これでようやくあらすじ詐欺にならずに済む……
拙い部分は多々ありますが、どうぞ!
提督が、それまで片手に握っていた刀を、今度は正面に据え、両手で握りしめ直す。
構えをとり、正面の敵艦を真っ直ぐに見つめる。
深海棲艦達は、何が起こったのか判らないでいるようだ。
そしてそれは、第四水雷戦隊の面々の殆ども同様であり、天龍だけがそれを理解していた。
……提督は、天龍に向けて放たれた砲弾を文字通り『打ち落とした』のだ。
判っているとはいえ、天龍自身も、その事が何処か信じられないままでいる。
やはりやってのけたのだと、安堵と感心の念を感じる一方で、
艦娘でも成せない曲芸じみた事をする彼に、困惑する天龍。
彼女も刀を使い、戦場で戦った事はある。
だがそれは、乱戦の真っ最中での使用。
要は「振り回していただけ」であった。
彼女は決して、提督のように刀を使いこなせる、という訳では無い。
だからこそ、刀を使った戦闘はひどく困難なものであるということは理解していた。
生半可な膂力ではそもそも振るえず、身のこなしが分かっていないと、刀に振り回される。
―――提督は、そうではないのだ。
提督は静かに一歩踏みだして、すると一気に彼の目前にいた深海棲艦に迫っていた。
その深海棲艦は後ずさりをするも……
「遅い。」
その次の瞬間、「それ」は、ただの二つの鉄屑となっていた。
重巡クラスのはずの深海棲艦は、提督の刀によって、真っ二つに切り裂かれていたのだ。
周囲の深海棲艦に明らかな動揺が走る。
たじろぐ個体、提督を凝視する個体、そして、提督に明確な敵意を見せる個体。
そして、それらの内、最後に挙げた個体が提督に飛び掛かるようにして迫る。
が、提督はそれを予見していたかのようにその個体へ向き直り、
刀を滑らせ、胴を上下に切り裂く。
動じる様子もなく、ただ淡々と、しかしそれでいて静かな怒りを孕んでいる。
そんな提督の様子に、艦娘は勿論、深海棲艦も、呻き声すら上げなくなった。
「来い。束になって一斉にだ。」
その様子を見て、提督は挑発するかのような言葉を言い、
そして、構えを解いた。
深海棲艦がどう思ったのか、それは深海棲艦のみぞ知ることだが、
確実に、顔に怒りの相を浮かべているという事は、天龍にも分かった。
戦いの最中に於いて、武器の構えを解く。
それは深海棲艦にとっても、侮辱なのだろう。
遂に怒りに任せて飛び出した個体に続き、一斉に飛び掛かっていく深海棲艦達。
そしてそれを計画通りと見てなのか、提督は不敵な笑みを浮かべる。
ゆっくりと刀を構え、そして……
―――天龍が瞬きを二回し終わる頃には、半分が鉄屑となっていた。
それだけでは終わらない。
すかさず提督は鋭く踏み込み、後方で完全に油断していた戦艦型に肉薄する。
明らかに狼狽した様子のその個体は、しかし咄嗟に守りの構えを取る。
だが、それは失敗に終わった。
艤装を前面に持ち出したものの、それすら提督はいとも容易く切り裂く。
戦艦型は一度距離を取り、仕切りなおそうとしたのだろう。
後退をする構えを見せた。
勿論、提督がそれを許すはずはなかった。
短く息を吐きだし、斬る。
そこで、もう決着はついていた。
深海戦艦は不気味な断末魔を上げながら、ゆっくりと海底へと沈んでいった。
それを見届けてから、ようやく、提督は刀を鞘に納める。
戦いが、終わったのだ。
……何もできなかったな。
天龍は拳を握りしめ、歯軋りする。
提督は強い。
それはそれは、強く。
艦娘である自分よりも強いのではないだろうか、そう思わせるほどに。
そう言えば以前も、同じように助けて貰った。
あの時はまだ着任して間もない頃。
結局、あの時と同じく、何も出来ずにただ茫然としていた。
自分はあの頃から変われたのだろうか。
自分はあの頃から前に進めたのだろうか。
そんな疑問が頭を駆け巡っていた時。
不意に誰かの手が、自分の頭の上に乗せられる。
「よくやってくれた、天龍。
旗艦の務め、よく果たしてくれた。」
提督だった。
提督はその手で優しく頭を撫でていく。
「お、おい。子ども扱いするなっ!」
そんなことするな、と顔を赤くして怒る天龍だが、提督の手は払わずにいた。
―――少しだけ、安心するから。
天龍は死の瀬戸際にいたのだ。
そこでようやく、今まで張りつめていた気を緩ませる。
「君はちゃんとやったさ。
旗艦の務めは何だ、その答えを覚えているか?」
そう言われて、天龍は気付く。
そもそも自分は、見当違いなことを考えていた、ということを。
提督は何時だって言う。
曰く、上に立つ者は、必ず下の者と共に在るべきと。
曰く、上に立つ者は、真っ先に下の者の安全を考えるべきだと。
曰く、上に立つ者は、下の者を『護り通す』責務があると。
天龍は提督の問いに対して、頷いた。
いや、頷く事しかできなかった。
「君は部下の事を考え、最善の策を取った。
結果として君は、一隻も轟沈させなかった。」
それなら、と提督は続ける。
「旗艦の務めは果たしたといえるだろう。
お疲れ様、天龍。」
……そんなこと、言うなよ。
天龍にとってその言葉は、他のどの言葉よりも嬉しいものだった。
だからこそ、そんなこと言われたら困るのである。
「泣きたくなっちまうじゃねぇかよ……」
提督にすら聞こえるか聞こえないか、そんなか細い声で、天龍は呟いた。
結局、天龍はどうにか涙を堪えて、そっぽを向くのだった。
天龍は入手時のセリフからも伺えるのですが、少し背伸びをしている部分があるような……
史実では旧式巡洋艦ということもあって、満足できる戦果を挙げたとは言い難い部分もあったのではないか、そして艦娘になった今度こそ、自分の実力を精一杯発揮しようと陰ながら必死で努力している、そんな姿が想像できます。
そんな天龍だからこそ、少し可愛い一面もあるのだと思っている次第です。