七号鎮守府譚   作:kokohm

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一隻目 始動
提督が七号鎮守府に着任しました


「……いよいよ、か」

 

 眼前にそびえる門と、その奥に並ぶ建物を眺めながら、一人の男が感慨深げに呟いた。丹精な顔立ちと、細身だが締まった身体。その身を包む軍服と、その腰に佩いた軍刀を見れば、彼が軍人であるということは誰の目にも明らかだろう。加えて、彼の立つ場所を踏まえれば、それを疑う者などおそらくは一人としていまい。

 

「さて、と……」

 

 七号鎮守府。堂々と門に掲げられたこの場所の名を一瞥した後、男は門をくぐって鎮守府内に足を踏み入れる。ぐるり、と改めて見渡せば、広大な敷地内に幾つかの建造物を視界に収められるが、それに反して人の気配というものは何処から感じられない。

 

 だが、それは決して不思議なことではない。何故ならば、この七号鎮守府は数年前に一度、完全に閉鎖されているからだ。今回、男が来たことでそれも解除された形になるが、裏を返せば彼が来るまで誰も立ち入っていないということ。人の気配を感じられない、というのは当然であり、むしろそうでなければおかしい。

 

 もっとも、人の気配は、(・・・・ )の話だが。

 

 一瞥の後、彼が改めて正面を向き直ると、足元に小さな影が見つけた。ついと見下ろせば、そこにはデフォルメされた掌サイズの人形らしきものが立っている。今しがたまでなかったはずのそれだが、男は特に驚く風でもない。むしろ、その人形に対しゆっくりと口を開く。

 

「君がここの妖精(・・)だな?」

 

 男の問いかけに、人形が動いた。自らピシリと背を伸ばし、可愛らしい敬礼を取ったそれは、一部から『妖精』あるいは『妖精さん』と呼称される存在であった。何時からか自然発生的に誕生した、摩訶不思議で不可解な種族。もし彼らが、そして彼女ら(・・・)が居なければ、今この国は存在していないに違いない。

 

「歓迎、感謝する」

 

 妖精の敬礼に、男もまた答礼で応える。それを解いた後、妖精が男を見上げながら口を動かす。それはまったく空気を振動させるようなことはなかったのだが、男は気にしたそぶりもなく、一つ大きく頷いてみせる。

 

「頼む」

 

 男の返答を聞くと、妖精はタタタとその場から駆け出した。勢いこそあるものの、如何せんサイズがサイズである。人間から見れば精々子供の小走り程度の速度であったので、男は焦ることなく徒歩でそれを追いかける。

 

 

 

 そのまま、数分ほど歩いただろうか。妖精に連れられ、男は一つの建物の前に辿り着いた。事前にこの鎮守府の情報を得ていた男は、ここが『工廠』と呼ばれる施設だということを理解している。

 

 そのまま妖精に続き、男は工廠内に足を踏み入れる。鉄や機械油の臭いが僅かにし、その奥にはいくつかの工作機械の姿が見られる。

 

 だが、もっとも目立ったのは、足を踏み入れてすぐの場所に鎮座された資材の山だろう。燃料、弾薬、鋼材、そしてボーキサイト。これらに開発資材と呼ばれる特殊資材を加え、一つに纏められたこの小山こそ、今から彼がすべきことの核であった。

 

「大丈夫そうだな。では、始めて欲しい」

 

 小山を軽く確認した後、男は足元の妖精に対し小さく頷いてみせる。それを受け妖精はまたピシリと敬礼をした後、身体の小ささに似合わぬ大きな拍手(かしわで)の音を鳴らす。

 

 すると、何処からか現れたのだろうか。気付けば資材の小山の周りに何体もの妖精が出現していた。彼らもまた一度敬礼をした後、彼らのサイズに合った工作機械らしきものを手にして小山へと殺到する。

 

 そして、小気味よい音を鳴らしながら、彼らは小山を均し、その中に何かを形作っていく。数分が経ち、積まれた資材がすっかり消えてなくなった頃、そこには一隻の軍艦の模型らしきものが鎮座していた。

 

「いよいよか」

 

 男が小さく呟く中、妖精達は模型を取り囲み、合わせて一つの大きな拍手を打った。パン――と静かな工廠に大きなそれが響き渡ったと同時、突如模型が光を発し始める。目も眩むような強い光に、男は思わず目を閉じる。

 

 数秒、光が徐々に収まり、もう大丈夫かと男が目を開けた時、そこには模型は全く存在していなかった。代わりに在ったのは、一人の少女の姿。青い髪に、その付近に浮かぶ二つの機械。白い服を囲うようにしてその背からはアームと砲があり、その手には槍と発射官をそれぞれに持っている。

 

 

「――艦娘(・・)

 

 眼前に立つ少女に、男は小さくその名を呟く。突如として現れた深海棲艦と呼ばれる敵に対する為に、かつての軍艦の魂が人の姿を持って再誕した存在。乙女の姿をとりつつも、かつてのそれを模した艤装を手に取って敵を討つ、勇猛果敢なる戦士。それが艦娘と呼ばれる存在である。

 

 その艦娘の一人、男の前に立つ彼女が静かに目を開けた。赤い瞳で彼を見上げた後、勝気そうな表情で口を開く。

 

「アンタが司令官?」

「そうだ」

「ふうん……まあいいわ。特型駆逐艦、五番艦の叢雲よ」

「七号鎮守府提督、防人(さきもり)だ」

 

 短く名乗った後、男――防人は敬礼を取る。本来であれば敬礼というのは上位者に下位者が、あるいは同位者同士が行うものなので、彼の方から行うのは些かおかしい。それは少女――叢雲にも分かったのだろう。彼女は怪訝そうに数秒ほど彼を見上げた後、やや躊躇いげに答礼を取る。

 

「……よろしく頼むわね、司令官」

「ああ。長い付き合いとなる事を期待する」

 

 しばしの間、二人はその体勢のまま見つめあう。別に、そのようにしなければならない理由が――少なくとも防人の側に――あったわけではない。ただ、目の前の少女を見つめていると、防人の心中に先ほどまでとはまた違った実感が生まれてきたので、ついそのままで居たいと思ってしまったからだ。

 

 とはいえ、そのままでずっと居るわけにも行かない。妙な名残惜しさを覚えつつも、防人はようやく礼を解いた。叢雲の方も、防人の反応に困惑していたのだろう。防人が礼を解くと、まるで緊張を解くかのように小さく息を吐き、その後神妙な表情で口を開く。

 

「それで、まず何をするの?」

「そうだな……」

 

 叢雲の問いに、防人は顎元に手を当て、軽く考え込む素振りを見せる。とはいえ実の所、防人は既におおよその行動予定は立てていた。だからこの素振りはどちらかと言えばポーズ、あるいは確認とでも言うべきものでしかない。数瞬ほどそれを続けた後、防人はやはり予定通りの言葉を紡ぐ。

 

「何にせよ、まずは頭数を揃えないと意味がない。建造から始めるぞ」

「了解。まあ、初期艦のやることなんて大体それよね」

 

 建造というのは、先ほど叢雲が生まれたように、妖精たちの協力の元、資材を消費して艦娘達を生み出すことである。どのような艦娘が生まれるかは消費した資材の量、そして運に作用される。今までのデータから、資材の量を変更することで艦種をある程度コントロールすることは出来るようになったものの、結局はその程度。建造に関わっている妖精たちですら結果には干渉出来ないとのことなのだから、彼らよりも劣る人の手では完全なコントロールなど夢のまた夢という奴だ。唯一の例外があるとすれば、大本営によって特殊加工された資材を使うことで建造される、叢雲を初めとした五種の初期艦くらいだろう。

 

「数は?」

「まず二隻。最低値でな」

 

 防人の返答に頷いて、叢雲は妖精達に声をかける。すると妖精達も我が意を得たりとばかりに頷き、何処彼処に散っていく。彼らが戻ってきた時、その手には先ほどと同じ資源が抱えられていた。

 

「それじゃ、建造を開始して頂戴」

 

 叢雲に敬礼をし、妖精達は二班に分かれて建造を開始する。最低値の言葉通り、使用する資材は建造を可能とする下限の量だ。必ずしも大量に資材を消費する事が強い艦娘を生み出すわけではないが、そういう傾向があるのは事実だ。従って今回の場合だと建造される艦娘は艦種の軽い艦、つまりは駆逐艦ないし軽巡洋艦となるだろう。

 

 叢雲と防人が見守る中、妖精達は叢雲の時のように軍艦の模型を作成していく。ただし、あの時ほど素早くは無い。これは元々あちらの方が例外であり、一般的に艦娘を建造する時は酷く時間がかかるようになっているからだ。駆逐艦でも数時間、戦艦ともなれば数日ほどと、艦の大きさに比例して建造までの時間がかかってしまう。これを解決する為には、高速建造剤と呼ばれる特殊な資材を使用する必要がある。これを最初から組み込んでいた叢雲のように、使用することで建造までの時間を一気に短縮する事が可能となっているのだ。

 

「どのくらいかかりそうだ?」

 

 妖精たちに防人が声をかけた。するとそれぞれの班で一人ずつが振り向き、それぞれに口を動かす。

 

「二時間から三時間が一隻、もう一隻は半日ほどか」

「駆逐と軽巡ってところでしょうね。高速建造剤を使う?」

「ああ。躊躇う理由もない」

 

 そう言って、防人は妖精達に頷いて見せる。すると妖精も一つ頷いた後、何処かに駆けていく。戻ってきた時、彼らの手には高速建造剤が握られていた。傍目にはバーナーのようにも見えるそれだが、実際に使用する時もまさしくそういう見た目であった。火で炙っただけのように見えるのに、しかし火が消えた後には艦の模型が生まれているのだから不思議ではあるのだが、そもそも妖精も艦娘も常識の埒外の存在である。今更驚くようなことではないのだろうと、防人は改めてそんな感想を抱く。

 

「さて、誰が生まれるかしらね」

 

 叢雲が呟く中、再び拍手の音と共に光が工廠を満たした。防人が目を開けた時、そこには二人の少女が立っていた。

 

「電です。よろしくお願いします」

「木曾だ。よろしく頼むぜ」

 

 そう言って、特に幼い外見である少女と、右目に眼帯をつけた少女が敬礼をした。防人と叢雲も、それに対し答礼を返す。

 

「提督の防人だ。貴官らとも、長い付き合いとなる事を期待する」

「初期艦の叢雲よ。まあ、以後よろしく」

 

 これで三艦。一先ずはどうにかなるだろうと防人はそう判断する。妖精たちに休憩と、その後もう一度の建造を指示した後、彼は改めて三人に向き直る。

 

「早速で悪いが、貴官らの実力を確かめたい。叢雲を旗艦とした第一艦隊を編成、鎮守府正面海域の哨戒任務にあたってもらう」

「実力ってことだが、敵が見つからなかった時はどうなるんだ?」

「その場合も、哨戒が終了次第帰還を命じる予定だ。無理に戦闘を行う必要はない」

「それでいいのか?」

「航海中の動きだけでも能力は知れるし、場合によってはむしろそういうデータの方が貴重となる可能性も有る。少なくとも、戦うために無理に敵を探す必要はない」

 

 防人の返答に納得がいったのか、木曾は勝気そうな笑みを浮かべながら頷く。さて、その笑みは一体どういう意味なのか。そんな疑問は浮かぶものの、その反応から察するに、少なくとも反感を覚えている風ではない。であれば、別に気にする必要もあるまい。そう判断し、防人は視線を全体へと向け直す。

 

「他に質問はあるか?」

「電はないのです」

「俺もない」

「私も特に」

「では最後に、私の――いや、当鎮守府の基本理念を告げる」

「基本理念」

 

 そうだ、と言葉を繰り返した電に頷き、防人は気持ち背筋を正しながら宣言する。

 

「当鎮守府において掲げるは、敵の撃破ではない。如何なる戦場であれど、絶対に生還することである。撃破と生還、そのどちらかしか選べぬとなれば、躊躇いなく生還を選べ。その結果、鎮守府としての目的が達せられずとも良い。目的は変えられるが、貴官らは替えが利かない。その事を心に刻み、戦場に望むように」

 

 それが、防人の方針だ。世の中には艦娘の被害を厭わず戦果を上げる鎮守府も存在するが、防人にはそのような気は毛頭無い。生還こそが第一であり、戦果は二の次。それが、彼が提督と決まった時に始めて定めた、必ず守るべき信念。

 

「良いな?」

 

 防人の確認に、三人は敬礼でもって応える。少なくとも、防人の方針に反感があるようではない。そのことに大きく頷き、改めて防人は告げる。

 

「――第一艦隊、出撃せよ!」

『了解!!』

 

 返答の後、叢雲たちは早速と海に向かって駆け出す。建造されたばかりの彼女らの背中は、まだまだ頼りなく見える。しかし、初の任務を果たすのだという確かな意欲は感じられた。

 

 遠ざかっていく背を見守った後、防人も軍帽を被りなおしながら歩き出す。行き先はこの鎮守府内にある、提督用の執務室。艦娘たちとは違う、提督がすべき仕事をするために彼はカツカツと早足で歩き出す。

 

「私も、うかうかとはしていられないな」

 

 

 歩きながら、防人が小さく呟いた。その口調こそ平淡なものであったが、しかしその口の端には、確かな微笑が浮かんでいた。

 

 

 

 






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