それでは本編へどうぞ
―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、大広間。
宮殿内に集められた“ノーネーム”一同と、その他の参加者達。負傷者も多数いる中、十六夜と天真を見つけた黒ウサギとジンは、心底心配したかのようにピョンッと跳ねて現れる。
「十六夜さん、天真さん、ご無事でしたか!?」
「こっちは問題ない。他のメンツは?」
「飛鳥の姿が見えないけど、どうしたの?」
「残念ながら、十六夜さん達と黒ウサギを除けば満身創痍です。飛鳥さんに至っては姿も確認出来ず………すみません、僕がしっかりしていれば………!」
ジンが悔しそうに頭を下げる。
封印された白夜叉の近くにいた飛鳥と耀とジンは、白夜叉から伝言を聴かされている最中にラッテンと戦いになった。ラッテンの魔笛の音色で動けなくなった耀を、飛鳥の“威光”によって心を支配されたジンが肩を貸して離脱した。その後、飛鳥の行方が分からなくなってしまっていた。
状況を確認した黒ウサギは、苦々しい声を漏らす。
「白夜叉様の伝言を受け取り、すぐさま審議決議を発動させたのですが………少し遅かったようですね」
「審議決議?」
「“主催者権限”によって作られたルールに、不備がないかどうかを確認する為に与えられたジャッジマスターが持つ権限の一つでございます」
「タイムアウトみたいなものかな?でも無条件でゲームの仕切り直しが出来るほどの権限ならリスクもあるんじゃないの?」
「YES。審議決議を行ってルールを正すと、“このギフトゲームによる遺恨を一切持たない”という相互不可侵の契約が交わされるのですヨ」
「………つまりゲームで負ければ最後、他の“サウザンドアイズ”や“サラマンドラ”は報復行為を理由にギフトゲームを挑むことが出来ない、ってことか」
「YES。ですので、負ければ救援は来ないものと思ってください」
「ハッ、最初から負けを見据えて勝てるかよ」
十六夜が失笑すると、大広間の扉が開き、サンドラとマンドラが入ってきて参加者達に告げる。
「今より魔王との審議決議に向かいます。同行者は四名です。―――まずは“箱庭の貴族”である、黒ウサギ。“サラマンドラ”からはマンドラ。その他に“ハーメルンの笛吹き”に詳しい者がいるのならば、交渉に協力して欲しい。誰か立候補する者はいませんか?」
参加者の中にどよめきが広がる中、十六夜はジンの首根っこを摑まえて声を上げる。
「“ハーメルンの笛吹き”についてなら、この“ノーネーム”のリーダー・ジン=ラッセルが誰より知っているぞ!」
「そうだね。毎晩書庫で勉強していたジンは役に立つよ」
「………は?え、ちょ、ちょっと十六夜さん!?天真さん!?」
「ジンが?」
キョトン、とした顔を向けるサンドラ。一瞬だけ子供っぽさが出たサンドラだったが、すぐに表情を戻して言う。
「他に申し出がなければ“ノーネーム”のジン=ラッセルにお願いしますが、よろしいか?」
サンドラの決定に再びどよめきが広がるが、同行者が現れる気配はなく、サンドラ、マンドラ、黒ウサギ、ジン、十六夜の五人で交渉テーブルに着くことが決まった。天真はレティシアと耀の様子を見るために大広間に残った。
―――境界壁・舞台区画。大祭運営本陣営、貴賓室。
「ギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”の審議決議、及び交渉を始めます」
厳かな声で黒ウサギが告げる。十六夜達の対面には、白黒の斑のワンピースを着た少女が座り、その両隣に軍服のヴェーザーと白装束のラッテンが立っている。
(ふぅん?両隣の二人が“
ジンに付いてきた十六夜は思考を止める。招かれた部屋は豪奢な装飾が施されていた。本来招かれるはずだった来客はゲーム外にいたらしく不在になっている。対等のゲームを定める為の交渉を謁見の間で行う訳にもいかず、貴賓室を使うことになった。
「まず“主催者”側に問います。此度のゲームですが、」
「不備は無いわ」
斑の少女は黒ウサギの言葉を遮る様に吐き捨てる。
「今回のゲームに不備・不正は一切ないわ。白夜叉の封印も、ゲームのクリア条件も全て調えた上でのゲーム。審議を問われる謂われはないわ」
「………受理してもよろしいので?黒ウサギのウサ耳は箱庭の中枢と繫がっております。噓を吐いてもすぐ分かってしまいますヨ?」
「ええ。そしてそれを踏まえた上で提言しておくけれど。私達は今、無実の疑いでゲームを中断させられているわ。つまり貴女達は、神聖なゲームにつまらない横槍を入れているということになる。―――言ってること、分かるわよね?」
涼やかな瞳で、サンドラを見つめる斑の少女。対照的に、サンドラは歯嚙みした。
「不正が無かった場合………主催者側に有利な条件でゲームを再開させろ、と?」
「そうよ。新たなルールを加えるかどうかの交渉はその後にしましょう」
「………わかりました。黒ウサギ」
「は、はい」
黒ウサギは天を仰ぎ、ウサ耳を動かす。その間に十六夜は小声でマンドラに問う。
「なあ。どの程度ならゲームの不正に該当するんだ?」
「………。そんな事も知らずに同行したのか、貴様」
マンドラは舌打ちをして説明する。
「貴様も知っているだろうが、ギフトゲームは参加者側の能力不足・知識不足を不備としない。今回ならば、クリアに “ハーメルンの笛吹き” の伝承の知識が必要でも、
「へえ?そりゃ理不尽だ」
「今回のゲームに不備があるとすれば、まず白夜叉の封印。
「しかし記されていたのは『偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ』の一文のみ、か」
そこで二人の会話が途切れる。黒ウサギはしばし瞑想した後―――気まずそうに顔を伏せた。
「………。箱庭からの回答が届きました。此度のゲームに、不備・不正はありません。白夜叉様の封印も、正当な方法で造られたものです」
「当然ね。じゃ、ルールは現状を維持。問題はゲーム再開の日取りよ」
「日取り?日を跨ぐと?」
サンドラは意外な声を上げる。周りの人間も同じだ。明らかに劣勢である参加者側に、時間を与えるというのだから当然だ。状況的には、今この場でゲームが再開されてもおかしくは無いのだから。
「ジャッジマスターに問うわ。再開の日取りは最長で何時頃になるの?」
「さ、最長ですか?ええと、今回の場合だと………一ヵ月でしょうか」
「じゃ、それで手を―――」
「待ちな!」
「待ってください!」
十六夜とジンは、同時に緊迫した声を上げた。
「………なに?時間を与えてもらうのが不満?」
「いや、ありがたいぜ?だけど場合によるね。………俺は後でいい。御チビ、先に言え」
「はい。主催者に問います。貴女の両脇に居る男女は“ラッテン”と“ヴェーザー”だと聞きました。そして、もう一体が“
「ペストだと!?」
一同が驚愕し、斑の少女を見つめる。
“黒死病”とは、十四世紀から始まる寒冷期に大流行した、人類史上最悪の疫病である。この病は敗血症を引き起こし、全身に黒い斑点が浮かび死に至る。グリム童話では “ハーメルンの笛吹き”に現れる道化が斑模様であったこと。そして黒死病が大流行した原因である、ネズミを操る道化であったこと。この二点から“一三○人の子供達は黒死病で亡くなった”という考察が存在する。
「ペスト………そうか、だからギフトネームが“
「ああ、間違いない。そうだろ魔王様?」
「………。ええ。正解よ」
涼やかな微笑で斑の少女―――ペストは頷いた
「御見事、名も知らない貴方。私の名前を見抜いたのは貴方で二人目。よろしければ貴方とコミュニティの名前を聞いても?」
「“ノーネーム”、ジン=ラッセルです」
コミュニティの名前を聞いたペストは、瞳を見開いて驚いた。
「そう。貴方も“ノーネーム”なのね。たしか天真、と言ったかしら?最初に私の名前を見抜いた人は」
「天真さんが!?」
「その反応は貴方の同士みたいね。ふふっ、このゲームは面白そう。………だけど確認を取るのが一手遅かったわね。私達はゲーム再開の日取りを左右出来ると言質を取っているわ。勿論、参加者の一部には既に病原菌を潜伏させている。ロックイーターのような無機生物や悪魔でもない限り発症する、呪いそのものを」
もし彼女の呪いが黒死病と酷似するのなら、発症は最短で二日。一ヶ月もあれば力の無い種は死滅する。戦わずして参加者側は敗北しようとしていた。
「此処にいる人たちが、参加者側の主力と考えていいのかしら?」
「……………」
「マスター。それで正しいと思うぜ」
黙りこむ参加者に代わり、ヴェーザーが答える。
「なら提案しやすいわ。―――ねえ皆さん。ここにいるメンバーと白夜叉。後“ノーネーム”の主力メンバー。それらが“グリムグリモワール・ハーメルン”の傘下に降るなら、他のコミュニティは見逃してあげるわよ?」
「なっ、」
「私、貴方達の事が気に入ったわ。サンドラは可愛いし。ジンが率いる“ノーネーム”は頭良いし」
「私が捕まえた紅いドレスの子もいい感じですよマスター♪」
ラッテンが愛嬌たっぷりに言うと、“ノーネーム”の面々の顔が強張る。
「ならその子も加えて、ゲームは手打ち。参加者全員の命と引き換えなら安い物でしょ?」
微笑を浮かべ、愛らしく小首を傾げるペスト。だが言葉の意味は、従わなければ皆殺しということだ。一同はその笑みに戸惑う。しかし十六夜とジンは冷静に状況を解析していた。
「………これは白夜叉様からの情報ですが。貴方達“グリムグリモワール・ハーメルン”はもしや、新興のコミュニティなのでしょうか?」
「答える義務はないわ」
「なるほど、新興のコミュニティ。優秀な人材に貪欲なのはその為か」
「…………」
「おいおい、このタイミングでの沈黙は是ととるぜ?いいのか魔王様?」
「だからなに?私達が譲る理由は無いわ」
「いいえあります。何故なら貴女達は、僕らを無傷で手に入れたいと思っているはずですから。もしも一ヵ月も放置されたら、きっと僕達死んじゃいます。………だよねサンドラ」
「え?あ、うん」
突然話を振られたサンドラは地の返事で返す。ジンはさらに続ける。
「そう。
絶対の自信を持って言い切る。それでもペストは憮然と言い返す。
「もう一度言うけど。
「では発症したものを殺す」
発言したマンドラに全員が振り向いた。マンドラの瞳は真剣そのものだ。
「例外はない。縦令サンドラだろうと“箱庭の貴族”だろうと………この私であろうと殺す。フロアマスターである“サラマンドラ”の同士に、魔王へ投降する脆弱なものはおらん」
絶句する。縦令ブラフだとしても過激な宣言だ。だが十六夜は閃きマンドラに続く。
「黒ウサギ。ルールの改変はまだ可能か?」
「へ?………あ、YES!」
「交渉しようぜ、“
「却下。二週間よ」
即決を下される。理想的な期間は謎解きを加味して一週間以内。十六夜は他に材料が無いかと見渡し、黒ウサギと目が合った。
「今のゲームだと、黒ウサギの扱いはどうなってるんだ?」
「黒ウサギは大祭の参加者ではありましたが、審判の最中だったので十五日間はゲームに参加できない事になっています。…………主催者側の許可があれば別ですが」
「よし、それだ魔王様。黒ウサギは参加者じゃないからゲームで手に入れられない。けど黒ウサギを参加者にすれば手に入る。どうだ?」
「………十日。これ以上は譲れないわ」
「ちょ、ちょっとマスター!?“箱庭の貴族”に参戦許可を与えては………!」
「だって欲しいもの。ウサギさん」
焦るラッテンに素っ気ない返答をするペスト。十日。あと少し。あと少しで五分にまで持っていける。しかし交渉材料が見当たらない。全員が思考を最速で張り巡らせる中―――ジンは意を決して口にする。
「ゲームに………期限を付けます」
「なんですって?」
「再開は一週間後。ゲーム終了は………その二十四時間後。そして、ゲーム終了とともに主催者の勝利とします」
「………本気?主催者側の総取りを覚悟するというの?」
「はい。一週間は死者が現れないギリギリのラインです。今後現れるであろう症状やパニックを想定した場合、精神的にも体力的にもギリギリ耐えられる瀬戸際。そして、それ以上は僕らも耐えられない。だから全コミュニティは、無条件降伏を呑みます」
「―――――………」
ペストは思案した。これは両者にとって得な話である。今後の準備や謎解きの時間が欲しい参加者側と優秀な人材を無傷で確保したい主催者側。一週間+一日と言うタイムリミットは理想的な期限だが。
(………気に入らないわ)
一見すれば合理的だが、何もかもが参加者側の目論見通りになっている。ペストはそれが気に食わかった。
「ねえジン。もしも一週間生き残れたとして………貴方は、
「勝てます」
脊髄反射のような応え。ジン自身、考えて答えたわけではないので内心肝が冷えている。しかしそれでも、自分の同士が勝利するということだけは疑っていなかった。
「…………………そう。良く分かったわ」
ペストは不機嫌な顔を一転させ、にっこりと笑う。
「宣言するわ。貴方は必ず―――――私の玩具にすると」
しかし、その瞳は壮絶な怒りを浮かべていた。激しく黒い風が吹き抜け、参加者達が顔を庇う中、主催者―――“黒死斑の魔王”は消え、一枚の黒い“契約書類”だけが残った。
『ギフトゲーム名 “The PIED PIPER of HAMELIN”
・プレイヤー一覧
・現時点で三九九九九九九外門・四○○○○○○外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ(“箱庭の貴族”を含む)。
・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター
・太陽の運行者・星霊 白夜叉(現在非参戦の為、中断時の接触禁止)。
・プレイヤー側・禁止事項
・自決及び同士討ちによる討ち死に。
・休止期間中にゲームテリトリー(舞台区画)からの脱出を禁ず。
・休止期間の自由行動範囲は、大祭本陣営より500m四方に限る。
・ホストマスター側 勝利条件
・全プレイヤーの屈服・及び殺害。
・八日後の時間制限を迎えると無条件勝利。
・プレイヤー側 勝利条件
一、ゲームマスターを打倒。
二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。
・休止期間
・一週間を、相互不可侵の時間として設ける。
宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“グリムグリモワール・ハーメルン”印』