我等が真祖を、語り継げ。   作:白蛆

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覚醒の章、6〜Flight〜

「へぇ、お馬鹿なようで知能は高い……いえ、知能は優れているが少々抜けているところがあるといった感じかしら?なんにせよ、人類以外で火を扱う種族が現れるとはね。」

 

 

コガネムシの一種の幼虫を口の中に放り込みながら、漆黒の龍の炎によって魚を焼いて食べている三頭の龍の姿を見て、トゥチカは感心したようにそう呟いた。

川の魚は寄生虫が多いので、一度火を通してから食べるのが一般的なのだが、もしかしたらあの三頭の"龍"はそれを理解しているのかもしれない。……そもそも"龍"のような規格外の生命体に寄生出来るような寄生生物がいるかどうかはさておくとして。

 

「まあ、大量の魚を消し炭にしたのは減点だけど。」

 

そう言いながらトゥチカが川岸に目をやると、そこには無残にも黒く焦げ……酷いものでは完全な灰になってしまった魚の残骸の数々。漆黒の龍が火加減を調節する過程で生まれた、最早生ゴミとも言えないようなゴミである。

後で片付けておこう。そう思いつつ、トゥチカは"龍"達への評価を斜め上に上方修正したのであった。

 

トゥチカが純白の龍と出会ってから、既に二週間の時が経とうとしている。此方が向こうを一方的に知っているだけとは言え、三頭の"龍"の成長を観察してきたトゥチカは、まるで近所の親戚か何かのように、"龍"達に対して遠慮の無い物言いをするようになっていた。

もちろん、本能の根源から来るその存在への恐怖心を完全に克服することは出来なかったが、観察を通じてその"龍"という存在が程度の差こそあれ自分達と同じ生き物であることを知り、そしてその行動の節々に現れる妙な人間臭さに、徐々に親近感を抱ける余裕が出てきたのである。

 

純白の龍がこんがりと焼かれた魚を食べて、感動するように涙を流したり。

その様子を心配した真紅の龍が、純白の龍を慰めるようにその顔を舐めたり。

何故か急にシュン…と落ち込んでしまった真紅の龍を、純白の龍が不器用ながらもあやしたり。

純白の龍に褒められたのが嬉しかったのか、漆黒の龍が調子に乗って周囲に火を撒き散らしたり。

 

まるで仲のいい兄弟のようである。

どちらかといえば純白の龍は姉で、他の二頭は手のかかる弟といった感じか。……伝説の"龍"に雌雄が存在するのかはさておき……いや、卵があったのだから多分単為生殖では無いとは思うのだが。

 

ふと気付けば、既に日が西の空に落ちかけていた。

 

トゥチカは"龍"達に気付かれぬよう観察位置から飛び降りると、静かにティグを呼び寄せ、その場を立ち去る。

毎日毎日観察を続けて、よく飽きないものだと自分でも思うのだが、三頭の成長の様子を見届けるのは、トゥチカ自身もかなりの楽しみを見出していた。

 

それでもトゥチカが"龍"達への接触を行わなかったのは、偏にそのあまりにもかけ離れた強大さにある。

例え"龍"達に此方への敵意がなく、友好的に接することが出来たとして、それでもなお悪意さえ無いほんの一動作で死に至るような絶対的な力の隔たりが、両者の間にはあったから……。

 

だからきっと……

 

「……出会わなければ、お互い幸せだったんでしょうね。」

 

そう言って皮肉げに口元を歪める彼女は、静かに確信を抱いていた。

 

どんな形であれあの生き物は、いずれ必ず人間という種族とぶつかり合うであろうと、何故かそう運命的な確信を抱いていたのだ。

その時、人間が侵略者となるのか、それとも"龍"が侵略者となるのか……それは今はまだ定かでは無いが、亡き母から寝物語に聞いた、拡大を続ける人間の営みはやがては"龍"の領域を侵し、そして……純白の翼をぎこちなく動かして夜空を翔ける"龍"は、やがては人間の領域に災いをもたらすだろう。

 

「そろそろ観察も潮時かしらね。」

 

 

漸くコツを掴んだのか、自由に空を旋回する純白の龍の姿を見て、トゥチカはどこか悲しげな表情を見せ……そしてどこまでも深い森の奥へと消えていくのであった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

「そうか、この地に残られるか……。」

「我等と共存関係にあるレイストラーテクトは寒さに弱い。今の時期に北の地へ向かえば耐えられぬでしょう。彼等の滅びは即ち我等の滅びです。」

 

トゥチカの父、ラングの言葉に、老人は静かに頷いてそう言った。

レイストラーテクトもバデュバドム樹海固有の大型動物で、胴体こそ小さいが、脚を広げるとメートル級にもなるユウレイグモの一種である。糸で釣り上げ式の罠を作って小動物を捕獲するくらいには知能が高いが、体が細くデリケートなため、環境の変化には極めて弱いのだ。

そんなレイストラーテクトと共存してきた辺境氏族(かくれびと)の一つ、ラーム氏族は、脅威から逃れるため北の地への移動の時期を早めるという選択を選ぶことはできなかったのだ。

 

「ラームも駄目か……今のところ移動に前向きなのはテュパとニエヴだけだな。」

 

そもそも、新種の生物が現れ、ファレンスウルフの群れが滅ぼされることによって咒冷奴(シュレイド)の進行が懸念されるとはいえ、まだ何も確定していない状況で移動を決められるほどにフットワークの軽い氏族などそうそういない。

ファレンスウルフ、ゲイルボア、グレーターレイヴン、そういった機動力に優れなおかつ環境変化にも強い動物と共存する氏族でなければ、広大な森の中をそうそう気安く移動など出来ないのだから。

 

「我々も、そして他の氏族も……フゥグン氏族のことを信じとらんわけではありません。事実として紅い雷光は森中から見ることができた。であるならば伝説の"龍"なる存在は確かに存在し、咒冷奴(シュレイド)の脅威も間違えなくあるのでしょう。ですが、そうであるからこそなおさらここを棄てる訳にはいかんのです。いっそ辺境氏族(かくれびと)が一団となって戦えば……」

 

森中の辺境氏族(かくれびと)が一つに纏まって戦えば、あるいはシュレイド王国の一部隊程度なら対抗出来るかもしれない。それは紛れも無い事実である。しかしラングはすぐさま首を横に振り、否定の意思を示した。

 

「駄目だ、下手に争えば"龍"を刺激しかねない。亡き妻から聞いた、咒冷奴(シュレイド)の鬼畜共の武器は容易く森を焼き払う。近くでそのようなことがあれば"龍"とて黙ってはおるまい。それに、我々は少数民族だ、戦死者が出ればあっという間に血統が途絶える。なにより……例え奴等が北部まで侵攻し、そこで争いになったとして……それでも冬の間寒さから逃れる為の南部が不毛の土地とされるよりはマシだ。戦わぬ為に北へ行き、戦うとしても北だ。」

 

その目には、明確な意思が宿っていた。

南部というのは高緯度地域であるフォンロンにおいて、冬の寒さから逃れる為の重要な場所である。一方で、北部というのは夏の暑い時期に南部の生態系の回復を待つために移動する、あった方がいいのは間違えないが、無いからといって即座に滅びかねないような重要な土地ではない。どちらかを棄てよというならば、ラングは間違えなく北部を棄てることを選択するだろう。

 

……と、そんなラングの後ろに、巨大な鴉……イェルヴァが突如として降り立った。

彼の足には獣の皮で作られた紙ともいえないような質の低い紙が括り付けられており、ラングはそれをイェルヴァの足から取り外すと、そこに没食子インクで書かれた文字に目を通し、ふむ……と何事か考え始める。

 

「ラング殿、それは……?」

「あぁ、娘に"龍"の観察をさせていてな。定期的に報告を書かせてイェルヴァに送ってもらってるんだ。」

「ラング殿の娘さんというとあのトゥチカさんですか……確か何種類もの動物を従えるという。」

「我が娘ながらどんな術を使っておるのやらと疑問でならないがな、イェルヴァもその一匹だ。」

 

どこかやれやれといった様子で頷くラング。

彼の娘であるトゥチカには、生まれつき不思議な力があった。それは偶に発揮される謎の超感覚も勿論のことであるが、彼女には人や動物を惹きつける不思議な魅力が存在するのだ。本人は気付いていないようだが、そうでもなければあのように多くの動物達を使役することは叶わないだろう。

 

それはさておき、そんな彼女が送ってきた報告書には、三頭の"龍"の内純白の龍が飛行したことや、そろそろ帰還するつもりであることが書かれていた。飛行を行うということは、長距離の移動が可能ということだ。そうなれば追跡は難しいし、動向を掴みづらい。

 

「北に向かうことが無いと良いですな。」

 

ラーム氏族の長の言葉に、しかしラングは首を横に振る。

 

「いや、寧ろ北に来てくれたほうが都合が良い。」

 

ラングのその言葉に、ラーム氏族の長は首を傾げた。当然であろう、最大の脅威に今自分達が避難しているはずの北に来て欲しいなどと考えるとは、それこそ意味がわからない。どういうことかまるで理解できないといった様子のラーム氏族の長に対し、ラングは薄く笑みを浮かべながら衝撃的な言葉を発した。

 

 

「–––––––咒冷奴(シュレイド)の奴等を"龍"にぶつけるなら、そっちの方が好都合なのさ。」

 

 

 

 

 

 

《その名は、"運命の飛翔"》






ちょっと待ってパパさん、黒幕臭!
悪い人ではない、悪い事もできる人。これが一番厄介です。
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