†キリト†へのフラグは立ちません(`・ω・´)
四十八層と言えば街の至る所に水車が回っている、のどかな田舎町で有名だ。そこまで苦戦したり面倒なモンスターも少なく、主街区を歩き回るだけでも結構楽しめる階層だと認識している。イキリト君と一緒に街巡りした時は面白かった。
迷宮区のボスが数千のゴキブリを召喚するタイプだったことを除いて、比較的素晴らしい階層だろう。
あれは事前に知ってても阿鼻叫喚だった。
そんな田舎町を害虫と神話生物を引き連れて歩いていた俺は、そこかしこにありそうな水車のある家の一つへと向かう。
四十八層以来のケムッソは言葉に不信を込めながら目前にある店を眺めた。
「ここがテメェの言ってた、マスタースミスとかいう野郎の居る店かァ? 見てくれは普通にいい家だが……ここが武具屋とか何の冗談だよ」
「お前の顔面の方が冗談きついぜ。あと野郎じゃなくて女性な。ハッタの守備範囲外の」
「──人妻か?」
「何なん? お前等の女性像って幼いか既婚者かの二択なわけ?」
『ハッタの守備範囲外』という単語を聞いた瞬間に、ケムッソが劇画タッチ風の顔で聞いてきた。一瞬コイツ誰だよって本気で思ったわ。この人妻ニアめ。
この茶番の間、暇しているクロは「水車を物理で止められるのか?」を頑張って検証している。……うん、水車の回転を片手で止めてるわ。
「それ以外に何があンだよ」
「いやいや、普通に女の子居るだろ。血盟騎士団のアスナさんとか、昨日ライブしてたユナさんとか、ポーション作ってくれるサチちゃんとか」
「アスナは神話生物、ユナはノーチラスの嫁だから実質人妻、サチって誰?」
……そういや黒猫のメンバーはケムッソに対してトラウマあるんだっけ? だからコイツは覚えてないのか。未だにケムッソのプレイヤーネームを出す度にサチちゃんが気絶するんだが。
ユナさんに関しては──人妻と認識しても大丈夫なのだろうか? 確かにユナさんとノーチラス君の煮え切らない互いの距離に痺れを切らした《天壌無窮》により、半強制的なゲーム内結婚式を開催させてもらったので、事実上彼等は夫婦だ。
アスナさんは知らん。苦情はクロに言え。
人妻スターと脳筋は置いといて、俺は扉をノックして店の中に入る。
小奇麗な店内の壁やショーケースに武器、防具を着たマネキンなどが並べられ、奥に同世代くらいの可憐な少女と黒いのが何やら話しているようだった。取り込み中だったので一瞬だけ入るのを躊躇したが、彼女が話し込んでいる厨二病患者を脳が認識したことにより、「あ、コイツならいっか」と遠慮なく入る。
少女は客の来店を笑顔で迎える。
「いらっしゃいませー! リズベット武具店へようこ──あー、また来たの?」
「おいおい……前は仕入れだったけど、今回はれっきとした顧客だっての」
少女は客が俺だと分かった途端、営業スマイルを引っ込めて怪訝な顔をする。
客だ何だ言ってても本心はそんなこと気にしてない俺は、先客だった黒いの──イキリキリキリキリト君に視線を移した。
「お前も常連?」
「いや、初めてだ。アスナに紹介されてな……」
「……あぁ、例の件か。確かにリズベットさんなら適任か」
キリトが前々から悩んでいたことを事前に知っている俺は、解決方法はマスタースミスたる彼女が相応しいと思い至る。アスナさんも行動がクロに似てきただけで、それ以外はコミュニケーションの取れる社交的な人物だもんな。リズベットさんと知り合いでも不思議じゃない。
「実績もあるし鍛冶スキルも申し分ない。俺達が提供してきた素材もあるからキリトの注文にも応えられるだろう。おまけに美人で可愛い。ついでに、クロをけしかければ割引もしてくれる。彼女以上の鍛冶師はSAO内には存在しないだろうよ」
「アンタさらっと怖いこと言わないでよ……」
「クロはクーポン券か何かか?」
冗談だったのに二人に本気に受け止められた。
んなことエギルさんにしかしないっての。
ここで《天壌無窮》のキチガイ二人が入店してくる。
先に言っておくが、リズベットさんとクロは割と仲が良い。マスタースミスとしては庇護欲がくすぐられるらしく、クロの方もリズベットさんを認識できるらしい。十中八九色彩で判断してる。
「リズ、久しぶり」
「クロちゃんいらっしゃい」
「ほぅ、テメェがマスタースミスのリズベットか。あ、それと外の水車壊したわ。オレじゃなくてクロが」
「は?」
クローバー容疑者は「ドラゴンボールがあれば何とかしてくれる」と供述しており、「んなもんあんならデスゲーム脱出しとるわ」とリズベット被害者は血の涙を流したという。これでブチ切れない辺り、よほど器が大きいのか、マスタースミスとして水車を直す金がはした金に見えるくらい稼いでいるのか、はたまた俺達キチガイの行動に諦めがついているのか。
どちらにせよ水車の修理代はギルドで負担しよう。
名ばかりの《天壌無窮》
「そンで、キリトは何探してンだ?」
「《エリュシデータ》って片手剣があるじゃん? それをやっと装備できるようになったんだけどさ、なんか《二刀流》で装備すると弱くなるんだよ。おそらく二本の片手剣の平均値が攻撃力になるからだと思うんだが……」
「片方の剣だけ強いとダメだと。そう考えるとユニークスキルってのも面倒臭ェもンだなァ」
かと言ってクォーターポイントのボスからドロップした魔剣クラスの片手剣と同等の攻撃力を持つ武器となると簡単に見つかるとは思えない。剣マニアのニートなら一本くらい持ってそうな気がするが、アイツが素直にレア武器を渡すとは思えんしなぁ。
加えてキリトが要求するのは攻撃力と重さ。
「でもねぇ、めちゃくちゃ重い剣なんてこれくらいよ?」
そう彼女が見せてきたのは、カウンターに置かれている片手剣。
一見普通の片手剣に見える。
「めちゃくちゃ重い、って位がちょうどいいんだよ。重くないと『速さ』に特化した《二刀流》じゃ火力が出ないからな。少し持ってみてもいいか?」
許可を得たキリトがカウンターに置いてある剣を持ち上──
「持ち上がらないんだけど」
全体重を乗せるように引っ張るが、カウンターに置かれてる武器はビクとも動かない。
攻略組でもトップクラスのプレイヤーかつ《エリュシデータ》を装備できる《イキリト》のキリトが持ち上げることすらできない片手剣とは。
まさか勇者にしか抜けない伝説の武器とかじゃねーだろうな?
「待って待って待って、いやこれマジで持ち上がらないんだけど。え、ちょ、これ要求値見ていい? ──こんなの誰が装備できるんだよっっっ!!??」
確認したキリトは頭を押さえて蹲る。
俺も横目で確認したが、知己で装備できそうな人物がクロしか思い浮かばないんだが。むしろリズベットさんがカウンターまで運んだ方法が知りたい。
「やっぱり? それ元々は細剣をベースに作ろうとして、アスナの『リズが作れる可能な限り重い両手剣にしてくれない?』っていう路線変更から生まれた負の遺産」
「あのゴリラにしか装備できない武器なんて持てるわけないだろっ!?」
この後なんやかんやでキリトは、俺達がこの前クエストで入手してリズベットさんに流した素材を使って、新しい片手剣《ダークリパルサー》を即席で作ってもらったわけだが──それ以降二週間くらいキリトとアスナさんは音信不通&行方不明になったとか。
好きな四字熟語
《Hamutarosaan》……年金生活
《Wurmple》……不労所得
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《Madhatter》……一攫千金
《Clover》……焼肉定食