空に太陽があるかぎり   作:練り物

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 ガルパピコで羽沢珈琲店の資料が増えて何よりです。美味しい美味しい。
 
 例のつぐと黄金疾走(ゴールデン・ドライヴ)させたい欲求になりながらも、いつも通りな内容で投稿することにしました。ペルソナコラボの大爆死が薬になったと思われます。

 では、後編です。どうぞよしなに。



14話 きっかけの“きっかけ”(後編)

「さて、蘭。例の物を頼む」

「突然来て何言ってんの?」

 

 

 ある日の昼下がり、玄関先で出迎えてくれた蘭から発せられた一声がこれだった。

 見慣れた呆れ顔から放たれる率直な言葉。察するに、蘭には俺の事情は行き届いていないようだ。

 

 

「入用でな。急遽、花が何本か必要になった。ここに来る前に既に連絡したはずだが………」

「えっ、あたし何も聞いてないんだけど」

「当然だろう。連絡したのはお前の父だからな」

 

 

 昼前に起きたあの一件。

 親切な女性が台無しになった花束を拾ってくれた際に、俺は蘭の父にメールを送った。

 代わりを用意しようにも、木曜日の祝日。花屋が一般的に休業になることが多い今日、頼れる人間として思い浮かべたのが、華道の家元である蘭だった。

 どうしても本日必要だったので、日を改めて用意するわけにもいかず。業腹だが、こうして蘭の家に立ち寄っているわけだ。

 

 で、目の前にいる蘭はと言うと、なぜか眉を釣り上げている。

 

 

「………………………なんかムカつく」

「譲る譲らないの判断をするのはお前の父になる。お前が家にいる保証もなかった。ならば、直接彼に連絡した方が話が早いと思っただけだ」

「まあ、そうかもしんないけど…………」

 

 

 随分と煮え切らない返事だ。

 俺の行動自体が間違っているわけでもないことは蘭も認めている。では、その過程において、他にするべき行為があったというわけか。

 

 ………反省するにしても分析は必要だな。

 

 

「……………どうやら俺の配慮が足りなかったようだ。どうせなら、お前と彼が話すきっかけを設けることを考えるべきだったか」

「いや、普通に“余計なお世話”だから。勝手に納得しないでよ」

「そうなのか。では、俺が真っ先に父の方を頼ったことに立腹しているのか。承知した。頼る順番のどこに喜びを感じる要素があるのか理解し難いが、これからは第一にお前に頼るとしよう」

「…………ほ、ほら。花が必要なんでしょ。倉庫まで案内するからさっさと付いてきて」

 

 

 家に上がることを急かすが、蘭は一切俺と目を合わそうとしない。

 つまり、図星か。可能なかぎり善処すると心に決めながら、蘭の家の廊下を並んで歩いていく。

 

 

「花、って言っても、練習用で使うような余り物しかないけどいいの?」

「ああ、充分すぎるくらいだ」

「そう。で、また店の装飾でも変えるの?」

「いや、俺が個人的に、人へと渡すものだ」

 

 

 装飾のためならば、先程道路に落とした花束をドライフラワーにして再利用することはできる。

 しかし、元々は他人へ渡すもの、かつ仕事(しごと)としてではなく私事(わたくしごと)として必要なものだ。

 

 

「ふ、ふーん」

 

 

 と、そんな返事をしながらチラチラとこちらを見上げてくる蘭。興味がないフリをしているつもりのようだが………間違いない、確実に何かを気にしている。

 

 

「…………ちなみに、誰に渡そうとしてんの?」

「それは言わなければならないことなのか?」

「当たり前じゃん。もしかして言えないようなやましいことでもあるわけ?」

「どうだろうな。親に花をあげることがやましいことに該当するなら、そうなってしまうが………」

「……………はぁ、そう言うの早く言ってってば」

「すまない」

 

 

 そう答えると、今度は隣で溜息が聞こえた。その溜息は呆れよりも安堵の気持ちが多分に含まれていた。

 …………全く、俺に色恋のことを危惧する必要なぞないだろうに。とにかく、今日の蘭は一段と忙しそうだ。

 

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

 

 そんな談笑をしていたら、目の前に俺の身長ほどの木の襖が現れた。

 少しばかり立て付けの悪いそれを引くと、ぼんやりと薄暗い部屋に辿りつく。

 

 部屋の中心を仕切るように立つ横長の机。その上には、数種類の色とりどりの花々がそっと寝かされていた。ざっと見ただけでも、茎が太い物や葉が萎びたものがちらほらとある。蘭の言っていた通り、練習用として使用するために用意されたものと断定できる。

 

 長さは後で調節すればいい。あらかじめ用意していた花束と、出来るだけ色合いが同じになるように見繕い、まとめて新聞紙で覆う。

 

 

「こんなものか。改めて礼を言おう。彼にも伝えてもらえると助かる」

「彼………って、ああ、父さんね。何かあたしから言うの嫌だから、直接言って」

「…………まあ、いいだろう」

 

 

 まだ隔たりがあることを実感しながらも、再び玄関へと踵を返す。

 トラブルに見舞われたものの、こうして代替となるものをすぐに手に入れることができた。ひょっとして、俺は今年の福男だったのかと錯覚してしまいそうなほどに運が良い。

 

 

「あの、さ。和那って、このまま店に戻るの?」

 

 

 …………ところが、背後を歩く蘭の足取りが重い。

 たとえ道が狭かろうと、俺の歩幅が大きかろうと、意地でも隣にいようとするのがいつもの蘭のはず。振り向くとほんの少しだけ目を伏せながら、手持ち無沙汰かのように、右手は左腕の肘を握っている。

 このまま別れるのが名残惜しい──────昔からそんな心情の時に見せる癖だ。

 

 

「いや、これを渡してから戻る予定だ」

「………そっか、じゃあやっぱ帰るんだ」

「? まだ家には帰らんぞ?」

 

 

 互い首を傾げる。

 …………これは会話が噛み合っていないか。

 

 

「………なるほど。俺が叔父や叔母にあげるものだと思っていたのか」

「え?さっきそう言ってたじゃん」

「いや、そういう意味で言ったわけではないのだが………」

 

 

 この花束は叔父叔母夫婦に渡すわけではない。それは断言したが………さて、どう説明したものか。

 先程のように蘭に誤解されるわけにはいかない。俺の目標である『カズっていいのは一日一度まで』を違えることになるし、蘭自身もハッキリとするまで帰してくれないだろう。

 

 

 ─────────仕方ない。

 

 

「蘭、すぐに出発できるか?」

 

 

 蘭には、もう少し付き合ってもらうことにしよう。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ガコン、と、揺れた衝撃が微睡みから連れ出した。

 

 落ちかけていた瞼を開ける。

 視界から見える風景から、あたしはバスの中に乗っていたことを思い出す。

 あの後、あたしは和那に連れられるままバスに乗り、そのまま……………。

 

 

「起きたか」

 

 

 隣──────窓際の席に視線を移すと、隣に座っている和那がこちらに視線を向けた。車窓から差し込む夕陽に照らされて、やたらと白い肌がその光に溶け込んでいた。しかし、不思議と“様になっている”とも思ってしまうくらいに。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 

 

「……………………見た?」

「ああ、眩しいな」

「なっ──────」

 

 

 この男、いきなりそんな歯の浮くセリフを口に──────いや、あたしもいい加減学習した。和那は本当に夕陽を見ていただけで、あたしの寝顔は見ていないし、仮に見ていたとしても『寝てるな』くらいの感想しか抱いていないはず。

 

 …………それはそれで、なんかムカつくけど。まあ、そんなこと言ったところで、和那には目をパチクリさせながら自意識過剰だなと切り捨てられるだけだろう。

 

 

「随分バスの中、人少ないけど………」

 

 

 後部座席に座っているからか、ふと、そんな違和感を抱いた。方向からして街の外れだけど、それでも住宅地区の方面だったはず。この時間帯なら、夕飯前に帰宅する者がもう少し多くてもおかしくないはず。

 けれど、あたしの視界には四、五人しか同乗者がいないように見える。

 

 

「仕方ない。シーズンより大分前だからな。八月頃になればそれなりに混み合うのだがな」

「シーズン?」

 

 

 耳を疑う。

 あたしたちはそんな季節性で左右されるところに向かっているのか。

 八月頃に混み合うところと言えば………海、プール、キャンプ場、遊園地があるけど、こんな夕暮れ時に出発するとは思えない。

 

 

「…………ねえ。あたし達、どこに向かってんの?まさか心霊スポットとか言わないでよ」

見方によっては(・・・・・・・)そうかもしれないな(・・・・・・・・・)

 

 

 ──────瞬間、座席から崩れ落ちそうになる。

 

 寸でのところで和那があたしの腕を掴んで支えてくれる。本来ならここで色々反応してしまうけど、今のあたしにはそんな余裕があるわけない。

 

 

「もうやだ。無理。帰る。次で降ろして」

「途中下車か。だが、次の停留所が目的地だ。残念だったな」

「ほんとふざけないでってば、この鬼畜!もう今降ろして、お願いだから!」

 

 

 せっかく二人で出かけられたのに、連れて来られたのが曰く付きのところとか本当にあり得ない。この男は妹と巴、モカにはダダ甘な癖して、あたしやひまりには天然サディストになるのは一体なぜなんだ。

 

 そんなやり取りをしていると、バスは足を止め、天井からスピーカー越しに次の停留場が告げられる。つまり、これが意味することは………。

 

 

「着いたぞ。夜ではないから、お前も問題ないだろう」

「よ、夜が問題あるみたいな言い方やめ──────」

 

 

 ズルズルと引きずられる形で降ろされる。

 目を瞑ろうかとも思ったが、できなかったし、する必要もなかった。

 

 視界には入ったのは、眠るように静かな───────────石の森だったからだ。

 

 

「……………霊園?」

「見ればわかるだろう。着いてきてくれ」

 

 

 都会の喧騒とは正反対の、風が木々を揺らす音が静かに響きわたる。

 掃除されたもの、そうでないもの、散りばめられた墓石の前を通り過ぎながら、和那の隣を歩いていく。

 

 数分も経たない内に、あたしたちは足を止めた。

 目の前に立ったのは、一つの墓石。他の墓石と比較して苔が少なく、手入れが行き届いてることがわかるそれを目の当たりにし、あたしは静かに口を開いた。

 

 

 

「これ────────」

「ああ、俺の母(・・・)だ」

 

 

 

 ─────────ああ、やっぱりか。

 

 バス停からここまで歩く中で薄々感づいていたけど、本人から告げられると現実味を帯びてくる。

 和那の母さん──────つまり、和那の生みの母で、つぐみの叔母にあたる人物、が眠る場所だ。

 

 

「二ヶ月に一回程度、ここに通っている。昨日、花は用意していたんだが、俺の不注意で台無しにしてしまってな」

「だから、あたしの家に来たんだ……」

 

 

 親にあげる、というのは墓参りのことを指していたのだった。

 相変わらず言葉が足りてないとか、それなら初めなら“墓参りのため”って言えばいいとか、いつもならそんな言葉が出てくるはずなのに………この時のあたしには言葉にする気が起きなかった。

 

 そうこう考えている間にも、和那は手際よく掃除と花の用意を終わらせていた。左右対称に切りそろえられた菊、リンドウ、そしてユリが無骨な墓石を彩っている。

 

 

「いつも一人で来てるの?」

「ああ、叔父や叔母は行きたがらない。つぐみも存在だけ知っているが、一度も来たことがないな」

 

 

 行きたがらない(・・・・・・・)

 どこか含蓄のある表現に聞こえたけど、続いて和那は「だが」と口を開いた。

 

 

「俺にとっては大恩ある母だ。良かったら線香の一本でもあげてやってくれ。母は喜んでくれるかはわからんが、少なくとも俺は嬉しい」

「…………まあ、それくらいなら」

 

 

 受け取った火の灯った線香を線香皿に置き、手を重ね。しばらく経った後に目を開ける。線香の煙が夕焼け空に昇る様子が、不思議と哀愁をかきたたせた。

 

 …………それにしても、和那の母さん、か。

 

 

「…………何やら質問しづらそうにしているが、遠慮は無用だ。巻き込んでしまった礼としては不充分かもしれないが、可能なかぎり答えよう」

「じゃあ、遠慮なく…………和那の母さんって、どんな人だったの?」

「…………情けないことに、もう顔すら覚えていない。だが、赤子だった俺を四つになるまでは育ててくれたと聞く。それだけでも充分に立派な母だと、俺は思う」

 

 

 そう言葉にする和那の口元は、儚げな笑みを浮かべていた。

 ………顔を覚えていないことへの無念か、それとも別の感情があるのか。

 あたしは和那じゃないから、全てわからない。けれど、和那の言葉には一切の虚飾はないこと、それだけはわかる。

 同時に、なぜ和那があたしや父さんを気にかけるのか──────その理由が、ようやく腑に落ちた気がした。

 

 

「さて、そろそろ帰るか。付き合わせてしまって悪かった」

「そんなこと気にしないでいいって。今日は一日オフだったし」

 

 

 加えて、ここまで自分の過去を赤裸々に話すレアな和那を見ることもできた。偶々、タイミングが良かったのか、それとも和那自身も思うことがあったのかは定かではない。

 …………今日は、これ以上問いただす気にならないけど、これがいいきっかけになってくれればと思う。

 

 

 腕時計を取り出し、時間を確認する和那。

 そろそろ辺りも暗くなってくる時間帯かもしれない。日中ならともかく、夜中にここに行くなんて無理だ。

 ………でも、このまま家に帰るだけって言うのも違う気がする。せっかくのお互い終日オフなんだから、もう少し一緒にいても許されると思う。

 

 

「…………せっかくだ。この後どこか寄って──────」

 

 

 そんなことを考えながら片腕を組んでいると、和那は少しばかり嘆息した後に、そう言って──────途中で言葉を切った。

 胸ポケットに仕舞われたスマートフォンが振動をしたからだ。和那は「失礼する」と言いながら、スマートフォンを己の耳に当てる。

 

 

「どうした、イヴ」

 

 

 相手先はパスパレのイヴのようだ。和那に連絡が入るということは仕事関係の可能性が高い。

 ………いや、待て。別の可能性もあるかもしれない。この和那のことだから、「困ったときはいつでも連絡するがいい」なんてことを言っていてもおかしくはない。この唐変木(とーへんぼく)がモテる要素なんてないと思うけど、万が一個人的なお誘いだった場合──────

 

 

「─────────すぐ戻る」

 

 

 けれど、その考えは一瞬で違うと理解できた。

 和那の纏う空気が、一変して張り詰めたものになったことを感じ取れたからだ。

 

 

「………何かあったの?」

「すまない。説明している暇はなさそうだ。戻るぞ」

「あっ、ちょっと和那!」

 

 

 制止の声も聞かず、一目散に立ち去る和那。

 普段の静水のような足取りとは対照的な、不自然なほどに忙しない早歩きで来た道を戻っていく。

 

 

 ─────────嫌な予感がする。

 

 

 一抹の不安とともに、あたしもそんな和那の隣へと駆け出した。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 戻った頃にはすっかり夜になっていた。

 

 昼間は賑わいを見せていた商店街も、店じまいを終えるところがちらほらと見受けられる。これから家族との団欒の時間を経て、やがて寝静まるのだろう。

 

 あたしたちが戻ってきた羽沢珈琲店も、当然に店じまいの準備を始めていた。

 窓から店内の灯りはついているが、出入口の扉には“CLOSE”と書かれた掛け看板がゆらゆらと揺れている。

 

 勿論、和那は迷わず開く。

 店内ではイヴが後片付けをしている最中だった。

 

 

「すまない。遅くなった」

「か、カズナさん!ランさんも………って、ランさん!どうしたんですか!?」

「か、和那、歩くの速いってば……はぁ、はぁ」

 

 

 一方、あたしは扉を開けた瞬間に、近くの椅子に倒れ込む。

 …………なんて情けない。学校の授業で長距離走をやった後以上の倦怠感だ。身長差による歩幅の違いは、残酷なほどにあたしを苦しめていた。物理的、精神的にも。

 

 

「イヴ。悪いが、蘭を頼む」

「は、はいっ!」

 

 

 ……………うん。別にイヴに任せるのはいいんだけど、なんというか、こう、もっと何かないのか。

 一言足りなくてもいいから『良くやったな』とか、そんなのが欲しいなんて、思ったり思わなかったり、しないでもない。置いていかれてたまるものか、なんて思って勝手に意地になったのはあたしだけど………優先順位が下の方になっているのはどういう了見なんだろうか。

 

 モヤモヤしていると、店内の騒がしさを聞きつけたのか、バックヤードの扉からつぐみが出てきた。

 

 

「あ、お兄ちゃんおかえり。蘭ちゃんも一緒だったんだ………って、どうしたの蘭ちゃん!?汗びっしょりだよ!?」

「お水と手拭いです!使ってください!」

「あ、ありがと………ふぅ」

 

 

 氷の入った水を一気に呷る。

 熱された状態で一気に冷水をかけられた石や鉄はこんな気持ちなのだろうか。体中から蒸気が出るかのように汗が出てくる。

 ………この後、ニオイとか確認しておこう。

 

 

「…………すまない。全て俺の落ち度だ」

「も、もう、お兄ちゃん。今日の晩御飯はお母さんが作ってくれるから、ゆっくり帰ってきてもよかったのに……」

 

 

 一方、和那は妹に注意されていた。

 …………あたしたちにとってはよく見る光景だけど、おかしいことに“いつも通り”な感じがしない。

 言葉に元気がないというか、どこか疲れたような印象を受けた。

 和那ではなく、つぐみの方に。

 

 和那は初めからそれを感じ取っていたのか、口を噤んだままつぐみの真正面に近づいていき─────────

 

 

「─────────へ?」

「─────────は?」

「─────────あっ」

 

 

 ─────────そのまま、そっと抱きしめた。

 

 

 …………さすがにこれは状況がわからない。

 何をやっているんだ。この兄妹は。

 

 

「お、お兄ちゃん?いきなりどうしたの?」

「…………どんな言葉をかけたらいいのか、俺には咄嗟に出てこない。だから、こうするしかない。悪いが、これで甘んじてくれないだろうか」

「ほ、ほら。蘭ちゃんとイヴちゃんいるから。は、恥ずかしいから、やめ──────」

「──────無理はするな、つぐみ。俺はここにいる」

 

 

 それは、今日半日で聞いた言葉の中で最も強い声だった。

 大きいわけでもないし、口調がきついわけでもない。ただ、その言葉に込められた想いが強いと感じてしまった。

 

 その力強さは、つぐみが自身で作ったはずの防柵を容易く決壊させた。

 

 

 

 

「………………………ぐすっ………ううっ……」

 

 

 

 

 

 ああ、なるほど。

 和那が焦っていた理由、つぐみが“いつも通り”な印象が感じられなかった理由。それぞれの点同士が線で繋がった。

 和那が意図的にそこで抱きしめたからか、つぐみの顔は和那の背中に隠れている。けれど、きっと小学生のころみたいに泣いているだろうな、とは感じ取れた。

 

 

「…………ねえ、何があったの?」

 

 

 ただ、なぜこんなことになったのか、それだけがあたしには何もわからない。

 なので、当事者(イヴ)に聞くことにした。

 

 

「実は─────────」

 

 

 それからイヴが語りだした出来事は、語り部としてはイヴには似合わないような陰気なものだった。

 

 今日の夕方ごろ………あたしたちが墓参りの最中にそれは起きた出来事だった。

 とある大きな犬を連れたお婆さんをつぐみが応対した。

 そのお婆さんは、いきなりつぐみに『注文を聞きに来るのが遅い』とか『テーブルがちゃんと拭いていない』とか言ったそうだ。つまり、世の中には一定数いるそういう客だったわけだ。

 

 初めはひとつひとつ謝罪して接客をしていた。良くも悪くも優しいつぐみらしい。けれど、今日のおすすめだった和那作のチョコロールを出した時が分水嶺だった。

 

 

『こんな甘すぎるもの食べれたものじゃない』

『この店には犬用のメニューすら無いのか』

『あんな礼儀も弁えないウドみたいな木偶の坊がやってる店なんてこんなものだと思った』

 

 

 今度はお店や和那の批判を言い出したそうだ。つぐみは優しいが、優しいからこそ、身内やその周りを貶されるのは看過できなかった。『お言葉ですが──────』と始まった口論は実にアンタッチャブルな状況だったそうだ。

 

 すぐさまイヴが止めに入ろうとしたが、それより先につぐみの父さんが仲裁に入ったことで、他のお客さんも巻き込んだ騒動に発展することにはならなかった…………と言うのが事の経緯だった。

 

 

「……………何それ、胸糞悪い」

 

 

 つぐみの気持ちは痛いほどわかる。

 あたしだってみんなや母さん…………ついでに父さんも、赤の他人からコケにされて黙っていられる自信はない。

 それが和那だったら尚更だ。

 本人がいない場で、本人よりも弱い存在を痛めつけ、自分の方が上の存在だと主張する。そんな陰湿な行為には心底腹が立つ。

 

 

「お兄ちゃん、何もしてないのに………ここに来る人、みんなお兄ちゃんのケーキ美味しいって言うのに、どうしてあんな嫌がらせするの、って思ったら、私、私…………」

「いや、その者は昼前に俺が会った人物と同一だ。その際にどうやら恨みをもっても仕方ないほどに貶してしまったそうだ」

 

 

 …………本当にそうなんだろうか。

 和那ははっきりと言い過ぎたり、一言少ないために厳しい言い方になったりすることはあれど、他人を馬鹿にしたり辱めたりするようなことは絶対にしない。そいつに対しても善意で注意したに違いない。

 

 仮に故意に貶したとしても、だ。

 

 ─────────その仕返しを、つぐみに向けていい理由にはならないだろうに。

 

 

「全ては俺への私怨によるものだ。全ての責任は俺にある。だから、別にお前は俺のために泣く必要はない。むしろ、お前は俺に怒りをぶつける権利がある」

「………やだ。やだもん。お兄ちゃん、絶対悪いことしてないもん」

「そんなことはない。俺とて間違ったことは──────」

 

 

 間違ったことはするし、結果的に悪いと言われることもしてしまうかもしれない。

 きっと、そう言葉にするつもりだったんだろう。

 

 けれど、つぐみはそれ以上を求めなかった。

 和那の腰に当たる部分にそっと手を回して、その胸に顔を埋めながら願う。

 

 

「ごめん、ごめんね。お願いだから、今はこのままにさせて。お兄ちゃん…………」

「つぐみ………」

「ツグミさん………」

 

 

 消え入りそうな声で、すすり泣く声だけが店内に残る。

 あたしもイヴも………そして和那も、ただただ目を伏せることしかできなかった。

 

 …………ああ、和那の母さん。

 もし貴女がここにいたら、貴女だったらどうしますか。涙を流すつぐみに、口を閉ざす和那に何をしてあげられますか。

 

 

「………………俺は、無力だな」

 

 

 今は亡き人物を思い浮かべながら、そんな呟きが聞こえた。

 この時の和那の呟きが、これからずっとあたしの耳に残り続けることになるのであった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「……………さすがに叔父たちも寝たか」

 

 

 日付が変わる前、寝静まった家のリビングの灯りをつける。

 あの後、つぐみは叔母に連れられて寝たそうだ。泣き疲れてしまったようだが、あれで少しでも負担を肩代わりできればいいのだが、まだ心配なのが正直なところだ。

 

 時間も時間だったので、蘭とイヴの二人には賄いでも作ろうかと提案したが、蘭は食べる気にならないとのことで辞退し、イヴも少し前に叔母の作ったものを食べてしまったとのことだった。

 

 他に俺が二人にできることと言えば、叔父の車で家まで送ることくらいしかできなかった。

 夜分遅くまで残らせてしまった身として当然に発生する義務として、責任持って家まで運ぶことにした。

 

 ……車の中での会話を想起する。

 昼前に俺が起こした不手際の内容を含め、今後のについての話をした。

 

 

『………とりあえず一安心、なのでしょうか』

『つぐみに関しては問題ないだろう。あいつは強い。明日になれば“いつも通り”になる』

『でも、和那はどうすんの?その老害、多分またいちゃもんつけに来るよ?』

『ろ、ろうが………?』

『蘭、その蔑称はやめておけ……………まあ、気持ちはわかるがな』

 

『か、カズナさん?もしかして、怒ってますか?』

『俺とて人並みに憤りは覚える。俺の侮辱ならいくらでも構わないが、その矛先が家族やお前たちに向けられたのならば話は別だ。だが、今日一日俺が店にいれば防げた問題でもある』

『違うでしょ。和那だって大事な用事があったから──────』

 

 

 蘭は完全に頭に血が上っていたようだ。

 俺やイヴが冷静でいられるのは、蘭が俺達の分まで憤っているからに違いない。不謹慎かもしれないが、こうして自分や従妹のために怒ってもらえる人間がいるのはありがたいものだ。

 

 …………蘭はあの老人が一方的に悪いと決めつけているが、本質的にはそうではない。

 

 一日中、俺が店番をしていれば。

 あの昼前に俺があの道を通っていなければ。

 夕方、つぐみではなく、叔父や叔母がフロアに出ていれば。

 

 そんな“たら”“れば”の話はいくらでもできるし、考えても不毛なのは理解できる。だが、少しでもピースが噛み合わなければ起こらなかったのも事実である。

 

 結局は、タイミングが悪かった。

 

 それだけの話だ。

 

 

『俺の中では“間が悪かった(・・・・・・)”とすることにした。お前たちも気に病むことはない』

「何それ、悪いのは完全にあの──────」

『それだけだ。さて、これからどうするか、だったな。つぐみには一週間ほど手伝いをさせないつもりだ。イヴはそのままのシフトで、来週から入ってもらう』

『………それだけ?』

『ああ、充分だ。俺から何かする必要はない』

 

 

 あの老人がまた来るなんて推定での話に過ぎないし、何より俺達が行動することでエスカレートさせては本末転倒になる。

 二人は納得していないようだが、時間を置くことが一番効果的なのだ。

 

 ……………問題は、商店街の皆だな。

 もし、あの現場に立ち会っていた者がいれば、明日には広まるだろう。日頃から鬱憤が溜まっていることは昼前に俺を制止した彼の言動からわかる。

 この一件が、起爆剤(きっかけ)にならないことを祈るばかりだ。

 

 

『カズナさん。未熟なばかりにお力になれず、すみませんでした。私も修行不足を実感しました。でも、何かあったら何でもご相談ください!すぐにかけつけます!ツグミさんにもそう伝えてください!』

 

 

『あたしはそんな理由で片付けるつもりないし、今日のことはみんなにも伝えるから。つぐみが学校にいるときはあたしたちに任せて。その代わり、和那は次そいつが来たときは一言減らし(・・・・・)ていいから(・・・・・)

 

 ………和那もさ、お願いだから、偶にはあたしたちを頼ってよ。和那は巴やつぐみに頼りっぱなしになってると思っているみたいだけど、あたしたちの方が和那に頼らせてもらっていることの方が圧倒的に多いから。

 だから………………………………………やっぱりなんでもない』

 

 

 

「やはり、俺達は恵まれているな」

 

 

 別れ際、二人が言ってくれた言葉を思い出すと、情けない話だが笑みが溢れてしまう。

 まるで自分の身に起きたことのように、ここまで親身になってくれる者が周りにいる。

 

 これほど類稀なる幸運に恵まれている従兄妹(きょうだい)は、おそらく日本中を探してもそうそういないだろう。

 

 この幸せを噛みしめて、そろそろ俺も就寝しようと立ち上がった─────────その時、背後から扉が開く音がした。

 

 

「…………何だ、起きたのか」

「あ、うん。さっきはごめんね、お兄ちゃん」

 

 

 つぐみが視線を落としながら謝る。

 ………謝るべきなのはこちらだというのに。

 

 どうやら中途半端な時間に起きてしまったようだが、従兄(あに)としては「安静にしていろ」と言うべきなのだろう。普段頑張りすぎていることを考慮すれば丁度いいはずだ。

 

 

「謝罪は求めていない。それより、体を休めておいた方がいい。寝れなくても、はやく部屋に──────」

 

 

 ぐうぅぅぅ~…………。

 

 …………俺が言い切る前に、そんな間抜けで可愛らしい音が介入する。

 音のした方向には、照れくさそうにしながら笑みを浮かべる我が従妹(いもうと)の姿。

 

 

「…………………えへへ」

 

 

 …………ああ、なるほど。

 こんな時間に起きてしまったのは、夕飯を食べる暇もなく寝てしまったからか。

 

 

「…………………冷やし茶漬けでも作るか。さて、出汁の作り置きは残っていたか」

「あ、あのさっ!」

「わかっている。俺も一緒に食べる」

「うんっ!」

 

 

 元気のいい返事とともに、俺が座っていた椅子の前にそそくさと座るつぐみ。せっかくの夜食だ。俺も同伴させてもらうとしよう。

 

 …………今日一日、様々なことがあった。

 

 アクシデントもあったが、学ぶことも多々あった。それらが、明日以降の良い出来事のきっかけになるのか、はたまた悪い出来事のきっかけになるなかはわからない。

 だが、締めくくりがこの形ならば、悪くない一日だったと断言できる。

 

 そんな取り留めのないことを考えながら、冷蔵庫を開ける。冷風が心地よく感じていると、そろそろ夏が本格的になっていく実感がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………つぐみ、冷蔵庫にちょうど二人分の豚骨ラーメンがあるのだが」

 

「お、お兄ちゃん。食べたくなっちゃうから、それは奥の方に入れておいて」

 

「承知した」

 

 

 悪魔(ひまり)の囁きにも従わないくらいには立ち直っているようで何よりだ。

 




 Q.バンドリは優しい世界じゃないんですか?

 A.優しい世界(当社比)です。

 まあ、前編でなんでクレーマーおばさんなんてモブを出したかっていうと、つぐを泣かせたかったのと、蘭を怒らせたかったり、イヴをしゅんとさせたかったりしたかったからです。これでおばさんの出番は終わり。罪をおっかぶってくれてありがとうございます。あとは多勢に無勢の迫害を受けながら、自分の夫よりも圧倒的に格上の権力者によって地方にでも飛ばされてください。お疲れ様でした。

 他にも「ん?」ってなる設定が何個か出てきたように、サブタイトルには意味はそんな意味も込められています。回収はいつになるか、それは小生もわからないです。想像力が足りんな(自虐)

 次回も前後編になると思われますがギャグ回です。あの鐘(ソイヤ)の音が聞こえるか……

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