天の道を往き総てを司る比企谷八幡   作:通雨

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 今更なにを言っているんだと思われるかもしれませんが、この回から、かなり設定を改変された俺ガイルキャラが登場します。
 ご了承下さい。


野球部編2話

 総武高の生徒達が部活に勤しむ放課後のグラウンド。

 青春を謳歌する彼ら彼女らの放つ熱気が、きらきらと輝いて眩しい。

 

 野球部の活動スペースにあるダイヤモンド、その真ん中に位置するマウンド上には、加賀美鑑の姿があった。

 現在、野球部は内外野に分かれて守備練習を行っている。内野側は状況別のシートノックだ。

 因みにノッカーはマネージャーの岬。彼女はノックバットを構えて、バッターボックスに入っている。

 

「じゃあ、次は弱目のファーストゴロ。ピッチャーがベースカバーに入るようなの頼む」

 

 キャプテンでもある三年生キャッチャーの指示に岬は、『アキラのヤツ、試されてるなあ』、と思いながら頷く。

 鑑がマウンド上でシャドーピッチの動作を見せると、岬はタイミングよくファーストゴロを打った。

 注文通りの打球に対して、ファーストが数歩前に出ながら捕球する。

 

「ファースト! ピッチカバー!  ボールファースト!」

 

 キャプテンは、自身も一塁方向にカバーとして走りながら、ピッチャーとファーストに指示を出す。

 鑑は一塁方向に走りながら、ベースにある程度目測を付けた後、ファーストの先輩にボールを要求した。

 

「はい! こっち!」

 

 鑑の声に応えたファーストが、タイミングを合わせて一塁方向にボールをトスする。

 鑑はきっちりボールを捕球した後、一塁ベースを踏んだ。ただし、左足で。

 

「加賀美ぃ! ファーストベースカバーは右足だろうが! 左足じゃランナーと接触するぞ!」

「あ! ウス!」

 

 キャプテンの叱責に対して、帽子を取りながら答える鑑。

 鑑自身、ベースカバーは右足で、というセオリーは知っている。ちょっと目測を誤り、歩幅が合わなかったのだ。

 岬は鑑のそんな様子を見て、「ちょびっと抜けてるのよねえ」と呟いた。

 

「加賀美、次はショートに入れ」キャプテンは鑑に言う。

「はい!」

 

 鑑は帽子を被りなおして、キャプテンにボールをトスした後、ショートに走って行く。

 守備位置に着くと、正ショートの三年生は「加賀美、来ていきなりで悪いけど、お前守って良いよ」と言って、後ろに下がって片膝をついた。

 

「えっ、良いんですか? ありがとうございます!」

「そこで、ありがとうって言えるのがお前の良いとこだよな。お前多分上手くなるよ」

 

 彼は、一応チームの正ショートではあるが、本職はセカンドだった。

 出来ればショートは鑑に任せて、自分はセカンドに戻りたいというのが、彼の本音だった。

 自分がセカンドに戻ると、現在セカンドのレギュラーを務めている後輩を追い出す形になるが、まだ二年生の彼には自分が引退してから頑張ってもらおうと思っている。

 

「ランナー一塁! ゲッツーシフト!」

 

 キャプテンが叫ぶと、一年生部員がランナーとして一塁に立つ。

 鑑は数メートルほど、二塁ベース寄りに動いた。

 

「加賀美ぃ、ゲッツーシフトっつっても寄り過ぎだ。もうちょい右」正ショートが鑑にアドバイスする。

「えっ? このへんすか?」鑑は言いながら数歩右に動いた。

「おう、そのへん」

 

 鑑が正しい位置に立ったのを見ると、キャプテンは岬に指示を出す。

 

「三遊間、ちょい深めに強いゴロ。加賀美がギリギリ捕れるかどうかっての頼む」

「はい」

 

 頷いた岬は、エースのシャドーピッチに合わせてゴロを打った。

 鑑は打球に対して瞬時に反応し、軽快なスピードで走り寄った後、ダイビングで跳びついて捕球した。

 そして素早く身体を起こすと、崩れた体勢で座ったまま、スナップスローで二塁に送球する。

 送球を受け取ったセカンドは、そのままの勢いでファーストにボールを送った。6-4-3のダブルプレーが完成する。

 

「おー、流石だな加賀美。すげえすげえ」

「ですよねえ」

 

 キャプテンが褒めると、岬が同意した。

 

「加賀美ぃ! 送球にシュートかけるな! 捕りにくいだろうが!」

 

 セカンドの二年生が鑑に文句を言うと、鑑は「すみませぇん!」と言って帽子を取った。

 

「凄いけど、ちょっと抜けてるんだよなあ」

「ですよねえ」

 

 キャプテンが貶すと、岬が同意した。

 

「それにしても岬、お前相変わらずノック上手いな。田所先生より上手いんじゃねーの?」

 

 キャプテンが感心した様子で言う。自分の指示通りの打球を飛ばしてくれる岬は、ノックだけなら自分より上手いと本気で思う。

 

「いえ、田所先生にはまだまだ及びませんよ」

 

 岬はそう言うと、外野に目を向けた。

 外野では現在、田所をノッカーとしてアメリカンノックが行われている。

 ノッカーが打つ前に外野手を走らせ、その外野手がギリギリ追いつける所にフライを上げるアメリカンノックは、ノッカーに高い技術力が要求される。

 岬には、まだそこ迄の技術は無かった。

 しかし、まあ、いつかはアメリカンノックも出来るようになってやる、と岬は思っている。

 

 

 

 ノックが終わると、五分休憩の時間が設けられた。

 鑑はバックネット裏の休憩スペースで、水分を補給しながら座っている。

 すると、エースの先輩が隣に腰掛けてきた。

 

「加賀美、お前ピッチャー用のグラブしか持ってないのか? さっきピッチャー用でショート守ってたろ」

「あ、はい。ピッチャー用しか買わなかったんで」

 

 硬式用グラブは結構高価だ。高校生がそういくつもポンポン買える値段ではない。

 

「そうか、じゃあ、俺のオールラウンダー貸してやるから、次からはそれでショート守れ。俺、予備に一個オールラウンダー持ってるから」エースが鑑に言う。

「えっ? 良いんですか? ありがとうございます!」

「いや、礼なんか言わなくて良い。お前がショートのレギュラーになった方が、打線が強くなりそうだからな。礼ならヒットで返してくれ。ホームランでも良いぞ」

 

 冗談めかして言うが、彼は割と本気で鑑にレギュラーになってほしいと思っていた。

 現在の総武打線はあまり強力とはいえない。

 鑑のようなスラッガーがレギュラーになるのは、エースである彼としても大歓迎だった。

 

「次はブルペンで投げ込みだな。ショートだけじゃなくて、ピッチャーの練習も頑張れよ。俺一人で連投はキツイからな」

「ウス! 頑張ります」

 

 エースの彼は、言いたい事を言い終えるとブルペンの方へ歩み去った。

 休憩時間もそろそろ終わりである。

 鑑は、自分もブルペンに向かおうと立ち上がる。

 しかしそこに丁度、「カ・ガーミン」と、独特の似非ヨーロピアンな節を付けて彼の名を呼ぶ声が聴こえた。

 鑑は声がした方を振り返る。そこに居たのは、同じ中学出身の同級生だった。

 

「剣か……何やってんだ、そんなとこで。また岬さんの追っかけか?」

「誰が追っかけだ! 違う、今日はちょっとカ・ガーミンに相談事があるのだ」

「相談〜? 悪いけど、休憩もう終わりだから。相談なら他の奴にしてくれないか」

「なっ、ちょっとくらい時間を割いてくれても良いだろう!? 親友の頼みが聞けないと言うのか!」

 

 剣と呼ばれた男は、眉を上げて目を見開きながら鑑に詰め寄る。

 しかし鑑は、もう練習に行かなきゃならないから、と軽くあしらった。

 

「友情に勝る財産は無いんだぞ! 親友である俺を蔑ろにするんじゃない!」剣と呼ばれた男は、尚も食い下がる。

「あ〜、じゃあ、奉仕部に行ってみろよ。相談に乗ってくれるらしいぞ」

「奉仕部?」

「ああ、詳しくは、職員室前のポスターを見ろ。お前もよく知ってる名前が書いてあるから」

 

 じゃあな、と手を振って鑑はブルペンに駆けて行く。

 一人残された剣は、納得いかないながらも、とりあえず職員室に向かった。

 

 

 

 放課後の特別棟、その一室である奉仕部の部室には現在、奉仕部員とその顧問に加えて、お化粧研究部の面々が雁首を揃えていた。

 

「いやあ、悪いねえ。今日も間借りしちゃって」百合子が申し訳なさそうに言う。

「大丈夫だよ、ゴンちゃん。むしろ人数いっぱいいた方が楽しいもん」

 

 にこにこと満面の笑みで結衣が答えた。いつの間にか百合子の事をゴンちゃんと呼んでいる。

 百合子もなんだかんだ言ってゴンと呼ばれる事に納得しているようで、結衣にそう呼ばれて満更でもなさそうだ。

 部室の隅では、和美が優美子にメイクを施している。

 和美としても、美形の優美子をメイクアップするのは楽しいようだ。

 

「ふむ、しかし、お化粧研究部の部室申請に一週間もかかるとは、どういうことだろうな? 奉仕部は即日で部室を確保できたんだが」

 

 顎に指を当て首をひねる静。今日は偶々ヒマだったので奉仕部の様子を見にきたらしい。

 

「大方、悪い前例でもあったから申請が通りにくくなったんじゃないか」八幡は、文庫本に目を向けながらそう言った。

「なに? 天の道、あーしらがなんか悪い事したっての?」

 

 優美子が八幡に文句を付けると、「メイク中に動いちゃダメです。優美子さん」と言って和美が注意した。

 

「お前達が悪いとは言ってない」八幡が答えると優美子は、じゃあ悪い前例ってなんだ? と、疑問を覚えた。

「彼女達が悪くないなら、申請が通らない理由は何かしら?」

 

 雪乃がそう問い掛けた時、部室の外の廊下から突然、歌声が聴こえてきた。

 

「ランラララ〜♪ラァラララランラ〜ララ♪」

 

 歌声は段々と部室に近付いてくる。

 

「ラ〜ラッラ♪ラララ♪ラッラララララァ♪」

 

 その伸びやかな高音が部室の前でピタリと止むと、代わりにコンコンというノックの音が響いた。

 

「はい、ど〜ぞ」

 

 結衣が応えると、ドアを開けて入ってきたのは、一年B組担任にして合唱部顧問、並びにお化粧研究部顧問でもある小雀八千代先生だった。因みに担当教科は音楽。

 

「お邪魔しま〜す。あ、平塚先生、こんにちは!」

「はい、どうもこんにちは」

 

 内緒だが、静は少しだけ、この女教師が苦手だった。

 天真爛漫で元気いっぱいなその様子を側から眺めていると、何だか自分とは別人種のような気がしてくる。

 勿論、嫌いではないのだが。

 

「みんな〜! 部室申請通ったよ〜! やったねーっ」

 

 右手でVサインをしながら、左手で鍵を掲げる八千代は、「はい、コレね。場所はこの部室の隣」と言って、ドアから一番近い所にいた百合子に鍵を渡した。

 

「ありがとうございます。やっと申請通ったんですね」鍵を受け取りながら百合子が言った。

「時間かかっちゃってゴメンね。なんかね、同好会のままで部室を占拠してた部活があったらしくてね。部室申請の審査が厳しくなっちゃったみたいなの」

 

 悪気なく言った八千代の言葉に、「やはりそういう事か」と、八幡が頷く。

 心当たりがあった雪乃と結衣は、静の方に顔を向けるが、静はそっぽを向いて誤魔化した。

 

「あっ、三浦さん、風間さんにメイクしてもらってるの? いいなぁ、いいなぁ私もして欲しいなあ」

 

 部室の隅でメイクをされている優美子を目敏く見つけた八千代は、和美と優美子にとてとて駆け寄る。

 

「顧問を引き受けてもらった恩もありますから、小雀先生ならいつでもメイクアップして差し上げますよ」

「小雀先生ってあんま化粧気ないよね。和美にメイクしてもらったらめっちゃ変わるんじゃね?」

 

 和美と優美子が口々にそう言うと、八千代は眉根を寄せて残念そうな様子を見せた。

 

「出来れば今すぐにでもメイクしてもらいたいとこなんだけど、私まだ仕事残ってるんだぁ。すぐ職員室戻んなきゃいけないから、残念だけどメイクはまた今度ね」

 

 八千代はそう言うと、ひらひらと手を振ってドアの方へ歩いて行く。

 ぺこりと頭を下げ、「じゃあ、平塚先生お邪魔しました〜」と言い残して去っていった。

 

「あ〜あ、これでお化粧研究部のみんなはお引っ越しかあ」結衣が残念そうに呟く。

「お引っ越しって言っても隣らしいからね。いつでも遊びに来てよ」

 

 百合子がそう言って微笑むと、和美と優美子も同意するように頷いた。

 

 

 

「ラァララララァラララ♪ララランラァララ♪……あら?」

 

 八千代がご機嫌な様子で歌い上げながら職員室に戻ると、部活動案内掲示板の前に、自身が担任を務めている一年B組の生徒の姿を見つけた。

 どうやら視線から察するに、その生徒は奉仕部のポスターを眺めているらしい。

 小さな声で、「天道……総司……」と呟いている。

 

「材木座くん、そんなところで何してるの?」とりあえず話しかけてみる八千代。

 

 名前を呼ばれた材木座は、くるりと八千代の方に振り向くと、「先生! 俺の事は神代剣と呼んでくれと言った筈だ!」と言って抗議した。

 

「何言ってるの? 材木座くんは材木座くんじゃない。可笑しな材木座くん。アハハハハ!」

 

 八千代は材木座の言を無視して、材木座の事を材木座と呼び続ける。

 

「くっ……まあ良い」

 

 気を取り直した材木座は、破らない様にポスターを丁寧に剥がし、両手で持ってそれを眺めた。

 

「我がライバル天道よ、俺が相談を持ちかけてやる……俺は誰かに相談する事にかけても頂点に立つ男だからな!」

 

 材木座は、芝居掛かった口調で言うと、「ふっふっふ、ふっフハハハハ、ハーッハッハッハッ」と、三段笑いを見せた。

 八千代は、そんな材木座の様子を眺めながら、「何言ってるの材木座くん。アハハハハハハハ!」と音楽教師独特の伸びやかな声で笑う。

 

「フハハハハハハ!」

「アハハハハハハ!」

 

 材木座の芝居掛かった高笑いと、音楽教師の劈くようなソプラノが、ハーモニーとなって職員室前の廊下に響き渡った。


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