Fate×アイマス   作:PCN

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第八話投稿です





10/29(月)

菊地家周りのガッタガタの設定を整理した結果、episode1~3を大幅に改訂致しました。
大分書き換えているので、宜しければご覧になってください。








episode8 運命の夜(前)

 2004年 1月29日 19:50

 

 

 

 

 

 

 誰もいない真冬の屋上で、私は一人考える。

 

 

 

 なぜ、私達は止まってしまったんだろう

 

 なぜ、私達は動けないんだろう

 

 なにが、私達を苦しませているんだろう―――

 

 

 これまでは振り返ることもしなかった。

 

 全てが変わってしまったあの日

 あれだけショッキングな出来事だったというのに、その日の私の記憶は既に曖昧(あいまい)だ。それは私自身、現実から逃げてしまっていたからだろう。

 あの時私がどこにいて、どうやって病院までいったかなんてもうすっかり忘れてしまい、最早他人事のようだった。

 だってそんなこと、どうでもよかったのだ。

 

 覚えているのは、たった二つの光景

 静かに横たわる雪歩の姿と、慟哭する真の声が、今も頭から離れない。

 

 彼女の、とても事故にあったとは思えない、なんの苦痛も無いような顔。それを、眠ってるみたいだという人もいた。

 

 私には無理だった。

 ただ呼吸するだけの口は、もう言葉を発してはくれない。眉一つ動かない顔は、苦痛に歪むこともなければ、笑顔を見せてくれることもない。まるで仮面のように、決して動かない。

 それは美しい人形のようで―――彫刻のようで―――絵画のようで―――生きた人間のものとは、少しも思えなかった。

 もう二度と自分から動くことはないんだって、そんな風に思ってしまって、吐き気がした。

 

 

 それがとんでもない誤りだったと気付くのに、私は三ヶ月もかけてしまった。

 どんなに見ていて辛い姿でも、彼女は生きている、必死に生きようとしている。それこそが事実だというのに、私は耐えられなくて、もう目を覚ますことは無いんだって、一人目を反らしてしまっていた。あの日以来、雪歩の顔を見ていない。

 

 

 雪歩はもういない、もう戻ってこない

 

 

 仕事に戻ったころの私は、そう考えるようになっていた。

 雪歩がいないことが彼女たちの心にどんな変容をもたらすか、私には想像できなかった。できなかったから、それを彼女たちが実感できないようにした。

 心のケアを考えて年少組は休まされたが、私は彼女たちにそれとなく事務所にも来ないように伝えていた。マスコミに出くわさないように、というのは建前だ。

 事務所に来れば雪歩がいないということを実感してしまう。彼女達が765プロという総体を認識している限り、そこにいるべき人がいないという事実を否応なしに突き付けられる。

 

 そうしていつか、誰かが壊れてしまって、皆がバラバラになってしまう。そんなのは絶対に嫌だった。

 

 亜美の休養により竜宮小町が活動休止したことである程度手が空いた私は、皆のサポート役として奔走した。

 他の娘は謂わずもがな、伊織やあずささんにだってユニット以外での仕事があった。こんな時でも765プロとしての活動は続いていたし、こんな時だからこそ、世間(ファン)は私達が健在であることを求めていた。

 

 だから私は、その流れに乗っかった。「こんな時こそ」「ファンのために」をお題目にして、彼女達を励まし、駆り立てた。

 そうやってファンと彼女達を繋いでいれば、彼女達が離れ離れになることは無いだろうと思っていた。もう誰も失うことはないだろうと。そんなどうしようもない浅知恵を巡らせて、私は役目を果たしている気になっていた。

 

 何故気づかなかった、何故わからなかった

 

 彼女達は私なんかよりずっと優しくて、前向きで―――――とても、強かった

 

 

〈雪歩が事故にあったって聞いたとき、私もう無我夢中で、嘘だ嘘だって思いながら病院に行ったら真がいて、顔を見て、あぁ本当なんだってわかって―――――真の肩をさすりながら私泣いちゃってたんです。雪歩、死んじゃうのかなって〉

 

 彼女達はまだ年若い女の子だ。近しい人が突然事故に遭って、しかももう目覚めないかもしれないと言われても、その時はただ打ちのめされるだけだったのだろう。

 

〈けど病室で眠ってる雪歩を見て、ふと思ったんです。どこかで見たことあるなぁって。

 少し前に事務所で居眠りしてる雪歩を見たことがあって、あんまりに無防備だったからよく覚えてて、それを思い出したんです。〉

 

 春香の言葉を、今更ながら思い出す。

 

〈おかしいですよね、あんな大変なときに。

 でも、わかったんです。昏睡とか植物状態とか言われても、雪歩が遠くに行ったわけじゃないんだって。病院に行けばちゃんと会えるし、顔を近づけたらちゃんと寝息が聞こえるんです。

 だから思ったんです。自分で起きれないだけで、雪歩は休んでいるだけなんだって。あんなに忙しかったんだから疲れてて当たり前です。ちょっとくらい休んだって誰も文句は言いません。〉

 

 いつだったか事務所で春香と二人になったとき、彼女がぽつりとした話だ。

 うつむき加減に話す彼女の顔はいつになく悲しそうで、その言葉が強がりであることは私の目にも明らかだった。

 

〈こんなとき私達には何ができるんだろう、何をすべきなんだろうって考えて……私達が私達であり続けることが一番大切なんだって、そう思ったんです。

 これまで通りみんなが一つになっていれば、きっと雪歩も安心して戻ってこれると思うんです。目が覚めた時に、置いてかれた、もう765プロ(ここ)にいられないなんて思ってほしくないから。

 ―――――雪歩は、私達の仲間ですから。〉

 

 それでも、事実春香は強いのだ。ただの強がりなんかとは違う、ましてや弱音すら吐けずに冷めていた私とは雲泥の差だ。

 

 

 

 そうだ、私達はいつだって、どんなときだって全力で、前を見据えて進んでいたじゃないか。

 

 イメージするなら荒野の一本道。道は延々と続いていてどのくらい長いのかもわからないが、その先には私達の目指す夢が確かに存在している。

 だが目印など何一つ無く、信じられるのは己の眼と感覚のみ。更に道中には障壁や足元すら見えない霧がふっと湧いて、私達を迷わせてくる。

 

 だが私達は迷わなかった。

 一人では歩くことのできない道でも、私達は一人ではない。常に誰かが誰かの道標(みちしるべ)になっていたから、進む速さは違えど誰一人道を外れずにここまで来た。

 

 これまでも誰かが欠けてしまいそうなことはあった。

 悲しい過去を悪意ある人間によって掘り起こされた千早は歌えなくなってしまい、それならもうアイドルを続けられないと言って、私達から離れていこうとした。

 そんな彼女を、私達は放っておかなかった。

 皆千早の歌が好きだったし、千早がどんなに歌いたがってたかも皆知っていた。

 だからこそ春香は彼女に、自分の素直な気持ちをぶつけてきた。そして私達は千早の弟さんの絵本を元にして、初めて自分達で歌を作った。

 また千早の歌声を聞かせて欲しい。できることなら、彼女にもっと笑顔で、楽しそうに歌って欲しい。そんな想いを込めて『約束』を送った。

 

 

 千早は応えてくれた

 

 

 彼女がファンのもとに、私達のもとに戻ってきてくれた日。

 涙を流して歌う彼女を初めて見た。初めてでも、それが悔し涙ではない、過去を、自分を乗り越えた果てに溢れたものだというのがはっきりと伝わってきた。

 それは千早にとっても私達にとっても、同じ道を歩もうという想いが生んだ最高の結果だった。

 

 

 

 どんな困難や障害にだって私達はぶつかっていったし、どんなに濃い霧でも自分達で晴らしてきた。巧くかわそう、受け流そうなんて考える人は誰もいなかった。時につまずきながら、時に休みながら、夢に向かって一目散に進み続けた。

 それぞれの性格は異なるけれど、私たちに共通していたのはその不器用なまでの強い意志だったと思う。

 

 雪歩が植物状態になってもそれは変わらない。

 彼女達はこんな状況でも、霧の中に隠れる一本道をしっかりと見据えて、今までどおり自分の足で進んでいた。

 真だって他の人より深い傷を負ったけど、それでも一歩ずつ進もうとしていた。

 

 皆に見えていたものを、既に私は見失ってしまっていた。そればかりか、前に進もうという気力すら失せてしまっていた。

 

 なんのことはない

 一番最初に立ち止まったのは、他ならぬ私だったんだ。

 

 

 

「馬鹿ね、私」

 

 手に持った缶コーヒーで、手すりをカン、カンと打ち鳴らす。

 乾いた金属音は、浅はかな私を嗤ってるみたい。あの頃の私はこのアルミ缶のように、空っぽだった。

 

 

 

 それでも、私がそんなでも、しばらくは上手くいっていた。

 美希と千早は海外から、他の皆も雪歩の(そば)から。彼女に届けと歌う彼女達の姿は、悲しみを胸にして尚一層輝いて見えた。

 それはあの時ただ一人立ち止まっていた私にとって、唯一の道標だった。彼女達の照らす光が見えている限り、私はまた歩き始めることができたかもしれない。

 

 

 

 だが、彼女たちの何よりも固かったはずの意志はただ一つの出来事をもって、それも内側から、木っ端微塵に破壊された。

 

 

 

 真の失踪だ

 

 

 

 雪歩の時と同じように、それはなんの前触れもなく訪れた。

 そして雪歩の時とは違い、そこから生まれたのは希望でもなんでもない。ただ底知れないまでの無力感だった。

 

 誰も真の心の内に気付けなかったし、真は私達に何も話してくれなかった。誰一人彼女に寄り添うことができなかったばかりか、それに気づくこともできなかった。

 

 そうして奇怪な手紙だけ残して、彼女はどこかに行ってしまった。

 

 誰もが思ってしまった。

 雪歩が事故に遭った後も、彼女達は道を見失わずに前に進もうとしていたのに。その結果がこれなのかと。

 それならば、これまで私達が築き上げてきた信頼と絆は、全て無駄だったんじゃないかと。

 そんな事を考えてしまって、それを必死に否定しようとした挙げ句、皆が守ろうとした絆のカタチはあってはならないモノに歪んでしまった。

 

 結果彼女達は今度こそ、進むべき道を見失ってしまった。

 

 今回私達に襲いかかった霧はとんでもない猛毒を含んでいた。しかもその毒の霧は自分達で発しているものだった。

 私達を内側から侵し、動けなくしている猛毒。その正体は私達が発散する、暗くて真っ黒な感情だ。

 

 突然いなくなった真への怒りを含んだ困惑、先が見えないことへの恐怖、それを知らない外部からの期待という名の圧力―――――

 全てがないまぜになって沸いてでるマイナス感情は、彼女達が背負うにはあまりにも重すぎた。

 

 そうして彼女達は知ってしまった。

 どんなに思いの丈が深くとも、消えてしまった人にはぶつかっていくことも、寄り添うこともできないのだと。

 

 これ以上仲間を失いたくないなら、もう物理的に見失わないようにするしかない。

 それは誰かが口にするまでもなく765プロ全体に行き渡った共通認識だ。それが致命的な猛毒であるとも知らず、私達は毒を自分から発し、全て自分に帰ってきている。

 道を見失った彼女達は一ヶ所に固まり、寒さに凍える哀れな遭難者のようにその場に(うずくま)ってしまった。

 

 繋がっているのかバラバラなのか、そんなことすらわからない。存在自体があやふやなまま、皮肉にも私が縛りつけようとしたアイドルとしての責務が、辛うじて彼女達を繋ぎ止めている。

 

 このまま道を見失った私達はいずれ、そのまま道を外れて脱落していくだろう。

 崩壊の日は近いのに、誰一人動き出せない。それが今の私達だ。

 

 

 

 真の失踪からこの日まで、姿の見えない恐怖に私達が費やした時間は、あまりにも長かった。暗い感情に丸々二ヶ月も侵され続けた私達に、冷静さを取り戻す時間なんてあるわけがなかった。

 

 だが皮肉にも、当の原因たる真の手紙が潮目を変えた。美希やあずささんのおかげで、不完全ながらも在るべき私を取り戻せたような気がする。

 

 そうして私一人でも冷静になれば、これまでの事を色々と客観的に振り返ることができるようになる。皆を後ろからただ一人で眺めていた私だからこそ、見えてくるものがあった。周りを見渡せば、猛毒に侵されながら、自分はソレを発しないように必死に抵抗している人が確かにいた。

 

 

 そして、新たに見えてくる()()もあった。

 

 ――――――問題は、()()を皆が受け入れられるかどうかだ。

 

 

 覚悟を決めろ――――――

 

 これから私がやろうとしていることは、皆して蹲っている場所に真上から爆弾を落とすようなものだ。一つの仮定――――事実を元にした、考えうる限り最悪の手段。

 いっそ毒の霧ごと焼き払って運良く彼女達だけ生き残っていれば、もしかしたらまた道が見えてくるかもしれない。そうすれば彼女達の内なる感情(どく)も消えてくれるかもしれない。そんな都合(むし)のいい話。

 

 昨日までは皆で話し合う場を設けて、私と美希のように感情をぶつけ合って欲しいと思っていた。それでどんなに険悪な雰囲気になろうと、内に溜め込んだ毒より(たち)の悪いモノは無いからだ。

 

 

 だが、真が手紙置いていってからたった一日。昨夜私が辿り着いた結論は、それを遥かに上回る代物だった。

 

 

 ()()は爆弾としてはおぞましい程に強い。ただ爆発させただけでは、既に限界の彼女達にとどめを刺して、いずれ来る私達の終わりが今日この場所になるだけだ。無責任にも、それを防ぐ手段は私には無い。

 私にできるのはただ投げかけることだけ。それはいずれやらねばならないこと。早ければ良くなるものでもないが、遅ければ遅いほど致命的だ。だがそれが何をもたらすのか、やはり私にはわからない。

 

 私には誰かを照らすことはできない。私が賭けるのは、奥底に閉じ込められた彼女達の強さだ。

 誰か一人でもその道を見つけてくれれば、それがまた、きっと誰かの道標になる。それが連鎖すれば、また私達は歩き出すことができるはずだ。

 

 上手くいくかどうかはわからない。だが私にはやり遂げる責任がある。誰よりも早く立ち止まってしまった者の罪滅ぼしとして、私がやらなければならないんだ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りっちゃん……ひびきんとお姫ちん、帰ってきたよ。」

 

 いつの間にか、亜美が後ろに立っていた。

 

「そう、ありがとう……」

 

 

 まだ14歳の少女の暗い顔。少し前までならあり得なかった彼女の表情も、この二ヶ月で見慣れてしまっていた。

 

 ふざけるな、何が「見慣れてしまった」だ。

 自分勝手な考えで彼女達を助けている気になって、いざ彼女達が追い詰められた時、私は何もできなかった。挙げ句自分のアイドルにこんな顔をさせておいて、何がプロデューサーだ。

 

 

 

 

「――――っ、りっちゃん――――?」

 

 亜美の柔らかい頬に触れ、ごめんなさいと呟いた。これまでのこと、そしてこれからのこと。亜美だけではない、これから私がする話で彼女達は辛い思いをすることになる。

 ―――――社長やプロデューサーは、もっと辛いだろう。

 

 例えそうでも、私はやり遂げなければならない。何度も言うが、それが私の責務だからだ。

 

 協力者が必要だった。美希にはもう、()()()()()()()

 

 

 

 

 

 どうあっても過去は取り戻せない

 

 だから未来で取り返す

 

 もう見失ったりしない

 

 もう絶対に立ち止まらない

 

 ここが、私達の家で在り続けられるように

 

 真と雪歩が戻ってくる場所であるように

 

 

 

 

 

 

 

 私達には夢がある

 

 みんな一緒にトップアイドルになるんだって、そう心に誓ったんだから―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2月2日 6:10

 

 

 

 

 早朝の静けさの中に、トントンと心地よい音が響く。野菜を切るその音はとてもリズミカルで、包丁を持つ桜自身も心なしかピアノを弾いてるようだ。

 微かに混じるパチパチという音は拍手ではない。秋刀魚がグリルの中で焼ける音。

 

 我が家のキッチン内での小さな演奏会。二人は演奏者にして観客だ。

 

 餌を待つ虎は幸いにして、未だ姿を見せていない。テレビも点けていないので、今に響くのは厨房からの音だけだ。

 

 桜がいると、何でもない朝にも色が生まれる。最初はサラダ油すら知らなかったのに、今や衛宮家の厨房を華やかに彩っている。

 というか最近は料理の腕が上達しすぎて、彩るというか支配の領域に入っている気がする。

 ただでさえ夕飯は彼女に任せることが多くなってきた。この上朝までとられてしまえばもう厨房から叩き出されてしまう。一応家主なのに

 

 しかし本当に楽しそうだ。普通朝の料理とか眠くて億劫だろうに、ましてや弓道部の桜はこの後朝練だ。今日だって、俺が朝飯をほぼ作り終わって弁当を作っていると聞くや厨房に入り、自分の分を作り始めた。

 

 

「桜、本当にいいのか?昨日の朝は全部やってもらったんだし居間でゆっくりしてていいんだぞ?そりゃ藤ねえが相手じゃ逆に疲れるかもしんないけどさ。」

 

 こうやって促してみてもここ数ヶ月、返ってくる言葉は似たようなものだ。

 

「いいんですよ先輩、好きでやっていることですから。私、趣味はお料理と弓以外にありませんし、家ではすることもありませんから。」

 

 そら、いつもこんな調子だ。

 

「することないからってわざわざ手伝いに来なくても――――こっちとしても助かってるけどさ、今日だって5時起きだろ?疲れとかあるんじゃないか?」

 

 間桐邸からここまでは歩いて数十分かかる。女の子の朝準備などを考えれば、もっと早く起きているかもしれない。

 

「疲れというなら先輩だっておんなじです。寝ぼけてメインを作りすぎちゃってうわーってなっていたじゃないですか。」

 

「む―――――」

 

 笑顔のまま言い返されてしまった。別に寝ぼけていたわけではないけど、失態を犯したのは確かなので何も言い返せない。

 はあ―――藤ねえの影響か前より明るくなったのはいいけれど、強情なトコまで影響されなくてもいいじゃないか。

 

「それに―――」

 

 桜の将来について一人勝手に心配していると、当の彼女がふと呟いた。

 

 

「―――私、家より衛宮邸(ここ)でお料理してるほうが、ずっと楽ですから。

 何も知らなかった私に、先輩はお料理の楽しさを教えてくださいました。だから毎日ここでお手伝いすることが、私なりの恩返しなんです。

 ちゃんと目標だってあるんですよ?いつか先輩の味を超えて、先輩をあっと言わせることが私の今の目標です。」

 

 もうすぐ射程距離ですよ、と彼女は朗らかに付け加えた。

 

 

「恩返しだなんて、桜も変なやつだな。というかそれ、日々俺の技術を盗んでるってことか?」

 

 俺は冗談めかして、からかうように返答した。ところが彼女は真に受けたようで

 

「はい、日々勉強です。」

 

 と、にっこり笑って返事をした。

 

 何てことだ、朝から不意討ちを喰っちまった。桜の予想外の返事に俺が呆気にとられていると、彼女は続けて――――――

 

「先輩、覚悟してくださいね?いつか必ず叶えて見せます。その為に私、これからもお手伝いに来ますから。それに私――――――」

 

 そう言って言葉を切り、桜は何を思ったか一瞬目を瞑った。そして次に目を開いたとき、彼女はその名の通り桜のような笑顔を浮かべ―――――

 

 

 

 

「先輩のお(うち)じゃないと、ご飯、美味しく食べれなくなっちゃったんですから。」

 

 ―――――祈るように、そう言った。

 

 

 

「―――――――――」

 

 少し恥ずかしいような言葉でも、桜に言われると自然に笑みが(こぼ)れた。彼女の自由時間を奪うことになってはいるけど、桜との料理は楽しいし、桜が家に来てくれることが、家族として何より嬉しい。

 

 

 

 

 それが俺の、偽らざる一番の気持ちだった。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 6時15分過ぎ、藤ねえがいつものようにやってきた。

 彼女は一言「おっはよー」と朝のホームルームと似たような挨拶をかまし、くるりと回転して居間の机に陣取(おさま)った。

 

 丁度グリルがジュウジュウという音を微かに加え始め、秋刀魚が焼き上がった事を伝えてくる。

 今日の献立は先程の秋刀魚に豆腐の味噌汁、漬け物と白米。何の変哲もない朝の和食

 

 俺が和食で桜が洋食。今の我が家での、それぞれの担当料理だ。以前は洋食も俺の得意分野だったが、最近とうとう桜に追い抜かれてしまった。師匠としては弟子の成長は嬉しいものだが、やはり悔しいという思いもある。

 

 まぁどちらにしろ、我が家の食卓に並ぶのは自然と和食か洋食ということになる。中華も作らないわけではないが、あの大衆向けの料理よりかはやはり()った和食の方が俺の性に合っている。

 勿論中華料理にも凝ったものが有ることは知っている。ラーメン二十郎? 何だそれは

 

 

 

「よし、上出来だ。」

 

 秋刀魚の腹を箸でつつき、焼き上がり具合を確認する。藤ねえは腹を空かせて既にぐでーっとなっている。早く朝飯にしないと叫び出しそうだ。

 

「ほい桜、パス。先に皿に乗せといてくれ。」

 

「はい、お疲れ様です先輩。」

 

 焼き上がった秋刀魚をグリルごと取り出し、桜に渡そうとする。彼女は秋刀魚を乗せる皿を取り出して――――――

 

 

 

 

 バリン、と固いモノが割れる音がした。

 

 

 

 

「え―――――――――?」

 

 漏れた声は誰のものだったか。俺が驚いて桜を見ると、桜は更に驚いた顔をして、ただ一点を見つめていた。

 顔を下に向けると、お手本のように割れた皿が目に入る。桜はそれにも気づかないように、俺の左手だけを凝視していた。

 

 彼女は何も言わない。だが楕円に見開かれた紫の瞳には、ありとあらゆる感情が込められているように見えた。

 

 誘われるように左手を見ると、甲に痣のようなものが浮かんでいた。薄い赤黒い線が何本か、それはミミズ腫れのようで、正直気味が悪かった。

 

 

「―――――!ご、ごめんなさい!私びっくりしちゃって――――」

 

 数秒の後に我に返った桜は、慌てた様子で皿の破片を集めようとする。

 

「――――ばか、触るな!怪我するぞ!」

 

 焦ったのか素手で皿に触れようとした桜を押し留め、箒と新聞紙を取りに行く。藤ねえが「どうしたのー」と顔をのぞかせたが無視した。

 桜が痣に驚いて皿を落としたなら、気付かなかった俺のせいだ。くそ、自分の体のことなのに、いつぶつけたってんだ。

 

「大丈夫か桜、足とか怪我してないか?」

 

 厨房に戻ると、彼女は皿を拾うのは止めていたものの、ショックが収まらないのか呆然と立ち尽くしていた。

 

「はい…大丈夫です…ごめんなさい、大事なお皿を割ってしまって…」

 

「ばか、謝るな。気付かなかった俺が悪いんだから。」

 

 そう言って片付け始めたが、それでも桜の表情は晴れない。

 

 彼女は下を向いてたった一言、どうして、と譫言(うわごと)のように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 2月2日 7:30

 

 

 

「さて、行くか。」

 

 そう独り言を呟きながら、鞄を持った。

 

 

 結局あの後、桜は数十分前までの明るさが嘘だったかのように元気が無くなり、朝食も食べずに学校へ行ってしまった。

 

 桜の体調が悪そうなのを見て、弓道部顧問の藤ねえが朝練を休むことを勧めたが、彼女は「いえ、大丈夫です。」と静かに断った。

 そのくせ俺には「今日…できるだけ早く帰ってきてください。」と妙な頼みごとをして、俺が頷いたのを見てから玄関を後にした。

 藤ねえは朝飯を食べ終わるやいなやバイクでさっさと登校し、俺は食器を洗って身支度をして、いつもの時間に家を出た。

 

 部活もやってない俺は、登下校は基本一人だ。昨日は桜と登校して一成に「衛宮は間桐の妹さんとお付き合いしてるのか」と言われたがそういうわけではない。友人の妹を預かってる身として、それは節操が無さすぎるってものだろう。

 

 この時間帯だと、同じように登校中の生徒が多く見られる。連中の世間話はよく聞こえてくるが、大体が今注目のアイドルとか、最近できた喫茶店といった話題だった。

 

 そういえば、数ヶ月前の大事故でとある有名アイドルが巻き込まれて重体だという話題があったが、その人は結局どうなったんだろう?

 あの事故では少なからぬ人が亡くなったが、死者もその人も、俺には()()()()()()()()()()()

 

 そんなことを考えてるうちに、いつの間にか学校に着いていた。何人か見知った顔に会ったので挨拶を交わし、他の生徒と同様に門を通ろうとして――――――

 

 

 

「――――――――――!」

 

 何か、強烈な違和感を覚え、立ち止まった。

 

 視界はなんともないのに、校庭を走る生徒は人形のように現実感を失っていた。人間だけではない、校庭から校舎に至るまで、貼りついた粘膜のような違和感と不快感は学校中を支配していた。

 

 

「―――――疲れてんのかな、俺」

 

 

 気づかずに付いていた痣といい、桜の指摘は案外当たってるのかもしれない。「鍛練」にかまけるのもいいが、実生活に影響を及ぼしてはまずいだろう。

 

 一人考え込んでた俺は横から近づく声を聞いておらず、知り合いの弓道部主将に頭を小突かれる羽目になった。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 2月2日 16:30

 

 

 土曜日の授業は午前中までだ。授業を終えた生徒たちは部活に行くなり遊びに行くなり、三々五々散っていった。俺は俺で生徒会長の一成に頼まれて、この時間まで備品の修理をやっていた。

 

 別にそれが役目って訳じゃない。俺にできることだからやっているだけだ。

 

 それもつい先程終わり、俺は学校の階段を降りている。向かうは一年の教室。桜の様子を見に行くためだ。

 朝校門で会った美綴(みつづり)に桜の様子を聞くと、特に変わったことは無く、朝練には出てたようだ。

 それでもやはり、皿を割ったくらいであの落ち込みようはおかしい。落ち込むならまだしも、居間で転ぶわお茶は溢すわ、今朝の彼女は失敗だらけだった。その上朝飯も食べないとあれば病気を疑うのは当然だろう。

 

「えっと、確かB組だったよな…」

 

 一年の階に入ると、当然というべきか廊下はとっくに伽藍(がらん)となっていて、教室から人の声は全くしなかった。教室だけではない。先日起こった殺人事件の影響で、下校時間が早くなった。だからこの時間でも部活は全て終わっており、素直に帰宅したかはともかくとして、既に学校には誰もいない。

 だから桜もとっくに帰っただろうと思いながら、俺はB組の扉を開けた。

 

 

 案の定、中には誰もいなかった。

 まぁ今日は家に来れないと言っていたし、明日あたりに確かめればいいだろう。ここのところずっと来てたんだから、桜には自宅でゆっくりしててもらわなければ。

 

 桜がいないのならもう学校に用はない。彼女の言ったことも気になるし、早めに帰るか――――

 

 

 

「なにしてんの、衛宮」

 

 不意に声をかけられた。声の方を向くと、見慣れたクラスメイトが薄笑いを浮かべながら立っている。

 

「慎二――――――」

 

「ここ、一年の教室だろ?なんか用でもあんの?」

 

 慎二は一人のようだ。いつも周りを囲んでる女子も、今日は連れていないらしい。

 

「別に、何もないよ。慎二こそどうしたんだ?今日は部活ないはずだろ」

 

「はっ―――僕はお前と違ってね、色々と忙しいんだよ。お前はまた生徒会に胡麻すり?熱心だね、どうも」

 

「熱心ってわけじゃないさ、学校の備品が壊れたら修理するのは当たり前だろ?俺達が使うんだからさ。」

 

 俺としては至極真っ当な答えを返したつもりだったが、慎二はそれがお気に召さなかったようで

 

「当たり前、ね。そういういい子ぶりが癪に触るって、前に言ったはずなんだけど。」

 

 と、不機嫌な顔で言った。

 

「―――――そうだっけ?済まない、記憶に無かった。聞き流してたかな」

 

 慎二が言うならまぁそうなんだろうが、覚えてないんだからしょうがない。だからそうやって、眉間に皺寄せられても困る。

 

「―――っ、あっそ、本当に苛つくな、お前」

 

 慎二は吐き捨てるように言った。

 彼とは中学からの付き合いでこんな会話も珍しくないが、桜に言わせればこれでも好かれてる方なんだろう。

 

 

 

 

 すると慎二は、何か楽しいことでも考え付いたかのように、にやりと口を歪ませ

 ―――――1つ、頼みごとをしてきた。

 

「そうだ――――なぁ衛宮、実はうちの弓道場割りと散らかっててさ、弦も巻いてないのが結構あるんだ。

 それ、やってくんない?」

 

「掃除か―――だけどそれ、お前の仕事だろ?」

 

 慎二は弓道部副主将だ。腕はいいのだが、素行の面での問題は美綴からよく愚痴られている。

 

 

 

「言ったろ、僕は忙しいって。暇なんだろ?だったら頼まれてくれよ。元弓道部のよしみでさ」

 

 そう言って、慎二は俺の肩に手を置いた。

 

 ―――――まぁ暇なのは事実だし、勝手知ったる弓道場なら問題ないけど、桜には早く帰ってくれと頼まれてるしな。ここは―――――――

 

 

 

 

「――――――ああ、構わないよ」

 

 うん、やっぱり馴染みある場所が散らかってるのは放っておけない。慎二は弓の張り直しとか苦手だったし、俺がやるのが丁度いい。

 

 しかし、俺の承諾の言葉に慎二はかえって表情を強張らせ、ぎろりと俺を睨み付けると――――

 

 

「――――そう、じゃあ後は勝手にやってれば?退屈で、やる価値もない雑用をさ―――――」

 

 

 そう言い残し、慎二は足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 2月2日 20:00

 

 

 

 

 門を出たとき、既に時計は夜の八時を指していた。

 弓道場は思ったより散らかっており、部屋の隅には埃が溜まっていた。もうここまで来たらってんで本格的に掃除をしてしまい、弓の張り直しを含めて全部やってたら、結局こんな時間になってしまった。

 

 このぶんだと帰りは八時半を過ぎるだろう。準備の時間を考えれば夕食は九時近く、藤ねえはもう藤村組に帰ってるだろうし、久しぶりの一人飯になりそうだ。

 

 早く帰るつもりだったので献立も考えていたが、正直面倒くさい。こんな時間だし、もっと軽いやつでいいだろう――――――

 

 

 

 

 

 そんな事を考えながら、帰ろうと歩き始めたとき、()()は突然やってきた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねえ」

 

 

 

 ―――――月もない暗闇の中で、その声は不自然なほどよく響いた

 

 振り向くと、そこには二日前の、あの白い少女が立っている

 

 ―――――違う

 

 夜を舐めとるような白銀の髪に、忘れもしない真珠の瞳

 

 ―――――――違う

 

 果たしてソレは人が産んだものなのか、それとも人が造ったモノなのか

 

 ―――――――――違う

 

 街灯(ひかり)のない路にポウと浮かび上がるソレは、宵闇の中で一際目立っている。

 

 だが、その少女の妖しい気配すら、背後の怪物はいとも簡単に押し潰していた。

 

 

「―――――、―――――、―――――」

 

 

 

 ―――――――――なんだ、アレは

 

 在ってはならない

 この街、この世界に、あんなものが在っていい筈がない

 

 大樹のような巨体も、それを真っ二つに出来るほどの巨斧も、アレを表現するに(あた)わない

 

 人のカタチをしているのが不思議なくらいだ

 

 その圧倒的な体躯以上に、規格外という言葉すら陳腐に思えるくらいに

 

 アレの存在は大きすぎた

 

 

 

 ――――――アレは「死」だ

 

 十年前の火災すら凌駕するほど絶望的で、そして確定された死

 

 

 「駄目じゃない、まだ呼び出してないなんて。言ったはずよ、死んじゃうって」

 

 

 鈴のように響く少女の声

 その後ろで、黒い怪物は死の宣告を待っている

 

 少女が笑みを浮かべる

 

 それが、殺戮の合図だと本能が理解してしまい

 

 

 

 気づけば、その場から全力で逃げ出していた

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ、殺すね―――――

  上手く逃げてよ?お兄ちゃん―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 1月29日 20:00

 

 

 

 

 

「して―――律子君、話とは?」

 

 

 

 

 全員が揃ったのを見て、まずは社長が口を開いた。場所は事務所内の2つのソファー、そこに座る者、後ろに立つ者、壁際に立つ者、そして私――――合わせて14人

 

 こうしていると、竜宮が初めて歌番組に出た日の事を思い出す。あの時も同じ場所で、皆でテレビに釘付けになっていた。

 あの時と違うのは、視線を集めているのがテレビではなく私、秋月律子ということだ。

 

 ―――――そして何よりの違いは、あの日からもう二人もいなくなってしまったということだ。

 

 皆の顔は一様に暗い。そんな中でこれを話すには生半可な覚悟じゃとても足りない。そんな覚悟が私にあるのか、この期に及んでもわからない。

 

 ただあずささんと目が会ったとき、優しく「頑張ってください」と言われた気がして、少しだけ勇気が湧いた――――――――

 

 

 

 

 

「ここ数日、私なりにこれまでの事を振り返ってみたんです。私達のこと、私自身のこと―――――そして、真のこと」

 

 話は敢えて唐突に、誰にも口を挟ませないように話していく。今回の肝は、ある地点までの主導権は私が握るということだ。何を投げ込むにしろ過程が大切だ。正しいフォームでなければ、正しい場所に投げることはできないのだ。

 

「真がいなくなって二ヶ月が経ちます。社長が力を尽くしてくださっていますが、未だに手掛かりを掴むことはできていません。」

 

 感情に訴えかけずにただ事実だけを述べる。

 真の手紙の件にも敢えて触れない。皆に「この人は何を話してるんだろう?」と思ってもらえれば、今のところ順調だ。

 

 

「今更何をと思われるかもしれませんが、改めて聞きます。

 真がいなくなる前、彼女に何か変わったことはありませんでしたか?」

 

 ここからだ

 本来二ヶ月も前にするべき質問(現にやった)を、わざわざ今ここで行う。その答えを既に知りながら、皆に一斉に問い掛けたのには当然私の意図がある。

 

 案の定、皆一斉に首を横に振った。

 

 欲しかったのはこれだ。否定の意思の統一、いなくなる前の真になんの変容も見られなかったという、私達の共通認識だ。

 

「―――――このように、失踪前の真に不審な点は見当たりませんでした。けど私は思いました。それはおかしい、あり得ないと。」

 

 ここで一呼吸入れる。

 話の核心には近付いているが、皆にはそれを悟らせない。ここまでは全部真についての話だし、ここからしばらくは真の話だ。

 

 違うのはその核心だけ。生々しい反応をとりたい人が、この中に最低一人はいる。

 

 

 

「ここ数年真と付き合ってきて、私達の彼女に対するイメージというのはある程度固まっていると思います。

 真は素直で、喧嘩っぱやくて、かっこよくて、だけど古臭い可愛さに走ってて、そして何より、とても仲間想いです。」

 

 

 思えば、私達が知り合ってからここまではあっという間だった。その中でも皆成長していったし、真も髪を伸ばしたりして変わっていった。

 仕事のない日々も忙しい日々も合わせて、気の休まる日などあまり無かったように思えるが、それもこの地獄のような二ヶ月間に比べれば、なんと充実していたことだろう。

 

 感傷に浸っている暇はない。ただ私達が取り戻すべきものは案外なんでもないもので―――――そして果てしなく尊いものだということだ。

 

「だけどその反面、彼女は隠し事が苦手です。

 素直で感情的だから、想いを内に溜め込むことができないんです。」

 

 真は平たく言うと能動的だ。向こう見ずな行動もそうだが、心の面でも彼女は自分の想いを積極的に発信していく性格だ。特に仲間のことになればそれは顕著となる。

 

「だから私は納得できない。真が私達に何も言わずにいなくなったことが。彼女自身のことなら秘密の1つや2つあるかもしれません。だけど手紙の通り雪歩のことなら彼女には隠し通せやしない。必ず顔に出てしまう。」

 

 話す言葉が熱を帯びてくる。ここで初めて雪歩の名前を出した。話はいよいよ本丸に入る。

 

 努めて平静を装うが、上手くいく気がしない。だから一つ深呼吸を入れて、私は落ち着きを取り戻した。

 

 

 

 

「だから考えました。

 真にとっても急だったんじゃないかって」

 

 

 

 ――――――――あぁ、()()()()()()()

 

 

 

 一番可能性があって、一番反応して欲しくなかった人。

 

 やっぱり()が一番早かった―――――

 

 

「――――顔に出るどころか私達と顔を合わせる暇もない程の、向こう見ずな彼女が、いてもたってもいられない程の事があったんです。」

 

 

 真がどこにいるか、何をしているか、きっと皆知りたがっている。

 

 だがこの瞬間に於いて重要なのはただ一つ、「何故、そうしたか」だ。

 

 

「何かがあったんです。真がいなくなった去年の12月1日――――その()()に」

 

 

 

 

 ――――――――二人目

 

 

 これで確信した。私の至った推測はこの瞬間、紛うことなき事実となった。

 

 

 

 

「社長、プロデューサー」

 

 

 私はここで初めて、この場の全員でなくただ二人を見据える。

 隣同士に立つその二人は、目を逸らすことなく私を見て、口を固く結んだ。

 今まさに、覚悟を決めたように

 

 私の推測は、恐らく正しい

 だから、私から事実を告げたところで、きっと何一つ変わらないんだろう。

 

 それでも――――例え何も変わらないとしても――――それは私がやるべきことではない。

 

 事実は、彼らから伝えられるべきだ。

 二人が私達を守るために、心の奥底に伏せてきた悲しい事実。それは彼らの口から伝わることで、初めて皆の心に染み渡るものだと思う。

 

 勝手な憶測だが、彼等自身他の人に語られるよりかは、自分から話すことを望んでいるだろう。

 何故なら、それが彼等の身に刻みつけられた、責務というべきものだからだ。

 

 

 ――――だから私は、最後にこう問いかけた

 

 

 

 

「私達に、何か隠していますよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第八話「運命の夜(前)」

 

 




「私達」「彼女達」使いすぎ問題

慎二は日常会話からしてイラッとくるんですが、そこら辺書くの難しいですね。



では、また次回お会いしましょう。

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