時代遅れかレトロの風情か、現代に残る数少ない駄菓子屋、シカダ駄菓子。
この店を訪れる客と言えば、ココノツの友達か、近所の悪ガキか、駄菓子が大好きな謎の美少女か。
だがここに、新しい客が訪れる。
彼女もまた、大好きだからここに来た。
駄菓子屋で売っているベストセラー。

そう、「ブタメン」が大好きな、彼女が。

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ラーメン大好き小泉さんと、駄菓子大好きホタルさん

「ごめんください」

「くーださーいなーー!」

 

「ああ、ホタルさんか」

 

 とある半島の田舎町。時代から取り残されたような寂れっぷりが板についたこの地に、「駄菓子屋」という概念を型に流し込んで固めたような店がある。

 名を「シカダ駄菓子」。木造、古びた看板、うっすらと暗い照明、低い棚にずらりと敷き詰められた駄菓子類。いまや企画展の片隅に再現される以外には存在するかどうか怪しく、まだ実在していたのかと驚愕するしかないリアル駄菓子屋だった。

 そんなシカダ駄菓子の奥、自宅部分の階段を下りていく少年がいる。微妙に死んだ目とくたっとしたパーカー。生気の足りないその風貌、マンガ家志望で駄菓子屋店長代理、生まれも育ちも駄菓子屋という生粋の駄菓子人間、鹿田ココノツだった。

 

 駄菓子屋を継ぐなんてまっぴらごめん、と反発していたのも今は昔、最近店の常連となった謎多き美少女、枝垂ホタルの来訪を心待ちにしてうっきうきしながら店に出る程度にはやる気が出ている。男子高校生など、そんなもんである。

 

 

 だから今日も、いつも通りだろうと思っていた。

 駄菓子屋に一歩足を踏み入れるなり元気爆発、そんなホタルがまたなんぞの駄菓子を買いに来たに違いない。

 今日のテーマはなんだろう。ポテトフライだろうか、うまい棒だろうか。

 

「こんにちは、ホタルさん。今日の駄菓子は……」

 

 そう思いながら店に出て。

 

 

「これよ!」

「ブタメンです。お湯もいただけますか」

 

「ホタルさんが二人いるうううぅぅぅぅーーーーーーー!?」

 

 

 ブタメンを買いに来たホタルとホタルっぽい人(?)に絶叫を上げた。

 

 

◇◆◇

 

 

「? どうしたのココノツくん、そんなに驚いて」

「……私が何か」

「え、あ、いや……ホタルさん……じゃない!? す、すみません、声がそっくりだったもので!」

 

 と、思ったがそうではなかった。

 よく見たらホタルは1人しかいない。もう1人客がいる。

 店に客が、それもホタル以外の客が、さらにさらに一見さんが来るなど珍しいにもほどがあるが、だからといって駄菓子をたくさん食べたいけど腹の容量には限界があるからと、その辺なんとかするために分身したホタルではない。別人だ。

 声はやたらめったら似てるけど。

 

「ああ、こちらの子? ついさっきそこでばったり出くわしたのよ。……フフフ、ブタメンに目を付けるとは、やるわね」

「恐縮です」

 

 ホタルではないもう1人の少女は、よくよく見たら容姿は結構異なっている。

 薄紫のショートカットなホタルに対し、絹糸のような長い金髪。駄菓子屋のフィールドパワーソースを受けてかギラギラと輝く光を放つ目のホタルと違い、月夜の湖水のように凪いだ半眼。

 ホタルと並んでも一切見劣りしない美少女ながら、受ける印象は正反対だ。

 

「じゃあ、お湯はお先にどうぞ」

「ありがとうございます。……すみません、そこのテーブルで食べていくことはできますか?」

「あっ、はい! もちろんです!」

 

 ただ、ブタメンにかける情熱はホタルとどっこいだと思われる。心なしか目がキラキラワクワクしてる気がするし。

 

 

◇◆◇

 

 

「ブタメン……。あのベビースターラーメンで有名なおやつカンパニーさんの名作駄菓子ね」

「はい。三重県に本社を構える老舗の即席麺メーカーです。実は、チキンラーメンより先にインスタントラーメンを開発しています。……そちらはあまり売れず、ベビースターラーメンという形でスナック菓子方向へシフトしたようですが」

 

 すげえ、あの人ホタルさんと語り合えてる。

 ココノツは息をのんだ。ホタルと言えば、あのホタル。大手菓子メーカー枝垂カンパニーの令嬢にして、駄菓子に囲まれて生きて来たココノツをしてすら驚愕するほどの駄菓子知識を有するホタル。彼女と同等の知識を有するというのなら、彼女もまた駄菓子の申し子なのか。一体このド田舎の駄菓子屋に集まる人材はなんなのか。特異点とかか。ココノツは、父親が入院して以来の驚異的な事態に震えていた。

 まあ、当事者二人はブタメンが出来上がるのを楽しそうに待っているだけなのだが。

 

「……もうすぐね」

「……はい。少し早めに食べるのもいいですが、ここはやはり時間通りに……」

 

 なのに、なぜだろう。

 シカダ駄菓子の喫食スペースに向かい合っている二人の間に流れる空気。

 それぞれ目の前にブタメンを置いて、徐々に言葉が少なくなっていく。

 お湯を入れてからもうじき3分。「その時」が近づくにつれて高まる緊張。まるで西部劇のガンマンの決闘のように、一瞬すら逃さないという覚悟が二人の間に見て取れる。

 

 ……いや、本当に何やってるんだホタルさんとあのもう1人。

 ココノツはしかしこういうときにノリがよく、固唾を飲んで優秀なモブキャラとなる。

 

 そして。

 

「――今よ!」

「――いただきます!」

 

 早業、降臨。

 ブタメンの蓋を押さえていたフォークを抜き取り、勢いよく蓋を剥がして溢れる湯気ととんこつスープの香り。スープが良く絡んだ麺をすくい上げ、二輪の花と見まがう可憐な唇からの吐息で冷まし。

 

――ズッ!

――ズズッ!

 

「すごい……ホタルさんと互角だ!」

 

 何が互角なのか、言っているココノツ自身よくわからないがとにかく互角に麺を啜った。

 ブタメンを食べるのに会話など不要、出来たてを素早く、麺が伸びることなどないよう瞬く間に平らげることこそが礼儀と作法。二人の淑女は言葉もなく、しかし己の生き様をもってそれを示し、店内にはしばし二人の美少女がブタメンを啜る音だけが響き渡る。

 

「んっ、んくっ、んー……ぷはぁっ!」

「ごっ、ごっ、ごっ……はふぅ」

 

 そして、終わりの時だ。

 スープ一滴残さずきれいに食べ終えたブタメンの器を置いたとき、二人の少女は恍惚の中にあった。

 涙の膜にきらめく瞳はうっとりと。反らしたおとがいは熱い呼吸にしっとりと上下する。

 額に、そして胸元にはブタメンの熱さが齎した汗の滴が宝石となって少女を艶やかに彩っていた。

 時代に取り残された駄菓子屋の一角に、とんこつスープの匂いと女の子のなんとも言えない匂いが立ち上る。

 

「ゴクリ……。あ、二人ともお水どうぞ」

「ありがとう、ココノツくん。さすが、気が利くわね」

「いただきます」

 

 いいもん見せてもらったお礼です、とは口に出さずココノツが差し出したお冷を二人はありがたく受け取った。熱いラーメン、そのあとの水。これがまた美味い。

 

 

「やっぱり、ブタメンはいいわね。何度食べても飽きないわ」

「はい。この駄菓子であり、しかしラーメンでもある味。ましてやそれをこんなにも『らしい』駄菓子屋さんでいただけるとは、わざわざ来た甲斐がありました」

 

 一戦終えて友情が芽生えたか、ホタルと少女はにこやかに言葉を交わす。

 どうでもいいけど、顔を見てないとどっちがしゃべってるのかわからないくらいに声が似てるな、とココノツは思う。いや、しゃべり方も違うし声色も微妙に違うから迷うことはないんだけど、まるで同じ人がしゃべっているんじゃないかというくらいには声が似ていた。あとやたらナニカに執着するところも。

 

 ……だが、ホタルとあの少女は似て非なる存在だとココノツは思う。

 いや、根本的なところは多分とんでもなく近しいのだと思う。しかし野生の駄菓子屋の勘が、彼女が好きなのは「駄菓子」ではないのではないかと、そう囁くのだ。

 

 駄菓子とは、駄菓子であり駄菓子ではないものも存在する。

 ココアシガレット、生いきビール、ビッグカツ。子供心に憧れる、簡単には手が出ない「何か」を模したもの、それらは代用品であり背伸びの品。しかしその憧憬へと至る道のりもまた、駄菓子だ。 

 彼女がブタメンを好きなのは間違いないが、その先にこそ彼女の本領があるのではないか。そんな気がした。

 

 

「……では、私はこれで」

「そう、じゃあ私も行こうかしら。楽しかったわ」

 

 だからこれは、奇跡のような出会いなのだろう。

 本来異なる道が、たまたま交わった。きっとそういう類のもので、そんなこの時この場に居合わせられた幸運を、ココノツは天に感謝した。

 カラリ、と店の戸を開いて二人が外に出る。どうやらホタルと少女の行き先は真逆のようだ。まるで、二人の宿命を指し示すかのように。

 

「……」

「……」

 

 しばし、見つめ合う。

 きっと仲良くなれるだろう。だがここで別れたら二度と会うことはないかもしれない。そんな確信が、別れを惜しませた。

 

「……さようなら」

 

 名残惜しい。だがそれでも、自分には行く道がある。たとえ一時だけ交わった、なんかまるで中の人(たましい)が同じじゃないかってくらいの相手とは別の道であろうとも。

 振り切るように少女が背を向けて、歩き出し。

 

 

「これ、あげるわ」

「えっ」

 

 

 ホタルの呼びかけに振り向いた少女の胸元に飛び込んだのは。

 

「あ、あれは……! 東京拉麺のミニカップ麺、『ペペロンチーノ』!!」

 

 ココノツが、まるでバトルマンガの解説系サブキャラのような説明口調で叫ぶ。

 駄菓子が誇る守備範囲の広さを示すラーメン系駄菓子。いや、パスタ風だろうか。湯切りの有無と粉末スープの使用量でラーメン風にもパスタ風にもなる汎用性の高さを誇る駄菓子だった。

 

 そう、ラーメンっぽい駄菓子は、まだ他にもある。

 だから、二人がそれぞれの道を行くとしても、またどこかで交わるかもしれない。

 

「……ふふっ、ありがとうございます。では、私からはこれを」

「大事にいただくわ。この『ベビースターラーメン』は」

 

 少女が鞄から出してホタルに投げ渡したものこそが、その証。

 ブタメンと同じくおやつカンパニーが誇る大ヒットスナック菓子、最近マスコットキャラクターが変わったがおいしさは変わらない、ベビースターラーメンが少女のメインおやつである限り、いつかきっと、またどこかで。

 

「そういえば、名前を聞いていなかったわね。私はホタル。枝垂ホタル。いずれ世界一の駄菓子メーカーを作る女よ!」

 

 カッ! となんかポーズを決めて名乗る女、それがホタル。

 対する少女はミステリアス。特にポーズも取らず、声も張り上げず。

 くるりと優雅に、まるで花びらを振りまくようにターンして。

 

 

「私は、小泉。ラーメンが大好きな、小泉です」

 

 

 そう、名乗るのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……なんだったんだ今の」

 

 そして後に残されたココノツは何が起きたのかさっぱり理解できず。

 

「あれー、店長どうしたんスか? そんなところでボーっとして」

「ハジメさん。……とりあえずブタメン食べたくなったんですけど、一緒にどうです?」

「おっ、いいっスね。ご一緒しまス!」

 

 でも、無性にブタメンが食べたくなった。



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