―――召喚陣よし
―――時間よし
―――生け贄よし
―――体調、魔力状態、波長……全て良好
ただ一つ問題があるとすれば――――
「―――寒いなぁ、もう」
ここが真冬の屋外、それも深夜だってことだ。
2004年 1月2日 23:55
「はぁ―――――――」
吐息が、白い
年始の寒風が木々の葉をバサバサと揺らし、体温を容赦なく低下させてくる。こちらもできるだけの厚着はしたのだが、顔までは庇いきれない。
「――――っくし」
僕は今、森の中にいる。
それも家周りのじゃなくて、冬木市郊外の森。地元の熱海市から、直線距離にして約800キロ。新幹線と電車を乗り継いで、だいたい6~7時間。
ある意味全国的に有名だけど、仕事とかで行ったことはない西日本の地方都市。それが冬木だ
なんでそんなとこにいるかって?
決まっている、ここで英霊を召喚するためだ。
聖杯戦争は7人のマスターと7騎のサーヴァントが揃って、初めて「正式」に開始となる。
この揃うというのは、7人のマスターが全員サーヴァントを召喚したらという意味で、それをやってない僕はマスターではないのだ。今のところ
言葉の意味を考えれば当然のことで、
伊織に言わせれば下僕だろうか
―――それはともかく、僕はいずれサーヴァントを召喚しに行かなきゃならないのだが、そいつはここ冬木市でしか叶わないらしい。
「なんで
「そりゃお前、ここじゃ大聖杯に繋がっていないからだろ。」
父(というか例の手帳)が言うには、英霊は僕達マスターによって召喚されるのではなく、厳密には大聖杯がそれを行うとされている。
そりゃそうだ、英霊なんて存在をただの魔術師が喚び出せるわけないのだから。
英霊の召喚には膨大な魔力と、それ相応の作法が必要となる。大聖杯は必要な魔力を何十年もかけて溜め込んで、
聖杯戦争は、まさにその必要な魔力が溜まりきったことにより開催される。だからその時に限っては英霊召喚なんて
僕達の行う儀式は、
だが、いくら蛇口をひねっても、それが水道管に繋がってなければ水は出ないのが道理だ。召喚儀式は冬木の霊脈という水道管に、まずマスターが接続しなければ始まらない。だから冬木市以外では英霊を喚び出すことができないのだ。
大聖杯は魔力が溜まると、聖杯戦争の開催を宣言する。その宣言というのが、マスターの選定と選ばれたマスターへの令呪の配布というわけだ。つまり令呪の発現した僕は、冬木市にさえ行けばもう召喚ができてしまう。
じゃあさっさと行ってしまえってなるが、事はそう簡単には行かない。理由は後述する。
さて、サーヴァントには7つの
765プロの仲間達のように、7つのクラスそれぞれに個性があり、得意不得意があり、戦えば当然のように優劣がつく。過去の聖杯戦争では
このクラスだが、厄介なことに重複できない。一度の聖杯戦争で、例えばセイバーのクラスが二つ以上召喚されることは無いため、人気のあるクラスは自然と取り合いになるのだ。
で、
触媒とは、
実際、我が家の地下にもそれっぽいのが結構あったのだが、生憎どれが誰のものか全くわからなかった。
それでも無いよりはましで、そこから選ぶこともできたのだが、誰のかわからないなら別に無くても変わらんだろうというのが、僕達親子の一致した見解だった。
結局、僕の運勢に賭けることになった。
英霊召喚のやり方は単純だ。召喚の陣を描き、召喚詠唱を唱えるだけでいい。簡単なものだ
といっても陣はペンやチョークで描けばいいというものでもなく、生贄が必要とのことだった。
魔術師の血液には魔力がよく溶けて、生贄としては最適だ。僕は自分のを毎日ちょっとずつ採取し、それを父が魔術で保存してくれた。
地面には既に、その血液で召喚陣が描かれている。消去の中に退去、退去の陣を4つ刻み、召喚の陣で囲んだものらしいが、どういう意味かは父も知らない。
ちなみにこんな夜中に召喚することになったのは、父によれば僕の魔力の波長が一番よくなるのが午前零時だから。まず魔力の波長とは何ぞやという話だし、それが真夜中というのもまた謎だ。僕は夜型とでもいいたいのだろうか。
ここに来るまで一ヶ月もかかってしまったが、何はともあれ、準備は全て整った。あとは自分の運を信じるだけだ。
――――――――――――――――――――――
2003年 12月1日
準備と鍛練は、その日の夜から。
最初の作業は、魔術回路を起こすことだった。
「それができなきゃ話にならんからな。イメージは覚えてるか?」
「えっと、たしか………」
魔術回路の起動イメージは人によってそれぞれだが、一度起こせば後は自由にオンオフできるのは共通している。だから本当は必要ないのだが、久しぶりなので慎重になる。
僕はある
「――――――――」
家を出てから3年、その間魔術は一度たりとも使わなかった。10年の研鑽は体が覚えていても、使わなければ鈍ってしまうものだ。昔みたいにスムーズにはいかない。
「―――――っ―――」
やっぱり、少し痛い
僕の起動イメージは〈爪の間に針を刺す〉というもの。初めての時は実際に指にぶっ刺して、父に本気で叱られた。
「―――――、―――――」
魔術回路とは、生命力という燃料を魔力という電気に変換する炉心であり、それを外界に発信するパイプラインでもある。これが無ければ魔術を使うことは決して叶わない。
全身に何十本と張り巡らされた回路は、まさにもう一つの神経系、魔術師にとっての生命線だ。その本数は生まれたときから決まっていて、魔術師としての才能とも言い換えられる。
「―――――――――」
僕のは全部で35本。それを1本1本、赤子を起こすようにゆっくりと開いてゆく。同時にそれらを燃料たる生命力に順次接続していく。
全てが繋がったところで、バチンとスイッチを入れる。そうして魔術回路は活性化し、発電所のように魔力を生成し始めた。
「ん、いいんじゃないか」
それを見た父は、満足そうに頷いていた。
それから、今後の予定を話し合った。
「俺がこれから教えるのは、真みたいなのが人混みに紛れる方法だ。」
「人混みに、紛れる?」
「そりゃそうだろ、お前は目立つんだから。普段どういう変装してるか知らないが、選択肢は多い方がいいだろ? ずっと引き篭るってなら話は別だけどな。」
一理ある。と、僕はファンに変装がばれたほろ苦い経験を思い出していた。
「でも紛れるってどうやって? 透明人間にでもなるの?」
そんなわけ無いだろと父は言った。
紛れるというのは、決して透明になることではなく「存在感を落とす」というイメージらしい。
僕という人間の個性をできる限り落とし、人々の認識から弾き出す強制暗示。社会に紛れ込んだ普通の魔術師には必要ないが、有名人の僕には必須のスキルとなる。
「習うより慣れろってな、早速今夜から鍛練だ。
ちゃんとやれよ? できるようになるまで、人前なんて恐くて歩けないからな。」
こんな感じで、準備は進んでいった。
最初の一ヶ月は、ただ鍛練のみに費やした。
前述の認識阻害のみならず、マスターとして戦うための鍛練。昔覚えた『強化』の魔術に僕の習ってきた空手技を合わせるというもの。
とても魔術師相手に通用するとは思えなかったが、父は―――――
「いいんだよ、それで。小難しいのなんて今からやっても意味無いだろ? お前が今すべきなのは、身体強化を完全にものにすることだ。
それこそ無意識下で出来るくらいにな」
悔しいが、父の言うとおりだ。魔術師としての
というか魔術で戦闘とか何やるんだよ。杖からビームでも出すのか。
「父さんは、誰かと戦ったことあるの?」
「ああ、だいぶ昔にな」
その先を、父は語らなかった
一ヶ月は、あっという間だった。
別に待ちわびていた訳じゃない。
当然だ、こうしてる内にも、雪歩の死は確実に近づいて来てるんだから。
それでも、悲しんだりしてる暇は無い。一ヶ月過ぎたという冷たい事実だけを頭に刻みつけて、僕は修練に没頭した。それが最善だと思えば、どんなことにも耐えられた。
焦りが無かった訳ではない。雪歩の余命は長くてあと五ヶ月、1秒だって無駄にできない。
かといって、聖杯戦争は僕が望めば始まるというものではないし、冬木に行くには全てが準備不足なのは明らかだった。
方法があるだけありがたく思って、割り切るしかなかった。
置いてきた仲間達のことも心配だった。
僕が急にいなくなったせいで、皆混乱してるに違いない。僕のことなんて忘れて欲しいが、彼女達にそれができないのはわかりきっている。
父に、余計なことは考えるなと言われた。
そんなのは言われるまでもない。僕だって、彼女達の情報を仕入れないよう努力した。けど、テレビに出てた春香を見てしまい、無理してるんだってわかってしまった。
一番辛かったのは、社長達が家に来たことだ。
僕が765プロを去ってから二日、来たのは社長とプロデューサー、それと何故か律子。父が前日に連絡を受けて、事前に対応を決めていた。
演技だとわかっていても、父に怒鳴られる三人を見るのは凄く辛かった。
「いい人達だな」
遠ざかる彼等を見て、父がポツリと言った。
「三人とも、お前のことを本気で心配してくれてる。秋月さんだったか…あの娘とか責任とる立場じゃ無いだろうに。」
父は確か、律子とは初対面だった筈だ。
「律子―――秋月律子って名前だよ。世話焼きで頭が良くて、凄く頼りになる人。」
怒ったわけでも、勿論父へ当てつけたわけでもない。ただ自然と、彼等への言葉が湧いてきた。
「プロデューサーはいつも真剣に向き合ってくれたし、僕を輝かせようって頑張ってくれた。
社長は普段何してるかわからなかったけど、雪歩のことでずっと苦労してたみたい。」
「そうか……それは、悪いことしたな」
父はばつが悪そうに、一瞬だけ苦い笑みを浮かべた。だが次の瞬間それは消え失せ、いつもの厳格な顔が僕を見据えていた。
「だがお前は気に病むな。そんな暇があったら、目的を果たす努力をしろ。」
そして僕の心を見透かしたように、父は釘を刺した。
「―――わかってる……わかってるさ」
僕は自分に言い聞かせるように、そう繰り返すしかなかった。
そうして一ヶ月、取り憑かれたように修練した結果、ようやく外を歩けるようになった。勿論、誰にも僕だと気づかれないままに
そこでようやく、冬木に行くことを許された。
――――――――――――――――――――――
2004年 1月3日 00:00
「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公」
血染めの召喚陣を前に、召喚の詠唱を始める
同時に血赤の円陣がボウと光る。蒼く、
「降り立つ風には壁を、四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
詠唱が進むにつれ、蒼白い光はその輝きを増していき、魔力を吸いとっていく。
やがて輝きは更に増し、吹き荒れる風は草木とともに、僕の髪を舞い上げる。
「―――告げる、
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に
聖杯の寄るべに従い、我が意、我が理に従うならば応えよ」
―――召喚詠唱、それがこの世と繋ぐものは、あの世ですらない何か。実話、想像、伝説、偉業――――「そこ」にいるのは、あらゆる信仰の享受者、人類の歴史の光点、転換点、特異点―――そして到達点
その名を「英霊の座」
「誓いを此処に
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者」
詠唱によって築かれる、空間を越えた一本道。
それは聖杯を通じ、一人の戦士を呼び寄せる―――
「汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
瞬間、輝きは最高潮に達し、森は閃光に支配される。遮蔽物など容易く貫き、きっと外にも届いたろう。
「―――――」
そうして、光は唐突に消えた。開幕の儀式、その終焉を告げるように
そして僕は見た
召喚陣の中心、立ち込める蒸気をその身に抱いて、彼は悠然と立っていた。
初めて見たとき、彼を同じ人間だとはとても思えなかった。神様の血が半分入っていたから、それは当然かもしれない。だがそれ以上に、今まで出会ったどんな人間とも違った。
何がとは説明できないし、する必要もない。言葉だ理屈だを通り越し、ただその圧倒的な存在を叩きつけるかのように、蒼い獣は立っていた。
それが全ての始まりだった
彼は仁王立ちのまま、誰かを探すように辺りを見回し、そして真正面に立つ僕を見つけた。
「――――――」
三秒ほどの静寂―――僕達は互いにその存在を確認し、魔性の赤眼が僕をじっと見つめ――――そして、契約の詞を口にした
「問おう、お前がオレのマスターか?」
――――――――――――――――――――――
2004年 1月3日 00:02
「ほう……また新たにサーヴァントが召喚されたか。今回は―――ランサーか」
冬木市に、「新都」と呼ばれる街がある。
その街外れ、背後に森を控えた僻地に、一つの教会があることは街の誰もが知っている。
その名を「冬木教会」
聖杯戦争に於いて監視、監督の役を負う聖堂教会が、その拠点として使用する場所。聖杯戦争の一般社会からの隠蔽と、サーヴァントを失ったマスターを保護する役目を担っている。
そこに派遣される監督役は、当然ただの神父などではない。
教会の神父、言峰綺礼は霊器盤を眺め、薄い笑みを浮かべた。
「バーサーカー、キャスターに続き、これで三人目のマスターが生まれたという訳だ。」
神父の独白は続く。同居人は何処かに言っている。彼の言葉を聞く者は、誰もいない。
「間桐は未だサーヴァントを召喚していない。尤もあの家にマスターに足る者など、そうは居ないだろうがな。」
「凛は……気にせずともよかろう、獲れるモノがあるのなら迷うことなく獲りにいく、あれはそういう女だ。
となれば、残る枠はあと三つ―――」
「我が目的の成就、よもや60年も待つ事は無いと思ったが、まさか10年とはな。やはり赤子か、よほど我慢が利かぬと見える。」
そう、男には目的があった。
10年前のあの日、男は世界と繋がり、そして感じたのだ。
この世全ての厄災を、絶対悪の胎動を
「さて、成り行きに任すもいいが、座していては時を見失うか―――とはいえこの立場では、下手に動くこともできん。」
己の役目はわかっている
どんなものであれ、生まれようとするものは祝福されなければならない。
それが、どれほど人に憎まれるものであっても
「手駒が要るな、できることならだが。」
そう呟き、神父は口を歪めた
――――――――――――――――――――――
1月3日 00:30
「―――ってことはあれか、お前さんは触媒無しでオレを喚び出したってのか。」
「まぁ、そういうことになるね」
召喚から一時間、僕は呼び出したサーヴァントと共に、夜の街を歩いていた。
――――別に変な意味ではない
年が明けて、夜もいつになく賑やかなこの季節だが、流石に一時過ぎともなれば別だ。街や住宅地に人は無く、見るからに怪しげな男と歩いていても、誰かに見咎められることはない。
彼―――〈ランサー〉とは、ここまで色々なことを話した。召喚直後に一悶着あったが、そんなことはどうでもいい
クー・フーリンという真名や、彼の出身地。マスターの眼だけではわからない、ランサーという英霊のパーソナルデータ。
出身は『アルスター』と言われても全然わからなかったが、話すうちにそこが今のアイルランドだと知った。ぶっちゃけクー・フーリンという名前も知らなかったが、父に聞けばわかるだろう。
今は、彼が明らかな戦闘系であることに満足すればよい。ステータスも(多分)悪くはない。
「ボクには触媒なんて用意できなかったからさ、完全な運試しだよ。駄目だったかな?」
「まさか、むしろ感謝してるんだぜ?
死んだ後に、こんな舞台があるとは夢にも思わなかったんでな。」
「……? よくわからないけど、それって聖杯戦争のこと?」
「おうよ、成り立ち云々は知らねえが、まだ見ぬ英雄と闘えるってならこれほど嬉しい事はねえ。故郷の連中が羨むってもんさ。」
そう言って、彼は少年のように笑った。
「――――――」
なんだろう、割りと初めてかもしれない。男性のこういう顔を見るのは。
僕の周りには、父か、社長やプロデューサーといった仕事関係の男性しかいなかった。高校は女子高だし、小中学生時代では、そもそもそんなこと考えもしない。
だから珍しかった。僕に兄弟でもいれば、こんな顔を見れたのかもしれない。
「どうした?オレの顔になんかついてるか?」
「………いや、なんでもないよ」
こんなこと、ランサーには言えない。そもそもここまで聞いたのは出自だけで、彼の人間性すら知らないんだ。初対面相手にもずかずか来るのはわかったが、僕自身がそれに対応できていない。
「なんだよ、煮えきらねえな。」
そう言われても、こっちだって召喚で疲れてるわけで、明るい対応を求められても困る。これから仲間か主従として戦うと言っても、前みたいに気高い目標があるわけでは無いのだ。
むしろ逆、それは目標ですらなく、僕にとって義務と言うべきもの。叶えるために、必ず手を汚さなければならない願い。
それを僕は、彼に話すことができていない。彼もまた、僕に聞こうとはしない。
「まぁいいか――――それでマスター、お前さんのことは何て呼べばいいんだ?」
「へ?」
突然の質問に、間抜けな声で応えてしまう。一瞬彼が何を言ってるのかわからなかったが、そういえば名乗っていなかったことに思い当たった。
「あぁ―――ごめん、自己紹介がまだだったね。
ボクは菊地真っていうんだ。マスターも菊地も違和感あるから、ボクの前では真でいいよ。」
なんか、初めて765プロで自己紹介した時を思い出した。あの時はもう少し元気に挨拶したような気がするが、話したことは大体同じだと思う。
「真か―――そうか、そりゃいい名前だ。」
「――――――」
一人納得する彼を見て、当時―――1年以上も前の光景が鮮明に浮かび上がってきた。
まだ人数が少なくて、取り敢えず春香とか律子がいて、雪歩や美希とかはいなかった気がする。亜美真美はまだ小学生で、どっちかは忘れたが「なんか男子みたいな名前だね→」というナチュラルな台詞が直撃したのを覚えている。
というか、あの時点ではまだプロデューサーもいなかったんだ。勿論仕事なんてほとんど無く、律子は方々飛び回りながら日々荒ぶっていた。
今にして思えば、そんな中でよくアイドルなんてやれたものだと、自分でも感心してしまう。
「―――――――」
そんな感傷に浸っていると――――
「―――なんだ、笑えるじゃねえか、真。」
突然、ランサーが話しかけてきた。
「え?」
顔を上げると、彼が覗き込んでるのが目に入って、またしても間抜けな声を出してしまった。
「お前、顔を合わせてから一度も笑ってなかったろ?なんせ師匠でもそんな堅物じゃなかったんでな、本当に女かよって思ってたのさ。
それがどうだい。何が面白いのかは知らんが、いい顔してるじゃねえか。」
「―――――――」
僕の手が、自然と頬に触れる。
そうか―――僕は、笑っていたのか。
「――――っ――――」
馬鹿な―――そんなことは許されない。
雪歩や皆が苦しんでいるのに、僕が笑うことなんてあってたまるか。現にこの一ヶ月は、笑顔なんてものに無縁でいられたじゃないか。
それなら何故、今僕は笑っていたんだ。なんで楽しかった記憶なんて思い出してたんだ。
彼だ―――ランサーがあんなこと言うから、僕の名前なんて聞くから、それだけで思い出してしまったんだ。直接ではないにしろ、彼の言葉がすっと心に入り込んで、昔の記憶を思い起こしてしまったんだ。
本当に馬鹿げている。ランサーへの対応法がわからないなんて思っていながら、いつの間にか惹き込まれていた。つまり、これが彼の人間性ということなんだ。
人懐っこくて、こちらにずかずかとやって来るわりには、それがまったく不快にならない。明らかな年上のくせに、壁が全然感じられない。
間違いない、彼と僕は馬が合う。成る程、適当なサーヴァントというのは、最も相性のいいサーヴァントということかもしれない。
それは僕に必要なことなのか、聖杯戦争を勝ち抜くために必要なのは、ランサーと上手くやっていけるということなのか。
わからない―――どうすればいいのか、どう考えればいいのかわからない
だからそれきり黙りこくってしまったし、そんな僕に対して、彼は何も言わなかった。
「そういやお前、どこに向かって歩いてんだ?」
十分後、彼は思い出したように聞いてきた。
「―――――――」
多分、ランサーは散歩でもしてるつもりだったのだろう。僕が何も話さないとわかると、周りをもの珍しそうに眺めていたから。それも飽きたから、取り敢えず声をかけてみたのかもしれない。つくづく奔放な人だ。
まぁ確かに、今まで言ってなかった僕も悪い。疲れてたなんて言い訳にはならない。それならさっさと寝床に帰ればよかったのだから。つまり、行き先は泊まってるホテルなんかではない。
冬木に来た目的は、サーヴァント召喚の他にもう一つある。それは、敵マスターの状況を知ることだ。父によればマスター同士令呪が引き合うらしいが、今のところ左手に反応は無いし、こういうのは別の人に聞いた方が多分早い。実際に教えてくれるかは別として
「……教会だよ。そこに、聖杯戦争の監督役がいるんだってさ。」
1月3日 01:00
――――疲れた、本当に疲れた
と言っても、まぁ悪いのは僕だ。間違っても見られてはいけないので、人里離れた郊外の森を召喚場所に選んだ、そこまではいい。召喚で魔力を大量に吐き出しても、それは必要経費以外の何物でもない。しょうがない
問題なのは、そこから教会は歩いて一時間の距離にあったことだ。地図も見なかった昼の自分をぶん殴ってしまいたい。
―――ていうか、ランサーが横にいるんだから彼に運んでもらえばよかったのだ。何が悲しくて一時間も徒歩で行軍しなきゃならないのか。男性に運ばれるのが恥ずかしいとか言ってられない。
何はともあれ、ようやく教会らしきところに辿り着いた。錆び付いた黒い門の先には、平坦な道と広場があり、奥には荘厳な建物があった。
「わぁ―――――」
長ったらしい坂道を登っただけあって、流石に教会の建物は豪華だった。我が家も似たようなものだが、恐らく築100年を優に越えてるだろう外観は、見る者を無条件に感動させる。それは高尚な歴史感か、もしくは二の足を踏ませる威圧感かに分けられるが、この教会は後者に当たるだろう。
以前撮影で入った教会には、そんなものは感じなかった。この教会が街と共に重ねてきた歴史というやつが、今の雰囲気を造り上げたのだろう。
「――――よし」
これから僕が会おうとする人は、恐らく一筋縄ではいかないに違いない。いくら中立の立場とはいえ、彼(彼女?)も魔術に関わる者だ。気合いを入れて、最大限警戒しなくてはならない。
「―――行くのか」
そんな僕の様子を見て、ランサーが確かめるように聞いてきた。
「うん、これまで何人のマスターが召喚したのか、ここの人なら知ってるかもしれないから。」
中立の立場にそれを聞こうなんていきなり矛盾してるが、人数だけ聞くなら問題ない―――筈だ
「そうか―――」
それを聞いたランサーは、少しだけ思案顔になった。そして――――
「なぁ、付いてってもいいか?」
と、おつかいでも頼むかのように聞いてきた。
「どうして?」
まさかランサーの側から言ってくるとは思わなかったので、つい聞き返してしまった。
「いや、お前の役目だってことはわかってるんだが……疲れたマスターはほっとけないんでな。」
彼はそう言ってくれたが、心の中では別の心配もあるようだった。ランサーほどの英雄が教会の雰囲気に当てられたわけでもあるまいに、何か気になることがあるんだろうか?
「そっか――――
―――うん、ありがと。じゃあ護衛お願いね」
ランサーの心配事は僕も気になるところだが、それとは別に彼の提案は受け入れる。正直、僕の方から頼みたかったくらいだ。
そうして教会までの道を、僕達は並んで歩き出した。道中で言葉を交わすことは無かったが、あの建物が醸し出す威圧感も、彼がいることで和らいだような気がした。
「―――――――」
早足で歩いたので、一分程で扉の前に着いた。行く先を
1月3日 01:20
「うーん、三人目かぁ」
令呪が発現して一ヶ月にしては、まぁ少ないと言わざるを得ない。過去のマスターには外国の魔術師も多かったらしいので、しょうがないと言えばしょうがないが、落胆したのは確かだ。
「――――ふぅ」
そう思っていながら、教会を出た僕は、なぜか安堵のため息を吐いていた。理由は、まぁわかりきっているのだが。
「まっ、覚悟はしてたけどね。」
最初から、普通の人間な訳がないとは思っていたが、教会の神父は予想以上になんとも言えない人物だった。コトミネキレイと名乗ったその人物は、確かに自分は監督役だと言い、僕がマスターだと一発で見抜いた。
見た目は30代くらいの男性で、ランサー以上に大柄な体躯をしていた。肩幅の広いカソックを見事に着こなしており、見るからに筋肉質な体格だった。何かの武道をやっているのは間違いない。
だがそれ以上に、男の存在感は異質だった。教会の
そして、隣に立つランサーの気配が神父を見た途端静電気みたいに張り詰めたことで、僕はこの男がやばい奴だと確信した。
そんな終始重い空気の中、それでも僕は目的を果たすべく、意を決して彼に話しかけた。
話してみると彼は以外に親切で、今僕が何番目のマスターかを教えてくれた。クラスは言えないが、既に二体のサーヴァントが召喚され、一人はここ冬木市に来ているとのことだった。
僕は自分の名前を言って顔もがっつり見せていたのだが、神父は知らないようだった。まぁこの人に「アイドルの菊地真か」なんて言われたら寒気を通り越して笑い出してしまいそうなので、別にいいのだけど。
僕と話してる時の言峰神父はなんだか楽しそうで、よく通る低い声が、酷く弾んで聞こえた。中立の監督役としては、どうにも知的好奇心が高すぎるような気もする。
最後に―――
「これから、どうするのかね?」
と、彼は聞いてきた
「―――相手が居ないなら、一度帰ろうかなって思ってます。」
少しだけ躊躇して、素直に答えた。横のランサーが険しい顔をしたが、気にしないことにする。
「そうか―――どうかね? 連絡先さえ寄越してくれれば、
「――――――!」
それは、中々魅力的な提案だった。多分彼の都合も入ってるのだろうが、こちらとしても開始時期がわかれば今日みたいにがっかりせずに済む。とは言え初対面の人間に連絡先を渡すなんて、流石にリスクが高い。ましてやこの人相手に
魔術師同士の取引は、基本的に等価交換。言峰神父が魔術師かどうかはさておいて、見返りとなるとこちらには渡せるものがない。
一方で、利用できるものはなんでも利用しろという意識も働いていて、僕は極力表情を変えずに考えていた。
しばらくの間―――時間にして1分くらい、様々なものを天秤にかけて悩んでいたが、結局彼への個人的感情が決め手となった。
「―――厚意はありがたいんですけど、やめておきます。ここに来る時期は、また自分達で決めたいですから。」
「成る程―――賢明だな」
僕の返答に、神父はつまらなそうに呟いた。
それを聞いて、ここでの会話は終わりだと理解した。僕は一礼して、神父に背を向ける。
そのまま立ち去ろうとして、扉に手をかけたとき、彼の声が背中に響いた。
「〈御三家〉というのを、知っているかね?」
「―――――え?」
思わず立ち止まる。神父の発した言葉は、知らない単語では無かったからだ。
「―――知っているようだな。なら話は早い
御三家とは、冬木の聖杯戦争において、過去四回全てに参加している連中だが、今回も例外無く全員参加すると思われる。令呪は彼等に優先して配布されるものだからな。」
僕は振り向かずに、神父の言葉を背中で受け続ける。彼が何を言いたいのか、正直わからない。
「して、その内の一人が私の知り合いでね。詳しい関係はこの際捨て置くが、まぁ身内みたいな間柄だ。向こうがそう思ってるかは知らんがね。」
「それが―――どうしたんです」
いつの間にか、ランサーが僕の真後ろに立っていた。まるで、言峰神父の放つ威圧感から僕を守るかのように。
「なに、簡単な話だ。それはまだサーヴァントを召喚していない。未だに令呪すら発現していないが、まぁ問題ないだろう。
―――私の読みではな、それが儀式を行うのは
「―――――――」
話はそれだけだと告げるように、言峰神父はカツンカツンと礼拝堂の奥へ消えていった。
取り残された僕は、彼の愉しげな話の意味を考えるよりも前に、早くこの重苦しい場所から逃げたいとばかりに、扉を開けて出ていった。
―――で、今に至る
行きとは違って、話すことはあるのにどう切り出していいかわからず、僕のは全部独り言みたいになっていたのだが
「―――まぁ、なんだ。取り敢えず付いてってよかったと思うよ、オレは。」
と、ランサーは笑っていた
「同感、あそこに一人で行くのはちょっと……」
まずい―――という言葉は飲み込んだ。情報提供者に対して、流石に失礼だと思うから。彼自身に嫌な予感がしたのは事実だが、確証もないのに口にするべきではない。
「やっぱり、ランサーも思ってたんだ。あの神父さん、なんかおかしいって」
「おかしいっつーか、胡散臭い。油断すると酷い目に遭うんだよ、あの手のは。」
あの神父に対する不快感については、僕達の心境は一致している。会話の殆どが違和感まみれだったが、特に最後は酷い。こちらに有益な話をしながら、その知り合いとやらの情報をばらまくという行為は、互いに顔も知らない僕達が、いずれ敵同士になるとわかってやっている。
彼の目的がわからない。中立の立場にあるまじき行いだというのに、確かに得になる情報だったから、僕は何も言い返せなかった。
「はぁ……考えてもしょうがないか」
今日のところは、さっさと帰ろう。朝になったら、父に今日のことを話して、あとは一日中眠り倒してしまえばいい。
そして明日あたり冬木市を見て回って、その後実家に帰るとしよう。
「――――そらよっと」
「わっ!? ちょっと何すんのさ!?」
そんな事を考えてたら、いきなり体がひょいと持ち上げられた。じたばた暴れる暇もなく拘束され、真上にランサーの顔がある。
つまりはお姫様抱っこである。人生初の
「なにって、これから帰るんだろ? 宿がどこかは知らねえが、まさかこれ以上歩く気かよ。」
「いや…それはそうかもしれないけど……」
ランサーの言うことは正しいが、僕が言いたいのはそういうことじゃない。そういうことじゃないのだけど、驚きのあまり言葉が出ない。
人生においてこのシチュエーションを一度でも想像しなかったわけではないが、少なくともこの場面ではないし、こんなカツオ宜しく持ち上げられるのは想定してない。
というかランサーもこういうの恥ずかしくないのかと一瞬思ったが、彼の様子を見るにどう考えても慣れている。
巡る思考が体を凍りつかせ、抱き上げられたまま硬直していると、ランサーが僕に囁いた。
「―――あまり、遠くに行ってやるな。」
「―――――え?」
それが、あまりに不思議な台詞だったので、思わず彼を凝視した。
「真が聖杯に何を願うのかは知らん。だが、お前が自分以外の為に戦おうとしてるのはわかるさ。ただ純粋に、そいつのために」
「―――――――」
ランサーは僕から眼を離さない。僕は少しだけ睨むように、彼を見つめ返す。
「それが果たされるってなら、お前は何だってする気だろ? お前の許容できる以上のこともな。」
「許容できるって、何を?」
「お前だってわかってるだろ? オレは別に否定してるわけじゃねえ。」
―――ああ、当然だ
聖杯戦争に参加するとはどういうことか、頭の中ではわかっているつもりだ。さっき考えてたじゃないか、顔も知らない「敵同士」だって。
「魔術師と殺し合うことが、ボクの許容外だって言うの? そんなのは――――」
「ああ、ここにいる以上仕方ないさ。そんなのは会って一時間の奴に言われることでもねえ。
だがお前は、そうやって考える事も止めようとしてやがる。置き去りにしてるんだよ、お前も、お前が頭ん中で見てるやつも。」
まるで、父のようなことを言う
説教してるのではなく、僕のことを見透かした上で、僕の気づいてないことを掘り起こす。
そんなこと、やっても意味が無いと言うのに、僕の心は何故かズキンと傷んでしまう。
「わかるんだよ―――オレがそうだったからな。自分より大事なもんの為に、周りを誰もかも置いてった挙げ句、最期は無様にやられちまった。
その人生に後悔はねえが、無念はあるんだ。この二つはオレにとっちゃ別もんだが、お前の場合どっちも同じだろ?」
「―――――――」
僕は彼の背景を知らないから、言葉の意味はよく分からない。けど、それは頭の中にすっと入り込み、ガンガンと反響している。
彼にとっては、それで十分だったらしい。言うだけ言ったとばかりに、僕を大事そうに抱きかかえ、真冬の空に向けて跳躍した。
1月3日 01:30
「―――助けたい人がいるんだ。」
僕はそれを、祈るように言った。
視線は前を見据えたまま、ここにいない大切な笑顔を思い浮かべて、己の願いを口にする。
契約相手への義務なんかじゃない。ランサーになら、話してもいいって思えたからだ。
「ボクの大事な友達でさ。事故に遭って……昏睡状態になって……余命半年だって言われて、もう聖杯ぐらいじゃなきゃ治せないんだ。」
「―――――――」
ランサーは黙って聞いている。
「だから、彼女を助けるのがボクの願い。その為なら何でもするって、もう決めたんだよ。」
「ランサーの言いたいことはわかるよ。けどもう手遅れさ。ボクにも仲間がいたけど、みんな魔術を知らない一般人なんだ。
だから離れるしかなかった。この世界に戻ってきた以上、もうみんなのとこには帰れない。」
「ボクは、彼女を助けるだけの
それ以外に、どうやって勝ち残るんだよ。」
吐き捨てるように、嘘八百を並べ立てる。荒んだ心から出た、中身のない台詞。
そんな僕に対して彼は―――
「馬鹿が、そう簡単に行くかよ。」
と、呆れたように言った。
「オレはオレ自身を止められなかったが、お前にはそれができる筈だ。折角
「――――――」
最後は、殆ど独り言みたいに。
彼に強く抱かれた腕は痛かったが、なぜか包み込まれたかのように、暖かかった。
そこからまた一ヶ月、僕は父やランサーと一緒に過ごした。魔術の鍛練も当然続けられたが、それとは別に、彼の卓越した戦闘技術は僕の良き訓練相手となってくれた。この一ヶ月で、だいぶ動きがよくなったと思う。
奔放な彼は、外に出る度にご近所に絡んでいたのだが、大体気に入られるのだから恐ろしい。馬が合うという僕の予想は正しくて、彼とはいつの間にか旧来の友人のように接していた。
訓練以外に、余計な仕事を頼む程度には
あの日、ランサーに言われたことは、未だに胸の奥で燻っている。それでも彼と話すのは嫌いじゃなかったし、多分彼も僕を気に入っている。
深層はまだ鬱屈したままだが、以前のように焦りを見せることは無くなりつつある。
それが良い傾向だったのかは、本番が始まってみなければわからない。だが焦ったところで雪歩の為にならない事は、理解できるようになった。
そして、月末に近い1月28日
あの神父の思惑通りになってしまったが、僕達は再び冬木へ向かうことにした。今度はもう、全てが終わるまで戻ることはない。
僕は父と二言三言、ランサーは父としばらく二人だけで話してから、正午辺りに家を出た。
だが、直接冬木に向かうことはなく、東京方面へ寄っていくことにした。
――――――――――――――――――――――
2004年 1月28日 17:20
「――――あ、そうだ
ごめんランサー、もう一ヶ所寄ってくれる?」
「別にいいけどよ、電車の時間大丈夫か?」
「そんなに時間はかけないよ。少しくらい遅れても、君の脚ならへっちゃらさ」
そう言って場所を指示する。
目的地はある建物、二ヶ月前まで実家のように過ごした、あの場所だ。
「おまたせ、もういいよ」
ランサーは屋上で待っていた。事務所にはやはり何人かいたようなので手早く用事を済ませ、行きに降りた階段を慎重に昇り、屋上に戻った。
「随分早かったな、何してたんだ?」
「内緒」
ただの興味本位だったのか、ランサーはそれ以上聞かずに―――
「そうかい、じゃあ失礼して―――」
僕を背負い、ビルからビルを駆けていった。
と思ってたら、やっぱり彼は聞いてきた。
「お前の用事って、やっぱりあれか? この前真に頼まれて、オレが加工したやつか。」
「そうだよ。ボクがいない間に誕生日の人がいてさ、何か送りたかったんだ。ランサーって手先が器用だし、おまけに暇そうだったから。」
背中ごしに聞こえる声に、風に負けないよう大きめに返答する。
「まぁ、あれくらいは姫さん相手に嗜んでたが、つっても加工に槍を使ったことは一度も無かったぜ? いくら他のがないとは言え」
「仕方ないだろ? あんな石を削れるのなんて、君の槍ぐらいのもんなんだから。おかげでいいのができたよ。貴音さん、喜んでくれるかな」
「喜ぶよりも混乱するだろ、あれは。」
そうだろうなと、心の中で同意する。貴音さんのは手紙と一緒に置いてきたから、みんなは手紙の方に驚くんだろう。僕からの約二ヶ月ぶりにして、最後の便りになるんだから。
本当はみんなに、別れの品として一つ一つ送りたかったけど、そういう形式じみたのは嫌がられるかなと思って、手紙にまとめることにした。
「いいんだよ、他に方法がなかったんだから。」
「ったく―――まどろっこしいな、お前は」
そう呟くと、ランサーは速度を上げた。眼下を走る車の群れを桁違いのスピードで追い越しながら、駅に向かって爆進する。彼の背中もだいぶ定位置になったが、顔面をうつ風にはまだ慣れておらず、眼を開けていられない。
「そら、着いたぜ」
気づけば、駅近くの路地裏に降ろされていた。人目につかない場所で、僕が認識阻害の魔術を行使できるように配慮したらしい。
「流石に速いなぁ、まだ全然時間あるよ。」
直接冬木市には入れないが、一番近い大都市にはここから新幹線一本で行ける。あとはランサーに運んでもらえばいい。
取り敢えずの段取りを脳内で立てながら、慣れた手つきで自分に魔術をかけ、変装用の帽子も被る。魔術の聞かないカメラを誤魔化すためだ。
準備が整ったところで僕は壁に寄りかかり、気になっていたことを質問した。
「ねぇ、雪歩はどのくらい
顔を見ずとも、ランサーの眉がぴくりと動くのがわかった。
「―――――――」
「隠さないでいいよ。あの時君が雪歩を
その時、ランサーの背中が一瞬強張ったのも。この世界に戻ってきてから、そういう感覚が鋭敏になってきてるのがわかる。それでも僕にわかるのは、あと四ヶ月も保たないってことだけだ。
「君の判断は正確だから、言えばまたボクが焦りだすって思ってるんだろうけど、大丈夫。
雪歩が衰弱してるってことはわかってるけど、ボクは全部受け止められるから。」
ランサーに眼を向ける。回答を拒否するなら、令呪も辞さないとばかりに。
彼は少しだけため息を吐くと、僕を見据え、事実をなんの躊躇もなく告げた。
「駄目だな、あの嬢ちゃん。四ヶ月なんてとんでもねえ、来月中には死ぬ。」
「――――っ――」
―――現実は、予想以上に深刻だった。それを僕達以外が知るのは、いつになるのか。
「医者とやらにはわからねえかもな。体内の生命力が、あと少ししかないんだ。
むしろ、よく二ヶ月も生きてたな」
だとしても、僕のやる事は変わらない。
過去の例では、聖杯戦争が二週間を越えて続いたことはない。流石にこの時期なら、殆どのサーヴァントが召喚されているだろう。つまりどうあっても、2月の半ばには全てが終わる。
そこまで彼女が保つかどうかなんて、考えるまでもない。
「――――大丈夫、雪歩は強いから」
ランサーへの返答ではなく、自分自身に言い聞かせるように。それは間違っていない、彼女はこんなことで倒れるような人じゃないんだから。
だから、これ以上僕は揺れちゃいけない。魔術師相手に魔術師
―――覚悟を決めろ
彼女への決して揺らがない誓いを、その全身に染み渡らせて、僕は一つ深呼吸した。
ランサーに目配せして、暗い路地裏から一歩踏み出す。賑やかな人混みを通り過ぎ、一度たりとも振り返らず、僕達は街をあとにした。
第三話「赤枝の騎士」
適当な時系列まとめ
2003年11月初頭 事故
2003年12月1日 真失踪
2004年1月3日 ランサー召喚
2004年1月28日←今ココ