書こう書こうと思って、結局一ヶ月も経ってしまいました。すみません
では、第七話です。
「―――と―――こと―――真!!おい、しっかりしろ!!」
意識が―――遠い――――
耳鳴りがする―――視界がぼやけている―――こんなにも近くにいるランサーの叫び声が、あんなにも遠い――――
「―――う――ぁ――――」
左手に伝わる、ぬめりと生暖かい感触―――それが自分の血液とすぐにはわからない程度に僕の意識は薄まっており、ただ生を求めるだけの本能が、首の切り傷を必死に押さえつけていた。
「くそ、逃げやがった―――――」
それでも傷は浅かったのか、鈍い頭は状況を理解するべく、のろのろと動き出していた。しばらくして視界と意識をなんとか取り戻すと、自分がランサーに抱えられていることを認識できた。
「―――――ぁ――ラン、サー」
「―――――! 気付いたか――」
声が上手く出ない、まだ頭が整理されていないようだ。自分が怪我をしているのはわかっているのに、どうしてそうなったかの記憶が曖昧だ。
「ボク、は―――えっと――」
「サーヴァントに襲われた、クラスはわからんが蛇みてえな女だった。手傷は負わせたが、すまねえ、逃げられちまった。」
そうだ、思い出した。僕は誰かに襲われて――――首を、切り裂かれたんだ
「―――っ――――い、たい」
「無理に動かすな、傷は浅いが血が結構出てる。今すぐ治してやりてえが――――――」
ランサーは山門の方を向き、20メートル程先に立つ男―――アサシンを見据えた。決定的な隙を見せているにも関わらず、彼はランサーに襲い掛かる様子もなく、ただこちらを見つめていた。
そうだ、ついさっきまでランサーとアサシンは戦っていた。あの後、戦いは素人目にもランサーが優勢で、アサシンを追い詰めたランサーは、恐らく宝具を使おうとしていた。
その瞬間、誰かの気配を感じたと同時に首を鋭利な刃物で切りつけられ、僕は気を失った。
最後に覚えているのは、横目に写った紫の長い髪と、それを貫くように飛んできた赤い閃光――――ランサーの投げた朱槍だ。僕の命が残っているということは、彼が守ってくれたんだろう。
「大、丈夫―――自分で、治せるから―――ごめん、邪魔しちゃって――――」
謝罪の言葉も、掠れ声にしかならない。ただでさえ彼の勝利を妨げたのに、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない
「馬鹿が、謝ってる暇があったら早く傷を癒せ、撤退するぞ」
「うん――わかった」
息も絶え絶えに、なんとか魔力を流す。自分を治療するのは鍛練でよくやったが、ここまでの傷は初めてだった。たった
「――――てなわけだアサシン、悪いがオレ達はここで引かせてもらう。隙を見逃して貰ったことには感謝するが、これ以上は続けられねえ。」
「そうか、お互い命拾いしたということ、か――――私はここの門番だ、押し通る者は勿論、本来は引く者にも容赦はせん。
しかし、不埒な輩のお陰でこちらも興を削がれた。ここらが潮時であろう―――何より、心地よき夜を過ごさせて貰った礼だ。今宵は貴様の提案を飲むとしよう。何、命取り合う者同士であれば、再び相見えることもあろう」
「―――てめえはやりずれえから、誰かに
まっ、縁があればまた会おうや」
そう言い残し、ランサーはアサシンに背を向ける。そのまま僕を抱えて跳び上がろうとすると、アサシンに呼び止められた。
「待て、ランサーのマスターよ。
良いのか?私はそなたの問いにまだ答えておらぬぞ。」
と、アサシンは妙なことを言った。
「えっ―――だって、あの質問には、答えられないって――――」
傷は塞がったが、痛みのせいで未だに声が途切れ途切れだ。
「それは今も変わらぬが、代わりに一つ、土産話をするとしよう――――私が〈斬れる相手は初めてだ〉と言ったのを覚えているか?」
「――――――」
無言で頷く、確かに彼がそう言ったのは覚えているが、それは実戦が初めてという意味ではないのだろうか?
「なに、簡単な話だ。私はここで以前、
「――――それって……」
サーヴァントの話か――――とは、聞くまでもなかった。
「そやつは幼子のマスターと共に現れてな。なんとも巨大な図体であったが、その実、そこの槍兵以上に素早くてな、剣を当てることすら難しかったものよ。
それだけならまだ斬り合いの余地はあったのだが、苦労して漸く斬ったと思えば、魔術か宝具か――――奴にはかすり傷一つ付けられなんだ。」
「攻撃が効かねえってことか――――」
ランサーが少し驚いたように口を挟む。僕は彼ほどその脅威を実感できないが、攻撃をよけられることと、そもそも通用しないことの違。
「まるで嵐のような奴よ、それでいて技も確かとあればとても始末に負えぬ。業腹ではあるが、女狐めの支えが無くば、
その贅力などランサー、貴様の比ではない、あれこそ真に
苦々しげな台詞ながら、アサシンはあくまでも飄々とした口調で話した。
それでいて情報量は中々凄い。
つまり、そいつはすごくでかくて、ランサーより力もスピードも上で、しかも攻撃を弾く手段を持っていて、クラスはバーサーカーってことだ。
「また凄そうなのが呼ばれたもんだ―――――で、何故それをオレたちに?」
「貴様と同じよ、私や女狐には、あやつを倒す手段が無い。そうすると主とすれば、出来れば他の者に倒してもらいたいというわけだ。私とて斬り合いにもならぬ相手と戦っても愉しくないのでな。
まぁ、貴様にその手段があるかは知らぬがな―――」
「成程、そういう腹かい。殺せねえ相手ってのはオレにも経験があるが、祝福か神罰か―――――どっちにしろ呪いみたいなもんだ、ああいうのは。神の御業を打ち破ろうってなら、確かに尋常な手段では不可能だわな。」
「ほう、経験があるのか――――それは重畳。これは話した甲斐があったというべきかな?
――――さて、マスターの少女よ、これで私の話は終わるが、いい土産になったか?」
――――噓の話とは、思えない。敵を弱く見せて油断を誘うならまだしも、殊更に強く見せるような嘘を吐くことで、向こうに何かメリットがあるとは思えなかった。
アサシンは今後も敵となる相手だ。情報を貰ったからといって必要以上に
だから、言葉は極力短く、だけど信用と感謝の気持ちを込めて、僕はアサシンに礼を言った。
「――――――――――――ありがとう」
「うむ、良き返事だ―――――では、さらばだ」
そう言い残し、アサシンは山門へと消えていった。後腐れなく、余韻も残さず、その引き様すら、彼は自然体だった。
そして、守り人の消えた山門はその空虚さを埋めるように、微かな月明かりに照らされていた。
そうして僕達だけが残された参道は、つい数分前までの剣戟が懐かしいくらいに静まり帰り、季節外れの虫の音だけが、風に混じってキィキィと聞こえてきた―――――――
――――――――――――――――――――――
2004年 2月1日 22:35
ホテルに戻ると、僕はよろけるようにベッドに倒れこんだ。
あの後、僕達も引き上げることにしたのだが、怪我をした僕を慮ってか、ランサーは行きよりもゆっくりと走ってくれた。それでもホテルを出てから、まだ一時間半くらいしか経っていなかった。
「お疲れさん―――どうだ?初陣の感想は」
「―――――――」
僕を気遣うランサーに返す言葉が無くて、彼と目を合わせられない。知らない内に、あのアサシンが緩衝材になっていたらしい。二人きりになると、後悔と反省の念で彼に掛けるべき言葉が見つからなかった。
「アサシンと戦って、また別のサーヴァントの面を拝んで、おまけにバーサーカーの情報が手に入った。大戦果じゃねえか。」
「―――だけど、倒せなかった。」
僕のせいで―――と付け加える。
結局僕は、あの戦いで何をしたというのか。サーヴァントの戦いを見て、ランサーを治癒して―――そんな事は誰にでも、あの場所に居なくてもできることだ。僕はランサーのマスターとして、あそこに居る意味があったのか?
何もない、僕は何の役にもたっていない。それどころか僕が狙われたことで、ランサーはアサシンを倒しきれないばかりか、敵に背中を向ける羽目になった。アサシンがその気なら、彼は後ろから斬られていた。
ふざけるな、互いを補わずして何が相棒だ。僕はランサーに文字通りおんぶにだっこで、何もしないほうがましじゃないか。
「――――ごめん、僕のせいで」
アサシンを倒せなかったということは、それだけ聖杯から遠ざかったということだ。聖杯を獲らなければ雪歩を助けられないのに、他でもない僕のせいで、こんなとこで足踏みをしてしまった。
だから、ここにいるランサーに、ここにいない雪歩に、僕は謝ることしかできない。
「――――悔しいか」
ふと顔を上げると、ランサーは少し近付いていて、覗きこむように僕を見ていた。
「――――――――」
悔しいというか、情けない
悔しい、という感情は、オーディションでも空手でも、とにかく勝負事をして、負けて初めて芽生えるものだ。同時にそれは、次の勝利への誓いでもある。
全力出せなかった、振りを間違えた、単に相手が上だった、悔しい、次は勝ちたい―――――
それはとても泥臭くて、だけどとても真摯な感情だ。
僕はそれ以前の問題だ。戦っても無いのに、ただ死にかけただけ。正に勝負にならないというわけだ。土俵の外で醜態晒しておいて、悔しいも何も無い。だから惨めで、情けないんだ。
けれど、それを口に出せないほどに僕は強がりだった。どんなに自分を蔑もうと、流れ出る
「悔、しいさ―――あの戦いで、ボクは何も、何もできなくて、失態を取り返す力も、ボクには無いんだ。そんな自分が惨めで、情けなくて――――だから、悔しいんだ」
大声は出さなかったが、代わりに悔しさで噛み合わせられた歯はギリギリと音を建て、握りしめられたシーツは、キリキリと悲鳴をあげていた。
「そうか――――」
ランサーはそう呟くと――――
「ハッ―――そいつは、よかったな」
ニカっと笑い、そう言い放った
「!?―――――よかったって、なにが!!」
今度こそ大声で叫んだ
僕はガバッと起き上がり、彼を睨み付ける。折角素直な気持ちを吐いたのに、一笑に付されたのだ。怒りたくもなるだろう。
「なにがって、お前が生き残った事がだよ、真。
だってそうだろ?お前が悔しがれんのは、お前が生きてるからだ。死んじまえば、今みてえに弱音も強がりも吐けやしねえだろ?」
「今そんな話してなかっただろ!バカ!ボクが役立たずだからアサシン倒せなかったって、だから悔しいって話じゃないか!」
いつの間にか立ち上がっていた。ベッドの上に立ったのは、きっとランサーに見下されたくなかったからだ。
「ああ、確かにそんな話だったな。お前が悔しがってんのはよーくわかった。けどよ、何の意味もねえぞ、それ」
「な―――――――」
流石に言葉が出ない。自分で「悔しいか」と聞いといて、その対応はなんなんだ。
「じゃあなんで聞いたかだって?そりゃあのまま放っといたらいつまでも引きずりそうだったからな。だからちょっとつついてやったんだよ。
お前は不意討ち喰らって確かに悔しかったかもしれんが、それはどこまで行っても一時の
悔しいかどうかなんてどうでもいい、お前がいつまでもウジウジしてんのが問題なんだよ。」
確かにランサーの言うことは正しい。マスターである僕がこのままでは、今後の戦いに支障をきたす。そんなことはわかっている。でも―――――
「―――そりゃボクだって、こんな弱音は吐きたくないさ。けど言っただろ、ボクには失態を取り返す力が無いって。ここは戦場で、今日みたいにいつ死ぬかもわからないのに、なんの解決策も思いつかない。だから、悔しいって感情が消えてくれないんだ――――!」
解決策も無くはない。今後はここに引きこもっていればいい。アサシンの居場所と正体がわかった以上、ランサーのいない間に闇討ちされる危険性は大幅に減ったのだから。
しかし、それで本当に勝ち残れるなんてとても思えなかった。この方法は、これまで幾多のマスターがやってきた筈の戦法だ。それで誰も聖杯が獲れていないんだ、途中まではそれで良くても、僕が外で戦わなければならない事態は、今後絶対に訪れる。このままではその時になって、また今日と同じ失敗をして、僕はそこで死ぬんだろう。
「戦場だってわかってんなら尚更引きずるな。敵はお前が立ち直るまで待ってくれねえんだ。どんな過程だろうが、サーヴァント相手にお前は生き残った。正直間に合わねえと思ったが、お前には運があった。今日はそれだけでいいんだよ、だからこれ以上は求めるな。」
感情的な僕と違って、荒い口調の割に彼の声は静かだった。彼自身も手傷を負ったり危ない場面はあったのに、それを気にしてる風が一切ない。
これが、熟練の戦士というものなのか。闘いが、文字通り日常であっただろうクー・フーリンの人生。神話の中の彼は、それでも仲間と戯れたり、誰かを好きになったりしていた。きっと、人間らしく悩む余裕なんて無かったんだろう。
僕の倍くらいしか生きてないのに、それ以上の年の差を感じる。僕が幼いのか彼が老成してるのか、まるで親になだめられる子供のようだ。
「そんなこと言われたって――――ボクは君みたいにはなれない。ボクは弱いんだ、弱い奴が運だけで生き残ったからって、それでよかったなんて思えるわけないだろ――――」
子供だから、こんな風に駄々をこねてしまうんだろうか。声もだんだん弱々しくなって、つくづく情けない。
彼も呆れていることだろう。僕は次に来る言葉に身構えるが、いっそ怒鳴り付けてほしいくらいだった。
「弱かねえだろ、お前は」
「――――――――え?」
だから、返ってきた言葉が意外すぎて、素直に驚いた。ランサーはいたって普通の顔―――――いや、むしろ少し不思議そうな顔をしていた。
ここまで来て彼がお世辞を言うとも思えないが、僕のどこが弱くないというのか。
「弱くねえよ、真は。お前、殺し合いなんて今日が初めてだろ?
オレ達の斬り合い見て、しかも殺されかけて、恐くなかったのか?」
「―――――――恐、い――――?」
どう、なんだろう?
そりゃあランサーの時代じゃあるまいし、戦いなんて見るのも初めてだ。ランサーの人間離れした動き、アサシンの美しいまでの剣技、剣激の一音に至るまでこの身に焼き付いている。
殺意が公然と撒き散らされるあの異常な光景、僕はあの場に確かに立っていて、そして確かに殺されかけた。
手に残る血の色、感覚、匂い――――それら全てが、あの時僕が死の淵に立っていたことを伝えてくる。これまで平穏を貪っていた人間を絶望させるのに、それは十分過ぎるものだった。
その時点では、傷みで感情が麻痺していたのかもしれない。僕は生きようとするのに必死で、恐怖を感じることもできなかった筈だ。
だが、今は違う。戦場を抜け出し、敵のいない安全地帯に引き上げたことで、当然緊張は解れ、心は弛緩する。すると、極限状態に隠れていた感情が、ここに来て突然目を覚ます。
それが恐怖だ。死への恐怖は勿論、死の淵に立たされる戦場への恐怖、その戦場を駆ける異質な存在への恐怖。それらはランサーの問いかけをトリガーに一気に湧き上がり、無防備な僕に襲いかかって――――――
「―――全然、恐くないよ」
冷めた声で、僕はそう答えた
「――――――――」
だってそうだろう?
僕には叶えたい願い―――果たさなければならない使命がある。だから聖杯戦争に参加しているんだ。
そんな僕が、たかだか自分が死にかけたぐらいで恐怖すると、彼は本気で思っているのか。
あの時、あの場所で僕を支配していたのは、むしろ恐怖とはまるで違った感情だった。
ランサーとアサシンの殺し合い―――――――打ち合い、火花を散らせ、際限なく加速していく両雄の剣激。それに呼応するかのように、次第に僕の中で何かが昂っていくのがわかった。
それは、消費される魔力の熱とは明らかに違うものだった。
ヒトの立ち入れる筈のない、人外達の領域―――僕は終始蚊帳の外であったが、体の熱が高まるにつれ、それが段々、近付いてくるように感じた。視界が拡がったのだ。
惹き付けられるように、引き込まれるように―――最後はもう、彼らに手が届いてしまいそうな錯覚に陥った。
その時の僕は、ただの傍観者などではなく、僕自身でも言い表せない、何か別のモノに変わりつつあった。
そんな筈無いのに、彼らの動きがよく見えた。手を伸ばせば、触れてしまえそうな気さえした。
―――確かにあの一瞬、僕は彼らを捉えていた
そこに恐怖など欠片ほども存在しない。僕の中は、今まで経験したことのない
そして、ランサーが宝具を発動した時、それは最高潮に達した。
僕の中の何かが暴れだしていた、もう一杯だ、外に出たいって
膨大な殺意に触れて、初めて感じたこの感覚。本来恐怖すべき殺意は、その時の僕には極上の果実に思えた。
僕の中は一杯なのに、何故か空腹を覚えた。どうやって満たすのかは、もうわかっているような気がした。
体から抜けていく魔力など全く気にならない。高鳴る心臓の鼓動も、まるで聞こえなかった。
〈ココは遠すぎる、もっと近くに行こう―――〉
―――――その時僕の中で、ダレかの声がした
ソレは僕なんかよりずっと女らしい声だったけど、ずっと眠っていたからか、無邪気な子どものようにも思えた。
始めから僕の中にいて、だけど決して僕ではないダレか。目覚めたばかりなのにもう僕に馴染んでいて、僕もソレを受け入れようとしていた。
〈行こう、行こう、イコウ、イコウ―――――〉
ソレが誰かなど、どうでもよかった。
この身の昂りも、広がった視界も、全て声の主が引き起こしたものだ。どちらも常人が知覚しえない異常な感覚だったが、それは決して不快なモノではなかった。
〈イコウ、イコウ、イコウ、ネェ、イコウヨ―――――――〉
そうだ、行こう。もっと、もっと近くに―――
そいつが何者で、何を求めてるのかもわからないけど、僕自身に流れる血が、そいつを受け入れろ、身を委ねろと騒ぎ立てていた。
もう我慢ができなかった。昂りきった感情と熱が血と交わり、中のソレが僕と一体化していくのが判った。
僕は彼らの元へ、喰いつくように足を踏み出し――――――――
声は、そこで途切れた―――――
「―――真?どうした、ぼーっとして」
気がつくと、ランサーが怪訝な顔で僕を見ていた。
「―――ん? あぁごめん、ちょっと考え事」
あの後、僕は乱入者に襲われて意識を失った。
目が覚めた時には、感情の昂りは体熱共々きれいに収まっていて、首の傷みだけが残っていた。声もそれっきり聞こえていない。
あの時は、ただランサーにすまないと思う気持ちで一杯だった。あの昂りも、今にして思えば夢みたいに浮わついたもので、ランサーに問いかけられるまですっかり忘れてしまっていた。あの声だって、普通に考えればただの幻聴だ。
こうして思い出した今でも、あの昂揚が何に由来したモノかはわからない。それでも、あの時僕の中で未知の興奮が存ったのは確かだし、それは一時的に最高点に達していた。
それを邪魔された僕の心にはなぜか、残念だったな、という微かな喪失感が残っていた。
「そうか、ならいいんだ――――――
――――さて、今日はここまでにしとくか、お前も疲れてんだろうし、今日はもう寝とけ。」
ランサーはまだ何か言いたそうだったが、それを振り払うように話を打ち切った。
そう言われると、確かに眠くなってきた。まぁあれだけ出血した上に怒ったから、鉄分不足で頭がくらくらする。
「そう…だね、さっさと寝たほうがいいみたい。ランサーも今日は見回りとかいいから、ゆっくり休んでよ。」
「あぁ、そうさせてもらうわ」
返答を待たず、僕は再びベッドに倒れこんだ。
疲れた、と口にすると、本当にどっと疲れが襲ってきた。言霊というか、これがターボ効果という奴なのだろう。シャワーを浴びる気すら起きない。明日の朝でいいや――――――
「じゃあ、おやすみ――――」
「おう―――――」
ランサーが部屋を出ていく。屋上にでも行くのだろうか?あいつ、高いところが好きだから――――
暗い部屋で、一人考える。
ランサーが話題を変えたことで流されてしまった感じだが、僕はまだ彼の言い分に納得しきれていない。
要するに彼は、切り替えろと言いたいのだ。過ぎたことをいつまでも引きずるな、生きてりゃ勝ちだろということだ。
サーヴァントに襲われて軽傷ですんだのは、確かに良かったかもしれない。咄嗟に強化を使ったとはいえ、サーヴァントからすれば失敗だったわけで、その意味では僕の勝ちと言えなくもない。
ランサーは〈それでいいだろ〉と言ったが、僕はそこまで割りきって考えられない。運良く生き残っただけで、自分を納得なんてさせられない。自分のことだからこそ、今後に悲観的になってしまう。
今後とも彼と行動を共にしようとなると、僕の弱さは致命的だ。彼は僕を弱くないと言ったが、冷静になって考えてみると、それは精神的なもので、戦力という意味ではない。そもそも死の危険に陥ること事態良くないのだ。恐いかどうかなんて、あまり関係無いだろう。
僕の力量を考えれば、ここでランサーの支援に徹したほうが断然いい。それは今日ここを出る前に確認したことだろう。僕自身の覚悟を確かめたいから、今回だけは同行させてくれと頼んだんじゃないか。覚悟を試される場面はなかったが、恐怖に揺れることもなかった。初陣の感想としてはそれで十分なのかもしれない。
だから、この先彼と一緒に動く必要はない。セオリー通り、ここで彼の支援をすればいい。
それが嫌なら、強くなるしかない。
願望だけを言うなら、僕はランサーと一緒に動きたい。
ランサーはサーヴァントだ。闘うのが彼の役目であり、逆にそれ以外の役割を押し付けてはいけない。だから僕が代わりに、周りに被害が出ないよう気を配らなければならない。
ここに引きこもっていてはそれも叶わない。戦場に立たない以上必ず目の届かない場所がある。そして例え人だかりを避けても、戦場に迷い混む人は出てくるのだ。そうして誰かが死んだら、それは僕のせいだ。目に入らなかったという理由なんかで、見捨てていい筈がない。
一番の願いは、言うまでもなく雪歩を助けることだ。だができることなら、関係のない一般人を巻き込まないようにしたい。
その想いを果たしたければ、とにかく強くなるしかない。戦場に出ても足手まといにならないように、ランサーが僕を気にせず戦えるように。それは僕が勝ち残る為にも、きっと必要なことだ。
魔術に頼る限りそれは無理な話だ。魔術と言えど他の学問と同じ、成熟には長い年月を要する。10年程度の僕ではどうあがいても勝ち目が無い。
強くなりたい
サーヴァント相手とは言わない、せめて他のマスター相手に戦える力が欲しい。
だが強い力には、源泉―――元手となるものが必要で、それすら無いのなら、最早手詰まりだ。
そういうモノ、僕には何か無いんだろうか―――――――
そんなことを考えながら、僕は深く、眠りに落ちた―――――――
――――――――――――――――――――――
〈ほう――――魔術師共がこの国に?〉
〈はい、ここ5日で既に2人、数日中には更に3人程入国するとのことです。〉
――――そこは、暗く、狭く、陰湿な場所だった
〈また随分と賑やかだの、
〈いえ、連中は冬木という地に集まっているとのことですが、どうにもこちらの管轄外の土地のようで〉
昨日の荘厳な、まるで異世界のような風景とは違う、より現代的で、現実的な景色
〈冬木か――――彼の地はここ日本でも有数の霊脈故に、魔術師によって管轄されておる。連中からすれば己の支配圏で何をしようが勝手というわけだ。〉
〈霊脈、ですか――――流石によくご存じのようだ。〉
そこは少し古風な畳床で、恐らくは武家屋敷の一部屋。現実的だと思ったのは、灯りが蝋燭ではなく電球だからだ。
襖は締め切られ、白熱電球がボウと、微かに灯っているだけの暗い部屋。そんな場所に、僕は幽霊のように浮かんでいた。
〈して、連中は何をやらかそうというのかね?〉
〈それがわかれば苦労はありません。連中が言うには「儀式」だそうですが。〉
部屋には、着物姿の男が二人座っている。
片方は30~40代の壮年で、上座に座っている。物腰からして相当に高貴な家の者かもしれない。
〈
〈――――つまり、その中身はわからないと?〉
〈左様、「儀式」とは何かを得る、果たす為に行うもの、となればその成果を邪魔する者、傍から奪う者が当然に現れよう。故にこのような儀式は他の者に隠して行うが道理。魔術の本流ではない、ここ日本で行うのもそれが理由であろう。
そう考えればこれ程の魔術師が集まる儀式というのは、中々に異様と言えるの。〉
対してもう片方は、齢七十を数えようかという老人だった。
年を経て尚健在な白髪と髭を蓄え、下座にどっしりと座る姿は、年長者に相応しき威厳を備え、老人にあるまじき若々しさを宿していた。
〈―――――
〈
〈はい、軍に潜ませた我々の関係からの情報ですが、軍は来たる戦争に勝つために魔術の研究をしていると〉
両者は向かい合い、何事かを話している。
〈おかしな事を―――連中にとってはお伽噺の類いであろうに、そこまで切羽詰まっておるのか〉
〈それがお伽噺でないとしたら――?ということでしょう。つまり、彼らを
〈ハッ――――目的の為には神秘の漏洩も厭わぬか。魔術師の鑑か、はたまた恥さらしか―――〉
彼らの仕草、話す言葉、電球の熱、部屋に流れる生暖かい空気――――
同じだ、昨日の夢と―――――
そこにあるもの全てが鮮明で、僕だけが唯一不確かな世界。僕だけが存在しない、誰かの記憶―――――
〈笑い事ではありません。儀式の場は冬木といいますが、こうなると帝都が戦場となるかもわからない。下手をすれば国中に禍が飛び火するかもしれません。
となれば、これは最早魔術師共だけの問題ではない。何が起きているかもわからぬままでは、我ら退魔の生存に支障をきたさないとも限らない。〉
〈故に、
〈―――――ご理解が早くて助かります。貴方には早急に冬木に入っていただき、「儀式」とやらの調査、監視をお願いしたい。我々の中で唯一魔術を扱えるとなれば、やはり貴殿方にお願いする他ないと考えています。〉
「冬木」「魔術師」「霊脈」―――――
度々の聞き慣れた言葉を、僕はただ漫然と聞いている。過去の事実を夢として見るという奇妙な感覚に、僕の精神は対応できていなかった。決して手出しできない、他人の記憶映像を前に、僕はただ視聴者であることしかできなかった。
〈呵呵――――両儀や七夜を差し置いて、既にに刻印も持たぬ老いぼれにこれ以上働けと?そこまで申すのなら何か見返りはあるのだろうな?〉
〈――彼等に間諜の任が務まらぬことは、貴方も重々ご承知の筈。それに我々は連中の為すことが危険か否かさえ分かればいい、中身に興味はありません。その点だけ報告して戴ければ、後の成果はお好きにしていただいて結構。我々としても、出来る限りの支援をする用意があります。
何より魔術を扱う者として、此度の件は貴殿方の関心を引くものではありませんか?〉
老人は、その言葉に少しだけ思案した風を見せ、暫くして、当たり前の答えを返した。
〈呵呵、違いない――――――――
この世に生を受けて早七十五年、既に家督を譲って久しいが、魔術の研鑽を欠かしたことは無い。全ては退魔として生き残る為――――あの家に男として生まれた時点で、儂の生きる道は決まっておった。
生憎と儂は「根源」などに興味はないが、やはり探究というのは幾つになってもそそる物よ。
よかろう、その任、受けるとしよう。〉
〈―――――ありがとうございます。帝都の方はご子息にお願いしたいのですが、確か陸軍の士官であられましたね?よろしければ貴方の方からお口添え願えないでしょうか?〉
〈相分かった、
――――話し合いは終わったようだ
老人は立ち上がり、静かに部屋を出ていく。それと同時に周りの景色が、白く、霧がかったようにぼやけていく。
襖も、床も、中に居る人も――――それは次第に現実感を失い、僕という存在を弾き出そうと遠ざかっていった―――――
そうして弾き出される直前、部屋に残った男の独り言が微かに聞こえ―――僕の頭に、妙にはっきりと残った―――――
「頼みましたよ―――――――菊地の翁」
――――――――――――――――――――――
第七話 「始まりの日(後)」
オール冬木パートと言うか、オール槍主従パートでしたね。
次回は765サイドのお話を予定しています。勿論それだけではありませんが
では、第八話でお会いしましょう。
タイトルは「運命の夜」です
10/1 追記
流石にネタバレが過ぎると思い、いくつか人物紹介を修正しました。