我等が真祖を、語り継げ。   作:白蛆

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覚醒の章、2〜Discovery〜

"龍"の目覚めから一晩も経つと、集落の誰もがまるで何事も無かったかのように、いつも通りの日常に戻っていた。

ある者は狩猟用の弓矢の鏃を作り、またある者は自分の相棒のファレンスウルフの毛並みを整え、採集してきた植物を煮込んだスープを振る舞ったり、弓の弦の張り具合を調節したり、狩ってきた大きなイノシシの肉を切り分けたり……それはいつもとなんら変わらの無い、日常風景そのものであった。

 

–––––––まるで昨日の出来事が、白昼夢であったかのような…

 

 

「無理もあるまい。何せ事情も知らずに突然あれほどの覇気に当てられたのだ、夢だと思っても何ら不思議は無いさ。」

 

そんな人々の様子を見て、この集落の長である顔に傷を負った壮年の男……ラングは、自分の一人娘であるトゥチカに向けてそう言った。

この集落において、昨日の出来事をしっかりと"現実"として受け止めることができているのは、ラングとトゥチカの二人のみである。いや、正確にはトゥチカの相棒であるティグも事情を知っているので、二人と一匹と言うべきか。

 

「本当の事を教えなくていいのですか?」

 

トゥチカはそうラングに問うが、その問いに帰ってきたのは静かな否定だ。

 

「今教えても余計な混乱を招くのみだらうさ。念の為卵があったという近辺は野生のファレンスウルフの群れが移動しているからという理由を付けて近付くことを禁じたが……問題は産まれてきた存在が、今後どう動くかにあるな。」

「ファレンスウルフの群れが移動しているというのは事実ですから……おそらく今日の正午までには確実に出会うでしょう。その様子を観察したいと思います。」

 

トゥチカのその申し出に、ラングは暫し迷いを見せる。トゥチカは曲がりなりにも長の一人娘という立場ではあるが……所詮はこの狭い集落の中での話である、そもそも長の決め方など明確に決められてはおらず、仮にトゥチカが死んだとしても、別に長を継ぐ者が居なくなったなどという事態にはならない。

そして、トゥチカは間違えなく集落の中で一番優秀な人物であった。彼女の相棒のティグという白いファレンスウルフが特別秀でた個体であるというのもあるが、そのティグを乗りこなすトゥチカの身体能力も決して馬鹿にできたものではない。それ以外にも様々な動物を巧みに使いこなすトゥチカの実力は、今回のような集落の命運を左右するかもしれない事態への対処を、十分に任せられるだろうという程度にはラングも信頼していた。

 

それに、そもそも今回の事を知っているのはラングとトゥチカの二人のみである。そしてラングは長としてこの集落に留まり続けなければならないのだ。それはつまり、ここでトゥチカを出さなければ、強大な力を持つ存在を監視も付けずに完全に放置するということになる。それは集落の命運を預かる長として許容できるものではなかった。

 

「わかった、お前に任せよう。ただし深追いはするな。」

「はい。もし発見され、追われるようであれば集落とは反対側に誘導します。」

「それでいい。」

 

トゥチカはラングの許可を得ると、早速準備を開始する。

小さな山刀を腰に掛け、身長の低い彼女専用に作られた弓を持ち、鏃に特徴的な溝の掘られた短めの矢を詰めた矢筒を背負い、瓢箪のような植物の実をそのまま使った水筒の紐を革のベルトに通して固定する。

自分の準備を終えたトゥチカは、そのまま集落の片隅にある小屋へと歩き出すと、その小屋にある小さな木窓を開け、その中にいる者を自分の手に招き入れた。

 

「おいでロゥヴン。」

 

トゥチカがそう言って木窓の中に細い腕を入れると、その腕に巻き付きながら直径10センチほどの蛇が彼女の体をよじ登り、彼女の首に巻きつくようにしてその体を固定した。

"ロゥヴン"……そう呼ばれたこの蛇は、体こそこの魔境にいる巨大動物達に比べれば小さいとはいえ、時にはその巨大動物さえ殺してしまうほどの非常に強力な出血毒を持つ毒蛇である。

 

種族名はベノムピュトン。

基本的に臆病な性格をしており、能動的に攻撃を行うのは狩を行う時くらいだが、それでも危険な毒を持つ蛇には変わりなく、ファレンスウルフと違って社会性動物でも無いので人間に馴れることは原則として無い……とされているが、何故かトゥチカだけはロゥヴンに妙に懐かれており、トゥチカは狩をする時ロゥヴンを連れて行くことでその場で鏃に塗る毒を調達することもある。ちなみにロゥヴン以外のベノムピュトンはトゥチカに対しても普通に警戒心を露わにするので、この場合はロゥヴンが少し変わっているのだろう。いや、両方か。

 

ともあれ、そんなロゥヴンを自分の体に巻きつかせたトゥチカは、いつのまにやら彼女の隣に座り込んでいたティグの上に飛び乗ると、その頭をワシワシと撫でてやる。

「グル、グルゥ」とご機嫌そうに鳴くティグの尻尾がブンブンと左右に振られ、小さな風が巻き起こってトゥチカの髪を靡かせた。

 

「じゃあ、行こうか。」

 

トゥチカがそう言って撫でるのをやめると、ティグは気持ち良さげな表情から一転、狼特有のキリッとした顔つきに変化し、スッとその場を立ち上がり「ワゥッ!」と一吠えすると、一陣の風となって森の奥へと駆け出した。

 

◇◆◇◆◇

 

「……いたわ。」

 

トゥチカが"龍"の現在位置を完全に認識したのは、両者の間が200メートル近く離れている時であった。ただ生まれたというそれだけで森中を震撼させた"龍"の存在感は、そのインパクトが収まってなお、静かな森林の中でこれ以上無いほどに浮いている。

それは、隠密性が著しく欠如していると言うよりは、そもそも隠れる必要が無い(・・・・・・・・)生命体なのだろうというのが正直な感想だ。

 

「ティグは近くで隠れてて。私は木の上から観察してみる。一時間しても戻らなかったら、集落へ帰りなさい。」

 

トゥチカがそう言うと、ティグは一瞬心配げな表情で彼女を見つめ、しかし数秒後には渋々と引き下がり、茂みの中へと隠れていった。

自分の白い巨体というのは森の中において非常に目立つということを知っていたティグは、自分が付いていってもトゥチカを危険に晒してしまうだけであることを理解していたのだ。

 

その様子を見送ったトゥチカは、徒歩にて気配の発信源へと近付いて行き、十分に接近したと思えたところで最寄りの木にスルスルと手慣れた様子で登り始めた。かなり高い木であり、真っ直ぐに上へ向けて成長するためお世辞にも登りやすい木とは言い難いのだが、そんなのはこの森で生きてきた少女には関係無かったようだ。

 

木に登りきり、枝に腰掛けたトゥチカは、視線を下に巡らせて気配の発信源を探す。すると"それ"はあまりにもアッサリと見つかった。

 

 

「……ドラゴン」

 

ティグよりも更に洗練された"純白"の体色。

血のように鮮やかで深い真紅の双眸。

4本の手足に、巨大な一対の翼。

細く長い、しなやかな尻尾。

王冠に見紛う巨大な角。

 

その姿はまさに、御伽噺に登場するドラゴンそのものであった。

 

 

瞬間、全身に駆け巡る悪寒。

体感温度が5℃程下がったようにさえ感じられる、圧倒的威圧感。

にも関わらず、額からは玉のような汗が噴き出した。

俄かに心拍が跳ね上がり、呼吸さえも苦しくなっていく。

 

 

"龍"は……寝ていた。

凶暴かつ強大なファレンスウルフの闊歩するこの森で……

その傍らに、無惨な姿になった一匹ファレンスウルフの死骸を放置して……

ファレンスウルフは、決して仲間を見捨てない。

あのような状態で死骸を放置していれば、怒れる群れを呼び寄せることになる。彼等の支配するこの森においてそれは、ただ自殺行為に他ならなかった。例え森の奥を支配する大蛇や暴君竜でさえ、そんなことをすればあっという間に殺されてしまう。

 

……なのに何故だろうか?

トゥチカの目にはそうは見えなかった。

 

 

 

丸まって安らかに眠る"龍"の姿には……

警戒心のカケラも見当たらなかったのだ。

 

まるで、この森の生態系の頂点種族でさえ、歯牙にもかけないような……そんな存在であるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

《その名は、"運命の発現"》

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