我等が真祖を、語り継げ。   作:白蛆

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お久しぶりです。


覚醒の章、7〜Flow〜

––––––フォンロン大陸、バデュバドム樹海北部。

 

シュレイド王国の手の伸びていない未開の地の更に奥地、少し寒い北の森。大きなものでは体長数十メートルにもなるタイラントサーペントが無数に生息する、対岸が見えないほどの巨大湖である『蛇の湖』。その湖を中心とした複雑な河川群の支流、『蛇の湖』から約5リーグほど離れた地点にやや森が開けた場所があり、そこにファレンスウルフ達と人々が集まっていた。

人々がここ一年ほどで成長した草木を切り、それらを荒縄で一つにまとめてファレンスウルフに運ばせる。そうして生まれた平らな土地に、彼等は各々に小さな小屋を築いていた。

 

こここそがフゥグン氏族の北部拠点、トゥチカの第二の故郷とも言える場所である。

 

本来の想定よりは一ヶ月以上早い移動となったが、冬もとうに過ぎたために凍える程の寒さは無く、少し肌寒さは感じるものの毛皮の一枚でも羽織れば凌げる程度のものであり、食料となる木の実や野生動物を得られる環境は十分に確保されていた。唯一の懸念といえば冬眠からの寝起きで凶暴化しているタイラントサーペントや、繁殖期に入った暴君竜などの極めて強大な大型動物であるが、巨体を誇る彼等は森の中の機動力ではファレンスウルフに遥かに劣るので、いざとなったら逃げようと思えば逃げられないというわけではない。

さらにいえば今は緊急時ということで、普段はあまり関わらない他の氏族とも協調体制にあるため、もちろんそれでも一筋縄では行かないだろうが、生きていける要素は十分に揃っていた。

 

そもそも、気候や天候によって移動を早めたり遅くしたりということは辺境氏族(かくれびと)として生きる上でこれまでにも何度もあったことであるので、今更そこまで動揺するものでもないのだが……。

 

そんな集落に、森の奥から一つの白い影がみるみるうちに接近する。通常のファレンスウルフを遥かに凌ぐ速度で走るその影を、しかし集落の人々は即座に何であるのかを断定した。

 

「お、トゥチカさん!戻ってきたんですかい!」

 

そう言葉を発したのは、声が大きいことでも定評がある物見の男だ。軽い雰囲気の飄々とした男ではあるが、これでも危険の多いこの森で"見張り"という集落の最重要防衛ラインを一身に任される実力者である。そんな物見の男の声に気付き、ティグに急ブレーキを掛けさせて停止する。……物見の男のもう一つの重要な役割がコレだ。何故かトゥチカとティグは彼が呼び止めないと毎度集落を突っ切るのである。障害物を全て綺麗に躱すので被害は全くと言っていいほど出ないのだが、それでも突然ティグの白い巨体が高速で通過すれば集落の人々が驚くので、彼がこうして声を掛けることで止めるのが日課となっていた。

 

「ただいま、みんな無事だった?」

「心配せずとも慣れ親しんだ森でさぁ。それより、集落の連中はアンタのことを心配してるみたいですぜ。ほら……」

 

開口一番集落の人間の心配をするトゥチカに対し、物見の男は苦笑いを浮かべながらそう言って彼女の視線を促す。トゥチカがそれに従って集落の方に目を向けると、多くの人々が手に付けていた作業を止めて彼女のもとに駆け寄って来ていた。

 

「みんな……」

「トゥチカちゃんお帰り、よく戻って来たわね。」

「トゥチカ嬢ちゃんの放浪癖は今に始まった事じゃねぇが、今回は事が事だからな。無事で何よりだ!」

「南の空が光る度に生きてる心地がしませなんだ。いやぁ、良かった良かった。」

「お風呂を沸かしておきました、是非汗をお流しください、さあ。」

 

多くの人達に出迎えられ、集落の中へと入っていくトゥチカ。別に彼女は身分が高いわけでもないし、そもそもこの狭い集落の中で身分も何も無いのだが、それでも何故か人々はトゥチカのことを敬っていた。それは、天性のカリスマとでも言うべきもの……そういった"何かの力"がトゥチカに備わっているという証左に他ならなかった。

 

「ありがとう。作業の方は?」

「ご覧の通り、滞りなく進んでおりまさぁ。このペースなら今晩までには終わると思いますぜ。」

「まあ、凄いわね。じゃあみんな、頑張って。」

 

トゥチカがそう言うと、集落の人々は各々の作業へと戻っていく。トゥチカはその様子を見て薄く笑みを浮かべつつ、随分久方振りに思えてしまうお風呂に入るため、ティグの背中から飛び降り、その服の各所に隠されたアレやコレを取り出しながら歩き出した。

やはりというか、ここ最近は体を拭く程度か、良くても隠れながらの水浴びであったため、若干身体が臭ってしまっている。特に移動中は水場でも見つからない限りは余計な水は使えないので尚更だ。それは乙女として……ではなく、獣などに発見されやすくなってしまうため、狩の効率は落ちるわ外敵に狙われやすくなるわで彼女にとってかなり深刻な問題であった。残念ながら彼女に乙女として体臭を気にすらような思考回路は備わっていないのだ。

 

「あとでティグも洗ってあげないと。」

 

そんなことを呟きながら、全身の服を脱いで一糸纏わぬ姿となったトゥチカは、簡素な湯船に身を任せる。瞬間、全身の疲れが抜けていくかのような感覚に、トゥチカは大きく息を吐いた。

 

「……んん〜っ!はぁ、やっぱり集落は落ち着くわね、森の中も好きだけど、常に気を張ってないといけないし。」

 

漸く戻ってきたのだということを深く実感することの出来たトゥチカは、ここ数日常に張りっぱなしであった警戒心を久方振りに解除した。いくらティグやイェルヴァといった頼りになる相棒がいるとはいえ、完全に気を許せるような時間は森の中には無かったのである。

すっかりリラックス状態に入ったトゥチカが両手で水を掬って顔を洗っていると、簡易浴室の外から彼女と同年代かやや下程度の少女の声がかけられた。

 

「トゥチカさん、お湯加減いかがでしょうか?」

「丁度良いわ。ありがとうルパ。」

「それなら良かったです。」

 

トゥチカにルパと呼ばれた少女は、浴室越しでもわかるような嬉しそうな雰囲気を発しながらそう言って微笑んだ。ルパは元々人の絶対数の少ない集落の中で、唯一と言っていいトゥチカと同世代の娘である。故に幼い頃からトゥチカと共に成長し、今ではトゥチカにとってルパは気のおけない数少ない親友に、そしてルパはトゥチカの信者になっているのであった。いや、その理屈はおかしい。

 

ともあれ、心安らぐ集落と、気軽に話せる親友の存在。離れていたのは数日程度とはいえその有り難さを、決して表に出すことはないもののトゥチカは改めて強く噛み締めていた。

 

––––––まさにその時である。

 

「……っ!?」

 

覚えのある悪寒を背筋に感じたトゥチカは、それまでオフにしていた警戒心を最高潮まで引き上げて素早く湯船から立ち上がった。当然その緊迫した雰囲気は外にいるルパにも伝わり、彼女は「どうかしましたか?」と不安げに問いを投げかけるが、しかしその時のトゥチカにはその問いに答えるような精神的余裕は存在していなかった。

即座に湯船から出たトゥチカは、僅かに雲のかかった上空の遥か彼方を見据えつつ、脇目も振らずに浴室の外へと飛び出した。……が、その一瞬前に彼女の動きを察知したルパが目にも止まらぬ早業でトゥチカにタオル(のような吸水性の高い布)を被せたことによって彼女の肢体が晒されることは無かった。ナイスである。

そんなルパの苦労も知らず、トゥチカはただ呆然と空を見上げて呟いた。

 

「雲の上にいる……。」

「……はい?」

 

トゥチカの言葉通り丁度その時、純白の龍と他二頭は彼女達の上空を飛行して移動を行なっていた。とはいえそれは雲より上の丁度高高度域の話であり、音声情報、視覚情報共に通常人間が知覚できる範囲を優に超えているため、ルパや他の人間から見ればトゥチカはただ虚空を見つめているようにしか見えないのだ。しかし、ルパも伊達にトゥチカの信者をやっているわけではない。またぞろ超感覚が発動したのだろうとすぐに事の次第を察し、立ち尽くすトゥチカに鮮やかな手際で服を着せ終えると、呆然としているトゥチカの肩をやや強めに叩くことで彼女を我に帰させることに成功した。いっそ見事である。

 

「トゥチカさん、何が見えたんですか?」

「……っ!……例の三頭の龍よ。進路からすると蛇の湖に向かっているみたいね……すぐに皆んなに知らせないと!……ってあれ……?私いつのまに服なんて着てたのかしら?」

 

我に帰ったトゥチカは、そこでふと自分の服装に疑問を抱いた。本人にも気付かれないとはそれだけルパの手際が鮮やかなのか、それともトゥチカが集中し過ぎていたのか……おそらく両者共であろう。

 

ともあれ、三頭の龍がこちらに移動してきたということは、タイラントサーペントや暴君竜を刺激する危険性がある。もし仮に"龍"が直接的に危害を加えてくることが無かったとしても、それだけで集落の人間にとっては十分すぎるほどに危険である。故に、一刻も早い注意喚起が望まれるのだ。

ルパの協力を得て、素早く、しかしパニックにはならないように巧みに集落の人々に注意を促すトゥチカ。

 

 

奇しくも事は、彼女の父であるラングの思惑通りに動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

《その名は、"運命の流動"》

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