魔法少女いろは☆マギカ 1部 Paradise Lost   作:hidon

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☆今回は胸糞要素が多いです。


FILE #10 “翼“は静かに羽ばたき始めた

 

 

 

 

 

 時刻は17:00――――

 市役所を出ると、すっかり陽が暮れていた。

 

「一人で帰れる?」

 

 正面玄関を出たところまで、やちよが見送ってくれた。そう声を掛けられると、いろはは首を縦に振る。

 

「ええ、本当に色々、ありがとうございました」

 

 会釈すると、やちよはフッと微笑を浮かべた。

 

「じゃあ、また」

 

 夕陽に照らされた彼女の笑顔は、溜息が出るほど美しかった。

 いろはは、もう一度お辞儀すると、踵を返してやちよの元から去り――――

 

 

『魔法少女はんた―――――いッ!!!!!』

 

 

 だだっ広い駐車場の向こう側――――正門の方で聞こえた老若男女の声が混じった大音声。

 いろはは、自宅に帰るのは、まだまだ時間が掛かりそうだと、胸中で嘆いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正門前には20人程の人集りが見えた。いずれも成人した男女ばかりだが、全員の表情には鬼気迫る迫力が有った。

 その内、何人かが『魔法少女反対』のプラカードを大きく掲げながら、我が子を殺された親の様に強い憎悪の眼差しを市役所へと向けていた。

 

「魔法少女はんた―――――いッ!!!!」

 

 男女の群れの先頭に立つ、色黒のガタイの良い男性が、ラッパの形をしたスピーカーを口に当てて、耳を劈き、脳を揺さぶる程の大音量で訴える。

 

『魔法少女はんた―――――いッ!!!!』

 

 彼の声に吊られる様に、他の男女も、腹の底から同じ意見を訴える。

 

「人知を超えた連中を政(まつりごと)に使う国家と市を許すな――――ッ!!」

 

『許すな―――――ッ!!!!』

 

「治安維持部に所属する魔法少女共と、職員、並びに市長に告げる!! 神浜市の治安を乱しているのはお前たちだ!! 即刻此処から出て行け―――――ッ!!!」

 

『出て行け――――ッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれは……?」

 

 突如聞こえてきた耳を劈く程の大合唱に、いろはは瞠目。

 耳を軽く抑えて固まりつつ、正門の方で固まる男女の集団を見つめている。

 

「人倫保護団体よ……」

 

「!」

 

 背後で、やちよがそう呟いた。いろはは顔を振り向かせる。

 

「彼らは魔法少女(わたしたち)が人間社会を脅かすと信じ切っているのよ」

 

「そんな……!」

 

 やちよの説明に、いろはは目を震わせて絶句。

 治安維持部の魔法少女は、日夜神浜市を護る為に、命がけで魔女と戦っている。それなのに――――!!

 

「私達が働く時間帯には、いつもああやって正門前を陣取って非難運動を行っているの」

 

「……っ!」

 

 いろはは正門前に顔を戻すと、クッと悔しそうに歯噛みした。

 

「まぁ、放っとけば帰っていくから」

 

 やちよは、宥める様にそう言った瞬間、夕陽の陽射しが急に強くなって目に突き刺さってきた。

 目を閉じて、顔を下に向ける。

 

「気にしなくていいわよ」

 

 片手を水平にして、額に当てる。両目の下に影を作ると、顔を戻してそう言うやちよ。

 瞬間――――呆気に取られた。

 既にいろはの背中が人差し指程に小さくなっていた事に。

 彼女が全速力で向かう先は、やはりというべきか、正門だ。

 

「…………っ」

 

 小さくなっていく影を、睨みつける様に細めるやちよ。

 『トラブルメーカー』としての実力も相当ね――――と胸中で吐き捨てると、急いで、その後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、皆さん、やめてください……! こんなことは……!」

 

 正門を走り抜けたいろはは、傍で固まっていた集団に迷い無く突撃すると、必死な形相で訴える。

 

「おい、新しい魔法少女だぞ!」

 

 最初にそう声を挙げたのは、先頭に立つリーダーと思しき色黒の中年。

 ラッパの形のスピーカーを片手に持った彼は、いろはの姿を捉えると、指を差して、他の仲間達に聞こえる様に声を張り上げた。

 

「貴方達のせいでこの街に魔女が集まってくるのよ!!」

 

 その隣で、ふくよかだが、顔を巖の様に顰めた女性が、鋭い言葉を向ける。

 それは、言い掛かりだ――――そう思ったいろははムッと眉間に皺を寄せて、反論しようとするが、

 

「人間様の世界にズカズカと上がり込んで来るんじゃねえ!! 目障りだ!!」

 

「……っ!」

 

 女性の隣で、騒ぎ立てる20代半ばの青年の怒声に遮られてしまい、息を飲んだ。

 彼らは完全にいろはを標的と捉えていた。一斉に牙を向ける!

 

『出ーてー行けぇッ!!!』『出ーてー行けぇッ!!!』

『出ーてー行けぇッ!!!』『出ーてー行けぇッ!!!』

『出ーてー行けぇッ!!!』『出ーてー行けぇッ!!!』

『出ーてー行けぇッ!!!』『出ーてー行けぇッ!!!』

 

 20人程の集団から放たれる強烈な怒りの視線と言葉の刃が、いろはに集中砲火する!

 憎しみが存分に込められた合唱と共に、いろはへと躙り寄る集団。その気迫の凄まじさに、魔法少女であることを除けば一介の女子中学生に過ぎないいろはは、震え上がるしかない。

 

「そんな……私はただ、この街で……」

 

 失っていたもの、『妹』の事を取り戻したかっただけ――――そう言おうとしたが、恐怖で言葉が続かない事に愕然となる。

 さっきの自分の行動を後悔しそうになった。

 それでも、いろはは怖気付く心をなんとか奮い立たせて、弁明しようと口を開くが――――

 

「嘘つくんじゃねぇよぉっ!!」

 

「っ!」

 

 即座に弾丸の様に飛んできた中年男性の怒号によって遮られた。いろははビクッと全身を震わす。自然と恐怖が顔に浮かび、足が後退していた。 

 

「他の魔法少女達と結託して、私達の街を乗っ取るつもりなんでしょう!?」

 

「?! ち、違います!!」

 

 またもふくよかな女性から言い掛かりを付けられた。それだけは有り得ないと、咄嗟にいろはは否定する。

 

「黙れ化物!!」

 

「喰らえ!」

 

 しかし、彼らの耳には一切届かない。そればかりか、一人の男性がポケットから何かを取り出すと、勢いよく振りかぶって、いろはに投げつけた。

 

「っ!!」

 

 それが手の平大の“石”だと気付いた頃には、顔面に直撃する寸前だった!

 灰色が視界全面を埋め尽くし、衝撃に備えて目を閉じる!

 

「……?」

 

 しかし、いつまで経っても、衝撃と鈍痛はやってこない。

 いろは、ゆっくりと目を開ける。

 

「……っ!!」

 

 すると、眼前に映る光景に、驚いた。

 

「やちよさん……!」

 

「危なかったわね」

 

 腰まで届く青いロングヘアー。夕陽を受けて若干アメジスト色に輝くそれを呆然と見つめながら、いろははその名を呟く。

 眼前に立つやちよは、片手でキャッチした岩を、無造作に路面へ投げ捨てた。

 

「へっ、ようやく治安維持部長様のお出ましか……! 今まで中々出てこなかったが……」

 

 先程岩を投げつけた男性は、悪びれる事無く、皮肉気な笑みを見せる。

 

「今日は運が良いぜ! テメェにゃ言いてぇ事が山程有るんだ!!」

 

 男性がそう言い放った瞬間――――やちよから凄まじい気迫が放たれたのをいろはは、背中越しに感じていた。

 やちよは、一切の感情を削ぎ落とした無の表情を彼らに向けると、一歩、前に進む。

 

「「「「「…………!!」」」」」

 

 相手は神浜市最強の魔法少女だ。対峙する彼らの表情も、僅かに緊張が入り込んだ。一斉に身構える。

 岩を投げつけた男性も、うっと息を飲んで後退した。

 一触即発の状況を、いろはは、不安に顔を曇らせながらも、見つめているしかなかった。

 

「……お鎮まりください」

 

 やちよは更に一歩進むと、静かに、だが毅然とした声で彼らに訴える。

 

「なんだと……!」

 

 先頭に立つリーダー各の中年が、グッと眉間に皺を寄せて睨み返す。

 

「貴方がたも善良な(・・・)市民を名乗るのでしたら、お鎮まりください、と申し上げたのです」

 

 対するやちよは、冷徹な表情で、告げる。

 その態度と言動が馬鹿にされたと感じたのだろうか、先頭の中年を始めとした彼らは一斉に砲火した!

 

「それはコッチの台詞だ化物!」

 

「守護神なんて呼ばれていい気になってんじゃねぇぜ!!」

 

 矢継ぎ早に飛んでくる罵詈雑言。しかし、やちよの姿勢は揺るがない。至極冷ややか目線を彼らに向けるだけだ。

 

「過剰な運動は、治安を妨げるものとして市条例に違反します。それに……」

 

 言いながら、やちよはチラリと後ろを振り向く。一瞬だけ、サファイアブルーの瞳といろはの桃色の瞳が合わさった。

 

「あの子に対する人格否定とも取れる罵詈雑言の数々と、明らかに傷害を目的とした攻撃行為……とても容認できるものではありません」

 

「同類だからか!」

 

 即座に飛んできた声に、やちよは顔を戻す。

 

「いえ、『善良な』神浜市民の一員として、そして何より、一個人としてです」

 

 首を横に振りながらそう皮肉気に微笑を浮かべて返すと、スーツの胸ポケットから端末を取り出す。

 

「今直ぐ警察のお世話になりたいのでしたら、構いませんが……」

 

 その言葉が、彼らの憎しみにたっぷりと油を注ぎ込んだ。

 

「ハッ、やっぱり聞いた通りだぜっ!! 心が腐っちまってる!!」

 

「仲間を二人死なせてる奴は別格だなぁ!! そんで公衆の面前で平然な顔して笑ってるんだからよ!!」

 

「七海やちよ、お前こそ正真正銘の化物だ!! 俺たちに何か言う権利はねえぜ!!」

 

『出ーてー行けぇッ!!!』『出ーてー行けぇッ!!!』

『出ーてー行けぇッ!!!』『出ーてー行けぇッ!!!』

『出ーてー行けぇッ!!!』『出ーてー行けぇッ!!!』

『出ーてー行けぇッ!!!』『出ーてー行けぇッ!!!』

 

 まるで、山火事の様に、彼らは勢いよく燃え上がると火の粉を撒き散らし、周囲の仲間たちに点火させた。

 恐ろしい――――その熱狂ぶりに、いろはは心の奥底が冷え付きそうだ。自分達の行為が法に反している、つまり犯罪行為である自覚など微塵も無いのだろう。

 魔法少女は等しく『悪』であり、それを排除しようとする自分達は、紛れも無い『正義』だ。だから、如何なる“法”も“罰”も、その信念の前には、風花に等しい!

 その大蛇の如き悍ましき思想に、理性が完全に飲みこまれてしまっている様に感じられた。

 

「…………!」

 

 眼前の光景は最早異様であり、同時に愚かしくも感じられた。現実のものと捉えたくない。何より、同じ人間が表現したものだと信じたく無くって、目を逸らしてしまった。

 流石のやちよも、この狂気的な勢いの前では、怖気づいてしまうのではないか――――そんな不安が胸に湧いてきた。

 

 

「貴方達に、命を掛けて護る覚悟は、お有りですか?」

 

 

 しかし、その心配は杞憂に終わった。

 ザッと、踏み込む音がして、いろははハッと顔を前方に向ける。

 やちよは、怯むこと無く、更に一歩、彼らの領域に足を踏み込んだ。

 

「貴方達の『正義』は、集団を形成して個を批判することですか?」

 

「なんだと……」

 

 やちよの鋭い指摘に、先頭に立つリーダー各の中年がギロリと、刃物の様な光を目から放つ。

 

「貴女に何が言えるのよ!」

 

 隣に立つふくよかな女性が、横から噛み付いてくる。やちよは微笑みを向けた。

 

「言えますよ」

 

 ――――獲物に標的を捉え、猟銃を構えるハンターの様な、絶対零度の瞳で見据えながら。

 女性は、心臓が止まりそうになった。「ヒィッ!」と悲鳴を上げると、集団の後ろの方へと後退し、姿を隠してしまう。

 

「この街が魔法少女保護特区として指定されてから、10年間……命を削りながらこの街を守り抜いてきたのは、魔法少女です。彼女達が流した血と、地に倒れた無数の骸の上に、貴方達の平穏な暮らしが成り立っている。その事実を……ご理解なさっているのですか?」

 

「……だからって、俺たちに何か言える立場なのかよ……!」

 

 自分達集団の力を前にしても、決して怖気づかないどころか毅然とした姿勢を貫くやちよに、先頭に立つリーダー各の男性はすっかり気圧されていた。最初の迫力がすっかり削ぎ落とされた声色で、愚痴の様に小言を呟く。

 

「私がここではっきり立場を主張しなければ、先立った先人達や、無念のまま亡くなってしまった仲間達に申し訳が立ちません。私達は確かに願いを叶えてもらい、魔法少女となった。とっくに人とは違っています」

 

「はっ、知ってるぜ! 欲しいモン貰って更に超人みたいな力を手に入れたんだよなぁ!? 羨ましいぜ!!」

 

「ええ、それは紛れも無い事実です。でも……」

 

 やちよはゆっくりと、両手を握りしめる。 

 

「永久に魔女と戦う使命を背負わされました」

 

 後悔、怒り、憎しみ、悲しみ…………震わせた声に乗せられた感情は、その何れかも判別が付かなかった。

 しかし、彼らを黙らせるには、十分な迫力が籠められていた。

 

「…………っ!!」

 

 それだけは、否定できない事実だ。先頭の中年はクッと忌々しそうに歯噛みして、やちよを睨み付ける。

 

「…………」

 

 彼女の背後で、様子を眺めるいろはもまた、複雑そうに顔を俯かせた。

 

「10年も生き延びれば“奇跡“と言われます。現に7年目の私も、魔法少女の界隈では『長寿』と言われている方です」

 

「「「「「…………!!」」」」」

 

 続けられたやちよの言葉もまた、一切の否定を許さない事実であった。

 彼らは、ようやくそこで言葉の剣を鞘に収めた様だ。誰一人何も言わずに、息を飲み込んで、聞いている。

 

「儚い存在でも有るのです。皆様が私達を非難するのは、深い理由があることと存じます。ですが、それは、私達の事情を考慮なさった上で訴えて頂きたい。ただ、超人的な力を有しているから、という理由だけで、人権と人格を蔑ろにされる発言を暴力的にぶつけられるのは、我慢なりません」

 

 眉間に皺を寄せて鋭く細められた視線が、彼らを釘付けにした。

 彼女の発言に納得する者もいれば、受け入れられず歯を噛みしめている者も居る。

 どう受け取ればいいのか分からず、困惑に顔を歪ませていた若者も数多く見受けられた。恐らく、ただ「魔法少女が気に入らないから」という理由だけで、勢い任せに参加したのだろう。

 ただ、反論は一切無かった。全員は――背後で見つめるいろはすらも――七海やちよという個人に圧倒されていた。

 正しく、その風格は、長年、巨大な都市を守り抜いてきた治安維持部の長たる魔法少女の威厳が存分に発揮されていた。

 

「どうします?」

 

「…………っ!」

 

 先頭に立つリーダーの中年の隣で、サブリーダーと思しき青年が、小声で問いかける。

 彼は、迷っていた。

 運動を始めてから、七海やちよが自分達の前に姿を現したのは、実の所これが初めて(・・・・・・)だった。この機会を逃す訳にはいかない。なんとしても、自分が率いる『集団』の力で屈服させたい所だ。

 

「なあ、やっぱり、相手が相手だ……」

 

「ああ、あんなのに勝てる訳がねえよ。下がるか……」

 

 しかし、彼女の気迫に気圧されてしまった他のメンバーの士気はこぞって下がっている。

 自分の後ろから、こんな消極的な意見すら聞こえてくる始末だ。

 どうするべきか……リーダーは、う~~~む、と唸って考え込むと、

 

「これ以上話し合ってても、埒が空きません」

 

「な……!」

 

 突然、やちよの口から飛んできた言葉に、愕然とした。バッと顔を向けると、何処か意を決した表情を彼女は浮かべていた。

 

「私は、治安維持部長として、市民の皆様一人ひとりの時間を無駄に取らせたくありません。皆様を家で待ってくださっているであろうご家族の皆様に、余計な心配や不安を与えたくはありません」

 

 そこで彼女は、上半身を90度に倒して、こう言った。

 

「どうか、この場は、お引き下がりください。お願いします」

 

「私からも、お願いします……!」

 

 やちよの背後で心配そうに状況を見つめていたいろはも、彼女の隣に並ぶとペコリと上半身を倒す。

 

「う~~~~~む……」

 

 深々と頭を下げる彼女にリーダーは顔を歪ませる。一体どうしたらいいか……悩んでいると、

 

 

「そこまでにしないか」

 

 

 何処かから低い声が飛んできた。

 団体とやちよといろは――――全員がその方向を振り向くと、60代半ばくらいの男性が一人、歩み寄って来ていた。

 黒いコートを羽織り、ホンブルグハットを被ったジェントルマンの様な格好の老人は、その風貌に相応しい気品と威厳に満ちた低い声を叩きつける。

 

「徳江さん……」

 

 彼の出現に、目を丸くするリーダーの中年。やちよはというと、姿勢を正して会釈した。いろはも合わせて頭を下げる。

 

「お久しぶりです。徳江先生」

 

「七海部長。こちらこそ、ご無沙汰しております」

 

 徳江と呼ばれた老人は、被っていたハットを外し禿げ上がった頭部を顕にすると、笑みを浮かべて、礼儀正しくお辞儀をした。

 

「この人は……?」

 

 いろはが小声で尋ねると、やちよは僅かに横目を向けて紹介した。

 

「神浜町で町内会長をされている徳江龍二先生よ」

 

「先生……?」

 

「昔、神浜市立大学で教授をなされていたの。私のお婆ちゃんとも知り合いでね、子供の頃に勉強を教わった事があったわ……」

 

「へえ……」

 

 小声で説明するやちよ。なんだか凄い人が現れたなあ、といろはは感心する。

 

「そして、人倫保護団体の生みの親よ」

 

「えっ!?」

 

 まさか、こんな人格者そうな老人が、彼らの様な熱狂的な集団を生み出したという事実に、いろはの目は点となる。

 

「ほっほっほ。お嬢さん。それはもう昔の話です。教授も団体も今は引退して、隠居の身ですよ」

 

 素っ頓狂な驚きの声は徳江の耳に届いたらしい。彼は愉快げに笑うと、いろはとやちよに歩み寄った。

 

「……ですが、全ては私の指導不足が原因です。若い衆が仕事を妨げてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

 

「いえ、徳江先生、貴女のせいでは……」

 

 深々と頭を下げて謝る徳江に、やちよは首を横に振る。

 

「お嬢さんにも、迷惑を掛けたようだね……。なんとお詫びを申し上げたらいいか……」

 

 次いで彼は、いろはにも心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「あっ、あの……私は大丈夫ですから、気になさらず……!」

 

 この老人は何もしていないのだ。それに今の彼の言葉から、完全に無関係の筈。いろははワタワタと慌てながら、そう伝える。

 

「しかし、徳江さん!!」

 

 そこで、集団の方から張り上げた声が飛んできた。

 徳江が顔を向けると、リーダーの中年男性がキッと顔を怒りに染めて、訴えていた。

 

「こいつらを許すわけにはいきませんよ!!」

 

「鈴木くん……」

 

 彼の言葉に、徳江が目を細める。

 

「そうだそうだ!!」

 

「徳江さん、あんただって魔法少女のせいで折角興した会社が潰されたじゃねえですかっ!!」

 

「その時の恨みを忘れたってんですか!!?」

 

 リーダーの中年――鈴木の言葉を皮切りに、他のメンバーが再び口から火を放つ。

 徳江はどこか呆れた様に、はあ、と息を吐くと、帽子の先を摘んだ。目深く被り直すと、

 

「まったく、嘆かわしいな……」

 

 ぽつりと、そう呟いた。

 

「!!」

 

 鈴木がその言葉に愕然となる。火を吹いていた他のメンバーの、驚きのあまり、口を閉ざした。

 

「七海部長の言う通りだ。市民同士で争うものではない」

 

「くっ……」

 

 目を覆い隠して冷ややかに告げる徳江。その態度は、自分が率いる団体の現状を見ていられない、と暗に告げている様だった。

 僅かに伺える瞳から鋭い光が瞬く。

 

「鈴木くん。私は君を信頼して団体を預けた。だがこの現状はなんだ? 人倫保護団体の創設は確かに、私が魔法少女に『憎しみ』を抱いたのがきっかけだった。だが、こんな暴動紛いの運動は絶対に禁止と取り決めていた筈だ」

 

「……」

 

 鈴木は沈痛そうな表情を浮かべると、俯かせた。それが何か(・・)を隠していると察した徳江は、更に続ける。 

 

 

「教えてくれ。君は、何を焦って(・・・・・)いるんだ?」

 

 

「……」

 

 鋭い指摘をするも、鈴木は顔を上げず、黙り込んだままだ。

 

「退散だ……」

 

 暫くそのままでいたかと思うと、突然踵を返して、他のメンバーにそう支持する鈴木。

 

「しかし……折角七海やちよを引き出せたってのに……」

 

「このままじゃあ、徳江さんも敵に回す。あの人の顔の広さはお前たちだって知ってるだろう?」

 

「仕方ありませんか……」

 

 幹部と思しき若いメンバーが食い下がるが、鈴木はそう説得した。

 ぞろぞろと立ち去っていく集団。

 彼らが最後に見せた後ろ姿は――――先程炎の様に燃え上がっていたとは到底思えないほど、惨めで、小さかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集団の姿が夕陽に紛れて見えなくなると、いろははハッとした。慌ててスマホで時刻を確認すると17:30と表示されていた。

 もうすぐ仕事から帰ってくるので、家に戻って夕食の準備をしなければならない――――!! 今日は日曜日だが、二人は共に『急な仕事が入った』といって出勤したそうだ。

 徳江とやちよにそう告げると、彼女は全速力で走り去っていった。

 

「しかし、『儚い存在』、ですか……」

 

 いろはの後ろ姿が見えなくなるまで見送ると、徳江はぽつりと独り言のように呟いた。

 やちよが細めた目を向ける。恐らく彼は、先程の団体と自分たちのやりとりを、傍らから眺めていたのだろう。

 

「僭越ながらあまりそういう定義はなされない方がよろしいかと……」

 

「……何かあったのですか?」

 

「察しがよろしいですな。実は」

 

 徳江はキョロキョロと周囲を確認。自分達以外に誰もいないことを確認すると、やちよの耳元でボソリと囁く。

 

 

「魔法少女を中心とした反社会集団が、蠢き始めています」

 

 

 その言葉に、やちよの眉はピクリと動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神浜市外、いろはの自宅である『環』家――――

 時刻は既に18時前、両親のいずれかはもう帰っているものとばかり思っていたが、庭に、二人の車はまだ無かった。

 良かった、多分残業になったのか、あるいは帰り際に寄り道したのかもしれない。

 間に合った。ほっと一息付くと、バッグに入れてあった家の鍵で、玄関のドアを開けた。

 

「ただいまー……」

 

 家には誰もいないが、いつもの習慣からか、ついそう言ってしまういろは。

 靴を脱いで上がると、真っ先に、リビングへと向かう。

 

「はあ~~」

 

 荷物を無造作に床に投げ捨てると、壁際に置かれていたソファにボスンっと倒れ込むいろは。

 疲れた――――今まで過ごしてきた14年の人生に匹敵するぐらいの騒動を、今日一日で経験した気がする。

 

「………………」

 

 ドッと疲れが湧いてきた。今はただ、休みたい。

 

(一日ぐらい夕食を作らなくっても、大丈夫だよね……?)

 

 家庭内の義務を忘れて、柔らかいソファに身を預けたまま、妹と、灯花とねむの待つ、夢の世界へ旅立ちたかった。

 全身に疲労感が襲いかかってきて、身体が鉛の様に重く感じる。全身で受け止めるソファの感触が心地よくって、自然と目がトロンと溶け出した。

 

「…………ん?」

 

 だが、視界が完全に漆黒になる寸前で、ソファ前のテーブルの上に一枚の紙切れが見えた。

 それが妙に気になったいろはは、パチリと目を開かせると、重たそうに身体を起こして、それを手に取った。

 

「…………」

 

 読んだ瞬間、いろはは呆然と目を見開いた。

 

 

 

 

『 いろは へ

 

  いきなりでごめんなさい。

  実はお父さんの転勤が決まっていました。

 

  場所は“アメリカ"です。今日迎います。

  お父さんは全く生活能力が無い人間なので、お母さんも援助する為に、一緒に付いていく事に決めました。

 

  あなたには高校受験や進学が待ち構えているというのに、とても身勝手で無責任な真似をしてしまいました。

  別れの言葉も告げずに出ていってしまうなんて親失格です。恨んでもかまいません。

 

 

  でも、これは仕方の無いことなんです。

 

 

  本当にごめんなさい、いろは。

 

  あなたの部屋の空いている右側のスペース、そこの床を満遍なく踏んでみてください。

  ミシっと音が鳴ったら、そこの板を剥がして下さい。

  生活費が隠してあります。

 

  

 

  どうか、身体を大事にして、幸せに暮らして下さい。 愛してます。      母・耀より 』

 

 

 

 

「…………そんな」

 

 両手が震えた。自然と力が入り込んで、グシャリ、と手紙が歪む。

 

「お父さん……! お母さん……!」

 

 『これは仕方の無いことなんです』――――手紙の中で然りげ無く書かれていた一文。その意味を推測するのが、どうしようも無く、恐ろしく感じた。

 

 

 ういがいつも夢の中で告げてくる、最後の言葉。

 「“死神”と会う約束」と同じくらいに。

 

 

 両膝を絨毯の上に付いて、丸めた背中が、ガタガタと震えている。

 窓の外の夕陽はすっかり沈んで、リビングの全てが闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 この日――――いろはは、自分独りだけが家に置き去りにされた事を知り、むせび泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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