Fate×アイマス   作:PCN

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第五話投稿です















episode5 霧の中の道標

 

 

 

 

 

 ―――――見たこともない世界だった

 

 見渡す限りの夕焼けと

 

 緑と土の大地

 

 赤光(しゃっこう)を遮る無粋な建物も

 

 豊穣を汚す灰色のアスファルトも

 

 そこにはない

 

 果実を売る商人や、エールをあおる男たち

 

 祭りと見紛う人の活気も、この世界ではただの日常だ

 

 その中を、少年は(はし)っている

 

 

 

 その少年は、街の喧騒には目もくれず

 

 道を走り人だかりをすり抜け、目的の地へ一直線

 

 風を切り裂き蒼い髪をたなびかせ、駆ける姿は駿馬の如し

 

 ただ走るだけで溢れる闘気の渦

 

 半神の血が為す天賦の覇気

 

 誰もがその未来に希望(ひかり)を見出ださずにはいられない、(まご)うことなき英雄の種―――――――――

 

 

 

 

 

 やがて少年は、大きな屋敷の門前で足を止めた

 

 今夜はこの屋敷で国王を招いた宴会がある

 

 王の子である少年は招待客の一人だ

 

 屋敷の主には遅刻する旨を伝えてあるはずなのだが、生憎(あいにく)門は閉まっているようだ

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の主は番犬を飼っていた

 

 神霊の跋扈(ばっこ)する世界に相応しい

 

 幻想種にすら相当する巨大な獣

 

 閉門と同時に放たれた猛犬は、ただ一つの命令を与えられている

 

  「侵入者を殺せ」

 

 それが飼い主より与えられた番犬の役目

 

 門が閉まっている以上、ここに来る者は誰であろうが招かれざる訪問者だ

 

 ソレは今まさに命令を果たさんと

 

 少年の前に立ちはだかる――――――――

 

 

 

 

 

 

 屋敷の主は「刀鍛冶のクラン」と呼ばれ

 

 少年の名は「セタンタ」という―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 2004年 2月1日 6:00

 

 

 ピピピピ―――ピピピピ―――

 

 

「――――――ん……。」

 

 部屋に響きわたる目覚ましの音

 人を叩き起こすためだけに存在するそれは朝っぱらから元気よく鳴いていたが、住人の寝起きを確認したかのように、やがて静かになった。

 カーテンの隙間から射し込む冬陽は(ほの)かに暖かく、2月の始まりを祝ってるようにも思えた。

 

 備え付けのデジタル時計は朝の6時を示している。目覚ましでそう設定したのだから当たり前のことに思えるが、実を言うと目覚ましの時間に起きれたのは久々のことだ。

 

 最近、夢を見るのだ

 別に悪夢というものではないが、あまり見たい夢でもなかった。

 

 殆どが、僕と765プロの仲間達との思い出だ。過去の楽しかった思い出がビデオテープみたいに再生されていく夢。夢は普通現実とは違うものだから、これは厳密には違うものかもしれない。

 

 だがそんなことはどうでもいい。

 どちらにしろ、あまり見たい映像ではない。僕が思い出に浸ることなど許されないのだから。

 

 

 

 

 だが、今回の夢は違った

 こちらもまた、夢に値するのかは疑わしい

 僕の見た世界は夢と呼ぶには鮮やか(リアル)に過ぎて、踏みしめた大地も、頬を撫でた夕風も、鮮明に覚えている。

 しかし、あの景色は自分のものではない。この国のものでも、勿論この時代のものでもない。あんな世界を、僕は知らない。

 

 あれは記憶だ、夢ではあり得ない現実感が示す、僕ではない誰かが過去に見た世界―――

 僕はそれにお邪魔させてもらったのだ

 

 記憶の持ち主は多分――――――

 

 

 

「おはようさん、珍しくよく眠れたみたいだな」

 

 

 

 僕の感傷をぶった切ったのは、シングルルームの隠れた同居人にして、相棒のランサーである。

 

 最近、異性との同居(二人っきり)にも漸く慣れてきた頃だ。心の抵抗が無かったと言えば嘘になるが、ある意味諦めて色々割り切ってみれば意外と大丈夫で、一人暮らしに慣れきった自分がやらかしさえしなければ、日常生活についてはこれといった問題はなかった。

 同居人も、プレイボーイではあったらしいがド変態というわけでは無さそうで、3日もたてば暇な時に一緒にテレビを眺めるくらいには適応した。

 と言っても、モーニングコールまでお願いするのは色々と間違っている気がするので、朝は今後とも目覚まし頼りになるだろう。

 

 

「あー……おはよ」

 

 自分で言うのもなんだが、僕は他人と比べても相当に健康少女だったと思う。

 体を動かすことは好きだったので朝のランニングは欠かさなかったし、ダンスの練習も毎日こなしていた。

 一人暮らしを始めてからは食生活にも気を使って、なるべく自分で作るようにしていた。

 しかし、ここではそれも叶わない。格安ホテル故にキッチンなんて洒落た物は存在しないし、夜は魔術の鍛練に体力を吸い取られ、おまけにあの夢のせいで寝覚めもあまりよくなかった。

 

 今日の夢なら、なんとか見れる気がする。これが続いてくれるなら、いつか朝のランニングくらいできるようになるかもしれない、それはそれで別の問題があるのだが。

 

 

 朝の挨拶を終えたランサーは暇をもて余してるのか、テレビのニュースをつまらなそうに眺めている。僕も身支度を終えて朝食を食べ終わってしまえば、特にやることは無い。

 ここから先の時間、学生は学校に行き、授業を受けるのが当たり前だ。そんな時間帯に見るからに学生の年齢である僕が街をうろつけば、まぁそれなりに目立つ。

 結界を張れば問題ないのかもしれないが、世の中にはそういうのに耐性のある人が一定数いるらしく、そういう人に目をつけられて僕の正体がバレでもしたら、もう聖杯戦争どころではない。

 ただでさえ夕方夜の外出時は結構気を使っているのだ。買い出しとかはランサーにお願いしないと、余計な心労がかかってしまう。

 

 朝も朝で、人混みの少なさは、逆に僕の存在を際立たせるのに一役買っている。ランニング中に「あれ?あの人……」って見つかる風景は有名税みたいなもので慣れているが、それを冬木(ここ)でやられては非常に困る。

 どういう経緯で事務所に伝わるかわからないのだ。流石に社長あたりが調査するだろうし、美希あたりに知れたら独断専行しそうで恐い。大切な友人を巻き込んでは本末転倒だ。

 

 

「ここの近くでまたガス漏れ事故だってよ、最近こればっかだな」

 

「………。」

 

 普段なら軽く流してしまいそうな、なんの変哲もないニュース

 淡々と流される十数名という負傷者数も、以前なら気にも留めなかっただろう。

 しかし、それが聖杯戦争の余波であることを、他ならぬ参加者である僕は知っている。

 

「キャスターあたりか―――魔力を吸い取ってやがるな。マスターからの供給だけじゃ足りねぇってか」

 

 ガス漏れのニュースを最初に観た時のランサーの台詞だ。

 魔力の足りないマスターは、サーヴァントに一般人を襲わせ魔力を摂取する。「魂喰い」と呼ばれる行為で、足りないものは他所(よそ)から持ってくればいいという如何にも魔術師らしい考えから、聖杯戦争において時に横行した。

 今回のそれは規模が大きく、それでいて人口の多い新都を狙い撃ちにしており、ランサー曰く、効率技術ともに非常に高度であるらしい。

 多くの人間から少しずつ魔力を集め、この地の霊脈につないで自分の領域に集めており、事後処理部隊が対応できる程度には魔術の隠匿にも気を使っている。

 

「魔力の行き先はわかった?」

 

「夜中に調べたが、どうにも街の外に流れ出してるみてぇだな、隣町に山があってな、魔力はそこに流れてるみてえだ。」

 

「隣町か……深山町だっけ?霊脈の行き着く先なんて霊地に決まってるんだけど、流石にそこまでこの街に詳しくないしなぁ」

 

 ランサーにはここ最近の新都のガス漏れ事件の調査をお願いしていた。その結果から、彼はこの事件をキャスターの仕業と断定している。

 こんな早期にここまでの術式を施している点から、まずサーヴァントによるものであることは間違いないようで、これほど高度なモノはキャスター以外には作れないだろうというのが彼の見立てだった。

 そして、魔力集めの終着駅として冬木の重要霊地を確保していることもほぼ確定、今ごろはそこに工房を造ってマスター共々引きこもっているだろうというのがランサーの見立てだ。

 

「あとはそうだな……オレ自身の予想だが、キャスターの正体(なかみ)が少しずつ見えてきたぜ。」

 

「中身?っていうと性格みたいな?」

 

「まぁそんなとこだな

 (やっこ)さん技術は中々(たけ)えが、なんつーかな、詰めが甘い。」

 

「詰めが甘い?」

 

 これだけ街に被害を出しておいて詰めが甘いとは、どういうことなんだろうか?

 

「真には気分が(わり)い話かもしれんがな、オレの時代にもこうやって魔力を集めている奴らをたまに見たんだが、こういう場合全部()っちまうのがセオリーみたいなもんだった。」

 

「―――――――!」

 

 魔術師にとっての魔力は、一般人にとっての生命力そのものだ。消耗すれば体調を崩すし、カラになったときは言うまでもない。

 

「そんなことされたら――――」

 

「まぁ死ぬわな、普通なら。

 魔術師なんざどの時代でも変わらん。連中からすりゃ必要だからやったってだけの話で、今の負傷者が全員死人に変わろうがそんなのは気にも止めねえ。どうでもいいからな」

 

「―――――――」

 

 

 

 これが、魔術師の世界なのだ。他ならぬ彼にこうも具体的な話をされると、実感にも似た感情が押し寄せてくる。

 神秘は隠すもの、魔術師は潜む者、だが神秘の秘匿さえ為されるのなら、何をしても構わない。それが、魔術師の常識―――――――

 わかっていたことだ、どんなに覚悟を決めようとも、僕みたいな一般人が踏み入っていい世界では決して無い。

 この世界は、魔術師である親から子へのみ、知識としてではなく常識として刷り込まれる。そうやって同じ常識を共有する者のみが為す、どうしようもなく厳格で、とてつもなく閉鎖的な世界、それが魔術師という生き物だ。

 僕はそれを知識として持っているだけ、それを常識になんて決してできない。

 わかりきったことだ、僕は決して、魔術師にはなれない。どこまで行っても(もど)きでしかない

 

 

 だからこそ、このような行為には当然のように怒りが込み上げてくる。

 事実を知っているだけの、どうしようもないほどの半端者だから、魔術師(このひとたち)を「許せない」と思ってしまう。

 そんなこと、僕が言う資格はないというのに

 

「―――――あれ? じゃあなんで今まで誰も死んでないんだ?」

 

 そうなると当然出てくる疑問である。魔術師がみんなランサーの言ったような連中なら、成る程これは詰めが甘い。

 

「あぁ、だからお前も言ってたろ、性格だって」

 

「―――魔術師じゃないってこと?」

 

「いや、確かに魔術師だ。それなりに才能があって、それなりに修行した一流のな。性格ってのはやり方の話だよ、手段は選んでねえが一丁前に程度は測ってんだ。標的が死なない程度にな

 本当は殺したくないんだろうぜ、そういう感情が透けて見えやがる。こういう露骨に甘いやつはな、女の魔術師って相場が決まってんだよ。」

 

 流れるような彼の予想には所々悪口が入っているが、その人物を殊更に嫌悪しているようには見えなかった。

 僕自身、ランサーの全てを知っているわけではないのだが、人殺しが好きなわけではないということはわかっている。だからこそ、自然に彼を信用できているように思う。

 

「それで、どうすんだマスター?」

 

「え?」

 

「敵の根城を探してるってことは、いずれ攻めるんだろ?今夜も調べるか?」

 

 もう一つ、彼は闘いが好きである。

 

 

「いや、もういいよ

 実を言うと当てがあるんだ、頼って癖になるのが嫌だったから使ってこなかったけど。地図で探すのも面倒だしさ」

 

 そう言って部屋のバッグから取り出したのは一台の携帯電話

 本来の携帯は、追跡防止の為に電源を切っている。これは父との連絡用に購入したものだ。困ったら連絡しろと父が持たせたもので、通話限定の所謂(いわゆる)子ども携帯である。

 

「父さんなら多分知ってると思うけど、当てが外れたらごめん」

 

 まぁそん時はそん時だ、と彼は朗らかに笑ってみせる。

 彼のおおらかな態度に気が楽になるのはありがたいのだが、逆に期待を裏切りたくないという思いも強くなるから困ったものだ。

 

 

 

「もしもし父さん?ボクだけど」

 

『真か、どうしたこんな朝っぱらから』

 

 予想どおり、武道を嗜んでいたのもあって、父は朝が早いのだ。この早朝でも普通に起きている。

 

 これまでの経緯を大まかに説明した。新都のガス漏れは全国的なニュースになっているので父も知っているはずなので、それがサーヴァントの仕業であることと、魔力が隣町の山に集まっていることを伝えた。

 

『それは恐らく円蔵(えんぞう)山だな。もっと言うと円蔵山の柳洞(りゅうどう)寺、冬木市最大の霊地とされる場所だ。』

 

 やはり父は知っていた。というか先祖の手帳に名前が載ってたような気もする。どちらにしろ冬木最大の霊地ともなれば目をつけられるのも当たり前で、そこにキャスターの根城があると考えてまず間違いないだろう。

 

 となれば、あとはいつ攻め込むかだ。こうしているうちにもキャスターは魔力を集める続けている。ただ待ち続けたところで事態が好転するわけではないのだ。

 となれば早いうちに攻めるしかない。もちろん情報量は乏しいしこちらに特別な策があるわけでもない。()くのも待つのも危険であることに変わりはないし、後は人による選択次第なのだが、こういう場合に悠長に待っていられるほど、主従共に大人しくは無い。

 それに、いくら死者が出てないとは言え重傷者も出ていると聞く。今後体の弱い人から死者がでないとも限らないのだ。

 今夜にも柳洞寺に行こう。たとえ倒すことができなくとも、戦うことに意味はあるはずだ。情報集めのためでもあり、僕自身のためでもある。

 

「ありがとう父さん、聞きたいのはそれだけ、じゃあまた―――――」

 

 そうと決まれば早速ランサーと作戦会議だと、僕の頭はもう次の段階に向かっており急ぐように電話を切ろうとしたが、父にはまだ用事があったようだ。

 

『あぁ待った、こっちからも話がある。実は3日前またお前の事務所の娘が来たんだが――――』

 

 

 

 ある意味舞い上がっていた僕の頭は、その一言で引き戻された。

 律子――――僕は彼女にどれ程の迷惑をかけているのか、とても測り知ることはできない。ただでさえ大変だろうに、暇を見つけて来てくれたんだろう。

 これまでの、そしてこれからかけ続ける迷惑を僕はどう償っていけばいいんだろう?――――――

 

「そう……律子は元気そう……なわけないか……

 社長かプロデューサーと来てたの?」

 

『いや、確かにこの前の娘は来てたんだが今回は別の娘を連れててな、名前は確か星井――――』

 

「―――美希!?」

 

 僕の叫び声に腰が浮いたランサーは少しだけ面白かったがそんなことはどうでもいい。

 何故?765の誇る超売れっ子アイドルの美希がなんで(うち)に?仕事がありすぎてスケジュール帳が常時黒ずんだ落書きみたいになっていたのにどうやって?、等々色々な思考が駆け巡ったが、とにかく顛末を聞かなければならない。

 

「……で、何かあったの?」

 

 精々美希の気まぐれだろうと思っていたし、期待していた。

 ただその期待は、嫌な予感の裏返しでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『そのことなんだが――――

 悪い、勘付かれたかもしれない』

 

 

 

「はぁ!?」

 

 流石に心配したのかランサーが聞き耳をたててくる。それを無視して喚き散らした。

 

「勘付かれたって……居場所がバレたってこと!?美希に話したの!?」

 

『いや話してはないんだが、何故か感づかれた。詳しい事は省くが、とにかく場所はばれてない。だが俺がお前の居場所を知ってるってことは、恐らく知られちまっただろうな』

 

 

 

 

「――――――――」

 

 痕跡は綺麗さっぱり消し去ったはず、美希だろうが律子だろうが追跡は不可能だ。社長達が来たときも僕はいないものとして取り繕ったし、父だって決定的な失態は犯してないはずだ。

 それでも美希にはわかってしまったのか。父の表情か、言動の端々か、無いに等しい情報をアクロバティックに結合して、彼女なりの結論を出したのだろう。ああ、なんか隠してるな―――って

 

 なんて勘の良さだろう。やはり美希は、こういうところでは悪魔じみている。

 

 まずいな、聖杯戦争はまだ始まってすらいないのに、彼女達はもうこちら側に一歩踏み込んでしまっている。

 それは誰にとっても危険な事だ。なんとかしなければ取り返しのつかないことになる。

 

「―――わかった、ありがとう教えてくれて」

 

『あぁ――――すまない』

 

 じゃあまた、と言って電話を切る。

 

 父としても苦渋の判断だったのだろう。冬木に入って幾日しかたってないのに、こんなことを話して娘に心配をかけたくはなかったはずだ。

 それでも僕に話したのは、もし誰かが僕の居場所に辿り着いて(まず不可能だが)僕の知らぬうちに冬木市に入られでもしたら、それこそ取り返しがつかないからだ。父を責めることはできない

 聖杯戦争を前にして心配事が増えたのは間違いないが、僕のやることは変わらない。どのみち余り時間は無いのだ、多少前のめりでも、僕達は突き進むしかない。

 

 

 

 

「――――――どうする、一応警戒しとくか?」

 

 あれだけ大声で話したのだ、ランサーも電話の内容はわかっているようだった。

 

「いや、大丈夫。ランサーが気にかけることじゃないよ。」

 

 確かに彼女達の動向は心配だ、しかし今それを考えてもしょうがない。今できることは、みんなを巻き込む前に早く戦いを終わらせることだ。

 

 

 

 

 

 

 

「今夜、仕掛けるよ」

 

「――――――あぁ、わかった」

 

 

 

 

 

 覚悟を決める―――僕の戦い、雪歩を助ける為の戦いが、今日始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 2004年 1月29日 15:15

 

 

 

 

 

「美希!あんたなんであんなこと言ったの!?」

 

 真の実家が見えなくなったと同時に、私はほとんど怒鳴り付ける勢いで問い(ただ)した。

 

 ほとんど美希の思い付きでの家庭訪問だったが、事態は予想だにしない方向に傾き、明後日の方に吹っ飛んでいった。

 

 

 

 事の発端は昨日、屋上での会話に遡る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 2004年 1月28日 18:15

 

 

 

 

 

「行くよ、ミキ、真クンを探しに行く」

 

 

 

 美希の突然の告白、というか宣告

 その目は挑むようにただ強く、前だけを見据えているように思えた。

 だが、いつもは頼もしさすら感じさせる彼女の瞳も、暗い感情(どく)に侵された私の心には、いっそ鬱陶(うっとう)しいくらいに思えた。

 

 

 まぁ言い出すなら彼女だろうと思っていたし、そろそろかなとも思っていた。

 もちろん、その回答も用意している。

 

「駄目に決まってるでしょ、警察が捜索しているし社長も調査してくれてるわ、余計なことしないで」

 

 言って少し後悔した。回答は用意していたが、ここまでキツい言い方をするつもりはなかった。疲れからか感情を制御する部位がおかしくなっているようだ。

 

「律子……さんはホントにそれでいいと思ってるの?それで真クンが見つかるって本当に思ってる?」

 

 美希は私の暴言など歯牙にもかけず、今度は質問をぶつけてきた。

 

「――――当たり前じゃない」

 

 何をわかりきったことを―――警察にまで頼っているのだ、遅かれ早かれ真は発見される。

 日本最大の捜査機関まで使って、一体他に何をしろというのかこの娘は

 

「ミキ、わかるよ、律子さんの思ってるコト、確かに時間をかければ真クンは見つかるの

 けど、それじゃあまだ半分だって思うな」

 

「半分―――?」

 

「もう一回聞くよ、真クンが見つかったとして、本当に()()()()()と思ってるの?」

 

 美希は誰に対してもはっきりものを言う娘だ、いつもはこんな遠回しな言い方は決してしない。

 だから最初は彼女の言いたいことが理解できなかった。

 

 

 

 

「一体何を―――――――――!」

 

 そうして、気づいてしまった

 

 

 

 

 

 真はいつか見つかるだろう。3日後か一週間後か一ヶ月後か、それはわからないが、彼女が有名人で日本にいる以上、どこかで目撃される筈なのだ。

 そうなれば後は時間の問題だ、真を見つけて、連れ戻して―――連れ戻して――――――?

 

 

 

 

 

 連れ戻して、どうすればいいんだろう?

 

 

 

 

「真クンの手紙、読んだよ

 ミキには真クンのしたいこと、よくわからない

 でも、真クンがすっごく大きな決意(おもい)()いてることが伝わってきたの

 一人で出ていったのも、きっと真クンにしかできないことがあった筈だよ」

 

「それは私もわかってるわ、だけどそれは―――――」

 

 美希も皆まで言わせる気はないようだ

 そうして放たれた言葉は、なんとか感情を押し留めていた防波堤を、一撃で破壊した。

 

「だから、ただ真クンを連れ戻しても何も好転し(かわら)ないよ。

 それに真クン、きっと今も何処かで頑張ってる筈だよ、それを邪魔するのはよくないって思うな。」

 

「邪魔ですって―――――――?」

 

 それは誰に向けての言葉なのか

 彼女は今、取るべき方法をとった社長や、彼女が好意すら抱くプロデューサーの行為を、邪魔、と言ったのだ。

 

 

 

「ふざけないで!何も知らない癖に偉そうな口叩くんじゃないわよ!

 17歳の女の子が!自分にしかできないなんて言って!たった一人でいなくなったのよ!まともなことしてる訳が無いじゃない!どんな危険なことをしてるのかあんたにわかるって言うの!?」

 

 一度溢れればあとは堰を切ったように、感情を爆発させた私はここが屋上(そと)であることも忘れ叫び散らした。

 

「それで邪魔するななんて呆れて物も言えないわ!あんたの身勝手な言い分聞かされてこっちはいい迷惑よ!あんたなんか―――――」

 

「律子さん!」

 

 

 

 

 気付けば腕を掴まれていた

 

 我に返ると、屋上には階下の事務所にいた面々、そしていつの間に帰っていたのか、あずささんが今まで見たこともないような険しい表情で、私の腕を掴んでいた。

 私の腕は上に振り上げられ、手を平にしたまま固まっており、それは丁度美希の顔の高さにあった。

 

「――――――――――!」

 

 

 

 私は今、何をしようとしていたのか

 あずささんが止めなければ、私は美希を―――

 その事実に膝がガクガクと震え、全身の力が抜け落ちた

 

「あずささん……美希……私、は……」

 

 自分への怒り、嫌悪、恐怖―――そして後悔で頭がぐちゃぐちゃになった。

 今すぐあずささんの手を振り払って、屋上から飛び降りたい衝動に駆られた。

 だが、力の抜けた脚は全く言うことを聞かない。それどころか立つことも許さないとばかりに、膝が折れた。

 私自身、自分のやろうとしたことは絶対に許されないことで、とても美希の顔が見れなくて、もう俯いて(ひざまず)くことしかできなかった。

 

 

 そんな私を突然、柔らかくて優しい感触が包み込んだ。

 

 

「――――――――あずさ、さん」

 

「ごめんなさい、律子さん、美希ちゃん

 あなた達がこんなに真剣に765(みんな)ことを想って考えてくれてるのに、私は今まで何もしてこなかった、情けないわ」

 

「――――そんなこと、ないです

 あずささんだって、苦しいんじゃないですか―――」

 

 いつの間にか美希も抱き寄せられ、19歳と15歳二人して、赤子のように抱き締められていた。

 

「いいえ、律子さんに比べたら全然――――――

 私は年長者としてみんなをまとめることもできなくて、こんなことしかできない――――――」

 

 それが今までどれほど皆の支えになっていたのか、彼女はわかっていない。あずささんがいるだけで、どんな険悪な雰囲気も雨を降らせきった雲のように、いつのまにか消えてしまう。

 

 

「美希ちゃん」

 

「ん―――――――」

 

「美希ちゃんの良いところは人の心を感じ取れるところだと思うわ、でも、感じ取れるから、真ちゃん雪歩ちゃんのことで、みんなの心が離れてしまいそうなのがわかってしまうのよね?」

 

「―――――うん」

 

 多分あずささんは美希だけじゃなくて、この場にいる全員に語りかけているのだろう。その声音はいつものように優しいながら、切実な音色を含んでいるようにも思えた。

 

「だけど、()()()から真ちゃんがどれだけ苦しんでいたかもわかっているから、真ちゃんのしたいようにさせてあげたいっていう気持ちもあるのよね?美希ちゃんのそういう優しい想い、私にも伝わってきたわ。

 でも、社長さんやプロデューサーさん、律子さんだって私達のことを一生懸命に考えて、できる限りのことをしてくれているのよ。それを〈邪魔〉だなんて、決して言ってはいけないわ。」

 

「でも……駄目なの、ミキたちじゃなきゃ駄目なんだよ……ミキたちで見つけなきゃ、真クン、きっと帰ってこないの……みんな、壊れちゃう――――」

 

「そうね、私だってこのままでいいなんて思ってないわ。だけどお願い、美希ちゃん一人で抱え込まないで、みんながバラバラになってしまいそうなら、尚更みんなで気持ちを伝えあいましょう――――」

 

 いつも気丈で、滅多に泣かなかった美希が、今はあずささんの胸で嗚咽を漏らしている。

 感受性が高い故に皆の暗い感情を否応なしに受け取ってしまう彼女は、それでもなんとか突破口を開こうともがいている。でもどうすればいいかわからなくて、余計に疲弊してしまっている。前だけを向いているように見えたのは、自分を取り巻く闇を振り払おうと無理をしていた彼女の、精一杯の強がりだった。

 美希の涙は、今にも折れてしまいそうな心の内を、如実に表していた。

 

 私はそれに気付いてあげることすらできず、あまつさえ彼女に手をあげようとした。

 なんて無様、人に身勝手などとよく言えたものだ。人の気持ちもわからずに、どうしてプロデューサーを名乗れるのか――――――

 

 

 

「―――さん、律子さん」

 

「―――――っ、はい……」

 

「――――――駄目ですよ?」

 

「え?」

 

「確かに、美希ちゃんを叩こうとしたのはいけないことですし、それは律子さんが一番後悔してると思います。

 でも、どんなに自分が許せなくても、自分自身を追い込んでは駄目です。美希ちゃんだって、律子さんが好きだからこそ、自分の素直な想いをぶつけたんだと思います。律子さんだってみんなが大好きで、これまでだって、誰一人欠けてしまわないように頑張ってきたじゃないですか。」

 

 あずささんは泣く子をあやすように、私の髪を撫でた。

 違いない、私の顔はいつの間にか、自らの(なみだ)で濡れていたのだから

 

「だから、これ以上自分を責めないでください。どうしても苦しくて、自分を追い込んでしまいそうだったら、いっそ私にぶつけちゃってください。そういう時に気持ちを受け止められる存在(ひと)でありたいって、いつも思っていたんですから――――」

 

 

 あずささん(この人)が765プロにいて、本当によかった――――――――

 

 私は彼女が自分のプロデュースするアイドルであることも忘れ、ただ今は想いをぶつけんばかりに、彼女の胸で泣き続けた―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 1月28日 18:30

 

 

 

 美希と共に散々泣き晴らした後、とりあえず事務所に戻ることにした。

 あずささんの服は二人分の涙でびしょ濡れになっていたが、洗濯しますという私の申し出に彼女は、

 

「いいんです、二人の気持ちを受け取れて私も嬉しいんですから。これはその証です」

 

 と言って、このままでいたいとのことだった。

 彼女に対して申し訳ないのと同時に、泣き晴らして気の軽くなった自分が確かにいて、それ以上は何も言えなかった。

 

 事務所内の空気は幾分軽くなったが、鬱屈とした感情は未だに渦巻いており、依然重苦しいことに変わりはなかった。こういう空気の時、雪歩ならすごくいいタイミングでお茶を出してくれるのだが―――――

 

(駄目ね私、いない人を頼るくらいなら、自分で淹れるべきなのに)

 

 私もいよいよ疲れがピークかもしれない

 

 やはり、一度全員で話し合わなければならないだろう。それが、先程のような感情のぶつけ合いになったとしても、今は全員に、思いの丈を吐き出して貰わなければならない。

 吐き出せなくなるほどに溜めてしまえば、後は爆発するしかないのだ。そうなってしまえば、もう手遅れだ

 

 

 

 

 

「律子……さん」

 

「―――――――え?」

 

 驚いた、なんと美希の方から話しかけてきた。さっきまで喧嘩していた(私が一方的にだが)相手に普通に話しかけるとは、この娘も切り替えが早いというか肝が座ってるというか―――――

 余りの自然さに、私も普通に返事をしてしまった。

 

 

「ミキ、明日(あした)真クンの家に行きたい、連れてって」

 

「―――――はぁ?」

 

 発言内容は更に驚きだった。流石にその希望への回答は用意していない。

 

「真の家って……ご実家の方でしょ?なんで?」

 

「別に、ただの思い付きなの、律子さんはミキに酷いコト言ったんだから、ミキの希望に応える義務があるって思うな」

 

「―――――――――」

 

 さっきまで泣きじゃくってた彼女はどこへやら、美希は頬をぷくっと膨らませて抗議した。

 その可愛らしい姿に、つい顔が緩んでしまいそうになる。断る気など湧いてもこなかった。

 これを天然でやってのけるのだから、改めて凄い娘だと思う。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ美希、真の家に行くって―――何する気なの?」

 

 ついに我慢?しきれなかったのか春香が割り込んできた。

 ちなみに現在事務所内には、私、美希、あずささんの他に、春香、千早、響がいる。小鳥さんは用事で出払ったらしい。

 千早と響は驚いたようで、あずささんはただ微笑んでいる。春香は―――――とても不安そうだった。

 

 

 恐らく春香は、美希が真の捜索を続ける気だと疑っている。人一倍仲間思いな彼女だが、今はそれが全体への依存心に飛躍している。

 

「安心するの春香、ホントにただの思い付きだよ、真クンがどんな家で育ったのか興味があるだけなの。」

 

「お、お仕事は――――?」

 

「オフだから問題ないの」

 

「―――――だけど……」

 

 尚も心配そうに呟く春香であったが――――

 

「はいはい()()め、わかったわよ、明日は比較的暇だし連れていってあげるわ。春香も私が一緒なら問題ないでしょ?」

 

「…………うん」

 

 そう言うと春香は一応納得したように返事をしたが、未だ心配げに元気なく座り込んだ。

 

 

 それを見た私は事務所のドアに手をかけながら、一つ予告した。

 

「――――明日の夜、全員事務所に集まって。

 勿論社長とプロデューサーも含めて全員よ。

 ――――――話があるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、約束通り美希を連れて真の実家に伺った。

 真のお父さんは前回とは打って変わって、私達を快く迎え入れてくれた。

 美希は希望通り真の家(入れない場所はあったが)と真の部屋を見て周り、紅茶とお菓子までご馳走になっていた。

 そうした空気の中、彼女は(昼寝している時以外では珍しく)大人しくしており、私は少しほっとしていた。

 

 ――――そんなわけは無かった

 

 美希は飲んでいた紅茶を受け皿に置いて一息ついたその瞬間――――――

 

 

 

 

「ねぇ、真クンどこにいるの?」

 

 真のお父さんに向かって、そう言い放った。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 そうして、今に至る。あの後真のお父さんは驚いたように一瞬凍りつき、すぐに不機嫌になって、私達は追い出されるように家を後にした。

 いや、あれは驚いたっていうよりむしろ―――

 

「正直ただの思い付きだったけど、来て良かったって思うな。律子…さんもそう思うでしょ?」

 

「そんなわけ無いでしょう!?あんな失礼なこと言って!真のお父さん呆れてたじゃないの!」

 

「ミキ、嘘は良くないって思うな。律子さんもわかってるはずだよ、あれは()()()()()()じゃないって」

 

「――――――――」

 

 そうだ、確かにあれは、意味不明なことを言われて驚いたというような反応では無かった。いや、驚いたのは確かなのだが、それは別の意味でだろう。

 

 あれは、()()()()()()()()()の反応だった。

 

 どういう意味かと考えるまでもない、あの反応を素直に受けとれば、出る結論は1つしかない。

 

 彼は、真の居場所を知っている―――――

 

 

 

「この後みんなで集まるんだよね?話すことが増えて良かったの」

 

 事態は予想もしない方へ動き始めている。その先が微かな希望か、底無しの闇かはまだわからない。ただ、深みに嵌まったように停滞していた私達の時間は、ゆっくり、ゆっくり進み始めている。

 

 

 雪歩の事故から3ヶ月、真の失踪から2ヶ月

 

 長らく足踏みをしていた私達は、今日この日を(もっ)て漸くスタートラインに立てる。

 

 そんな微かな予感が、私を後押ししていた――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五話 「スタートライン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 戦争があった―――――――

 

 ただ一つの(ねがい)を求め、外れし者と極めし者が共に戦い、競いあう、秘められし戦争―――――

 

 数えて四回、然れどその成就は未だ無し――――

 

 彼等はただ己の為、欲望に狂い、血花を咲かす、約束の地は呪いの墓標―――――

 

 そして此度(こたび)は終わりの五回目、最後の(さかづき)とも知らず、儀式(うたげ)の柱は彼の地に集う―――――

 

 

『魔術師』は、ただ勝つために―――――

 

「貴方って、本当に〈アーチャー〉なんだ」

 

 

『魔術使い』は、ただ助けるために―――――

 

「行くよ、〈ランサー〉」

 

 

『道化』は、ただ手に入れるために―――――

 

「ここに結界を張れ、〈ライダー〉」

 

 

『道具』は、ただ見つけるために―――――

 

「では、私は何をすればいい〈キャスター〉」

 

 

『魔女』は、ただ尽くすために―――――

 

「お前はここの門番よ〈アサシン〉」

 

 

『人形』は、ただ果たすために―――――

 

復讐(フクシュウ)って愉しいのかな?

 貴方はどう思う?〈バーサーカー〉」

 

 

 呼んで六柱、従って六騎

 されど開演にはまだ足りぬ―――――

 

 残る(わく)は、後一つ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いまのうちに死んでおけよ、娘

 馴染(なじ)んでしまえば、死ぬこともできなくなるぞ――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




765プロのギリギリ感を出したかったのですが、思った以上にキツい感じになりました。

彼女達、雪歩が余命いくばくもないことまだ知らないんですよね…………


追記――――――

作中でもたまに思い出したように書いてますが、真失踪(12月初頭)から現在まで約2ヶ月経ってます。episode2での伊織の回想からは状況が変わってるってことですね、今回の修正箇所はそこ関連です。
何故今更これを書いたかというと、作者が今まで忘れていたからです。推敲って大事ですね



では、第六話でお会いしましょう
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