我等が真祖を、語り継げ。   作:白蛆

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お久しぶりです。
……ようやく更新機会が得られましたぁ。

まあ、原作との齟齬を避けるためにはこれくらいの遅れ具合が丁度いいくらいなのですが。


覚醒の章、8〜Threat〜

どんな世界の、どのような土地であれ、自然災害というのは得てして起こりうる。それは文明の発展度合いの如何に関わらず、人々の生活に甚大なる被害を与え、時には街が丸々一つ無くなるほどの死者、行方不明者、及び家屋の崩壊が発生することさえも、短く長い人類の歴史の中ではそうそう珍しい事ではないのであった。

……しかしその反面、そういった自然災害において野生動物の受ける被害というのは人類に比べるとあまりにも軽微である。

それはもちろん人間の絶対数が圧倒的に多く、さらに種族柄自らの命以外の様々な柵に囚われており、生活も財産も全て捨て置いて避難するということを簡単に実行に移すことができないというのも重大な要因の一つではあるが、それでもやはり野生動物が人間に比べて災害の被害に遭いにくい最たる理由は、俗に"野生の勘"と呼ばれるものの存在があってこそのものであろう。

 

"野生の勘"。そう言われれば何とも不明瞭で曖昧な感覚論のようにも聞いて取れるが、その実態は野生動物が人類よりも遥かに長い歴史の中で培ってきた生き残るための知恵、それが遺伝子レベルまで根付いたものである。

その正確性は決して馬鹿には出来ず、例えば沈む船からは鼠が逃げ出そうとするとか、地震の前にはナマズが暴れるとか、そのような一般市民レベルまで伝わっている常識、明確に科学的立証を成されているわけではないが、先人達により確実にタイムプルーフされてきた知識は、その"野生の勘"によって異変を感じ取った野生動物が見せる特異な行動を見て、我々の先祖が学んだ紛れも無い事実であった。

 

そのような知識というのはどの地域にも必ず一つは存在するものであり、それは辺境にひっそりと暮らす辺境氏族(かくれびと)とて例外ではなかった。

 

「暴君竜の徘徊ルート……確実に動いていますね。」

「ニエヴの鴉がいるとやっぱり広い範囲の偵察では助かりますな。」

 

トゥチカが雲の上を移動する三頭の龍の存在を感じ取ってから2日。多くの氏族が渋る中早期の移動を決定したフゥグン氏族、テュパ氏族、ニエヴ氏族はそれぞれの比較的老年の者を周辺の偵察に出し、互いの情報を共有し合っていた。ここで偵察に者に比較的老年の者が選ばれるのは、それだけ"魔境"という土地における偵察という仕事の危険性の高さが現れている。つまりは、体力的にもいざという時に即戦力になり、これからまだまだ子を成すこともできる若い男をそうそう容易く失うわけには行かず、結果としてある程度老いて成すべきことが減り、尚且つまだ偵察としての役目も十分にこなすことができる者が選ばれるのだ。非情に思えるかもしれないが、それがこの"魔境"において氏族が生き延び続けるための術なのである。

 

そうした者達の活躍によって手に入れた情報を、腰の曲がった老人がお手製の地図に書き入れていく。辺境氏族(かくれびと)の中で腰の曲がった老人になるということは、つまりは先述したような過酷な偵察や狩を幾度となく生き抜いてきた百戦錬磨の強者……あるいはどんな手を使ってでも生き残る覚悟と、それを実行だけの知識の持ち主ということに他ならない。

そのような者達は当然森の中のことを我が庭のように知っており、こうした場で情報を纏める役としてはこれ以上無いくらいに最適であるのだ。

 

「……間違いありません。暴君竜の徘徊ルートはある一点から逃れるように移動していっている。そして、その中心にあるのが……」

「現在どの暴君竜の縄張りにも属していないダークスポット……"龍"が降り立ったのはここと見てまず間違えないでしょうな。」

 

トゥチカが地図上の一点を指差しながらそう言葉を発すると、腰の曲がった老人は確信をもってそう言った。例え素人がその地図と前年の暴君竜の徘徊ルートを記したものとを見比べてみても、両者の違いは殆ど分からないだろう。しかし、森の様子を熟知している老人は勿論、決して素人とは呼べない程度には森のことを知っていると自負するトゥチカも、その僅かな違いから暴君竜が明らかにある一点を避けて徘徊していることを読み取ることはそう難しい事ではなかった。

幸いなことにも、龍が降り立ったと推測されるその場所はそれぞれの集落から10リーグ以上も離れたところにあり、注意さえ怠らなければ誤って踏み入れるということはまず無いだろうというのが二人の推測……そうならないでほしいという願望も入り混じった希望的観測であった。

とはいえ、今後龍がどのように動くかも推測できない現状、完全に気を抜けるということはまったくもって無いのであるが……。

 

……ところで、暴君竜といえば成長すれば体長十数メートルを超えるこの魔境の生態系の頂点、膂力という意味ではタイラントサーペントすらも上回る強者である。つまり、彼等にはこれまで明確な天敵と呼ぶべきものは存在せず、その危機察知及びに危機管理能力は、生態的弱者に比べると随分とお粗末なものであった。にも関わらず、暴君竜が明確に身の危険を察知して、龍のいる地域から避けるような行動を取っているということは、つまりは今回の一件の渦中の中心にいる"龍"という存在は、既存の生命とは一線を画する圧倒的な脅威であり、生態的支配者であるということである。

 

辺境氏族(かくれびと)の間に語り継がれている伝承によると、今回のように暴君竜の生息域が移動したという事件は過去にも数回ほど確認されている。その時はそれぞれ『蛇の湖』から数千頭ものタイラントサーペントが発狂状態で一斉に飛び出した"大海嘯"や、通常の噴火とは比較にならないほど広範囲に渡るカルデラ噴火が巻き起こった"大地の口"など、歴史に残って然るべき大規模な"禍"の巻き起こる直前であった。

そのような前例があるからには、今回の龍の来訪というのは、そういった禍に比類する、あるいはそれすらも上回るほどの出来事であるという考えに至るのは極めて自然な事であった。

 

「……しかし、これはまずいですな。暴君竜の徘徊ルートが集落に近付いている……早急になんらかの対策を施すべきかと。」

「そうですね、龍じゃなくても魔境の生き物というのは非力な私達には十分すぎるほどの脅威ですから。父が帰って来るのを待つ猶予は……」

 

そう、龍から直接的な被害を受ける可能性が低いとしても、その活動の余波によってタイラントサーペントや暴君竜の生息域の変化でも起ころうものならば、辺境氏族(かくれびと)の生活に与える影響というのは計り知れない。例え龍そのものに悪意や害意が存在しなかったとしても、災害というのは無為に絶望を撒き散らすような"圧倒的絶対的迷惑"そのものの存在なのである。

そのことについて生まれたばかりの龍に文句を言おうとは思わないし、言っても意味がないことなど百も承知ではあるのだが、この時代にこの場所で出会わなければ、どれだけ気が楽であっただろうかと思うと、どうしても溜息が出てならない。

 

「龍などという存在さえ現れなければ……と、言ってもせんなきことですかな。とはいえなんとも傍迷惑な化け物ですわい。」

「長老様、去る者は追わず、来るものは拒まないのが魔境の掟、そのような言い方は好ましくないかと。」

「ふぉっふぉっふぉ、わかっておりますともさ。所詮は老い先短い老人の戯言、話半分に聞いてくださればよろしい。」

 

とても老い先短いとは思えぬほどにハッキリとした言葉遣いで、にこやかにそう言ってのける長老ではあるが、しかし先程の言葉は満更冗談というわけでもなかった。当然だ、暴君竜が反応を示すほどの大いなる禍であるというならば、それが自分達に牙を剥かないという保証は無い……というより、自分達に被害が及ばない確率の方が遥かに低いと言えるだろう。もちろん魔境の掟は理解しているが、だからといって自分達が滅びることを許容できるかといえば全くの別問題である。

そしてもちろん、長老の言葉を諌めたトゥチカも、そのような内心を抱いていないわけではなかった。外見からすればまだまだ夢を抱きがちな年頃の少女にも見えるトゥチカであるが、弱肉強食の世界において理想論だけでは生きていけないことなど彼女にとっては百も承知なのである。縋るものの無い辺境の民にとって、平穏というのはどれだけ遠い存在であるのかを知っていたのだから……。

 

 

 

–––––––ズシィィィンン..........

 

 

……そう、

辺境氏族(かくれびと)の平穏は……、

 

 

 

–––––––ズシィィィンン..........

 

 

 

あまりにも、脆い。

 

 

 

 

 

 

 

 

その名は、"運命の脅威"

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