金元さんの留学とかプール掃除のイラストとか六兆年のゴリラ専用譜面など色々ありましたが、私は元気です。
あと、三人称より一人称の方が書きやすいことをようやく自覚しました。そのせいで一万字に達してしまったわけですが。読みにくかったらすみません。
夕暮れ時とはいえ、随分と陽が明るい。
山間部は都心部より暗いと想像していたが、俺達がいるところにおいては例外のようだ。
繰り返し確認するが、俺達はキャンプに来ている。
つまり、この時間帯にやることとしたらひとつしかない。
「BーBーQー」
「イェーイ!ひゅーひゅー!」
モカの気の抜けた音頭にひまりが便乗する。
この二人が一番楽しみにしていた時間がやってきたわけだ。
俺の近くには、夕焼けのように燃えるコンロが二つ。網の下で、ほんのり赤い火が灯っている。奥底に沈む炭が燃えている証であった。
温度調節よし、食材よし、飲み物よし、油受け皿よし、代えの網と皿の用意も万端だ。
「いやあ……ここに来る前はデッキの上でやれるなんて想像できなかったよな」
「しかも炭火だよ炭火!カズさん、これも備え付けなんですか?」
「備蓄庫はあったが、炭が切れていてな。仕方ないから、
「そうかー。カズが作ったならあんし──────」
巴、ひまり、モカの視線がこちらに向く。特段、驚くことでもないだろうに。
「学生の頃、理科とかで習わなかったのか?簡易的なものであれば、木の枝から一時間程度で作れるぞ」
「その言い方だと、時間があればマジなものが作れるって意味になるよね〜」
「あたし、和那の作業に立ち会ってたけど、はじめはマジなもの作ろうとしてたよ。一斗缶とか探してたし」
「昔、ある男から教わった。炭は大事な資源だからな」
「炭を作れるカフェ店員って一体………」
炭は燃やすだけでなく、消臭にも使用できる。作り方を覚えておいて損はない。
ただ、蘭の言うとおり、備長炭は一日でできるものではない。残念ながら、ここでの作成は断念した。
「と、とにかく、蘭たちには準備任せっきりにしちゃって悪かったな。片付けはアタシたちがやるよ」
「気にしなくていいって。それより、巴たちは何してたの?随分帰りが遅かったけど」
それは俺も疑問だった。
おかげで暇を持て余してしまった俺達は、備長炭作成用の一斗缶を探すことになったわけだ。この時間まで何をしていたのだろう。
「………えっと、その、実はハロハピの人たちもここに来てて………」
「ひまり。もういいよ。色々と察しがつくから」
「え〜。全モカちゃんが度肝を抜かれた名場面があったのに〜」
「モカと和那はハロハピ寄りだからそう思うんじゃない?」
ハロハピ。
そんな聞きなれない単語を耳にした。
「つぐみ。ハロハピとはなんだ?」
「えーっと、私達と同じような五人組バンドで………その………ごめん。私もなんて言ったらいいかわかんないや」
「つぐみにそこまで言わせるのか。さぞ強敵なのだろう」
「あー、まあ、それは間違っていないな」
話を聞く限り詳細まではわからないが、つぐみたちと同業であることは察した。まあ、俺には直接関わりのないことか。
「さて、ひまり念願のバーベキューだ。お前たちは肉たちが焼き上がるまで、そこで楽しく談笑しながら指をくわえて待つがいい」
「いや、だからなんでそんなボスみたいな言い回しするんだよ」
「あこから教わったからな」
「……あいつはカズをどうしたいんだよ」
姉妹間での意思疎通の行き違いについては当人たちに任せるとして、俺は俺の役目を果たそう。
熱された網の上に次々と食材を乗せていく。
脂が落ちるたびに鉢の中の音が大きくなる。
火が燃え上がることはなく、静かに煙だけが立ち上る。バーベキューも料理だ。食材を“焼く”のであって“燃やす”わけではないのだ。
炭火での火加減調節は慣れていない。
だが、今日は二つのコンロがある。五人の箸を乾かせるようなことはないと思うがいい。
「はいはい!カズさん!私に何かください!」
「ではこの玉ねぎをやろう」
「やさいっ!?」
さて、巴にはタンを与えよう。
せっかくのバーベキューだ。薄切りでは味気ないので、部位としては中央部分の厚さのあるものを用意した。味付けはシンプルに塩のみ。素材本来の味を堪能してもらうとしよう。
ひまりにはネギだな。
蘭には肩ロースだ。
黒胡椒とオリーブオイルで下拵えしたものをホイル焼きにし、筋の部分は避けて薄く切り分ける。
ひまりにナスだな。
モカはリクエストに応えてスペアリブだ。
にんにくを利かせた特性のソースに漬け込んだものを豪快に齧り付いてもらうとしよう。
ひまりにアスパラだな。
「…………ヤバい。誰かご飯をくれ。いや、この際パンでもお好み焼きでも何でもいいから、とにかく炭水化物をくれ」
「と、巴ちゃん。焼きおにぎり用のおにぎりならあるけど………」
「つぐ、アタシはこの純白な姿を黒くするなんてできそうにない。ありのままの姿でいいんだ。だから、そいつを渡してくれ」
「なんか巴が急に悟った顔になってるんだけど」
「もー!さっきからなんでわたしの皿に野菜ばっか乗せるんですか!?」
「他意はないぞ」
タイミングの問題だ。
ひまりの皿が空いたときに、ちょうど野菜が食べごろになってしまうだけの話だ。野菜から愛されている証拠だ。俺としては少し羨ましい。
さて、つぐみにはサーロインだ。
先日、はぐみの店で手に入った上物だ。これも巴にあげたタンと同様に、素材本来の味を引き立たせるのがベストだ。シンプルな塩コショウのみで下味をつけ、一口大に切り分けて、皿に置いておく。
ひまりには──────
「お兄ちゃん」
「なん──────」
返事をする間もなく、口の中にナニカを放り込まれた。
………ふむ、この柔らかさはれっきとしたサーロインだな。
「もう!すぐそうやって自分が食べるの忘れるんだから」
むっ、とした表情のつぐみが俺を咎める。
確かに、焼くことに集中しすぎて食べる暇がなくなるのはキャンプではよくあることだ。
気を遣ってくれるのはありがたいが………
「…………あふい」
「あ!ご、ごめんね!はい水!」
つぐみから受け取ったコップの水を一気に飲み干す。猫舌、と言うほどでもないが、俺の口の中は熱さに強いわけではない。
つぐみには注意………いや、善意からの行動を咎める必要はない。俺の口が熱さに強くなればいい話か。
従兄として、精進することにしよう。まずは沸騰したおでんを口に入れても動じないようになることを目標か。
「カズさん!なにか食べたいものありませんか!私が何でも食べさせてあげますよっ!」
「むっ、ひーちゃんあぶな〜い」
つぐみの影響を受けたのか、コンロの前を陣取っていたモカを押しのけて、一歩前に踏み出したのはひまりだった。
………気遣いはありがたいが、その前に忠告するべきだろう。
「そうか。だが、モカから押し付けられた椎茸を俺に渡そうとしても無駄だと言っておこう」
「…………え」
ひまりは自分の皿に視線を落す。
そこには、香ばしい香りを放つ椎茸が鎮座していた。それは、
そして、俺は確かに見た。
押しのけられた際にすれ違った瞬間、自分の皿にあった椎茸をひまりへと渡したモカの一連の無駄のない動作を。
「………こーーらーー!モーーカーーー!」
「わー、ひーちゃんママが怒ったー」
モカが俺の背中に隠れる。
ひまりの形相は、まさに唸る獅子のそれだ。ならば、供物を捧げて落ち着いてもらうとしよう。
む、ちょうど網の上に食べごろのものがあるな。これは会心の出来だ。これならばひまりも満足するに違いない。
「では、このじゃがいもを捧げよう。これで怒りを鎮めるといい」
「…………うえーーーん!つぐーー!!カズさんがいじめるーーーー!」
「ひ、ひまりちゃん!お兄ちゃんも悪意はないからね!」
ひまりがつぐみに泣きついてしまった。
何ということだ。じゃがいもでは、ひまりの機嫌取りをするには力不足だったのか。
………勿論、違うことはわかっているが、俺は一体何を間違えたのだろう。言葉が足りなかったわけでもなさそうだ。
「…………巴」
「はいよ。なんか、こんなの前もあった気がするな」
その通りだ。
たとえ場所が変わったとしても、人は変わるわけではない。どこにいても、俺は俺で、五人は五人だ。
………さて、“いつも通り”ひまりが機嫌を直してくれるように努力するとしよう。
「やっぱり鬼畜じゃん」
「らーんー?何が“やっぱり”なのー?」
「な、なんでもないし」
余談だが、俺が困っている間に、何やらモカが蘭に詰め寄っていた。俺はひまりの相手で手一杯だったので最後まで聞けなかったが。
◆◆◆
火や煙の近くにいれば、汗や煙の臭いが気になるもの。なら、バーベキューが終わった後にお風呂に入ろうとするのはおかしいことではないはず。
そんなわけで、後片付けを終えた私たちはそのままお風呂に入ることになった。
学生が使うには破格のコテージだけど、さすがにお風呂は交代で使わないといけない──────そんなことを考えていた。
「でかかったな……」
「キャンプ先で温泉に入れるなんて思わなかったよね……」
寝室に戻ってきた私達の会話がこれだ。
まさか、五人一緒で入っても問題ないくらいの
この寝室もそうだ。大部屋にベッドが五つ並んでいる。これではまるでホテルだ。
…………目の当たりにしたときはみんなテンションが上がっていたけど、改めて考えると、こんな設備まで無償で使えるとなると、さすがに裏を感じてしまう。
「さすがこころんのところのコテージですな〜」
「え、そうだったの?」
「マジみたいだな。さっき会った時にそんなこと言ってたし」
意外なことに、この………ここ一帯のコテージは全てこころちゃんの家が所有しているとのことらしい。昼間、私と蘭ちゃんがお兄ちゃんのお手伝いをしている間に、ハロハピの皆と会った、と言う話を思い出した。
つまり、ここの使用権を譲ってくれたあの黒ずくめの常連さんは、こころちゃんのところの人と言うこと。そう言えば、ハロハピの皆がよく話している“黒い服の人”と風貌が似ていたことを思い出した。
「納得、といえば納得だけど………」
「コレ、あたしの知っているキャンプじゃない気がするんだけど」
「あ、あははは………まあ、楽しいからいいんじゃないか?いい気分転換になったし」
確かに、ここまで来たら楽しんだもの勝ちだと思う。むしろ、ここまでいたれりつくせりにされては、楽しまない方が失礼だとも思ってしまう。
黒服さんたちには今度コーヒーをサービスすることを決めたところで、いち早くベッドに飛び込んだ巴ちゃんから話が切り出された。
「よし。明日はどうする?瀬田先輩が言ってたけど、ここらにも新しいスタジオがあるみたいだぞ。楽器も完備しているみたいだし、そこで練習するのもいいかもな」
「合宿かぁ………悪くないけど、つぐたちってまだここら辺の散策できていないでしょ?わざわざ遠くにきて、練習だけってのはどうなんだろ?」
「あたしは別に構わないけど……それならギター持ってくれば良かったかな。なら──────」
皆が話を進めている中、私は部屋から顔を出して周りを伺う。お風呂からここまで向かう時も同じように探しているけど、見つからない。
「つぐ〜。どうしたの〜?」
モカちゃんがベッドに項垂れながら不審な動きをしている私に聞いてくる。明日の予定について話していた三人もこっちに視線が集中する。
せっかくなので、みんなにも協力してもらうことにした。
「ねえ、みんな、お兄ちゃん見なかった?」
「え、カズさん?」
そう、私が探しているのは
ここが私達の家より広いせいか、現在地がわからないとどこか不安になってしまう。お風呂に出てきてから気配すらしないのはどういうことなのだろう。
「あれ?アタシたちと入れ違いで風呂に入っているんじゃないのか?」
「ううん、私達がお風呂に入る前にシャワー浴びてたよ」
「ならトイレとか?」
「私もそう思ったんだけど、どこも鍵はかかってなったんだ」
「…………冷蔵庫とか〜?」
「も、モカちゃん!いくらお兄ちゃんでも、さすがに冷蔵庫には入り切らないよ!」
「待って、つぐみ。そのフォローはおかしいと思う」
蘭ちゃんから指摘があったけど、今はそれどころではない。とりあえず、お兄ちゃんが行きそうな場所はここに来るまでに確認してきた。他にあるとしたら──────
「そこまで探していないんじゃ、もう自分の部屋に戻っているんじゃないのか?」
そう、私もそう思っていた。
「それがね……巴ちゃん。実はここ、寝室ってこの一部屋しかないんだ」
──────一瞬、場に緊張が走った。
「………こんなに広いのに?」
「私も冗談だと思ったんだけど……」
事実として寝室は私達のいるこの一室しか存在しない。これだけ充実した設備があるコテージは、その実、五人で使用されることしか想定していなかったとは思わなかった。
「ラウンジにもいないね〜」
「デッキにもいなかったよ」
全員総出で捜索をする。
大きい施設とはいえ、隠れる場所は限られている。つまり、ここまで来ると─────────
「まさか、カズさん。私達に気を遣って、自分だけ車の中で寝ようとしているんじゃ!」
「…………それ、和那だったらあり得るね」
「あのバカ……!」
誰もそんな気遣いは求めていないと言うのに、確かにお兄ちゃんなら自発的にそんな行動を取ってもおかしくはない。
私達はコテージを飛び出した。
皆で手分けしてお兄ちゃんを探しに行こう。
そう口にしようとした矢先。
「お前たち、何を急いでいる」
「え」
──────件の探し人が、既に玄関前にいた。
「え、ちょ、ええええええ!」
偶々、先頭にいたひまりちゃんが、勢い余って転びそうになる。その肩を受け止めたのはお兄ちゃんだった。
「慌ただしいぞ、ひまり。頭を打ったらどうする」
「す、すみません……えへへっ………」
お兄ちゃんは呆れながら上体を優しく起こしてあげる。
ぐるぐると目を回しているひまりちゃんの頬が緩んでいたことは気になるけど、それよりも優先して聞かないといけないことがあった。
「で、和那はこんな夜中に何してんの?」
蘭ちゃんが、皆の疑問を代弁してくれた。
暗くてよく見えないけど、お兄ちゃんの手には汚れた軍手をつけている。大方、さっきまで倉庫の整理をしていたんだなとは思った。玄関前にいるのは、ちょうど作業を終えたころなんだろう。
せっかくシャワー浴びた後にそんなことをするのだろうと思っていたところ、お兄ちゃんは腕を掲げて淡々と告げた。
「空を眺めていた」
「空?なん──────」
空を見上げると、言葉を途切れてしまった。
その光景に、一瞬で引き込まれてしまったからだ。
「─────────きれい」
それは誰から出た言葉なのかわからない。
けれど、そんなことは気にしていられないほどに、私はこの満天の星に心を奪われてしまっていた。
「そうだ!デッキの方がもっと見やすいかも!」
「あそこの階段から直接いけるぞ。足元には気をつけるがいい」
「はーい!」
暗くて、足元は見えづらいけど、一段ずつしっかり踏みしめて木造の階段を駆けのぼっていく。
門扉を開けてさっきまでバーベキューをしたデッキにたどり着く。
「…………お〜」
「…………これは」
視界の一面に、数え切れないほどの星が瞬いていた。
降るような星、とはまさにこの夜空を指すのか。自分たちのライブで眺める観客席とは比べ物にならないほどに星々は強い輝きを放っている。
それだけではない。空から少しだけ視線を落とすと、暗闇にもかかわらず、山々の隙間から蝋燭の火のような灯りがぼんやりと見える。おそらくは街の明かりだろうが、とても人工的な光とは思えないほどに儚く、それでいて確かに輝いていた。
まだ夜になったばかりのはずが、既に夜明けの時間になってしまったような、そんな錯覚を覚えてしまうほどに、幻想的な光景を目の当たりにしていた。
「ははは!これすごいな!なんでこんなの気づかなかったんだ、アタシたち!」
「もう、巴ー!雰囲気が台無しー!」
「あ、悪い………って、そもそもそんなムードできてなかっただろ!」
「あはは………でも、私も巴ちゃんの気持ちわかるよ」
ここまでの絶景を、なぜ私達は誰も気が付かなかったのか。その疑問に答えようと口を開いたのは、意外にもお兄ちゃんだった。
「空を見上げる習慣がなくなったからかもしれないな」
毎日が忙しいと、こうして立ち止まって空を見ることすらできなくなる。それが続くと、いつしか空に星が輝いていることすら忘れてしまうのだろう。
…………そう言いたいんだろうけど、また伝えたいことを途中で区切っていた。みんな『そうかもしれない』って納得している顔をしているけど、多分伝わっていない。
「あ、そういえば………」
いつも通りフォローしようかと迷ったとき、ふと思い出した。
私の特技…………と言うほどでもないけど、習慣的にやっていた一番星探し。皆との帰り道になんとなくやっていたそれを、最近はご無沙汰だったことを。意識的にやっているわけではないけど、こうしてやらなかった理由について考えてみると疑問が残る。
「日々の忙しさがそうさせてしまう。たまには意識的に立ち止まって、空を見上げてみるといい。大袈裟かもしれんが、自分を見つめ直すいい機会になるかもしれんぞ。その繰り返しこそが、些細なすれ違いを無くすことに繋がるはずだ」
「んー?よくわかんないけど、カズくんに言われたくないかな~」
「うん。多分、この中で一番説得力ないから」
「む」
日頃からすれ違いを起こしている張本人からの言葉でも、今の私には腑に落ちるものだった。
忙しかった──────確かにその言葉で片が付く。
けれど、こうして空を見上げなければ、そんなことすら気づかずに辞めてしまっていたのかもしれない。
自覚のないまま、自分の中の何かが変わってしまいそうになったことに、ほんの少しだけ不安になった。
「ひまりはこれをわかった上で、今回の旅行を持ち出したのだろう。さすがはリーダーだな」
「うえ゛っ!?ま、まあ、まとめ役としては、こういうことを率先してできないと務まらないですよねっ!無意識ですけど」
「確かになー……って、無意識かよ!」
「そういう気負わないところも、リーダーに必要な資質だな。あとは抱え込まないようになれば充分に立派と言えるのだがな」
「は、はい。頑張ります………」
…………ああ、また最後まで伝えていない。
今のは、『お前は充分やってくれているが、悩みなどは俺を含めた周りの人間に打ち明けてくれ。その時は全力で力になろう』って言葉が後に続くはずなのに。
「………いや、別にひまりが力不足とは誰も思っていない。そこだけは勘違いしないでほしい」
「へ?あ、ありがとうございます!」
……続いた。
…………続いてしまった。
褒められたと思って喜ぶひまりちゃんと、褒めたつもりと思っているお兄ちゃん。
皆は噛み合っているようで噛み合っていないような印象を受けているみたいだけど、二人の伝え方と受け取り方は合致していた。
そして、今のやり取りでお兄ちゃんも変わっていっていることを再確認した。
さっきの一番星の件と同じような──────いや、それ以上の不安が押し寄せていった。
「──────っ」
成長を喜ぶべきはずなのに、どうしてお兄ちゃんに置いて行かれた、なんて考えてしまうのだろう。
こんなの、お兄ちゃんにとっては理不尽極まりない感情なのに──────
「…………さて、名残惜しいかもしれんが、そろそろ中に戻ることを進言する。春とはいえ、夜は冷えるからな」
そんな堂々巡りの思考に陥る前に、ほのかな温もりを頭の上に感じる。
お兄ちゃんに頭を撫でられていることには一瞬で気がついた。
皆の前では恥ずかしいことこの上ないけど、皆はお構いなしにコテージの中に戻っていく。気づかれていないようでほっとした。
…………それにしても、こんな風に撫でられるのは何時ぶりだろう。
確か、中学の卒業式以来だったか。それとも、ガルジャムの一件で入院してしまった時以来だったか。そう考えると、最近はご無沙汰だった気がする。無理にとは言わないけど、妹としては、兄はもう少し妹へのスキンシップを増やすべきなのではないか。
ぼーっ、とそんなことを考えていた時だった。
「─────────あっ」
空に一瞬の輝きが目に入った。
全くの偶然──────でも、それを見た瞬間の私の行動は早かった。
普段、生徒会で慌ただしく動いているせいか、瞬発力が身についたようだ。
「…………む。どうした、つぐみ」
「えへへっ、なんでもない!」
頭の上に置いてあった手を取り、両手で握りながら皆が向かった方向に歩き出す。
────ああ、そうだった。
変わることを怖がっていたら何も始まらないことは、ガルジャムの時に充分に学んだじゃないか。
正直、あの気持ちの向き合い方は、まだわからない。またいつか、ふとした時に感じてしまうかもしれない。
けれど、心配はない。今は受け入れる勇気を分けてもらえている。
──────この手に感じる、日の光のような変わらない温もりがあるかぎり、私はもっともっと頑張ることができるのだから。
ふと、突然ひまりちゃんがこちらを振り向いた。
「あれ?そう言えば、カズさんは外で何をしてたんですか?」
「今日の寝床を探していた」
「……………あっ!」
寝床──────それを聞いて、当初の目的を思い出した。
倉庫の整理ではなく、寝床を探していた。つまり、お兄ちゃんも寝室が一部屋しかないことに気づいていたと言うことだ。
「………おい、カズ。まさか、車の中で寝るなんて言わないよな?」
「何を言っている。そんなわけがないだろう」
「だ、だよなー!焦って損したな、全く!」
巴ちゃんの安堵に、皆もつられて安心する。
お兄ちゃんも、全くだ、と言いながら安心した様子で言葉を続けた。
「それにしても、すぐにダンボールが見つかって良かった。ここまで大きいものに巡り会えるとは、やはり俺は幸運だな。これさえあれば、ここで寝ても風邪を引かずに済みそうだ」
──────瞬間、場が凍りついた。
…………何かの聞き間違いかな、と再確認を兼ねて質問する。
「お、お兄ちゃん。今、どこで寝るって?」
「む、ここだが?」
本当に聞き間違いであって欲しかった。
……ああ、確かに車では寝ないことに偽りはない。だけど、実際は
私を含め、皆はお兄ちゃんの斜め上すぎる発想を加味するべきだった。
誰も何も言わず、皆が散り散りになってお兄ちゃんを囲む。
以心伝心とはこのことなのか、言葉にしなくても、皆の意志は統一されていた。
「……………みんな、全力で行くよ」
「蘭ちゃん!もう片手は塞いでいるからね!」
「何を言ってい──────む、つぐみ。痛くないが、強く握りすぎではないか?」
私の握力の無さは関係ないとして、これで逃げ場はない。
まさに、年貢の納め時──────そんな時、ふと、お兄ちゃんの口角が少しだけ釣り上がった。
どうやら、私達がこんなことをしている理由について合点がいったらしい。
なら、ここからは単純なことだ。
ここで『すまん。聞かなかったことにしてくれ』と言えば丸く収まるだけの話──────
「ああ、安心しろ。自慢ではないが、俺は野宿が得意だ」
「
──────ああ、お星様。
不躾ですが、お願いがあります。
我が兄の天然思考を、少しでも改善させてください。
◆◆◆
一日目は夜通し慌ただしかったが、二日目は緩やかな時間を過ごした。
どうやらスタジオで練習する案もあったらしいが、新曲のインスピレーションを得る、と言う建前で遊び倒した。
旅の終わりは、いつも一抹の寂しさが残るものだ。
「呑気なものだな」
茜色の空の下、車の中は至って静かだった。
遊び疲れた五人はすっかりと寝息を立てていた。
五人中四人が寝不足の状態だったのだから、帰り道はこうなってしまうことは想定していた。
理由は、一日目の夜の寝室に俺がいたためだ。
天体観測の後、五人がかりで抑え込まれてしまった俺は寝室へと引きずり込まれてしまった。俺もソファや床、そして徹夜と交渉をしたが受け入れてもらえず、つぐみと同じベッドで寝ることになった。
結果、落ち着いて寝られなくなった四人は寝不足になったわけだ。
…………全く、自分たちが寝られなくなれば本末転倒だろうに。一名、寝不足になっていない者もいるが、それは置いておこう。
「ハロハピ、か」
偶々、車のラジオから聞こえる音楽に耳を傾ける。メジャーデビューしていないガールズバンドを取り上げたその番組で、件のバンドの曲が流れていた。確か、“えがおのオーケストラっ”だったか。
Afterglowとは別の方向性だが、芯のようなものを感じる音楽──────そんな所感を抱いた。
彼女たちはどのような信念で音楽に青春を捧げているのだろうか。
「なるほど、確かに俺と近いのかもしれんな」
「………ふぇ?おにいちゃん?なーに?」
「気にするな。起こして悪かった」
「そんなこと……な………すぅ」
つぐみが微睡みにいる中、俺達の車はトンネルに入る。
ラジオのノイズで寝ている者を起こしてしまわないためにも、ハンドルを片手にボリュームをゼロにして、改めて運転に集中することにした。
なんか拙作のつぐが独占欲強い感じになっている件について。身近な人が成長しているのを見ると「なんか遠くに行っちゃったなー」って感じるアレですので、決してヤンデレとかじゃないです。本当です。
一先ず、これでこの小説自体の“起”が終わった感じです。次回以降から何かが劇的に変わるわけではないですが、アフグロ二章までには“承”を終わらせたいですね。
感想お待ちしています!