――ついにここまで来た。
七つの異形の石像が並ぶ広間にて、荘厳なる鉄の扉を前に若き剣士は息を呑んだ。
その身を包むのは燃えるように赤いフレームアーマー。両手には愛用の剣と、僧侶より譲り受けし勇者の盾が握られている。
獅子のようになびく黄金の髪の雄々しさに反し、どこか儚げながらも凛々しい顔立ちの青年――彼こそルクレチア王国の武術大会で優勝を果たしたオルステッドである。
その後ろに続くのは、決勝戦を争った親友であり魔法使いのストレイボウ。
そしてかつて魔王と戦いし勇者ハッシュと、その仲間僧侶ウラヌス。
万全のメンバー、万全の装備で今こそ、この扉の向こうにいる魔王を打ち倒し!
さらわれた婚約者、アリシア姫を救い出す時が来たのだ!!
「分かっておろうな。この扉の向こうが魔王の間じゃ……」
「……奴の力は強大だ。我が奥技デストレイルを浴びせねば勝機は薄い」
「ならば、俺とオルステッドが時間を稼ぎます」
ウラヌス、ハッシュ、そしてストレイボウ――皆の心がひとつとなったという実感を抱きながら、剣士オルステッドは最後の扉を開いた。
「ハァァァー……心山拳奥技、旋牙連山拳ンンンン!!」
「ウホウホッ! あいぃ~~~~!!」
「ハリケンショット!!」
「キュルルル!」
「森部のじーさんの奥技が! 森部のじーさんの奥技が! 森部のじーさんの奥技が!」
「究極剣法、忍法矢車草!!」
そこでは蝙蝠の羽を持つ巨大な魔王が、妙な格好をした連中に袋叩きにされている真っ最中だった。
赤い衣装を着た勇ましい女が魔王の周囲を旋回しながら、すさまじい速度で縦横無尽に蹴りを浴びせている。
獣の毛皮を一枚まとっただけの品のない少年が、骨の斧でボコボコのドカドカのドデゲスデンに殴り倒している。
革の帽子とマントを着たヒゲ面の壮年が持つ妙な金属から、爆音と共に嵐のような何かが吐き出されている。
白くて丸い妙な物体が体内から金属の筒を露出させ、ストレイボウの魔法も真っ青になるような熱線を照射している。
鋼のような肉体に身を包んだ武術家が、明らかに只者ではないと思われる高度な技を何度も何度も打ち込んでいる。
マスクで顔半分を隠した黒装束の身軽そうな剣士が、魔王の眼前に躍り出て高速回転をして切り刻んでいる。
「よーし、これでトドメだ!」
最後に逆立つような髪に荒々しい装いをした少年が、鋼鉄のブーツに包まれた脚で痛烈に魔王の脛を蹴りつけた。
「ぐわぁぁぁ! ば、馬鹿な……魔王となったこの私がぁぁぁ!」
脛をへし折られた魔王がその場に崩れ落ちると、勇者の技でしか倒せないはずの邪悪なる肉体が塵となって崩れていく。
勝利ッ!!
七人の妙な連中はガッツポーズを取ったりハイタッチをしたりで喜びを分かち合う。
呆然と、オルステッド達はその光景を眺めていた。
「……ハッシュ。彼等に倒されたあの者の姿……魔王じゃったな? デストレイルしとらんかったな?」
「…………うむ。だが、デストレイルを必要とせぬほど苛烈な技ばかりだ……」
過去の魔王討伐の苦労を思い出しながら、ハッシュとウラヌスは酷い虚無感に包まれてしまった。
オルステッドもそうだ。今こそ決戦の時だと思っていたのに、もう終わってしまったのだから。
「お、お前達は何者だ!」
真っ先に正気を取り戻したストレイボウが、慌しく部屋に入っていく。
彼等はこちらに気づき、魔王にトドメを刺した少年が一歩前に出た。
「てめーは……!」
「魔王を……倒したのか? この国の者ではあるまい……何者だ!」
いぶかしむようにオルステッド達四人の姿を確かめるやその双眸を鋭くさせる。
敵意は感じなかったが、彼の額に刻まれたバッテンの傷が光ったような錯覚を覚えた。
「……どーやら間に合ったみてーだな」
「なに? どういう意味だ。質問に答えろ!」
「ヘッ……通りすがりの……」
彼は鼻で笑うや、少し言葉を溜めて力強く答える。
「たい焼き屋サンよ! 」
…………たい焼き?
聞いた事のないものだが、恐らく売り物だろうとは察しがつく。
行商人か? しかし、魔王山の最深部にいる理由が分からない――というか、魔王を倒せてしまっているのが分からない。
「くっ……そのたい焼き屋とやらが、魔王を倒したというのか!?」
「魔王退治はこれで二度目だしな」
以前にも退治した事があるようだが、前回魔王を倒したのはハッシュ達だ。
まさか仲間!? だが疑問の視線を向けてみれば、ウラヌスは首を振って否定した。
ますます状況が分からない。
「で、では姫は? 姫はどこに……」
魔王の件はひとまず置いといて、ストレイボウは魔王の間を見回した。
石造りの荘厳な部屋の中、目立つものといったら鎧兜に身を包んだ石像があるくらいだ。
その台座の手前で黒装束の剣士がごそごそと何かをしており、ガタンと音が鳴る。
驚いて視線を向けてみれば、石像の台座に隠し通路があるではないか。
「アキラ殿、やはり仕掛けは変わっておらぬよう……」
「おう、それじゃとっととお姫様を迎えに行くか」
「ひ、姫がこの奥に……?」
オルステッド達は困惑しっぱなしだったが、アキラと呼ばれた少年は仲間を引き連れぞろぞろと隠し通路へ入っていく。
ついてこいとうながされたので、七人と四人、計十一人の大人数で狭い通路を一直線に歩いて行く。
通路を抜けると魔王山の山頂で、殺風景な岩肌の中に魔王の石像が立っていた。
その足元にもはやり隠し扉があって、開いてみれば恐怖に怯えるアリシア姫の姿が。
「だ、誰……?」
お世辞にも紳士的とは言えない格好のアキラを見て、アリシアはますます怯えてしまう。
「怖がんなよ。俺達はお姫様を助けに来たんだ。ほら、あいつに見覚えあるだろ?」
と、アキラは魔王像の前からどいて、山頂の中央にたたずむ青年の姿を見えるようにしてやる。
途端にアリシアの表情に喜色が帯び、瞳を濡らしながら駆け出した。
「オルステッド!」
「アリシア!」
考えの追いつかぬオルステッドも、愛するアリシアの無事と再会の喜びに打ち震えながら彼女を抱きとめる。
感動的な抱擁を交わす二人を皆がほほ笑ましげに見ていた。
ストレイボウだけはなぜか陰りが見えたが、それは頭に軽く打ちつけられたエルボーによって崩される。
なぜかしかめっ面になっているアキラの仕業だった。
「イタッ!? な、なにをする!」
「男のジェラシーはみっともないぜ。言いたい事があったら、ちゃんと口に出して言うこった」
「……なんだと? お前、いったい……」
「心を読める人間なんか、普通はいねーんだ……ダチの本当の気持ちだって知らないままさ」
「知った風な口を……」
吐き捨てるストレイボウだったが、思うところがあるのか気まずそうにうつむいて何事か考え出してしまう。
それを確かめたアキラは、続いて魔王像をしばし見上げる。
「……大丈夫そうだな」
「何がだ?」
「なーに、たいした事じゃねーよ。ただ、覚えときな。『憎しみ』がある限り、誰だって魔王なりうるんだ」
アキラの言葉を聞き、今度はウラヌスが考え込み始めた。
「うーむ……魔王になりうる『憎しみ』……か」
「……くだらん。魔王がいないのならば、ここにもう用はない。私は帰るぞ」
ハッシュが背中を向けるのに合わせ、オルステッドはアリシアから身体を離しアキラ達に頭を下げた。
「アリシアを救い出せたのはあなた達のおかげだ。ありがとう」
「いーってコトよ。ただ、てめーはもうちょっとダチのコトも考えてやんな。人間って奴は、心のうちに色々溜め込んでるモンだぜ」
「……? ストレイボウの、心のうち……?」
「さて。魔王もいなくなったし、今度こそ俺達も帰ろうぜ!」
アキラが額の傷を輝かせると、アキラとその仲間達の周囲の空間がゆらりと歪んだ。
別れの予感に襲われたオルステッドは慌てて呼び止める。
「待ってくれ……! 何か礼を……」
「二度と俺達を巻き込まなきゃ、それでいいさ。じゃあな、アバヨ!」
アキラ達の姿がさらに歪んでいき、空間に溶けるように消え去ってしまった。
最後まで理解及ばぬ出来事ばかりだったが、彼等に深い感謝の念が泉のように湧いてくる。
魔王を倒し、アリシアを助けてくれた事だけではない。
もっと違う、もっと恐ろしい何かから救ってくれたような。
そんな気が――した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
トドメを刺そうと拳を振り上げた時――無意識に心を読んでしまった。
伝わってくる深い悲しみ。
時間と空間を越えてまで収まらぬ憎しみ。
時間と空間を越えて英雄を呼び寄せたのは――本当は、誰かに止めてもらいたかったからではないのか?
だったら。
時間と空間を越えて、そんな過去を打ち砕いてみるのもいいかもしれない。
そんな世界で若き勇者は仲間達と共に姫を連れ帰り、御伽噺のようにいつまでも幸せに暮らしましたとさ――。
HAPPY END