Fate×アイマス   作:PCN

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大変長らくお待たせいたしました。第10話投稿となります

初投稿から丁度一年、ようやく序章完結です


そして、毎度のごとく過去話を改編しています。
今回改訂した1~3話は特に文章・展開共に納得がいかなかったので結構変えてます


特に3話は展開を大きく変えています。具体的には


・ランサーの召喚日が1/24→1/3へ
・召喚直後に言峰との対面シーン
・真の手紙を3話から4話へ移動

等々を改訂しています

今回のお話も改訂後を前提にしているので、事前に3話だけでも読んでいただければ幸いです。




では、よろしくお願いします



episode10 運命の夜(後)

 2004年 1月29日 15:40 [電車内]

 

 

 

「派手にやってくれたわね、あんた」

 

 帰りの電車の中。窓側の席で外を物憂げに眺めていた美希に、私はそう切り出した。

 

「何が?」

 

「決まってるでしょ、真のお父さんのことよ。

 あれはなに、最初からそのするつもりだったの? それともただの思いつき?」

 

 彼女が「真クンどこにいるの?」と言い放ったのがおよそ30分前。あの瞬間は、例え半年や一年後でも鮮明に思い出せるに違いない。大袈裟かもしれないが、それほど唐突で衝撃的な出来事だったということだ。

 

 

 

「……思いつきかな。

 ミキ、どうしてもガマンできなくて……ごめんなさいなの」

 

「別に、あんたを責めてる訳じゃないわ。結果的にだけど、色々わかったこともあるし」

 

 あの時、真の父親はまるで鳩に銃弾でも喰らったかのような顔を見せた。その時、その瞳に写った感情を垣間見れば、私でも確信せざるを得ない。彼女の勘は正しかったということを。

 だがそこまで至ったのなら、その先を知りたかったと欲張ってしまいたくなる。

 

「…まぁ、無理よね」

 

「えっ?」

 

「なんでもないわ。

 そんなことより、どうしてわかったのよ。彼が真の居場所を知ってるって」

 

 勘は勘でも、美希にだってあの発言に至った彼女なりの理由がある筈だ、言葉にできるかどうかは別として、私が一番聞きたいのがそれだ。

 あの家で、私と同じものを見ていた筈なのに、どうして美希だけがあの発言に至ったのか。どうしたって違和感から先に進めなかった私だからこそ、彼女が感じたものを純粋に知りたかっ

 

 

 

「律子…さんは考えたことない? 

 ――――真クン、()()()()()()()()()()って」

 

「どこで……寝てる?」

 

 どこにいる…じゃなくて、どこで寝ているか。美希らしいと言えばそうだが、それで片付けるほど馬鹿ではない。少し考れば、美希の言いたいことは容易に理解できる。勿論それがどれだけ重要かということも。

 寝床とはつまり宿泊場所。「どこで寝ていたか」とは「どこに泊まっていたか」とイコールなのだ。

 

「だってそうでしょ? 真クンがどこにいたって、毎日寝る所が必要なの。けどそんな場所って限られてるって思わない?」

 

 この世界の中で、人知れず消えるなど不可能だ。

 人は食べ、そして寝る。部屋から一歩も出ない人間だって、最低この2つは必ずこなしている。そして大半の人間は食と寝床を得るために日々方々を歩き回り、その動向は大抵何かしらに記録されている。

 拠り所のない人間もそれは同じだ。ホテルなどに泊まればその人物は記録され、それは一つの動かぬ証拠を残す。人は自分の家にいるとき以外はいつだって、知らず知らずのうちに情報をばらまいている。そういったありとあらゆる情報が、この現代社会においては決して消すことのできない足跡となるのだ。

 真は有名人であり、おまけにまだ18歳の少女だ。そんな娘がなんの後ろ盾もなく一人旅などすれば、例え真でなくとも怪しまれる。いずれにしろ、彼女が誰にも気に留められず動きわ回るなど土台不可能だ。

 人捜しのプロがそれを承知していない筈もなく、加えて彼らは足跡を辿る手段を幾つも有している。そんな彼らでさえ、未だに手がかり一つ見つけられていない。いくら社長の人脈で秘密裏に動いているとはいえ、これはどうしたことだろうか? 

 

「ミキは今まで、真クンがミキ達の知らない、普通の人じゃ絶対に行けない、入れないどこかにいるのかなって考えてた。

 けど、答えはもっと簡単だったの」

 

「あの子は動き回ってなんていなかった。

 足跡が見つからないんじゃなくて、端からそんなもの存在してなかったんだわ」

 

 

 

 ―――確かに、こうも見つからないとなると、真が隠れようとする以上に、彼女を隠そうとする力が働いてると考えるのが普通だ。それが親しい知人以上か悪意ある誰かかを見分ける術はないが、当然美希的には前者であってほしいのだろう。

 灯台もと暗しもいいとこだが、行方をくらませた経緯が経緯なだけに実家に帰ってるというのが想像できなかったのも事実だ。だが身を潜めるにあたって、これほど条件のいい場所もない。

 

 仮に、真が何かしらの理由で実家に潜んでたとしても、家族がしらを切ればそこまでだ。それ以上は警察だろうが私達だろうが、家に立ち入る権利はない。

 それでこちらがどう困ろうが、向こうには関係の無いことだ。活動停止状態の真には、仕事をすっぽかしたという不義理も無い。だから真の意思がそうである限り、家族の行為は正当なものだ。

 むしろ、私達には真を失踪させたという負い目がある。そのくせ父親に向かって「お宅に娘さんが帰ってませんか?」なんて聞けるわけがないのだ。これでは向こうから出てきてくれない限り、真が家にいると証明できない。

 

「―――そっか、だから真の実家に行きたいなんて言ったのね。警察が駄目なら、他ならぬ自分の目で確かめればいい、そういうこと?」

 

「流石だね、ばっちしなの」

 

 あきれるほど単純、だが上手い手口だ。

 美希みたいな娘が相手なら、向こうも社長のときと違ってそう強くは当たれない。それでも全力で拒むようなら、逆に怪しいと考えることもできる。いや、美希なら強引に押し入って真を探すくらいは平気でやってのけるだろう。

 巻き込まれる方の身にもなってほしいが、気持ちはわかる。美希の言う「普通の人が絶対入れない場所」なんてどう考えてもまともではない。

 美希としては、真が家にいてくれれば自分の悪い予感を払拭できるのだから、彼女を見つけることで安心したかったのだろう。それで真が戻ってくるかは別としても

 

「けど、以外にあっさりと入れてくれたわね。

 あんたにしてみれば、当てがはずれてがっかりってとこかしら?」

 

「そんなことないよ、真クンの生まれたお(うち)ってすっごいキョーミあったし、こう見えても楽しみだったんだよ? 真クンの家族に会うの」

 

 ―――子どもの頃を思い返せば、友達の家に行くときはいつも楽しみで、同時に少し不安だったものだ。家に向かう道中の美希には、それと同様の感情が垣間見えた。一度行ったことのある私としてはその後の反応が予想できて面白かったのだが。

 

「ほぅ……それでそれで? ご感想は?」

 

 だから、自然と意地悪な口調になった。美希は「それ聞くのかよ」って顔をしたが気にしない。むしろ写真にとりたいくらいだ

 家を見た瞬間の呆けた顔も、それはそれで結構なレア物だった。まぁ私も最初は似たような反応だったから人のことは言えないが、美希のは普段見れないだけに別格だった。

 

「律子さん、悪い顔してるの……

 けど人は見かけによらないって本当だね。真クンがあんな家に住んでたなんて、ビックリしちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ここで一つ、真の実家について話そうと思う

 

 

 一言でいうと、でかい

 

 

 マジででかい、そして古い

 

 駅から歩いて10分程にある緩やかな坂。そこを人や車の喧騒から逃げるように上へ上へと登り切った頂上に、その家はどんと構えている。

 

 500平米を優に越える敷地に建つ、木造二階建ての西洋館。淡いクリーム色の外壁に、天然スレート葺きの黒い屋根。それはどこかの写真で見た、明治時代の異人館そのものだった。聞けば築130年を越えてるらしく、下手をすれば文化財クラスだ。

 

 外装が豪華なら庭もまた然り

 来訪者を迎える庭園は色鮮やかに彩られ、洋館を優しく包み込んでいた。等間隔に立つ外灯は、日が暮れれば館と庭を幻想的にライトアップし、実に優雅な夜景を演出するだろう。

 

 流石に水瀬家のお屋敷より広くはないが、あそこが堅固な城塞めいたイメージなのに対して、真の家は敷地全体を視界に収めて観賞できるぶん、それ自体が一つの芸術作品のように感じられた。

 

 その文明開化の残り香みたいな外観は駅からでもよく見えて、地元では隠れた観光スポットらしい。排他的な雰囲気は「孤立」というよりかは「孤高」という表現が相応(ふさわ)しく、街を見下ろすような立地といい、間違いなく貴族志向の下で建てられた豪邸だと理解できた。

 

 初めて訪問したときは、これが真の生家だなんてとても信じられなかった。あの荘厳な西洋館からどうやったら真みたいな血の気の多い子が育つのかと、凄く失礼なことを考えたものだ。

 いやまあ女子校に通ってるくらいだし貧乏じゃないんだろうけど、流石にイメージとのギャップが過ぎるというものだろう。

 仮にこの家の2階から彼女に「やっほー律子ー」なんて呼び掛けられたら、思わず吹き出してしまうかもしれない。

 洋館を見上げてポカンとしてる美希を横目に、私はそんなことを考えていた。

 

 

「ただ建ってるならまだしも住もうってなると、つい維持費のこととか考えるんだけど、あれ見ちゃうと野暮よね、そういうの」

 

 そう、確かにあの家は荘厳で、綺麗で、ただ凄いとしか表現できなかった。少なくとも外観だけなら、私達は感嘆する以外に無かったろう。

 

 

 

 

 だが同時に、あの家はどこかちぐはぐだった。

 

「うん、確かに凄かったの。

 ―――けど、それよりずっとおかしかったの」

 

 それは彼女も同様らしい。

 美希の言う「おかしい」と中身が同じかはわからないが、私も違和感を覚えたのは確かだ。

 前回来たときにはわからなかった、中に入って初めて感じたそれも、しかし私にとってはただの違和感でしかない。だが美希にとっては、彼女をあの発言に至らしめた何かがあったのだろう。

 

 

 ――――話を戻そう

 

 中に入ると、そこには外観同様に華やかな空間が広がっていた。

 玄関ホールの窓にはステンドグラスが嵌め込まれ、高級木材で造られた床や階段が、美麗にして重厚な雰囲気を醸し出している。

 一階には大小二つの客間があり、私達の通された客間からは階全体を見渡すことができた。如何(いか)にもな食堂と多分使われてないだろう古暖炉が、この家を更に遺物めいたものに仕上げていた。

 

「二階を見せてって言ったのは、やっぱり真の部屋が目当て?」

 

「そうだよ、元々それが目的だったんだし。」

 

 彼は「がっかりしますよ?」と嫌がったが、結局は美希に根負けした。

 二階に上がってみると、成る程、彼の言ったことの意味がわかった。そこは…まぁ悪い意味で、一階と同じ家とは思えなかった。

 

 歴史情緒溢れる一階とは打って変わり、二階はどこまでも「現代的」だった。テレビや洗濯機といった、下には雰囲気的に置けなさそうな電化製品が各部屋に据え置かれ、壁は白く、床はありきたりな茶色に塗り替えられていた。

 元の部屋にあった装飾は一切取り払われたようで、情緒も何もあったものではない。独り暮らしの為か、多くの部屋は広いだけの空間で、客用の寝室に至ってはただの物置と化していた。

 

「意図的というか、細工的というか……」

 

「あんな家なのに、もったいないよね」

 

 確かに、日常生活を考えれば仕方のない事だろう。だがそれ以上に、あそこは歪だった。それはセンス云々の話ではなく、ただただ不快だった。

 だが、それも違和感の原因とまでは言えない。私が感じたものはもっと異質な、この家自体に言いようのない疑念を抱かせるものだ。

 

「それで? お目当ての部屋はどうだった?」

 

 

 

 

「律子…さん、そうやってわかりきったこと聞くの、よくないって思うな」

 

 どうやら、私と美希は同じ考えらしい。

 あの部屋―――つまり真の部屋は、やはり違和感の原因だったのだ。

 

 クローゼットに勉強机、水色のベッドに緑のカーテン。だだっ広いこと以外にこれといった特徴のない、至って普通の女の子部屋。

 真は中学卒業と共に家を出て、そこから一度も帰省してないとのことで、部屋の中は極端に物が少なかった。

 

 隅々まで掃除の行き届いた、無味無臭の室内。人のいた痕跡など欠片ほども存在せず、そこだけ時間が止まったかのよう。

 主が数年もいないのだからそんなのは当たり前だが、それでも私の違和感はそこにあった。

 

 肌を針でつつかれるような不快感。それと同時に「何かに似ている」という妙な感覚。

 

 今ならわかる

 あの違和感の正体、それは――――

 

 

 

「真クンの部屋、綺麗すぎるの」

 

 

 

 そう、あの部屋は不自然なほど清潔だった。まるで昨日どころか、今さっき掃除したみたいに。

 

 先程も言ったが、菊地邸は中々に広い。私の実家もそうなのでよくわかるが、広い家というのは「掃除が大変」という点で大体共通している。例え家政婦を雇おうとも、毎日家具をひっくり返してお掃除というわけにはいかないのだ。

 事実、彼にもお手伝いさんがいるらしいが、一週間に一度来るだけだと言う。つまり残りの六日間、あの部屋はそのまま放置されてるわけだ。

 

 なら昨日今日で掃除したのかと言えば、絶対に違うと断言できる。何故なら、他の部屋は真っ当に埃を被っていたのだから。

 

 本当に主がいないのなら、そこだけわざわざ清掃する理由がない。あの部屋の意味するところは主がいないのは「現在」であって「過去」は預かり知らぬということだ。

 飛躍気味の論理だが辻褄は合う。つい最近まで誰かが使っていたのでなければ、真の部屋の現状を説明できないのだ。

 

 

 ――――いや

 

 そもそも「掃除」ですらない。あの状態は、もはや「抹消」と言うべきものだった。あれは、どう考えてもまともではない。

 

 普通にやったら、あんな光景にはならない。

 部屋の主が「もうここには戻らない」という覚悟で、尚且つ尋常ならざる手段を取らない限り、ここまでの異質さは出し得ない。

 

 部屋を綺麗にするのではなく、そこに人がいたという事実を跡形もなく消し去る。そんな果てしなく冷たい、まるで機械のような意思が、その行為の根源にあると感じた。

 そして、その部屋に私が感じたものは、真が姿を消した時のものとよく似ていた。

 

「そっか…あの部屋、やっぱり変だったのね」

 

 つまるところ、真は私達の元を去ったあと、一度家に帰っていたのだ。いち早く気づいた美希は流石だが、それ以上に気づけなかった私が間抜けだったのか。

 まったく、二回も来といて情けない。せめて一回目で中に入れていれば――――

 

「………ん? もしかして私が追い返された時って――――」

 

「まだ居たかもね、真クン。あの様子じゃ、もういないだろうけど」

 

 ――――なんてことだ

 つまり、あの時真は家に居て、なんなら私達のことを見ていたのか。それでいて怒鳴り付けられたとは中々理不尽だ。真のお父さん結構怖かったけど、あれは演技だったと言うのか。

 

「はぁ……あの人、とんだ喰わせ者ね。これじゃあ私怒られ損じゃない」

 

「心中察するの」

 

「心にも無いこと言うんじゃないわよ」

 

 美希は「心に思ってるもん」とふて腐れ、座席に深く寄りかかった。しばらく上を見上げていたが、やがて思い出したように呟いた。

 

 

 

 

 

「そういえば、真クンのママって何してるの?」

 

「――――――――」

 

 心臓が、僅かに跳ね上がる

 

 この質問が出たということは、美希は真の家族について殆ど知らないということだ。

 このことを知ってるのは、多分社長とプロデューサーと私だけだ。真が誰かに話したという様子もなかった。

 

 

「律子…さん?」

 

「まったく……あんたって娘は、予兆もなく投げ込んでくるのね」

 

 それは本来、私から言うべきことではない。彼女がそう決めたのなら、一生知らずにいることを許容するべき事実だ。

 

 それでも私は今、事実を美希に伝えようとしている。美希だけじゃなく他の皆にも、この事実を共有してもらいたいと考えている。

 理由ははっきりしない。そうした方がいいと思うのは、大して頼ったこともない直感だ。だが、それに乗っかることを私は躊躇わなかった。

 

 

 

 

 

 

「真のお母さんね……亡くなってるのよ」

 

 

 

 ―――千早の一件以降、私はこれまで知ろうともしなかった、仲間達の家族構成を調べてみた。調べるといっても履歴書を見るか社長にあたってみれば、全員分(貴音以外)を把握するのは容易だったのだが。

 真の母親の件はそれで知った。社長にそれとなく聞いてみたのだが、亡くなっているという事実以外は彼も知らなかった。

 

「うそ…ミキ、そんなこと……」

 

「ええ、私も最近まで知らなかった。

 あの娘もたぶん、誰にも言ってないわ」

 

 

 

「――――――――」

 

 

 

 ―――訪れた静寂

 閑散としたグリーン車には、ガタンガタンという音だけが響いている。

 

「――――――――」

 

 美希の表情には驚愕と、明らかに落胆の色が見える。何一つ知らなかったという事実に、らしくもなく落ち込んでいるようだった。

 

 無理もない。私達は今まで、真のことを影の無い、はっきりとした女の子だと思っていたのだ。それが突然行方不明になって、おまけに伏せられていた過去なんてものが出てきた途端、彼女の正体が全然見えなくなってしまった。

 

 母親がいないことを、真が少しでも匂わせただろうか? 千早は家族を亡くしたことが今の人格形成に多少なりとも関わっているが、彼女にそんな様子は無かった。

 

 ―――わからない

 あれだけ側にいた真の姿が、酷くぼやけて浮かんでくる。そもそも『謎』という単語自体が彼女に似つかわしくない、それは貴音の領分だ。その貴音ですら、今の状況には困惑を隠せていない。

 

 

 ―――だが、そんなことは承知の上だ。

 

「私達、あの娘のこと知らなすぎたのよ。いや違うわね……それを()()()()()()()()()()()

 

 そうでしょ? と美希に問いかける。彼女はいつになく神妙な顔で、うんと頷いた。

 

「だったらやることは一つよ。知らないなら、知ればいいだけの話。あんたが本当に真を見つけたいのなら、そんな顔しないでしゃんとなさい」

 

「―――!! じゃあ!」

 

 初めて、美希の表情が明るくなった。

 

「ええ、私もあんたに協力するわ。ここまで来たら、もう最後までやるしかないでしょう?」

 

 

 そう―――私達は知らねばならない。

 真はどこにいるのか、何をしてるのか。そして何より、どうしていなくなったのか。そのためには、まず真自身を知らなければ駄目なのだ。

 

 真は、本気で雪歩を助ける気だ。

 信じ(がた)い事だが、彼女には当てがあるらしい。医師の「回復不能」という判断を覆す何かが。

 

 例えそうだとしても謎は残る。

 一つは、そんな方法があるなら何故、彼女は何も言わずにいなくなったのか。余程私達に知られたくない方法だったのだろうか。

 もう一つ、何故事故から一ヶ月というタイミングでいなくなったのか。何か方法があるのなら、真はすぐにでも行動していた筈だ。

 

 疑問は尽きない。それは、直接本人に聞かなければわからないことなんだろう。

 だが、彼女はヒントを残していった。彼女の意志と覚悟を、手紙という形で

 

「雪歩を助ける」

 

 この二度に渡って記された、真の意思表示とも言うべき台詞。その言葉に込められた意味(かくご)を、私達はもっと深く捉えるべきだったのだ。

 

 いや―――本当は気づいてたのかもしれない。

 

 だってそうだろう。こんなの、少し考えればわかることなんだから。答えなんて、すぐそこに転がっていたんだから

 

 だが、その結論を飲み下すには、精神的な障壁が大きすぎた。気づいていながら、誰一人それを受け入れることができなかったのだ。

 

 私達は感情のある人間だ。無機質にプログラムされた、ロボットみたいな存在ではない。だからこそ、都合の悪い事実には目を逸らしてしまう。

 それは美希も例外ではない。現実を、信頼する誰かから突きつけられない限り、彼女達がそれを自分から受け入れることは無いのだろう。

 

 私の役目は、つまりそういうことだ。少なくとも、真はとっくに受け入れている。

 

「雪歩を助ける」というのは、あくまで目的であって理由ではない。彼女の目的の前には、それに至った衝動がある筈だ。

 つまり状況が変わったのだ。真が行動を起こさざるを得ない、そんな状況が生まれたのだ。

 

 そこまで推測すれば、あとは足し算よりも簡単だった。今の状況を悪い意味で越えるものなど、私の知る限り一つしかない。

 

 真は知ったのだ。私達の知らない何か、それも雪歩の生死に関わることを。

 

 

「けどその前に」

 

 

 なんだか嬉しそうな美希には悪いが、どのみち皆に話すのだ。きっかけとなってくれた美希には先に話しておく義務がある。

 感謝の証にしても、彼女にとっては全く好ましくないことだろう。だが私自身の退路を絶つためにも、それは必要な行為のはずだ。

 

 だから伝える

 私の、多分当たってるだろう推測を

 

 

「あなたには話しておくわ、美希」

 

「――――――え?」

 

 

 

 雪歩には、もう時間が無いという事実(こと)

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1月29日 20:05 [765プロ事務所]

 

 

 

 

 あと――――四ヶ月だ

 

 

 たったそれだけ

 律子の言葉からたっぷり一分間、寿命が尽きてしまいそうな程長い沈黙の後。ようやくプロデューサーが発した返答は、二秒にも満たなかった。

 

 なのに全員が理解してしまった。その四ヶ月という言葉がどういう意味を宿していて、誰の時間を指しているのかを。

 

 

「う…そ………」

 

 

 こぼれ落ちた言葉は、誰のものだったか。

 その言葉に続く者は一人もおらず、この場を間の抜けた静寂が支配した。

 

 

 

 

 その後、プロデューサーは堰が切れたように、伏せてきた事実を話し始めた。まるで、閻魔に罪の懺悔でもするかのように。

 二ヶ月前、萩原さんの余命があと半年だと告げられたこと。その事実を私達に隠す事を、社長と共に決めたこと。そして―――それらは真が失踪する前日の出来事だったこと。

 全てを話すと、彼は「本当にすまなかった」と謝罪した。だがその言葉は、多分誰の頭にも残らなかったろう。

 

 

 

 

 一体、何から受け止めればいいのだろうか

 

 萩原さんの余命か

 

 それをプロデューサーが隠していたことか

 

 今更わかった真失踪の理由か

 

 

 馬鹿な、最初からわかってたことじゃないか。

 

 いつか、こんな日が来ることなんてわかりきっていた。そのくせ私達に受け入れる覚悟も度胸もが無かったから、彼等は黙っていたにすぎない。

 心のどこかで思っていても、受け入れることは到底許されなかった。知ってしまえば、誰かが口に出せば、もうおしまいだったから。

 

 わかっていた

 

 ―――そんなこと、わかっていた

 

 ―――――全部、初めからわかっていた

 

 彼等は隠していたんじゃない、ただ私達の心を汲んだだけ。今日律子が問い質すまで、誰にも聞かれなかっただけのことだ。

 皆が恐れて、そうやって必死に見ないようにしていたことが、今現実となって顕れている。

 

 

 

「そん、な……」

 

 皆が絶句する中、春香の消え入りそうな声が聞こえた。私は彼女の顔を見て、そして後悔した。

 

「―――――っ―――」

 

 そんな顔、見たくなかった。

 

 ずっと、我慢してきたんだ。叫び出したいくらい苦しいのを、春香はずっと耐えてきたんだ。

 彼女だけじゃない。誰にも悟られないように、溢れる感情を外に出さないように。それで何か解決するわけでもないのに、これ以上状況が悪くならないように皆で抗い続けてきた。

 

 その結果がこれだ

 

 体の部位を一つずつ千切られるような傷みを味わって、それに耐えながら現状を変える何かを探して、待ち続けて。その挙げ句に知ったのは、全てが手遅れだったという残酷な事実だけ。

 

 

「――――、――――」

 

 

 何が―――何が悪かったと言うんだ。私達はどうすればよかったんだ。

 何もできないというなら、そのまま諦めればよかったのか。理不尽な現実を受け入れて、二人のことは忘れてしまえばよかったのか。

 

 

「―――う―――ぁ―――」

 

 

 そんなこと、できるわけがない

 こんな割に合わない現実に、誰が納得できるというのか。そんなことで諦められないから、私達はここまで続いてこれたんだ。

 

 

「雪歩―――なんで……」

 

 

 この光景が全てじゃないか

 途切れ途切れの嗚咽と、うわ言みたいに漏れてくる言葉。両手で顔を覆う人もいれば、何かをこらえるような顔の人もいる。だが、大声で泣き出す者は一人としていなかった。

 

 みんな、悔しいんだ

 諦めることなんてできないのに、理不尽な現実は容赦がない。私達を嘲笑うかのように、受け入れたくもない事実だけを無責任に置いていく。

 

「――――――――――」

 

 何も変えることができず、何も見いだせず、どうしようもない無力感に蝕まれたまま、今日という日を迎えてしまった私達。

 

「―――――ぁ―――」

 

 だから、これは悔し涙だ。現状に対して、自分じゃどうにもできないとわかっている筈なのに、私は悔しくて悔しくて仕方がなかった。

 

 もう萩原さんと話すことも、共に笑い合うこともできないのだ。その大きすぎる事実が、ただ悲しくて―――だけど悔しくて―――頭の中はもうぐちゃぐちゃで、涙が感情のままに溢れてくる。

 

 私はまたしても、大切な人を事故で失うのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんじゃ…ないわよ―――!」

 

 とうとう、水瀬さんが爆発した

 

「なんで…なんでこんな事になんのよ! 雪歩(あいつ)が、私達が、一体何したって言うのよ!」

 

 壊れた放水器みたいに、彼女は弾けた理性を撒き散らす。標的もなく、ただ溢れ出すままに

 

「あんなことがなきゃ、雪歩も真もここにいて…みんな一緒で…ただそれだけのことじゃない! 

 それの何が不満だってのよ! 何がお気に召さないのよ!」

 

 それは、まさに皆の代弁者だった。

 なぜ、私達がこんな目に遭わなければならないのか。誰かの悪意を乗り越えたと思ったら、次にやって来たのはどうしようもない災厄だった。

 こんなもの、水瀬さんでなくとも怒らずにはいられないだろう。

 

 

「伊織ちゃん……」

 

 だがその言葉すら、私には酷く虚しいものに聞こえた。それはきっと、叫び出した彼女自身が一番よくわかっている。

 

 

「―――っ―――ぅ――」

 

 

 どんなに叫ぼうと、萩原さんが死んでしまうという事実は何も変わらない。そうなったら真だって、私達の元へは帰ってこないだろう。

 

 それは避けようのないことだ。私達は今日、とても耐え難い悲哀と苦痛を味わって、()()()が来たら、もう一度同じ思いをすることになる。

 

 それが、私達765プロの最期になるだろう。

 

 誰かが言い出すわけでもない。例え目指すべき場所があったとしても、仲間を失った私達では、決して辿り着くことはできないのだから。

 

 

 

 

「――――――」

 

 本当に―――? 本当に諦めるしかないのか? 

 私は―――如月千早はそれを受け入れていいのか? 私達の未来は、本当に行き止まりなのか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 ―――――――

 

 ―――――――――嫌だ

 

 

 ―――嫌だ、そんなのは嫌だ、そんなもの受け入れたくない、こんなことで諦めてたまるか

 

 ―――ふざけるな、せっかく前を向けるようになったんだ、みんなが私をそうしてくれたんだ、なら一人だって失ってなるものか

 

 ―――こんなものは認められない、過去は変えられないにしても、未来まで他の何かに決めつけられるなんてあんまりだ、頭にくる

 

 

 そんな現実、知ったことか。出来る出来ないなんてどうでもいい、萩原さんに死んでほしくないのは、皆の共通した思いなのだから。

 

 

「――――っ―――」

 

 律子は、律子はどうなんだ。なぜ彼女は私達の前でこんな話をしたんだ。まさか現実を突きつけるためだけに、私達を集めた訳じゃないだろう。

 例えそうだとしても、それで終わりであるはずがない。律子の行為が昨日の美希との一件から来たものなら、彼女にはまだ言いたいことがあるに決まっている。

 萩原さんのことを話せば、皆がこんな状況になるのはわかりきっていたのだから。

 

「――――――――」

 

 だから私は、彼女の方を見た。

 見渡すと、私と同じ事をしてる人が―――私と同じ事を考えてる人がいた。ある人は何かに縋りつくように、ある人は彼女を訝しむように、ある人は殆ど睨み付けるように

 

 それはやがて、事務所全体に広がっていった。

 誰かが命令したわけでもないのに、まるで時間が逆行でもしたかのように、皆の視線が一体となって、律子ただ一人に集まっていく。涙を滲ませながらも、皆が彼女の言葉を待っている。

 漏れる嗚咽は、とっくに止んでいた

 

 

「――――――――」

 

 彼女はその様子を、ただじっと見つめていた。この場の視線を、一つ一つ確認するように合わせていき、それが終わると、ふっと一息吐いた

 

 その直後――――

 

 

 

 

 

「なんだ―――あの娘の言う通りじゃない。

 心配することなんて、なかったんだわ」

 

 そう言って、彼女は()()()()

 

 

 

 

 

 

「――――――え?」

 

 その顔に、殆ど全員が驚愕した。

 誰一人、その顔を予想できた者はいなかった。私達をこんな状態にしたある意味張本人だというのに、彼女のどこか安心したような表情に、全ての毒気を抜かれてしまった。

 

「ほんと勝手よね、私って。勝手に諦めて、勝手に心配して……自分の了見でしかものを話せないのに―――ほんと、馬鹿みたい」

 

 それは、独り言だった。目線を落として、顔は少し俯き気味に。口元は笑みのまま、彼女は自分を嘲っていた。

 

「律子……? なに、言ってるんだ?」

 

 我那覇さんが、もっともな台詞を放つ。他の皆も、私含めて同じ表情だ。律子の言葉が、全く理解できなかった。

 

 

 

 

 その時、近くで声がした。

 

「律子…さん、ちゃんと話さなきゃダメだよ。

 みんな困っちゃってるの」

 

 少し呆れたような声音で、美希が律子に話しかけていた。皆がぎょっとしたように彼女を見やったが、美希は気にも留めなかった。

 

「それともミキから話したほうがいい?」

 

「―――いいえ、大丈夫よ。これは自分で話すって決めたから」

 

 全て了解済みだというように、彼女達の会話は言葉少なだった。

 やっぱり、二人の間で何かがあったのだ。

 

 

 

「ごめんなさいプロデューサー、こんな形になってしまって。けど私、こうするべきだって……こうしなきゃ駄目だって思ったんです」

 

「律子……」

 

「だから―――もう少しだけ時間をください」

 

 プロデューサーだって、その意味を理解できてるわけじゃない。困惑した顔が何よりの証明だ。

 だから、それは負い目なのかもしれない。彼はそれ以外何も言わずに、引き下がった。

 

 

 

「―――わかった、お前に任せる」

 

 それを聞いて、律子は私達に向き直った。

 一呼吸の後、彼女は至って真面目な顔で、とんでもないことを言い放った。

 

 

 

 

 

「回りくどいのはやめます。単刀直入に言うと、雪歩は助かるかもしれません」

 

 

 

 

 ――――時が止まった

 今度は全く予想も、理解すらもできなかった。

 

 さっきのとは違う、完全なる静寂。まるで全員の心臓が止まったかのように、誰一人として声を出せず、まばたき一つできなかった。

 

 だから、できる反応は一つだけ。永遠とも思えた静寂も、時間にして10秒に過ぎない。その間に律子と美希以外の意識が完全にシンクロして、全員仲良く、素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「―――――え!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2月2日 20:45 [衛宮邸]

 

 

 

 

 

 巻き上がる砂埃と、四方に飛び交う無数の瓦礫

 

 目も眩むような爆風と粉塵の中を、青と黒の残像が爆音と共に駆け回る

 

 片方は光を描きながら

 

 片方は全てを蹴散(けち)らしながら

 

 両雄は数十度目の激突を交わした

 

 

「■■■■■■■■■―――――!!!」

 

 

 巨人の咆哮は斬撃と重なり、敵を八つ裂きにせんと嵐の如く降り注ぐ。

 弓や槍のように、わざわざ急所に当てる必要は無い。その規格外の怪力と巨大な戦斧があれば、掠るだけで致命傷となり得るのだから。

 

 

「―――――外れだ、間抜け―――!」

 

 

 しかし、槍兵はそれを許さない

 

 いかなる攻撃でも、当たらなければ意味は無い。既に百を数える斬撃は全て避けるか受け流され、地面を抉る破壊音だけを響かせている。

 

 

「シッ―――――!!」

 

 

 激突音の度に、また新たな土煙が舞い上がっていく。金属同士の衝突がもたらす余波は木造屋敷を寸断し、十数メートル離れたこの土蔵にも容赦なくヒビを入れていく。

 地鳴りの度に庭には稲妻型の割れ目が生まれ、次々と車大のクレーターが作られていく。

 

 

「ハッ―――――!!!」

 

 

 疾駆する蒼い影が、黒い巨体に躊躇なく突っ込んでいく。迎撃する怪物は神速の一撃を放つが、蒼い槍兵は当然のように(かわ)し、がら空きの顔面へ槍を繰り出した――――! 

 

 

「――――――――!」

 

 

 ――――だが通らない

 

 朱い槍はギィンという音と共に、怪物の躯そのものに弾かれる。槍兵はこれで何度目だと舌打ちして飛び退き、止まることなく疾り続ける。

 

 見る限り、両雄の速度は互角か、僅かに槍兵が上回る。加えて槍兵は縦横無尽に常時最速で駆け回ることにより、常に先手を取り続けている。

 必ず先に仕掛け、後手に回る怪物の斬撃を掻い潜り、黒灰の巨体に槍を届かせる光景も一度や二度ではなかった。

 

 

「■■■■■■■■■■―――――!!!」

 

「チッ――――!!」

 

 

 それでも―――そうまでしても、状況は怪物の側に傾きつつあった。

 

 原因は明らかだ。

 まず攻撃が一切効いていない。先程の一撃にしたって、常人なら顔面を貫かれる前に刺突の衝撃に首が耐えられず、頭と胴が無惨に千切(ちぎ)れてしまう程のものだ。

 だが、ダイヤモンドすら容易に破壊するだろう業をもってしても、怪物を貫くどころか仰け反らせることすらできない。狂戦士(バーサーカー)と呼ばれた怪物の躯は、神域すら否定するものだった。

 

 槍兵が上回る速度にしても本来あるべき差がついてるわけではない。多少後手に回っていようが狂戦士は尋常ならざる反応速度でもって槍兵を捉え、斧剣で正確に反撃していた。

 それらを全て掻い潜ってきた槍兵もその殆どが紙一重だ。純粋な筋力で遥かに劣ってるが故に、唯一互角以上の速力を最大限活用することで何とか天秤を釣り合わせている。

 だが、それも長くは続かない。いくら策を施そうとそれは敗勢にならないための物でしかなく、天秤が槍兵に傾くことは決して無いのだ。たった一手の違いで受けに回れば、それは槍兵の敗北、即ち「死」を意味していた。

 

 だったらここから離脱してしまえばいい。彼の走力をもってすれば、怪物を振り切ることは十分に可能だ。少なくともここで勝ち目の薄い戦闘を続けるよりはましだろう。

 

 だが槍兵はそれをしない。否、できないのだ。

 

 何故なら俺がここにいるから、俺がここから逃げ出さないからだ。

 

 槍兵は、俺を助けると言った。そのために俺を治療し、怪物を食い止めている。

 怪物―――というより少女の目的は、明らかに俺を殺すことだ。もし彼が離脱すれば、少女はこれ幸いと標的をこちらに向けるだろう。槍兵にはそれがわかっている。だから俺が逃げる時間を稼ぐことで、その任を果たそうとしているのだ。

 

 戦闘が始まって既に5分以上。槍兵の言ったように、体の傷はとっくに治りきっている。彼の行動に報いるならば、俺がすべきことは明らかだ。

 だが―――――

 

 

 

 

「――――――っ――」

 

 ―――――本当に、それでいいのか

 

 お前は命を拾ってもらったのだろう? それが例え最善だとしても、恩人を置いて逃げることが、本当に衛宮士郎のすべきことなのか? 

 

 頭の中で、そんな声がした

 

 掛けてもらった恩は返すのが義務だ。それが命なら、尚更相応しい形で報いなければならない。

 

 ならどうすればいい? 

 戦いに割って入るなど論外だ。俺がのこのこ出張ったところで、そこらで舞い上がってる砂埃と何一つ変わらないのだ。

 

 蛮勇に飛び出すことはできないが、逃げ出すことは許されない。俺はいてもたってもいられず、土蔵の中を探して回った。

 

 武器だ―――戦うための武器が要る

 

 がらくたを強化したってなんの意味もない。ここは切嗣(きりつぐ)が死ぬ前から魔術を学んだ場所だ。切嗣(オヤジ)が何か遺しているのではないかと、当てもなくとにかく一心不乱に探し続けた。

 

 

 

「―――――!」

 

 

 

 ――――その瞬間、背後で爆発音がした。

 

「がっ――――――!!!」

 

 振り返る間もなく、俺は衝撃波を背中一杯に浴びて、体は土蔵の奥へ吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ぁ――」

 

 パラパラと、石粒の落ちる音がする。どうやら、顔をしこたま打ったらしい。すぐに体を起こそうとして、横で朽ちているモノに気がついた

 

「嘘―――だろ――?」

 

 そこには、かつて扉だったものがあった。金属であることが何かの間違いだったかのように、それはグニャリと二つに折れ曲がっていた。

 あと30センチでもずれていたら、俺は扉に押し潰されていただろう。壁に顔面から激突したことよりも、その事実にただ戦慄した。

 

 振り返ると、入り口が完全に破壊されてしまっている。巨大な風穴は砲弾でも喰らったかのように、外の景色が丸見えになっていた。

 

「―――――――」

 

 入り口だった場所には、あの怪物が勝ち誇るように仁王立ちしている。それを目の前にして、槍兵は不覚とばかりに片膝を着いていた。

 

「クソが―――出鱈目だな、おい」

 

 それを見て理解した。あれほどの神速を誇る槍兵でも怪物の攻撃を遂に避けきれず、力負けして吹き飛ばされたのだと。

 

「チッ……なんだよ、まだ逃げてねえのか」

 

 槍使いは俺の存在を確認すると、心底迷惑そうに毒づいた。子守りは飽きたと言わんばかりに、こちらに目を寄越すこともなく、視線は怪物の方に向けられている。

 

 

 

「はぁ――――終わりね、これで」

 

 少女は勝利を確信したのか、怪物の隣でつまらなそうな表情を浮かべている。

 

「バーサーカー相手に随分粘ってたけど、そもそも闘おうとすること自体間違いだったのよ。そんなことわかりきってるのに、貴方のマスターは私を馬鹿にしてるのかしら?」

 

「はっ―――知るかよ。そんなのは本人に直接聞きやがれ。ガキが」

 

 このような窮地にあっても、槍兵の口数は些かも衰えない。単なる強がりではなく、この男は今の状況を心から愉しんでいる

 

「そうね……後でマスターの方も殺すんだから、断末魔代わりにでも聞いてあげようかしら。

 まぁ……どうせ忘れてるけどね。欠片ほどの興味も湧かないもの」

 

 冷たい言葉に呼応して、怪物が一歩踏み出す。

 この狭い空間では、さっきのように動き回ることはできない。故に槍兵には逃げ場が無い。それは俺も同じことだ。

 

「そうかよ、ならこれ以上話すこともねえな」

 

 男は紅い槍を構える

 まるで地面が標的であるかのように槍先を下に向けて、槍兵は突進の構えをとる

 

「―――――!!」

 

 ―――その瞬間、槍に桁違いの魔力が集まっていくのがわかった。

 紅い槍が血の気を増し、槍先は特に太陽のように燃え盛って見える。まるでそいつに吸いとられたかのように、俺から血の気が引いて行く。

 

 ゴウ―――と、魔力が渦を巻いて暴れまわっている。今にも外に飛び出しそうなのを、あの魔槍は力ずくで押さえつけている。膨大な魔力―――その全てを怪物にぶつけるために。

 

「――――――駄目だ」

 

 駄目だ―――それは無理だ

 例えその魔槍でも、あの怪物には通用しない。あれは物理的なものではない、あの怪物の耐久性はもっと概念的なものだ。

 だからいくら魔力を集めたところで、その概念を突破できなければ意味がない。槍兵の一撃はヤツには通用しないのだ。

 

 彼がそれを知っているかはわからない。わかっているのは彼が一点突破を狙っていることだけ。

 それすらも叶わないことは本能で理解できた。

 

「くそ、どうすれば……!」

 

 男は決してこちらを向かない、これだけの窮地に追い込まれても尚、愚直に俺を守ろうとしている。だが同時に、その背中は「覚悟を決めろ」と言っているように見えた。

 

「―――――っ――」

 

 俺は何をしているんだ

 いつまでも逃げなかったせいで、眼前の恩人の足を引っ張って、そのくせ彼を盾にして、未だ無様に生きおおせている。

 そんなんじゃ駄目だってわかっているのに、足が震えて動かない。立ち上がることができない。これじゃあ命の恩人を死なせてしまうってのに、体が動いてくれないのだ。

 

 

 

 

 

「―――じゃあさようなら

 せいぜい死んでから後悔することね。愚かなマスターに喚び出された運の無さを」

 

 怪物が得物を振り上げる。槍兵と俺をまとめて叩き切ろうと、より大きく暴力的に。振り下ろされれば、俺は今度こそ無惨な肉塊と化すだろう。

 

 

「―――――っ――!!」

 

 

 ふざけている、まったくもってふざけている

 

 こんなのはおかしい、

 俺がそんな無価値な肉塊(そんざい)になるなんて絶対にあり得ない、そんな事はあってはならない

 

 だって、俺はまだ義務を果たしていない

 

 親父との誓いを守るどころか、目の前の恩人に報いることすらできていない

 

 そんな有様で、どうして死ぬことできるのか、相手がどうしようもない怪物なら、ここで無様に死ぬことが許されるのか

 

 だから、そんなことは許されない

 

 

 

 

 

 ―――衛宮士郎は

 

 ―――こんなところで意味もなく

 

 ―――あんな怪物なんかに

 

 ―――人を人とも思わないお前らなんかに

 

 

 

 

 殺されてなんか、やるものか―――!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――え!?」

 

 それは少女の声と共に

 

 

「な――――!?」

 

 それは男の驚愕に重なるように

 

 

「―――――!!!」

 

 それは目映く、それこそまるで魔法のように

 

 

 

 

 

 

 ―――そいつは、俺の背後から現れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 ――――――――

 

 ――――――――――

 

 ――――――――――――

 

 ――――――――――――――少女がいた

 

 

 

 

 ―――ヒュウという一筋の風に、金色の髪がさらりと揺れる

 

 それが、少女の始まりだった

 

「―――――――」

 

 後ろ姿だけで、少女がとんでもなく美しい存在だと理解できる。外に弾き飛ばされた怪物も、壁に押し付けられた槍兵も、石化の術でも掛けられたように、誰一人動かない。

 

 

「―――――――」

 

 

 そんな中で、シャランという音を立てて、少女がこちらに振り向いた

 

 

「――――――!!!」

 

 

 ―――――その瞬間、全ての思考が弾け飛んだ

 

 己の目が、限界まで見開かれる。

 その姿があまりに―――あまりに綺麗すぎて、他に何も考えられなかった。

 

 

「―――――ぁ―――」

 

 

 全てに於いて完成された造形美と、矮小な体躯にあるまじき威厳。本来両立し得ない要素を極限まで高め合って、なお偶然の産物としか思えないような存在。

 最早それをヒトの範疇に留めることはできないし、そんなことは許されない。

 

 

 

 

 例えるなら、地上に降りた一等星。その存在自体が、何かの理想そのものに思えた。

 

 

 

 俺と同じように、少女も俺から目を離さない。そして、瞳という名の星の断片が、何の感情も無く俺を見て―――始まりの言葉を、口にした

 

 

 

「問おう、貴方が私のマスターか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第十話「運命の夜(後)」

 





アイマス側は中途半端になってしまいましたが、序章はセイバーのシーンで終わらすと決めていました。


ちなみに真の実家ですが、横浜にある「山手西洋館」がモデルとなってます。のだめに出てましたね



では、また次回お会いしましょう
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