空に太陽があるかぎり   作:練り物

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16話 響け、届け、この───(前編)

 カラン、コロン、カラン、コロン。

 

 

 鈴虫の鳴き声が遠くで響く。

 植え込みの草木から発せられる、ジメッとした土のにおい。

 

 

 カラン、コロン、カラン、コロン。

 

 

 街灯の光が足元を照らす。

 夜に溶け込んでいた黒塗りの下駄からは、歩みを進めるごとに、そんな軽快な音を立てながら───

 

 

 

 

 

 

「もぉ〜!走りにくいよ〜!」

 

 

 訂正。駆け抜けようとしていた。

 夏の風情を感じながら、ゆるりと散歩できれば良かったけど、残念ながらそんな余裕はなかった。

 

 朝は部活の練習試合。

 昼は臨時で入ってしまったアルバイト。

 二つの試練を乗り越えて、夕方になった。

 育ち盛りの若い体に鞭を打って、わざわざ家に戻ってお色直しをしてきたけど………正直、シャワーを浴びた後なんて、ベッドに倒れ込みたい誘惑を振り切るのに苦労した。

 

 

「が、頑張れ、私!ここが正念場なんだからー!」

 

 

 えい、えい、おー!

 ………と、心の中で奮起しながら小走りで駆ける。

 当然、同調してくれる人は誰もいない。

 

 全ては今日のために仕立てたこの装いを見てもらうため。

 たとえハプニングはあっても、ここで折れては女の恥だ。

 今日で一キロくらいは痩せたと考えれば、弱音は充分に飲み込める。

 

 前を向く。

 既に夕陽は沈んだはずだけど、まるで地平線に沈もうとする太陽のように淡い光を放っている。

 

 あれこそが私の目指す目的地。

 灯りに近づくにつれて、鈴虫の音色から重々しい打楽器の音色に上書きされていく。

 

 

 ───ああ、今年も祭りが始まったんだなぁ。

 

 

 心も体も浮かれているのか、慣れない下駄でもどこか足が軽くなってきた気がした。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 笛の音、太鼓の音、それにつられるように溢れる人々の喧騒。

 陽は落ちても、参道は提灯の中の白熱灯が足元を照らす。空は月の光さえ差し込まない暗闇でも、この場は白昼と何ら変わりない賑わいを見せていた。

 

 かくいう俺も、その一角で店を構える者のひとりだ。アルミ製の簡素な骨組みで形作られたテントから眺める雑踏。

 あれに揉まれるのは苦労しそうだと、この場にいるはずの誰かに同情した。

 

 

 ……もっとも、こちらも良い環境とは言い難いが。

 

 

 黒く焼き焦げた鉄から伝わる熱気。

 行き場を失い、空へ立ち昇る湯気。

 それらが体中に纏わり、発汗を強制される。

 

 少々不快だが、作業に支障は無い。

 

 裏返す。

 裏返す。

 裏返す。

 

 時間さえ正確でさえあれば、後は単純作業の連続だ。

 判断能力にも衰えはない……が、念には念を。水分の補給は必至だ。

 

 そして、出来上がったものはガラスケースに入れる。

 積み上げたせいで、串同士が付いてしまうのは避けたいので、この日のために作った簡易的な台に差し込む。素材は勿論、万能素材と名高い段ボールだ。

 

 ……よし、出迎えの準備はできた。

 今年も、この狂騒を思い出として刻む一助をするとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません、ワッフル(・・・・)一本ください」

「承知した」

 

 

 ──────さて、祭りの始まりだ。

 

 

 

 

 

「待って、ねえ、ちょっと待って」

 

 

 まあ、すぐに水を差されたわけだが。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「つぐみ……それに蘭か」

 

 

 ジュー、と使い回していた鉄のプレートが湯気を巻き起こす。

 そろそろ型に残った生地が焦げついて味を落としてしまう頃なので、冷まして軽く水洗いをしていた時のことであった。

 

 

「悪いが、俺は手を緩める暇がない。用件は手短に頼む」

「いや、和那は何作ってるの?」

「見ればわかるだろう。ワッフル(串焼き)だ」

「世間一般だと、それを串焼きなんて言う人なんていないと思うんだけど」

「あ、あははは………」

 

 

 蒸気越しから見える二人分の呆れ顔にはこちらも首を傾げざるを得ない。

 特段、今年は珍しいものを取り扱っているつもりはないのだが………。

 

 

「確かにこういう形で食べるのは珍しいかもしれないが、本場のベルギーではよくある形だ。自分の常識だけで物事を判断するのは浅慮が過ぎると言わざるを得ないぞ、蘭」

「ベルギーとかそんなの言われても、明らかに他の屋台に比べて異質なのは変わらないでしょ」

 

 

 ……まあ、気持ちはわかるがな。

 

 さて、と。

 水洗いも終わると、ガラスのショーケースから二本の串焼き改め、ワッフル串を取り出す。

 

 

「二人とも、食べるがいい。粉砂糖かチョコソースかはちみつか、好きなものを選べ」

「やった!ありがとう!お兄ちゃん!」

「まあ、貰うけど……それ、売れてるの?」

「順調だ」

 

 

 まだ始めたばかりではあるが、滑り出しとしてはかなりハイペースだ。例年、物珍しさ故に足を運んでくれる固定客が真っ先に訪れてくれたこともあり、驚くことに既に在庫の三割は捌けているのだ。

 

 

「物足りないようなら、隣で売っているアイスを買うといい。さすがに上に乗せられないが、少し溶けたものをつけて食べるのも一興だぞ」

「あ、いつもの黒服さんだ」

 

 

 俺が指差す隣の屋台には、いつも贔屓にしてもらっている黒服の男。つぐみが会釈すると、いつぞやの時のように、黒光りするサングラスを輝かせながらサムズアップを返す。

 

 売れ行きが良くなっている要因としては、やはり隣の屋台との相乗効果によるものが大きい。今回はタッグで屋台を出しているようなものだ。

 

 

「………つぐみ、何があったの?和那がなんか思ったより真っ当に商売してるんだけど」

「えっとね、それは───」

「おーーーーーっす!二人とも楽しんでるかーー!?」

「あ、巴ちゃん!」

 

 

 と、ここで乱入者が現れる。

 普段は流している長髪を縛り、青い法被に身を包んだ戦闘態勢の巴だった。

 

 

「巴、声大きい」

「あ!?蘭、何か言ったか!?」

「声が大きいって言ってんの!耳元で大声出さないでってば!」

 

 

 何やら蘭と言い合っているが、いつものことか、と意識を外す。

 俺もいつまでも手を休めているわけにもいかないので、用件を片付けてしまおう。

 腰を落とし、用意していた紙袋をいくつか取り出す。中身は店頭に並んでいるものと同じものだ。

 

 

「ご苦労だな、巴。差し入れを用意した。演奏の待機組にも分けるといい」

「おっ!サンキュー、カズ!あれ、これって………」

「串焼きだ」

「って、ワッフルかよ!?いやー、一本取られたぜ!はははは!!」

「と、巴ちゃん、すごい浮かれてるね……」

「つぐみ。もう放っておこう。それより和那でしょ。これなら、初めからワッフルで申請すれば良かったじゃん」

 

 

 蘭が食べながら独りごちているが……ふむ、確かにその通りだな。

 

 

「目聡いな、蘭。さっきの言葉を訂正しよう。白状すると、俺も強引なこじつけだったと思っている」

「えっ?」

 

 

 きょとん、とする一同。

 そこまで意外そうな顔をされると反応に困るのだが……ひとまず気にしないように事の経緯を話すことにした。

 

 

「当初やろうとしてたことが、開催直前に駄目と言われてしまってな………用意していた材料を使うとなると、ワッフル(これ)しかなかったのだ」

 

 

 昨日の朝のことだった。

 当日に向けて注文した材料を確認している最中に、組合長から問い合わせがあった。

 

 内容を要約すると『やることはわかっているけど、結局どんな食べ物使うの?』とのことだった。

 

 曰く、今年からアレルギーに対する配慮の一環として、屋台の見やすい場所に使っている食材を表示することになったが、俺の申請書だけではどのステッカーを用意すればいいかわからないため、連絡したそうだ。

 

 で、俺が当初計画したことを伝えると、『さすがにそれは許可を出せない』と言われてしまったのだ。

 

 当然、強行なぞするわけもなく、しかし食材の用意は終わってしまったわけで……色々と模索した結果、ワッフルに方向転換することにしたわけだ。言わば、苦肉の策だ。

 

 

「じゃあ、お兄ちゃんは何をやろうとしてたの?」

「それは変わらない。串焼きだ」

 

 

 その軸は変わっていない。

 俺としては、もっと手間をかけたものを出したかっただけだ。

 串に刺すのではなく巻き付け、何層にも織り重ねていく──────

 

 

 

 

「………………何を焼くつもりだったの?」

「──────バウムクーヘンだが?」

「それ串じゃなくて筒じゃん」

 

 

 予想通り、組合長と同じ指摘が蘭から飛んできた。

 組合長からは、『使い捨ての筒がポイ捨てされたりしたら、踏んで転ぶ人がでるだろう』という至極当然な意見があった。完全に盲点だった。己のチャレンジ精神に邁進し過ぎてしまい、事後処理への配慮をすっかりと失念していたわけだ。

 

 

「あちゃー、そっちだったかー!アタシ的にはそっちの方が良かったのになー!やっぱ何事も大きいのはいいことだよな、うん!」

「つぐみ、助けて。巴がツッコミしてくれない」

「わ、私?ええと……ば、バウムクーヘンをするなら屋台じゃ火力が足りないと思うよ、お兄ちゃん!」

「え、嘘でしょ?これ、全部あたしがツッコまないといけないの?」

 

 

 蘭が何やら怖気づいているが、祭りで浮かれきった巴にツッコミ役を任せるのは荷が重いだろうに。

 

 閑話休題(ざんねんだったな)

 

 

「さて、なぜ俺が商売熱心なのか、だったな」

「あ、そんな話だったな」

 

 

 他に来た客を捌きながら話を続ける。

 俺個人としては商売熱心のつもりはないのだが……まあ、一昨年や昨年よりも気合いを入れているのは確かだな。

 

 

「ねえ、蘭ちゃん。そもそも、なんでお兄ちゃんが屋台出してるか知ってる?」

「え?それは商店街が主導だからじゃ……」

「うん。出し始めたのは一昨年からで、その一年前に何が起こったか、覚えている?」

「………あっ」

 

 

 蘭は察しがついたようだ。念の為、つぐみが一連の出来事の経緯を説明する。

 

 一度、巴の誘いで太鼓の演奏に参加させてもらったことがある。忘れもしない。俺が高校最後の夏休みのことだった。

 

 青春の最後の一ページ。華を持たせてやろう、と与えられた機会。せっかくなので一枚噛ませてもらった。

 巴の見様見真似で、舞台に立ち、撥を持ち、渾身の一撃を和太鼓に見舞う───それで終わるはずだった。

 

 ──────突然だが、皆は夏祭りに足を運んだ時、敷地の端にいても和楽器の音が聞こえた経験はないだろうか。あれは、演奏を万遍なく届けるために各地にスピーカーを忍ばせているからなのだ。当然、マイクは演者の近くに設置される。これが問題だった。

 

 

俺のソイヤが(・・・・・・)ここの音響機器を(・・・・・・・・)全て破壊して(・・・・・・)しまった(・・・・)

「え、あの事件、あたし今までずっと夢だと思ってたんだけど………」

「現実だよ。信じられないかもしれないけど、現実なんだよ。蘭ちゃん……」

 

 

 当日、同日に開催された花火大会の花火の音に紛れて、俺のソイヤが街中に響きわたったらしい……音響設備の爆発音とともに。

 こと、音楽に関する才能はないに等しいはずなのに、声量だけは常軌を逸していたらしい。

 

 

「そろそろ完済できそうなのでな。今年で全て精算しようと言う魂胆だ」

「完済って……和那って借金あったの!?」

 

 

 頷いて肯定する。

 とはいえ、保証付きで貸与されたものも混ざっていたので、組合が所有していた割合のみの負担であるが。

 

 

「皆『弁償しなくていい』って言ってんのに、こいつが払うって言って聞かなくてなー」

「俺のソイヤが原因となって出た犠牲だ。ならば俺が債務を負うのが道理のはずだ」

 

 

 組合側も未成年に借金させるつもりはないと意志が固かったため、最終的には“何年か祭りで出店を出して、売上の一部を組合に寄付する”という形で落ち着いたわけだ。今の巴のように皆呆れていたが……まあ、その経緯まではどうでもいいか。

 

 

「とにかく、今年はそれに向けてかなりの在庫を用意している。おそらく、今日はずっと居座ることになりそうだ」

「なら私が手伝うよ!お兄ちゃんひとりじゃ、休憩も取れないでしょ!」

「申し出はありがたいが、無駄なことはするな。ここにいたところでお前にできることは何もない」

「……………むぅ」

 

 

 提案を跳ね除けられたつぐみは、わかりやすく頬を膨らませた。

 

 

「巴。あれって単純に『二人分入るスペースがないから、居たところで邪魔になる』って意味でいいの?」

「ああ。つぐに気を遣っているつもりだぞ」

「………じゃあ、つぐみが不満そうなのは?」

「事情はわかるけど、単純に頼ってくれないことにむくれているだけだな」

「うっ……二人とも、どんどん鋭くなってきてない?」

「和那はともかく、つぐみは結構わかりやすい方だし」

「だな」

 

 

 それには俺も同意する。

 俺としてはそこの二人も充分わかりやすい方だと思っているのだが、それも言う必要はないか。

 

 

「じゃあ、せめて写真で宣伝してあげたら?SNSのアカウント共有してるんでしょ?」

「あ、そうだね!さすが蘭ちゃん!」

「俺は羽沢珈琲店(うち)として出店しているつもりではないのだが」

「細かいこと気にすんなよ!つぐの気持ちも汲んでやれって!な!」

「………そうか、好きにしろ」

 

 

 それでつぐみが満足するのであれば仕方ない。

 作業をする手を止め、つぐみが掲げるスマホのカメラに体を向ける。

 

 

「じゃあ、撮るよー」

「よっしー !バシッと決めろよー!」

 

 

 撮影……撮影、しかも、バシッと、か。

 

 ふと、以前ひまりに写真を撮ってもらった時のことを思い出した。ありのまま自然体を写すのも一興だが、せっかく被写体としての心構えを学んだばかりなのだ。ここはひとつ実践してみることにしよう。

 

 あの時、様々なポーズを試したが、中でも妙にしっくりと来たもの二つあった。

 

 一つ。両腕を天に掲げ、片足を折り曲げてへその高さまで上げる。手首は直角に曲げ、しかし背筋を伸ばす、このポーズ。

 縁も縁もないはずなのに親近感を覚えるこの構えだが、なぜだかひとりではやってはいけない気がしたので除外した。

 

 ならば、もう一つのものをやろう。

 

 

 

 

 足を内股のまま片足を膝から直角に折り曲げる。

 

 

 脇を閉め、手は親指と人差し指以外は握りしめ、指先をカメラに向ける。

 

 

 仕上げにウィンクを添え──────完成だ。

 

 

 パシャリ、と無機質なシャッター音が落ちる。

 それに伴い、形容しがたい達成感に包まれる。

 自分を普段より良く魅せる……という習慣がなかったためか、実に新鮮な心持ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでこそ、丸山彩(プロ)に教わった甲斐があったというものだ。

 

 

「また変な影響受けてる……」

「彩さん、和那に何したんだろう……」

 

 

 これこそ、本人直伝───他称“彩ポーズ”である。

 

 …………こうしてあげられた写真は、数分も立たないうちに、本人より拡散されることになるのであった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 未だ鉄板は熱を帯びる。

 つぐみたちは『他の屋台とか見に行く』と言い残して去っていったが、俺の戦いはまだ折り返し地点だ。

 

 

『そう言えば、モカとひまりはどうした?一緒じゃないのか?』

『二人ともバイトだって。終わったら合流する予定だから、もし会ったら本殿のところで合流しようって言っておいて』

 

 

 去り際にそんな質問を投げかけると、ついでと言わんばかりに伝言を依頼された。あの食いしん坊の二人なら、間違いなく俺の店に立ち寄る、と想定した上での頼みごとなのだろう。

 

 当然、断る理由もなかった………のだが、先程の宣伝効果のおかげか、客足は一層増えていく一方だ。

 

 時折、見知った顔を見かけることもあった。

 

 

「あ、カズ兄!三本ちょーだい!」

「あこか。巴たちにはもう渡したぞ?」

「ううん、今日はりんり……じゃなくて、Roseliaの人と来てるんだ!本当なら食べ歩きできれば良かったんだけど……」

「そう言えば、人混みが苦手な者がいると聞いたな。心得た。ではこれを持っていくといい」

「わーい、ありが………こほん、これは貸しだ。此度は妾も矛を納めるが、次に貴様が顔を見せたときこそ、それが貴様の最期に───」

「もう一本追加しておこう。代金はいらん」

「やったーーー!!」

 

 

 

 

「あ、カズナさん!助太刀します!」

「必要ない。助けを求めた覚えはないぞ、イヴ。

 ………いや、せっかく友人を連れてきているのに、それを放っておくわけにもいかないだろう。俺としては、お前には祭りを楽しんでもらえると嬉しい」

「は、はい!出過ぎた真似でした!ありがとうございます!」

「い、いや〜。すみません、イヴさん。何か気を遣っていただいて……あ、ジブン、大和麻弥です。よろしくッス」

「ふむ、そうか。忠告だが、自堕落な生活は改めておいた方がいいぞ。今は問題ないようだが、気の緩みが積み重ねるとその身が贅肉に包まれると思え」

「初対面なのにすごい失礼ですね!?」

 

 

 友のために奮闘するあこや、ゲストとして訪れたイヴ、そして、不思議と親近感を覚えてしまう大和麻弥。

 

 客足が多かったために、長い間話すことはできなかったが、それでも見慣れた顔を見るのは嬉しいものだ。

 

 そして、もう一人──────

 

 

 

「あら、貴方は…………」

 

 

 いつの日だったか、墓参りの日に俺が落とした花を拾ってくれた女性がいた。

 …………あの短いやり取りでも、お互い顔は覚えていたようだ。

 

 

「屋台、出してたんですね」

「ああ、こちらも事情があってな」

「…………あの後、どうなりましたか?」

「問題ない。無事に渡すことができた」

 

 

 ぽつぽつ、そんな受け答えばかり。

 一つの話題で二言目以上のやり取りがない。互いの言葉は辺りの喧騒が塗り替えられそうになるほどに希薄な意思疎通が続く。

 

 

「気まずく感じてしまったのなら謝罪しよう。元より口数が少ない方でな」

「い、いえ、私も同じようなものなので」

「そうか」

 

 

 確かにひまりや巴、あこ、イヴのような活発さよりも、蘭のような落ち着いた雰囲気をしているようにも見える。

 

 …………ただ淡々と焼くのも少々手持ち無沙汰か。

 苦手なのだが、いつかは克服しなければならないことだ。

 しっかりと会話を試みてみることにしよう。

 

 

「今日はひとりか?」

「今はそうですね。あとで家族と合流する予定なのですが」

「家族、か。兄弟か?」

「………ええ、まあ」

 

 

 ほんの一瞬、視線が泳いだ。

 ……これは早速、触れてほしくないところに触れてしまったか。

 

 

「なるほど、少しばかり複雑なようだな」

「どうなのでしょう。個人的には、昔よりは良い方向に向いている……と思いたいのですが」

「事情はわからんが、そう口にすることができるのであれば間違いなく良い傾向にあるのだろう」

 

 

 もっとも、俺もあまり他人のことを言えるわけでもないがな、と付け加える。

 すると、相手は僅かに目を丸くさせた。

 

 

「貴方にもご兄弟がいらっしゃるのですか?」

従妹(いもうと)が、な。時間が空いては店を手伝ってくれる、俺よりも遥かに出来た従妹(いもうと)だ」

「妹さんが……なるほど。それに、普段もお店も開かれているんですね」

「これでも商店街で店を構えてもらっている者だ。気が向いたときにでも立ち寄るといい。歓迎しよう」

 

 

 今日は元より個人で開くつもりだったので、チラシのような羽沢珈琲店の場所を明記できるものが用意できていない。

 

 だが、この話題にはそれなりに関心があるようだ。あちらは先ほどよりも歩み寄ってきているのが目に見えてわかる。

 

 そして、今度も向こうから質問が投げかけられる。

 

 

「どんな店をやっているんですか?」

「喫茶店だ。光栄なことに、厨房を任されている」

「喫茶店?」

 

 

 商店街にある喫茶店なぞ羽沢珈琲店くらいだ。知っているかどうかはわからないが、仮に知らなかったとしても、これを機に立ち寄ってみて欲しいと思う。

 …………反応を見るかぎり、あちらにも心当たりがあるようだ。ならば、わざわざ言葉にする必要もあるまい。

 

 

「すみません、その店って──────」

 

 

 珍しく、順調に会話が続いていた。

 

 

 

 そんな時だった、横槍を刺されたのは。

 

 

「おねーーーちゃーーーん!!」

 

 

 ………槍というよりは車に近い勢いだった。

 突如として左側から現れた人影は、傍目を気にせずに目の前の女性に飛びついた。

 

 

「………日菜、どうしてここに」

「うん!なんとなく、ここら辺におねーちゃんがいるような気がしたから!」

「待ち合わせ場所はちゃんと決めていたはずでしょう。はやく着いたのなら、そこで待っていればいいでしょうに………」

「えへへ。またおねーちゃんと一緒にお祭りにいけるって思ったら、いても立ってもいられなくて……あ、おにーさん、それ二つちょーだい!」

 

 

 なるほど、これが先ほどさわりだけ触れた兄弟とは彼女のことなのか。

 妹の方はこのガラスケースに入っている串焼きが目当てのようだ。

 

 

「受け取れ。代金は必要ない」

「タダなの?やった!おにーさん、太っ腹ー!」

「? 別に太っているつもりはないのだが……」

「あははっ!なにそれー!」

 

 

 よくわからんが、向こうが楽しそうならそれで構わない。

 一方、姉の方から心配そうな顔がこちらに向けられる。

 

 

「いいんですか?」

「あの時の礼だ。気にするな」

「いえ、私は何も──────」

「え、えええええ!?」

 

 

 姉がさらに口を開こうとした時、妹の方から驚声が聞こえてくる。

 瞳に星を宿しながら、子どものようにはしゃぎながら姉に駆け寄った。

 

 

「すごいよ、おねーちゃん!これ、食べるとモチモチってして、砂糖だけなのに口の中で甘いのがフワーってなる!!」

「よくもまあ、そこまで喜べるものだな。傍から見たら無駄とも捉えられる挙動、とてもじゃないが俺には真似できそうもない」

「うんうん、そーでしょー? おにーさん、わかってるねー!」

「……まさか、皮肉言われているの、気づいていないのかしら」

 

 

 皮肉………皮肉?

 いつ、一体誰がそんなことを言ったのか、こちらとしては甚だ疑問のばかりだ。

 

 

「あ、でもちょっと喉乾いたかも」

「生憎ラムネしか持ち合わせがないが、必要か?」

「のむー♪」

「日菜、あなた少しは遠慮しなさい」

 

 

 ポン、と蓋を開ける音とともに、炭酸の泡が吹き出そうになるのを無理やり押し込む。徐々に中部の空気を抜くことで、吹きこぼれを防止することができる。

 

 二人分の瓶を渡したとき、せっかくなのでおすすめの食べ方を伝えることとした。

 

 

「ああ、そうだ。どうせなら隣のアイスとも併せて食べるといいぞ」

「ほんと? よーし、おねーちゃん! 行こう! ね! ね!」

「あ、ちょっと、日菜!」

 

 

 やがて、二人の姉妹は人混みに消えていく。

 まるで嵐のように去っていったあの妹。そよ風のようなつぐみとはまさに対照的だ。

 とてもじゃないが、俺では手綱を握ることはできないだろう。姉としては、気苦労ばかりたまるはずだ。

 

 

「………いい姉妹だな」

 

 

 だが、姉はそれを撥ね退けたりせず、全て受け止めようとしていた。たとえ、足を震わせて(・・・・・・)いようとも向き合おうとする覚悟には賞賛を送ろう。

 

 頭に巻いたタオルを取り、顔についた汗を拭いとる。ようやく一息つくことができそうだ。

 

 しかし、俺としたことが、見通しが甘かった。

 あの写真をネットに流してからというもの、客足が全く途切れることがない。羽沢珈琲店のお得意様から初めて見る顔まで客層は様々だった。

 アイドルの力というものは実に恐ろしいものだ。

 

 今度、御礼参り(・・・・)にいかなければならないか?

 ………致命的に間違えている気がするが、まあ良いだろう。

 

 

「む」

 

 

 そんなことを考えながら時間を確認しようとスマホを取り出す。

 すると、通知が何件か来ていた。

 

 メッセージを開く。

 この送信主はいつも文字を読ませる気がないくらいの絵文字を使ってくるはずだが、随分と淡々とした文章か綴られている。

 

 余程、余裕がないのだろう。

 送り主の名前を見ながら、こちらの位置情報を送る。送信日時が数分前だったので、おそらくすぐに反応してくるはずだ。

 

 

「よっ!ほっ!」

 

 

 予想通り、喧騒の中からひょっこりと、小さな手が見えた。

 聞き覚えのある声とともに、その手の主は徐々にこちらへと近づいてくる。

 

 

「よいしょっ、と……あ、いたっ!」

 

 

 すぐに姿も見えるようになる。

 表で編み込んだピンク色の髪には、淡い翡翠の花飾り。身に纏うのは、紺地の生地に菊の花々で彩られた浴衣。

 いつもの快活な若者らしいファッションとは異なる、大人らしい装いの──────上原ひまりが俺の目の前に辿り着いた。

 

 

「お、遅くなりましたけど……カズさん!お疲れ様ですっ!」

「ふむ」

 

 

 ふんす、と胸を張りながら労いの言葉がかけられるが…………素直に返していいものなのか。

 いや、返事はするべきなのだろうが、ひまりの視線は『褒めて!褒めて!』と露骨にこの浴衣の感想を求めていた。

 

 生地に色落ちが見えないし、皺のつき方がどこか新しい。

 足元を見ると、親指と人差し指の間が少々赤みがかっている。慣れない下駄による靴擦れが起こり始めていた。

 

 自惚れているのかもしれないが、ひまりは真っ先に俺に見せたかったのだろう。

 つぐみたちに合流する前に立ち寄ったのは、そんな意図があるように思えた。

 

 

 ならば、それには応えなければなるまい。

 

 …………しかし、紺地に菊、か。

 菊の花言葉には“高潔”や“高貴”と言う意味が込められる。さらに紺という色を選ぶということは、大人びた印象を与えたいのだろう。

 

 当然ながら、似合っている。

 ならば、この様態を形容する言葉は──────

 

 

 

 

 

 

 

「──────馬子にも衣装」

「ち、ちがーーーーーーう!!」

 

 

 太鼓の音にも引けをとらない声が、夜の祭りに響き渡る。

 

 ………しまった。間違えた。

 

 俺の口下手には、やはり語彙力に問題があるのかもしれない。




 屋台についてはもっとインドらしさ出したかったけど、かなり不衛生で食中毒とか頻発しているらしいので辞めました。食中毒ネタなんてさすがに思いつかんよ……。
 串焼きもとい、串ワッフルは日本でもそこまで珍しくないみたいですね。もちろん作者も見たことないです。大阪の方に専門店があるみたいなので機会があれば探してみてください。

 あと、バウムクーヘンの串焼きって本当にあるみたいです。正直、執筆している自分自身が一番驚きました。
 余談でした。後編に続きます。
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