七号鎮守府譚   作:kokohm

11 / 19




二隻目 足場
加賀が鎮守府に着任していました


「……各機より入電、周辺海域に敵影なし。静かな海だと判断します」

 

 雲一つない青空を見上げながら、一人の艦娘が報告の声を上げる。

 

 凛としたたたずまいと、涼やかな顔立ち。頭上の空よりもなお濃い青の道着に、僅かにギャップも感じさせる、黒髪を短くまとめたサイドテール。それらを覆うのは、手に軽く握られた弓と、背に担いだ矢筒、そして何よりも、その左肩に取り付けられた大きな飛行甲板だ。

 

 航空機母艦――正規空母艦娘、加賀。それが彼女の名前である。

 

「加賀より鎮守府、想定した哨戒任務を達成したと判断。これより帰還したいと思いますが、構いませんか」

『帰還を許可するわ。復路も油断のなきように』

「了解」

 

 鎮守府、秘書艦の叢雲との通信を終え、加賀は小さく息を吐きだす。その彼女に、僚艦である睦月型駆逐艦一番艦の睦月が声をかける。

 

「加賀さん、お疲れ様にゃしい」

「この程度、空母艦娘にとっては日常茶飯事よ」

 

 何ということはない、と言外に告げれば、おお、と睦月が瞠目する。感心しているのだろう、と分かるその反応を見れば、加賀も悪い気はしない。その気分のまま、加賀は残りの随伴艦達に目を向ける。睦月と同じ駆逐艦の電と、川内型軽巡三番艦の那珂の二人だ。

 

「一応確認しますが、全艦、支障はありませんね?」

「はい、問題ありません」

「那珂ちゃんも、ばっちりだよ。このままコンサートを開けちゃうくらい!」

「そうですか」

 

 戦闘もしていないのに――あるいはしていないから発散できていないのか――テンションの高い那珂を加賀は軽くスルーする。物静かな加賀にとって、自身をアイドルと称し、常に明るく振る舞う那珂はややとっつきにくい相手だった。悪い相手ではないのだが、と思っている。しかし、残念ながら、このテンションに合わせられるほど、加賀という艦娘は器用ではない。そのため、結果としてこのような対応が常となっていた。

 

 もっとも、このような対応をしているのは別に加賀だけではない。むしろ、那珂の姉妹艦を含めても、彼女のテンションに完全に付き合える者はそういない。良い悪いではなく、単に適性の話だからだ。それは那珂自身も理解しているらしいが、特に気にはならないとのこと。やりたいからやっているだけで、無理に合わせてもらおうとは思わないらしい。実際、彼女のテンションに首を傾げることはあれど、それで迷惑を被ったもない。アイドルとしての誇りがあると、そういうことなのだろう。だから、あまり口には出さないものの、加賀も彼女のことを尊重していた。

 

「これより第一艦隊は鎮守府に帰還します。艦隊の帰還と艦載機の帰還を並行して行うため、着艦が完了するまで私は直近の警戒が疎かになります。その間は貴女達に任せて構いませんね?」

 

 周辺の安全は確認済みだが、万一ということもある。念のためにと改めて尋ねれば、三人はそれぞれに頷きを示す。それに僅かな満足感を覚えながら、加賀は自分の鎮守府――七号鎮守府への帰還の途に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、皆」

 

 帰還した加賀達を出迎えたのは、先ほどまで通信していた叢雲であった。彼女に対して敬礼と答礼を交わしあいながら、加賀は海から地上に上がる。

 

「貴女の出迎えは、どうにも慣れませんね」

「いつもはアイツの仕事だからね。提督代理も楽じゃないわ」

 

 やれやれ、と叢雲が肩をすくめる。秘書艦としての業務を行うものは多数いたが、その中でも叢雲は重用されることが多い。特に、提督が不在時に代理として指揮を任せるのは、今のところ彼女だけだ。そのことに、羨ましい、という子供っぽい嫉妬心を、加賀は少しばかり感じずにはいられなかった。

 

「提督と神通ちゃんはまだ帰ってきていない感じ?」

「ええ、戻るのはヒトゴーマルマル以降になるそうよ」

 

 加賀達の提督は今、七号鎮守府を離れていた。鎮守府の隣町である、水崎という町の行政関係者と会談をするため、そちらに赴いているからだ。平時での付き合い方や非常時の対応等を話し合うのが主な目的だ、と聞いている。なんでも七号鎮守府が再始動した時から要請はあったそうだが、鎮守府の運営が軌道に乗るまで延期していたらしい。

 

 現在、鎮守府には加賀を含めて十八隻の艦娘が着任している。艦娘全体の数を見ればまだまだ少ないが、提督が鎮守府を離れられる程度には揃ったということで、ようやく会談の場をセッティングしたという流れのようだった。

 

 また護衛として――那珂の姉でもある――川内型軽巡二番艦の神通も提督に同行していた。鎮守府の外に出る以上は必要だと、加賀を含めた数名が主張し、結果として神通がその護衛役に選ばれたのだ。人選は出撃予定の兼ね合いと、外見的な適正が重なったからである。睦月のように幼い外見をしているわけでも、那珂のように常に主張の強い雰囲気を持っているわけでもなく、静かに、しかしその時には強く威圧も出来る神通が、今回は適任であったということだ。

 

「ところで叢雲ちゃん、提督たちの会談って何が目的なの? 知っているなら教えてほしいにゃしい」

「別にいいけれど、そのまえにやることを片付けなさい」

 

 叢雲が工廠の方を指さす。出撃後の艤装の整備を済ませてこい、という意味だろう。それもそうだ、と加賀は頷く。

 

「分かりました。では後ほど……そうですね、時間もいいですし、昼食を取りながら、というのはどうかしら」

「じゃあ、それで。出撃後の書類もついでに準備しておいてね」

 

 言い残し、叢雲は本館へと歩いていく。数秒ほどその後姿を見送ったが、いつまでもそうしているほどの理由もない。加賀は他の面々を連れ、工廠へと向かう。

 

「よろしくお願いします」

 

 待機していた妖精たちに挨拶をし、加賀達はそれぞれの艤装を彼らに渡す。そうすると妖精たちは大きく頷き、さっそくその小さな身体を使って艤装をいじり始めた。損傷も何もない艤装だが、それでも整備となれば相応に時間もかかる。適当なところで見物を切り上げ、加賀は騒々しくなった工廠から出る。

 

「私は書類を取ってくるので、貴女たちは先に食堂へ行っておいてください」

「はーい、那珂ちゃんたちがばっちり席取りをしているから、安心してねっ」

「席取りするほど艦娘いないにゃしい」

「まだ十八隻しかいませんからね。たぶん、徐々に増えていくとは思うのですが」

「その時には那珂ちゃんのファンクラブも増えるといいなあ、きゃはっ!」

 

 増える以前に誰もいないだろう、というツッコミは口に出さず、加賀は静かに一人で艦娘寮へと向かう。そうするのは、出撃後に出す報告書類がそこに置かれているからだ。実際は寮の方は予備として置かれているものであり、本来は本館の執務室においてあるものを使うことになっている。だが、工廠との位置関係などから、加賀達は寮の方を優先して使うことが多かった。些か微妙な対応だったが、提督たちからは黙認されている。提督がいれば執務室で書いて提出するというのも、まま心理的にありだったが、そうでないならこちらの方が手っ取り早い。何より今回は食堂で渡す手はずとなっている。寮の方でいいだろう、と加賀が考えたのは自然の流れであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんなものですか」

 

 加賀による報告書類の執筆は、正規書類という割にはあっさりと終了した。元々が完全にテンプレートが出来上がっている上に、今回の出撃では一隻の深海棲艦とも出会わず、ただの一度も問題行動が起こっていない。ただ行って、艦載機で偵察して、そして戻ってきただけ。『何もありませんでした』をテンプレにのっとって装飾し、悪筆にならないように清書しただけとなれば、そう時間も経つはずがなかった。

 

 インクが乾いたことを確認してから書類をクリアファイルに収納し、小脇に抱える。執筆の舞台としていた寮の自室を一瞥し、特に持ち出すものもないことを確認してから、加賀は足早に部屋を出る。そのまま寮を出て食堂を目指して歩いていると、ふと背後から声がかけられた。

 

「あら、加賀さん。今からお昼?」

「足柄ですか。ええ、その通りです」

 

 振り返った先に立っていたのは、大人びつつも勝気な表情をした一人の女性だ。妙高型重巡三番艦の足柄である。現在の七号鎮守府において唯一の重巡であり、加賀にとってはその初出撃でドロップした、ある種の『戦果』でもある艦娘だ。それもあって加賀と足柄の仲はかなり良好で、空き時間には何かと話すことも多い。

 

 加賀は一度足を止め、足柄が隣にまで来たところでまた歩き始める。当然、歩調は先ほどまでよりも緩やかだ。

 

「どうだった?」

「特に何も。凪いだ海でした」

「やっぱり近海じゃあんまり敵も出てこないか。もうちょっと沖に出たいわね」

「同意しますが、当分は現状維持でしょう。提督は艦娘の数がまだ不足しているとお考えのようですから」

 

 艦娘を入手する方法の一つに、資材を消費して行う建造がある。それには開発資材と呼称される特殊な資材は必要となるが、その余りが七号にはない。元は一艦隊分ほどあったそうだが、加賀を含めた何隻かを作るのに消費しきったらしい。結果として加賀や、飛鷹型軽空母二番艦の隼鷹といった航空戦力が二隻も建造された以上、そこに不満や追及が生まれる余地はない。

 

 であれば、次に考えるべきは、もう一つの入手方法であるドロップになる。加賀の言葉に対し、足柄が反論として持ち出したのも、やはりドロップのことであった。

 

「だからこそ、ドロップ狙いで敵を倒しに行くのは良い案だと思うのよ。戦力は増えるし、近隣も平和になるんだから」

「敵を倒した結果として戦力が増強される、というのが道理では? 戦力を増強するために敵を倒しに――探しに行くというのは本末転倒の感があります」

「まあ……それも確かに」

 

 一拍の後、足柄が首肯する。その素直な態度に、分かっていて駄々をこねているだけだなと、加賀は当たりをつける。

 

「やるならまず戦力の底上げ、つまり全体的な練度上げでしょう。今いる艦娘の全員が『改造』を受けるくらいにまでなれば、と提督は以前に仰っていました」

 

 ここで言う練度とは、艦娘の艤装内で処理される、艦娘の経験値の積み重なりを数値的に示したものだ。艦娘の戦闘の経験を通し、艦娘として艤装をどの程度扱えているかの指標であり、基本的に一から九十九までの数値で段階的に示される。これが九十九にまで達した時、その艦娘は自身の艤装を十全に扱えているということになる。

 

 また、この練度は各艦娘が『改造』を受ける上での目安ともなっている。改造というのは艦娘の艤装や艦娘自身の肉体を強化できる処理だ。これは一定の練度に達した艤装を依り代に、新たに艦娘を『降ろし直す』というものであり、これによって艦娘は新たな肉体と艤装を手にすることになる。勿論、記憶や経験はそのまま引き継いており、基本的には艤装が変化しただけ――場合によっては外見にも変化が出るが――と考えて支障はない。艦娘や艤装に損傷が出ている状況で改造を行い、降ろし直した影響で身体的な損傷が消えた場合のみ、そのことを意識することもあるだろう。

 

 現在、七号鎮守府でこの改造を受けているのは第一陣――つまり叢雲、電、木曾、天龍、北上、響の六隻と、それに加えて、要求練度が他より低い、水上機母艦娘の千歳だけである。加賀や足柄は今の鎮守府の主力ではあったが、まだ改造に至るほどには練度が溜まっていなかった。

 

「それまでは演習やら小勢相手やらでちまちまやるしかないか。同じ接敵なら私の時に出てほしいけど、どうかしらね」

「そこは運かと。幸運なのか悪運なのかは知りませんが」

 

 そう加賀が返せば、足柄は薄く笑って肩をすくめる。楽しそうだ、とそんな感想が加賀の中に生まれる。同時、加賀は自身の表情が動いていることを察する。おそらく、目の前の足柄と同じような、楽しそうな笑みだろう。『加賀』の相棒と言えば同じ『一航戦』の『赤城』だが、今の加賀にとっては、目の前の艦娘もそうだと見なしてもいいのかもしれない。

 

 つまり、

 

「類は友を呼ぶ、ですか」

「その方が楽しいでしょ。違う?」

 

 違わない、と加賀は小さく苦笑する。そんな彼女の肩をポンと叩き、足柄が指を伸ばす。向けたのは、いつの間にか目の前にまで来ていた食堂だ。

 

「ご一緒、してもいいかしら?」

「ええ、喜んで」

 

 そう返し、加賀は表情を一度戻してから、食堂のドアを開ける。一度に百名は利用可能な広さがあるが、埋まっているのは端のわずかなスペースのみで、そこには待ち合わせていた叢雲たちが座っている。こちらに気づいた彼女らに軽く合図をしつつ、加賀は奥の注文カウンターに歩く。

 

「あら、加賀さんに足柄さん、いらっしゃいませ」

 

 そこに立っていたのは、給糧艦の間宮であった。見れば、奥で同じく給糧艦の伊良湖が鍋を見ているのも分かる。七号鎮守府の艦娘の数が十を超えたころに大本営から異動してきた特殊な艦娘で、主に糧食関係を担当している。簡潔に言えば、鎮守府のコックさんであった。

 

「日替わり大盛り、それときつねうどんを一つお願いします」

「私は……とんかつ定食を貰おうかしら」

 

 掲示されていた簡易メニュー表から、加賀は今日の昼食を選択する。中々の量に見えるが、どうしても艦娘は出撃等でエネルギーを使いやすく、一般的な女性よりも多く食べる必要がある。たとえ短い哨戒任務であれ、海を走り、水平線を見張る以上、それ相応に身体も頭も動かすことになるからだ。だから体躯の小さな駆逐艦娘であっても、出撃すれば成人男性の一人前くらいは食べる。軽巡や重巡だとそれが大盛りになり、加賀のような正規空母となればさらにもう一人前は摂取する必要がある。艦載機の発着艦とその後の制御、送られてくる情報の精査。こう色々とやる都合、この程度は食べないとも身体が持たないからだ。

 

 ただし、足柄のように非番の場合は、運動量が減るので食べる量が一段階は減る。訓練をしていたとか、秘書艦業務で動き回っていた場合はともかく、艦娘も普段から大食いというわけでは決してない。欲望からではなく、あくまで必要にかられての大食。少なくとも、七号の艦娘たちはそうであった。

 

「分かりました、じゃあ出来たらお持ちしますので」

「ありがとうございます」

 

 笑顔を浮かべた間宮に軽く一礼し、叢雲たちが座るテーブルに向かう。食堂の中央(センター)ではないことから、場所を選んだのは那珂ではないのだろう。そんなどうでもいい推測を頭の隅で行いつつ、加賀は先ほどぶりの面々に声をかける。

 

「お待たせしました」

「たいして待ってもいないわよ、お昼もまだ来ていないしね。というか、足柄も一緒に来たのね」

「ええ、ばったり会ったから」

 

 そういえば、足柄には叢雲たちのことを言っていなかった。『報・連・相』が微妙に欠如していたことに、加賀は今更ながらに気づいたものの、別にいいかと席に座る。仕事ならともかく、こういうところまできっちりする必要もないと思ったからである。

 

 六人掛けのテーブルをぴったりと埋めたところで、加賀は抱えていた書類を叢雲に渡す。

 

「出撃報告書です」

「ん……うん、受諾したわ」

 

 一瞥し、叢雲は書類を傍らに置く。間違うようなところもない書類だから、受け取ってもらえたことに特別な感情はない。それよりも、と加賀は目的の話を叢雲に振る。

 

「それで、提督は何を話すために隣町に?」

「大雑把に言えば防衛関係と食糧関係ね、今回は」

「防衛関係ってのは、避難経路とかの話にゃしい?」

 

 考え込むそぶりを見せながら、睦月が尋ねる。言動や容姿、それに特徴的な語尾などから幼く見られやすい彼女だが、中身は加賀達と同じ立派な艦娘だ。だからこういう話題に関しては、彼女もまた積極的な方だった。故に今回も、同じような要素を持つ電と共に、二人して真剣な面持ちを浮かべているのが見える。

 

「それもあるし、非常時には鎮守府が独断で避難警報とかを出せるようにするのもあるわ。一々上で話し合って、とやっている暇がないかもしれないから。軍として出す警報な以上、かなり強制力のあるものになるわけだし」

「守らないと罰則、とかですか?」

「最悪の場合は見捨てる、ということでしょう。無論、そうしない前提では動くのが基本でしょうが、いざとなったら固執はしないし、文句も言わせない。表向きはともかく、裏としてはそういう感じかと」

 

 叢雲への問いかけも兼ねつつ、加賀は電の疑問に答える。そんな加賀の言葉に対し、叢雲も小さく頷き、特に否定するそぶりもない。見当違い、というわけではないようだが、さして当たって嬉しい予想でもない。無言のまま、加賀は叢雲に先を促す。

 

「それで、食糧関係の方だけと……まあアレ、地産地消って奴をしましょうってこと。一次産業がある地域だと、大本営からそれを推奨されることになるのよ。その方が輸送面でも効率的なわけだし」

「輸送トラックの便は減らしたいよねー、ってことなのかな?」

「そういうこと。あと、政府の思惑とかもあるわね。ほら、内陸部への疎開とかもあるから」

「……ああ、食べる人がそこからいなくなっているから、代わりに鎮守府で消費して経済も回しなさいと」

「正解」

 

 足柄の言葉を叢雲が肯定する。

 

「それに、そういうこともしておけば、行政や住民が鎮守府に対して好感情を抱いてくれやすくなるし。何があるか分からない情勢なんだから、上としても国民にマイナスイメージを持たれるのは困るってわけ」

 

 なるほど、と加賀を含めた全員が頷く。そういうことであるならば、提督が出張する理由として納得がいく。物質的な利益も纏めつつ、国民の生活も真摯に考えていますよというアピールも出来る。鎮守府が落ち着くまで、つまりは腰を据えて話が出来るタイミングまで延長したのも分かる話だ。

 

「しかしそうなると、水崎町は何かしらの一次産業があるってことですよね。何があるのです?」

「えーっと……」

「農業と畜産、あとは漁業もやっているといえばやっているそうですよ」

 

 思い出そうとするそぶりを見せた叢雲に代わって、いつの間にか来ていた伊良湖が答えた。台車を押しながら来ていた彼女は、そこに置かれていた昼食を各自の前に配りながら続ける。

 

「といっても、規模としてはそう大きなものではないらしいですね。元々、近隣か町内で消費できる程度のものだったとか。まあそれでも疎開で需要は減っていますし、従事していた方たちはほとんど外に出ていないとかで、供給量は変わらないらしいです」

「そこをうちでカバーしたい、ってわけかぁ。そこは分かったけれど、なんで伊良湖ちゃんがそれを知っているの?」

「私と間宮さんがダイレクトに関係あるお話ですから、提督さんと事前に打ち合わせをしたんですよ。大体は問題ないですが、万一にも扱えないような食材だと困りますし。叢雲ちゃんがパッと出てこなかったのは、提督がまずこちらに話を持ってきたからだと思います」

「まあ、そうね。私はむしろ、こっちの実働に関わる方を確認していたから」

「こっちの、ってなんなのです?」

「護衛よ、その水崎町の漁船の。今回の話が上手くいったら、その辺のことも話し合うつもり予定らしいから」

「哨戒任務に組み込む、といったところですか。でも、今まではどうしていたの? 私が知る限り、七号鎮守府はそういう任務をしていなかったはずですが」

 

 確認も込めて見渡せば、そういえば、と言うような表情が返ってくる。唯一違ったのは、困ったように眉尻を下げた叢雲であった。

 

「その辺はまあ、護衛抜きで海に出ていたらしいわ。あんまり褒められたことじゃないけれど、この辺りは比較的敵も湧きにくいし、そもそも七号自体が閉鎖されていたから……」

「それはまた……なんともコメントに困るわね」

 

 思わず漏れた、という風な足柄の返答に、加賀も心の内で同意する。確かに、どう反応すればいいか困る内容だ。再開した七号鎮守府に所属する艦娘としては、どうとも言い難いものがある。強いて言うならば、今までよく無事だったものだ、という感嘆とも呆れとも定まらぬ感想くらいか。

 

「なんにせよ、それが通っていた状況で改めて護衛を、というのは話もまとまらなさそうですが……提督は大丈夫でしょうか」

「それがアイツの仕事よ。私たちは私たちの仕事をするだけ、ってね」

 

 そう言って、叢雲はトレイの上の箸を取った。既にそれぞれの昼食は配られていて、温かい湯気と美味しそうな香りを漂わせている。それを配膳していた伊良湖も、加賀達の会話の途中で静かに去っている。

 

 確かに、タイミングとしてはちょうどいいか。同じく箸を取り、小気味よい音と共に割る。

 

「ならば、私たちの仕事を片付けるとしましょう。腹が減っては何とやら、ですから」

 

 午後にも、哨戒任務は入っている。それが仕事である以上、加賀たちがやるべきことは一つしかない。

 

「いただきます」

 

 手を合わせ、加賀は昼食を取り始める。やりがいのある仕事、尊敬できる上司、気の合う同僚に、美味しい食事。小難しいことは多いが、一先ずは充実している生活。それで十分だと、加賀はそう思うのであった。

 








▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。