物語の導き手ポジションの平塚静。彼女に八幡達と同い年の弟がいたら。

そんなお話。

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ただ、なんとなく描きたくなりました。

平塚先生の年齢が未公開なのでこの小説では28とします。


環境は選べない

 

ある日の夕暮れ時のことである。本日の献立は家庭的に肉じゃがにでもしようかなーっと考えていた時にそれはきた。

 

携帯が震えている。

 

そして俺も震えている。

 

震える手からは握力が抜けており、普段通りに物をつかむことができない。辛うじて携帯の先を指先で挟み込み持ち上げようとするも、それも難しい。だいたい握力がないのにそんなことできるわけもなかった。どうやら僕はだいぶ同様しているらしい。

 

一度心を落ち着かせるために深呼吸で一泊入れる。僅かに効果がでたそのチャンスを逃すまいと素早く携帯を引っこ抜き、スマホのパスワードを指紋認証でクリアすると、同時に着信が鳴り止んだ。

 

 

そしてメッセージが1通。

 

 

 

 

でんわ でろ

 

 

 

 

「は、ははは、はい!!!!」

 

僕はもう従うしかなかった。

 

 

ご覧の通り、僕は姉に絶対服従を誓うごく普通の高校2年生。名前は平塚 咎と申します。

 

 

 

 

ある平日の昼休憩の時間である。今日も今日とて4限のチャイムが鳴ると同時に校則違反なんてクソ喰らえの覚悟でスターティングを切る。

 

階段の手すりを靴裏のつま先部分に仕込んだ画鋲を上手く使い滑る用に滑走する。ちなみに階層ごとの方向転換は空中で行う。いちいち床に足をついて乗り換えるなんてナンセンスだ。時間は有限だ、一時も無駄できない。あらゆる策を使わなければ、購買競争という戦争に勝利することなど不可能。こちらはただでさえ北校舎3階というハンデを背負っているのだ、南校舎1階にある購買までに近い教室などいくらでもある。負けるわけにはいかない。

 

手早く1階まで降りると同時に廊下に面している窓を開けて外へと飛び出る。ここには花壇があり、ブロックを上手く使えば地面に足をつけることなく南校舎の下駄箱前まで行ける。有効的に使えば大幅なコースカットになる。まさに僕のためにあるThe road to victory! ここの花壇のお世話は毎日欠かさず僕がやる! 他の誰にもやらせるものか。

 

 

すぐさま渡り終えた俺は窓を開けて侵入、今日の朝あらかじめセットしておいた雑巾に着地して多少汚れた上履きの砂を落とす。

 

後は目的地まで全力で駆け抜けるだけだ。

 

ーーくくっ、今日も僕のスピードには誰もついてこれない。

 

 

そう思い、喜び勇んで購買を目視で捉えた咎めが見た光景は信じ難いものであった。

 

「なっ、人がすでに並んでいるだと!?」

 

馬鹿なあり得ない!?

驚愕のあまりスピードをコントロールできずに転倒し、その勢いのまま店頭まで到達してしまった。

けれど頭の中はそんなことなどもはやどうでもいいと切り捨てており、新たな問題を捉えていた。

 

「ぁ、焼きそばパン1つ」

「はいよ」

 

そんなこちら側の葛藤など知らぬ存ぜぬの目の前の先客。転んでいる咎めには足元しか見えないが、それが長ズボンであったために男、しかも制服から男子生徒だと推理する。つまり、この男は教員ではないことからして授業時間終了後にここにきたこととなるっ!

ーー馬鹿なあり得んっ。

 

咎の走力でチャイムからここまでのタイムはおよそ40秒。今までの経験上、この40秒以内でここに現れた者はいない。つまり、コイツが俺の初めての。

 

そう思い立ち上がり、ようやく対象の顔を確認した。

 

背は170〜175程度に平均的な大きさ、身嗜みは悪くなく制服にはシワがないことからある程度気を使っていることが伺える。ネクタイも曲がっていないことから直してくれる家族がいるのか、又は意識して直すよう心がけているのか。どちらにせよ最低限周囲を認識できる人間であり、尚且つ見られることも前提に考えている人間であることがうかがえる。

 

次に、髪は無造作に伸ばされているように見えるが、襟足の長さは一定に切り揃えたれており、特に気になる枝毛もない。前髪は軽く目にかかる程度で人によっては長いと思うかもしれないが、昨今の男子高校生であれば特に問題視するほどでもない至って普通の髪だ。

問題点を挙げるならば、その曲がった背中と濁り腐ったそのまなこだろう。

 

ーーーーなんだその瞳はお前は肉親を犯罪者にでも殺されたのか? それとも信じていた友に裏切られ世界に絶望でもしたのか?

 

などと考えてしまうレベルで濁っている。軽く丸められた背中と相まって陰湿なイメージが彼から漂っている幻覚すら見えるほどだ。彼を見て爽やかという言葉は間違ってもでない。むしろ爽やかな反対は? と聞かれたら真っ先にこの男を例えにだすくらいだろう。

 

だが、そんな外見は関係ない。問題点はそこではなく、なぜこの男が咎より早くこの場にいたのかについて確かめなくてはならない。

咎は震える体を無理やり気力で抑えて、すぐに立ち去ろうとしていた男は呼び止めた。ついでに肩を掴んでこちらに向かせる。

 

「おい、待てよお前」

ーーーーおっと、つい気が立ってしまい語呂が強くなってしまった

 

普段であれば、ちょっとお待ちになっていただけないでしょうか? とかなり丁寧に対応するのだが今回ばかりは仕方がない。一大事なんだ、許してくれ。

 

「ひゃ、ひゃい」

 

振り向かせた男はなにやら若干涙目になっていた。が、正直そんなことはどうでも良い。男の涙なんて『コンセントの穴は左右で長さが違う』なんて豆知識並みにどうでもいい。ちなみに左のほうが2㎜長い。

 

「テメェ、随分早くに来てんじゃねえか。 いったいどうやったんだぁ? 言ってみろ」

 

違う、そうじゃない。本当はこう言いたかったんだ。

『まさか僕より早く購買に来てる人がいるなんて。どうやってこんなに早くこれたんですか? よろしければ教えてくださいませんか?』

僕はこう言ったつもりだ。しかし現実にでた言葉はアレである。

仕方ないだろ! 気が立ってたんだ! 許してくれ。

「しょ、しょれはッ、ま、前の授業が自習で、それで、気づかれないように」

 

 

「なるほど、抜けて来たってわけか」

 

つまり監視する先生がいなかったからフライングできたというわけか。ここは仮にも進学校、授業時間は厳格に守られているからな。

 

「けど、よく他の人が許したね」

幾分、落ち着いたからか先ほどまでの威圧感丸出しの語呂がなくなり普段どおりの接し方へとシフトチェンジする。ちなみに肩においた手も離してある。それとネクタイの色から彼が自分と同年代だと気づけたこともあり敬語は使っていない。今までは万が一先輩であったらをイメージしていたのだ。無論、どちらにせよ意味はなかったが。

 

それが相手の緊張感を和らげたのか、ようやく僕と視線を合わせてくれた。

「いや、その、き、気づかないのはいつものことでむしろそれが自然体であり俺のデフォルトでありパーソナリティでもあるというか」

「なるほど、つまり君は普段から影が薄く、存在感もなく、誰からも興味を持たれない、そんな酸いも甘いも触れることさえない灰色どころか群青色みたいな暗くジメジメした青春を普段から送っているから、誰からも認識させることがなくなった本当のAnotherみたいな奴っことだね」

 

 

ーーーーおっとつい素直に口から出てしまったが、これは僕の裏表のない感想だ。残念ながら訂正することがどこにもないから真正面から受け止めてくれ。

 

「あ? 悪いかよ」

 

どうやら軽く気分を損ねてしまったらしい。先ほどまでのおどおどした様子はそこになく、堂々とした佇まいで視線を合わせてくる。

彼がその濁った眼差しでこちらを射抜いてくる。鋭く、他人を寄せ付けない。それでいてどこまでもこちらの内側を読もうとしてくる思慮深く、どこまでも透き通った目をしている。まるで今までいなかったタイプの人間だと咎は興味を持った。

「悪くないさ。人間誰だって個性を持ってるもので、それが意図して手に入れたものだけでないことくらい誰だって知ってることさ。個性は環境次第でどうにでも仮初めの姿に変わる。友人、恋人、家族、同期、相手によっても変わるだろうし、対面した相手も千差万別に受け取るだろう。ただ、それが個性を相手に無理矢理当てはめたものであるのか、己が自覚して誇っているものなのか、これによって明確な良し悪しが出てくると僕は思っている」

 

あくまでこれは自論ではあるがね、と付け加えて終わらせる。

 

「ずいぶん、ペラペラ喋る口なんだな」

 

その言葉には言外に誰もお前の話なんて聞いてねぇよ、との意が読み取れた。

けれど、そんなこと百も承知だ。彼の言葉を使って例えるならば、僕はこのよく喋る口という個性だと自覚しているし、それを良しとし誇っているというわけだ。相手がどう思おうが、どう感じようが、これを止める気はない。無論、時と場所を弁えてではあるが。

 

「まぁね。 時々姉にも注意させるんだけど、気に障ったかな」

 

「別に」

 

そう素っ気なく返事をする彼は、これで話は終わりとでも言わんばかりに踵を返して歩き始めた。

これ以上関わりたくないと背中で語る彼に、けれど咎は1つ質問をした。

きっと名前を問うても返ってこないかもしれないと思い。

 

「君、クラスは?」

 

「…………B」

 

 

ふむ、なるほど。

 

 

「同じクラスじゃねえか」

今はもう見えなくなった姿にポツリと零した。

 

 

で、だ。ここは購買の前である。

「で、あんた買わないのかい?」

「あ、買います買います。黒毛和牛カツサンド3つください!」

この購買で毎日限定3食の超人気商品。

「はぁ、毎度毎度よくこんな高いの買うねぇ。それにこんな早くにきて」

「いやぁ、売り切れると思うとつい」

 

無くなると思っただけで胸が張り裂けそうな想いなんです。

 

「誰も買いやしないよ! 1つ2000円だよ!? 2000円!」

「はははっ、万が一という確率を0にしたい。そんな思いでいつも来ています」

「はぁ、まあこっちとしては助かってるだけどね。会計は6000円でお釣りの4000円だよ」

「はいよ、んじゃ! 明日もくると思んでよろしくおねがいしまーす!」

 

そう言って僕は中庭のベンチ、つまり僕のFavorite placeへと駆け出した。その時、一瞬耳に『咎×八……実に面白い』とかなんとか聞こえて来たが気にしないことにした。

目的の品をゲットし意気揚々とした歩みでいつもの場所へと赴きーーーー手が震えはじめる。

 

「ふむ。遅かったなーーーー待っていたよ」

 

姉、降臨である。

 

 

 

✳︎

 

 

さて、まず初めに僕の姉である平塚 静とは何か? と考えてみたい。ただ漠然と考えるのではなく、順序を組み立てて考察していこう。

まず、姉とは自分よりも早く産まれた生物であり。霊長類ヒト科目に属する性別は女の僕のご主人様である。

 

おっと、間違えた失礼。僕の肉親である。

 

さて、姉とは世間で言えば優しくも厳しくその優しさ溢れる包容力で世界の外敵から下の子の身を守り、溢れんばかりの愛情で人生という名の道を教えてくれる存在であると先人は語っている。

 

無論これは総合的な意見であり個人間の持つ実体験からすれば、多くの相違点は存在するだろう。けれど、確かに姉というものは良くも悪くも人生とという辛く険しく暗い道の歩き方を教えてくれる存在なのである。

少なくとも僕にとってはそうだった。

 

小さい頃の話だ。確か5つかそこらの話だったと思う。僕はその頃は今と同じでとても素晴らしい性格をしていて、よく周りの大人達から『あらあら、これは将来は大物になるわね』と褒められるような子供だった。

 

そんなある日、当時総武幼稚園の年長であるさくら組を支配し、暴れまわる子供達を放置する先生達を見つけると、『給料ドロボー』と叫び、近くの保護者に訴える真面目な日々を過ごしていたのだが、唐突にやってきた障害に少しの挫折を味わった。

当時、界隈を騒がせていたガキ大将グループが喧嘩をふっかけてきたのである。

 

突然幅をきかせてきた僕におそらく腹がたったのだろう。勿論僕も対抗した、初めから力では勝てないことがわかってるから。あらかじめ挑発する時には大人を用意したし、遭遇するであろう場所には胡椒と唐辛子が混ぜ合わせてある水風船を常備。体力差があるならそれを削ろうと相手の学校に『お兄ちゃんと帰りたくて……』と装い侵入。下駄箱の靴の中に画鋲を入れたりもした。

 

けれど、なぜか相手は怒る一方で喧嘩は治らない。

 

僕は5年間の中で初めて挫折を味わった。

 

そんな時だ、僕の姉がこう言ったのだ。

 

『なぜ咎は、自分の力で勝とうとしない』

 

「してるよ、つねにぜんりょくでせんてをうつ。それがきほんせんじゅつだってとうさんがいってた」

 

『そうか、咎は頭がいいんだね。けれどね、時には頭ではなく、違う方法も必要な時があるんだ』

 

「そーなの?」

 

『ああ、そうさ。

人間ってのは難しい生き物でね。

感情だけで生きてるわけじゃない。

いくら咎が策を弄したって、いくら大人達が抑えたとしたって、その子の今の立場が変わるわけじゃない。

ガキ大将なんだって?

ならやっぱりそれじゃダメだ。』

幼い時の僕は、姉の話がとても難しく聞こえたんだろう、いったいどうすればいいのかわからなくて藁にもすがる思いで姉に聞いた覚えがある。

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

『そうだな、勝てなくてもいいんだ。初めから負ける前提だって構わない』

 

「えー! でもまけるのカッコわるいよ」

『そうだね。

けどね、初めから勝てる戦いばかり経験したりするとね、いつからか勝てる戦いしかしなくなるんだ。

どんどん臆病になっていくんだよ。

だからね、どんなに勝てないと思っても、まずは真っ直ぐぶつかってみるといい。咎がこうして色々考えているように、もしかしたら相手もいろいろ抱えているかもしれないだろ?』

 

「うーん、そうかなぁ?」

 

『ああ、きっとそうさ。そこにはきっと勝ち負けじゃない答えがあるさ。勝てる戦いだけを選んでいては、頭だけで戦っていては得られないものがきっと見つかる』

 

「んー、わかった! お姉ちゃんの言うこと信じてみる!』

『ふふ、ありがとう』

 

当時の俺はただ姉に褒めてもらいたくて、、頭を撫でてもらいたくてそんな返事をしただけかもしれない。けれど、この選択が、今の俺を形作った1つのピースになったことだけは確かだ。

 

だからだろうか、今も鮮明にあの時の言葉を覚えているんだ。

 

「んふー! じゃあどうすればいいか早く教えてよ!」

 

『そうだなー、男だったらやっぱりーー』

 

 

無邪気な僕の心に今も重く残っている。

『ーーーー拳で語れ』

 

 

これが当時の姉である。今の僕が幼い僕の立場にいたなら『紙面に帰れこの脳筋野郎、ここは二次元じゃねぇんだよだから結婚できねぇんだ三十路間近。あ、現実では2より3の数字の方が近いですねー、だから現実逃避してたんですか?』 とでも言っていたであろう。まぁ、姉は当時高校生だったのだが。

 

まぁ、つまり何がいいたいのかと言うとだ。この姉は昔から小難しいセリフを恥ずかしがることなくぶっ放し、やたらアニメや漫画に毒されたような表情や仕草でそれをまるでもっともであるかのように説得力を補強する、ただの脳筋馬鹿である。

 

これが僕の見解であり、この問いの結論。

 

 

平塚静とは何かである。

 

勿論、僕が姉に逆らえない理由はほかにあるのだが、それはまた後日語ろう。

 

 

そんな姉から魔人ブウ純粋よりも純粋であり、大天使チタンダエルよりも心が広い僕は教えを受け続けたわけである。

 

どうなったのか?

 

それはこれからの僕の行動を見てもらいたい。

 

 

ーーーーさて、帰るか。

 

「待ちたまえ、平塚」

ターンして走りだそうとした僕の襟足をネクタイごと捕まえられる。

「ちょ、まってくれ姉さんっ! 平塚先生!!」

 

パッと手を離されて軽い浮遊感を感じながら落下。

恐ろしいことにどうやら僕は宙に浮いていたらしい。これでも身長は180あり、古武術もやっていることからそれなりの筋肉もついているはずなのだが。

 

やはり脳筋か。

 

「そ、それで待ってたってなんで?」

 

「何を当たり前のことを。弟と昼食を摂りたいと思うこの姉御心を汲んでくれ」

 

「おつかれーしたー」

 

ーーーー何を馬鹿な、せっかくの昼休みをなぜ毎日のように顔を合わせてる肉親、しかも教師と取らねばならん。まったくもって理解でき

 

風が駆け抜けた。

 

ふっ。

 

「喜んでお供させていただきます」

「うむ、よきにはからえ」

 

これが僕の日常であり、晴れ渡る空の色と季節が語る青春の日々である。

 

 

「あと、お前入部届けだしといたから」

「僕に選択の自由をっ!」

 

 




お読みいただき、ありがとうございます。

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