えるコミュニティに礼を尽くしては、それこそ我らの旗に傷が付くわ。身の程を知れ“名無し”が」
「なっ……なんですって………」
「フン。戦うというのか?」
「愚かな。自軍の旗も守れなかった“名無し”など我等の敵ではないぞ」
「恥知らず共め。我らが御旗の下に成敗してやるわ!」
口々に罵り猛る騎士達。彼らはゴーゴンの旗印を大きく掲げると、陣形をとるように広がる。しかし壮絶な薄笑いを浮かべる黒ウサギのウサ耳に侮蔑の言葉は届かず、らしくない物騒な笑顔で騎士達を罵る。
「ふ、ふふ………いい度胸です。多少は名のあるギフトで武装しているようですが、そんなレプリカを手にして強くなった気でいるのですか?」
「何!?」
「ありえない………ええ、ありえないですよ。天真爛漫にして温厚篤実、献身の象徴とまで謳われた“月の兎”をこれほどまで怒らせるなんて………!」
黒ウサギの黒髪は淡い緋色に変幻し、黒ウサギの放つ威圧感に一体の空気が重圧に変わった。黒ウサギが右腕を掲げると刹那、空気が裂けるような甲高い音が響き渡り、その右手には閃光のように輝く槍が掲げられている。騎士達に動揺が走った。
「雷鳴と共に現れるギフト………ま、まさかインドラの武具!?そんな話はルイオス様から聞いていないぞ!!」
「あ、ありえん!最下層のコミュニティが神格を付与された武具を持つはずが………!?」
「本物のはずがない!どうせ我らと同じレプリカだ!」
「その目で真贋を見極められないなら―――その身で確かめるがいいでしょう!」
プリズムを放ち緋色から蒼に染まった髪の黒ウサギが、インドラの槍を天に向かって撃ちだそうとすると、それと同時に十六夜が、
「てい」
「フギャ!」
後ろからウサ耳を力いっぱい引っ張る。すっぽぬけたインドラの槍は雷鳴と共にあさっての方向に飛び、箱庭の天井に着弾する。解放された稲妻と熱量は数kmに亘って天幕を照らした。
「お、ち、つ、け、よ!白夜叉と問題起こしたくないんだろ?つか俺が我慢してやっているのに、一人でお楽しみとはどういう了見だオイ」
「フギャア!!?って怒るところそこなんですか!?」
しかもリズミカルに力いっぱい、何度も引っ張った。
「い、痛い、本当に痛いです十六夜さん!」
「十六夜、さすがにやりすぎだろう」
レティシアが仲裁に入るが、十六夜は黒ウサギの両耳を根っこから引っ摑んで持ち上げた。
「痛い痛い痛い痛い!い、いい加減にしてください十六夜さん!?ボケていい場面とそうでない場面をわきまえてください!今はあの無礼者共に天誅を」
「もうみんな帰ったぞ。ったく、黒ウサギが先走るから天真の言付け守れなかったぜ」
「も、申し訳ないです。って、逃げ足速すぎでしょう!?」
煙のように突如消えた百もの軍団がいた星空を見上げ、黒ウサギは言う。
「いえ、違う………あれはまさか、不可視のギフト!?」
「“ペルセウス”ってコミュニティが俺の知るモノと同じなら、間違いなくそうだろうよ。………しかし、箱庭は広いな。空飛ぶ靴や透明になる兜が実在してるんだもんな」
「気持ちは分かるが今はやめとけ。俺はいいけど、“ノーネーム”と“サウザンドアイズ”が揉めたら困るんだろ?」
「そっ………それは、そうですが」
「詳しい話を聞きたいなら順序を踏むもんだ。事情に詳しそうな奴が他に居るだろ?それに天真が手札を増やしに行っているしな」
「手札?それが天真の居なくなった理由なのか?」
「そうだ。ペルセウスの伝説が俺と天真の知っているものなら、伝説を再現したギフトゲームがあるはずだ。一刻でクリア出来るほど甘い試練じゃないはずなんだが、あいつならやりかねない」
ヤハハ、と笑いながら十六夜がレティシアの問いに答える。
「他の連中も呼んで来い」
「え?で、でも昼間の事がありますし」
「なら御チビとお嬢様だけでもいい。どうもキナ臭い。最悪その場でゲームになることだってあり得る。なら頭数はいた方がいいだろ」
やってきたジン達はレティシアを見て驚いていた。ジンは耀の看病に残ると言い、十六夜、飛鳥、黒ウサギ、レティシアの四人は“サウザンドアイズ”二一○五三八○外門支店を目指すのだった。