怠惰なる二ヶ月半と、身も震えるような二週間を経て、ようやく最新話投稿と相成りました
尚前話で、次回で序章完結とか言ってましたが、すみませんどうか忘れてください。
また、活動報告にも書きましたが、先日執筆途中の最新話を誤って投稿してしまいました。この場を借りて重ねてお詫び申し上げます。
2004年 2月2日 20:10
――――そこは、どこにでもある学校の屋上
少女はたまに、そこに訪れる――――――
その名の示す通り、冬木市の冬は本当に寒い。降雪に至ることはあまりないものの、2月ともなれば気温は格段に低くなり、日没後には氷点下近くになるのも珍しくない。
午後八時を過ぎるとなれば猶更だ。遮蔽物のない屋上には寒風が容赦なく吹きつけ、近くの森は木々を通し、微かに虎落笛を吹き鳴らしている。
現在の気温は僅かに3℃。少女の真っ赤なコートだけでは防寒には物足りないようにも思われるが、魔術で体温調節できる彼女にとって、こんな寒さなど問題ではない。
夜空は少し曇りがかって、星も月も見えはしない。だが、別に少女は
学校中に刻まれたあるモノ――――少女はそれを探すために、放課後から現在に至るまで、校内を休むことなく歩き回っていた。
魔術師―――――
彼女もまた、聖杯戦争のマスターである。
――――――――――――――――――――――
「これで七つ目か―――――とりあえず、ここが起点のようね。」
私立、穂群原学園――――現在私が通っている高校には、一つの異常が起きていた。
勿論、異常なのはここだけではなく街全体だ。第五次聖杯戦争を迎えた今となっては、どこで何が起きても不思議ではないし、新都では現に被害者が出ていた。前回で学校が戦場になったとは聞かないが、だからといって今回も見逃されるわけではない。
――――学校には、結界が張られていた。
街に張り巡らされているそれとは違う、より限定的で強力な、とても質が悪いモノ。
通常結界は、決められた領域の
境界はここだと喧伝するなんて勿論下の下。最高級の結界とは、結界が在ること自体周りに気づかせない代物でなければならないのだ。
だがこの結界を張った奴はそんなこと、欠片ほども考えていない。いや、
学校に入った瞬間に襲ってきた、ヘドロのように不快な感覚、あんな自己主張の激しい結界など見たこともない。
まだ起動すらしていない段階で、こんなにも異常を振りまいている。その時点で、この結界は三流以下だ。これじゃあ
だがそんなことはどうでもいい。
此度の術者が
結界はとてつもなく強力で、それに相応しい悪意に満ち満ちていた。
これは、人間を『溶解』させるための結界だ。これの手に掛かった人間は、文字通り溶けて無くなる。学校全ての人間を標的に、ヒトの命を短時間で根こそぎ奪い収集する、超効率の略奪行為。どこまでも無慈悲で容赦の無い、現代に
それがこの結界の正体だ。
「参ったな、これ、私じゃ手に負えない。」
これを張った奴は何も考えていない。だが、込められた技術や神秘は超一流と言うべきものだ。
屋上の床に刻まれた呪刻、毒々しい赤紫で描かれた七画の文字は、見たこともない刻印だった。
結界が点と点の連結図、或いは円で作り出すものである以上、点を破壊すれば
私も階下で見つけた呪刻を破壊しようとしたが、それの神秘は大きすぎて、私が流し込んだ
『神秘は、より大きな神秘によって否定される』
魔術の鉄則にそうあるように、既にこの結界は私がどうにもできない程に昇華されていた。
そうまでして何を集めようと言うのか。
決まっている、人をどろどろに溶かしておいて、そこに残るものなんて一つしかない。
だが
だからそいつの目的は、残された魂を使うことではない。ただ喰い荒らすという目的のために、こんなモノを仕掛けた。つまり『魂喰い』だ。
「アーチャー、
私は冷たい声で、隣の
誰もいないように思える場所からは、男の低い声が響いた。
「君の推察通りだ、凛。
私達は霊体だ。故に君達とは栄養となるものが違う。第二要素の『魂』と第三要素の『精神』を養分として、
そして魂というのは食事と違って、鍋のように体内に溜め込むことも可能だ。それで基礎能力が上がるわけではないが、よりタフになる。結果的に生き残る可能性は上がるというわけだ。」
「それは、マスターからの魔力供給じゃ足りないってこと?」
「足りないというわけではないが、あればあるほどいいというものだ。マスターと言えど、誰もが君のように魔力に満ちているわけではない。
マスターとしての実力が低い者、或いはサーヴァントの能力が低く、魔力に頼るしかない者。魔力を無差別に喰う理由としては十分だ。
そうでなくとも、戦争に備蓄は付き物だろう?魔術師であるならば、この戦争でまず最初にすべきは魔力の確保と考えるだろう。となれば、他人から奪い去るのが最も手っ取り早いという結論に、彼等は容易に辿り着く。
その点で言えば、この結界は実に効率的だ。」
アーチャーの言うことは事実だ。私も魔術師なのだから、それが常識ということも
だから、私がすべきことは明らかだ。
「それ、癪に触るわ。二度と口にしないで。」
私のとるべき道を踏まえて、アーチャーにそう告げる。そんな事、私の
「同感だ。私も真似をするつもりはない」
それにアーチャーは弾むような声で、頼もしく応えてくれた。
「さて、とりあえずこれを何とかしなきゃね。無駄だろうけど、邪魔ぐらいにはなるでしょ。」
そう言って私は左腕を差し出す。意識のスイッチを入れて魔術回路を起こし、遠坂家の魔道書―――魔術刻印に魔力を流し込んだ。
私が結界の存在を知ったのは今朝なのだが、張られたのは多分少しだけ前。アーチャーを召喚した日にはまだなかったから、それこそ今日昨日でのやっつけ仕事だ。
結界自体は強力なのだが、完成までは程遠い。術者の調子が悪いのか、どうにも進みが遅いようだった。
だから今は消せなくてもいい。これを消去する方法は単純だ。これを作った奴を始末すれば、結界は自然と消え失せる。
元よりそのつもりだ。結界の効力がなんだろうが、やることに変わりはない。
「
刻印の中の結界消去の一説を読み込み、発動させる。そうして左手で呪刻に触れ、一気に魔力を押し流した。
「―――――、―――――、―――――」
作業は、ほんの十数秒で終わった。術者が魔力を流し込めばまた復活してしまうが、今私ができることはこれだけだ。
「――――――ふぅ」
「疲れただろう、凛。差し出がましいが、今日はもう帰った方が良いのではないかね?」
「―――そうね、敵もいないみたいだし、ここら辺が潮時かな。」
正直まだ活力はあるが、魔力を消費したのも事実だ。給仕が得意なサーヴァントなんて要らないと思っていたが、こういう時には今朝のような紅茶が欲しくなる。
「じゃあ、引き上げましょうか。帰ったら―――――――アーチャー?」
振り向くと、アーチャーは学校の外――――――よりも遠くの方を睨み付けていた
「どうしたの?」
使い魔は事も無げに言った
「サーヴァントだ。人を襲っている」
「――――――はぁ!?」
簡潔明瞭――――アーチャーはこれ以上なく的確に、事態を説明して見せた。
「――――どこで!?」
だから私も、即座に思考を切り替えることができた。休憩ムードなど瞬時にすっ飛ばし、戦うマスターへとシフトした。
「――――2キロ先と言ったところか。ど――」
「決まってんでしょ!行くわよアーチャー!!」
どうするかね―――と言いかけるのを遮って、現場急行を命令する。
彼は「了解した」と呟き、私を抱き上げるや否や、夜空に向けて飛び上がった
――――――――――――――――――――――
「―――――えっ?」
―――――一瞬、何が起きたかわからなかった
ビュン――という素振りの音と、ズガンという破壊音
その瞬間、体が宙に浮いて―――――
硬い石の壁に、背中から叩きつけられた
「がっ―――――――!!!」
背骨がバキリと断末魔の悲鳴を挙げ、支柱を文字通りへし折られた肉体は、壁を伝ってずるずると崩れ落ちていく。
「が――――あ―――――」
半開きの口からは、ごぼりと血が流れ出している。叩きつけられた衝撃で、内臓が圧迫されたのだ。
後頭部を打ったせいか、痛覚を含め全ての感覚が弛緩している。おかげで無様に叫び散らすことも無いが、それも長くは続かない。どうせ後から襲ってくるだろう苦痛の代償は、指一本たりとも動かせないという現実だ。
「――――――っ―――――」
苦悶の音すら挙げられず、壊れた人形のような俺の前に、ズシンと死の気配が近づいてくる。
黒い巨人は一歩ずつ、恐怖を煽るようにゆっくり歩き、やがて目の前で立ち止まった。
「アハハハ――――いいわよバーサーカー!やればできるじゃないの!」
少女の、俺の惨状が可笑しくて堪らないといった風な、馬鹿にするような笑い声
目の前で発せられるその音も、今の聴覚では遥か遠くのサイレンのように聞こえるだけだ。
「―――――ゴホッ――――あ―――」
気が遠い―――魂が体だけ残して、下へ下へと堕ちていく感覚。このまま放っとかれても、この身の行く末はとうに決まっている。
だがこうして死を間近にしてるというのに、俺は「ここはどこだろう」と、どうでもいいことを考えていた。
薄目を僅かに開けて、視線だけを周りに向ける。視界がぼやけている上に少女と巨人に遮られてよく見えないが、そこは間違いなく我が家の庭だった。
左手には、屋敷の縁側がちらりと見える。ということは、俺が叩きつけられたのは土蔵の壁だ。
記憶の最後は家の門前だった。つまり、俺はそこから塀を越え、優に30メートルも吹っ飛ばされたことになる。骨折して当たり前だ、即死しなかっただけマシだったと言えるだろう。
首筋が妙に生暖かい。どうやら吐血しただけでなく、頭からも出血しているらしい。怪物の振るった斧は直撃こそしなかったが、脆弱な人間には空振りの余波だけで十分すぎた。瓦礫のついでに吹っ飛ばされただけで、現に俺はこの有り様だ。
――――トコトコと、小さな足音が聞こえる。
あの、銀色の少女だ。
少女はかがみこんで、まるで観察でもするかのように、俺の顔をじろじろと眺めている。
「フフ―――気分はどう?お兄ちゃん。こんな化け物に襲われるなんて、今まで考えもしなかったでしょう?
わかってるだろうけど、今のはわざと外させたんだよ。当てたりなんかしたら、真っ二つじゃ済まないもの。」
少女はあくまで無邪気だ。年相応に屈託のない笑顔を浮かべて、人をいたぶって殺すという残虐な行為を、心の底から愉しんでいる。
「けど、意外と頑丈なのね。バーサーカーに吹っ飛ばされたら普通はぺちゃんこなのに、まだそんな目ができるなんて。
―――――ふざけるな
なけなしの気力を振り絞り、少女の紅い目を睨み付ける―――――
「アハ―――いい顔ね、お兄ちゃん
うん、獲物はやっぱり活きがいいのに限るわ。だってそうでしょう?ただ虫を踏み潰すだなんて、そんなのを〈狩り〉とは呼ばないわ。」
まだだ―――まだ死ねない
「脚も人間にしては速かったし、やっぱり
何故、俺が目の敵にされたかはわからないし、そんなことはどうでもいい
唯一の問題は、仮に少女の望み通りに俺が死んだとして、彼女は満足してくれるだろうかということだ。
――――――あり得ない、そんな訳がない
この怪物は人だろうが物だろうが、目の前のモノを壊すことしか知らぬ真なる狂戦士だ。俺が死んだ後も、こいつらは町中で暴れまわって破壊の限りを尽くすだろう。
この街にどれだけの人々が暮らしているか、彼女達は知ろうともしないだろう。道端の小蟻を見止める人間がいないように、彼女達にとって他人などその程度の存在だ。
この後何百何千人が俺と同じ目に遭おうとも、連中はそんなこと気にも留めないし、それを止められる者は誰一人いないのだ。
ふざけるな――――!!
そんなこと、許される筈がない―――そんなこと絶対に―――絶対にさせやしない―――!
「ぐ―――――がぁ――――は――――」
立ち上がろうにも背骨はとうに折れ、貧血のためか体に力が入らない。例え立ち上がれたところで、こいつがその気になれば、俺に一瞬でとどめを刺すことができる。
そんなこと、俺が一番よくわかっている。
十数分前の邂逅から俺はずっと、全力で奴らから逃げていた。戦う武器を求めて、家に向かって必死に走っていた。追いつかれさえしなければ、まだ希望が残っていると思っていたのだ。
―――――全部無駄だった
俺はあの怪物の―――いや、あの少女の掌の上で踊らされていただけなのだ。
俺の全力疾走なんて、あの怪物にとっては赤子の前進と何一つ違わない。いつでも一足跳びで追い付いて、そのまま踏み潰すことだって容易だった筈だ。
それをしなかったのは、俺をできるだけ苦しませようとしたからに違いない。何が目的かは知らないが、単に一撃で殺すだけでは面白くないと、わざわざ俺が家に辿り着くまで泳がせて、希望にすがるのを待ち構えていたのだ。
俺を絶望させる、ただそれだけのために
だとしても――――いや、だからこそ、諦めてやるわけにはいかない
傷は致命的な程に酷いが、土蔵に叩きつけられたのは好都合だ。歩くことすらできないなら、這ってでも進めばいい。土蔵の中に入れば武器になる得物が手に入る。それであの怪物に叶うはずもないがそんなことは関係ない。
――――衛宮士郎は、ここで死んではならない
10年前の「あの火災」――――あの夜をたった一人生き残った俺が、何もわからず、何一つ義務を果たせず、こんな所で無様に死ぬことなど、何があっても許されない
――――約束した
切嗣の夢は、俺が受け継ぐのだと――――――俺が、必ず形にしてやるんだと
―――――『正義の味方』になるのだと
「――――――――――」
息も絶え絶えとはまさにこのこと、肺は徐々に衰弱し、血に濡れた口からは、もはや掠れ声すら出なくなった。
俺がほどなく息絶えるのは、誰が見ても明らかだ。だが衛宮士郎はその事実を覆した上で、この場を生きて乗りきらなければならない。
だから、やることは一つしかない。
ズタズタの体を気力だけで引きずって、土蔵の入り口に向かって文字通り這い進む。それが、俺にできる唯一の足掻きだとしても、途中で諦めることなど決してあってはならないのだ。
「フフ、可っ笑しい。まるで
出血量は致命的だ。折れたのは背骨だけではないだろう。戻ってきた痛覚が、肋骨と頭蓋が割れたことを告げていた。
「――――がっ――!―――があああ――!!」
―――――痛い、痛い痛い痛い痛いイタイ―――!!!
声が出ない、悲鳴が挙げられない―――口を開けば、それだけでバラバラになってしまいそう
臓器は折れた肋骨が刺さってぐちゃぐちゃ、試しに腹を介錯してみれば、赤い臓府がゼリーみたいに流れ出してくる
――――だが、手足は動く
後先なんて考えていられない。あの怪物から逃れて、武器を手に入れる。
死にたくないと―――ただそれだけを考えて体を動かし続ければ、いつかは辿り着けるのだから
だが――――――――
「――――――でも残念ね
――――
―――その、飽きたと言わんばかりの声音は、終わりの時を示していた。
「ねぇお兄ちゃん。まさか、このまま死ねるなんて思ってる?」
心なしか、声が高くなったように聞こえる。
幼い子どもが、何か悪戯を思い付いたときの、それが楽しみでしょうがないという無邪気な声。
「そんなの駄目、お兄ちゃんにはこれから、うーんと苦しんでもらうんだから。
当然でしょう?貴方とキリツグのせいで、これまでずっと、私は苦しんできたんだよ。」
小さな手が血だらけの頭を掴み、ルビーのような目が覗きこんでくる。
「自分から死ぬなんて許さない。貴方は苦しんで、傷めつけられて――――そうやって、最期は私のものになるんだよ?」
その目には善意は勿論、悪意すら存在しない。あるのは俺に対する物欲と、おぞましいほどの執念だけ。それだけであんな顔ができるのかと、俺は心底恐ろしくなった。
「けど、ちょっと不便ね。お兄ちゃん、私が運ぶには大きすぎるもの。バーサーカーじゃ途中で壊しちゃうだろうし、どうしよう―――――」
少女はおとがいに小さな手を当てて、本気で悩んでいるようだった。
そして何かを思い付いたのか、少女の表情がパアッと晴れやかになり、そして―――――
「そっか、意識だけ残ってればいいんだから
――――首から下は、要らないよね?」
―――――それは、悪魔の囁きだった
「――――――――――」
――――何を――――する気だ
止めろ――――考えるな――――そこから先は――――止めてくれ――――!
「―――――――がっ―――ああああああああ――――!?」
抵抗する間もなかった
頭に触れた指から、何か冷たいモノが流れ込んでくる。
「――――はい!これでお兄ちゃんは、頭だけで生きれるようになりましたぁ!
本当は脳髄だけあればいいんだけど、それじゃあ他のと見分けつかないでしょ?だから、顔は特別に残しといてあげる」
もう体が動かない、脳が考えることを止めてしまったかのよう。
これからされる仕打ちを考えれば、それもいた仕方ないことかもしれない。
耳には少女の声が大音声となって反響し、だが頭には何一つ残らなかった。
「そうそう、ついでだけど、感覚を五倍くらい鋭敏にしといてあげたわ。視覚も、聴覚も―――――もちろん痛覚もね
そんな言葉も、この期に及んではどうでもいいことに思える。
意識があるまま体を潰されるとは、一体どういう感じなのか。首だけになった俺をとりあえず想像してみると、それは無様で、ひどく滑稽なものに見えた。
少女が離れていく
フンフンと愉しげに、リズムを刻みながら巨人に歩みより―――――
「頭だけ残ってればいいわ
――――――潰しなさい、バーサーカー」
―――――凍りついた声で、断頭を命じた
「――――あ――――が―――」
巨人が、凶器を振り上げる
終わりだ――――この一撃で、全てが終わる
あの巨斧が振り下ろされれば、俺は瞬時に無価値な肉塊と化す。それを俺は目を開けたまま、夢へと逃避することも許されず、ただ受け入れることしかできない。
――――そうか、もう終わってしまうんだ
さっきまでの抵抗も、これまでの人生も、全て無駄だった。
何もわからないまま、何もできないまま、この後起こる惨劇に皆が巻き込まれないようただ祈りながら、俺は最期のときを迎え入れた。
「―――――――――――ぁ」
――――――巨人が斧を振り下ろす
一瞬の出来事が、まるでコマ送りのように刻み付けられる
その――――斬撃が俺に届く、その瞬間
――――――蒼い彗星が、飛び込んできた
――――――――――――――――――――――
―――――――月の無い夜
―――――――彼の視界から、世界を見る
風のように過ぎる景色
真っ黒なキャンバスに、ぽつりぽつりと白い点
音はまったく聴こえない
大昔の映画みたいに、冷たく無機質な映像
――――――つまらない
何かあればいいのか、何もなければいいのか
そんなの、本当はわかっているくせに
でなければ、こんな映像をいつまでも眺めているものか―――――
治りきった傷痕は、ぴくりとも疼かない
何も悪いことは無い筈なのに、心がいらついて仕方がない
―――――こんなの、退屈凌ぎにもならない
それが、例え誰かの肉片や
――――そんな中、ソレは飛び込んできた
駄作映画が、その瞬間アカデミー賞の傑作になったかのよう
私は思わず身を乗り出していた
未だに音は聴こえないけれど、それは暗闇の中で不自然にぬらついて、禍々しくて
―――――何よりも美しかった
男が「どうする」と聞いてきた
どうするかなど考えるまでもない
あれほどのモノを見逃す道理はない
血が足りない――――恐怖が足りない―――――死が足りない
私を解き放つには何もかもが足りない――――足りない――――タリナイ――――!!
だから私は使い魔に命令する
そいつを殺―――――――――
―――――考えるよりも前に、僕は叫んでいた
「ランサー!――――あの人を助けて!!」
―――――――――――――――――――――
―――。
―――――。
――――――――。
―――――――――――風が吹いている
また吹き飛ばされたのか、さっきとは違う場所にいることを自覚する。砂の感触から、ガリガリとしたコンクリートの感触へ。毎日そこに座り続けていたあの感覚から、そこが土蔵の中ということに気がついた。
感覚が鋭くなったというのは本当らしい。
扉の外の喧騒が、まるで隣で起きているかのように、はっきりと聞こえている。
未だに薄目しか開けられないというのに、月の無い暗闇の景色は、何故だか色鮮やかに見える。
十倍にされたらしい痛みに耐えながら、俺はその光景から目を逸らすことができなかった。
―――――――風が吹いている
ビュウ――――――ビュウ―――――――と、まるで抜き身の妖刀のような冷気が、竜巻の如く渦巻いている。
その中心、彗星の落下地点――――触れれば斬られてしまいそうな風を一身に巻きつけながら、それは仁王立ちしていた。
視界を埋める、蒼い長身――――体に貼りつくような戦装束が、研ぎ澄まされた肉体を浮かび上がらせる。
あの怪物と比べているからなのか、引き締まった胴は細身にすら見える。異彩を放つ真っ青な毛並みと相まって、その雄姿は遠い伝説に出てくる蒼い狼を思わせた。
地面は酷く抉れている。落下の衝撃と、弾き飛ばされた怪物の重みで、クレーターじみた大穴が拡がっている。
あの怪物は、少女と一緒に視界から消えた。あれの直撃を喰らったのだ。普通なら跡形もなく消し飛んでいる。
だが、アレが普通ではないということは、俺が一番よくわかっている。
その証拠に、些かも衰えない殺気が滝のように流れるのを、俺は肌で感じていた。
そうだというのに、その殺気を一身に浴びているはずの男は、全くもって動じていない。それどころか怪物から目を背けて、奴はあろうことか俺の方を向いた。そして―――――
「よお坊主――――
―――――まるで生来の友人のように、そいつは話しかけてきた。
「――――――――――」
勿論俺は、目の前の男のことなど知らない。これほど異様な雰囲気の男、一度見れば死ぬまで忘れることはないだろう。
――――男と目が合う
背骨が折れているので、今の俺は仰向けで首だけ持ち上がってる状態だ。そんな格好で呆気にとられている俺は、奴からは随分間抜けに見えてることだろう。
―――――いつの間にか、男を取り巻く風が治まっている。それに気づいた俺は、あの風は自然現象などではなく男から溢れ出る闘気だったことを理解し、身が強張るのを感じていた。
「しっかし、大分痛めつけられたな、オマエ」
そんな俺をよそに男は退屈そうに呟いて、ひょいと、何か石のようなモノを放ってきた。それはコンと硬い音を鳴らし、顔の横に転がった。
それを見て驚いた。何の変哲もない小石だが、とてつもない神秘が籠っているのがわかる。
表面には見たことのない文字が刻まれていて、淡い光を放っていた。
「治癒のルーンだ。5分もあれば全部治る。」
――――疑っている暇は無い。俺は貧血に震える手で、その石にすがりついた。
触ると仄かに暖かい。その瞬間、治療の魔術が発動し、体が回復していくのを実感した。
俺は声には出さず眼だけで―――助けてくれるのか、と男に問うた。
「あぁ助けるとも。オレの主がそうしろって言うもんでな。だから怪我してんなら治してやるし、アレからも守ってやる。」
男はそこで言葉を切った。
そして、波打つようなエーテルと共に、その手には血で編んだような朱槍が握られていた。
「――――だが正直難しいな。オマエを背にして戦えるほど、奴は弱かねえ。
てなわけで、治った後のことは知らねえな。
それは、彼なりの優しさなんだろう。槍使いは俺に背を向け―――逃げろ、と一瞥だけくれた。
――――それが最後
槍使いは俺への一切の興味を失くし、土蔵からミサイルのように飛び出していった――――――
――――――――――――――――――――――
「―――――――何のつもり」
銀色の少女は、冷たく問い掛ける。
そこに込められた感情は、少年には決して見せなかった明確な怒気。
「マスターに命じられたんだ、あの坊主を助けろってな。言わなかったか?」
少女は挑発口調の槍兵など眼中に無い。彼女はそこにはいない―――ランサーというカメラから此方を覗く使役者に、絶対者の如く命令する。
「オマエになんて聞いてないわ。
答えなさい――――〈ランサー〉のマスター」
数秒の沈黙の後、槍兵は主の言葉を代弁した。
「〈お前こそ何のつもりだ。マスターの癖に一般人を襲うなんて〉――――だとよ。」
それを聞いて、少女は歯軋りする。
そんな―――そんな下らないお題目で、私の邪魔をしたのかと
お前達は関係ない、部外者風情が口を挟むな。
そもそも一般人なんて捨て置けばいいだろう、隠蔽など此方の領分ではないのだから。
こいつはそんなことも知らずに参戦したのか。
〈
それらの罵詈雑言を、少女は全て飲み込んだ。
此方の事情など話しても意味は無い。そもそも、これから死ぬ人間に何を語れというのか
少女の瞳には、蒼い槍兵の実力が無機質な実数として見えている。
――――問題ない、どこの誰だか知らないが、バーサーカーに比べれば塵みたいなモノだ。
――――当然だ
世界中のどこを探したって、この化け物に――――ギリシャ神話最強の英雄に勝てる者などいるわけがないのだから。
だからやることは一つ
目障りな蝿は、さっさと潰すに限る
「そう―――そんな理由でわざわざ死にに来るなんて、本当に愚かね。呆れてものも言えないわ。
けど安心なさい。サーヴァントを始末した後――――仲良く一緒に、殺してあげるから。」
―――――それは正しく死刑宣告
その言葉を合図に、怪物が再び動き出す。黒色の肌に狂気の色が灯り、その雄叫びは暗天を恐怖に震わせる―――――!
「■■■■■■■■■■■――――!!!」
それは、死の咆哮
並の人間なら、聞いただけで心臓が停止する。その大音響自体、一つの殺戮兵器と言っても過言ではないほどの殺気と威圧感。
だがその程度で、蒼い槍兵が怯むことはない
その身も正しく大英雄――――神話の地では知らぬ者のいない、その生涯にして無敵の戦士
この状況はむしろ、彼が望んだ通りのものだ
「いいねえ、話のわかる奴は嫌いじゃあない」
槍兵は不敵に笑う
片方は知性を消されているとしても、どだい彼等は戦士でしかない
だから言葉を交わす必要はない
目の前の敵は斬って潰して殺す――――それを魂の底にまで刻み込んでいる点では、槍兵も狂戦士も変わらないのだから
それを狂っていると言うならば、そいつは戦士ではないというだけの話だ
「安心しな、マスターを狙うなんて真似はしねえ。マスターのお墨付きも出たしな、こっちもいい加減溜まってんだ。だからよ――――――」
槍兵が膝を曲げ、跳躍の姿勢を取る
彼我の距離は10メートル、それが無いに等しいことなど、この場の誰もが理解している
その魔性の眼が、尚一層
「思う存分、殺し合おうか――――!!!」
――――――それは、開戦の合図となった
第九話「運命の夜(中)」
〈ステータス情報〉
マスター:菊地真
クラス:ランサー
真名:クー・フーリン
性別:男性
身長:185cm
体重:70kg
属性:秩序・中庸
パラメータ
筋力B 耐久C+ 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具B
クラス別スキル
対魔力:C…二節以下の詠唱の魔術を無効化。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない
保有スキル
戦闘続行:A…所謂「往生際の悪さ」、致命傷を負わない限り例え瀕死状態でも戦闘可能
神性:B…神霊適性。Bランクは半神半人の「混血」を意味する
矢避けの加護:B…飛び道具に対する対応力。使い手を視界に捉えた状態であればいかなる遠距離攻撃も避ける事ができる
ルーン:B…原初の18のルーンを所持。その知識と腕前はキャスターのクラスに適合可能なほど
仕切り直し:C…戦闘からの離脱能力。また、不利になった戦闘を初期状態へと戻す能力
狂化:E~A…詳細不明。本来『バーサーカー』のクラス別スキルであるが、ある理由により〈クー・フーリン〉の保有スキルとなる。特定条件下でのみ発動
宝具…不明
ランサーのみ原作とマスターが違うため、ステータス情報を記載しています。
某伝承保菌者がマスターの時を想像していますが、まぁ外道神父より強けりゃいいという感じです。
宝具はネタバレも今更でしょうが、一応伏せておきます。
では、また次回お会いしましょう。