少年は誓った。少女を守ると、味方でいると。それが自分にできる恩返しと信じて。
少女は望んだ。実母にも恐れられる自分を普通と認めてくれる存在を。
二人の願いは交差する。互いが求める影は、常に相手の背中にあった。
(あ~あ・・・やっちまったかな~)
先程僕たちを狙ってきた元クラスメイトを撃退する際、危うく殺してしまうところだった。
そこから話は進まない。自分から言葉を発する勇気もないし、詩乃も話さない。
少なくとも心地よい沈黙ではない。
なのに安心してしまうのは今まで波乱ばかりだったからか?
「・・・ご免、さっきは嫌なもの見せたかも」
取り合えず謝る。少なくとも、あんな経験をした詩乃があれを悪く思わないはずがないから。
「別に、結果論だけど嫌なものは見ずに済んだんだから」
「ん、ありがとう」
本当かどうかは尋ねないことにした。仮に嘘なら知りたくないから。
「あらあら~、おかえりなさ~い。少し遅いけど・・・お楽しみだった?」
家の前で母が待っていた・・・余計な一言も加えて。
「少し面倒ごとが絡んだだけ。じゃあ詩乃、後でまた」
「ええ、また後でね」
母は「うふふ~」と微笑んでいたが、気にしないでそれぞれの家に入る。
それから自室でラフな格好に着替えて、リビングに降りようとしたが鏡が目に入った。
「・・・僕は誰なんだろう?」
鏡に映る自分は確かに満留のはずだ。だが先ほど出たのは確実にゼロだ。
自分では割り切っているはずなのに、時折出てしまうゼロの動きや口調。
「打ち砕く」というのもゼロで戦っていた時の口癖だ。
(殺人衝動・・・なんてものじゃなければいいけど・・・)
少なくと今は殺そうだなんて思わない。ただ、詩乃を傷つける相手なら分からない。
「確かに、相手を殺してでも守りたいと願いかねない・・・」
幸か不幸かその程度の自覚はある。詩乃には勇気があって優しさもある。
だけどその優しさはよい繋がりを守れるけど、悪い繋がりを断ち切れない。
(だから自分が守らないとと思ってきたが、本当にそれは間違いないのか?)
「いや、間違ってるかなんかじゃない。詩乃を孤立させることだけはもうしない」
それだけが自分が生きて帰ってきた信念で、ずっと僕が望むものだ。
「考え過ぎかな」
自分の思う通りに行かなくて悩んでいたのか、考え過ぎたようだ。
「ちょっと~満留~? もう詩乃ちゃん来てるわよ~」
すぐに行くと返答して、リビングに向かう。
そこには詩乃とその家族も集まっていた。
今は気を楽にしよう。下手に考えて今を楽しめないのは愚考も愚考だ。
「お待たせしました」
一礼してから椅子に座る。このメンバーで食事をする事は少なくない。
だから安心して食事ができる。自分の性質も厄介なものだ。
乾杯の音頭は父がとるようで。
「満留と詩乃ちゃんが、色々ありながらもの中学校を卒業した。
今日はそれを祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
てんやわんやの祝賀会、なんだかんだで楽しくて食事も進む。
そうやって楽しんでいると、母が何やらぼやき始めた。
「だけど困ったわね~。満留は料理できるけど自分の料理はほとんど食べないし」
「それは困りごとだな」と、父が演技臭く言い出した。
「別に味がしないだけで食べられないことは・・・」
「なぁらしょうがない! 詩乃に満留君の食事を作ってもらおう!」
そこに詩乃のおじいさんがどんどんと話が進んでいく。
「えぇと・・・本人である僕と詩乃の意思は?」
「満留ちゃん、嘘はいい加減にしなさい」
普段と違い、「ちゃん」がついたうえで伸びが無くなるのは母が起こった時の特徴だ。
「満留ちゃん、味がしないと言ってるけど本当はそんなもんじゃないでしょ?」
「・・・・・・」
味覚障害に限らず僕の障害は精神から来るものだ。
故に神経系の物以上にひどい事もある。僕の場合特に味覚がひどい。
「詩乃ちゃん、満留ちゃんは強がってるけど本当の症状は・・・
信用できない人の、或いは自分の料理は砂利の味がするそうなのよね」
反論はしない。この母親普段はのんびりしてるくせに、こういう時は凄く頭が回る。
「あんた・・・色々と隠し事してるけどそんなことまで隠してたのね」
どうせ何を言い返しても意味がないので一つ質問を。
「それ、詩乃のおじいさんには何時話したの?」
「ついさっきだな」
母の代わりに答えたのは父だった。
「あんた・・・確か前におじさんとおばさんが旅行に行った際栄養失調で倒れたわよね」
「・・・はぁ、まぁそう言う事」
本当に碌なもんじゃない。なぜ自分の飯も碌に食えないんだ。
「でも別に大したもんじゃないし詩乃に迷惑かけるわけにはいかないし・・・」
「あんたはいつも自分の事ないがしろにし過ぎなのよ。もう少し自分を大切になさい」
・・・詩乃にそう言われてはぐうの音も出ない。
「分かりました、でも僕らの借りる家はどうなってるんですか?
僕と詩乃の家が遠いのではそれは話になりませんが?」
「それなら気にする必要はない、詩乃と満留君は同じアパートの隣室を用意したから」
詩乃のおじいさんがさも当然のように言い放つ。もう逃げ場はなかった。
「うぐぐ・・・分かりました。
詩乃も悪いけどうちの親が心配するからよかったら僕の飯作って欲しい」
「あんたの過小評価もたいがいなものよね。その程度は大した手間じゃないわよ」
なんだか大人組はのほほんとした温かい目をしている。
なんでそんな目で見てくるんだよ。まだそう言う関係じゃねぇし。
(まあ、こういうのも幸せと言えば幸せか)
「でもそれじゃ僕ばっか得してるんじゃないですか?」
「なに、満留は詩乃ちゃんを守ってあげればいいだろう?」
「それは心強い! 満留君なら安心して詩乃を任せられる」
なんかまるで結婚か何かの前みたいな勢いで話が進んでいる。
と言っても僕ももう反抗できないわけだが。
「もう何も言いませんよ。ご自由に・・・」
すると大人たちは目を見開いてこそこそと・・・。
「朝田さん! うちの子がご自由にって⁉」
・・・こそこそと。
「私たちの孫らは安泰ですな!」
「あんたらそう言う話はもっとこそこそとやれ!」
口がついて声を荒げてしまう。いや高校生になるばかり子供の前でするんじゃねぇ!
「いや~ね~、あまり細かいこと気にしてると愛想尽かされるわよ」
(この母親・・・いや僕としては悪くないことだが詩乃の気持ちも考えろ!)
こうして僕の将来は着々とほとぼりを埋められていくのである。
「まあ今に始まったことでもないか・・・」
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さて、もう東京まで行かないといけない日なのだが、
「あ、そうそう満留。ナニがとは言わないけどあんまり張り切りすぎちゃダメよ~」
「僕もお母さんがそんな話するなんて思わなかったよ」
正直怒りを超えて呆れが出てくるよ。この前に父に母は昔からこうなのかと聞くと、
「下手な素行を見せれば口論だけで叩き伏せられるぞ」とだけ言われた。
「まあ問題がないようにしますよ」
「あんたはまた要らない争い起こしそうだけどね・・・」
・・・それに関しては否定しにくい。本当にやりかねないことは重々承知だ。
正直僕は、自分の命なんかよりも詩乃の方が大切だ。
僕が本当にやれば反応を見る限り詩乃が苦しむだろうから極限まで我慢しよう。
「じゃあもうすぐで電車が来るしそろそろ行くよ」
地方の電車は本当に少ないから乗り逃したくはない。
「あ、ちょっと!」
何より大切な人を連れて新しい土地へ向かう。
何があっても守り抜く。たとえこの身が砕けても、この
何が何でも守り抜くまで。この意思だけになっても、詩乃を傷つけさせない。