想いが届かなかったがゆえに、
幸せを守ろうとしたがゆえに_________
例えが何があったとしても、あなたは愛し続けられるだろうか_________
ヤンデレCDシリーズ第1作目、ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れないCDの二次創作です。
かなり展開がオリジナルになってしまいましたが悪しからず
と、俺は思う。
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あのピアノを覚えているよ
とても愉快で不思議な旋律も
あのクラシカルな感じも
それを奏でる綺麗な君も
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「だいじょうぶ?」
いじめっ子の男子達を追い払った小さな彼女は、うずくまる幼い僕にそっと手を差し伸べた。
かっこよくて、優しい彼女の笑顔は、今でも忘れない。
小さな手で一生懸命に、だけど華麗に鍵盤を叩く彼女。
コロコロとしたメロディの明るい雰囲気の曲。
「これなんていうの?」
「これはね、ショパンの曲なのよ」
ピアノ椅子から降りた彼女は、僕に笑顔でそう答えた。
フレデリック・ショパン_________
この時から、僕はその名を聞くたびに彼女を思い浮かべるようになった。
病気かな?
幼い私はそう感じてしまった。
お兄ちゃんが、彼女と仲良く遊んでいる。
その姿を見ると、胸がもやもやしていても苦しかった。
恋、そして嫉妬という言葉とその意味を知ったのは、それから何年かしてからだった。
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私はショパンが好き
そう言う君の笑顔が
僕にはとっても眩しくて
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部屋の中では、古いロックが響き渡っていた。
散らかった部屋の中を物を踏まないように進むのは、私にとっては毎朝の日課の一つだった。
「お兄ちゃん!!」
ベッドに横たわる身体を揺すると、彼は嫌そうに目を開いた。
「ほら起きて? ご飯冷めちゃうよ?」
お兄ちゃんは枕元のスマートフォンの画面をつける。
6時30分だった。
「んー……後5ふn」
「起きなさーい!」
私は、盛大に兄の布団を引き剥がした。
「今日は晩飯いらないよ」
朝食を囲む食卓で、お兄ちゃんは私にそう言った。
両親が共働きの野々原家では、私が家事の一切を担っている。
「どうしたの? 何かあるの?」
「友達と遊んでくる……9時前には帰るよ」
またか……私は思った。
今月に入って三度目だった。
相手が誰か、大体検討がつく。
「そう……気をつけてね、お兄ちゃん」
「うん」
その場を荒らすのが嫌で、私はあえて何も言わない事にした。
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耳をふさぐ
その指をくぐりぬけて
クラシカルな甘い調べが
私の胸を締め付ける
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綾瀬と付き合い始め、俺は一人で登校するようになった。
以前は渚と綾瀬の三人で通っていたが、付き合ってからはすごい気まずくなった。
渚だけ取るわけにもいかないし、かと言って隣に住んでる綾瀬と待ち合わすのも気が引ける。
まあイヤホンで音楽を聴きながらなら、一人でも寂しくは無い。
あの日_________
渚の俺に対する感情が普通の兄妹の範疇を超えていると気づいたのは、確か中学校に上がったくらいだ。
だけど昔から、両親や一番仲良しだった幼馴染の綾瀬よりも、誰よりも一緒に過ごしたたった一人の妹。
嫌悪もなければ、奇異の目で渚を見ることも無かった。
ただ胸が痛んだ。
俺は綾瀬にずっと想いを寄せていた。
弱かったあの頃の俺を助けてくれた彼女を、俺はずっと好きだった。
渚が俺を好きだとしても、俺の綾瀬への気持ちは変わらない。
俺は悩んだ。
綾瀬への想いを隠し、微妙なバランスで成り立っていた三角関係。
あいまいな関係を続ければ、その方が幸せだったかもしれない。
だけどそれは虚構の幸せでしかなく、いつか破綻する気がしていた。
転機は急に訪れた。
『私……あなたのお嫁さんになりたい』
綾瀬が俺に告白してくれた。
すごく嬉しかった。
きっと、ありったけの勇気を出してくれたのだろう。
懸命に想いを伝えてくれた綾瀬を抱き締めながら、俺はある決断をした。
『俺は綾瀬が好きなんだ……』
胸の高鳴りを抑えながら、俺はその事を渚に伝え、自分の気持ちを明かした。
フラれる恐怖や環境が変わる不安から、俺は何もしなかった。
結局綾瀬に告白させてしまった。
今度は俺が動かなきゃと、俺は勇気を振り絞った。
『どうして!? どうしてお兄ちゃんは綾瀬さんを選んだの!? 私は! ずっと! お兄ちゃんが好きだったのに!!』
渚はそれはそれは大泣きし、綾瀬への罵詈雑を叫び感情を爆発させた。
その後彼女は塞ぎ込み、部屋からも出てこなかった。
自殺するんじゃないのか、夜な夜な抜け出して綾瀬を殺しに行ったりするんじゃないか……
渚が心配で眠れず、綾瀬と恋人同士になれたことを喜ぶ余裕はなかった。
それから3日後、ケロッとした表情で渚は出てきた。
『幸せになれるといいね』
不安で仕方なかった俺に、渚は優しい笑顔でそう言った。
俺はありがとうと言い、渚を抱きしめてあげた。
他とは違っても、世界に一人しかいない俺の大好きな妹。
小さな胸をどれだけ苦しめたのかと思うと、俺は本当に申し訳なかった。
ふと後ろを振り返る。
通学路の住宅街を歩くのは、ゴミ袋を両手に持った主婦やスーツを着込んだサラリーマン、誰かと仲良く歩く通学途中の学生達。
俺も彼らのように、前は渚と綾瀬と歩いていた。
今はバラバラになってしまった。
渚は俺を許してくれて、綾瀬とも恋人同士になれたのに……
結局渚と綾瀬の仲は微妙なものになり、お互いにお互いを遠ざけるようになっていた。
何かを手に入れたときには何かを失う。
常套句だが、正にその通りだった。
回想を振り払うと、俺はまた歩き出した。
これで良いんだ。
きっといつか、3人で笑って話せる日が来る。
俺はそう願った。
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お願い
そのメロディを止めて
私の想いはもう二度と
届くことはないのだから
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綾瀬は昔からピアノを習っていた。
彼女の部屋はピアノが中央に鎮座し、その部屋も防音仕様。
今思えば至れり尽くせりの豪勢な作りだが、初めてこの部屋を訪ねた時はそれどころじゃなかった。
俺は綾瀬がピアノを弾いているのを、彼女のベッドに座って見ていた。
何を弾いてるかは分からない。
クラシックばかりで、綾瀬は皆の話題についていけてるんだろうか。
俺も人の事は言えないが。
「最近さ」
「ん?」
ピアノを弾き終わった綾瀬が、俺の隣に腰掛けた。
「浮かない顔してるね」
「……え?」
しんとなった部屋の中に、雨の音が微かに響く。
「悩み事? それとも悲しいことでもあったの?」
あの時と変わらない。
子供を心配する母親のような優しさ。
俺はどうしても、綾瀬にだけは嘘はつけない。
「いや。ただ……もし渚が普通の妹だったら、今頃もっと三人で楽しく過ごせたのかなって」
「……大丈夫。今は無理でも、あなたには私がいる」
そう言って、綾瀬が手のひらを重ねてきた。
「それだけで、充分でしょう?」
「うん」
自信と慈愛に溢れた彼女の瞳で見つめられれば、もう何も言えなかった。
「帰りたくないの?」
渚には9時前に帰ると言った。
だからそろそろ帰り支度をしないといけないが、雨音は気分が沈む。
「うん」
「悪い子だ。渚ちゃん待ってるんじゃないの?」
「……でも」
綾瀬のキスが、言葉の続きを封じた。
「ん……っ……」
お互いの唇が触れ合ったまま、俺達はベッドに倒れ込んだ。
制服越しに、綾瀬のたわわな胸の柔らかさが伝わる。
初めてのことじゃないのに、何回触れてもドキドキする。
「知らないからね、怒られても……」
「気にしないで良いよ……今は……綾瀬だけ……」
気がつけば、俺は綾瀬の上に覆い被さっていた。
「ワガママね……愛してる……」
綾瀬はジッと俺を見つめている。
お互いに呼吸が荒い。
興奮で震える手を伸ばし、俺は綾瀬の制服のボタンを外していった。
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雨の日は離れたくない
欲望がとめどなく溢れてくるから
雨音と共に大きくなっていくこの感情
僕はどうしたら良いんだろう
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私はお兄ちゃんの部屋で、一人ベッドで横になっていた。
もうすぐ12時になるのに_________
音楽プレーヤーのスピーカーからは、お兄ちゃんがよく聴いてるロックが流れていた。
一人ぼっちの虚しさを紛らわそうと再生してみたは良いが、大して意味は無かった。
私も子供じゃない。
男女がこんな遅くまで一緒にいたら、何をしているのかは予想がつく。
初めてお兄ちゃんが遅くに帰って来た次の日、綾瀬と互いに恥ずかしそうにしていた。
ああ、二人はそこまで進んだんだ_________
私はそれで、心の中で踏ん切りがついた。
あとは時間が解決してくれる。
そう思っていた。
突然、違う雰囲気の曲が流れてきた。
バラードも混ざっていたけど、どれもギターやドラムがベースのロックばかりだったし、そもそも邦楽だった。
今流れている曲は、リズムを作り出しているのはピアノ。
ポップだが、どこかクラシックの雰囲気もあった。
英語の歌詞はわからないけれど、甘いボイスはどこか切ない。
私は以前、一回だけこの曲を聴いたことがある。
《Used to say, I like Chopin_________》
「アイ……ライク……ショパン……」
両親が学生の頃に大ヒットした古い洋楽。
なぜ古いパンク系ロックばかり聴いてるお兄ちゃんが、明らかに雰囲気の違うこの曲を聴いているのか。
綾瀬はずっと、お兄ちゃんにショパンの曲を弾いてみせていた。
お兄ちゃんの好みには合わなかったらしく、クラシックに興味を持つことは無かった。
だけど中学生の頃……
お年玉で買ったこのプレーヤーにダウンロードしていた時、BOOWYのリストの中にまぎれてこの曲があった。
『お兄ちゃん、なんでこれだけ歌手名違うの?』
そう尋ねた時、お兄ちゃんはすごい慌てたような……まるで隠し事がバレたような顔をしていた。
『え、あぁ……間違ったわ……』
焦りようから、そして曲名から、なんとなく理由が分かった。
お兄ちゃんは、ずっと綾瀬を意識してたんだって……
この曲は、私がお兄ちゃんとの距離が離れていくの実感させた、二度と聞きたくない曲だった。
なのに、私は起き上がって停止ボタンを押そうとはしなかった。
胸が締め付けられるような旋律とともに、じわじわと湧き上がる感情が身体中に広がっていく気がした。
あの日、ようやく気持ちの整理がついた時に、心にしまったものだった。
綾瀬への嫉妬、憎しみ、殺意……そしてお兄ちゃんの裏切りに対する絶望と怒り……
お兄ちゃんの幸せのためと、三日三晩泣いてなんとか封じた感情が、どす黒い何かになって溢れ出した。
再生し終わり、別の曲が流れ始めた頃には、もう私の心は黒く染まっていた。
絶対に引き裂いてやる。
お兄ちゃんは私のもの。
「アンタなんかにお兄ちゃんは渡さない……渡すもんですか……」
雨が上がり、月明かりが部屋に差し込む。
窓から夜空を見上げながら、私は誓った。
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雨の日
とうとう想いは断ち切れなかった
音色は封じていた扉を叩いた
気休めは麻薬と一緒
切れたらおしまいなの
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「おお……遂に488も出たか……」
図書館の雑誌コーナーにあった、自動車情報誌の最新刊に目を奪われる。
迷いなく手に取ろうとした時だった。
「ダメですよ、これから勉強するというのに……」
園子はそういうと、俺の制服の裾を引いた。
仕方なく手を引っ込め、奥の勉強スペースまでついて歩く。
クラスメイトの園子とは紆余曲折あり、たまに勉強を教えてもらっていた。
綾瀬という彼女がいるので気が引けるが、悲しむべきことに話せる男友達に俺の危うい偏差値を救える奴がいなかった。
背に腹はかえられず、俺は園子に頼み込んだのだった。
一応綾瀬には言ってある。
「あれ? 3乗の因数分解ってどうやんの?」
「それはですね、まず……」
「筆者の心情を読み取れとかわけわかめ」
「えっとですね、こういうときは最初に……」
「関係代名詞ってwhereとかwhichとか……」
「使い分けのコツは……」
「アメリゴ・チップス……」
「そこはコロンブスです」
サボりにサボったせいで教えてもらうことだらけで、あっという間に閉館時間の5時になった。
「ごめんね、いつもこんな時間まで」
「良いんです。私こそ、2回も助けてもらってますし……」
園子はハッキリ言ってイジメられてる人間だ。
だからあえて学校の図書室ではなく、ちょっと離れた市の図書館に足を伸ばしていた。
学校のもそれなりに書籍が充実しているので、他に同じ制服を着た奴は居なかった。
「あの、野々原くん?」
帰り際、先に無言を破ったのは園子だった。
「なに?」
「その……河本さんとは、どんな関係なんですか?」
知らないのか、と思ったが無理もないだろう。
女子の情報網が凄まじいのは有名だが、それから外れると今度は全く何も入って来ないらしい。
「まぁ、付き合ってるよ。もうすぐ半月かな」
「そ、そうですか……じゃあ、私と勉強するのは良くないんじゃ……」
落胆する園子。
「そんな心配しないでもいいよ、綾瀬は物分かりが良いから」
渚じゃなくて良かったな……という皮肉は飲み込んだ。
「羨ましいですね、河本さん。私も、野々原くんみたいな人がいれば良いんですけど……」
やっぱり園子も年頃の女子。
ぼっちでも彼氏が欲しいんだろう。
「俺なんかよりもっと良いのいるって。古臭いパンクロックばっか聴いてる学力底辺の奴より、勉強できる紳士とか」
「いえ、野々原くんは……私の運命の人だから……」
「え?」
「いや、その……2回も助けて貰えるなんて、何かの縁があるんじゃないかなって思っただけで……気にしないでください」
しばらく歩いて、いつも別れるT字路についた。
「それじゃあ、また明日」
「明日もおなしゃす」
「ええ、喜んで」
長い髪を揺らして歩く。
その姿を見送ると、俺は我が家を目指して歩き出した。
これが園子を見た最後だった。
学校の屋上。
ドアは鍵がかかっているが、その前の小さな踊り場は人気が無く静かだった。
私はそこに綾瀬を呼び出した。
「久しぶり、渚ちゃん」
綾瀬は笑顔でやってきた。
それが無性に腹立たしかったが、なんとか抑え込む。
「ええ、そうですね」
「どうしたの? 話があるっていうから……」
「お兄ちゃんを返して」
私は間髪入れずに切り出した。
綾瀬は唖然となったが、やがて困ったような顔をした。
「何を言ってるの?」
「お兄ちゃんを騙して、私からお兄ちゃんを取り上げて……もう私耐えられない」
「どうしたの渚ちゃん! 落ち着いて!」
「私にはお兄ちゃんしかいないの! アンタとは違う、私とお兄ちゃんは家族よ! ただの隣人のアンタとは違うのよ!!」
こんな奴なんかに、お兄ちゃんを……
私を支配する黒い感情が、敵意剥き出しで綾瀬に掴み掛かる。
「いい加減に……しなさい!」
綾瀬は私を突き飛ばす。
バランスを崩して、私は床に倒れ込んだ。
「ッ……」
「あなたのお兄ちゃんがどれだけ悩んでるかも知らないで、勝手なこと言うんじゃないわよ!」
「な、なんですってぇ……」
「何も近づくななんて言ってないのに、これ以上お兄ちゃんを苦しめないで!!」
冷静に聞けば理解できる内容だろうが、もう私は止まらない。
「うるさい! アンタなんかにお兄ちゃんは渡さない! どうせアンタなんて、お兄ちゃんのことなんにも分かってないんだから!!」
沈黙。
場の空気が変わった。
「そう……分かったわ……」
「?」
「私も、生半可な気持ちであの人と付き合ってるわけじゃない。だから……これ以上渚ちゃんが否定するなら、私にも考えがある」
「な……一体何するつもり?」
「私は、あの人のお嫁さんになりたいの。手段は選ばないわ」
私は尋ねた。
しかし綾瀬は答えることなく、無言で階段を下りていった。
園子が行方不明になった。
2日前から学校に来ていなかったが、行方不明だという憶測が飛び交っている。
「自殺したらしいよ」
「あんだけいじめられてりゃな……」
「誘拐されたんじゃないかって聞いたけど……」
根も葉もないであろう噂が蔓延していた。
俺は意外なほど冷静だった。
不登校になったか、どこかに遊びに行ったのか。
心理セミナー的なのに通っているというのも、ありえない話じゃなかった。
「ま、大丈夫だろ」
死んだと決まったわけでもないし、俺はさほど心配してなかった。
「人の不幸は大好きサーっと」
勝手なことばかり話して盛り上がる連中を横目に、俺はいつも聴いてる曲の1フレーズを思い出した。
「えー!? 本当に?」
「うん……ま、引きこもってるだけだろ?」
夕飯の支度をしながら、私はお兄ちゃんの話を聞いていた。
勉強を教えてくれていたクラスメイトが、行方不明になったらしい。
彼女の話は、前にも聞いたことがある。
暗そうな女だったけど、お兄ちゃんは特段興味も無さそうなので放っておいた。
私は戦慄した。
学校に来なくなったと言うのは、私が綾瀬と言い合ってから2日後だった。
いじめられている生徒が不登校になるというのは良くある話だが、このタイミングでお兄ちゃんと仲良くしている女が消えるだろうか。
思い当たる節は一つしかない。
「綾瀬……」
紫の大きなリボンで結んだポニーテールを揺らす、あの女の笑顔が浮かぶ。
「ん?」
お兄ちゃんがこちらを見た。
「なした?」
「え? ううんなんでもないよ、気にしないで……お兄ちゃん」
蛇口から流れる水の音が、私の呟きを掻き消してくれたらしい。
クラスメイトの女に、何か立ち直れないぐらいのことをしたに違いない。
私の彼氏を奪おうとしてる。
そう言いふらすと脅せば、あの弱そうな女ならきっと逆らえないだろう。
白々しく彼氏と口にする姿を想像すると反吐が出る。
『私にも考えがある』
『手段は選ばないわ』
これは脅し。
クラスメイトを見せしめに、これ以上何もするなという脅迫だ。
私は、さっきまで人参を切っていた包丁を手にした。
ステンレスの刃に自分の顔が写っていた。
あんな卑劣な奴を、このままにしてはいけない。
絶対にお兄ちゃんを取り返すのだ。
綾瀬の仮面の下に隠れた、残酷な本性を暴いてやる。
私も手段は選ばない_________
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晴れ渡る青い空に
君の笑顔を思い浮かべた
僕の気持ちとは裏腹に
降り注ぐ陽の光
気休めなのは分かっていた
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綾瀬は突然の訪問にもかかわらず、私を招き入れてくれた。
中は昔よくお邪魔していた時と変わらない。
ただ私達だけが大きくなった。
「もう一度、冷静になって話さなくちゃと……」
「そう、良かった! 上がって!」
部屋に続く廊下を、彼女の後ろについて歩く。
魔が差した。
今背中から突き刺せば確実だ。
当然バレて捕まるだろうけど、いつかまたお兄ちゃんに会いに行ける。
「……お兄ちゃんとは、どうですか?」
「うーん……ぼちぼちってところかな。ほら、素っ気ないところあるでしょう?」
「ええ、確かに」
この女が死んだって、結局お兄ちゃんは振り向いてくれない。
だけどそれでも、平気で他人の陥れるような女に、お兄ちゃんを渡したくはなかった。
二階の廊下の突き当たり。
部屋の場所も変わってなかった。
「ここよ、懐かしいでしょう?」
「えぇ、本当に……」
ボロクソに言って精神的に痛めつけてやろうか、あるいは本当に殺してしまおうか。
いつも使ってる包丁が入った肩掛けバッグの紐を握り締め、私は思った。
絶対に許さない_________
絶対にお兄ちゃんは渡さない_________
「さあどうぞ」
先に入れと言わんばかりの綾瀬の言う通りに、私は部屋の中に足を踏み入れた。
「ッ……!」
脅しには屈しない。
数秒前まで抱いていた威勢や殺意は消え失せ、恐怖と焦りが支配する。
慌てて振り向くと、ハンマーを手にした彼女がそこにいた。
「あのピアノ、懐かしいでしょう?」
そう言うと、河本 綾瀬は鈍く輝くハンマーを振り上げた。
渚が行方をくらました。
昨日出かけてくると言ってから、夜になっても帰って来なかった。
あいつにも夜遊びにつるむ友達の一人や二人いるんだろうと、その晩はマックで腹を満たした。
だが朝になっても、帰ってきた形跡が無い。
急に不安が胸を焦がし始めた。
コーンフレークに牛乳ぶっかけてかきこみ、途中のコンビニで弁当を買って学校へ。
だがホームルームが始まると少し前、渚の担任が顔を出した。
『野々原さんが来てない』と。
「大丈夫よ、きっとどこかにいるわ」
夕飯は、綾瀬に作ってもらう事にした。
台所に立つ綾瀬を眺めながら、俺はこれからの事を考えていた。
とりあえず親に連絡しなきゃいけないし、そうなると警察にも行かなきゃならない。
捜査が進んで、ある日神妙な面持ちの警官が訪ねてくる……
大変残念ではありますが_________と。
様々な恐ろしい想像が頭をよぎる。
泣きそうになった。
「あー汚れしつこい! んもー取れないー!」
何かに悪戦苦闘する綾瀬の声で我にかえる。
「大丈夫? 何か……しようか?」
後向きな想像をするより、体を動かしてた方が良い気がした。
それにわざわざ夕飯を作りに来てくれてるわけだし、手伝ってもバチは当たるまい。
「え? 手伝ってくれるの? んー……でもいいよ。台所狭いから、二人も立ったら身動きできなくなっちゃう」
ぶっちゃけ我が家のキッチンはそんなことはないのだが、きっと楽にしてろという綾瀬の気遣いだろう。
「今日はね、八宝菜にしようと思ってるの。中華好きでしょ?」
「ありがと」
相変わらず明るい綾瀬が話しているのを聞いてると、ちょっとだけ心が軽くなる気がした。
「ねぇねぇ、覚えてる? 私と最初にあった時のこと」
包丁を研ぎながら、綾瀬が口を開いた。
忘れるわけがない。
「泣き止まないあなたをお家に送ってあげようとしたら、まさか隣の家だったなんて!」
そう、それが全ての始まりだった。
俺達の恋も、渚と綾瀬の確執も、俺がショパンを意識するようになったのも。
「あの時はまだ、こんな関係になるなんて思ってもみなかった……」
そしてその時から、俺達はずっと一緒だった。
学校に行く時も一緒だった。
ご飯の時も同じ食器を使ってたし……
「小さい頃は、一緒にお風呂にも入ってたよね!」
「はは、そうだったね」
そしてその頃は、いつも綾瀬のピアノの練習を見ていた。
今思えば別にショパンばっかり弾いていたわけじゃないんだろうけど、『あなたのため』と言って弾いているのはショパンだった。
「でもいつからかな、一緒に入らなくなったのは……」
俺はよく覚えている。
思春期に入りたての頃、小学校高学年の頃だった。
頼れるお姉さんとか友達とかという存在だった綾瀬を、急に異性として意識し始めたのだ。
渚がひと通り料理ができるようになったのも重なり、あの頃からしばらく綾瀬に距離を置くようになった。
気安く近寄れない。
あの頃から俺は綾瀬を好きになっていた。
というか、その感情に気づいたのだ。
それから、ひょんなことから高校に入って渚と3人でまだ通学するようになるまで、しばらく綾瀬とは微妙な距離感だった。
「気がついたら、あなたは私より背が高くなって、私があなたを守ることなんてなくなって……私、ちょっとだけ寂しかった」
そうだろう。
俺が綾瀬を好きだと気づいたころには、きっと綾瀬も同じ気持ちを抱いていたのだろう。
もしかしたら、ずっと前から綾瀬は俺のことが好きだったのかも知れない。
「だから、あなたに想いを打ち明けた時……もしダメだったら死んじゃおうって思ってた」
沈黙が、二人の間に流れた。
外がザーザー降りの大雨だと、その時初めて気づいた。
「綾瀬……」
「だって……私の居場所は、いつもあなたの隣だけだもの……」
俺は驚いた。
生半可な気持ちで俺に告白したわけじゃないのはよく分かっていた。
だけどそんなに深刻に考えていたなんて……
“人を殺せる人間は、平気で自分の命も絶つ事ができる。逆も然り_________”
授業で自爆テロの話題が出たとき、世界史の教師が放った物騒な言葉を思い出した。
まさか、綾瀬_________
不吉な想像を振り払う。
告白してから、もう半年以上も経っているのだ。
未だに綾瀬がそんな状態な訳ないし、よりによって渚に手を出すなんて。
追い詰められると、人間はとことん追い詰められるらしい。
でももし、もし綾瀬が渚に手をかけたとして……
それでも俺は、返り血を浴びた彼女を好きでいられるだろうか。
好きな人を、この手で突き放してしまうのだろうか。
そう思うと辛くなる。
精神状態がドン底だった。
包丁を研いでいた綾瀬の手が止まった。
「この包丁もうダメかも、歯こぼれしちゃったし……」
見ると、綾瀬の手に古い包丁が握られていた。
「あー……もっと新しいの無い? それだいぶ前に使わなくなったやつだよ」
台所に足を運ぶ。
包丁がしまってあるところには、普通の包丁や果物ナイフなんかがある。
切れなくなって使わなくなった奴も放置されているが、一本だけ……普段渚が使ってる奴が足りなかった。
「あっれぇ〜……俺使った覚えねえんだけどなー」
台所のどこを探しても見当たらない。
そもそも渚は、俺と違って色々ちゃんと整頓している。
「仕方ないなぁ……私の家から持ってくるよ」
必死にあちこち探す様子を見かねたのか、綾瀬が言った。
「んー、分かった」
「じゃあ私、取ってくるね!」
そういうと、綾瀬は小走りに玄関に向かって行った。
やれやれ、渚がいないとこうも困るものか。
妹の有り難みを改めて感じていた時、リビングのスマホからポップな電子音が流れ出した。
「電話だ!!!」
俺は包丁探しをやめて台所を飛び出した。
相手の番号も見ずに応答した。
「もしもし!」
《お兄ちゃん……》
渚だった。
俺は飛び上がりそうになるくらい喜んだ。
《お兄ちゃん、大丈夫? 怪我はない?》
「そんなんどうでも良い! 渚、今どこにいるんだ? 飯は? てかそっちこそ怪我は?」
《お兄ちゃん。実はね、私今……》
突然ぶつりと電話が切れた。
渚のスマホの充電がなくなったのか。
耳からスマホを離し、ふと画面を見る。
「……え……?」
表示されている番号を見て、俺は自分の目を疑った。
綾瀬の家の固定電話だった_________
「そんなわけない、そんなわけないだろ!」
俺は駆け出した。
右手の感覚は最早無かった。
暗い部屋の中で、悪魔が馬乗りになっていた。
杭のような長くて太い五寸釘が、私の胸に押し当てられた。
怖いとか、死にたくないとか、そんな感情はもう失くした。
ただ悔しさが残っていた。
私もお兄ちゃんに抱かれたかったな……と。
ハンマーが振り下ろされ、胸に五寸釘が打ち付けられる。
意識が一気に遠のいた。
私が最後に見た光景。
それは返り血を浴びる綾瀬の、狂気に満ちた笑顔だった_________
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雨の日は離れたくない
欲望がとめどなく溢れてくるから
雨音と共に大きくなっていくこの感情
僕はどうしたら良いんだろう
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そっと綾瀬の家のドアを開けた。
ドン、ドン、ドン_________
工事現場みたいな音がした。
大きな音をシャットアウトしきれず、僅かに漏れ聞こえているような音。
どこからしているのか、俺は一発で分かってしまった。
打撃音は、階段を登る途中で終わった。
怖くなかった。
きっとただの勘違いだ、大袈裟に考えているだけだと、俺は思っていた。
階段を登りきる。
廊下の突き当たり。
何度も出入りした、防音仕様のピアノ部屋。
その扉の前に、全身に返り血を浴びた彼女は立っていた。
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私はショパンが好き
そう言う君の笑顔が
僕にはとっても眩しくて
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部屋の中には、変わり果てた渚と園子が昆虫標本のように打ち付けられていた。
渚は胸から、園子は喉から、大量に血を流していた。
小さい頃から今まで、色んな思い出を紡いだ部屋。
床も、壁にも、彼女と身体を重ねたベッドも血まみれになっていた。
「どうして、来ちゃったの?」
後ろを振り返る。
困ったような顔して、綾瀬が首を傾げていた。
「なんで、どうしてこんなことを……」
「だって、私はあなたの彼女だもん」
俺は気づいた。
綾瀬は、俺が綾瀬を好きでいるその何十倍も俺のことを愛してくれているのだ。
かつて俺を助けて守ってくれたように、今度は俺達の幸せを守ろうとしたのだ。
綾瀬の笑顔を見て、俺はほっとしてしまった。
こんな惨劇を引き起こしても、やっぱり綾瀬は綾瀬だった。
悪魔に乗っ取られたわけじゃない。
彼女の優しい眼差しは、あの頃から何も変わってはいないのだ。
「良かった……こんなことになっても、俺はちゃんと綾瀬を好きでいられる。俺は綾瀬を愛してる」
そっと抱きしめる。
この温もりも、感触も、やっぱり綾瀬のものだ。
「ごめんね……本当は、誰も傷つけたくなかったのに……」
「良いんだ、綾瀬。今は……忘れよう?」
この先に待ち受けるのは破滅しかない。
彼女の犯した罪の大きさを理解していても、それでも綾瀬への気持ちは変わらなかった。
例え綾瀬が世界を滅ぼそうとしても、俺は愛し続けるだろう。
そうすると誓ったのだから。
「綾瀬……ピアノ……」
「え?」
「綾瀬のピアノが、ショパンが聞きたい……」
今は現実を忘れていたい。
二人でいられるのは、もう後僅かだろう。
だからその前に、綾瀬のショパンを胸に刻んでおきたかった。
「うん、いいよ」
その日奏でたショパンの旋律。
そのショパンが、俺が聞いた綾瀬の最後のピアノだった_________
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あのピアノを覚えているよ
とても愉快で不思議な旋律も
あのクラシカルな感じも
それを奏でる綺麗な君も
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今回は「もしヤンデレCDの主人公が、誰か一人にぞっこんになったら」みたいな内容で書いてみました。
みんな一度は聴いてて、或いは他のヤンデレものを見たり読んだりして、思った事があるんじゃないでしょうか。
他に二つも残ってるのに、しかも就活だってあるのなこんなことしてる場合じゃないんですが…
最後に_________
今回は、主人公の綾瀬への気持ちをガゼボの「I like Chopin」、渚の悲痛な胸の内を小林 麻美の「雨音はショパンの調べ」の歌詞を、それぞれベースにイメージしてみました(あくまでイメージ)。
雨音(ryの方は前者の日本語カバーなんですが、歌詞の意味が原曲とちょっと違うんです。というのも、原曲版は恋愛の記憶に浸る男の心情っぽい内容で、日本語版はそれを払い除けて忘れようとする女の心情が描かれていると言われています。原曲版に「Love me now and again(僕をまた愛して欲しい的な意味)」って歌詞のところは、日本語版だと「思い出ならいらないわ(2番の歌詞)」だったりするので、本当にそうなんでしょう。
ガゼボのI like Chopin、80年代の曲ですが当時はめちゃくちゃ有名だったらしいので、youtubeで検索すればいくらでもでてきます。
本当に良い曲なんで、是非一度お聴きになっては?