【完結】ハリー・ポッターと蒼黒の魔法戦士   作:Survivor

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皆様こんばんは。
リクエスト②後日談後編、及びクシェフィル回です。
2~3日掛かるかと思いきや1日で加筆修正が終わったので私自身もビックリ。ですが一度は本気で諦めた今回のサブタイトルを冠するクシェフィル回を無事に書き切り更新する事が出来てひと安心です。
三部構成に分かれたリクエスト②後編の更新当時は「これ以上のクシェフィル回はもう書けない」と思いましたが、今回はそれを上回るクシェフィル回に。
そして、予めご了承ください。
真に今回のクシェフィル回を越えるクシェフィル回はこの先二度と書けないと思われますので、皆様も今回以上のクシェフィル回はもう見れないと覚悟しました上でお進みください。


リクエスト②seq2.XYZ(永遠にあなたのもの)

 その日の夜。勤めを終えて帰宅したフィールはいつも通り、愛しい人が待っているリビングへと迷う事無く向かった。

 長い廊下を足早に通り抜け、ドアを開ける。

 

「ただいま、クシェル」

 

 目的地(リビング)に来て早々、一直線にクシェルの元へ歩み寄ったフィールはギュッと抱き付き、スリスリと飼い主に甘える仔猫のように頬擦りする。

 

「おかえり、フィー」

 

 仕事終わりのフィールがこうして甘えてくるのは最早日常茶飯事。

 そうでなくとも休日はクシェルにべったりの甘えん坊さんモードになる為、勤務中は誰にも見せない、そして誰も知らない甘えたな彼女の素顔に笑みを溢したクシェルはしっかりと抱き留め、温かく迎える。

 その笑顔は職場では「見えない処刑人」やら「進撃の死神」やらとにかく物騒なアダ名を付けられている張本人とは思えない程に柔和であった。

 

「何かいつもより機嫌良さそうだけど、良い事でもあったの?」

 

 数年の時を経て入学後のホグワーツで再会して以来、伊達に長く一緒に居る訳ではない。

 一時期大喧嘩して互いに距離を置いた時もあったが、それでも今日までほぼ毎日共に過ごしてきたから表情や眼差し、雰囲気の些細な違いで何も言わなくても察したクシェルが尋ねれば、フィールは笑顔で首を縦に振った。

 それはイコール、イエスと言う意味で。

 気になったクシェルは「立ち話もあれだからソファーに行こう」とフィールの手を握ってソファーまで行き、腰掛ける。

 フィールの頭を抱いてゴロンと膝の上に横たわらせれば、クシェルに膝枕して貰った彼女は誰が見ても嬉しそうに寛いだ。

 

「相変わらずクシェルの膝枕は癒されるわ。尤も、クシェルにして貰う事はまず何でも好きだけど」

「いつにも増して甘えん坊さんだねえ。それで、今日は何があったの?」

 

 頭を撫でながらクシェルが改めて質問すれば、フィールは嬉々として今日あった出来事を話し始める。

 詳しく話を聞いたクシェルはハーマイオニー同様、仕事で悩んでいたフィールを元気付け、迷いを吹っ切るきっかけとなってくれた新人の女性闇祓いに心から感謝した。

 

「副局長としてフィーを敬愛して付いて行くって言ったその子には本当に感謝だね。純粋にフィーを慕ってくれる後輩ちゃんなら私も嬉しいよ。そのルーキーちゃん、立派な闇祓いに成長すると良いね。次の非番の時、お礼の品でも持って直接会いに行こうかな。ああでも、今私が行ったら怖がっちゃうかな? 何か噂じゃ闇祓い局内で変なアダ名付けられてるみたいだし」

 

 ま、裏を返せば虫除け効果は抜群だから良いんだけどね、と言って笑うクシェルはまさにヴィランのそれだったので、フィールは苦笑するしかなかった。

 

「他の同僚はそうかもしれないけど……。少なくともあの子はクシェルを恐れていなかったから会っても大丈夫だと思うわよ」

「そう? なら良いんだけど。闇祓いになってフィーが初めて教育係を担当するその新米ちゃんは学生時代、フィーに師事した私にとっては妹弟子にあたるから。怖がらないでいてくれるのは有り難いよ」

「言われてみれば確かにそうなるわね」

「とりあえず休み明けの仕事でその子に会ったらよろしく言っといてくれる?」

「ええ、分かったわ」

 

 フィールが了承すれば、クシェルは「お願いね」と表情を緩ませる。

 

「それにしても、まさかそこまでキスマークと歯形の虫除け効果が効いてるとはね」

「お陰で今ではあの子とハリー達以外の同僚は必要以外接近も接触もして来ないから精神的に落ち着いて仕事出来るわ。その分、クシェルは独占欲と執着心がとても強い人だって日に日に他部署でも色んな人達に認識されるようになったのだけれど……」

「実際、愛情表現とは別に独占欲や執着心が強いのは自分でも否定しないよ。ま、それ以外にも理由はあるんだけどね」

「理由?」

「うん。もう二度とフィーを死なせたくない、私の元から離れて欲しくないって言う独占欲に近いけど独占欲とはまた別……多分一番近いのは束縛かな? ほら、首筋って重要な血管が幾本も通ってて傷付ければ簡単に命を奪える程、生き物にとっては繊細且つとても大事な部分でしょ? そんな生命を繋ぐ部位に愛情表現の一種であるキスは愛情で以てその人を繋ぎ止めたい、と言う気持ちの顕れだと思わない?」

 

 見方によってはその人の全て、生命(いのち)さえも独占してしまいたいと言う強い欲求の体現化。

 それこそが首筋へのキスは独占欲や執着心を意味する所以ではないだろうか。

 

「……もしかしてクシェルが6年の新学期初日に首にキスしたのって、一度ムーディからの『死の呪文』を受けて生死の境……正確には魂の境界線を彷徨った私をこの世に繋ぎ止めたいって言う気持ちからだったりするのかしら?」

「まあ、そうだね。あの時は半ば衝動的な行動だったけど……当時は私と言う鎖で束縛してでもフィーを手放したくないって気持ちで胸中は一杯だったかな。だってそうでもしないとまた何処か遠くに行っちゃいそうだったし。正直、これ以上自分の元から離れようなら割りと本気で何処か安全な場所に閉じ込めてしまいたいとさえ思ってたかも」

 

 「それ、要は軟禁よね?」とフィールが突っ込めば、クシェルはけろっとした顔で「そうとも言うかもね」と至って普通に返答したので、フィールはまた苦笑いを浮かべる。

 

「だけどまあ……そんなクシェルを心から大好きで彼女(あなた)になら支配されても構わないと思う私も、第三者からすれば狂ってるように見えるのでしょうね」

「周りの意見なんてどうだっていいじゃん。それだけ自分の色に染まってくれてるなら寧ろ本望だし、そんなの今更でしょ」

 

 と、そこまで言ったクシェルは一度、言葉を切って眼を閉じ……再び瞼を開いたら、ゆっくりと口を開いた。

 

「……ねえ、フィー」

 

 静かな声で名前を呼ぶ。ただそれだけ。

 ただそれだけの事なのに、一瞬でクシェルが纏う雰囲気と周りの空気が変わり……自然と上半身を起こしたフィールはクシェルの隣に座って姿勢を正した。

 

「しつこいかもしれないけど、私もフィーの事は言葉で言い表せないくらい大好きだし、愛してるよ。だから……これから先の未来で闇祓いで在り続ける事に疲れたり、最前線に立つ事が怖くなったらいつでも辞めていいからね。例え闇祓いじゃなくても、戦えなくなっても。ただ私の傍で生きてくれたらそれだけで私は嬉しいから。幸せだから。フィーと同じように私だってフィーが居ない世界ほど、私の人生で無価値なものも無いから」

 

 こんな事、せっかくルーキーちゃんのお陰で迷いを吹っ切れたフィーに言っていいのか分からないけどね、と申し訳無さそうにしつつ、先刻までのほんわかとした空気から一変、真剣な表情と真っ直ぐな眼差しでクシェルはどストレートに告白する。

 

「私の人生はフィーが隣に居て初めて輝く。ハッキリ言ってフィーより大好きで大切な人は世界中何処を見渡しても他にいないよ。だってこれ以上無いくらいに愛情と熱情を抱く人物なんて、一生どころか前世でも来世でも現れないと断言出来るくらいフィーは私の唯一無二で特別な存在だからね」

 

 こういう時のクシェル程、どこまでも真っ直ぐに愛の言葉を伝えられる人は他にいない。

 常々そう思うフィールは改めて自身がどれだけクシェルに愛されているかを実感し、内心歓喜すると同時に恥ずかしさから頬に熱がこもるのを感じた。

 

「……私もクシェルとは死んでからもずっと一緒に居たいし、死ぬ時は一緒に死にたいわ」

「え? 何言ってんの。そんなの当たり前じゃん。フィーだけが死んで私は生きるなんて事は絶対ないし、逆も然りでしょ? 万が一フィーが死んでしまうような事があれば私も一緒に逝くし、反対に私が死ぬってなった時は一緒に連れて逝くよ」

 

 どっちにしたって独りにはさせないから安心して、とクシェルが言えば、微笑したフィールはコクリと頷く。

 大切な人に先立たれる苦痛を誰よりも知り尽くしているフィールにこれ以上の重荷は背負わせたくないし、彼女が自分を置いて先に死んだ後の残りの人生を生きるのは文字通りの生き地獄でしかない。

 互いにとって何が一番辛いか、それを痛いくらいに理解しているからこそ「生きるのも死ぬのも一緒」と二人は迷わず言い切れるのだ。

 

「物語では愛する人の為に自ら犠牲になる道を選んで、自分じゃない誰かと幸せになって欲しいと願うのはよくあるパターンだけど、私はそんなのまっぴらゴメンだからね。だって両想いなら、お互いに愛し合ってるなら。自分以外の人間が愛する人の隣に居てキスしてる光景(すがた)なんて想像するだけでも吐き気がする。呪い殺してやりたくなる」

 

 自分達じゃないカップルがそのような物語のテンプレに直面した時にどんな選択をするのかは知らない。

 が、そうするくらいなら命果てるその時まで一時も離れず運命を共にする。

 この選択肢を一ミリも迷う事無く取れる程には互いが互いに依存していて、相手がいなければ生きていけない……否、生きる意欲も意味も価値もないと思う程には互いに互いを想っていた。

 

「別にね、愛する人に限らず人を幸せにするのは何も自分でなくても誰にだって出来るし、それこそ何だって可能だから、そういう些細な問題は大して重要じゃないんだよね。ハッピーな気分にさせるのが目的なら誕生日やクリスマスにプレゼントを渡すなり、皆を呼んでパーティーを開くなりするだけで十分OKだから」

「だけど隣に立つのは違う。愛する人の隣は相思相愛の関係にある人のみに許されたただ一つの特等席……。その特権を自ら他人に譲るなんて馬鹿な真似は死んでもやらない。少なくとも私はね」

 

 己の持論を語る度、愛情と熱情に裏付けられた強い欲求が身体の奥底から沸き上がり、その衝迫がクシェルを衝き動かす。

 気付けば無意識にフィールの身体をソファーの背凭れに押し付け、縫い止めるように両肩に手を置くと太腿の間に膝を捩じ込んだ。

 

「こんな体勢で言う事じゃないけど……まずはお仕事、お疲れ様。……ルーキーちゃん達にご褒美あげたなら、お仕事頑張ったご褒美、私にも頂戴?」

 

 その言葉に隠されたクシェルの意図を瞬時に読み取ったフィールはアイオライトの()を細め……微かに口角を上げる。

 

「どうぞ召し上がれ。プレゼントならぬご褒美は私、だから、貴女の好きにして……っんぅ」

 

 花が咲くようにふわりと、でも妖艶に微笑みながら言われた言葉に堪らず、最後まで言い切らない内に両手で頬を挟みながらクシェルは深く口付けた。

 触れ合う柔らかな熱が両者の思考を朦朧とさせる。

 若しくは知らない間に既に稀薄していたのかもしれないが、そんな細かい事はこの際どうでもいい。

 その時々で異なるキスを幾度と無く繰り返す内に酸欠で息苦しくなったのか、フィールが軽く肩を叩いてきたのでクシェルは一旦唇を離す。

 息継ぎもままならないまま、クシェルに散々酸素を奪われたせいで肩で息をするフィールは顔全体を真っ赤にさせ、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 半開きの視線は定まっておらず、口の端からは混ざり合った二人の唾液が溢れていて、満足げにフッと笑ったクシェルは頬から細い首のラインをなぞるようにゆっくりと手を下ろしていく。

 ローブを脱がし、緩めた黒いネクタイをしゅるっと抜き取り、第二ボタンまで開いて色気を感じさせる首筋と鎖骨を露にしたら後はもう、押し寄せる本能的感情の奔流に身を任せるのみだ。

 

「んっ……はぁ……っ」

 

 今は大分消え掛かっているキスマークを新しく付け直すよう、薄い柔肌に唇を吸い付かせば、相変わらず頭を痺れさせる吐息混じりの甘く掠れた声が脳に響く。

 何度聞いても飽きないどころかもっと聞きたい、啼かせたいと思う自分に呆れながらも唇をしっかりと押し当て、ミルクを啜る猫のようにちろちろと舌先で愛撫する。

 

「ふっ……んん……っ」

 

 奥の方から感じるのは微かな脈動。

 生きる者全てが内側に持つ生命の証。

 彼女が今此処に生きている事を証明する何よりの証拠。

 

「ぁ…んっ……ダメ………気持ちいいッ……」

 

 プツン、とクシェルの中で何かが切れる。

 「気持ちいい」と言う、たった五文字の短い一言に彼女を求めてやまない獣染みた欲望がいとも簡単に理性を押し退けた。

 首筋に舌を這わせるクシェルにしがみついて快感に喘ぐフィールが逃げられないよう片手で腰をがっちりホールドし、もう片方の手を背中に回す。

 パチン、とワイシャツ越しにブラジャーのホックが外れる小さな音が耳に入り、突然の事に「ぇ……っ!?」と焦るフィールを他所に今度は慣れた手付きで第二ボタンより下のボタンを一つ一つ丁寧に外していく。

 最後に肩紐も含めて肘元までワイシャツを半分脱がせば、クシェルの手によって役割を果たせなくなったブラジャーが完全にずり落ち、二つの膨らみが露になった。

 どんな高級織物の絹でも敵わない、きめ細かく滑らかな手触りを誇る白い柔肌の上半身で一際目を引く、豊かに実った果実を思わせるそれ。

 いつ見ても非の打ち所が無い、愛しい人の完璧なプロポーションにタメ息を吐いたクシェルは沸き上がる情欲に従い、花の芳香に誘われ甘い蜜を求める蜜蜂や蝶のようにゆっくりと顔を寄せていく。

 

「んっ……、あぁあ……っ」

 

 口に含んだ胸の先端にある薄紅の突起を舌で転がすように、唾液を塗り込んでいくように舐め回す。

 時折吸ったり甘噛みするなどして刺激を変え、じっくりと味わえば、頭上からの嬌声がより一層脳を鼓膜を震わせた。

 その間、空いてる手でもう片方の乳房を愛撫するのも忘れない。

 掌全体で包んだと思えば下から掬い上げるようにして揉み、白い胸の上で存在を主張する少し固くなったそれを摘まみ、こりこりと刺激する。

 時折強めに指を弾ませれば甘美な鋭さを伴った快感が脳髄まで一気に突き抜け、只でさえ敏感な感覚は一連の動作を繰り返される度に一層鋭敏になった。

 

「ぁ……ッ…………! っん、うぅ……! はぁっ………、っあ…………クシェ、ル……ッ」

 

 快感のボルテージが頂点に達しそうになる寸前、あからさまに見計らったタイミングでわざと中断させ、程無くしてまた再開する。

 この砂糖漬けならぬ快楽漬けルーティンにより、以前にも増して熱く疼く肉体は弥増しに快感と刺激をひたすら求めた。

 最早本能だけでなく理性までもが底無しの快楽の海に溺れ、沈み、全身を覆うもどかしさと気持ちよさに自分でも訳が分からないフィールは涙眼になる。

 上り詰めても何処にも行き場の無い熱に真っ白に染まりつつある意識が狂いそうで、思わず破けそうになる程の強い力で服を握り締めた。

 

「もぅ…無理……ッ……、我慢出来ない……ッ」

 

 そんなの、わざわざ教えられずともこれまで何度も彼女を抱いてきたクシェルには全て分かっていた。

 腕の力加減と声音からいつもは強靭な精神力も今では快楽と欲望に屈服している事も。本人は無自覚かもしれないが、焦らされた分だけ熱に冒された身体は限界の先を越える瞬間を今か今かと待ち焦がれ、官能に打ち震わせている事も。

 だが、それでもやはり「我慢出来ない」と甘く掠れた声で懇願されれば、クシェルの中で燃え盛る情欲の炎に更なる興奮材料(ガソリン)が投下され、こちらまで我慢出来なくなる。それが何とも堪らない。

 首筋に熱い吐息を感じながらクシェルがそんな事を考えてる間にも、彼女を気遣う余裕が一切持てないフィールからの抱擁は益々強くなる一方であった。

 痛いくらいに抱き締められ、服越しからでも背中に爪が食い入るように突き刺さるが、その痛みも爪痕も、気持ちいい以外に何も考えられないくらい感じ入ってくれていると思えば、それら全てが幸福感と愛おしさに変わる。

 上目遣いでフィールの様子や反応を窺っていたクシェルは、無意味な我慢もプライドも全てをかなぐり捨てて渇望する彼女からの懇願に応えるべく、今しがたまで胸を攻めていた手で黒い髪を掻き上げる。

 そして、熱を帯びて紅く染まった耳朶にそっと唇を寄せ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「堕ちて─────フィール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段はまず滅多に呼ばない、愛称ではなく本名を低く熱い声で耳元で囁いた瞬間。

 

「っは、ぅ……、ぁんっ………、~~~~~ッッッッッ!!!」

 

 瞬く間に張り詰めていた強烈な快感が一気に弾け飛び、今日一番の強い力でクシェルに縋り付きながら身体を大きく仰け反らせ、痙攣した。

 

「…ぁ…………はっ……はぁ………っ……」

 

 暫くは肉体を覆う快感の余韻に身体を震わせていたが軈て力尽きたのか、全身の筋肉が弛緩した途端、ぐったりと背凭れにもたれ掛かる。

 それでもクシェルは腕に抱いたまま、決して手放そうとはしなかった。

 蒼い瞳はトロンと熱で溶けており、荒い息遣いなのにどこか満足げな吐息を漏らす様は色っぽい表情と相まって最高に艶かしい。

 相も変わらずペッティングだけで極致に至れる彼女の感度の良さに、極上の満足感を噛み締めたクシェルはいっそのことこのまま「最後」まで突き進みたい衝動に駆られる。

 が、そうすれば今度こそ彼女は気を失ってしまう可能性が極めて高い。

 本人は大丈夫と思っても身体は連日出勤で相当疲労が溜まっている筈だから、休憩無しで続行するには些か負担が大き過ぎる。

 それにまだ食事の支度も入浴も済ませていないのだ。流石にそのような状態でアクセル全開のままノンストップで次のステップへ突入する訳にはいかない。

 幸いにも明日と明後日は二連休だ。

 時間は持て余す程あるので続きは夜からでも遅くはないだろう。

 だからと言ってこれで終わるには感情の昂りも早々に鎮められないところまで来てしまった。

 自身の欲の強さとブレーキの効きの悪さに微苦笑しつつ、本当の楽しみは夜まで取っておこうと自分に言い聞かせながら、クシェルは疲れ果ててぐったりとするフィールを優しく抱き締める。

 クシェルから抱擁を受ければ放心状態でもフィールはふにゃりと笑う。

 その表情はマシュマロを入れたホットチョコレートのように甘やかだった。

 

「……続きは夜にするけど、その前に一回だけこうさせて」

 

 フィールの返事を待たずにクシェルは胸元に唇を寄せる。

 左胸の近く、頂よりやや中央寄りの、心臓の丁度真上。

 柔らかな膨らみの間で激しく脈打つ、呼吸の乱れぶりをそのまま反映する鼓動が響くそこへ口付けを落とし、そのまま強く吸い付く。

 胸へのキスは首筋と同じ意味。相手に対する独占欲や所有欲を孕んだ愛情。

 その事実を踏まえた上で生命の象徴とも言うべき心臓を内側に宿す箇所へキスするのは、「彼女の心臓(すべて)は自分だけのもの」と言う、言葉には出さないクシェルの独占欲の本気度を明確に表していた。

 

「ぁっ……っん…………ぅ……」

 

 チクリとした痛みさえ快感に変換され、甘美な痺れとなって全身の神経を駆け巡ったフィールは弛く腰を振る。

 どんなに声を圧し殺しても結局は堪え切れず、押し寄せる快楽の渦に飲み込まれて顔を真っ赤にさせながらよがる姿。

 それは只でさえ気分が高揚していたクシェルにとっては先程の懇願と同等に最上級の興奮材料であり、熱い胸の高鳴りを抑えられなかった。

 ……同時に、あの事件以来ずっと自分の中で抑圧してきた代償で澱み、燻り続けてきたドス黒い感情が少しずつ顔を出し始める。

 

「……何もかも全部私のせいとは言え……ほんと、何でそんなにエッチくなっちゃったかな」

「んっ……………()だった……?」

 

 ぼんやりとだが困ったように、でもどこか嫌そうにも見える難しい表情で深く息を吐いたクシェルを見て、不安になったフィールはシュンとした仔犬のように眉を下げ、涙眼で問う。

 そんなフィールを安心させるように首を横に振り、目元を和らげて微笑むクシェルだが、その笑顔に違和感を覚えたフィールは尚更不安の念が拭えなかった。

 

()じゃないよ……。ただフィーが可愛過ぎて自分でも困ってるだけだから」

 

 そして、それ故に。

 自分だけが知っていればいいフィールの顔も声も全部見て聞いて、汚い手で身体にも心にも触れて穢したあの元部下の男達に対する怒りが、憎しみが、未だに胸の奥で燻り続け、抑制すればする程、腸が煮えくり返る思いは膨張の一途を辿っていた。

 

(あー……マジであのクズ野郎共、許すまじだわ)

 

 ふとした拍子に一度思い出せば止め処無く激情に駆られ、その衝動でフィールを傷付けてしまわぬよう必死に抑え付け、全力で圧し殺す度。胸中では解消不可能な憎悪や殺意が爆発寸前まで膨れ上がり、解放を求めて暴れ回る。

 

 この終わりの見えない不可避の負の無限ループはゆっくりと、でも確実にクシェルの傷付いた心を蝕んだ。

 

 フィールが媚薬に侵されていた当時はとにかく彼女を助けるのに必死で、事件翌日は解毒剤が効いて無事元通りになった事への安心感から、彼女の元部下達の許し難い愚行は、警告しに一度だけ訪問した時を除いてなるべく考えないようにしていた。

 考えれば考える程、言い様の無い憤りと殺意に身体と思考の主導権を握られそうになると、辛うじて保っている理性が本能で察していたからだ。

 しかしクシェルは、今更ながらそれが却っていけなかった事なのだと、頭の片隅で気付き……否、認めざるを得なくなる。

 素直にフィールに己の葛藤を打ち明ければ良かったものの、彼ら絡みの話題を蒸し返す事でトラウマを抉りたくなかったとか、余計な心労を掛けたくなかったとか……。

 それらしい理由を付けて自身の不安定な精神状態から眼を背け、問題と向き合う事から逃げた結果、完全に裏目に出てしまった。

 

「……ッ、……」

 

 グッと両肩に添えていた手に思わず力が籠る。

 自分じゃない人間が身勝手にもフィールを穢した事へショックを受けたあの日からずっと、彼女の心にはヒビが入っていた。

 その亀裂は日増しに広がり、そこから入り込んだ負の感情がインクのように浸透し濃さを増せば増す程、漠然とだが自分が自分でないような感覚に陥るのを確かに感じ……怖くて誰にも言えなかった。

 縁起でもない事を言ってしまえば本当にその通りになってしまいそうな、そんな気がしたからだ。

 

「……クシェル?」

 

 放心状態から完全に抜け切らなくても、肩に置かれた両の掌から伝わる強さと重みの変化を感じればすぐに反応するのがフィールだ。

 朧気な視界の中、フィールはどこか苦し気な表情で何かを必死に堪えるクシェルの昏く、重く、冷たい眼差しの奥に秘められた様々な負の感情を捉える。

 一見自身を見据えていながら、その実心ここに在らずと言った様子のクシェルにほとぼりが冷めたフィールは、経験に基づく直感から彼女の心理状態を的確に見抜く。

 今の彼女は十中八九、昔の自分と同じ状態……否、昔の自分そのものだ。

 

「―――クシェル」

 

 もう一度、フィールは呼び掛ける。

 先程のようなぼんやりとした声音ではなく、今度はしっかりした声音で。余韻に浸って焦点の合っていなかった眼も今はクシェルにピントを合わせながら、彼女のたおやかな頬に両手を添え優しく包み込む。

 少し力を入れ、グッと頭を引き寄せるとそのまま口付けし……霧がかかった夜の闇の中を彷徨うように心が完全に迷走していたクシェルはハッと我に返った。

 時間にすると僅か数秒だったかもしれないが、体感的には1時間程そうしていたような気がするクシェルの大きな眼を、唇を離したフィールは至近距離から一直線に見据える。

 

「今の貴女にはハッキリ言った方が良いと思うから敢えて強く言うわ。―――余所見しないでこっちに集中して。私だけを見なさい」

 

 前置きした通り、敢えて命令形で言明したフィールのたった二言のメッセージでクシェルの視線は、意識は、心は一瞬にして全て彼女の方へと注がれた。

 

「単刀直入に訊くわ。貴女、さっきまで自分が自分でなくなっていくような感覚に見舞われていたでしょう?」

「! それは……」

 

 図星を突かれ、動揺したクシェルは反射的に視線を逸らしてしまったが、すぐに「こっちを見なさい」の一言で目線を戻される。

 何故かは知らないが、フィールの声には頭で考えるより先に身体がその通りに動く不思議な何かがあった。

 

「その反応は肯定と見なすわよ。念のため言っておくけど、よしんば誤魔化そうとしても同じ体験をした事がある私には効かないから。故に経験者として言わせて貰うわ。―――最後まで受け止めるから、こういう時は変に遠慮して自分の心に蓋をしたり要らない嘘を吐くよりも、ちゃんと話して。今の貴女は昔の私だから。私にとっても他人事じゃない大事な事なら尚更、クシェル本人の口から直接聞かせて欲しい。……誰にも苦悩を打ち明けず独りで抱え続ければどうなるか、貴女ならよく知っている筈よ」

 

 言外に10年程前の神秘部での戦いの出来事を指している事を察したクシェルは過去を振り返り、顔を歪める。

 脳裏を過るのは、記憶の奥底に封印していたトラウマを思わぬ形で半ば強制的に思い出されたフィールの喀血した姿。

 フラッシュバックによる突然の心の負荷に耐え切れず、意識を失い、目が醒めた後の彼女は記憶を完全に取り戻した反動と相まって長年抑制し続けたストレスが爆発した結果、闇堕ちバーサーカー状態となり……。

 そこから先は思い出したくすらないので、クシェルは頭を振って脳内映像を打ち消す。校長以上にあの男の事は今でも許せないからだ。

 忌まわしい記憶を振り払ったクシェルはフッと一つ息を吐き……改めてフィールと向き合う。

 

「まさか、あんなに意地っ張りで頑なに悩みを話そうとしなかったフィーから『誤魔化さないでちゃんと話して』って言われる日が来るなんてね。思ってもみなかったよ」

「奇遇ね。私自身ビックリよ。でも私がこうして言えるようになったのはクシェルのお陰だから。

……当時の貴女と同じ立場になってみて、どれだけ自分が貴女や周りに心配や迷惑を掛けてきたかを痛感した分、今更だけど本当に皆には申し訳無い事をしたと思うわ」

「……っ、ヤバい、マジで泣きそうなんだけど。ついこの間まで自分を顧みない行動ばかりしてたフィーの口からまさかそんな言葉が出てくるなんて……」

 

 「フィーも随分成長したんだね」とクシェルは涙ぐんで笑いながら頭を撫でれば、少し照れたように赤面した彼女は「そんなに泣く?」と照れ隠しも兼ねて尋ねる。

 その質問にクシェルは「当たり前じゃん」と大きく頷いて見せた。

 

「いつだったか二回くらい本気で平手打ちした事もあった私の努力が長い年月を経てやっと報われて、これを嬉しいと思わずして何と思えばいいの? ちっちゃい時からフィーをずっと見てきて支えてきたクリミア達だって、さっきの言葉を聞いたら私と同じようにフィーの成長が嬉しくて泣くよ、きっと」

「そういえばそんな事もあったわね……。あのビンタは中々強烈だったわ」

 

 不意に嘗てクシェルから本気で張り飛ばされた頬の痛みと衝撃を鮮明に思い出したフィールは無意識に摩りつつ、今となっては何度も彼女を悪い意味で泣かせた自分が憎くて、タイムターナーがあったらすぐにでも過去の自分をブン殴りたいとタメ息を吐く。

 するとそんなフィールの心中を読み取ったのか、

 

「安心して、これで次に危ない真似をしたら今度こそ平手打ち(パー)じゃなくて(グー)で分からせるつもりだったから。ま、今はその必要も無くなって良かったと思うけどね」

 

 と、笑顔でさらっとクシェルが言ってきたので「嫌な安心もあったものだわ」とフィールは苦笑する。

 少しばかり話は脱線したが一連の会話のお陰で大分肩の力が抜けたのか、険しい表情だったクシェルも穏やかな面持ちになっていた。

 それから意を決したように「フィーに言われた通り、今からちゃんと話すよ」と切り出せば、苦笑いから一変、圧迫面接の如く要らぬプレッシャーは掛けない程度にフィールも真剣な顔付きへと変わる。

 そんな彼女の配慮に感謝しつつ、クシェルは一度眼を閉じ、二度三度深呼吸して話す順序を頭の中で多少整理してから、胸の内を素直に吐露した。

 あの日からずっと、時間が経てば経つほど彼らに対する憎悪は薄れるどころかどんどん濃くなっていった事。

 万が一衝動に駆られた場合、思いがけずフィールを傷付けたくない一心でどうにか抑制する度、思考や精神が憎しみの色に染まっていき、意識が何処か別の場所へ持っていかれるような、そんな錯覚に陥っていた事。

 口にすれば本当にその言葉が現実になってしまいそうで、恐怖心から今まで誰にも言えなかった事等々……。

 フィールはクシェルが言い終えるまで一度でも話を遮ったりはせず、時折相槌を打つ等して話しやすい環境をキープし続け、軈て彼女が苦悩もストレスも全て吐き出したのを確認したら、

 

「最後まで全部話してくれてありがとう。そしてお疲れ様」

 

 と労いの言葉を掛け、優しく微笑みながら頭をポンポンと軽く叩いた。

 

「私こそ、最後まで聞いてくれてありがとう。お陰で心に積もり溜まってた澱を吐き出せて気持ちが楽になったよ。……何て言うか、話していてずっと感じてたけど、私も過去のフィーと同じ立場になってみて、あの時のフィーはこんな気持ちだったんだなって、初めて本当の意味で分かった気がする。言葉にして直接想いを伝えるのって実は凄く……凄く、勇気の要る事なんだね」

 

 どんなに相手と仲が良かったとしても、誰にだって徹底して何も話したくない事の一つや二つがあるのは当然だから、必ずしも自身のプライベートを全て晒す必要は無い。

 でも、だからこそその言いにくい秘密を他者へ打ち明ける時は、信じられないくらいに勇気が必要なのだとクシェルは痛切に感じていた。

 

「貴女とは長い付き合いだから、現在は以心伝心する事も多いけど……想いはやっぱりこうして言葉で直接伝える方が相手の心にきちんと届くし、以心伝心だけでは伝わり切らない事も聞けたり、解釈違いを起こしてないかを確認出来るわよね」

「何も言わなくても相手が察してくれる事に慣れちゃうと、却って知らない間にスレ違ってるなんて事も有り得るからね。普段から距離が近い分、お互いに言葉に出さなくても分かってる筈だって、頭や心の何処かでちょっと過信しちゃってた部分もあるのかもね。どんなに好きでも、愛し合ってても、それぞれ独立した人格の持ち主だから、考えてる事全てが正確に伝わる訳じゃないのに……」

「そういう意味では私ももっと早くに言うべきだったわ。クシェルは大体、思ってる事はすぐ伝えてくる方だから……。これからも何か言いたい事があればその都度言ってくるだろうって無意識に思い込んだ結果、今日までずっとストレスを溜め込ませてしまって本当に申し訳無いわ。……ごめんなさい」

 

 今から思えば、以前クシェルに自身が仕事へ行く度に不安な気持ちに駆られていると本音を打ち明けられた時点で、あれはクシェルなりの無意識のSOSのサインだったかもしれない、と気付けば良かったと後悔する。

 

「今後は私ももっと自分の気持ちを伝えるようにするから。愛してるやありがとうのポジティブ感情だけじゃない、不安や悩みと言ったネガティブ感情も含めてお互いに言いたい事を何でも言い合えるように。例えケンカしたとしてもそんなので心から相手を嫌いになったり、縁が切れるような関係じゃないでしょう私達は」

「それは勿論。何があってもフィーの事はいつまでも大好きだし、フィーも私の事を永遠に愛してくれるって信じてるよ。お互いに本気で嫌いになるなんてそれこそ天地が引っくり返っても、世界が滅んでも絶対有り得ないから」

 

 クシェルの返答に微笑しつつ、彼女が今回の一件で不安や苦しみを独りだけで背負い込んだのは、頑なに悩みを打ち明けようとしなかった自身の悪癖に感化されてしまったからではないか、と言う罪悪感と申し訳無さでフィールは胸が一杯になる。

 その気持ちは表情(かお)にも出ていたのか、「フィー、暗い顔してどうしたの?」とクシェルが心配そうに尋ねてきたので、素直に自責の念を吐露して謝罪すれば、「じゃあ、今まで悩み事を相談する機会を蹴ってきた分だけ、これからはちゃんと言うようにして」と返してきた。

 

「相談相手は私でも家族でも仲間でもいい。フィーには頼れる人が周りに沢山いること、辛い時、苦しい時は必ず誰かに助けを求める事を忘れないで。フィーだって私やハリー達がピンチの時にはどんなに遠くに居ても駆け付けてくれるでしょ? 逆も然りで私達もフィーが困ってたら支えたいし助けたいんだよ。だからこれを機に今後は独りだけで思い悩んだり殻に閉じ籠るのは改めてお互いNGって約束。いいね?」

 

 身体が自分一人のものでなければ、心もまた自分一人のものではない。

 辛い事や苦しい思いを「相手に迷惑掛けたくない」と言う要らぬ配慮から隠し続けるのは、自分を大切に想ってくれるのと同時に心配してくれる相手への裏切り行為であり、そういう考えこそが互いにとって逆に迷惑だ。

 

「そうね。何とも皮肉な話だけれど今回の一件で私と貴女、どちらも相手と同じ目線に立つ機会に恵まれて真に互いの理解者になれた訳だし……。結果的にこうして相互理解を深められて前より心情を吐露しやすくなった上での約束なら、ちゃんと守ってよ?」

「それはこっちのセリフ。これで次に反故したら罰としてグーパンチ+24時間擽り地獄か1週間軟禁生活のどっちかを選んで貰うからね?」

「だったら私は1ヶ月間スキンシップ禁止にしようかしら」

「せめて2週間にして!? いや2週間でも嫌だし地獄だけど! 1ヶ月間フィーに触れられないとか絶対ムリ! 精神クルーシオされて死ぬ!」

 

 まるで冤罪なのに死刑宣告を受けた人間のようにあたふたするクシェルの必死な様子にフィールはイタズラっぽく笑う。

 一頻り笑った後、少し落ち着いた彼女は一度深く息を吸って吐き、静かに言葉を発した。

 

「―――クシェルが彼らへの憎しみや殺意を綺麗さっぱりには消せないように、私も信じてた仲間(ぶか)に襲われ、裏切られたトラウマとショックはこれからも残り続けるでしょう。辛い記憶や苦い過去は忘れたくても忘れられない程の深い傷となって心に一生刻まれるものだって痛いくらい知ってるから、『いつまで過去を引き摺るの』とは私は言わないし、思わないわ。貴女に対しても、自分に対しても」

 

 直後、それまで慌てふためいていたクシェルは耳に入ったフィールの言葉(こえ)にピタッと一瞬で冷静さを取り戻し、全神経を彼女へ集中させる。

 瞬く間に口を閉じ黙って耳を傾けたクシェルとは逆にフィールは口を開いて言葉を継いだ。

 

「それでも私には、大切な家族や親友……何より最愛の人(クシェル)が傍に居るから。苦痛を和らげ、癒してくれて、私の事を心から愛して本気で想ってくれて、物理的にも精神的にも寄り添ってくれる人が居るから。自分を認識してくれる人を通じて自分と言う存在をハッキリと自覚出来るから。今と未来の私は昔の自分のようにはならないし、なる事もないのよ」

 

 仮にこれから先の人生で嘗てのように……セルフコントロール出来なくなる程に過去のトラウマや負の感情に身も心も完全に支配され、何もかも全て破壊するつもりで暴走する事があるとすれば、それはクシェルが殺された時だ。

 

「私に自分を愛してくれる愛しい人が(そば)に居ると言う幸福感と安心感を教えてくれたのは。理性のタガが外れて感情も魔力も自我も失った私を帰るべき場所へと連れ戻してくれたのは。他でもない貴女でしょう? だからもし、何かの拍子に思い出してマイナス感情にまた押し潰されそうになったり、自分を見失いそうになったら。そうなる前に私を頼って。貴女が私にそうしてくれたように不安も苦しみも憎しみも全部受け止めるし、例え迷子になったとしても何度だって連れ戻す」

 

 私の道標が貴女であるように、私も貴女の道標でありたいのよ―――と、嘗てのフィールからは想像もつかない言葉の数々に、何度目か分からない衝撃を受けたクシェルは驚きを隠せず眼を大きく見開く。

 しかしそれも、頭の中で反芻する内に様々な感情が胸の内から溢れ返り、思わず嬉し涙を流した。

 彼女の熱さ、優しさ、温かさに溢れた言葉が自身の固く冷たくなっていた氷の心に灯りを灯し、雪解けのように解けていくのを感じる。

 どんなにあの一件から時間が経過しても、一回でもフィールに汚い手を出した彼らの顔は、犯した罪は、一生忘れないし記憶から抹消する事はとてもではないが不可能だ。

 しかし、フィールはそれでも構わないと言ってくれた。

 経験者で理解者だからこそ自身のマイナスな一面を認めた上で全てを受け止めてくれた事、何よりあんなに自分を大事にしなかったフィールが自身を通じて明確に自尊感情を持ってくれた事が、クシェルにとってはこれ以上無いくらいに嬉しかった。

 

「……っ、あぁ、もう……っ。今の今まで私は一体、何を迷っていたんだろうね。一時的でもフィーを前にしてアイツ等に対する憎しみに心くらむとか、マジでどうかしてた。……ごめん、本当に」

「誰にでもそういう時はあるから。それに、クシェルがそうなるのは私の(とき)だけでしょう?」

 

 だから気にしないで、と柔和な笑顔でキスしてきたフィールの優しさと温かさに満ちた言葉がクシェルの蝕まれていた心に沁み渡り癒していく。

 涙を拭い、「ありがとう、フィー。大好き」と感謝と愛の言葉と共に抱き付いてきたクシェルは気持ちが吹っ切れたのか、憑き物が落ちたように曇り一つ無い晴れやかな笑顔を浮かべ、眼には失われていた光が戻っていた。

 ようやくいつもの彼女が帰って来てくれて、ホッとしたフィールが「……クシェル」と己が最も大切に想う人の名を呼べば、彼女は「何?」と首を傾げながら応えてくれる。

 そんなクシェルへの愛おしさをフィールは止められない。止められる筈がない。

 一度素直になってしまえば彼女に対する抑え切れないほど溢れ出る愛情は、強く求めたいと思う欲求は、倍加していく一方だった。

 

「好きよ」

「堪らないほど愛してる」

 

 一旦顔を離し、クシェルの眼を真っ直ぐ見つめながら改めて自身の想いを率直に伝えたフィールは角度を変え、再度唇を彼女の柔らかいそれに押し当てる。

 上気した頬を包む手に力を入れ、固定し直すのも忘れない。

 口を開くより先に唇を塞がれたクシェルは言葉を返せなかったが、伝えるのは後からでもいいだろう。

 熱を帯びた唇と両頬から伝わる二つの柔らかい感触とぬくもりに溺れるように、心地良さそうに眼を細めていたクシェルは静かに瞼を下ろす。

 言葉で愛を伝える代わりにギュッと抱き締める事で無言の愛を返せば、密着する身体から感じる熱が、両者の体温が混ざり合ったそれを通して心に溶け合う。

 今はただ、目の前に居る最愛の人と触れ合っていたい。より一層深い所まで、何処までも堕ちていきたい。自身が与えるだけじゃない、彼女がくれるもの全てが欲しくて堪らない……。

 何も言わずとも、言葉を交わさずとも、身も心も魂も深く強く繋がっている二人が考える事は一緒だった。

 

 

 ―――(あなた)は永遠にあなた()のもの。

 

 

 他者から見ればあまりにも重過ぎる関係かもしれない。

 しかし、それでいい。

 誰が何と言おうが、これが自分達の愛の在り方なのだから。

 他者に理解されずとも自分達が理解していれば十分だと、大声で主張出来るくらいには深く想い合っているのだから。

 これから先幾度と無く愛の言葉を伝えても、何度死んで何度生まれ変わっても、これ以上無いくらい、自分達は互いに互いを愛し続ける。

 それだけ分かっていれば、他に言う事は何もあるまい。

 お互いを死にそうなくらいに大好きなおバカさんである事は、他でもない彼女達が一番よく知っていた。




【物語のテンプレは真っ正面からボンバーダ】
分かりやすく例えるなら、映画タイタニック終盤でローズに「君は生きて沢山の子供を産んで最期は温かいベッドで死ぬんだ。いいね?(要約)」と自分の命と引き換えに長生きする事を約束付けたジャックとは真っ向から対立して真逆の選択をするのがクシェルです。
フィールの隣は自分だけであり、それ以外の人間が彼女の伴侶になるのは断じて許さない。許せない。自分じゃない誰かとの幸せを願うくらいならあの世で愛を育む。
フィールの方もクシェルだけが死んで自分だけが生き延びる道を選ぶくらいなら一緒に死ぬのが本望と考えるタイプだからこそ、クシェルの愛を受け止められるのはフィールだけと言うまさに相互依存の関係が成立してます。
クシェルがタイタニックに出演したらまず間違いなく賛否両論になってたのは明白ですね。
皆様はタイタニック終盤のような場面に直面した場合、どちらを選びますか?

【初期と現在でキャラが激変したクシェル】
いや本当、改めて読み返すと当初は天真爛漫だったクシェルがいつの間にかフィールへクソデカ激重愛情を抱く人間になってしまったのが作者の私自身も超ビックリ。
#4で友達なんて要らないと言ってた初期フィールに「じゃあ要らないって思わなくなるまで話し掛けるからね!」とポジティブに返してた頃の無邪気なクシェルが懐かしい……。
多分これ、クシェルじゃなかったら読者の皆様も「まあクシェルだしな……」になってなかったと思われます。
ここまで独占欲やら執着心やらが強いキャラになっても尚変わらずクシェフィルを推してくださる皆様には感謝しかありません。

【クシェフィルのバランス関係】
二人の内、基本的に一方をリードするのは皆さんご存知の通りクシェルで、IF世界線のみならず本編でもリード率はクシェルが上。
だけどもしもの時に相方を引っ張っていくのはクシェルではなく実はフィールの方。
そんな二人だからこそ、バランスの良い関係を保っていられるのです。

【サブタイトルのXYZ】
「これ以上良いものは作れない究極のカクテル」「XYZより美味しいカクテルを作る事は出来ない」と言われる所以から「これ以上はない」「究極」「最後」等の意味を持つ究極のカクテル。そしてカクテル言葉は「永遠にあなたのもの」と非常にロマンチック。
個人的に数あるカクテル及びカクテル言葉の中でもこれ以上ない程に「クシェフィル」を最もよく表しているので、IF番外編を書き始めた前後の2年程前から「いつかXYZをサブタイトルにしたクシェフィル回を書きたい」とは思いつつもいざ執筆となれば納得のいく話が思い付かず、気付けば今年までお蔵入りに。
それから約2年、こうして執筆&更新が出来て私も嬉しかったです(*´꒳`*)。
ここに至るまで付いて来てくださった皆様、本当にありがとうございます。
皆様はXYZ(永遠にあなたのもの)以外でクシェフィルにピッタリなカクテル及びカクテル言葉はございますか?
因みに私はコープス・リバイバー(死んでもあなたと)もクシェフィルを形容するのにマッチしてて、実はこの話を本格的に執筆する前は一時期このサブタイトルのクシェフィル回を執筆してたのですが、途中で挫折してしまったのはここだけの秘密です。
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