七号鎮守府譚   作:kokohm

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七号鎮守府が最初の難敵と相対しました・後編

 いきなりしくじったか。本命部隊からの航空機発見の報に、北上は大きく顔をしかめる。未だに敵艦隊が探知範囲に入っていない状態での、本命部隊の会敵。元よりスムーズにいくとは思っていなかったが、この段階からズレるというのは些か幸先が悪い。僅かとはいえ、軽巡と駆逐の比率を踏まえるならこちらで囮を務めたかったのだが、そうそう上手くもいかないということか。

 

「状況は分かっているよね? これより、私たちも敵艦隊に突撃するよ!」

『了解!』

 

 揃う二人の声を背後に、北上は機関出力を最大まで上げる。提督から送られていた敵予想進路を基に、現時点での最短航路を策定。それをリンクに乗せつつ、北上は全速で海を駆ける。

 

「木曾、電は対空警戒。対水上警戒は私がやる」

「了解。空は快晴、飛んでくりゃすぐ見つかると思いたいが」

 

 飛んでこないに越したことはない、と言いかけ、そうでもないかと北上は発声を止める。先行部隊に関してだけで見るならともかく、本命部隊のことも考えると必ずしもそうではないかと考え直したからだ。強いて言えば、どちらの方面にも飛ばさず格納庫の中で持て余していれくれればいい。もっとも、流石にそれは都合の良すぎる願いだろうが。

 

「……やっぱり向こうは厳しいか」

 

 絶えず更新されるデータリンクの情報を確認し、北上は大きく顔をしかめる。現状、本命部隊の方に轟沈は出ていない。だが、既に響が小破状態にはなっているらしい。まだ本隊と交戦状態にも入っていないのにこれとは、やはり航空戦力というのは重要な存在だと再確認させられる。

 

「だからこそ、こっちにも欲しいんだけど……それは生き残ってからの話か」

 

 今はそちらに割くリソースはない。思考は今の状況を分析すること、そしてそれを受けてどう対応するかにのみ割り振るべきだ。性に合う、合わないはあるが、やらないと生き残れないというならやるしかない。それが、初めに提督から提示された通りの、七号鎮守府の方針に通じる以上はなおさらだ。

 

 ――かくして、全力航行を続けること、しばし。

 

「敵艦隊発見!」

 

 ついに見つけた。水平線を超え、ようやくと黒い六隻の艦の姿を捉えたのだ。事前情報通り、軽空母二隻と軽巡一隻、そして駆逐艦が三隻。陣形が単縦陣であることを見ると、こちらに航空戦力がないことを察しているのだろう。ただ、それで油断しているのか、上空や周囲に直掩の航空機の姿はない。まだ北上達の存在に気づいていない風であるのも、偵察を疎かにしている証と見るべきか。そういう意味では『馬鹿な敵』ということになるが、果たしてどうなのか。

 

「北上さん、指示を!」

「……考えていてもしょうがないか。全艦、最大線速を維持したまま突撃! 射撃もせず、ただただ突っ込むよ!」

「了解だ!」

 

 思考を切り替え、北上は突撃の命令を電たちに告げ、自身もそれを実行する。どうせ今ここで撃っても射程範囲外であるし、撃てばそれだけ足も鈍る。いまはただ、ひたすらに距離を詰める番だ。

 

「出来れば向こうと連携、挟撃したかったけど、微妙にこっちの方が早――全艦警戒!!」

 

 ある程度近づいたところで、敵艦隊に動きが見えた。僅かに動きが見えた後、空母一隻と駆逐二隻がこちらへと転進し始めている。

 

「散開! 敵砲火を分散させる!」

 

 北上の端的な指示を受け、先行部隊が三方に分かれる。航空機に対しては弱くなるが、砲雷撃に対するのであればこちらの方が幾らかマシだ。少なくとも、北上はそのように判断し、そのように動く。

 

「敵が発砲を開始したら各個にランダム回避運動! 発砲準備をしつつ、可能な限り足は止めないで!」

 

 こうなれば、どれだけ早く懐に飛び込めるかの勝負だ。仮に敵航空機の発艦を許しても、あちらとの相対距離を詰めてしまえば、航空機は友軍への誤射誤爆について考えなくてはならなくなる。その為にも、今だけは足を止めるわけにはいかない。

 

「夜戦弾の間合いに入れば……!」

 

 自身を鼓舞するように呟きながら駆ける。右に左にと不規則に動きながら迫れば、ついに深海棲艦からの砲火が飛んできた。撃ってきたのは回頭を終え、こちらに接近を始めた二隻の駆逐艦。だが、その砲撃は北上達から見てはるか前方に着弾する。相対速度もあったのだろうが、そもそも駆逐の射程としてはまだ遠い距離だ。その辺りの理解が浅いか、単に焦ったのか。どちらとも判断できないために、どう対応するべきか悩ましい。思考や知識の有無、本能と理性のどちらで動いているかなど、深海棲艦のことは知られていないことが多すぎるのだ。

 

「ハッ、どうやら奴らはバカの方みたいだな! これならガンガン行けるぞ!」

 

 小馬鹿にするように木曾が叫ぶ。それが侮りによるものではなく、自分たちの士気を上げるためだということはすぐに察せられた。であれば、叱責する必要もない。本気で調子に乗りすぎた場合だけ止めれば十分だろう。それが指揮官であり、姉である北上の役割だ。

 

「まもなく、夜戦弾の射程範囲内に突入します!」

「全艦、夜戦弾装填! 合図とともに一斉射!」

 

 ようやく、先行部隊の面々はその砲を敵艦に向ける。駆逐二隻の砲精度は悪く、他の艦も些か動きが鈍く、まだこちらへの攻撃態勢が整っている様子ではない。本命部隊の方に集中しすぎたかと、敵の迂闊に感謝しつつ、北上はようやくその合図を出す。

 

「――全艦、夜戦弾発射!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北上の指示を受け、木曾はついに夜戦弾を発射した。空を切り裂きながら飛ぶそれはたちまちに敵艦隊の付近に着弾し、そこから木曾達までの海を瞬時に黒く染め上げる。空は闇に染まり、太陽の光がまるで月の明かりのように変じる。本当の夜と同程度に暗く、更には各種探知能力を鈍らせる『ここ』こそ、木曾達が長く待ち望んだ場所。生き残るために、勝利を手繰り寄せられる唯一の戦場。

 

「我、夜戦に突入す……!!」

 

 勝利を願うために、提督にそれを誓うために、木曾はあえてデータリンクに乗せながらその言葉を口に出す。夜戦弾によって生じた空間の影響で、もはや敵艦の姿は見えなくなっている。それは僚艦に対しても同じであり、今はまだ距離が近いから互いに把握しているが、もう少し離れれば見失うこともあるだろう。

 

「木曾、悪いけど先行して! 私と電が後詰をする!」

「了解だ!」

 

 性に合った命令を下してくれたことに感謝しながら、木曾は速度を上げて暗い夜の海を駆ける。数秒前の位置と動き方から敵の未来位置を予想し、決して直線的にならないように動く。

 

 一拍の後、発砲音が響く。木曾達ではなく、『夜』に引きずり込まれた深海棲艦達が放っているものだ。だが、明らかに着弾地点が遠い。これでは当たらない、むしろ敵の発砲炎がいい目印になってくれる。目の端に捉えたそれを受け、木曾は僅かに軌道を修正する。無論、仲間の二人と共有することも忘れない。

 

 敵は何処だ。敵予想地点近くまで来たところで、木曾は眼帯で隠されない方の目を凝らす。はやる気持ちを発散させるように、鋭い視線を忙しなく動かし続ける。

 

「――そこか!」

 

 撃ってきた二隻の駆逐イ級が、周辺を伺っているのを発見する。見る限り、まだこちらに気づいている感じはない。それを受け、位置情報を瞬時にデータリンクで共有。先手を取りに行くことを告げながら、主砲、並びに魚雷発射管をチェック。未だに被弾のないそれらは、期待通りに正常であることを告げてくる。安堵し、さらに距離を詰めつつも、未だに敵艦の動きは鈍い。状況も、装備も、自信も、その全てが木曾の側に向いている。

 

 ならば、

 

「沈め!!」

 

 射程突入と同時に、魚雷を発射する。自分ですべてを片付ける必要がなく、敵は必ず落とさなければならない以上、出し惜しみはしない。そして、その上でさらに距離を詰める。周辺の警戒も忘れてはいない。駆逐艦は見つかったが、近くにいたはずの空母の姿はないのだ。残りの三隻も含め、逆に奇襲を返されるような真似はされたくない。

 

 まっすぐに魚雷が走る。敵の動きは、やはり鈍い。警戒しているのかも怪しいほどに、魚雷や木曾に気づいた気配が全くない。これは、と木曾が声を上げそうになった時、爆発音と水柱が暗い夜を叩く。木曾の放った魚雷群が見事敵艦に命中したのだ。

 

「よし!」

 

 歓声を上げつつ、迂回して戦果を確認する。反撃が来るか、と警戒しつつであったが、水柱が収まった時、そこには何の姿も存在していなかった。轟沈、しかも一度に二隻も。十分すぎるほどに誇れる戦果が確定したことと、自分たちが勝利を手繰り寄せつつあることに、木曾は小さくガッツポーズをとる。

 

「この調子で一気に――っ!?」

 

 先のそれよりも大きな発砲音が、木曾の耳を叩いた。かなりの近くから聞こえたそれに、木曾の背筋が冷たいものが走る。半ば本能的な反応として速度を下げると、数メートルほど先に着弾の証が立った。もし減速が遅れていれば、それは木曾に直撃していたかもしれない。冷や汗と共に発砲音がした辺りを見れば、そこにはこちらに向かって砲を構えながら移動する軽巡ホ級の姿があった。見つかっていたのか、とあるいはその瞬間に初めて理解し、木曾は弾けるようにその場を離れる。

 

 再度の発砲音と、着弾の水柱。そのどれもが近く、上手い、と言って差し支えないだろう。どうやら先の駆逐艦よりは『やる』らしいと、木曾は少しばかりの焦燥と、ほんのわずかな興奮を得る。

 

 さて、どう対応するか。ホ級の砲撃を回避するように大きく、ランダムな回避運動を続けながら、木曾は次の選択を思案する。魚雷はもうないが、砲弾は十分にある。問題はあちらに先手を取られ、それに対してまだ完全には立ち直れていないことだろう。おかげで、移動先やらを冷静に考える余裕もなく、ただ高速で海を駆けているだけだ。もう少しペースを取り戻さなければ、砲撃を開始したところで当たる気がしない。であれば一度、本格的に距離を取るべきか。あるいは、あえて距離を詰めるか。果たして、どちらが正解か。

 

 木曾の思考が、僅かに揺れる。その隙をホ級は見逃さない。木曾が上手いと評した通りに、的確な砲撃が木曾を狙い、放たれる。

 

「しまっ――!?」

 

 直撃コース。避けられぬと悟った木曾は、眼前に半透明な光の壁――障壁を展開する。ある種のエネルギーフィールドであるそれは、艦娘にとって最大の防御だ。かつての軍艦の主砲と同格の威力を発するのが艦娘の主砲であるならば、障壁はかつての軍艦の装甲そのものにあたる。これが、生身の肉体を持つ艦娘たちが、戦火にその身をさらすことが出来る最大の防御装置であるのだ。

 

 この、同じ軽巡にカテゴライズされる艦同士の攻防は、ホ級の側に軍配が上がった。一瞬の均衡を経た後、障壁が砕け、爆炎が木曾を飲み込む。

 

「――ちっ! これくらい!!」

 

 生じた爆炎を突き破り、傷ついた身体を木曾が見せる。自己診断の結果、判定は中破。軽巡からの攻撃と考えれば重いが、『夜戦』においては障壁の利きが悪くなるということを踏まえれば、これでも幸運な方だ。一度の直撃が大破以上になりかねない、というのは先のイ級達の末路を見れば理解もできよう。魚雷と主砲という差はあるが、『夜戦』ではリスクが跳ねあがるというのはどちらにしても変わらない。たった一つのミスですら、『夜戦』においては致命傷となりえるのだ。

 

「こ、のっ! 調子に乗りやがって!」

 

 一息つく暇もなく、ホ級からの追撃を回避しながら木曾が吐き捨てる。中破する前よりも苛烈になったホ級の砲撃は、命中精度こそ悪いものの、連射速度が明らかに上がっている。至近弾でも落とせる、と判断し、とにかく撃つことを選んだのだろう。万全の状態ならともかく、今の木曾にはかなり危ない攻撃パターンだ。ただでさえ損傷から機動力が落ちてしまっているのに、こうも広範囲にばらまかれる攻撃をされては、冗談ではなく轟沈が見えてきてしまう。

 

「北上姉たちはまだかよ……」

 

 夜戦弾の影響と艤装への損傷が相まって、データリンクの調子が悪い。そのため、北上達の現在位置や状況がようと知れない。こちらの状況だけでも送れていればいいが、もしそうでなければ、あるのは一つの可能性だけ。

 

「……流石に、ヤバいか」

 

 初めて、木曾の口から弱気な言葉が漏れる。冷静に判断した結果ではなく、ただ悪い方に考えただけの呟き。自然と視線が落ちかける中、ホ級は揚々とこちらへの距離を詰めてくる。

 

 その姿が、急にひん曲がった。突然のことに、木曾の表情が固まる。ホ級の側面に何かが高速で激突したのだと、とようやく理解した時、木曾の耳を力強い声が叩く。

 

『援軍登場、ってな!』

 

その声を、その正体に、自然と木曾の頬が上がる。落ちかけていた気力が戻り、自然と歓声じみた言葉が漏れた。

 

「ったく、良いタイミングだな――天龍!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たりめえだ! 何せ俺は、天龍様なんだからよ!」

 

 意気揚々と木曾へ返しながら、天龍は全速でホ級へと迫る。よほど混乱しているのか、ホ級の動きは随分と鈍い。その隙に接近し、あちらが対応するよりも早く、その身体を蹴り上げる。同時に引き抜くのは、先ほど思い切り投げつけた、天龍の艤装の一つでもある刀。砲撃戦においては使われないが、しかしてただの飾りではなく、れっきとした艦娘の――深海棲艦に対する装備。それを構え直し、体勢を崩したホ級に振り下ろす。

 

「これで――仕舞いだ!」

 

 勢いのままに放たれた一閃は、展開された障壁と共にホ級を切り捨てた。袈裟切りの状態となったホ級はぴたりと動きを止め、残心を取る天龍の前でゆっくりと沈んでいく。それを見届けて、ようやく天龍は安堵の息を吐きだす。

 

「やれやれ、どうにかなったか……木曾、大丈夫か?」

「一応な。ガチで助かった、礼を言う」

「おう、まあ偶然近くにいるって分かったから、とりあえず近づいてみたってだけなんだけどな。駆逐を沈めたことを称えるつもりが、軽巡と戦いだしたからどうするかってなって、ついには中破したもんだから、これはまずいと急いだわけだ。完全に探索要員化するつもりだったのに、まさかお前を助けることになるとはなあ」

 

 やれやれ、と肩をすくめると、木曾が苦笑するように口角を歪める。しかし、その表情もすぐに切り替わり、呆れが混じったものとなった。

 

「しかしまあ、艤装の刀を投げるとか、よく当てたもんだ」

「出来っかな、と思ったら案外出来た。まあ当たんなくても距離は空けられるだろうし、それはそれで良かったからな」

「適当な……つうか、砲撃しろよ。そういうことも選択肢にはあるとはいえ、仮にも艦娘だぞ、俺たちは」

「空襲で主砲が死んだんだよ。魚雷も誘爆しそうで捨てる羽目になったし、やむを得ずって奴だ」

 

 強行軍のツケ、という奴だろうか。幸いにも身体や主機等には何もないのだが、武装系統だけがピンポイントでやられてしまっていたのだ。そのため、総合評価的には小破なのだが、攻撃面に関しては中破どころか大破も同然の状態である。そういう事情があったため、わざわざ文字通りの近接戦闘しか選択肢がなかったのだ。

 

 そこまで言ったところで思い出し、天龍はポンと手を叩く。

 

「ああ、そうだ。お前、データリンク使えているか? 北上とか電とかが今、結構な頻度で通信要求出しているんだが」

「いや、受信の方はたぶん駄目になっていると思う。発信は出来ているよな?」

「全部かは分からねえが、少なくとも現在位置と状況は送れているな。だからこそ俺も駆けつけられたわけだし。ああ、お前の無事はひとまず載せておいたから、そこは安心していいぜ」

「そりゃ助かる」

 

 ついでに、北上が少しばかり怒っている、とも伝えようかと思ったものの、僅かに考えてそれを止める。北上達が木曾と合流できなかった理由が、木曾の回避運動がことごとく二人から距離を取る動きだったためであり、そのせいで合流が出来なかったのだ、ということも併せて伝えるのが面倒だったからだ。余裕がなかったのは分かるが、離れながら現在位置を送られても受ける側の気が急くだけ、という北上の怒りも理解できるので、そう思った本人が説教をするのが筋だろうという判断だった。

 

「それで、他の皆は? 砲雷撃能力のないお前が単艦で、ってところを見るに、リスク覚悟で索敵しているみたいだが」

「とりあえず全員無事だ。お前が一番やられているって言えば、全体の被害は分かるな?」

「沈んだ奴はいないってことだな」

 

 そう言って、ホッとした素振りを木曾が見せる。自分のことが済めば、次に気になるのは仲間の無事だ。ただでさえ危ない橋を渡っていたのだから、無事が分かった時の喜びのひとしおであったことだろう。

 

「あと戦況の方だが、本命部隊で空母一隻と駆逐一隻を沈めた。ちょうどこっちが夜戦範囲内に入るのと向こうが出てくるのがかち合って、遭遇戦みたいな形になったところを咄嗟に叢雲と響が魚雷で、という形だな」

「となると、後は空母一隻か。なるほど、夜戦弾の影響が切れる前に撃沈させるために、単艦での索敵を選んだと」

「そういうこった。『夜』の中に入ってすぐにお前の戦果が分かったからな。残りは空母と軽巡のみとなれば、まあ散開して探して呼んだ方が早いだろうと叢雲が判断したのさ」

 

 そう天龍が告げれば、木曾は満足げに頷いた。最初は博打だと思っていた作戦が、結果としてはこれほどの戦果を上げることになった。何より、誰一人として沈んでいない。まだ、と付けなければならないのが懸念ではあるが、大局としてはもう勝ったと見ていい状況だろう。あと少しで終わる、と前向きな意味で捉えることが出来るのは非常によろしいことであった。

 

 ここで、データリンクに新しい情報が載った。動きがあったか、と内容を一瞥する。

 

「……おお、マジか!」

 

 思わず、天龍の口から興奮の声が漏れる。そのことに怪訝そうな表情を浮かべた木曾に対し、天龍はその内容を告げる。

 

「やったぞ、木曾! 叢雲たちが残った軽空母の撃沈に成功した!」

「本当か!? ということは」

「ああ、勝ったぞ! 誰も沈まず、深海棲艦どもを倒したんだ!」

 

 天龍の勝利宣言と同時、周囲が一気に明るさを取り戻す。夜戦弾の効力が切れ、本来の昼へと戻ったのだ。空に輝き光る太陽を、眩しさを感じながら思わず見上げると、天龍の顔にわずかに影がさした。傍らに立つ木曾が、右手を軽く上げている。何だ、と一瞬だけ考えたが、すぐにその行動の意味を理解し、同じように右手を上げる。

 

「よっしゃあ!」

「ははっ!」

 

 互いに笑いあい、快音と共にハイタッチを交わす。木曾越しに海を見れば、こちらに向かってくる叢雲たちの姿も見える。細かく位置確認をしていなかったが、案外と近かったらしい。皆のことを木曾に伝えてから、天龍は再び青空を見上げる。

 

「生き残ったぜ、提督」

 

 万感の思いを乗せて、天龍はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全艦健在、か」

 

 たった一人の執務室で、パソコンの画面を見ながら防人はポツリと呟く。その声は不思議と平坦で、その目は妙に虚ろにも見える。

 

「敵空母機動部隊を、水雷戦隊でもって全艦を撃沈。上々、まさしく上々な戦果…………」

 

 そこまでを口にしたところで、防人はキーボードを叩き始める。あっという間に、主に大淀に対しての結果報告を纏め上げ、送ろうとしたところでその手を止める。数秒の静寂を挟み、またキーボードを叩く。文末に付け加えた、少しの間連絡を控えてほしい、というような内容の文言をしばし確認し、改めて送る。そして、パソコンの通信機能を切った。

 

「上手く行ったもんだな、本当に」

 

 きしむ音が聞こえるほど深く、椅子にその身体を預ける。ぼんやりと天井を見やり、また呟く。

 

「何人、救えたかな?」

 

 当然、返答はない。防人自身、誰かに答えてほしかったわけではない。強いて言えば、自分に問いかけただけだ。

 

「『彼女』が救えるはずだった命、俺を救ったことで救えなくなった命。その数には、まだ足りない――足りるはずが、ない」

 

 段々と、言葉が熱を帯びていく。

 

「だから救う。もっとも、もっと、もっと多くの命を」

 

 目に、狂気が映る。一人だからこそ、誰に指摘されることもなく、防人の言葉は止まらない。

 

「もっとだ。誰も死なせず、もっと、もっと多くの――」

 

 カチャリ、と小さな音が鳴り響いた。それに、防人の言葉が止まる。無意識に動かした防人の手が、机に立てかけていた軍刀を揺らしたようだった。ゆっくりと視線を軍刀に向け、しばしそれを眺めた後、防人は小さく頭を振る。

 

「勝利に酔いすぎた、か」

 

 そう呟いた時の防人に、狂気や興奮は感じられない。いつしか常の、提督としての彼の雰囲気に戻っている。

 

 ゆっくりと、防人が立ち上がる。傍らの制帽を被り直し、立てかけた軍刀を腰に佩く。軽く身だしなみを整えた後、防人はあえて音を立てて歩き、執務室のドアに手をかける。

 

「……どんな言葉をかけるか、悩みどころだな」

 

 何処となく優しげな口調で呟きながら、第一艦隊の出迎えの為に、防人は執務室を後にした。

 

 






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