最近、渚がそわそわしてる気がする。私、特別何かしたりしてないと思うんだけど。
「渚...?」
「え、あっなに?」
声を掛けると反応が遅い。常にキャパオーバーって感じ。
「...私と居るの、嫌?」
「そんなことないよ」
絶対何かある。いつもの渚ならもっと優しいし構ってくれるはず。
「...」
理由は分からないけど、何か考え事に耽っているんだと思う。自惚れじゃなく、私のことが嫌いになっただとか、煩わしいとか、そういう感じは全然しない。
休日の朝、時計を見ると短針は地面を指していた。昨日はゲームをせずにすぐ寝たから、目覚めは悪くない。まだちょっと眠いけど。
テキパキと身支度を整え、キッチンへと向かう。キッチンへ入ると、既に渚が居た。
「渚、おはよ...ふわぁ〜...」
「おはよう、今日は早いね」
「手伝おうと思って」
いつも早起きして食事の用意をしてくれる渚。こき使って申し訳が立たないんだけど――本来は妻である私の役目だと思う――朝起きると旦那様の手料理を食べられる、というのは中々どうして悪くない。いや、幸せ。
でも、私だってちっちゃなちっちゃな、それはもう野球ボールくらい簡単に投げられるようなプライドがある。
まきなちゃんなら、屋敷の庭くらいの広さは投げられる。私は池を超えるので精一杯。でも、最近は体力がついてきてキャッチボールも1時間近く出来るようになってきた。
余談はさておき。
とにかく、今日は料理を手伝おうと思って早起きした。そのためにゲームができず震える手を必死に抑え込んで寝たのだから。
渚は不思議そうに私を見ていた。
変なとこあったかな。寝癖も整えたし、パジャマも着替えたけど。
「...どこか変?」
正直に尋ねてみると、渚は神妙な顔をしたまま頷いた。
「透子、料理できないでしょ」
あ、そっちか。
「こんな感じ...?」
「うん。指切らないようにね」
「せ、善処する」
渚の指導を受けながら、野菜を切っていく。結局、手伝うための知識、技術を教わることにした。具材を見る限り...カレーかな。
夫に料理を教えてもらう私ってどうなんだろう...いや、夫に食事の準備をさせて昼寝する私が言うことじゃないか。
お互い働いてるのに、家事については私ばかり楽してる。絶対おかしい。渚は優しいから「僕がやるよ」と言ってくれるけど...甘えちゃだめ。
それに、将来的には絶対の絶対、家事出来ないとだめだし。
「――ん、できた」
綺麗に切れたと思う。特に、いちょう切りした人参の直角は完璧な90度。エクセレント。
「透子はさ、やっぱり慣れるのが早いよ。じゃがいも切ってる時は心配だったけど」
「...ぶい」
気恥ずかしい。でも嬉しいから素直に喜ぶ。
「包丁がコントローラーだと思えば、結構楽しい」
「あー...」
渚が得心した、と言いたげに頷いた。前髪が目に入りそうで鬱陶し気にまばたきをする。
渚、髪が伸びてきたかも。そろそろ切るように言っておこう。でも髪が長い渚も、乙女ゲーのキャラ感あって良い。
「遠子は料理向いてるよ。手順を覚えて応用する...これってゲームと一緒じゃない?」
「そ、そうかも...?」
「料理のゲームはないの?」
「あるには、ある、けど...ゲームだと、細かい手順とか省いたり、タイミングで分量を決めるから...」
「そっか。じゃあ現実で練習するしかないね」
「ん...でも、一人じゃ...その...全然分かんないから.........よろしくお願いします」
恥も外聞もかなぐり捨てて、もう一度頭を下げる。絶対に家事出来るようになりたい。
「こちらこそ。とりあえず毎朝、朝食一緒に作る?」
「ごめんなさいそれだけは勘弁して」
「そこは即答なんだ...」
こんな早く、絶対起きられない。私の手は既に寂しさで泣いてる。コントローラー、コントローラーはどこ...?
「...単純に疑問なんだけど。なんで急に、手伝おうと思ったの?」
渚が鶏肉を炒めながら質問してくる。
柔らかな口調だけど真剣に聞きたがっている、そんな気がする。
「...渚ばっかりさせて申し訳ないし」
「家事は好きでやってるんだけどね」
まあ最初からそう言って、現在の状況へとなっているわけなんだけど。
「それに」
一呼吸置いて...恥ずかしくて小声になってしまうけど伝える。
「子供、出来たら...私が家事したい...から」
渚の目が見開く。驚愕したみたい。そんなに意外だったのかな。日本だとまだまだ、夫は仕事、妻は育児・家事が主流だと思う。
「...本当に変わったね、透子」
優しい顔つきで、渚はそう言った。
「うん。私、変わった...」
最初はただの幼馴染だった。
低迷期に入りかけていた一条寺グループの一人娘である私。立花グループの後継者候補である渚。私の両親によって、政略結婚を求めて引き合わされた私達は何というか、馬が合った。
気がねの無い友人関係となってしまい私の両親は諦めたみたいだけど、まさか本当に結婚するとは思わなかった。
子供の頃は、ただゲームをして遊んだ。渚が負けるのが常だったけど、二人で楽しく遊んでた。
ちょっと大きくなると、私が変人扱いされて孤立した。ゲームジャンキーでコミュ障で根暗でオタクというヤバい属性フル装備で危険度カンストだから仕方ない。だけど、渚は全く変わらずに仲良くしてくれた。ゲームして遊ぶのも変わらなかった。
中学生の頃になると渚が、お小遣いに不満を持った私に「僕のお金使う?」と言って、資産運用を任せてくれた。正直、私は洞察力とか勘が優れている方だと思う。おかげさまで、株取引で小銭を稼がせてもらった。順調に稼げていたから、1億溶かした時は絶望だった。後悔はしてないけど、渚には申し訳ないことをした。それを謝っても「このお金はあげたみたいなものだから」という渚はかなり変...。未だにエアロファンタジー社のリッチさんとは連絡を取っている。最近は、ロケットの研究の為の場所や人材を探し始めたらしい。
高校生になると、渚がお金持ちだと知った人達に対処するため、婚約者になってあげた。仮面婚約者だったけど。立花のおじさんの後を継ぐことを決めた渚が、人生の伴侶となる人を探すことになった。魅力的な女性も多かったし、私は只の友達だったのに...学祭後のプロムナードで、プロポーズされてしまった。...プロポーズだったのかな。「仮面婚約者から婚約者にならない?」的なことを言われた。渚が私を選んでくれたのにはビックリだけど、「異性として見られるかわからない」というと「友達の延長みたいな、今まで通りの関係で」といわれ、プロポーズを受けた。暫くはただいちゃついていただけだけど...その、男女的な関係を持った日を境に、明らかに渚を意識するようになった。学校でも渚の家に居ても、所構わずイチャついた。
デートは競馬、家では私がゲームして渚が家事。世間一般のカップルとはかけ離れた私たちだったけど、只の幼馴染からは随分と変貌を遂げてしまった。
今や、私は起業してゲームを作り、渚は立花グループを継いで仕事に勤しんでいる。家に帰れば渚がご飯を作ってくれていて、渚の育ての親であるエルヴィラおばさまも「孫はまだかしら...?」と揶揄う様に言ってくる。
夫婦共働き、3人暮らしの普通の家庭。凄くお金持ちだけど、お金という呪いに惑わされないよう気を配っている。
「渚...」
「なに?」
「...もし財産が全部消し飛んで、貧乏生活をしなきゃならなくなっても」
「...」
わかりきっている答えを敢えて聞く。意味のない質問でも、口にした言葉は言霊となり、やがて呪いとなる。
それは経済、お金と同じ。この
「渚は幸せ?」
「当たり前だよ、透子がいるなら」
うん、やっぱり渚は王子様キャラが合ってる。髪は切らなくていいや。
「透子、僕が今何作ってるか分かる?」
唐突に話が変わる。人参、じゃがいも、玉ねぎ、鶏肉、そしてでかい鍋。
「...?カレーだよね。大好き」
「正解。透子はカレーとハンバーグが好きなお嬢様だからね」
「うん...そうだけど...?」
何の話だろう。渚は私の好き嫌いなんて全部把握してるし、今更確認するまでも無いことなんだけど。
「冷蔵庫、開けて見て」
渚がこちらを向いたままそう言ってきた。言われた通り、冷蔵庫を開ける。
「――ぁ、これ」
冷蔵庫の、一番大きな段にそれはあった。とても大きな円形。半径だけでいえば結婚式で見たものと同じくらい。
純白に包まれたそれは、これでもかと敷き詰められた真っ赤な苺と、見ただけで芳醇だとわかるチョコレートにより汚されている。砂糖菓子で作られた様な可愛い黒猫の横に、間抜けな顔をした白猫がいる。私と渚を模しているんだと思う。
そして、一番上にはプレートが載せてあり――
「――誕生日おめでとう、透子」
『とおこおねえちゃんおたんじょうびおめでとう!』
『透子先輩、お誕生日おめでとうございます!』
『おたんじょうびおめでとう!またあそんで!うめとももより』
『透子さん、お誕生日おめでとうございます。とてもめでたい日に顔を合わせられず残念です』
『透子さんお誕生日おめでとっ!来れなくてごめん!』
『透子さん誕生日おっっめでとー!!来年は一緒に祝お!』
『透子さん、誕生日おめでとうございます!お兄様とお幸せに!』
『誕生日おめでとう。これからも渚をよろしくね』
『誕生日おめでとう。私達より長生きしてくれよ』
『誕生日おめでとう。これからも僕と一緒に居てください』
「――はは...」
視界が滲む。こんなサプライズ聞いてない。
こういう面白いことは私が一番得意なんだから、相談して欲しかったな...。
「もう...っこれ...こんなの、もはや、色紙...グスッ...」
「驚いた?」
「ふふっ...っ...いち、じょうじ...って呼ぶ..人、いない、ね...」
「あ、そこなんだ」
一つ一つ筆跡が違う。多分、全員に書いてもらったんだろう。高校生の頃が懐かしい。
凄いタイミングだった。今日は渚の手伝いするぞ〜ってばっかりで、誕生日のことを忘れてた。昨日の夕方も覚えてたし、今日の昼頃には絶対思い出せてた。寝起きの午前で、やることがあって、しかもかなり唐突...完璧なコンディションだった。
「透子」
渚が、冷蔵庫の前で座り込んだ私を背後から抱きしめ耳元で囁いた。気障ったらしい王子様だけど、キュンッと来るのがオタク心。
「――」
今度こそ私は号泣した。
「渚の誕生日がもうすぐ」
「へぇ、そうなんだ!祝いの曲でも弾いてあげるかー」
「先輩の誕生日プレゼント...うう、お金が」
「こういうのは気持ちが大事なんだから、気にしない気にしない!」
「透子さんは、サプライズで祝ってもらったんでしたね。立花くんから、メールをもらいました」
「うん、泣かされました」
「ほほぅ...?」
「だから――」
私はニヤッと擬音が鳴りそうなほど口元を歪めて言う。
「――次は渚を泣かせたい、と思う」
「「「乗った」」」
「皆、先輩が泣いてる姿が見たいんですね...」