“サウザンドアイズ”の旧支店に戻ってきた天真達。そこで女性店員から飛鳥が襲われたと聞いた。ネズミの大群に襲われ、汚れた飛鳥を見た女性店員は八重歯を剝いて大一喝。
「お風呂へ駆け足ッ!!今すぐです!」
そして飛鳥の服を半ば無理やりに剝ぎ取り、湯殿へと連れて行ったらしい。その事を聞いた黒ウサギが急いで風呂に向かう。その後ろを白夜叉が何故か嬉々として駆けていった。天真はそんな白夜叉を見て、黒ウサギが強襲される未来を幻視し、自然と合掌していた。
天真と十六夜は来賓室でジンと女性店員とともに、歓談に勤しんでいた。十六夜とジンは海苔煎餅を齧りながら、この店がどうやって移転してきたのかを質問する。女性店員は眉を顰めながら答える。
「ああ、この店ですか?別に移動してきた訳じゃありません。“
「いや全然」
即答する十六夜。ため息を吐き、少し砕けた口調で話す女性店員。
「要約すると、数多の入り口が全て一つの内装に繫がるようになっているの。例えば蜂の巣………ハニカム型を思い浮かべてくれれば分かりやすいはずですよ」
「へえ?つまり本店も支店も全部兼ね備えている、ということか?」
「違います。けどそうね、語弊がありました。境界門と違う点はそこです。境界門は全ての外門と繫がっているのに対し、“サウザンドアイズ”の出入り口は各階層に一つずつハニカム型の店舗が存在しているの」
「ふぅん?つまり“七桁のハニカム型支店”、“六桁のハニカム型支店”ってことか?」
「そう。無論、本店への入り口は一つしかありませんが」
得心がいったように頷く十六夜達。
「この高台の店は立地が悪く、閉店となった過去の店。今回は白夜叉様が共同祭典に来られるということになり、一時的にこの店へ出入り口を繫げ、私室部と店内の空間を別に切り分けているの。店内へと繫がる正面玄関は開かない仕組みになっておりますので悪しからず」
「あいよ」
「あら、そんなところで歓談中?」
話が一区切りすると、湯殿から飛鳥達が来た。十六夜は椅子からそっくり返って湯上がりの女性陣を眺める。
「………おお?コレはなかなかいい眺めだ。そうは思わないか天真、御チビ様?」
「「はい?」」
「黒ウサギやお嬢様の薄い布の上からでもわかる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシアの髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥッと流れ落ちる様は視線を自然に慎ましい胸の方へと誘導するのは確定的にあ
スパァーン!!と十六夜の顔面に木製の桶が二つ直撃。投げたのは耳まで紅潮した飛鳥と黒ウサギだ。
「変態しかいないのこのコミュニティは!?」
「白夜叉様も十六夜さんもみんなお馬鹿ですッ!!」
「ちょっと待ってくれ飛鳥。俺を十六夜と一緒にしないでよ。あと十六夜は俺の彼女に不躾な視線を向けるな」
「黙りなさい!!」
「理不尽すぎるよ!?」
天真は膝を突き、飛鳥の理不尽な言葉に心の中で泣いた。
「ま、まあ二人とも落ち着いて」
天真の頭を撫でながらレティシアが宥める。無関心な耀。ケラケラと腹を抱えて笑う白夜叉。ジンが痛そうな頭を両手で抱えていると、女性店員は同情的な手を肩に置く。
「………君も大変ですね」
「………はい」
ジンと女性店員は哀愁を分かち合う。その裏側で、同好の士を得たように握手をする十六夜と白夜叉がいた。
その後、レティシアと女性店員は来賓室を離れた。今は天真、十六夜、飛鳥、耀、黒ウサギ、ジン、白夜叉、そして飛鳥が連れてきたとんがり帽子の精霊がこの場に残った。白夜叉は来賓室の席の中心に陣取り、この上なく真剣な声音で、
「それでは皆のものよ。今から第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」
「始めません」
「始めます」
「始めませんっ!」
白夜叉の提案に悪乗りする十六夜。速攻で断じる黒ウサギ。
「話をしないなら出てくよ?」
少し苛ついた声音で天真が言う。
「悪かった。実は明日から始まる決勝の審判を黒ウサギに依頼したいのだ」
「あやや、それはまた唐突でございますね。何か理由でも?」
「うむ。おんしらが起こした騒ぎで“月の兎”が来ていると公になってしまっての。明日からのギフトゲームで見られるのではないかと期待が高まっているらしい。“箱庭の貴族”が来臨したとの噂が広がってしまえば、出さぬわけにはいくまい。黒ウサギには正式に審判・進行役を依頼させて欲しい。別途の金銭も用意しよう」
なるほど、と納得する一同。
「分かりました。明日のゲーム審判・進行はこの黒ウサギが承ります」
「うむ、感謝するぞ。………それで審判衣装だが、例のレースで編んだシースルーの黒いビスチェスカートを」
「いい加減にしろよ、白夜叉」
白夜叉がまた馬鹿な事を言ってきたので、殺気をのせた声音で強制的に黙らせる。すると全く無関心だった耀が思い出したように白夜叉に訊ねる。
「白夜叉。私が明日戦う相手ってどんなコミュニティ?」
「すまんがそれは教えられん。“主催者”がそれを語るのはフェアではなかろ?教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」
パチン、と白夜叉が指を鳴らすと羊皮紙が現れ、文章が浮かび上がる。そこに書かれていたのは明日出場するコミュニティの名前だ。コミュニティの名前を見て、飛鳥は驚いたよう眼を丸くした。
「“ウィル・オ・ウィスプ”に―――“ラッテンフェンガー”ですって?」
「うむ。この二つは珍しい事に六桁の外門、一つ上の階層からの参加でな。格上と思ってよい。詳しくは話せんが、余程の覚悟はしておいた方がいいぞ」
白夜叉の忠告に、耀は頷く。十六夜は、“契約書類”を睨みながら物騒に笑い、天真は楽しそうに笑う。
「へえ………“ラッテンフェンガー”?成程、“ネズミ捕り道化”のコミュニティか」
「それなら明日の敵はさしずめ、ハーメルンの笛吹き道化かもね」
え?と飛鳥が声を上げるが、その隣に座る黒ウサギと白夜叉の驚嘆の声にかき消された。
「ハ、“ハーメルンの笛吹き”ですか!?」
「まて、どういうことだ小僧共。詳しく話を聞かせろ」
二人の驚愕の声に、思わず瞬きをする天真と十六夜。白夜叉は幾分声のトーンを下げ、質問を具体化する。
「ああ、すまんの。最近召喚されたおんしらはしらんのだな。―――“ハーメルンの笛吹き”とは、とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」
「「何?」」
「魔王のコミュニティ名は“
「しかも一篇から召喚される悪魔は複数。特に目を見張るべきは、その魔書の一つ一つに異なった背景の世界が内包されていることです。魔書の全てがゲーム盤として確立されたルールと強制力を持つという、絶大な魔王でございました」
「―――へえ?」
十六夜の瞳に鋭い光が宿る。黒ウサギは説明を続ける。
「けどその魔王はとあるコミュニティとのギフトゲームで敗北し、この世を去ったはずなのです。………しかし十六夜さんと天真さんは“ラッネンフェンガー”が“ハーメルンの笛吹き”だと言いました。童話の類は黒ウサギも詳しくありませんし、万が一に備えご教授して欲しいのです」
十六夜はしばし考えた後、悪戯を思いついたようにジンの頭をガシッと摑む。
「なるほど、状況は把握した。そういうことなら、ここは我らが御チビ様にご説明願おうか」
「え?あ、はい」
ジンは承諾したものの、突然の話題を振られて顔を強張らせていた。十六夜はジンの頭を摑んで寄せ、ボソボソと耳打ちをした。
「………早速見せ場が来たな。成果を見せてやれ」
「は、はい」
ジンは一度咳払いをして、ダボダボのローブを整え、ゆっくり語り始める。
「“ラッテンフェンガー”とはドイツという国の言葉で、意味はネズミ捕りの男。このネズミ捕りの男とは、グリム童話の魔書にある“ハーメルンの笛吹き”を指す隠語です」
ふむ、と一同は頷き、ジンは説明を続ける。
「大本のグリム童話には、創作の舞台に歴史的考察が内包されているものが複数存在します。“ハーメルンの笛吹き”もその一つ。ハーメルンとは、舞台になった都市の名前のことです」
グリム童話の“ハーメルンの笛吹き”の原型となった碑文にはこうある。
―――一二八四年 ヨハネとパウロの日 六月二六日
あらゆる色で着飾った笛吹き男に一三◯人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、丘の近くの処刑場で姿を消した―――
この碑文はハーメルンの街で起きた実在する事件を示すものであり、一枚のステンドグラスと共に飾られている。
「ふむ。ではその隠語が何故にネズミ捕りの男なのだ?」
「グリム童話の道化師が、ネズミを操る道化師だったとされるからです」
白夜叉の問いにジンが答える。その隣で聞いていた飛鳥は静かに息を呑んだ。
(
「ふーむ。“
「YES。参加者が“主催者権限”を持ち込むことが出来ない以上、その路線はとても有力になってきます」
黒ウサギの言葉に首を傾げ、問いかける十六夜。
「うん?なんだそれ、初耳だぞ」
「おお、そうだったな。魔王が現れると聞いて最低限の対策を立てておいたのだ。私の“主催者権限”を用いて祭典の参加ルールに条件を加えることでな。詳しくはコレを見よ」
白夜叉が指を振ると羊皮紙が現れ、誕生祭の諸事項が記されていた。
『§ 火龍誕生祭 §
・参加者に際する諸事項欄
一、一般参加は舞台区画内・自由区画内でコミュニティ間のギフトゲームの開催を禁ず。
二、“主催者権限”を所持する参加者は、祭典のホストに許可なく入る事を禁ず。
三、祭典区画内で参加者の“主催者権限”の使用を禁ず。
四、祭典区域にある舞台区画・自由区画に参加者以外の侵入を禁ず。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“サウザンドアイズ”印 “サラマンドラ”印』
十六夜は羊皮紙に目を通し、小さく頷く。
「“参加者以外はゲーム内に入れない”、“参加者は主催者権限を使用できない”か。確かにこのルールなら魔王が襲ってきても“主催者権限”を使うのは不可能だな」
「うむ。まあ、押さえるところは押さえたつもりだ」
「ねえ、俺“主催者権限”持っているけど、許可もらってないよ。大丈夫なの?」
「ああ、安心せい。私がすでに許可してある」
天真は白夜叉の言葉に安心した。
「けど驚きました。ジン坊っちゃん、どこで“ハーメルンの笛吹き”を知ったのです?」
「べ、別に。十六夜さんに地下の書庫を案内している時に、ちょっとだけ目に入って………」
「ふむ、そうか。何にせよ情報としては有益なものだったぞ。しかしゲームを勝ち抜かれてしまったのはやや問題ありだの。サンドラの顔に泥を塗らぬよう監視を付けておくが―――万一の際は、おんしらの出番だ。頼むぞ」
“ノーネーム”一同は頷く。しかし飛鳥だけは不安そうな顔をしていた。そして話し合いが終わり天真達は解散し、各自宛てがわれた自室で明日に備えるのだった。