電子の牢獄
「諸君、これはゲームであって遊びではない」
大きな広場の上空に浮かぶ巨大な赤いマントを纏った影。
僕はそれの言う事が理解できなかった。
ここはゲームの世界。フルダイブ技術によって作られた仮想世界。
ここはソードアート・オンライン、世界初のVRMMOゲーム。
世界観はよくある冒険物、プレイヤーが勇者となり百層あるステージを攻略する。
ゲームとは娯楽、遊びであるというのが俺の一般常識だった。
だが、ひとたびその常識が崩れればどうなる?
この世界は、モンスターを虐殺する戦場となる。
モンスターを倒し、素材を入手し、死んでも復活する世界は、
モンスターを殺し、素材を奪い、死ねば二度と復活できない世界になった。
細かい理由は分からないが、僕らの頭につけたナーヴギアが電子レンジになるらしい。
僕たちがこの世界から帰るにはこのゲームをクリア・・・
百層全てをクリアしないといけないらしい。
聞いた話だと、ベータテストでは二か月で十層まで行けたらしい。
だが、死に戻りができない以上確実にそのペースより落ちるだろう。
百層に届くのはどれほど先になるのかが分からない位に・・・。
僕はそれまでログアウトすることができない。
出来るのはこのステージ《浮遊城 アインクラッド》の頂を手にしたときだけ。
それまで、僕はあの子の傍に立つことはできやしない。
抱いたのは絶望よりも覚悟だった。
この広場に連れられるまで、僕は多くの武器を使ってみたが、
投剣というサブウェポンくらいしか使えなかった。
それでも、僕は帰らないといけない。
この世界を打ち破り、再びあの子に会うために。
話しはろくすっぽ聞いていなかったが、アナウンスは終わって手鏡が配布された。
それを見てみると淡い光に包まれ、映ったのはリアルでの僕の顔だった。
カッコいい訳でもなく、少なくとも自分では平凡な外見。
きっとこれが、ここを現実だと理解させるためのものなのだろう。
「行かないと・・・」
ゲームの必需品であるポーションや武器を買いに行く。
と言っても、使えて短剣がギリギリなのだけど。
スキルはこの際、《投剣》と《索敵》にしよう。
下手になれない武器のスキルを取っても無駄だろう。
それに、二層に行けば《体術》スキルがあると2chに上がっていた。
喧嘩はよくやったから拳で闘えるならなんとかなるだろう。
ステージの門の前に立つ。ここを抜ければダメージが通るようになるらしい。
スキルの使い方の確認、アイテムの整理を済ませる。
大きく深呼吸をする。
そして、僕は始まりの街から駆け出した。
《OUTER FIELD》
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ゲーム開始から約一月、幸運なことに僕は生きている。
だが、この一月で既に二千人が死んだ。
なのにいまだに第一層すらクリアされていない。
現在のレベルは10、スキル数は一つ増えて暫定的に《軽業》を入れている。
離脱スキルとして疾走と悩んだが、三次元行動できる軽業の方が個人的に楽だった。
そして今日の夕方四時、初のアインクラッド攻略会議が行われる。
俺は最前線のプレイヤーとして十分な実力を得たつもりだ。
短剣? もう投剣だけで闘えるスタイルを編み出してしまった・・・。
とにかく、俺はこの世界から必ず脱出する。
そのために今日の攻略会議に参加して一層を生きてクリアする。
攻略会議の時間、迷宮区タワー最寄りの街であるトールバーナの噴水広場に集まったのは、
俺を含めて45人。
この数が多いのかわからないが、45/8000となると大体180人に一人。
そう考えても微妙なラインか?
だがまあ贅沢は言ってられない。今いる人数が最前線を率いているメンバーだろう。
広場の噴水の淵に立って、一人の男が手を叩く。
「はーい! じゃあ五分遅れだけどそろそろ始めさせていただきます!」
その男は青髪のイケメンだった。
「今日は俺の呼びかけに集まってくれてありがとう!
知ってる人もいるだろうけど自己紹介から。
俺はディアベル、職業は、気持ち的にナイトやってます!」
周囲はどっと湧き上がる。少なくともこの世界に職はない。
生産スキル持ちなんかは職扱いされるらしいがナイトなんかは聞いたこともない。
「実は今日、俺たちのパーティーがあの塔の最上階への扉を発見した。
つまり、明日か明後日にはついにたどり着くんだ。この層のボス部屋に!」
周囲がざわめく。塔と言うのは迷宮区タワーの略称。そしてその最上階。
そこには僕たちの進行を拒むボスがいる・・・。
「ここまで一か月もかかったけど俺たちは示さなきゃならない。
このデスゲームはきっといつかクリアできるって! そうだろ、みんな!」
周りから歓声が上がる。ディアベルと言う男、うまく空気をつかんでいる。
「ちょお待ってんか?」
そんな中、低い声が上がる。
声の主は片手剣を背負った茶色のサボテンみたいな頭をしていた。
その男は広場に中心まで来て語りだした。
「ワイはキバオウってもんや。
こん中に今まで死んでいった二千人に詫びいれなアカン奴等がおるはずや」
「キバオウさん・・・君の言う奴等とはつまり、元ベータテスターの事かい?」
キバオウはディアベルの言葉に肯定する。
「ベータ上がりどもは、こん糞ゲームが始まったその日に始まりの街から消えよった。
奴等はうまい狩場やぼろいクエストを独占してその後もずっと知らんぷりや。
こん中にもおるはずや、それを隠してボス攻略の仲間に入れてもらお考える小狡い奴が!」
昔からだ。何故か周りと少し価値観がずれている。
そして、間違っていると思えば口に出してしまうところも。
「発言、よろしいでしょうか?」
僕は手を挙げた。それに、ベータテスターを弾劾してもクリアペースは遅れかねないし。
僕は前に出て、キバオウさんの前に立つ。
「まず自己紹介から。僕は《ゼロ》、以後お見知りおきを」
「なんや恭しくして、あんたがベータテスターで救ってくれとでもいうつもりか?」
初対面なので敬語を使ったのだが、逆に逆なでしてしまったようだ。
「いえ、ですがキバオウさんの意見はまとめると、
ベータテスターが情報などを与えなかったから2000人が死んだという事でしょう?」
「そうや! しかも死んでいった二千人は他のゲームでトップ張ってたベテランや!」
それは知らなかった。そもそもVRどころかMMOゲーム自体が初めてプレイするし。
「本当に情報はなかったのでしょうか?」
「なんやと!」
僕は今まで訪れた全ての街で委託販売されていた本の一冊を取り出す。
「この『アルゴの攻略本』、あなたも持っているはずです。
何せすべての街で無料で委託販売されていたんですから」
キバオウはそれがどうしたという態度をとる。
「情報が早すぎるとは思いませんでしたか?
僕が最前線に追いついたのはこのひとつ前の街ですが、
少なくともそこまでで、そして今までもこの本がない町はありませんでした」
「そ、それがどうしたって言うんや⁉」
「この本の情報提供者は、あなたが憎んでいるベータテスターと僕は睨んでいます。
そうじゃなきゃあの速さでの情報提供はあり得ない」
会場がどよめきに包まれる。
「金やアイテムがない?
情報があれば効率よく集める方法は見つかるはずです。
少なくとも僕はそうやってここまで生きて来ましたから」
「じゃ、じゃあなんでベテランたちばかりが死んでいったんや!」
ウ、それを今まで知らなかったからそこは流石に分からない・・・。
「発言いいか?」
そんな僕を見かねたのか、手を挙げてくれたのは大きな黒人の方だった。
「俺はエギル、キバオウさん、俺はゼロさんの意見に賛成だ。
あんたの言っているベテランばかり死んでいった理由は、
彼らがベテランだったからじゃないか?
彼がベテランだったからこそ、SAOを他のゲームと同じ物差しで計った。
だが今はその責任を追及している場合じゃないだろ?
俺たち自身がどうなるか、それがこの会議で左右されると俺は思ってるんだがね」
その堂々とした態度にキバオウさんも身を引いた。
僕とエギルさんもそれぞれ階段に座りなおす。
「えぇと・・・エギルさん? ありがとうございました」
取り合えず最寄りの空いているところに座った結果、隣になったので感謝の意を伝える。
「気にするな、俺はあんたが言ったことが正しいと思ったから支持しただけだ」
いかつい顔をしているが、悪い人ではなさそうだ。
「皆、思うところはあるだろうけど、今は第一層攻略に力を合わせて欲しい。
どうしても無理だという人は残念だけど抜けてくれて構わないよ。
ボス戦ではチームワークが最も重要だからね」
この言葉を聞いても抜けるものは一人もいなかった。
会議はディアベルさんの前向きな声と、それに応じる参加者の声で締めくくられた。
そして明日、第二回の攻略会議が始まるのを僕らはまだ知らない。