□桜沢翠
「原田って人に勝ちたいんですけどどうすれば良いですかね」
「いきなりどうしたの」
7月上旬、部員への指導が終わり帰ろうとしていた私に亮が声を掛けてきた。
「俺昨日の吉野大会出たんですけど……」
「ああ、部の練習休んで行ってたわね。最近熱心じゃない、あなた」
「ありがとうございます。ってそうじゃなくて、そこで原田さんに負けちゃったんです」
「原田さん?白波会の?」
原田秀雄六段。東京で白波会というかるた会をやってらっしゃるかるた選手。もう五十代も半ばに差し掛かった年齢にも関わらず、選手として大会に出てくることでも有名な人だ。その熱意は誰もが認めるところだ。
「まあA級に上がったばかりじゃ厳しいんじゃない?ましてや原田さんが相手じゃ」
名人になると言って憚らない原田さんは、どんな試合でも手を抜かない。名人戦予選の調整として出ているであろう吉野大会なら尚更だ。
「でもあの人に勝てなきゃ、挑戦者になれないじゃないですか」
「……あなた名人になりたいの?」
「はい」
驚いた。確かにうちはかるたの強豪校だけど、目指すのはあくまで団体戦での勝利だ。本気で名人・クイーンを目指すような部員は滅多にいない。
受験がない二年生以下のA級の部員は予選に参加させるが、あくまで経験を積ませることが目的だ。
けどそれなら彼の頻繁な大会への参加も理解できる。名人戦予選を見据えて経験を積んでいたということね。
「厳しいことを言うようだけど、今の亮では難しいと思うわ。あなたの成長の早さは素晴らしいけど、圧倒的に経験が足りない。現時点で模倣した部分以外はようやく初心者レベルを抜け出したくらいの技量よ。そして名人戦予選まではあと二週間ちょっと。今から急激なスキルアップは望めない」
「それでも勝ちたいんです」
私がこれだけ言っても諦めない。まあこの教え子の頑固さは入部したときから知っているが。
本人がそこまでいうなら、顧問として手助けせねばならない。二週間で出来ることをやろう。
◆
□滝野亮
名人戦・クイーン戦予選当日、俺は他の予選参加者と一緒に大会会場に来ていた。俺以外にはエロム先輩、市村先輩、真琴先輩の三人がいる。全員男のため名人戦への参加だ。
今日も先生は他の部員の練習があるため、ここにはいない。けど午前中で練習が終わるため、午後から見に来れると言ってくれた。それまで勝ち残っていればの話だが。
ここでの勝利が先生へのプロポーズへ繋がっているのだ。誰が来ようと負けるつもりはない。
我ながら短いですね。