七号鎮守府譚   作:kokohm

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七号鎮守府が最初の難敵と相対しました・前編

 七号鎮守府、執務室。他に誰もいないその空間で、防人は面倒ごとを聞いたというような表情を浮かべ、呟く。

 

「……なるほど、百十五号鎮守府の」

『はい、討ち漏らしがあったようで。件の艦載機も、その艦隊の空母が放ったものである可能性が高いかと』

 

 防人の言葉に対し、スピーカーから涼やかな女性の声が響く。それを発したのは、パソコンの画面の中に顔を見せる、下縁の眼鏡を軽く弄る一人の女性だ。長い黒髪とヘアバンド、眼鏡の向こうで瞬く青い瞳。大本営直属、特殊任務担当艦、大淀と呼ばれる艦娘である。

 

 枕言葉が他の艦娘と異なるのは、彼女の出自や役割が特殊だからに他ならない。そもそもとして、軽巡艦娘としての『大淀』は存在している。通常の建造では出現せず、特殊な戦闘や海域でのみドロップ現象が起こる可能性がある、いわゆるレア艦というものになる。一方で、特殊任務担当艦とついている方の『彼女』は、大本営において建造が行われた艦娘である。ただし戦闘用の艤装は付随していないため、艦娘としての真価を発揮することはどうやっても出来ない。そこだけを切り取ればただの欠陥艦だが、わざわざ特殊任務担当艦などと区切っている以上、勿論利点も存在している。それが情報や事務処理能力に関して、専門の人間と比較してもなお、一線を画す性能を持っているというところだ。提督と艦娘の関係性から、下手に人間を入れられない鎮守府の組織構造にとって、それは非常に有益な能力であった。

 

 結果、多数が大本営付きとして建造され――普通の鎮守府と違い、大本営では同種の艦娘も同時に所属できるようになっている――個々の鎮守府との橋渡しを主任務とする、特殊任務担当艦として配属されるようになった。一隻辺りおおよそ五つ前後の鎮守府を担当し、それぞれと大本営の橋渡しを主任務としている形である。なお、同じく特殊任務担当艦として、明石、伊良湖、間宮が存在しており、元が工作艦である明石は資源管理と供給量の調整、給糧艦である伊良湖と間宮は鎮守府の糧食を担当している。加えて、ドロップが起こりうる大淀と明石は現場での混乱を防ぐために大本営に身を置き、現時点においてドロップが確認されていない伊良湖と間宮は鎮守府に直接身を置くという形になっていた。

 

「具体的に、敵戦力に関しての情報等は伝わっていないのか?」

『真正面から戦って逃がした、というわけでもないですから……おそらく散発的に逃げた空母が現地で他の深海棲艦を麾下としたものではないかと思われます。そちらから送られてきた敵艦載機のデータを見る限り、軽母ヌ級ではないか、という解析はでていますが』

「断言はできない、と」

『はい。先の戦力がイコールとしての敵の全戦力とも限りませんので』

「そう、その通りだ……」

 

 厄介なことだと、防人は眉根を寄せ、こめかみの辺りをさする。ただでさえ戦力不足の第七鎮守府に、規模不明の敵空母艦隊。不用意に打って出るには、あまりにも不安材料が多すぎる。

 

「……百十五号の方に応援を頼むことは不可能だろうか」

『申し訳ありません。その打診は既に行ったのですが、その討ち漏らしが出た戦闘からの立て直し等々があり、軽々には動けないと』

「戦力の再編が必要なほどの激戦だったのか? 百十五号は百番台でも特に戦力があると聞いているが」

 

 弱小鎮守府とはいえ、最寄りのはずの七号に情報が回ってこないのも、変と言えば変だ。そういうことも付け加えると、画面の中の大淀は困ったように眉を下げる。

 

『そこは私も疑問に思いましたが、上からはそうであるとしか。個人的に、百十五号の担当をしている『大淀』にも聞いていましたが、彼女もさしたる情報は知っていないようでした。あの辺りにはまだ二百番台の鎮守府がなく、百十五号が防衛ライン化している現状に要因があるのやもしれません』

「下手につついて穴を空けたくない上の配慮、ということか。ブラック鎮守府ならいざ知らず、真っ当に護国の任を果たしているとなると突っ込みにくい……」

 

 いかんな、と防人はそこで言葉を切り、軽く頭を振って画面越しの大淀に向き直る。

 

「互いに、今の会話はなかったことにしよう。私も貴官も、無駄に睨まれることになりかねん。好奇心にしろ、貴官が集めてくれた情報には感謝しているが、これ以上はあまり動かないほうがいいだろう」

『そうですね。では、なかったということで……話を戻しますが、今回の件に関して、防人提督はどのように動かれるつもりですか?』

「率直に言えば、こちら主導で討伐はしたくない。水雷戦隊がギリギリ一艦隊分しかない現状で、空母機動部隊を相手取るのは難しいからな。通常哨戒ライン沿いに探知ブイを巻き、範囲外からの侵入に警戒こそしているものの、可能ならば他の鎮守府に対処してもらいたい……歯に衣着せぬ物言いをするならば、他所に行ってほしい、となるか」

『建前はともかく、その意見そのものは正しいかと私も思います。再稼働したばかりで戦力も整っていない鎮守府が当たるには、流石に分の悪い。無理をすれば勝てないこともないでしょうが、よほど上手くやらないと犠牲も出るでしょう』

「……そうなれば、七号の安定稼働は更に遠のくことになる。戦力が十の時に一の犠牲が出るのと、百の時に出るのはその後の立て直しに大きく影響してくる。それは大本営としても望むところではない、と思われるが」

 

 適度に言葉を飾りながら、防人はそれらしい理屈を吐く。単に艦娘を死なせたくない、と言っても通じはするが、こういう道筋にしておいた方が文面上の受けは良くなる。実際には本音の方も伝わることになるだろうが、結果として同じことが起こるにしても、率直に本音を示すのと、言葉の裏に真意を込めるのでは、相手に与える印象というのは異なってくる。そして、今回において良い印象となる――少なくとも悪い印象にはならない――のは、どちらかといえば後者だろう。やや馬鹿馬鹿しさすら感じられるが、面倒なウィークポイントを作らないように小細工をするのも、提督としてやったほうがいい仕事であった。

 

『まあ、表立って言わないでしょうが、そういうことになるでしょうね。分かりました、百十五号は難しいでしょうが、近隣の十三号、二十八号には情報を回しておきます。確約は出来ませんが、哨戒範囲を広げてもらえるように要請をしてみます……そういえば、二十八号の提督とは同期でしたよね?』

「ああ、知己でもあるし、後で個人的にも要請をしてみるつもりだ。まあ、私情で公務を蔑ろにするようなことにはならないようにするつもりだが」

『それがよろしいかと。それと、七号への開発資材等の支給の件ですが、一応の目途がつきました。一艦隊分前後ほどを、一週間以内に支給出来そうです』

「ありがたい、それだけあれば一息つけるな。ダブりも考慮して空母を狙って建造したいところだが」

『索敵や防空と考えると確かにそれが妥当でしょうね、こちらで把握している限り七号の備蓄資材にも余裕はあるようですし。後は戦艦……は流石に重いでしょうから、重巡か軽巡を作って数を揃えるべきと、個人的には思います』

「同感だ。哨戒の範囲や密度を上げるためにも、まずは何よりも数だ。何せ数がないと、給糧艦すら回ってこない」

『あー……確かに、そうですねえ』

 

 冗談めかし、しかし結構本気で放った愚痴に、大淀が困ったように眉を下げる。大本営所属の彼女からしてみても、この辺りの取り決めには疑問があったのだろう。まあ彼女にあたっても意味はないのだが。そう思い、フォローの言葉をかけようとした防人であったが、

 

「――ちぃっ」

 

 防人が口を動かすよりも早く、執務室――いや、鎮守府全体にけたたましい警報音が響いた。それを耳にし、忌々しそうに舌打ちをして、防人はパソコンのキーボードを叩き出す。

 

『防人提督、まさか!?』

「そのまさかだ。件の空母部隊がこちらに来ている……!」

 

 画面内、焦りの表情を見せる大淀の隣に、探知ブイからの情報が表示される。映されたのは、七号鎮守府に接近中である深海棲艦群について。熱源や映像から自動解析された結果によると、襲来してきているのは一艦隊全六隻。内訳は軽母ヌ級二隻、軽巡ホ級一隻、駆逐イ級三隻。その情報を一目見て、防人は施設内放送用のマイクを操作する。

 

「防人より七号鎮守府全艦娘に下令。全艦出撃準備完了を確認次第直ちに抜錨、鎮守府正面海域にて集合し、敵空母艦隊との戦闘態勢に入れ。詳細はデータリンクに参加した艦より順次伝達する。繰り返す、全艦は直ちに抜錨、敵空母艦隊との戦闘態勢に入れ」

 

 言い切り、次いで防人は大淀に視線を戻す。

 

「今、情報をそちらにも回した。彼我の戦力差を考慮の上、周辺鎮守府への救援要請を依頼したい」

『了解しました、ご武運を!』

 

 最後に敬礼を残し、大淀との通信が終了する。尽力を期待できる相手への答礼もままならぬことに苛立ちながら、防人は各機器の操作を続ける。

 

「分の悪い賭けを……」

 

 やるしか、ないのか。心の中でそう吐き捨てながら、防人は状況打破のために思考を巡らせる。そんな中、ノックも確認もなしに、執務室のドアが荒々しく開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何をしている」

 

 執務室に飛び込んだ叢雲を出迎えたのは、眉を顰めながら放たれた、提督の怪訝そうな声であった。それはあの放送を考えれば無理からぬ反応であり、逆に叢雲にとっては予想した通りのものでもある。故に、あえて言い訳を口にせず、ただ単純に、提督に向かって手を伸ばす。

 

「鍵を、ちょうだい」

 

 何処の、とは言わない。理由も、言わない。提督であれば、これだけで察するはず。そういう確信があっての、叢雲の端的な行動を一瞥して、提督は軽く鼻を鳴らす。

 

「……いいだろう。戦力を遊ばせる余裕もないのは事実だ」

 

 言いながら、提督は一つの鍵をこちらに放り投げる。左手でそれを受け、確認もせずに握りこむ。提督の言葉と行動が、その鍵の正体を如実に表しているからだ。叢雲の要求を察し、その通りにしてくれた。ただ、それだけの話である。

 

「罰則は、功績と相殺する。だから、必ず生きて帰ってこい」

「了解!」

 

 右の手での敬礼を残し、すぐさまに叢雲はその場を駆け出す。扉を閉める手間も、階段を降りる手間すらも惜しみ、廊下に出てすぐの窓から身を投げる。たかだが二階、元より高性能な艦娘の肉体に、展開こそしていないがリンクする艤装からのアシストもある。猫のように軽く着地し、そのまま工廠裏に向かって駆け出す。

 

 途中、海へと走る木曾の姿があり、こちらを伺う素振りがあったが、それをハンドサインで軽く流す。足を止めないこちらに、あちらも何かしらを察したのか、特に追ってくる気配はない。上司にしろ同僚にしろ、察しがいいのは極めてやりやすい。そんなことを思いつつ、叢雲は工廠裏の地下、独房がある空間に飛び込む。

 

「――おい、さっきの警報はなんだ!」

 

 叢雲が口を開くよりも早く、独房の奥から声が放たれた。未だに営倉入りの処分を受けていた、天龍の声である。警報系統は問答無用で鎮守府全体に響き渡るようにしているが、通常の放送に関しては一部例外となっている場所もある。その一つが独房であり、故に提督からの簡易説明が聞こえていなかったのだろう。ただ、反応速度からするに緊急事態と身構えてはいたらしい。ならば十分と、叢雲は天龍のいる独房に走り寄り、鍵を使いながら口を開く。

 

「例の空母が攻めてきたから、司令官からは全力出撃の命令が下った。だから貴女も戦力に数えることにした、以上」

「……その声は、叢雲か。状況は何となくわかったが、本当にいいのか?」

「許可は出たわ、この後の戦いでの功績と引き換えだけど。出し惜しみしている暇はないってことで、納得しなさい」

 

 言い切り、閉じられていた扉を開く。狭い独房、その中央で立つ天龍の右目は爛々と輝いている。やる気は十分と、そう無言で訴えていた。そのことに、叢雲は不敵な笑みを浮かべる。

 

「行けるわね?」

「言われずとも。さっさと前座(・・)は片づけて、提督に俺たちの姿を見せつけるぞ」

 

 上等。そう口に出し、天龍を従えながら叢雲は再び駆け出す。暗い地下を出て、海に向かって走り出したところで、叢雲は脳裏に微かなノイズ――通信開始の兆候を感じ取った。各艦の第一艦隊への編入作業が完了して、通信可能な状態となったらしい。となれば、次は状況の説明と、対応のための詳しい指示か。そう考えながら、ようやくと海に飛び込んだ叢雲の脳裏に、予想した通りの声が響いた。

 

『――各艦、聞こえるか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これより、状況を説明する』

 

 海上、一先ずと前進を続けながら――後続との距離を考え、速度はやや抑えている――電は提督からの通信に耳を傾ける。

 

『確認した敵戦力は一艦隊、軽母ヌ級二隻、軽巡ホ級一隻、駆逐イ級三隻。貴官らにはこれの撃破ないし撃退を行ってもらう』

『うへえ、がっつり空母機動部隊じゃん。水雷の私らじゃちょっち厳しくない? 正面からぶつかるには装備も練度も厳しいっしょ』

 

 提督の指示に対し、電に先行して航行中の北上が、何とも嫌そうな口調で通信に参加する。口調はともかくとして、その意見そのものには電も賛成だ。先の対空戦の経験を鑑みるに、今の七号の第一艦隊では航空機攻撃を防ぐことは出来ても、その後、あるいは並行して行われるだろう空母護衛艦隊との砲撃戦で勝利することは難しい。真正面から戦ったとして、轟沈と引き換えの撃退を手にするのが精々ではないか、というのが電の予想であり、おそらくは他の艦娘たちの予想でもあるだろう。

 

『無論、戦力差は重々承知している。あまりやりたくはないが、多少策を弄するしかないだろう』

『具体的にはどうするんだ?』

 

 次いで、木曾が通信に参加した。現実でもちょうど、電の探知範囲内に進入する彼女の姿が感じ取る。

 

『各艦の航行状況を踏まえ、艦隊を二分する。北上、電、木曾の先行部隊が迂回しつつ敵艦隊後方より突入。敵航空隊、並びに砲火力を誘引する』

『その隙に、私たちで敵を討つ、ということか』

『そうだ。これに伴い、各部隊の指揮は、先行部隊を北上、本命部隊並びに第一艦隊旗艦を叢雲とする』

『了解したわ』

『こっちも了解。艦隊を二分して密度を減らすことが、上手く回ってくれればいいけど……』

軍艦()の頃と比べりゃ小回り利くんだ、どうにか避けまくるしかねえな』

 

 中々、厳しい作戦であった。上手くいけば相手の隙をつけるだろうが、下手をすれば先行部隊は壊滅するだろうし、どころか各個撃破に追い込まれ、本命部隊すら撃滅される恐れがある。真正面から戦っても勝機はないが、これはこれで分が悪すぎる賭けだろう。

 

 とはなれば、他の案も探りたいところだ。

 

「全艦で奇襲を仕掛ける、というのは駄目なのですか? 後方より突入するのであれば、あるいはそのようにするのもありだと思うのですが」

 

 思い浮かんだ疑問を電が口に出す。それに答えたのは、姉妹艦である響だった。

 

『たぶん無理だね。敵は航空部隊、偵察機なりは飛ばしているはずさ。『目』の数と距離を考えると、遮蔽物のないこの海上で奇襲は厳しいと思う。霧が出ているとかならまだともかく、今日は晴天だしね』

『私も同意見だ。奇襲で強引に、というのは確かに望ましい手段だが、生憎と現状では不可能と判断した』

「なるほど、分かりました」

 

 残念ながら、そう都合良くもいかないらしい。分かってはいたものの、改めて厳しい現状を確認して、電は心から嘆息する。

 

『とはいえ、やれる手は打つ。先行部隊だが、迂回時はあからさまに動け。敵の予想探知範囲内で、しかし砲撃の射程限界線を円状に、なぞる様にだ。しびれを切らした空母が航空機を出すように誘導する』

『相手が馬鹿をやってくれることを祈ることになるね』

『まあ、警戒して動かない場合は包囲陣に移行すればいいわ。タイミングを計る必要はあるけれど、上手くやればむしろそっちの方がやれるでしょうし』

『航空攻撃と砲雷撃をそれぞれに向けたとして、どっちか片方ならまあ、強引に突破もできないことはねえだろ。二分した分、こっちはスカスカになるわけだからな。対空は落ちているからアレだが、あっちもあっちで撃てば当たるとはならねえ。いや、むしろ対空砲撃ガン無視して強引に肉薄した方がいいのか。博打なのは変わらないが、虎穴に入らずんば虎子を得ずで行くしかねえな』

 

 北上、叢雲に次いで聞こえたのは、謹慎中であるはずの天龍の声だ。流石に戦力を遊ばせていられないと、提督がそのように判断したのだろう。声をかけようかと電は思ったが、すぐさまに考え直す。今はまだ、彼女と言葉を重ねる時じゃない。やるならば、この戦いが終わった後だ。そのくらいの願掛けは、まあやっておいてもいい場面だろう。代わりにと、電は別のことを口に出す。

 

「作戦は分かりましたが、司令官さん、友軍に救援を要請することは無理なのですか?」

『結論から言うと無理だ。直近である十三号、二十八号、百十五号の各鎮守府にはそれぞれ救援依頼を出したが、反応が芳しくない。仮に動いてくれたとしても、敵と接触する方がはるかに早いだろう』

「……間に合わない、ということですか」

『遅延戦闘に徹して、ってのは駄目なの?』

『この状況で後手に回って、いつ来るかも分からない援軍を待ちたいか?』

『まあ、最低でも半分は沈むでしょうね。下手に足を止めれば、そこから一気に押しつぶされることになる』

 

 北上の問いを、提督と叢雲がばっさりと切り捨てる。ただ、二人としても認めがたい予測であるのだろう。その声には苦々しさが多分に感じられる。

 

『結局、独力でどうにかするしかないってことか。そういうわけだが、提督、あの時使えなかったアレ、今回は使っていいんだよな?』

『アレ……『夜戦弾』のことか』

 

 『夜戦弾』というのは、艦娘が所持している基本装備の一つである。特徴としては通常弾頭と同じように使用できるが、直接火力は一切なく、炸裂地点を中心に特殊な空間異常を発生させることが出来る。端的に言えば、その空間を『夜』に変えることが出来るのだ。

 

 より詳しく説明するならば、範囲内の明度を夜間のそれと同じ度合いまで落とした上、艦娘や深海棲艦の探知能力、データリンクへの負荷、そして障壁の動作効率に支障をきたす特殊なジャミングを生じさせるのである。結界の発生による空間干渉という妖精由来の謎技術であるが、特殊な作用を持った煙幕を発生させる、と考えればいくらかは納得しやすいだろうか。まあ、重要なのは理屈よりもその能力だろう。敵の目を潰し、大きく肉薄した上で全火力を叩きこむ。そんな水雷戦隊の本懐を果たす上で欠かせない装備だ。

 

 無論、デメリットもある。前述の通り、この『夜』の作用は艦娘の側にも生じてしまう。よって、逆に深海棲艦から致命傷を受ける可能性もあるのだ。実際、敵も同種の装備を使用していることが判明しており、これが艦娘の一方的な切り札というわけではないのは確かなことだ。また、データリンクへの負荷から、『夜戦』中の艦娘と提督の間で通信に制限がかかることがあるというのも使用を制限されている理由だ。肝心な時に指揮官と通信が出来ない、というのは艦娘にとって――精神的なものも含め――厳しい状況になりえるからである。

 

 故に、一般的にはどの鎮守府であっても艦娘の独自判断では使用できず、提督からの使用許可があって初めて『夜戦』を行うことが出来るようになっている。だからこそ、事前にそのことについて言及する必要があるのだ。

 

『状況が状況だ、提督の権限でもって、夜戦弾の使用許可を今から出す。各艦、必要と判断すれば躊躇わずに使用せよ』

『出来りゃ、奴さんが航空機を出す前に使いたいところだが』

『無理だろうな。こっちが近づくよりも向こうの発艦の方が早い』

『分かっているよ。言ってみただけだ』

 

 背後で、木曾が肩をすくめている気配が感じられた。同時に、電はやや意外そうに目を見開く。木曾と問答をしていた天龍の雰囲気が、思ったよりも落ち着いていたからだ。謹慎時の騒動を見ても分かる通り、彼女はかなり好戦的な部類に入る。だからこそ謹慎となったのだし、多少は落ち着くのも当然の話だろう。ただ、それが予想以上に効いている、という感があった。

 

 原因はやはり、あの時の提督の話だろうか。だとすれば、それを聞いた自分もまた、何か変わったのだろか。

 

「……それを考えるためにも」

 

 今は、戦う。それが今、駆逐艦『電』がすべきことだ。普段の彼女には合わぬ、覚悟を決めた顔をしながら、先行する北上に追いつくように、電はさらに加速するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はたして、勝てるのだろうか。叢雲、天龍と肩を並べて航行しながら、響はふとそんな問いを自身に投げた。

 

 気概はあれど、練度は低い。数は同数であるが、敵方には航空戦力がある。策はあれど、勝利の道筋は限りなく細い。客観的に見て、不利も不利も不利。

 

「……でも、負けられない」

「そうだな、負けられねえ」

 

 独り言として呟いたはずのそれに、天龍が言葉を返した。データリンク上での通信は一時切っており、肉声でも別に聞かせる気はなかったのだが、どうやら彼女の耳には入ってしまったらしい。いや、戦闘前で各感覚を鋭敏化させていることを考えれば、むしろ当然のことだったか。

 

「天龍さんは、勝てると思う?」

 

 流れとして、響は天龍に問いかける。賢い質問、とはいえないそれだが、そうしてしまう程度には、不安というものがあった。あるいは、本来であれば、これは提督にすべき質問だったのかもしれない。だが、その提督は現状として通信を切っており――あちらの処理と、何より響達の邪魔をしないためということで、音声なしのデータのやり取りのみを行っている――そうでないにしても聞くのを躊躇われる問いかけだ。そう考えてみれば、独り言を天龍に聞かれたのはさして悪いことでもないだろう。

 

「さあな。勝てると思って戦いはするし、勝ちに行くつもりはあるが、実際どうだか分からねえ。勝てると思って勝てるなら、努力も策もありゃしねえしな」

 

 意外な、と思える答えだった。天龍にしては冷静というか、一歩引いた物言いに感じられる。だが、それも別におかしいことではないかもしれないと、すぐさまにそう考え直す。でもなければ、あの夜に木曾に頼まれ、あの企みを起こした甲斐がない。そのはずだと、響はあの時のことを思い出しながら頷く。

 

「そうだね……絶対に、勝たないと」

「……面倒な会話をしているわね、アンタ達。というか、響はまたズレた決心をして」

「え?」

 

 妙なことを言われた、と響は発言者の叢雲に対して思う。彼女の言葉の意味が、響には些か理解できなかった。おかしなことを言った覚えはないのだが、とそういう態度を表に出すと、叢雲は呆れたように肩をすくめた。

 

「勝つ、ってのはそう、まあ大事なことよ。それが艦娘の存在意義だし、そうしなければ誰も守れない。ええ、それは確かにそう」

 

 でもね、と叢雲は表情を一転し、極めて真剣な口調で続ける。

 

「でも、『勝利』の定義は様々よ。時間稼ぎでいいこともあれば、完全殲滅もある。意図的な自爆も時にはあるし、ともすれば客観的な敗北を求められることもあるかもしれない。勝利なんてものは、立場や状況であっけなく変わるものよ」

「何が言いたいんだ、叢雲」

「簡単なことよ。この鎮守府における、『敗北の定義』って、なに?」

「敗北の定義? それは当然…………」

 

 言葉が途切れる。それは、理解が出来たからだ。叢雲の言う、『敗北』の言葉の意味が。そうだ、自分たちにとっての敗北は、既に提督から聞いているではないか。そのことを、響は改めて思い出した。

 

「……ハッ、なるほどな。確かに、絶対勝つってのはまあ、ちょいと正確じゃないか」

 

 天龍もまた、同じ答えに至ったらしい。口角を上げ、楽しげな笑みを浮かべている。いや、それは響も同じであるらしい。こちらを見つめる叢雲の、彼女が浮かべる微笑みが、響の状態を示していた。

 

「そう、だから私たちは――」

 

 その瞬間であった。

 

「――電探に感! 航空機接近!!」

 

 脳裏を鳴らす警報に、響は大空を見上げて叫ぶ。その表情を瞬時に戦闘用に切り替え、艤装から送られる情報をデータリンクに回す。

 

「ちっ、こっちに飛ばしてきやがったか!」

「肉眼で確認したわ! 数約四十、艦攻、艦爆複合部隊と推定!」

 

 響と同じく、叢雲たちもまたスイッチを切り替えた。もはやここは戦闘前の――あるいは最期となりえるかもしれない――和気あいあいとした確認の場ではない。生と死をかけた、命がけの戦場となっていた。

 

「大体ヌ級一隻分……どうなるかな、これは」

「後続の影はねえが、今のところ向こうにもそのそぶりはねえ。温存しているのか、単に舐めているのか」

「今はどうでもいいわ! 全艦、最大戦速! 対空攻撃をかいくぐり、敵空母機動部隊に突撃する!」

「おう!」

「了解!」

 

 旗艦の指示の元、三隻はこれまで以上の速度で海を走り、滑り行く。狙うは敵空母機動部隊。無謀で無理な作戦だが、だからこそ、今度こそ、響は叫ぶ。

 

「――絶対に生きて帰る!」

 

 その思いを胸に、響は敵意が飛ぶその戦場に足を踏み入れた。

 

 

 





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