「――しっかしまあ、よくそんなに飛ばせるよね」
「え?」
哨戒任務中に発せられた、感心の声。突然のそれに、第一艦隊旗艦の千歳は、水上偵察機の発艦を続けながら振り返る。見れば、随伴としてついて来ている川内型三姉妹、その長女が頭の後ろで手を組みながら言う。
「いやほらさ、私らも水偵は積んでいるけど、二機とかそこらしかないじゃない? それが水母とはいえたった一隻からポンポンと飛んでいくのを見ると、ちょっと驚くなあと」
「それはまあ……そうじゃなきゃ航空機の母艦なんて名乗れないし。それに、数で言えば加賀さんや隼鷹の方が多いわよ?」
「そりゃそうだろうけど。なまじ自分でも使っている装備だと、思わず意識しない? 別にそれで劣等感云々だとかまではつながらないけどさ」
「水母と軽巡で比べるのはナンセンスだもんねえ。あ、でも那珂ちゃんとしては、どんな艦娘であってもアイドルとして負ける気はないよ?」
「あはは、私はアイドルになる気はないかなあ」
相変わらずの『那珂ちゃん節』に、千歳は朗らかに笑う。
「でもまあ、そういうことならちょっと『講義』でもしようかな。神通もそれでいい?」
「哨戒任務中にやることではないでしょうが……まあ、ガス抜きにはいいかと。ただでさえ、姉さんは今溜まっているでしょうし」
そうだよねえ、と振られた川内ではなく、那珂が訳知り顔で頷く。
「二十八号との演習、
「そうそう。他所の艦娘と夜戦出来るの、楽しみにしていたんだけどなあ」
「夜戦をやるなんて話は最初からなかった気もするけどねー」
「いやほら、そうなる可能性もあったわけだし。なんならちょくちょく提督に直談判していたし」
「ああ、そういえばまとわりついていたね」
「……姉さん、あまり提督に無理を言ってはいけませんよ?」
「あー、神通。目が怖い、目が怖い」
静かな笑みで迫る神通を川内がどうどうとなだめ、やれやれと那珂がポーズたっぷりに呆れてみせる。そんな姉妹コントに、千歳がからからと笑う。
「まあ、その調子なら貴女たちは大丈夫そうね。他の皆は貴女達ほど
「あれで加賀さんとかはがっくりしていそうだけどねー。というか、それこそ今回一番困っているのは提督じゃないかな」
「ああ、皆をなだめる必要があるもんね」
「日程の組みなおしなどがあるからでは?」
川内と神通がそう言うと、那珂はううんと困り顔をしながら答える。
「それもあるけど、実は提督、今回の演習にかこつけて足柄さんの出撃制限を解除する腹積もりだったみたいなんだよね」
「え、そうなの?」
初耳だ、という表情を、那珂以外の全員が浮かべる。それに、たぶんだけど、と前置きして、彼女は続ける。
「提督的にも足柄さんの扱いには困っていたみたいだし、ちょうどいい理由として利用したかったっぽい」
「出来るの? 仮にも、足柄さんのやったことは上官への暴行――未遂のようなものだと思うけど」
「ある種の特赦的なものなんじゃないかな。足柄さんみたいな、戦闘好きなタイプじゃないとしっくりこないだろうけど」
「ああ……それを聞くと、逆に納得するかも」
川内の呟きに、千歳含めその場の全員が小さく頷く。確かに、それならば納得できるものがある。どうやら、足柄とはそういう艦娘である、というのがこの場での共通認識であるようだった。
「というか那珂、それどこで聞いたの? その言いまわし的に、提督から直接聞いたってわけでもなさそうだけど」
「ああ、それは叢雲ちゃんから。そういうつもりなんじゃないかって、秘書艦業務中に聞いたんだ」
「あー……叢雲としても、そこが落としどころだったんでしょうね。いの一番に怒った手前、軽々と処理は出来ないでしょうし」
「建前がいるってわけか。面倒だねえ、そういうのは。やっぱり、私は海で戦う方が好きだよ」
うんうんと、川内が深く頷く。彼女のそんな様に、足柄と同類だな、と千歳は思わず苦笑する。もっとも、千歳自身もどちらかと言えば現場の方が好みである――おそらく、この場の全員がそうだろう――ので、目くそ鼻くそ的なそれであるのかもしれないが。
「……って、違う違う。今は千歳のターンだって。ほら、偵察機の話」
そこでようやく、川内が脱線していた話を元に戻す。それに、そうだったと頷いて、千歳は振られていた説明を始める。
「それじゃ改めて、偵察機――というか航空機についてちょっと説明しましょうか。まず前提として、航空機の操作はオートとマニュアルに分かれているわね?」
「まあ、文字通りの分類だね。前者は指示を出す、後者は操作する、と。私たちは基本前者かな?」
「そういう『仕様』だもんね。頭のリソース――艦娘の処理能力の限界が決まっている以上、最初からそれぞれの艦種に合わせた形で得意不得意を割り振っておくのは当然。つまり、巡洋艦や戦艦は砲雷撃に強くて航空機に弱く、空母や水母はその逆」
「砲撃の軌道や雷撃のタイミングを計算する中、偵察機の制御までやるのは大変ですからね。艦種が上がれば計算能力も増えるそうですが、それでも本職以上に計算を割り振るのは難しいでしょう。航空巡洋艦などであればまた違うのでしょうが」
そうなると、と川内が口元を撫でながら言う。
「空母系列の艦娘は、マニュアルでの処理能力が高いからたくさん飛ばせる、ってこと?」
「ちょっと違うかな。マニュアルかオートに限らず、処理能力が高いって感じ。それで機体や状況を見てオートかマニュアルを自由に選べるの。加えて、航空機側の機能もあるかな」
「というと?」
「例えば偵察機の場合だけど、皆が偵察機を飛ばす場合、送ってくる情報の取捨選択は自分でやっているわよね?」
「そうだね。向こうから逐次送られてくる情報を自分で見て、重要そうなのを切り取るって感じかな」
「私の場合、それは偵察機側がやってくれるの。この辺はたぶん、空母系列でのみ解放される機能なんだと思う」
この限定機能は、他の艦載機群にも存在する。戦闘機であれば、より複雑な空戦機動を。爆撃機や雷撃機であれば、突入時の位置取りやタイミングを。空母系列が使い、習熟していくことで、そういった機能を向上させられる。
これはおそらくは、そういう仕様なのだろう。妖精側の都合か、艦娘という存在の限界か。その辺りは不明だし、追及する意味も――少なくとも、運用する千歳たちの側には――ない。どうして、ではなく、最初からそういう造りなのだ。
「じゃあ必要な情報だけ送ってくれる感じなんだ。セミオートかな?」
「ああ、いや、そこはちょっと説明を飛ばしちゃったか。正確には、最終的にはそうなる、って感じ。現状だとまだ私からの確認が必要だから」
「ですが何度も飛ばす――つまり『熟練度』を上げていけば、というわけですか」
そういうこと、と千歳は首肯で返す。何か『正常』で何が『異常』か。どれが重要でどれがそうでないか。そういうことを千歳が判断し、偵察機に学習させる。それを繰り返すことで、水上機母艦と水上偵察機は最適化されることになる。それが『熟練度』を上げるということだ。
「まあでも、今の時点でそれなりに自動化もできているんだけどね。何か変なものがあったら連絡が来るくらいには――っと?」
ちょうどよく、と言うべきか。艦載機の一機――通常の哨戒範囲を超え、七号鎮守府が担当する海域の境界線近くまで飛ばしたそれから、何かを発見したという報告が来た。はて、何を見つけたのだろうか、と警戒度を上げつつ確認すると、
「――は?」
返ってきた情報は、千歳の想像を超えるものだった。その『重さ』に思わず茫然とする彼女の肩を、川内が怪訝そうな表情と共に叩く。
「ちょっとちょっと、どうしたの?」
「え、あ――報告!」
それにハッとし、千歳は急いで鎮守府に通信を繋げる。数秒の間を開け、回線が繋がったと同時、彼女は大きな声で叫ぶ。
「報告します! 鎮守府担当海域の境界線外に、深海棲艦群を発見! 数は――」
「やれやれ、上手くいかないものだ」
手元の書類を見ながら、防人は思わず嘆息する。二十八号鎮守府との演習が目前に迫ったところで届いた、大本営からの演習中止の命令書。そんなものが届いたのは、近隣の鎮守府の一つである百十五号鎮守府が担当する海域において、とある事態が発生したからだ。
「深海棲艦による中規模の艦隊群が確認された、か」
故に、不測の事態に備えて待機せよ――つまるところ、演習を延期せよ、という命令が来た。それ自体は真っ当なものなのだが、思うところがないわけではない。
「せめて、今でなければな」
日程を決めなおさなければならない面倒と、何より艦娘たちを――どちらかと言えば理不尽な形で――落胆させてしまったことに、防人は思わず書類をにらみつける。いっそ、七号鎮守府が直接戦うことになった、となればまだそちらに集中もできたのだろうが、今回は後詰にすらなるかどうか、という状況。どうあがいても前向きな気分になれるものではない。
もう一つ、防人にとっての誤算があった。今回の演習にかこつけて行うつもりだった、足柄に科した出撃制限の解除。それがお流れになってしまったことである。
仕方のないこととはいえ、足柄のやったことはそれなりに問題のある行為であり、そう易々と処分を緩められるものでもない。防人個人としてはともかく、組織としての建前の話だからだ。
だからこそ、今回の演習の実地において、『今の七号の全力を試す』などということにして、足柄に戦闘を許可する予定だった。かなり雑だが、元の建前が建前故、この程度の主張でも問題ない。そうして、良く言えば全体的に都合よいお年頃を迎える、悪く言えばなあなあにする予定だったのだが……どうにも上手くいかないものだ、と防人はまた息を吐く。
『まあ、こればっかりはしょうがないわな。念のためそっちに備えろ、と言われちゃ素直に従うしかねえ』
防人の落胆を受け、パソコンの画面越しで、一人の青年が肩をすくめる。彼は名を仁科といい、二十八号鎮守府の提督にして、防人にとっては学生時代からの友人である。分かりやすくがっしりとした肉付きと、ラフな物言いが特徴である彼は、代々とまではいかないが、政治家を多く輩出した家の生まれであり、転じて度胸に満ちた豪快な人物だ。その堂々とした様と、案外と面倒見の良い性格は、大体の人間に好印象を与え、彼個人の人脈を増やすのに一役を買っているらしい。
とはいえ、仮にも公務中でありながら、常と変わらぬ口調というのは如何なものなのだろうか。秘書艦席でパソコンを叩いている電をちらりと見てから、防人は一瞬瞑目し、また嘆息する。
『そんな残念がるなって。向こうの件が片付いたらまたやりゃいいさ』
「……まあ、そうだな」
今のはそっちじゃない、という言葉を飲み込み――この辺りが、防人が彼に心を許している証左か――その代わりとして、ふと思いついた話題を投げる。
「しかし、百十五号か。あそこも何というか、個人主義的だな」
『確かになあ。いくら突発的とはいえ、普通ならもうちょい早く情報が回ってきそうなもんだが』
なんだかなあ、と仁科がぼやく。今回の百十五号の情報と、それに付随した大本営の命令書が届いたのが今朝。そこに書かれた敵戦力と、それを察知したタイミングを見るに、数日前から事態が始まっていた可能性が高い、と防人たちは分析していた。そこから分かる明らかなタイムラグは、二人が百十五号の提督に対し、疑問や不信感を抱くに十分なものだった。
「あからさまに、こちらに対し救援を請う気がないな。自分のところで全部やるという前提で、最低限の道理を通したという感じだ」
『実際、あちらさんは歴戦のそれだからなあ。大本営にしても、完全に念のための命令だろ。警戒だけで準備はしなくていい、ってのがその証拠だ』
「建前はともかく、実際に後詰をさせる気はない、か。まあ、やれと言われても難しい話だが」
『年季が違うしな。そりゃ無理ってもんよ』
「年季か……そういえば、あそこの提督はどういう人物なんだ?」
実家の件と、本人の性質もあり、仁科はいわゆる情報通だ。様々な場所に独自の伝手があり、特に実家由来の人脈がある国関係や軍関係に関しては、それこそ学生時代から妙に深いことを良く知っていた。その辺りは、軍人の家系に生まれながらそういうことに疎い――人脈そのものはあるのだが、彼自身にそこを生かす気が薄いのである――防人とは対照的だ。
だから、自分では知りえないことも知っているだろうと問いを投げた防人であったのだが、予想に反して仁科は渋面を浮かべる。
『百十五号か……あそこは何というか、噂が回ってこないんだよなあ』
「お前でもか?」
『まったくないわけじゃないんだが……なんというか、提督個人の話が聞こえてこないんだよ。どういう人物であるとか、戦果に対してどう思っているらしいとか、そういう『色』みたいなのがまったく噂に上がってこねえ』
「話に上るのは結果だけ、というわけか」
『そんなところだな。業績はちょいちょい話に出るんだが、提督その人のことは……って感じだ。人づきあいが悪いというか、秘密主義というか、露出するが嫌いなのかね』
「そこに限れば分からんでもないがな……だったら、十三号の方はどうなんだ?」
ついでに、七号鎮守府三つ目のお隣さん――配置としては、海外線沿いに七号の北が十三号、南が二十八号、海洋に出て東が百十五号になる――について問うと、仁科は肩をすくめた。
『あそこか。あそこは分からん』
「また簡潔だな」
『十三号は百十五号以上に話が来ないんだよ。この間、お前のところで戦闘があったろう? 水雷で空母機動落としたやつ。あれって軍内部でも微妙に噂になっているんだが』
「あれが、か?」
思わず、眉をひそめて問い返すと、仁科は何故か少しだけ誇らしげな風で頷く。
『そう、当事者からしたらちょっとしたことでも、案外噂話ってのは回ってくるもんなんだ。特に、新人の活躍ってなれば、将来有望ってことで話になる。まあ、出る杭云々、って場合もあるが……今はいいやな。それこそ、百十五号の提督だって、配属当初のころは話題に上っていたらしい』
「それなのに、まったく噂がないと」
『俺らから見てあそこは一年くらい先輩なんだが、その間に目立った戦果がないんだよなあ。なんなら失態すらも聞こえてこない。いやまあ、あそこの担当海域は俺たちのそれを同じで基本的には穏やかな部類だそうだから、戦果も失態もあったもんじゃないってならそうなんだろうが』
「それにしても……と言えなくもないということか。現状維持に腐心しているといくのが無難な答えか?」
『どうなのかね。それにしても、って気はするが』
ふうむ、と防人は顎を撫でる。どうにも、七号鎮守府のご近所さんは総じて癖のある様子であるらしい。無条件に信じられるのは二十八号だけか、と今後の動き方を考えようとしたところで、突如として鳴り響いた通知音が彼の思考を邪魔する。警戒任務に出撃中の、第一艦隊からの通信であった。
「む、仁科、少し待っていてくれ」
『あいよ』
断りを入れ、通信を仁科から第一艦隊旗艦の千歳に切り替える。
「私だ、どうした?」
『報告します! 鎮守府担当海域の境界線外に、深海棲艦群を発見! 数は
「――なんだと!?」
突然の千歳の報告。それに、防人は思わず立ち上がりながら、驚愕の声を上げたのであった