ソフィーとプラフタが一緒に寝るだけのお話。
※キャラ崩壊、百合気味の展開にご注意を

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大切なあなたへ

「ただいまー、プラフタ」

「おかえりなさい、ソフィー」

 小さな町キルヘン・ベルのはずれ、うねる坂道を越えた先に有る木造の平べったい一軒家。

 その家は年若い錬金術士ソフィーのアトリエであり、今日も錬金に使う素材集めを終えて帰ってきました。

「プラフタが言ってたモノを作る材料、集まったよ」

 ソフィーは草やら石やらがはみ出たバックパックを、うっすらと埃の乗る床に降ろしました。

「本当ですか?」

「うん。今から作ってみても良いんだけど……」

 そして、ちらと自分の商売道具に目を向けます。

 祖母の代から使われているその錬金釜は、おちこちに散乱した本の山の中でも独特の雰囲気を発しながら、クリーム色の柔らかな液体から煙を上げていました。

「ぜひ……と言いたいところですが、ヘクセ・アウリスは作成に長い時間が掛かります。ですから、今日はもう休んでください」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 淹れたてのソティーと即席のベーグルサンドで夕食を済ませると、お湯に浸かってゆったりした寝巻に着替え、すっかり就寝の準備は整いました。

「よし、寝る!」

 仕事場にしきりを隔てた、素朴なふかふかしたベッドにソフィーが飛び込みました。包み込むような感触に脱力して、うつ伏せで顔を枕に埋めます。

 ちらと横を見ると、ちょうどプラフタもベッドに腰を落ち着けていました。

「流石に、まだ慣れない?」

 プラフタは困った様子で頷いて、

「えぇ。いかんせん、500年前の事ですから」

「いつ聞いても凄い年月の長さだなぁ……やっぱり、人間の体の方が」

「いいえソフィー、私は今のままでも十分すぎるほどに満足しているんです。これ以上を望むのはばちが当たってしまいます」

「むぅ……」

 話すべきしるべが途切れて、露が落ちる間のような沈黙が流れました。

 その時、言おうか言うまいか迷っていたプラフタが、

「あなたと同じ目線で会話ができること……本当に、嬉しいです。いくら感謝しても、足りないくらい」

「やだなーもう、水くさいってば」

 翠の空に浮かぶ星に似た、かがやく瞳と妖しさすら感じられる美しい笑顔に、ソフィーは思わず顔が火照ってしまい、気付かれないようにそそくさとシーツを引き寄せました。

「おやすみなさい」

 それを寝る合図と受け取ってか、プラフタが言いました。

「おやすみ、プラフタ」

 小さく返して、瞼を閉じたのでした。

 すると徐々に気分も落ち着いてきて、一日の出来事がふわふわと心に浮かんでいきました。

 道中で魔物に襲われたこと。採集の最中に魔物に襲われたこと。知らず知らずに奥地まで行ってしまい、魔物に襲われたこと。碌な思い出がありません。

 仲間がいればこそ切り抜けられましたが、ソフィー1人ではどうにもならなかったでしょう。

 改めて仲間への感謝の思いを胸に刻みつつ、しかしどうにもある魔物のことが頭から離れません。

「うぅー」

 幽霊でした。こればかりは大の苦手で、出来ることなら近付きたくもない相手でした。人がいない今、その脅威を思い出してしまえば、目が冴えてしまうのも当然のことで。

「ねむれない……」

 悶々として寝返りを打つと、ふとプラフタの姿が目に映りました。

 外の木々を青白く染め上げる月光がかすかに窓を伝い、照らされる銀の長い髪と性格とは対照的な幼い顔つきはまるで、

「おとぎ話の妖精みたい……」

 ほうと溜め息をついて、寝顔に見入っていると、ぷにぷにとしたほっぺたが目に付きました。

「そうっとなら、良いよね」

 ソフィーは音を立てないように体を起こすと、プラフタの寝ている反対側へこっそり回り、温かみが抜けないようシーツを小さく持ち上げて滑り込みました。

 香草めいた匂いが漂って、張りつめた気も少しずつ治まり、なにより一緒にいるということに安心してか、再び瞼が重くなってきました。

「ぷら……ふた……」

 そしてうわごとのような囁きと共に、そのまま寝入ってしまうのでした。

 背中にぽかぽかとした温かさを感じたプラフタがそちらを向くと、なんとソフィーがそばで眠っているではありませんか。

「ソ、ソフィー……!?」

 驚きつつも、大きな声を出すことには配慮して、安らかな寝息を立てる彼女に呼びかけます。が、いっこう目覚める気配はありません。

 急な出来事と、息がかかってしまうほどの近さにどぎまぎしながら、プラフタの頬が朱に染まっていきました。

「人形の体でも火照るんですね……」

 手を当てて冷まそうと試みながら、そんなどうでもいいことに気がつきますが、落ち着くには至りません。

 とそこへ、甘い香りが鼻腔に届きました。

「これは……」

 プラフタはソフィーの紅葉色の髪に覗く首筋に顔を近づけます。日頃よく出かけるにも関わらず、その肌は白く細やかでした。

 そして、香り。すぐに思い当たりました。

「錬金術の……」

 瞬間、おぼろ気に、錬金術士であった過去がよみがえりました。

 誰かの役に立ちたくて、錬金術の研究に明け暮れた日々。

 けれど今は、記憶よりも、目の前の元気いっぱいでちょっぴりそそっかしい女の子が何より大事な存在なのです。

 そう思うと、なんだかとても愛おしくなって、彼女のなめらかな髪をそっと手で梳きました。

 ソフィーはちょっとくすぐったそうにして、でも心地良い笑みのまま、プラフタに身を委ねるのでした。

「これからもよろしくお願いしますね、ソフィー」

 静かに告げると、形の良い額にそっと口づけをして、顔の前に投げ出された左手の小指を同じ指で包み、再びのまどろみに溶けるのでした。



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