我等が真祖を、語り継げ。 作:白蛆
広大な樹海の片隅に、僅かに森が途切れた場所がある。
岩場に出来た大きな洞窟に面しているそこには、自然の素材のみで作られた建物とも言えないような簡素な小屋がいくつも並び、動物の毛皮の服を身に纏う人々と、彼等の作った小屋よりも大きな体躯を誇るファレンスウルフ達が、互いに共存しながら静かに暮らしていた。
この場所こそが、バデュバドム樹海に住む
狩猟採取で生き延びる彼等の暮らしは、決して楽なものではない。しかし今日という日を生きるのに一生懸命であるためだろうか、そこは余計な争いの起きない平和な集落であった。
そんな平和な集落に、自分の相棒である白いファレンスウルフのティグの背中に跨りながら、なにやら慌てた様子で集落に飛び込んでくるトゥチカ。そんな彼女の様子を目にした物見の男は、一つの事に集中すると周りが見えなくなりがちなトゥチカにも聞こえるように、大声で彼女に問いかけた。
「そんなに慌てて、何かあったんですかい!?」
その甲斐あってか、物見の男の存在に気付いたトゥチカは慌ててティグに止まるように頼み、彼に対して自分の父の所在を問う。
「ただいまっ!父さんは何処!?ちょっと話したいことがあるんだけど!」
「
「ありがとう!」
そう言いながら集落の奥を指差す物見の男に一言だけ礼を言うと、トゥチカは脇目もふらず集落の奥に存在する洞窟に向けてティグを走らせ、集落の真ん中を突っ切るように駆け抜ける。
広大な森の中にポツリと存在する狭い集落である、当然トゥチカのその慌てようは集落にいる他の全員にも伝わっており、人々は何事かと不安げな表情を見せた。
トゥチカは洞窟の手前でティグを止め、その背中から飛び降りてフワリと危なげなく着地を決めると、しかし何の余韻も持たせずに洞窟の奥へと走り出す。ティグはそんな彼女の背中を見送ると、所謂"おすわり"の姿勢で洞窟の前に待機した。
「父さん、いる!?」
洞窟の奥まで辿り着くと、トゥチカは薄暗い空間の中でそう叫ぶ。
だが、その言葉に対する返答は無く、ただ彼女の声と荒い息遣いが、洞窟の中を繰り返し反響するのみであった。やがてトゥチカが荒れた呼吸を整えると、洞窟は徐々に元来の静謐を取り戻していく。
しかし、トゥチカは沈黙の中でも確かに感じ取っていた。自分の父親……フゥグン氏族の長は間違えなくここにいるだろうということを……。
「トゥチカか」
直後、洞窟を支配していた沈黙が破れ、重厚で冷淡な声が響くと共に、薄暗い洞窟の中に一つの灯火が灯り、ユラユラと揺れる赤い光が暗い室内を静かに照らした。
その柔らかい光によって、暗闇の中に一人の壮年の男の姿が顕になる。顔に長い髭を蓄えた、茶褐色の長髪の男だ。顔に刻まれた大きな傷跡と、実年齢よりやや年上に見られがちな容姿、そして何よりも重厚な雰囲気を持つ声が、彼の持つ不思議な迫力を演出するのに一役買っていた。
「そのように慌ててどうした?何時も平静を失うなといつも言っておろう。お前が焦った様子を見せれば、他の者も不安になるであろう。事が大きいほどに、岩のように静かであれ。わかったら要件を言うがいい。」
トゥチカの父……フゥグン氏族の長であるラングは、娘に対して厳しい口調でそう言った。その言葉を聞いて、僅かに俯きつつも「はい。」と答えたトゥチカは、ラングに自分が見た物の事をありのままに報告した。
「なるほど……確かにそれほど巨大な卵を産むような生物は聞いた事がないが……凄まじい気を纏っていたというのは誠か?」
「はい……まるで産まれる前から世界の頂点に立つ事を宿命付けられているかのような存在感でした。あのティグでさえ気圧されていた……何か悪い事の予兆で無いと良いのですが……。」
トゥチカの話を聞いたラングは、暫し唸るように思案する。
もし娘の見立てが間違っていないのだとしたら、その卵から産まれる存在は凄まじい力を持っている事だろう。もしその卵を回収し、その存在を仲間に加える事に成功すれば、もう怖いものなしである。
だが、同時にそれはあまりにも危険すぎる賭けと言えよう。親も巣も無いということは、子育てをしない生き物である可能性が高く、もしその卵から産まれた存在が最初から他者に対して敵対的な行動をとる生き物であったら……
「取り敢えず実物を見てから判断することにしよう。この話、他の者にはしたか?」
ラングの問いに対して、トゥチカは首を小さく横に振って否定の意を示す。
「……いえ。初めに父さんに報告するべきだと。」
「なら良い……大きな力は災いの種だ、知らぬ方が幸せであろう。して、その卵は何処にあるのかは––––––」
––––––刹那、世界が胎動した。
無差別に撒き散らされる王者の威圧が、広大な樹海を容赦なく蹂躙する。その時、周囲に存在する生きとし生ける全ての者は明確に感じ取った。抗い難き禍の原点の目覚め……"運命の起源"の誕生を。
大気の緊張が張り詰める。
大地が俄かに騒ついた。
「これは……!」
勿論それは、人間とて例外では無い。
人間も含め、ありとあらゆる生命にとって共通の天敵……"龍"とは初めからそのような存在であると宿命付けられて、この世に生まれ来たのだから。
その、"絶対者"の産声に……
ある者は驚愕し、
ある者は恐れ、
ある者は崇拝し、
ある者は失神する……
しかし、その経過はどうであれ、最終的に行きつく結果は皆同じであった。圧倒的な力を前に、誰もが一様に言葉を失い、ただその場で呆然と立ち尽くす。
脆弱な生き物が出来るのは、せいぜいそのくらいなのだから……。
……そして、どれほどの時が経った頃であろうか?
目覚めの波紋は静かに消えゆき、刹那の永遠は終わりを告げる。
大気の緊張は解け、
大地は静寂を取り戻し、
生き物も束縛から解放された。
いつも通りの日常に戻り、しかし明確に"何かが変わってしまった"世界の片隅で、産声の余韻に浸りつつ、少女は一人呟いた。
「––––––––産まれた。」
《その名は、"運命の生誕"》