「ルビィは、悪くなりたい!」
机に突っ伏したルビィが、唐突に叫んだ。
「えっと……どうしたのルビィちゃん」
ルビィらしからぬ発言に、正面に座っていた曜が怪訝な顔をしました。
「お、な〜に? ルビィちゃんもワルになりたいの? それなら、ワルの先輩であるこのチカがごきょーじゅしてあげよう!」
曜の隣に座っていた千歌が、ドヤッと胸を叩きました。その手元には、白紙のノートが開いてありました。言うまでもなく歌詞ノートです。作曲担当から言い渡された期限は今日中です。あと数時間もすれば、容赦なくメッセージが届くでしょう。
「ワルの先輩って何……。それに千歌ちゃん、ワルというよりただのイタズラっ子だったよね」
「曜ちゃんだって、ノリノリで善子ちゃんの配信に押しかけたじゃん!」
「それは……まあ」
それを言われてしまうと、曜も反論できません。そのおかげで素晴らしい衣装が完成したので、善子(のリトルデーモン)には感謝なのですが。
「……それで、どうしてルビィちゃんはワルになりたいの?」
話がズレてしまいましたが、原因は唐突なルビィの発言にあったのです。
「ルビィ、小さいし気弱だし……鞠莉ちゃんみたいにロックな曲をカッコよく歌いたいなぁって思って」
「あー……それで悪くなりたいって事?」
「うん」
“それってロックなのかな?”と思った曜でしたが、
「よし、三人でちょっと悪くなってみよう!」
お隣がその気になり、当たり前のように巻き込まれてしまえば、もう否定する気になれません。
「まず悪い事と言えば、人のモノを盗っちゃうとかだよね! 何かあるかなぁ」
「カツアゲって、ルビィ聞いた事ある!」
「じゃあ、ルビィちゃんの為にチカがお手本見せてあげる! 曜ちゃん、ちょっと付き合って」
「はいはい。了解であります」
千歌は立ち上がると、曜にずいっと顔を寄せた。
「へっ?」
「曜ちゃん……コンタクトも可愛いけど、ありのままの曜ちゃんも見てみたいな。ちょっと眼鏡、貸してくれる? 持ってるよね」
「え、ええっ⁉︎ う、うん……」
思わず眼鏡ケースを取り出してしまった曜。
「ありがと」
それをウインクして受け取った千歌は、
「こんな感じなのだ!」
眼鏡ケースを掲げてドヤ顔。
「はい曜ちゃん、返すね。次はルビィちゃんの番だよ!」
「うーん……」
ルビィはしばらく悩んでから、
「あっ」
何かを閃いたように、ポケットから何かを取り出した。
「?」
それから首を傾げた曜へと駆け寄ると、
「あれぇ〜? こんな所から、ルビィの飴さんが出てきちゃった」
曜のポケットへ手を突っ込むと、棒付きのキャンディをこれ見よがしに取り出した。勿論、最初からルビィが持っていたのである。
「いつの間に盗ったの? 曜ちゃん、いけないんだぁ」
そのキャンディを口にくわえて微笑むルビィ。
「る、ルビィちゃん、結構それっぽいね……」
予想以上にハマり役なルビィに、二連続で標的にされてしまった曜はたじろぐ。
「うーむ、ルビィちゃん、意外とデキる……」
腕を組んで感心する千歌。
「ど、どうだったかな……」
おずおずと聞いてくるルビィは、先ほどと同一人物とは思えない。
「完璧だよルビィちゃん! もうチカが教える事は何も無い!」
「いや、千歌ちゃんそもそも何かした訳じゃないよね?」
「さあ次は曜ちゃん!」
聞いちゃいない。
曜も反論するだけ無駄なので、仕方なく付き合う。
「…………」
「うひゃぁ⁉︎」
無言で千歌へと体当たりすると、そのまま押し倒す。
「私の歩く先にいるなんて、千歌ちゃん邪魔だなぁ。おしおき、してもいいよね?」
してやったりという顔で千歌の髪を撫でる曜に、
「曜ちゃん、やっぱりカッコいい……」
横で見ていたルビィは呟く。
「むむ……」
少し悔しそうな千歌は、突然起き上がる。
「うわっ」
のけぞった曜は尻餅。そんな曜を一瞥した千歌は、そのまま曜に攻撃するかと思いきや、
「自分は関係ないとか、思ってない?」
ルビィに近寄った。
「ふぇ⁉︎」
思わぬ矛先に、ルビィはくわえていたキャンディが落ちかける。
「おっと」
それを、千歌はキャッチ。
「返して欲しい?」
不敵な笑みで、キャンディを小さく振る。
「えっと……」
「ダ〜メ」
返事を待たず、千歌はそのキャンディを自分の口へ運ぶ。
「チカのモノはチカのモノ。ルビィちゃんのモノも、チカのモノ」
どこかで聞いた事のあるセリフを言うと、ルビィの耳元へ口を寄せる。
「……これ、甘いね」
「ピ⁉︎」
思わず変な声が出たルビィは、
「る、ルビィだって!」
喝を入れるように声を上げると、机に駆け寄った。
「ほーら千歌ちゃん、歌詞ノート。これ無いと困るんじゃない?」
「ひ、卑怯な……っ」
取り返そうと手を伸ばす千歌から逃げながら、ルビィは出入り口のドアの方へ。
「これが無いと、千歌ちゃん歌詞完成できないよね〜」
ドヤッとルビィはノートを掲げる。
「あ」「あ」
その瞬間、千歌と曜は同時に声を上げた。二人の視線はこちらを向いているが、どうやらこちらを見ている訳ではないようだ。
「?」
ルビィは首をか傾げて、つられて後ろを向いた。そこには、
「……ルビィ?」
笑顔を浮かべた、実の姉。だがどう見ても、雰囲気は和やかではなさそうである。
「お、おねぃちゃん……」
「千歌ちゃーん、歌詞も書かずに何やってるのかな? 今日までって言ったよね?」
さらにその背後から、これまた不気味なほど笑顔を浮かべた作曲担当。
「り、梨子ちゃん……」
「人様を困らせて楽しむなんて言語道断ですわ!」
「悪ふざけをする前に、千歌ちゃんにはする事があるでしょ!」
「千歌さんですのね⁉︎ うちのルビィをそそのかしたのは!」
「ルビィちゃんも、千歌ちゃんのサボりの手助けなんてしちゃダメでしょ!」
二人から交互に説教を受けるという奇妙な状況に置かれてしまった千歌とルビィ。
「まあ、自業自得と言えばそうなんだけど……何かごめんね」
“巻き込まれた”と判断された曜は、お咎め無しでした。不憫そうに、正座する二人を眺めていました。
「いいですか? 黒澤家として生まれたからには、人の役に立つべき存在でなければいけないのです!」
「毎回遅れるんだから、少しくらい学習しないの?」
「あなたはAqoursを結成したリーダーでしょう? そんな人が悪業を流行らせてどうするんですの!」
「千歌ちゃんに振り回されるだけじゃなくて、ちゃんと見張っててくれないと!」
あーだこーだとまくし立てられ肩を落とす千歌とルビィを見ながら、曜は呟きます。
「……まあ、悪い事すれば叱られるよね」