七号鎮守府譚   作:kokohm

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足柄は護衛任務に就きました

「……ふむ」

 

 順調のようだ、と妙高型重巡洋艦三番艦足柄は、口元に指を当てながら頷く。彼女の視線の先にあるのは水崎町の漁師たち――若干名、応援として他所の人間も加わっているらしいが――が乗る、数隻からなる漁船団だ。七号鎮守府と水崎町の漁業組合の間で結ばれた約定に基づき、彼らの護衛をする。それが今回の足柄たちの任務であった。

 

 彼らを一瞥し、視線を軽く動かす。日の昇り始めた大海、そして段々と明るみ始めた陸地。それらの何処にも、深海棲艦が現れる気配は見受けられない。まさしく順調、と戻した視線の先にあった、活気良く漁をする男たちを見ながら、足柄はまた頷く。

 

「交流もいい感じ、でいいのかしらね」

 

 呟きの対象は、漁船の周りでゆらりと動いている二隻の艦娘――天龍型軽巡艦二番艦の龍田、そして睦月型駆逐艦二番艦の如月であった。二人は手の空いている漁師たちと、何やら会話などをしている。艤装からのアシストにより強化された足柄の聴覚は、それが深刻な雰囲気のない、いわゆる世間話の類であることを把握していた。

 

 一見するとさぼっているようにも見える彼女らの行動だが、これは提督から並行して命じられた、『可能ならば水崎町の住人と仲良くなるように』という任務からの交流だ。無論、そういう思惑の下、表面的な付き合いをしているのではない。あくまでも、自然な流れとして行い、そうなったら僅かに頭の端に置いておく、くらいのことだ。足柄から見る限りにも、応対している二人の顔には、義務感からくる作り笑いは浮かんでいない……まあ、如月はともかくとして、日常的に微笑を浮かべているタイプの龍田に関しては、いささか断言もしにくいのだが。

 

 そんな二隻であったが、彼女らと話している――彼女ら『に』話しかけてきている相手は、二者で微妙に異なっている。大人びた容姿をしている龍田は本職の漁師たちに、ませた子供という感じの如月は漁師の子供たちから、というのが多く見えた。外見年齢を考えれば、まあそうなるだろうという面子だ。

 

 ただ、どちらも割と如才なく会話できるタイプであるためか、もう片方の面子から話しかけられることも決して少ないわけではない。その場合、龍田はきれいな大人のお姉さんとして、如月はかわいらしい小さな子供として、という風な形であるらしい。艦娘である以上、年齢云々はあまり変わらない――というのは言わずが花だろう。肉体年齢は同じでも、外見年齢に精神年齢が引っ張られる傾向にある、というのは事実なのだから。

 

 そんな二人と対照的に、足柄は漁船――漁師たちからは一歩引いた位置をキープしていた。ちらちらと見られることがあるのは自覚しているのだが、護衛任務の方を優先しているのと、交流よりも戦いに備える方が好みであるというのがその理由だ。彼女にしてみれば、非番であればそれもいいが、という感覚だった。

 

 まあもっとも、非番などで会う機会もそうそうないだろうが……などと思いつつ、足柄は同じく漁船と距離を取っている、もう一隻の艦娘に話しかける。

 

「隼鷹、異常はありそう?」

「いんや、今のところは全く」

 

 そう応えた隼鷹は、両眼をじっと閉じ、腕を胸の前で組んだ姿勢を取っていた。意識してのものではないが、まるでモデルのように決まった立ち姿を取る足柄と比べると、忙しい仕事の間に休息をとっている、という風にも見える。

 

 しかし、実際には、彼女はこれ以上なく職務を全うしている最中にあった。広域に発艦させた各艦載機から、リアルタイムにもたらされる情報を見定め、周辺海域に深海棲艦の陰がないかの調査――つまりは索敵任務を、隼鷹は行っていた。彼女が視覚を閉じているのも、集中を高めつつ、余計な情報を省くことで、艦載機からの情報を正しく処理する、というリソース管理の結果だった。

 

「索敵範囲内に敵影なし。まあ、漁船が発見されない程度の範囲だからそう広くも深くもないけど」

「浅めで横にずらっと、って感じ?」

「そんな感じ。とはいえ、やっぱり合わないかもね、これ。少なくとも、爆装、雷装済みの機体でやるこっちゃないよ。燃費が悪いし、変に広げにくい」

 

 姿勢を変えぬまま、隼鷹は軽く肩を上げる。それを『お手上げ』に類似した所作――とはいっても、冗談めかしてのものだろうが――と判じて足柄は考え込むように顎元を撫でる。

 

「発見からの即時攻撃が利点、とはならない?」

「どこに敵がいるって分かって状態で、そこに殴り込みをかけに行く場合ならいいかもだけど、護衛中にやるには全体的に半端かな。先手取って殲滅できるならともかく、残してこっちに気づかれたら意味ないし」

「この状況で敵を見つけたとして、まずやるのは漁船の退避になるだろうし、下手に振り分けてもしょうがないでしょうね。手数を増やして……とするなら、素直に護衛艦隊と哨戒艦隊を同時に運用した方が早い、か」

「それでもやるなら、装備なしの軽い機体で、だね。発見、被発見から、いったん視界を切って――とするなら、その方がいいってのはまあ、言うまでもないっしょ?」

「その場で攻撃しないなら、そうね」

「一番いいのは、素直に専用の偵察機を飛ばすことだろうね。もっとも、艦上偵察機の類はうちにないんだけど。提督にも確認したけど、そっちの開発に向けるリソースはないって断言されちゃったし」

「ということは、電探も?」

「あ、それもあったか。まあ、たぶんそっちも同じじゃないかな」

「ふうむ……改装で装備として持ってくる子って、誰がいたかしら」

「さあて。見つけて育てるにしても、今は機会が作れないだろうね」

「つまり……」

「まあ、先送りだねえ」

 

 どうにもならん、とばかりに隼鷹が息を吐く。結局のところ、今ある大体の問題はそこに行きついてしまうようだ。当面は無理か、と隼鷹の言葉に対して、足柄もまた心の中で同意する。

 

「確かに、それなら水上偵察機を用いるやり方がよさそうだけど……」

 

 言って、足柄は自身が飛ばしている偵察機に意識を向ける。多数の艦載機を備える隼鷹と違い、足柄が装備しているのはたったの二機しかない。そのため、隼鷹のように脳のリソースを多く振り割る必要もなく、少し視線を空に向ける程度の集中で情報を受け取ることができる。逆に言えば、その程度の情報しかない。

 

「二機とその十倍以上じゃ、まったく範囲が違うってのがネックね。なまじ上を知っていると、中々決めかねるというか」

「いやあ、索敵範囲が決まっているならどうにかなるんじゃない? というか、そもそも言うほど飛ばしてもいないし」

「そうなの?」

「戦闘機は全部直掩に回している上、他にもそこそこ手元に残しているからね。実は事前の申告ほど飛ばしていないんだよ」

 

 目を閉じたまま、隼鷹が軽く空を指さす。足柄がそちらに目を向けると、それなりの高度で旋回飛行を続けている、九六式艦戦の姿が見受けられた。防衛用と反撃用――こちらは攻撃機のことだろう――と付け加える隼鷹に、足柄はなるほどと頷く。

 

「下手に多く出すと誘引しかねない、ってのもあるしね。護衛任務で本隊に呼び寄せるのはダメダメじゃん?」

「本末転倒ってこと……というか、これって提督と話し合い済みよね?」

 

 流れから察したことを、足柄は隼鷹に質した。事前申告の分を無視していることもそうだが、それ以上にここまでの会話に淀みがなさすぎる。最初から想定しての行動、と考えた方が自然だ。

 

「ああ、うん。そうだろう、と分かりつつ、実際にやってみたって感じかな、今回は。どうせやるなら何もないうちがいいからね」

「何もない……って、何かある時もあるの?」

「アタシもよく知らない、というか提督もそう詳しいわけじゃないみたいだけど、年に数回ほど、深海棲艦の動きが活発になる時期があるみたいなんだよね。数艦隊程度じゃきかないほどの数が組織的に集まって、どこぞの海域を支配したりするんだとか。これ、よっぽど遠くのことでもない限り、多少なりとこっちにも影響は出るらしくてね。傾向的に今はまだその時じゃないらしいけど、いずれは来るだろうから、その前に試せる物は試しておこうと」

「なるほどね。その時は、うちもそれに対応することになったりするのかしら」

 

 頷きつつ、何処か喜色を混ぜながら足柄は呟く。大規模戦闘と、そこから得られるかもしれない勝利。半ば無意識のものだったが、戦いへの欲求から漏れたものだった。

 

「さあてね。大本営の号令の下、複数の鎮守府が対応に当たるみたいだし、上から指示が来ればそうなるんじゃない? まあ結局は、海域の総旗艦(ラスボス)を潰せるかどうか、って話になると思うけど」

「複数の艦隊が集まった場合、それらの旗艦を束ねる艦――総旗艦と呼ばれる深海棲艦を倒せば、後は統率を失って散り散りになる……か。数が増えてもそこは変わらないのね」

「基本ルール、ってことなんだろうね。何のルールか知らないけどさ」

「こっちも旗艦がやられるとデータリンクに不具合が出る仕様だし、それとか?」

「一艦隊ならともかく、複数まとまった場合もそうなるもんなのかね」

「連合艦隊だって、第一艦隊の旗艦がやられたらそうなるはずだし、そうなんじゃない」

 

 なるほどね、と隼鷹がどうでもよさそうに頷く。次いで、これ以上この話を広げる必要はないと判じたのか、ともかく、と彼女は話を戻す。

 

「とりあえず、基本は偵察機で対応の方がいいってことにしとこう。数にしてはまあ、巡洋艦を並べる感じで。数にしたって、空からなら案外遠くまで見えるもんだし、少数でもどうにかなるって」

「んー、まあそうかもしれないけど……じゃあ水母、つまりは千歳を組み込む形はどう?」

「いやあ、それもどうかな。千歳型は改装で軽空母になるみたいだし、今のうちの懐事情なら、航空戦力の拡充を優先するんじゃない? 偵察も大事とはいえ、火力と手数も大事だし」

「うちはまだ打撃力ないものねえ。暫定的にはともかく、永続的にそれは無理か」

「まあ、空母に改装するまでは、ってならそれもいいとは思うけどね」

 

 結局のところ、と隼鷹は軽く頭を掻きながら言う。

 

「向こうが射程内に入る前に、漁船団を逃がす程度の時間的余裕があればいいわけだ。そのくらいなら、艦娘が直接認知できる範囲でもどうにかなるって。なんだかんだ、今のあたしらのスペックって結構優秀だよ」

「まあ……確かに」

 

 一理ある、と隼鷹の指摘に足柄も同意する。彼女の言う通り、なんだかんだといっても、艦娘の探知能力というのはそれなりに高い。リンクした艤装からのアシストにより、結果的に視力や聴力が強化されている――つまり、目や耳で見つけられる範囲が広いからだ。流石に偵察機や電探といった索敵装備には劣るが、それでも普通の人間と比べれば、圧倒的に広範囲を認識できる。十分に満足できるか、といえば全肯定は出来ないが、ひとまずは、という意味では肯定も出来る。そんな具合だ。

 

「……そう、ね。最適解を探るのはいいけど、求めるのはまだ難しい。そう認識しておきましょうか。今やるべきは、今の状況での最善を見つけることであって、最終的な最善ではない、と」

「そんな感じでいいんじゃない? そも、二人ばかしでああだこうだと言いあったところで、完璧なもんなんて出来やしないよ。もっと多く……というか、提督とじっくり話し合うべきだろうね。提督、結構アタシらの話を聞いてくれるタイプみたいだし」

 

 結局はそこだよ、と隼鷹は数度頷きながら言う。その言い方は諦めや達観のそれではなく、それが自然、あるいはそうすべき、という肯定的なものだ。これも信頼関係によるものだな、と自身もそう思ったことを踏まえ、足柄もまた深く頷く。

 

「つまり、何か案があるなら提督に直接具申すればいいってことね」

「そう、そういうことだよ」

 

 そうか、そうだ、と最後に言い合い、足柄はようやく納得の表情を浮かべた。先送り、というのは結局変わらないのかもしれないが、少なくとも、意味のある『待ち』にはなるはず。そんな信頼感と安心感が、確信と共に足柄の中にあった。

 

「……まあとりあえず、アンタは一つ提督に意見具申、というか要望を出すべきだろうね」

「ん?」

 

 なんだろう、と首を傾げる足柄に、ようやくと目を開けながら、隼鷹はからかうような笑みを向ける。

 

「演習でもいいから、がっつり暴れる機会を頂戴、ってな。欲求不満なんすー、って言ってみても、たぶんバチは当たんないさ」

「……なるほど」

 

 凪のない海と、良い活気に満ちた漁船団を見ながら、

 

「それもそうね」

 

 つまりは暇だったのか、と足柄は男勝りな表情で小さく笑った。

 

 






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