今では数多くあるバンドリ二次小説の中、拙作をご愛読してくださっている皆様には本当に頭が上がりません。
相変わらずの遅筆かつ季節感ガバガバですが、今後ともよろしくお願いします。
では、どうぞ。
世の中には行楽シーズンと呼ばれるものがある。
春休み、夏休み、年末年始………普段の学業や仕事から解き放たれる期間を誰もが常日頃から待ち望んでいる。
………サービス業にとっては、節目節目の繁忙期。いわゆる
時はまさにゴールデンウィーク。
四月から溜め込んでいた新生活の疲れを癒すにはまさに絶好の行楽日和だ。
俺とて飲食店従事者だ。
たとえ周りが休みであろうとも、通常通りの営業となる。
そう見越して、今年も予定は入れていなかった。
ところが、実際は──────
「はしーりだせっ♪はしーりだせっ♪そらーたかくっ、はたーかざしっ♪」
いつの間にか後部座席にいるひまりの歌をBGMに、高速道路で車を走らせている俺がいた。
勿論、いつも通りの四人も同乗している。皆、ご機嫌なひまりを温かな視線で見守っている。
「ひまり、浮かれすぎ」
ひまりの隣に座る蘭が呆れているようだ。
一見、宥めているようだが、心の内では自分も浮かれているのは声だけでもわかってしまう。
「もー蘭ったら!せっかくの皆で旅行なんだから、水ささないでよー!」
ひまりから反論の声が出る。
その言葉にはひとつも誤りや偽りはない。
そう。この晴天の下──────俺達はいつもの街から出て、遥か高くそびえ立つ山々へと身を投じようとしていた。
◆◆◆
「山に行こう!」
一週間前のこと。
いつも通り練習を終えた五人が羽沢珈琲店に集まった際に、突然ひまりから発せられたこの一言から全ては始まった。
当然、他の四人は脈絡のない発言に黙ってしまう。
………考えてみれば、俺もこんな話の切り出し方をしている。今後は気をつけることにしよう。
「……急にどうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょ!大型連休だよ!?絶好のお出かけのチャンスだよ!?」
テーブルを叩きながら捲し立てるひまり。
加えて声も大きい。夕暮れ時とはいえ、一応他の客はいる。後でそれとなく注意をしておこう。
「当然、夏は海に行くからー、ゴールデンウィークは山でキャンプだよね!釣りとか!バーベキューとか!みんなでテント作ってお泊りとかしようよ〜!」
………。
……………。
「え、なんでみんな反応薄いの!?」
「いや、いきなりだからどう反応すればいいかわからないだけ」
もっともな発言だ。
夏休みには海に行くことは既に決定事項となっていることも含め、誰もひまりのテンションにはついていけていないのだから。
「まあ、キャンプが悪いって言うわけじゃないけどさ、ひまり。ちゃんとプラン考えているのか?行き先とか、交通手段とか、皆の都合とか」
「………ノープラン、です」
…………よくもまあ、そんな状態でこの話を持ち出したものだ。つまり、これから計画を立てなければならないわけだ。
「で、でも!せっかくのゴールデンウィークだし、皆で何かしたいよね!私はいいと思うよ!」
「つ、つぐ〜!」
ふむ、つぐみはひまりの味方をするようだ。ならば、俺としても応援はしてやるとしよう。
「え〜、あたし虫とかいやだからパス〜」
「右に同じ。練習とか家の行事とかあるし」
「うっ、蘭は日程次第として………モカって別に虫が苦手なわけじゃないでしょー!」
「でもまあ、この流れだと行かない感じだなー。モカはともかく、蘭は仕方ないからな」
「う、うう……巴までぇぇ……」
反対意見が二票入ったところでひまりは意気消沈する。
………まあ、
蘭は日程が合えば行くだろう。みんなで旅行と聞いた時に表情が緩くなった瞬間を見逃さなかった。心中では魅力的な提案と思っているに違いない。
巴は反対ではないようだが決定打が欠けているためか、保留するつもりのようだ。
モカは単純にひまりをからかっているだけだろう。最終的にはひまり側に傾くはずだ。
一見、ひまりのアウェーな状況に見えるかもしれないが、計画さえしっかりと決まっていればすぐに決まる話だ。問題は、その計画が一向に定まっていない点だが。
「こら!そこで“自分は無関係だぞ”アピールしているカズさん!そんな離れたところにいないで、こっち来てください!」
「む」
ここでひまりが俺を巻き込んできた。
賛成意見が半数あれば押し切れる可能性はあると判断したのだろうが………問題はそこではないだろうに。
「くだらんな。俺の意見なぞ聞いても無意味だろう」
「あ、今のは『自分が賛成してもひまりちゃんが望む結果にはなりそうにないから、力になれなくてごめんね』って意味だよ!」
「そ、そんなぁ〜………」
つぐみの冴えたフォローの通りだ。
そもそも計画の具体案がなければ趨勢が覆るわけがない。俺がしゃしゃり出たところで不意に終わるだけだ。
「なあカズ。何かいい案ないか?」
今にも泣き出しそうなひまりを見かねたのか、巴がそう尋ねてくる。
………いい案、と言われても困る。
「残念だが、俺にはひまりのオーダーを全て応えられるような選択肢はない」
「だよね〜………あれ?つまり、他に選択肢があるってことなの?」
「………この間、常連が会社の福利厚生でコテージを借りたらしいが、仕事で行けなくなったとかで、他に使う人がいれば譲るという話はあったな」
そもそもコテージであるならわざわざテントに泊まる必要がなくなる。つまり、ひまりの願望を全て叶えることはできない。
テントを張らければならないようなキャンプ地を知らないので、悪いが俺に力になれそうにない。この場においては潔く諦めてもらうとしよう。
「………………」
「なんだ、なぜ俺を見る?」
話はこれで終わると思っていたが、気がつけば五人の視線が集中していた。
また何か“カズって”しまったのだろうか。頭の中で先ほどまでの発言を整理しようとしたが、そんな暇は与えてもらえなかった。
「カズさん。それ、今すぐその人に連絡とかとれます?」
「おかしなことを言う。連絡も何もここにいるぞ」
奥のテーブルを指差す。
そこに座っているのは常連の黒ずくめの男。
サングラス越しで視線をたどることはできないが、顔はこちらの方を向いていた。
そして、俺に対してサムズアップをする。
なるほど、話は全て聞かせてもらっていたか。
「………大丈夫そうだな」
「交通手段は………あ、カズの車があるな」
「じゃあじゃあ!日程は!?」
常連は壁掛けカレンダーを指差す。
ここまで頑なに言葉を発そうとしないのは何か意図があるのか気になるが、その疑問は置いておく。
「あのカレンダーの二日間らしい。一泊二日になるが、仕方ないだろう」
「みんな、どう?」
最後に、ひまりが辺りを見回す。
………呆れている者、喜んでいる者、多々いれど、皆が反対意見を出さず頷いていることは共通していた。
──────こうして、旅先が決まった。
「か、カズ神様〜!一生、崇め奉ります〜!」
──────そして、俺は神様になったようだ。
◆◆◆
「いや待て、俺はまだ人間だ」
「お、お兄ちゃん?急にどうしたの?」
そんな自然と溢れた言葉に、助手席に座るつぐみが反応を示した。
………いかんな。いくら高速道路が単調だからといって物思いに耽らずに運転に集中しなければ。
「む、すまない。先週くらいにひまりが俺のことを神様呼ばわりしていたことを思い出してな」
「あはは……ひまりちゃんのアレだよね。今でも私達が頼みごと引き受けたらあんな感じなんだよ」
「何だと………つまり、この車の中にはひまり以外は全員神様なのか………」
「え?別にそんな深い意味は──────」
「ふっふっふー、とうとうそこに気がついてしまったか。カズ神様よー」
「…………その声はモカ神様か」
つぐみの言葉を遮るように背後からモカ神の声が聞こえた。
バックミラー越しから、蘭とひまりが座っている席の、さらに後ろからドヤ顔が見える。
「そう。トントン拍子でここまで来てしまったのは、皆が神様だったからなのだー」
「ふむ、もしや俺が都合よく休みを貰えたのは……」
「つぐ神様のおかげー。ちなみに、蘭神様の家の行事が重ならなかったのは、カズ神様のおかげー」
なんということだ。まさか八百万信仰は本当だったのか。いや、意味合いが全く違うのはわかっているが。
………ちなみに、蘭については俺が先んじて蘭の父に連絡しただけだ。スピリチュアルな力なぞ使っていない。
「お、お兄ちゃん!一応言っておくけど、ひまりちゃんの冗談だからね!モカちゃんもデタラメ言っちゃダメだよ!」
「おおー。さすが我らが主神、つぐ神様ー」
「トモ神も信仰しているからな。つぐ神様」
「やはり信仰の数が段違いだな、つぐ神様」
「な、なんて反応すればわからないって三人とも!」
「何この会話」
この蘭神様の一声により、車内で神話大戦に発展しないことを確認した。
一方、唯一の人間の方に視線を移す。
「キャンプ〜♪キャンプ〜♪」
完全に浮かれていて話が耳に入っていなかったようだ。そこまで楽しみにしてもらえているのは俺も引率冥利につきると言うものだ。ここはそっとしておくとしよう。
「カズー。あとどれくらいで到着しそうだー?」
「幸い、渋滞も少ない。途中、休憩を含めれば一時間程度で着くだろう」
「………はっ!なら大貧民しよう!それとも定番のババ抜き?あっ、インディアンポーカーとかにする?」
「むむー、人間ふぜーがー。身の程を知れー」
「え、ええええええ!?いきなりなに!?みんな何の話してたの!?」
モカ神様の傲慢な振る舞いは置いておくとして、到着まではまだ時間は山程ある。
旅行は移動時間を楽しめてこそだ。
ここはひまりの申し出通り、ゲームなどをするのもいいものだ。
「あたし寝ようかな……」
「むう、蘭がつれなーい」
「今寝たらバックミラーでカズくんに寝顔が丸見えになるよ〜」
「やっぱやる」
モカの一言に、カッと目を見開く蘭。
大方、俺の前で無様な姿を見せたくないだけだろう。
まあ、蘭の顔はつぐみが座っているシートの影になっているので見ようと思っても見えないわけだが。
「はい、つぐみ。トランプとモカからのお菓子」
「ありがとう、蘭ちゃん、モカちゃん。はい、お兄ちゃんも。あーん」
「ん、助かる」
視線は動かさず、つぐみから差し出された棒状の菓子をくわえた。
ただそれだけの動作のはずが、なぜか背後から二人分の視線が突き刺さる。
「な、なんて自然な流れ……つぐ、恐ろしい子!」
「えっ、な、なにが?」
「よし、決めたー!この大貧民で勝った人が次の休憩で助手席を交代する権利が貰えるってことで、みんなどう!?」
バックミラーには身を乗り出しているひまりの姿が映る。今のつぐみの一連の動作を見て、闘志に火がついたようだ。
………まあ、既に菓子類は全てモカの腹の中に収まっていることにも気づいていないようだが。
「それって、やる気出るのつぐとひーちゃんと蘭だけじゃない〜?」
「………な、なんであたしが入ってんの?」
「なら、ついでに最下位の人はトップの人に次のサービスエリアで何か奢るのも追加でどうだ?」
「つまり、トップの人は“座席を自由にできる権利”と“最下位の人から奢られる権利”が与えられるわけだね!」
いかにも学生らしい賭け事だ。普段もそうだが、この五人の等身大の姿はいつ見ても安心する。
俺にはあまり縁がなかったが、こうして席替えに必死になる姿は──────む、待てよ。
「………運転席もか?」
「それはないから!」
ああ、良かった。
さすがに無免許運転での高速道路の疾走は前衛的すぎたようだ。
道中での出来事はここまで。
最後に結果だけを述べると、俺の隣は誰とも入れ替わることはなかった。
◆◆◆
車から降りて山道を数分。
春らしく咲き誇る花々とモダンな造りをした数々の別荘が並ぶ美しい里山を歩いて進む。有数のリゾート地なためか、俺達以外にもそれなりに多くの人間を見かけた。道中の高速道路では渋滞に巻き込まれなかったため忘れかけていたが、こうした賑わいの中にいると、今が行楽シーズンなのだと改めて確認できる。
「ここだな」
そんな賑わうキャンプ地を、更に奥に行った先に俺達の目的地があった。
「でかっ!?」
それを見た巴の記念すべき第一声がこれである。
無理もない。俺も同じ感想を抱いてしまったのだから。
もっと簡素なログハウスを想定していたのだが、開放感のある壁一面のガラス窓と、窓ガラス越しに見えるモダンな内装は明らかにその範疇を超えている。俺の貧弱な語彙力では表現しきれない。だが、少なくとも一般的な学生が泊まるような規模ではないことは誰もが理解できるに違いない。
「みんな来て!デッキからの見晴らしがすごいよ!」
「おおっマジだ!学校の屋上みたいだな!」
「巴、リゾートでその例えどうなの?」
各々が思い思いに散らばる。
それなりの長旅であったが、元気が有り余っているようで何よりだ。
とりあえず俺は荷解きをしようと背負っていた荷物をラウンジの隅にまとめておく。
「随分贅沢だけど、本当にお金とかいいの?」
「曰く、福利厚生で自己負担ゼロで借りることができるらしい。気前だけはいい企業なのだろう」
「気前だけって……褒めるなら『社員に還元してくれるいい企業』なんて表現使ったら?」
「言葉通りの意味だが?何も間違っていないだろう」
同じく荷物を置きに来た蘭とつぐみの気持ちも理解できる。いくら六人とはいえ、さすがにこの規模のコテージを無料で使うのはいささか忍びない。
これを福利厚生で利用できるとは……ほぼ毎日のように店に顔を出すあの常連も、つぐみの言う通りの有数な企業に属する人間のなのかもしれない。
「おーい!誰か散策行かないかー!」
「はいはいはーい!今行くー!モカも早くー!」
「ほ〜い。しょーがないなー、ひーちゃんは〜」
他の三人は早速外に繰り出すそうだ。
基本的にアグレッシブな性格であることが五人の良いところだ。このような、普段では味わえない体験をするチャンスを逃すはずもない。
「行ってくるといい。ここにいてもお前たちにできることはない」
さて、では俺は夜の準備をしよう。
やることとしては機材と食事の準備だ。前者は後で裏手の倉庫に取りに行くとして、後者は前日から冷蔵庫に保管してもらっている。では、まずは食材の下拵えから取り掛かることにする。
「よし、やるか」
「うん、やっちゃおうか。蘭ちゃん、包丁ってどこにあるかわかる?」
「下の戸棚にあったよ。どれ使えばいい?」
ふむ、それは魚用の出刃包丁──────待て。
「………なぜ残っている?」
「えっ?」
「何が?」
俺の質問に、つぐみと蘭は揃って首を傾げる。
首を傾げたいのは俺の方だ。ひまりたちと外に出ていったと思いきや、いつの間にか俺を挟む形でキッチンに立っていたのだから。
………ああ、俺に気を遣って手伝おうとしているのか。申し出はありがたいが、人手がいる作業をするわけでもない。
「手伝いはいらんぞ。お前たちは肉と野菜を切るためにわざわざここに来たわけではないだろうに」
「もう、またそんなこと言って。私達が行っちゃったらお兄ちゃんがひとりになっちゃうでしょ。そういうの良くないって前から言ってるよね?」
「む」
つぐみの諌言に口を閉ざすしかない。
……それはあれか。以前言っていた、何もしないことが別に云々というやつか。
まあ、それは置いておこう。
「お前たちこそ、長旅で疲れているだろう。巴たちについていかないにせよ、ここは休息を取るべきだ」
「和那こそ、ずっと運転して疲れているでしょ。お互い様だし、二人でやればすぐ終わるじゃん」
「しかし」
「いいから。つぐみ、やっちゃおう」
「うん!」
結局押し切られてしまい、三人でやることになった。
こうなってしまっては仕方ない。手際よく終わらせて早く二人を送り出そう。
所詮は食材を一口大に切っていくだけだ。
ほんのりと冷えた食材に手を添えて、次々と包丁を入れながら、傍目で二人の様子を伺う。
つぐみは包丁の入れ方に迷いはあれど、段々とスピードを上げている。大きさにバラつきもなく、動きに慣れが垣間見える。
一方、蘭も俺の切り方を参考にしているようだ。見様見真似にしては迷いのない動きをしているが…………。
「不格好だな」
「い、今のは『それこそがバーベキューの醍醐味だから気にしないで』って意味だからね!私もそう思うよ!」
「……つぐみ。それ、あたしのフォローになってない」
「えっ、あっ!?ご、ごめんね、蘭ちゃん!」
蘭には悪いが、つぐみのフォローは俺の方に傾いただけだ。悪気はないことは蘭も理解しているに違いないので、俺からは何も言わないことにした。
さて、用意するものは粗方用意した。
後は、使ったものを片付けるだけで食材の準備は終わりだ。
「………やっぱり料理できたほうがいいのかな」
流し台で洗い物をしている中、蘭は手を緩めずにこんな悩みを吐露した。
どうやら、俺の一言に思うところがあったようだ。
「できておいて損はないと言っておこう。使う場面があるかは別としてだが」
「私もそこまで気にする必要ないと思うよ?実際、レシピ通りに回数を重ねれば誰でもできるし」
その点では楽器と共通することかもしれない。
基本をおさえ、細かいテクニックはあれど楽譜通りに練習を重ねればできることだ。
誰もが素人の状態から始まるのは当然だ。蘭もすぐにできるようになるに違いない。
他人事のように、そう思っていた矢先であった。
「その……和那としては、できる人の方がいいの?」
──────唐突に、そんな不自然な問いかけが飛び込んできた。
「………ふむ、それを聞くことに意味はあるのか?」
「ただの世間話じゃん。本気にならないでよ」
「なるほど。その真剣そうな表情で言われても説得力に欠けるな」
「真剣じゃないし。いや、真剣じゃないし」
手を止めて俺の顔を真っ直ぐ見つめている自身に気づいていなかったのか、蘭はすぐに流し台へと視線を戻した。
平静を保っている、と思っているようだ。実際は、同じ言葉を二回繰り返している上に、ほんのりと赤みがかった耳は隠れていないわけだが。
ここまで動揺されては、こちらも反応に困るというものだが………俺個人の回答としては、これに尽きるだろう。
「特段、拘りはない。作りたいならば作ればいいし、作らないのであれば俺が作る」
「え、それだけ?」
「それだけだ」
それ以上の考え方をするには、俺にはいささか荷が重い。
「俺には、特定の誰かを“こうあってほしい”なんて考えを抱く真似はできん。ありたい姿を決めるのは、その者自身だけだ。俺が決める事でも、ましてや期待などする事でもない」
象に針の穴に糸を通すことを期待するのか。
魚に陸地で肺呼吸をすることを期待するのか。
極端な例だが、同じことだ。
物事において、誰しも向き不向きはある。わざわざ不向きなことを強要する真似なぞ、誰ができようか。
仮に俺の立場が友であっても、親であっても───それこそ、神であったとしても、それを侵すことはできない。俺はそう考えている。
言い終えると、隣の蘭が皿を強く握りしめている姿が見えた。
………今の発言に何か憤ることがあったのだろうか。
「お兄ちゃん。多分、蘭ちゃんが聞きたいことって、そんな難しい話じゃないと思うけど…………」
「そうなのか」
つぐみがそう言うのであれば、その通りなのだろう。
では、俺はなんて答えるべきだったのだろうか。
「逆に尋ねるが、蘭は家庭的な能力を求めるのか?」
「………え、は?待って?その流れで聞いてくるの?」
「むしろ聞かれないとでも思っていたのか?」
「やだ、言わない。
ただ、模範的な回答を知りたいだけなのだが………蘭はなぜ回答を渋るのだろうか。
しかも、
「俺は答えた。この上なく
「質問に対して正確な回答じゃなかったし、ノーカンでしょ、あんなの。ね、つぐみ?」
「へっ?わ、私?」
「む、つぐみが教えてくれるのか?」
「お、お兄ちゃん!わざとでしょ!もう!」
「いいんじゃない?やっぱり兄としては気になるんでしょ」
珍しく蘭がつぐみに強気に出ている中、少々ばかりの思考に没頭する。
………つまり、蘭とつぐみの異性の好みを、俺が気になっていると勘違いされているわけだ。
単純に“あの問いに対してはどんな答え方が正解だったのか”を知りたかっただけなのだが、また伝わりきれていなかったようだ。
「………まあいい。俺が聞いたところで意味のない話だったな」
「む」
「むっ」
「待て、二人とも。なぜそこで不服そうな顔をする」
「うっさい。とーへんぼく」
訂正したが、今度は蘭の機嫌を損ねてしまった。
これはつまり、根掘り葉掘り聞いてほしかったというのことなのだろうか。
………年頃の女子の心情はいささか複雑すぎる。巴に助けを請いたい気持ちになるが、無いものねだりをしても不毛なので、ぐっと呑み込むことにした。
「お兄ちゃん、これで全部?」
「ああ。食材はこれで全てだ。礼を言う。この恩は必ず返す」
「言ったね?じゃあ今返して」
──────のはずが、話が戻ってしまった。
蘭にしては随分と強引な軌道修正だ。
もう取り繕うつもりはないのか、真剣な表情のまま俺を見つめる。
ここで聞かないと気がすまない。
そのような強い意志を感じ取ってしまった。
「………さっきの質問に答えればいいんだな?」
「当たり前じゃん」
「わ、わたしも、妹として知っておきたいかなー…なんて」
さり気なくつぐみも耳を傾けているが………さて、どうしたものか。
『異性に家庭的な要素を求めるのか否か』だったか。
…………残念ながら、蘭たちが満足する回答なぞ持ち合わせていない。俺の考え方は変わることはない。
ならば、見方を変えてみるか。
「烏滸がましいことは承知の上だが………こうして誰かと台所に立つのは、楽しいものだな」
今日の台所作業を通して思った感想をそのまま述べただけだ。
店で働いているときも、叔父や叔母、つぐみとキッチンに立っているときは、一人で立つよりも心が満たされるような気がする。
もし、それが家族や友人ではない、別の誰かであっても──────いや、これ以上考えるのは不毛か。
ひまりには悪いが、カズ神様の名前は返上させてもらうことにしよう。こんな我欲まみれな人間が、神様なぞ務まるわけがない。
「満足か」
「うんっ!ね、蘭ちゃん?」
「………よし」
満面の笑みを浮かべるつぐみと、なぜか勝ち誇った表情をする蘭。
どちらも楽しそうで何よりだが………蘭の方は一体誰と戦っていたのか疑問が残る。
目を向けてみれば、勝ち誇った表情から一変して、真剣な表情へと変わっていた。まるで、ライブでマイクとギターを手に壇上に立ったときと同じように。
「…………………よし」
この出来事をきっかけに、蘭は新たな一歩を踏み出すことになる。
────────夜は、まだやって来ない。
・今日のカズ語
「手伝いはいらんぞ。お前たちは肉と野菜を切るためにわざわざここに来たわけではないだろうに」
(せっかく遠くまで来たんだから、細かいことや面倒なことは自分に任せて、思いっ切り羽根を伸ばしてきなさい、の意)
とりあえず蘭まわりで今後の話の伏線を用意していくスタイル。
良いとこの家の出で、年頃になってきたんだから、そろそろ花嫁修業とか……いかかでしょうか、なんて思ったり。蘭パパ出さなきゃ。
まあ、それは追々書くとして、キャンプ編は後半があるのじゃよ……アフグロメインの二本立て。書いていて楽しいです。後編もさっさと書ければいいナと思います。
感想お待ちしています!