Fate×アイマス   作:PCN

2 / 11
第二話投稿です。

次あたりからfateキャラもどんどん出してく予定です。








episode2 残された者たち

 雪歩の余命を知ってからの、僕の行動は早かった。いや、本当に雪歩を助けたければ事故の翌日にでも動くべきだったのだから、むしろ遅すぎると言うべきだ。

 何を言っても言い訳でしかない。魔術を捨てたという認識が、僕の行動を遅らせてしまった。

 

 次の日の朝、僕は荷物をまとめて帰省した。無論誰かに見つかってはならないし、後で僕の足跡を辿られるのも駄目だ。だから変装して、街や駅中のカメラに気を付けながら実家を目指した。

 

 

 

 

 

 道中、左手に走る痣に気づいた

 どこかにぶつけた覚えはない。魔力も感じなければ、そもそも痣にあるべき痛みすらない。

 

 だというのに、僕はそいつから目が離せなかった。本来不恰好であるべきそれは血のように赤黒く、途切れ途切れながら、どこか規則性を持って描かれてるように見えた。

 

 

 なんとなく思った。この紋章みたいな痣には、何か重大な意味があるんだろうと。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 2003年 12月1日 9:30

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 父には事前に、僕が帰ることを伝えていた。理由は言わなかったが、彼は全て察しているだろうと思った。

 

「ああ、おかえり」

 

 僕がなるべく普通に挨拶したように、父の返答も普段通り。他人がここだけ見れば、とても三年会ってない親子とは思えないだろう。

 

「ただいま父さん。

 早速で悪いんだけど話があるんだ。」

 

「ああ、わかってる。

 正直、もっと早く帰ってくると思ってたが……何があった?」

 

 それを聞いて、やはり全てわかっていると安心した。だから雪歩のことも、なんとか冷静に話すことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……あと半年か……

 ―――結論だけ言うと、この家にある知識でその娘を治すのは不可能だ。」

 

 父は魔術師らしく、事実だけを簡潔に述べた。

 

「お前にも教えたが、魔術は多くの分野で科学に後れをとっている。現代の最新医療が彼女を見捨てたんなら、例え魔術でも難しいだろうな。」

 

 一番信頼してた人に言われると、やはり辛いものがある。だがそんなのはわかりきったことだ、魔術が万能でないことくらい僕も知っている。

 それでも、魔術には数多の狂人が、数千年をかけて全てを注ぎ込んできた。その知識があれば、少女の一人くらい救えないわけがないのだ。それを僕が使えるかは別としても

 

「何処かにそういう知識だけはあるかもしれん。魔術は科学と似て、過程と理論があれば誰だって同じことができる。それはお前も例外じゃない。

 だから彼女を助けるのも不可能じゃない、と言えばそうなのかもしれない。」

 

「だが、それには入念な下準備が必要だ。

 理解して、実践する。その程度の作業だけでも半年なんて一瞬で消え失せる。

 そもそも、その知識とやらはどうやって手に入れる気だ?菊地の(つて)を頼ろうってんなら無駄だ。あの家にそこまでの価値は無い。」

 

「せめてもうちょい早けりゃ……いや、無理か。脳にダメージがあるんじゃどうしようもない。」

 

 本当に淡々と、父は語っていく。もっともらしい理由を並べながら、彼女を救うなんて不可能だと彼は言い続ける。最後に父は「もう手遅れだ」と締めくくった。

 そんなのを聞いても、僕が納得する訳が無いとわかっているくせに。

 

 

 

 ――――本当に、優しい人だ

 こんだけ無理だ無理だと言いながら、それでも決して「諦めろ」とは言わないんだから。

 

 

 父の言葉は、きっと全て事実だ。

 それでも彼は、雪歩を助けられない理由をただ並べ立てるだけで、こちらに訴えかけるものが何一つ無い。つまり本心じゃないんだ。

 無理だとわかっていながら、一人娘の為に何かできることはないかと必死に考えてくれる。

 

 本当に、いい父親だと思う。黒い社長みたいな大人を見てるから、余計に。

 

 とは言うものの、これでは埒があかない。

 僕は一縷の望みを込めて、父に左手の痣を見せることにした。

 

 

 

「ねぇ父さん、これなんだと思う?」

 

 

 

 

 その瞬間の父の顔は忘れられない。あれほど豹変した父親は初めて見た。

 彼は痣を見た瞬間、突然床を踏み抜かんばかりの勢いで立ち上がって、僕の左腕をとんでもない握力で掴んだ。

 

「痛っ!痛いって父さん!どうしたんだよ!」

 

 叫ぶ僕を全く無視して、父はその痣を穴の空くほど見つめ続けた。というか睨み付けていた。

 凝視とは正にこの事で、近すぎて噛みつかれるんじゃないかと思ったほどだ。

 

 ようやく手を離した父は、今度はぶつぶつと独り言を始めた。たまに「まさか」とか「いや、早すぎる…」など節々の単語だけが聞こえてくる。

 

「痛ったいなぁ……どうしたのさ、いきなり」

 

 声に反応したのか、父は僕の顔と手を交互に見やり、一言「ちょっと来い」とだけ言って、すたすたと歩きだした。

 

 まだ痛む腕を擦りながら、父の背中を追う。やがて辿り着いたのは、普段鍵が掛かっている部屋だった。

 

 父は扉の前に立ち、短く唱えた。

 

 

「――――Accept(開錠)

 

 

 たった一小節(ワンカウント)の詠唱が扉に届くと、ギィと古めかしい音を立てて、薄暗い部屋が現れた。

 

 

「ここって……」

 

「見ての通り、書庫だ。」

 

 

 そこには、巨大な本棚があった。

 我が家の一階から二階を貫く高さの、大図書館クラスの本棚。勿論飾りなどでは無く、古今東西の和書洋書が所狭しと貯蔵されている。

 

 中身を見るまでもない。千を数える書物は、その全てが魔術関連のものだ。中にはどう見ても巻物にしか見えない代物も。

 

「ここは、お前のご先祖様が何百年もかけて溜め込んだ、知識の結晶さ。俺は昔よく使ってたが、お前は入ったこと無かったろ?」

 

 そう言って、父は勝手知ったる風に中を漁り始めた。わざわざ梯子まで使いながら、目的物を探して右往左往している。

 

「――――で、その痣だが」

 

 僕に背を向けたまま、父は話し出した。

 

「それは恐らく聖痕だ。お前が『選ばれた』という、ある種の証明と言っていい。」

 

「選ばれたって、何に?」

 

 

 

「――――聖杯だ」

 

 

 セイハイ―――?

 聞きなれない単語だった。こんな場面じゃなければ、なんかの掛け声かと思うくらいに。

 

「――ったく、カテゴリくらい分けろよ……勝手に置いてきやがってさ……お、あったあった」

 

 5分くらい探し回った結果父が持ってきたのは、一冊の古ぼけた手帳。こびりついた埃を払いながら、父は神妙な顔をしている。

 

 

 

「―――70年くらい前かな。退魔(そしき)のお偉いさん方が、ある『儀式』に興味を持った。

 儀式の名は―――聖杯戦争」

 

「普通他所の争いになんて関わろうともしない連中なんだが、どうにも気になったらしくてな。

 結果当時の菊地家当主で、お前の高祖父にあたる人が調査することになったらしい。こいつはその時の記録だ。」

 

 そう言って、父はそいつを僕に手渡した。

 表紙を見ると、題名などは書かれておらず、隅に『一九三八年』とだけ記されている。

 一枚だけめくると、真ん中にこれまた一言だけ『聖杯戦争』の文字が書き殴られていた。

 

「―――――」

 

「詳しいことは全部書いてある。とりあえず端から端まで読んで、どうしたいかはお前が決めろ。」

 

 その言葉を最後に、父は部屋を出ていった。

 

 そうして一人取り残される。文庫本サイズの手帳に目を落とした僕は、少しだけ戸惑っていた。

 三年間魔術から離れていた自分が、いきなり未知の領域に踏み込むのだ。その事実に逡巡して、手が微かに震事えているのがわかった。

 

 だが、それも一瞬だった。

 他ならぬ父が渡してくれたものだ。中身が何であれ、それは僕が知るべきことなのだろう。ならば、何を戸惑うことがある。

 

 捨てた世界に戻ることを、怖がる必要はない。そんなもの雪歩を助けることに比べれば、何の価値も無いのだから。

 

 左手は迷いなくページを捲り、両目は小さな文字を追い始める。

 そこから約一時間、一心不乱に読み続けた。60年以上も前の文章は読み辛くて仕方なかったが、それでも読み進めていくうちに、僕はその中身にのめり込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ―――――聖杯戦争

 

 

 

 

 『マスター』と呼ばれる7人の魔術師が、ただ一つの杯を求めて争う、儀式という名の殺し合い。

 マスターは『サーヴァント』を召喚し、自らの代わりに戦わせる。そうして最後に残った一組だけが、聖杯戦争の勝者となる。

 

 過去の歴史、神話に於いて偉大な功績を残し、人々に『英雄』と称えられ、死後は『英霊』として祀り上げられた存在。

 そんな異次元の存在を、魔術師程度が使役できるまでに落とし込んだのが『使い魔(サーヴァント)』だ。

 

 そうして殺し合う。順位など存在せず、勝者以外は死んで当然のサバイバル。

 

 英霊召喚の方法、システム等、そこには聖杯戦争の詳細が記されていた。僕の左手に刻まれた『令呪』と呼ばれるモノについても。

 

 令呪とは父の言う通り、持ち主が聖杯戦争のマスターである証明だ。それと共に、サーヴァントへの絶対命令権でもある。今はまだ不完全だが、サーヴァントを召喚して正式にマスターとなった時、よりはっきりとした紋章として現れる。

 令呪は三画。それは、サーヴァントへの命令権が三回きりであることを示している。

 

 だが、重要なのはそんなことでは無い。最も重要なのは、聖杯戦争の目的であり、その結果となるべきものだ。

 

 たった7人と7騎の戦いにも関わらず、それは戦争と呼ばれている。自分以外に興味の無い筈の魔術師が、自分の命を賭けて凄惨に殺し合うのだ。

 では、そうまでして勝ち残るたった一人の勝者には、一体何がもたらされると言うのか。

 

 それこそ、父が僕にこれを見せた理由だった。『それ』は確かに優勝商品として相応しく、そして間違いなく、僕が求めるべきモノだった。

 

 

 ――――『聖杯』

 

 彼の救世主が最後の晩餐に使用したとされる聖遺物、或いは中世ヨーロッパの『聖杯伝説』に現れる、ありとあらゆる願いを叶えるとされる杯。

 一般社会に『聖杯』と認知されているものと言えば、大抵この二つを指す。

 

 だが、この聖杯はどちらでもない。強いて言えば後者に近いが、実際のところはある魔術師が作った「機能」と「システム」を、便宜上聖杯と呼んでいるだけとされている。

 

 そう前置きした上で、聖杯に関する記述はこう締め括られていた。

「彼の聖杯は、その名に相応しき権能を十全に備えた、紛れもない願望器である」と。

 

 手帳を握る手に、思わず力が入る。

 

 改めて確信した。左手の痣は、やはり偶然現れたものでは無かったのだと。

 マスターに選ばれる条件は「聖杯にかける願いを持つ魔術師」であるとされる。僕はその条件を満たし、父の言う通り聖杯に選ばれたのだ。

 

 ならば、参加する以外の選択肢は無い。魔術師同士の殺し合い?それがどうした。

 

 言った筈だ、彼女を救うためなら何だって出来ると。自分などいくら傷ついても構わない、目的の為なら、この身を全て捧げることが出来ると。

 

 全てを捧げるとは、無論肉体的な意味だけに留まらない。聖杯戦争とは、つまるところ殺し合いだ。人を殺す立場になる自分を精神的に受け入れて初めて、全てを捧げる事になる。

 

 それは、本来人に許されたことではない。

 誰に命令されたわけでもなく、自らの意思で人を殺す。それを許容できる人間は当然僕の周りにはいない、いる訳がないんだ。

 僕がそんな事をしたら例えどんな理由があろうと、雪歩や他の(みんな)は決して許さないだろう。

 それでいい、それが当たり前なんだから。

 

 僕がどんな悲惨な結末を迎えても、それは人である事を捨てた当然の報いだ。魔術師と人が相容れないように、僕は皆に拒絶される。

 だとしても、雪歩の命に優る事など一つとしてない。彼女が死んでしまったら、僕は失望すらしてもらえないんだ。

 

 

 

 

 始めから、こうなることはわかっていたのかもしれない。雪歩を助ける事を決めると同時に、それが無理難題だってことも承知していた。

 魔術の基本は等価交換、願いの叶う聖杯戦争に於いても、その原則は確実に存在している。

 

 なら、代価を支払うのは僕自身だ。敵となる魔術師(マスター)を道連れに、僕の人としての何かを犠牲にすればいい。それで雪歩が助かるのならば、代価としては安いくらいだ。

 

 

 

 決心はついた、後は父にそれを伝えるだけだ。

 

 それを示すかのように、僕は手帳をパンと閉じた。その拍子に、何かが床に落ちた。

 

 それは、手帳サイズに折り畳まれた新聞記事。日付は、十年も前のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2004年 1月28日 17:15

 

 

 

「こんにちは、雪歩。久し振りね」

 

 返答が無いことを知りながら、私は彼女に声を掛ける。当然だ、人に会ったら挨拶をする。淑女云々以前の常識だろう。

 看護師か誰かがいたのだろうか、部屋には人の温もりが残っていた。

 

 ここに来るのは二週間ぶりだ。色々疲れて、ふと来たくなったのだ。

 

「まったく、あんなことがあっても相変わらず忙しいのね。律子ったら〈こういうときこそ、ファンの皆さんにはあなたたちの笑顔が必要なのよ〉てなもんよ。いくらこのスーパー伊織ちゃんでも、体は2つになんないってのに。」

 

 自分から発せられる言葉は、果たして独り言なのか、それとも目の前の少女(年上だけど)に向けられたものなのか

 

雪歩(あんた)だってそんな状態じゃ退屈でしょ?仕方ないからこの私が特別に、あんたが寝てる間のことを話してあげるわ。感謝しなさいよね。」

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 雪歩と真が交通事故に巻き込まれたことは、病院からプロデューサーを通じ、すぐに765プロ全員の耳に入った。

 既にトップアイドルとして、一流商社マンが裸足で逃げ出すレベルに忙しかった私達でも、流石にその日は仕事にならず、後の仕事を全部キャンセルし、一部を除いて全員病院に駆けつけた。

 竜宮小町のメンバーであるあずさと亜美、そしてプロデューサーの律子と共に病院に到着したが、雪歩含め20人以上の急患が一度に運び込まれたため、中は混乱状態だった。そのため雪歩の入る集中治療室は中々見つからず、廊下の椅子で春香に抱えられた真をようやく発見した。

 

 その時の真の顔は事故から二時間以上たってなお、恐怖の色に染められていた。ただ、泣いてはいなかった。むしろ肩を撫でる春香の方が、泣き顔で今にも崩れ落ちそうだった。

 

 その後は特に語ることもない

 次々と到着する仲間達

 ロケーション先の海外からひっきりなしに連絡を入れる美希と千早

 今すぐ帰ると言う二人を落ち着かせようとするプロデューサー

 社長や小鳥といった年長者がなんとか場を鎮め、一度人気の無い場所に引き上げた。

 現実を受け止めきれない私は、一連の光景をただ眺めているだけだった。やよいが泣くのを必死で我慢しながらずっと隣にいたことには、随分後まで気付かなかった。

 

 

 

 植物状態という雪歩の状況がプロデューサーの口から伝えられたのは、夜の何時頃だっただろうか。外傷が少なかったため、治療自体は比較的早く終わったらしい。逆に言えば治療の限界が早かったということだ。言葉の意味がわからないやよいには、「大丈夫、ちょっと長く眠るだけよ」と言って励ました。

 

 その後、雪歩の様子を見ることができた。

 普段と変わらない綺麗な顔のまま、彼女は眠っていた。本当に眠っていた。声を掛ければすぐにでも目覚めそうな、そんな穏やかな寝顔だった。

 そんな身動きひとつしない彼女を見て、抑えていたものが溢れだしたのだろう。真はその場に崩れ落ちた。

 人目も憚らずあいつは泣いた。その場にいながら雪歩を守れなかった後悔なのか、感じてはいけない責任を、髪をかきむしるという、せめてもの自傷行為で示そうとしていた。

 

 その手を優しく包み込み、後ろから抱き締めるあずさも、涙だけは抑えられていなかった。

 他の仲間のことは、言うまでもないだろう。

 

 その後は社長に強制的に解散させられた。不満が無いわけはなかったが、私達はプロなのだ。この後何があるかなんて、当然わかっていた。

 ただ、真だけは一人にできる状態ではなかったので、あずさが家に泊めることになった。

 私も知らず知らずの内に疲れていたらしい。迎えの車の中で、はしたなくも眠ってしまった。

 

 やはりというべきか、本当に大変なのはこの後だった。

 

 

 連日連夜のマスコミの取材、プロデューサーと律子以外に現場担当のいない765プロは、波のようにやってくる彼らを追っ払うことが極めて困難だった。

 だからといって、業界の顔とも言うべき私達が全員ドロップアウトなど、例え一時的にでも許されなかった。

 

 だから次善の策として、当事者の真に加え年少組、つまり中学生以下は全員活動休止という方針が、その日の内に決定された。

 亜美真美にやよい、勿論私にもその方針が伝えられた。

 しかし私はそれを拒否した。私自身のアイドルとしての意地もあるが、社会的権力のある水瀬の娘には、マスコミも下手なことは聞けないだろうという思惑もあった。

 他の三人の活動休止は当然だ。いくら彼女たちにやる気があっても、マスコミを自制させるほどのバックは彼女たちには無いのだ。これは他のメンバーにも言えるのだが。

 

 亜美が抜けたことで、竜宮小町は一時的にグループ活動を休止した。これにより今まで竜宮小町に懸かりきりだった律子はある程度自由になり、プロデューサーと同じく方々飛び回ってアイドル達のフォローにあたった。

 また、海外組の美希と千早は、こちらの報道熱が収まるまでそのまま滞在させることとなった。むこうにも日本のマスコミはいるが、社長が二人をアメリカの知人に預けることで安全を確保した。

 

 ちなみに、中学生の美希は本来活動休止対象であったが、向こうもは日本と違い報道熱が低いのと、本人のたっての希望で、活動続行が容認された。

 

「ミキね、決めたの。このロケ終わったらね、こっちで千早さんとライブするの!日本のテレビ局の人を呼んで、そっちで生放送してもらうの。そうすれば雪歩にも届くでしょ?

 雪歩は今寝ちゃってるけど、それでもミキ達の歌を聞きたがってると思うな、キラキラしたライブを聞けば、雪歩はもっと聞きたがるはずなの!だからミキ達は輝き続けるの!きっと今、雪歩は暗い世界で迷ってるんだと思うな、だからミキ達で照らしてあげるの、雪歩が迷わないように導いて、こっちに戻ってこれるようにするの!

 そうすれば、雪歩は必ず目覚めるの!」

 

 私にわざわざ国際電話をかけてきた美希は、そう捲し立てた。

 

「デコちゃん聞いてる?こっちのライブが終わったらすぐ帰るからね、そうしたら日本でまたライブなの!今度はみんな一緒なの!みんなの歌を雪歩に届けて、必ず戻ってきてもらうの!

 ハニーにはミキから言うから、デコちゃんはみんなに伝達、よろしくなのー!」

 

「あーもうわかったわよ!何でもかんでも一気に喋るんじゃないわよまったく!あんたやる気満々だけど、それ実現性あるの?こっちはプロデューサー脅せばどうにでもなるけど、そっちはステージとかどうするつもり?まさか見切り発車とか言わないでしょうね?」

 

「社長のお友達に今からお願いするのー」

 

 どうせそんなとこだろうと思ったわよ!

 

 脳内で突っ込みをいれてる内に、電話の相手は千早に代わった。

 

「もしもし水瀬さん?そっちは今どうなってるの?真は大丈夫?みんな無理とかしてない?

 美希の提案はともかく、私達はこっちでやるだけやってみるから、私達のことは心配しなくていいわ。プロデューサーにはそっちが落ち着くまでアメリカにいろと言われたけど、何かあったらすぐに連絡して、何があっても帰るから。」

 

 千早は千早で、冷静なふりをしてやたら疑問文の多い言葉を、早口で並べていった。

 

「少しは落ち着きなさい、こっちは大丈夫よ。万事OKとはいかないけど、この伊織ちゃんがいれば安心なんだから。真はまだ落ち着いてないから家には帰らせてないわ。昨日まで響の家に泊まってたわね、今日は確か春香の家に泊まるはずよ。

 私はむしろ二人だけのあんた達が心配よ。」

 

 これでも千早はまだ平静を取り戻した方なのだ。過去に交通事故で弟を亡くしている千早は、最初に連絡が行ったときの取り乱しようが真と同じくらい深刻だったらしい。

 事故から3日たってある程度落ち着くと、今度は真の状態が気にかかって仕方がないようだった。

 同じ事故の当事者として、大切な人を失う悲しみを、千早は誰よりも理解している。

 事故から一週間たっても、真が心配なのは変わらないようだった。

 

「とにかく、こっちは大丈夫だから千早は千早のやるべきことをやりなさい。

 あと美希に伝えといて

 あんた達のライブ、聞いてあげるからせいぜい頑張りなさいって」

 

「ふふっ、わかったわ。

 皆に体に気を付けるように伝えといてね。」

 

 

 

 

 

 

 それから一週間二週間と過ぎ、報道熱もようやく収まってきた。事故から一ヶ月経つ頃には真以外のアイドルは復帰して、普通の活動に戻れるようになっていた。

 

 この激動の一ヶ月、メディア対応はプロデューサーや律子を始め、年長者のあずさや貴音も積極的に加わって行われた。プロデューサーはアイドルにそんなことをやらせるわけにはいかないと言ったが

 

「年長者には小さい子を守る義務があるんです。やよいちゃん達だけじゃない。春香ちゃんや響ちゃんだって守られるべきなんです。だからプロデューサーさんの手が届かない分を、私が補うべきなんです。」

 

 静かに訴えるあずさに対し、それではあなたの身が…と心配するプロデューサー

 するとあずさは微笑んで

 

「あら、プロデューサーさんは私のことだって守ってくださるんでしょう?」

 

 

 そうやって押しきったあずさは、アイドルとしての仕事をこなしながら、常に穏やかにメディアに相対していた。

 そこにどうやって貴音が加わったかは、未だに謎だ。

 

 

 美希の目論見は、電話の丁度20日後に実現した。

 無茶振りに等しい計画を実現させたのは、美希や千早の輝きが為せる技なのか、アメリカ人はよほど無茶振りがお好きなのか。

 海外にも関わらず、多くの在米日本人に加え、地元の人も数多く訪れたらしい。当然のように満員となった会場で、二つのカリスマは爆発した。

 美希が圧倒的なパフォーマンスで会場を熱狂させれば、千早のバラードはそれを一瞬で、歓喜の静寂に染め上げた。

 お馴染みの曲だったり、海外の歌を英語のままカバーしたり、最後は二人一緒に歌い上げ、一時間たっぷりのステージはあっという間に終わりを迎えた。

 日本で生中継されたそのライブを、私達は雪歩の病室で見ていた。夜9時からの放送に全員が揃うようになんとかスケジュール調整して、真を含めた全員でライブを見ることができた。

 

 その時の真は、本当に楽しそうで、事故以前の明るく、元気な姿を取り戻していた。単純で、大雑把で、自分とはよく言い争いになったが、あの悲しみに曇った顔は、もう見たくなかった。

 真は事務所にも顔を出すほどに回復しており、海外組ももうすぐ帰ってくる。あとは雪歩が目を覚ませば、皆の望んだ日常が戻ってくるはずだった。

 色々あったけど、これからどんどん良くなっていく、みんなそう思っていた。

 

 

 

 

 12月の最初の日、真が失踪した。

 

 

 

 

 その日、あいつは事務所に姿を見せなかった。だが、そのことを不審に思う者はいなかった。元気になったとはいえ活動休止中なのは変わらなかったし、一応夕方ぐらいに様子を見にいこうということになった。

 その日の事務所には事務員の小鳥、オフの私に加え、年末特番の打ち合わせで響と真美がいた。真の部屋は事務所から歩ける距離にあったので、打ち合わせを終えた響と真美に行ってもらうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変だピヨ子、真がいなくなった!」

 

 そう叫ぶ響の声は、携帯のスピーカーがONでないにもかかわらず、私の耳にまで届いた。

 事務所を飛び出そうとする私を止め、小鳥は二人にすぐ戻るように伝えた。

 

「焦って動いちゃ駄目、今は二人を待つのが大事よ。私は今から社長に連絡するから、伊織ちゃんは決して外に出ないで。」

 

 社長は事故の裁判関連を一手に請け負っており、今日は弁護士事務所に赴いていた。

 

 それから15分ほどで二人は戻ってきた。ぶっ通しで走ってきて息を切らした二人を落ち着かせ、まずは話を聞くことにした。

 

「まこちんの家に行く途中で真美が電話かけたんだけどつながんなかったんよ、電源切られてるとかなんとかで」

 

「それで部屋に行ったんだけど、自分が呼んでも全然返事が無かったんだ。インターホン鳴らしてもドア叩いても駄目だった。それで合鍵で中に入ったんだ。」

 

 事故当時の真は何するかわからない状態だったので、本人の了解を得たうえで部屋の合鍵を作り、事務所に置いていた。

 

「そしたら真ちゃんがいなくなってたのね?」

 

「うん、その後真美達で部屋ん中も見たんだけど、綺麗に片付けられてて、でも服とかが全部無くなってた、まこちんが地方ロケとかで持ってたスーツケースも」

 

「あとこれ、テーブルの上にあったぞ」

 

 そう言って響が取り出したのは一枚の紙、これから二ヶ月にも渡り私達を悩ませることになる、真の置手紙だった。

 

 

〈探さないでください、雪歩を助けてきます。〉

 

 恐ろしいほどに簡潔で、まったく意味の分からない手紙だった。

 探さないでください、というドラマでしか見たことのない家出人の定型文。これだけでも問題だというのに、後ろにあった文字の羅列は、この手紙を果てしなく謎めいたものにしていた。

 

「わかったわ、確認だけど二人とも、このこと誰かに話した?」

 

「ううん、真美もひびきんもピヨちゃんに電話した後は走って帰ってきたから、そんな暇なかったよ。」

 

「よかった、いい?三人とも、このことはご家族含めて誰にも言っちゃ駄目よ、プロデューサーさんと律子さんには私から連絡するけど、他の娘たちには事務所にみんな集めた上で説明するわ。その時には真美ちゃん響ちゃん、二人にも説明してもらうことになると思う。」

 

「だけど小鳥!」

 

「絶対に駄目!これは事務所の責任問題だけど、それだけの話じゃないわ、有名アイドルが失踪なんて、ファンの皆様が知ったらどんな混乱が起きるかわからないのよ。だからまずは事務所内で意思統一するの、辛いのはわかるけど、今は我慢して。」

 

「……わかった、この後はどうすればいい?」

 

「そうね…スケジュールでは明日の早朝ならみんな空いてるから、そこで話すことになると思うわ。いつもより早くなるから、親御さんには私やプロデューサーさんから言うか、本人に言ってもらうか…」

 

「私から言うわ、嘘つくことになるでしょ?なら娘本人からの方が後で言い訳がきくもの。」

 

「…ごめんね迷惑かけて、真美ちゃんはどうする?」

 

「真美から言うよ、でも亜美はどうすんの?亜美に隠し事する自信、真美にはないよ…」

 

「そうね、変にこじれてもまずいから、亜美ちゃんにだけは話していいわ。でも親御さんには絶対に言わないよう亜美ちゃんに言ってくれる?」

 

「わかった」

 

「ありがとう……よしっ!明日は早いわ、今日はみんな早めに帰りなさい。あぁ、言い忘れてたけど千早ちゃんと美希ちゃん、明日の朝に日本に着くそうよ、あの二人のことだし真っ直ぐ事務所に来るだろうから、二人も一緒に話を聞くことになるわね。」

 

 そう言って話を切り上げた小鳥は、社長に電話するといって席を外した。

 

「ぴよ子はああ言ってたけど、どうすんのさ」

 

「従うしかないでしょう、小鳥の言ってることは正しいわ。雪歩の時と違って今回はスキャンダルよ、私達への影響も計り知れないわ。」

 

「そんなこと言ってる場合じゃ…」

 

「無闇やたらに吹聴したって解決しないわよ、マスコミに知れてみなさい、今度は真が見つかるまで永遠に追いかけ回されることになるわ、あんたそれに耐えられる?」

 

「それは…無理かもしんないけど」

 

「まあまあひびきん、今はタイキだよ、タイキ

 ピヨちゃん頑張ってるから、今は任せようよ。それよりさいおりん、まこちんのこの手紙、どう思う?」

 

 テーブルに置かれた真の手紙を改めて読む。

 やはりわからない、まず失踪する意味がわからない。事故直後ならともかく、最近の真は元気そのものだった。あいつは感情がそのまま顔に出るタイプだ、雪歩のことで悩んでいたとしても、皆が真を気遣っているのだ、誰かが必ず気づく。

 100歩譲って真が感情を押し殺していたとしても、雪歩を置いて家出するなど普通はありえない。家出に見せかけた誘拐も考えたが、それだと手紙の文の説明がつかない。

 

 〈雪歩を助けてきます〉

 

 この一文が、真失踪の謎をより深めている。

 わかりきったことだ。プロデューサーも言っていただろう? 植物状態からの回復なんて滅多にないってことを。誰も口に出さないが、雪歩の行き着く先は見えてしまっている。

 

 それを否定できるのなら、雪歩を目覚めさせる魔法みたいな方法があるのなら、みんな金だろうがなんだろうが喜んで差し出すだろう。

 だが、実際そんなものはない。専門家が知らないものを私達が知るわけがないし、それは真も例外ではない。だというのに、真はまるでその方法を知ってるかのような手紙を残した。

 億が一それが事実だとして、それを誰にも言わずに消える理由は一体なんなのだ。何故真はいなくなったのだ。

 何を考えても、結局そこに戻ってくる。

 

 わからない―――近くにいた筈なのに、(あいつ)の考えがまったくわからない、理解できない。

 

 

 

 次の日、早朝に皆を事務所に集め、社長自らが真失踪の事実を説明した。

 

 あの凍りついた空気は、今でも時々思い出す。

 誰も一言も発しない中、社長は淡々と説明を続け、真美と響も昨日の出来事を皆に話した。

 

 その日から今に至るまで、状況は悪化の一途を辿っている。

 

 混乱の中でなんとか場を治めた社長は、この件は無論対外秘、ただし警察には極秘に捜査をお願いする旨を皆に通達した。

 問題は仕事の方だった。雪歩のときは世間も業界も765プロに同情的で、私達の休業もむしろ当然、みたいな雰囲気があった。

 

 だが今回の事実は、マスコミはおろか現場スタッフにも伝えない、完全な秘密。理由なくアイドルが活動休止となれば、マスコミに嗅ぎ付けられるのは時間の問題だ。

 それでもプロデューサーは、強硬に休業させるべきだと言った。それが無理なら、先んずは海外帰りの美希と千早に予定通り休暇を取らせ、その後は色々理由をつけて順番に休ませると。

 とにかく皆どこかで休まないと、体も心ももたないというのが彼の考えだった。

 

 その後も色々と話し合ったが、結局社長とプロデューサーの案でいくことが決まった。

 その日も海外組を除く全員に仕事があった。私達に、立ち止まることは許されなかった。

 

 予定通り皆の仕事は続けられたが、仕事先では真の様子を結構聞かれるのだ。それに一々答えることで、皆少しずつ疲弊していった。

 

 何より、765プロ全体の空気が変わった。

 その日から、互いに連絡を取り合う事が異様に増えた。真のことから、朝の挨拶とかおやすみの挨拶とか、日常的な会話まで

 

 なるべく顔を合わせるようになった。やよいあたりの年少組にはその傾向が顕著に現れた。

 

 表面上、事故や失踪をきっかけに改めて絆を深めようという行為に見える。

 それも事実だろうが、真実は違う。

 

 これは監視だ。

 誰もが恐れている。また仲間がいなくなるのではないかと。気を抜けば、仲間との繋がりが絶たれるかもしれないと。

 連絡がつけば、目の前に入れば、いなくなってしまうことはない。

 

 独り暮らしのあずさ、千早、響、住所のわからない貴音は特に気にかけられた。警戒されたというべきか

 三人が他のアイドルの家に泊まる機会が増えた。貴音は響の家によく泊まるようになった。あずさは逆に泊める側だった。

 一度春香が千早を家に誘うのを見たが、朗らかに話す春香の目は、一切笑っていなかった。

 

 

「ねぇ雪歩…あんたならわかるでしょ?真の居場所、いつも一緒にいたじゃないの…。」

 

 うさちゃん(シャルル)を抱いたまま、雪歩のベッドに倒れこむ。布団越しにも伝わる雪歩の体温は、この暗い感情を、少しは和らげてくれる気がした。

 

「真…どこいったのよ。私達も雪歩もみんな置いてって何しようってのよ。あんたが帰ってこないと、もうどうにもなんないのよ。」

 

 弱気な言葉は止まってくれない。

 わかっている、私だって皆と同じだ。

 心のヒビは、私自身を蝕んでいる。

 

 こんな生活が二ヶ月だ。仲間に対する異常なまでの気遣いは、疑心暗鬼となんら変わらない。プロとして仕事では常に平静を装い、逆に事務所では皆無言という最悪の状態。

 崩壊はそう遠くない。他人どころか仲間にすら発散できない負の感情、溜め込んだモノはいずれどこかで、最悪の形で目を醒ます。

 それが私達765プロの最期の時だ。誰が始まりだろうと変わらない。それは連鎖的に暴発し、一人残らず焼き払う。

 

 

 その先の結末は、もう誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか………それが、お前の覚悟か。」

 

「うん、ボクは聖杯戦争に参加する」

 

 殆ど入ったことの無い、父の書斎。彼はこの一時間あまり、ずっとここにいたようだった。

 

「ああ、お前の覚悟はよくわかったよ。それがどれほど固い決意かってこともな。

 それでも敢えて聞くぞ。真、それでいいのか」

 

 彼の表情は、とても賛成してくれるというものでは無かった。それは父親として当然だろう、娘から人殺しになると言われて、賛成する親なんている筈がない。

 

 そう、彼は今魔術師としてではなく、父親として僕に聞いている。そもそも父が僕に魔術師として接したことなど、一度として無いんだと思う。

 

「―――うん、もう決めたことだから。

 それでボクがどうなっても、受け止める覚悟は出来てる。」

 

 僕は父の目を見て、はっきりと答えた。

 あれを隅々まで読んで、それでも僕の決意は変わらないと、嘘偽りなく伝えるために。

 

 15年も親子をやってきたのだ。言葉だって、そう多く語る必要はない。僕が何を受け止める気なのか、父は何もかもわかっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――違うな」

 

「――――――え?」

 

 全てわかった上で、父は僕の決心を否定した。

 

「違うと言ったんだ、真

 お前は、まだ揺れてるよ。」

 

 それは時々見せる、あまり感情の見えない顔。

 その眼を見たときはいつも、全て見透かされているような気分になる。

 

「何が、揺れてるって言うの」

 

 無論、僕はその眼が嫌いだ。

 だから返す言葉も、自然と険悪なものになる

 

 

「やっぱりな――――お前、気づいてないだろ?自分の行動がおかしいってことに」

 

「―――――――」

 

 言ってることの意味がわからない。自分の何がおかしいのか、振り返ってもわからない。

 なのに、僕の心臓はばくばくと鳴り出した。

 

「俺は言ったよな。詳細は全て書いてある、隅々まで読んでお前がどうしたいかを決めろって。

 だがどうするか決めた後、俺に報告しろなんて一言も言ってない。」

 

「魔術刻印を受け継いだ以上、お前はもう一人前だ。基本的な事は全て教えたし、あの部屋の入り方もわかってる筈だ。その気があれば、準備なんてお前だけで出来るんだよ。

 なら、どうしてお前はここに来たんだ?」

 

「――――っ―――!」

 

 

 確かに部屋を出た僕の足は、自然と父を探していた。まるで、彼に何かを求めるかのように

 

 何を―――?僕は彼に何を求めていたんだ?

 

 

「それは真自身、まだ割り切れてないからじゃないのか?お前、()()を読んだんだろ?

 断言してもいい。あの記事を読んで尚決意が揺るがないほど、お前は非情にはなれないよ」

 

 

 あぁ―――本当に、いい父親だ。

 

 

 僕自身がわかってなかった事を、父親として全て見抜いている。見抜いた上で、そこを的確に突いてくるんだ。

 

 固く閉ざした筈の心が、いとも簡単に開けられてしまった。無理矢理こじ開ける必要はない。彼は僕の心にある鍵穴も、差し込むべき鍵も、全部知ってるんだから。

 

「――――――」

 

 己の愚かしさに歯軋りする

 家族とはいえ他人に言われるまで、自分の心に気づく事すらできないなんて。聖杯戦争に出るのなら、それは避けて通れない現実だというのに

 

 

 ――――手帳にあった新聞記事は、十年前に起きた大火災についてのものだった。

 

 ――――冬木市大火災、それは当時7歳だった僕でも知っている、あまりにも有名な事件だった。

 

 記事が挟まれていたページには、そこだけ父の字で「死者500人以上」と書かれていた。それを見れば、その死者が聖杯戦争によってもたらされた被害であることは、明らかすぎるほどだった。

 

 マスターの死者ではない。何も知らない、全く関係のない人達が、500人以上も亡くなったのだ。

 

 聖杯戦争に参加するとは、これほどの死者すらも許容する事なのだと。そう父は言ってるのだ。

 

 

 

 そんなこと―――できる筈がない

 

 

 

 その人達は、僕や魔術師なんかとは違うんだ。僕の大切な人達と同じ、何の罪も無い一般人だ。

 ただそこに居ただけで理不尽に死ぬなんて、そんなこと許される訳がない。ましてや僕がその加害者になるなんて―――そこまで受け止められるほど、僕は僕自身を捨てきれてなかったのだ。

 

 ―――なんて無様

 自分の全てを捧げるなんて言っておきながら、まだ己の在り方に縋りつこうとするなんて。

 

 そうやって自分を卑下しても、受け入れられない心は変わらなかった。僕は名前すら知らない犠牲者に、自然と大切な仲間達の顔を当て嵌めてしまっていた。

 

「――――っ―――ぁ」

 

 吐き気と共に、喉からは嗚咽が漏れていた。悲しいのか悔しいのかもわからないまま、溢れる泪を堪えることができなかった。

 

「じゃあ…じゃあボクはどうすればいいんだよ…これ以外雪歩を助ける方法なんて……そんなの無いって、父さんだってわかってるだろ……!」

 

 

 

「お願い……ボクを止めないでよ…もう時間が、時間が無いんだよ……!」

 

 泣いてるのか怒ってるのか、もう全然わからなくなっていた。頭がぐらぐらして、体ががたがたと震えて、とても立っていられない。

 彼は父親として、娘に当然の事を言っている。それがわかっていて、だけどどうしようもないから、僕は泣き(わめ)くことしか出来ないでいる。

 

 そんな自分がどうしようもなく疎ましくて、僕はその場に崩れ落ちた。

 

 

「―――ぁ―――っ―――」

 

 ――――突然、体が(あつ)くなった

 

 

 溢れ出す感情(なかみ)と一緒に、何か別のものが漏れだそうとしている。どろどろで、だけど爛れてしまうほどに熱い、まるでマグマのような何か。

 

 

「―――ぁ――――ァ――」

 

 

 ―――それが制御できない

 

 ―――昂揚した感情が、何かよくないものに変わっていく

 

 ―――剥き出しの刃みたいに

 

 ―――人を傷つけるものになって

 

 ―――自分を否定する奴は切り捨てればいいと

 

 目の前の景色が紅くなって、そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――勘違いするな

 別にお前を止めようってんじゃない。」

 

 ―――父の声が、僕の理性を取り戻した。

 

 思わず顔を上げると、しゃがんだ父の顔が目の前にあった。彼の少しだけ赤みがかった瞳が、僕を真っ直ぐに見つめている。

 

「―――――ぇ――?」

 

「だから、俺は反対してる訳じゃないんだ。」

 

 父は念押しするように言った。

 

「そんな事したって何の意味もない。お前の心はとっくに決まってるんだからな。俺が意地はってたら、それこそお前に背負わせる事になる。」

 

「だがそんな状態じゃ行かせられない。答えを出せとは言わんが、蓋をして考えないようにするのは駄目だ。いざってときに足を引っ張られる」

 

 興奮が急速に治まっていく。熱に浮かされた頭は体と共に冷やされ、それで父の言葉を受け入れられるようになった。

 

「だから、落ち着いてもう一回考えろ。逸る気持ちはわかるが、惑わされるな。」

 

 そう言われて、ようやく落ち着こうと思えた。心臓は未だに激しく振動しているが、それでもぐちゃぐちゃの思考を鎮めようと努力した。

 

 そして心臓に手を当てて聞いた。お前はどうしたいのかと、何が望みだと。

 

 

 数分間、冷静に頭を回して考える。あらゆる危惧を踏まえた上で、それでも自分の願いは変わらないのかどうか。

 

 ――――答えは、とっくに決まっていた

 

 父に何を言われたって、どんなに心が掻き回されたって、それは小揺るぎもしなかった。その切実な想いは、今の僕を支える土台なのだから。

 

「ボクは―――――」

 

 だから僕は立ち上がり、自分の想いを真っ直ぐに告げた。

 

「ボクは、雪歩を救いたい、失いたくない。それが、たった一つの願いだ。

 ―――だから父さん、ボクを手伝って。」

 

 それと一緒に、とても身勝手なお願いをした。

 

 父は「わかった」とは言わなかった。だが僕には理解できた。父の少しだけ笑った顔が、全てを物語っている。

 

 

 

「そうだな……こう考えてみたらどうだ。

 聖杯戦争は真が参加しようがしまいが、どうせ始まるんだ。その時はお前の代わりに別の奴がマスターになるわけだが、そいつはお前と違って真っ当な魔術師だろうさ。

 どうだ?巻き込まれる一般人からしてみれば、お前の方がましだとは思わないか?」

 

 それは、手伝ってくれと言った僕への、最初の助言ということらしい。

 

「―――でも父さん、それは」

 

「ああ、こんなのは言い訳だ。それでも慰めくらいにはなるだろ?今はそれでいいんだ。

 その先を決められるのは、お前だけだ。」

 

「できることは多くないかもしれんが、まだ教えていないこともある。俺は親としてお前の望みを叶えてやりたいと思ってるが、同じくらいお前に死んで欲しくない。だから手伝う

 ―――それでいいな?」

 

 心が晴れたとは言わない。僕の願いは確かなものでも、未だに受け入れていないこともある。

 

 それでも、たった一人でやるかもしれなかった戦いに、心強い味方ができた。

 

 今は、それだけで十分なのかもしれない。

 

 

 

 

「うん……ありがとう父さん。

 これから、よろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第二話「残された者たち」

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。