空に太陽があるかぎり   作:練り物

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17話 響け、届け、この───(後編)

 参道に並ぶように吊るされる提灯の光が、大気に舞う塵を幻想的に照らす。

 提灯と同じように並ぶ屋台からは、威勢のいい呼び声と美味しそうな香りが五感を刺激する。

 

 そのためか、道を歩くだけでもキョロキョロと周りを見てしまう。

 特段気にしたことはなかったけど、やっぱり祭りと聞くとはしゃいでしまう質らしい。

 ならば、屋台の出し物についつい手を出してしまうのも不可抗力のはずだ。

 

 

 

「屋台の食べ物って、不思議と美味しく感じますよね〜」

「だからって、モカはちょっと食べ過ぎじゃない?」

 

 

 …………でも、両手一杯に綿あめやら、焼きとうもろこしやら、あんず飴やらを抱えながら歩く後輩(モカ)には、さすがに一言物申したい気持ちのアタシ────今井リサなのであった。

 

 バイト中に『夏祭りに行くんですよ〜』って言ってたから何となく着いてきたけど、参道を歩いてからわずか三分でここまでになるなんて誰が予想できるのか。

 

 

「やだなぁーリサさん。まだ本命は控えてるんですから、そこまで飛ばしたりしないですよ〜」

「本命?」

「カズくんのところで〜す」

 

 

 ふっふっふー、と不敵に笑いながらチョコバナナを頬張るモカ。

 これでも本気を出していない………ことは置いておいて、カズくん──────はて、どこかで聞いたような。

 

 

「あー、あこが絶対行かないとソンって言ってたっけ?」

「お〜。あたしたち以外でカズくんの話題が出るなんて、結構新鮮ですね〜」

「いや、まあアタシも直接会ったことないんだけどね。あこと燐子がその人の話題で盛り上がっているからかな?」

「あこちん、小さい頃から餌付けされてますからね〜」

 

 

 随分な物言いだった。

 そんなこと言ったら、小さい頃からアタシも友希那に………っていやいや、何考えてんの。

 

 

「あ、いた〜……って、が〜ん!」

 

 

 一方、モカは抱えている物を落としそうなくらいにショックを受けていた。

 視線を辿ると、人混みから垣間見える屋台がひとつ。“串焼き”と書かれた看板には、実に簡潔な内容の張り紙が貼られていた。

 

 

 『完 売 御 礼』

 

 

「え、何あれ。祭りの屋台であんなの掲げてるの初めて見た」

「……せっかく三時のパンを我慢して、バイトも頑張ってここまで来たのに」

 

 

 ………どうしよう、モカがかつてないほど落ち込んでいる。まさか、そこまで楽しみにしていたとは思わなかった。

 

 モカには悪いけど、アタシもあのクッキーを作った人がどんな人なのかは興味がある。

 残念ながら、あこから聞く話はどれも突飛すぎてイマイチ想像できないからだ。

 だからこそ、一度顔を拝んでおきたいと思っていた。

 

 

「あれ、あそこにいるのって、ひまりじゃない?」

「あ、ほんとですね〜」

 

 

 見えたのは件の男の人じゃなくて、見慣れた薄いピンク髪───ひまりだった………けれど、いつもと雰囲気が違う。

 髪型が前にアタシが教えた編み方してるし、浴衣とかも遠目から見ても新品なのがわかる。あれは……千聖の仕立てかな?

 

 なぜか打ちひしがれているけど、それも含めて根掘り葉掘り聞きたくてウズウズしてしまう。

 これからAfterglowの皆とも合流するので、ひまりの下へ駆け寄ろうとした。

 

 

「まあまあ、リサさ〜ん。ここはそっとしてあげましょうよ〜」

「え?」

 

 

 と、意外にもここで待ったをかけてきたのがモカだった。

 まだショックを引き摺っているのか、背景が若干白い気がするけど、アタシの肩を掴む手は確かな力が込められていた。

 

 ………その意図について、考えを巡らせる。

 

 夏祭り、ひとり、勝負コーデ、男の人───

 

 

「…………そういうこと?」

「そゆこと〜。というわけで、行きましょっか〜」

「りょーかーい♪」

 

 

 完全に理解できた。

 馬に蹴られてはなんとやら。ここは出歯亀なんてしないで、潔く立ち去ろう。

 

 ………勿論、今は、ね?

 頭の中のスケジュール帳を開いて、直近の空き時間を割り出す。

 今度、彩も誘って女子会としゃれこみますか!アタシたちの周りではあまり聞かないから、これは盛大に───

 

 

「いや〜、たまにはひーちゃんにも花持たせてあげよっかな〜。まあ、あたし的には蘭の方がいいと思うんだけどな〜

「モカ?」

「なんでもないで〜す」

 

 

 途中、モカから何か聞こえたような気がするけど……気のせいかな?

 それより、ひまりの相手がどんな人なのか。あこからは変な武勇伝ばかり聞くけど……つぐみの兄妹だし一層気になって仕方ない。

 

 決めた。女子会の会場は羽沢珈琲店にしよう。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 羽沢珈琲店に行きたい。

 つぐに愚痴を言いたくなるほどの仕打ちを受けていたからだ。

 

 

「こ、こんなのあんまりですよぉぉぉ!」

 

 

 参道を逸れた砂利の上に崩れ落ちる。

 疲れた体にムチを打ち、慣れない浴衣でここまで走ってきた挙句、一番初めに見た人から『馬子にも衣装』なんて言われた。

 

 それは良い。本人としては多分褒めるつもりで出てきた言葉がそれだっただけだから。

 ……いや、良くないけど、理解も納得もできる。問題はその後だった。

 

 

「無いものはない。俺とて、無から有を作ることはできん」

「こ、こんな時まで容赦ない……ぐすっ」

 

 

 私の目の前に無慈悲に書かれた四文字。

 祭りの屋台としては似合わない現実に押しつぶされそうになる。

 こうも連続して不幸な目に遭っていると、さすがに打ちのめされそうになる。

 

 

「さて、では行くか」

 

 

 そんなことは知らない、と言わんばかりに、凹んでいる私に何の反応も示さないカズさん。

 相変わらずのマイペースさには、ちょっとばかりムッと来てしまう。

 

 

「行くかって、どこに───」

 

 

 けれど、そんな鬱屈とした気持ちは呆気なく霧散させられた。

 下から見上げるあの人が、屋台にいた時のTシャツとジーンズの姿から変身していたからだ。

 

 

「………か、カズさん?そそ、それって?」

「装いを正してみた。昼間のイタズラ対応に手を貸していたら、そのお礼にと押し付けられたものだ」

 

 

 

 透き通る白い肌とは対照的な、夜空のような黒を基調としながらも、アクセントとして右袖が本人が好む赤色に染められている。

 私の浴衣のような柄がない、シンプルな無地布なのが実に『らしい』と思ってしまう。

 

 両腕を広げ、その浴衣の全容を見せようとする慣れない動作に微笑ましさを感じながらも───つい、見惚れてしまった。

 

 

「お前がそうして来たのだ。であれば、こちらもそれに応えねばなるまい。

 こういう装いは不慣れだが……似合っているか?」

「そ、それはもう!バッチリ!最高です!」

 

 

 控え目に言っても、この不意打ちは反則だ。

 気を抜くと薫先輩がいる時みたいに歓声をあげてしまいそうな程に。

 …………当然、この人の前でそんなみっともない姿は見せられない。

 湧き上がる感情を抑え込みながらでは、こんな頭の悪い感想しか出てこない自分が恨めしかった。

 

 そんな葛藤もこの人の前では筒抜けなんだろう。カズさんはその口元をほんの少しだけ緩めたのを、私は見逃さなかった。

 

 

「そうか。そうか。ならば“お互い様”だな」

「お、お互い様?」

 

 

 お互い様、お互い様……かけられた言葉を反芻する。

 私はカズさんに『浴衣が似合っている』と言った。で、カズさんは私に『お互い様』と言った。

 

 

「………えへ、えへへへ。そうですか~?」

 

 

 まずい。これはまずい。

 ニヤケ顔が止まらない。蘭が居たら絶対に『ヤバイ人になってる』って言われる。

 でも、このわかりにくさがクセになっちゃうし、頬は勝手に緩んでしまうのだから、多目に見てほしい。

 

 

「さて、屋台を見て回りながらつぐみたちのところに行くとしよう。はぐれるな」

「はーい!」

 

 

 歩き出したカズさんの、その半歩後ろを歩く。突然始まった浴衣デートによって、最低ラインにまで落ち込んだテンションは再び最高潮に達した。

 

 喧騒の中にいても、二人分の下駄と草履の音は明確に判別できる。この調子であれば、はぐれる心配なんてない。

 

 

「いやー、それにしても今年も盛況ですよねー」

「ああ」

「カズさんの店もすぐに売り切れちゃいましたし、もしかしたら去年より人増えているのかもですよねー」

「そうかもしれんな」

 

 

 辺りを見回しながら会話……できてるのかな。

 いや、多分これは生返事だ。普段口数が少ないにしても、あともう一言くらいは追加で出てくるはず。

 

 

「どうした?話は聞いてるぞ」

 

 

 そんな私の気持ちを察したのか、カズさんは振り向いてくれた。

 

 

 

 

 ………けれど、これは一体どういうことなのだろう。

 

 

「いや、その……いつの間にそんな一杯に荷物を抱えているんですか?」

「祭りだからな」

 

 

 カズさんの姿はまさに異様だった。

 両手には焼きそば、お好み焼き、たこ焼きのパックが入った袋をぶら下げ、右手にはかき氷、左手にはイカ焼き。

 極めつけには口にフランクフルトを咥えている。

 数回だけ目を離した隙に、どうしてこんな惨状になるのか、こればかりは理解が追いつかない。

 

 

「ひまりは何か買わないのか?」

「えっ、じゃあ、りんご飴とか……」

「よし、それならさっき買ってある。これを食べるといい」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 今度は後ろの帯に仕舞っていたりんご飴を取り出し、器用に片手だけでビニール袋を破り、私に差し出された。

 

 ………あ、これは全部自分用に買ったわけじゃなくて、皆の分も含めて沢山買ったのかな?

 

 

「む、ひまり。見るがいい。あんなところに金魚すくいがあるぞ」

「そ、そうですね」

「しかも“掬い(・・)”が助けるという意味の“救い(・・)”になっているな。これはきっと意味があるに違いない。気にならないか?」

「あ、本当ですね。もしかして字を間違えたんじゃ───」

「もう一度言うぞ。気にならないか、ひまり」

 

 

 ───すみません。私にはどう見ても、カズさんが浮かれてるようにしか見えません。

 

 年甲斐がない、なんて思わない。

 圧倒はされるけど、普段とのギャップには惹き寄せられてしまう。

 

 

「……ちょ、ちょっとだけ」

「よし、では覗いてみよう」

「あっ───」

 

 

 イカ焼きをかき氷を持ってる手に移し替え、私の手を引っ張る。

 ……ドキドキするけど、ほんの少しだけ安心感の方が強い。浮かれているのは私だけじゃないってことがわかったから。

 

 

「失礼する。これは金魚救い(・・)か?」

「ん、羽沢さんのところの兄ちゃんか。見ればわかんだろ。金魚掬い(・・)だよ」

「そうか、()わなければならないのか。では、必ずや俺が()ってみせよう」

「おっ、気合入ってんな。嬢ちゃんもやるかい?」

「へっ!?あ、はい!やります!」

 

 

 会話が噛み合ってない気がするけど、金魚掬いは金魚掬いでやりたい。

 おじさんから二人分のポイを受け取り、隣に並び立つ。

 

 昔だったら、ポイに穴が空いた時に巴やカズさんに泣きついていたっけ……でも、高校生になった今なら違う。

 

 

「ふっふっふー。実は私、金魚掬いには自信があるんですよー!これなら、カズさんにだって負けませんから!」

「そうか、ならば競争と行こう」

「いいですよ!」

 

 

 ……不思議だなぁ。

 いつも背中ばかり見ていた人と、こうして張り合うことができるのがここまで嬉しいものだなんて、思ってもいなかった。

 

 制限時間はない。

 より多く掬うことができた方の勝ちとして、勝負が始まった。

 

 

「よいしょ、っと。まず一匹!」

 

 

 幸先のいいスタートだ。

 ポイの濡れた面積からして、この調子であれば十匹以上は掬えるだろう。

 

 ……さて、カズさんの様子は?

 隣に視線を移すと───目を見開いてしまった。

 

 

「な──────」

 

 

 

 その在り方はまさに静水のよう。

 呼吸は最小限に、手の動きは一定に、まるで生け簀の中を泳ぐ金魚と同化するようにポイを水面に入れる。

 

 狙いを定めるは───黒い出目金。

 獲物は狙われていることすら気づかない。

 

 否、気づかせる暇すら与えられない。

 

 

「いくぞ」

 

 

 ふっ、と、一呼吸でポイを振り切る。

 水面に浮かべた器に、ポチャン、と何かが落ちてくる。

 当然、そこには為すすべもなく掬われていた黒い出目金───

 

 

 

 

 

「──────っ」

「あ、あれ?」

 

 

 ──────ではなく、指の第一関節ほどの大きさの………コルクだった。

 さらに、カズさんのポイには、まん丸と大きな穴がひとつ出来てしまっていた。

 

 

 ………え、コルク?何で?

 

 

 と、背後の屋台で、聞きなれた声が聞こえた。

 

 

「美咲!これは、ここを押せば木の塊が出てくるのね!で、これをどうすればいいのかしら?」

「ああ、いきなり一発無駄にしちゃったよ、もう……それをあのぬいぐるみとかに向けて打って、当たって倒れたら、それ貰えるから」

「わかったわ!───あっ、ミッシェルがいるわ!あれを撃ち落としましょう!」

「…………あー、はいはい。なんでこんなとこにミッシェルがいることとか、もう驚かないから」

 

 

 ………えーと、つまり、背後の射的屋から暴発したコルクがこっちに来て、たまたまカズさんが振りぬいた先にそれが飛んできて…………って、どんな確率でそうなるの?

 

 

「か、カズさん。その───」

「まあ、なんだ、兄ちゃん……元気だせ」

「………………………………そうか。そうだな」

 

 

 ───結果、一匹掬った私の勝利に終わった。

 

 金魚掬いの屋台を後にする。隣のカズさんの顔を見上げる。

 表情は変わっていないけど、さっきよりも冷静さを取り戻したようだ。

 

 

「…………俺の完敗だ。ひまり、成長したな」

「ほぼ不戦勝みたいなものなんですけど……えへへ……」

 

 

 こんなことで成長を実感されても反応に困るけど、それでも自然と笑ってしまう。

 勝負に勝てたことだけじゃなくて、カズさんの機微を理解できるようになったことが何より嬉しいのだ。

 

 

「あっ、私のりんご飴、一口食べます?」

 

 

 冗談でそんなことを言いながら、食べかけのりんご飴を差し出してみる。

 多分、カズさんなら『それはお前のものだ。俺が食べるものではない。第一、元々食べさせるつもりもないだろうに』なんて言うんだろうなー、なんて思いながら。

 

 

「なーんて───」

「──────そうか、なら頂こう」

 

 

 冗談ですよー、と口にした瞬間。

 銀色の髪が視界を横切った。

 

 

 

 

 

 …………へ?

 

 

 目をパチクリさせる。

 りんご飴。私がつけたものの隣に、大きな歯型がもうひとつ。

 一方、カズさん。ボリボリと何かを頬張っている。

 

 これが意味するところはつまり──────

 

 

「ふむ、良いものだな……どうした、ひまり?」

「はっ、はわわわわわわ…………」

 

 

 ごめんなさい。訂正します。

 私はまだまだ未熟みたいです。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 祭囃子が遠のいて行く───

 

 楽しかったお祭りもいよいよ締めになる。

 はしゃぎ倒した子どもたちも、名残惜しそうに振り返りながら神社を後にする。

 

 ………帰りたくない、と泣く子どもが、親におんぶされている姿も見える。

 

 何だか微笑ましい気持ちに──────なるなんてことはなかった。

 

 

 

「うっ、ぐすっ、ずびばぜん゛〜」

「気にするな。そういうこともある」

 

 

 ………なぜなら、私もその中のひとりだからだ。

 

 今、カズさんにおぶられながら神社とは反対方向に向かっている。方角は私の家に向いていた。

 

 

「うえぇぇ……急にアルバイトは入るし、一番食べたかった屋台は売り切れるし、新しい下駄の紐が切れるし……」

「結果的につぐみたちと合流できなかったな」

 

 

 グサリ、と事実を突き刺される。

 そう、カズさんと屋台を巡っている最中……私は盛大に転びそうになった。

 と言うのも、新品なのに下駄の鼻緒(はなお)が切れてしまったからだ。信じられないことに、両足とも。

 

 カズさんが支えてくれたおかげで転ばずに済んだのはいいものの、完全に足を失った私は泣く泣く帰らざるを得ない羽目になったわけだ。

 

 

「…………重いですか?」

「重いぞ」

「そ、そこは嘘でも軽いって言うところですよ、もぉ〜!」

 

 

 うう、気分が沈む。

 つぐたちから『気にしなくていい』って連絡が来ているけど……みんなとの思い出が作れなかったなんて……高校一年の夏はこの一度だけなのにぃ………。

 

 

「また泣くのか」

「な、泣きませんよっ!いつまでも泣き虫じゃいられないんです!」

「そうか…………そうか」

 

 

 ずびー、と鼻をすする音を聞かれてしまった。

 恥ずかしいけど、今は涙を堪えるだけで精一杯なのだ。

 

 

「……少し、寄り道をしてもいいか?」

「え?」

 

 

 ふと、こんな呟きを耳にした。

 

 カズさんは横目で私を見ていた。

 なんとなくで頷くと、カズさんは私が来た道を逸れ始めた。

 歩くにつれて、人通りは少なく、道は狭く、灯りも少なくなっていく。

 

 ………やがて、道すらないような茂みにまで来てしまった。

 電灯どころか、人の気配すらない。真っ暗で、何も見えないほどの暗がりの中にいる。確かなのは、背中から伝わるカズさんの温もりだけ。

 目が慣れるまで時間がかかりそうだ。

 

 

「く、暗いですね」

「そうだな。この暗さなら丁度いいだろう」

 

 

 思わず首を傾げる。

 一体何が丁度良いんだろう。

 

 暗がり。人気のない場所。そこに二人の男女。しかも片方は自由に動けない。

 

 そこから導き出される答えについて考えた時──────ボン、と頭のどこかが一気に沸騰した。

 

 つ、つつつつつ、つまり………?

 

 

「かっ!かかかかかじゅしゃん!?さすがにそれは、ま、まままっまだ早いんじゃ────」

「? 早いも遅いもあるのか?」

「そ、それはもうええと、こ、心の準備とかムードとか場所とか、あと下───はっ!あのっ!私、今日どれ履いてましたっけ!?」

「俺に聞くのか」

 

 

 何言ってるの、私!?

 ───いや本当に何言ってるの、私!?

 

 ぐるぐると思考がまとまらない。

 離れる気はないのに、じたばたとカズさんの背中で暴れてしまう。

 

 

「安心しろ。俺はそんな意図があってここに連れてきたわけではない」

「………むぅ〜!」

「むぅ、と言われてもな。そもそも、お前を暗がりに連れ込んで、そんなことに及ぶような人間として扱われているのか。それにはさすがに俺も文句を言いたい」

「ぅ、ううう〜もぉ〜………!!」

 

 

 ぐうの音も出ない正論だった。

 やるせない気持ちとともに、カズさんの背中に顔を埋める。

 勝手に想像して、勝手に暴れて、勝手に困らせたのは私なんだけど……ここまで興味のない素振りをされると、またまた凹んでしまう。

 

 む、胸とかも押し付けてみても、無反応だし………私も滅茶苦茶緊張しているからか、カズさんの動悸は全く読み取れなかった。

 

 

「……私だって成長してるんですもん」

「知っている。さて、目的地に着いたぞ」

「えっ」

 

 

 目的地、と言われて、ようやく辺りに視線を向ける。

 

 

 

「わぁ───」

 

 

 

 

 辿り着いた先、そこには───星が地上に在った。

 

 

 ぽつり、ぽつりと小さな光が宙を舞う。

 行き場もなく漂う光は糸のような線となり、やがて草木に辿り着く。

 風が吹けば、辺りの草木からも一斉に光が舞い上がる。飛ぶ方向は直線上ではないけれど、私にはこれが流星群のようにも見えた。

 

 これらは生命の灯り。

 私達が立ち入らないこの場所で、蛍らは確かな営みを育んでいた。

 

 

「こんなところあったなんて……!」

「昨年、この河川敷に立ち寄ったときに偶然見つけた。昔は蛍なんていなかったのだがな」

 

 

 昔……昔?

 暗がりのせいか、正確な位置はわからない。確かここは河川敷の方だったと思う。

 昔、この辺りで遊んだことあったっけ。

 

 

「昔って……ここ、何かありましたっけ?」

「……………人が、住んでたな」

 

 

 家が建っていたということなのかな。

 目が慣れてきたので、少しばかり視野が広くなってきた。

 辺りを見回しても、特に木材の残骸とかは見受けられない。れっきとした緑地だった。

 

 

「へぇ〜。でも、今、こうして自然が戻ってきてるのなら、きっといいことですよね!」

「……………ああ、そうかもしれんな」

 

 

 ……どうしてだろう。

 表情は相変わらずの鉄面皮なのに、いつもより声が震えていたような気がした。

 

 それにしても、まさかこんな場所に連れてきてくれるなんて思わなかった。

 まさかのサプライズによって、さっきまで溜まっていたネガティブな感情が嘘のように無くなっていた。

 

 …………これってもしかして?

 

 

「カズさん。ここに連れてきてくれたのって……」

「お前を慰めるための言葉が思いつかなかった。だが、お前がその気持ちのまま、家に帰すことに納得がいかなかった」

 

 

 個人的なエゴに過ぎんがな、と自嘲しながらも、カズさんは言葉を続ける。

 

 

「だが、だからこそ、誰も知らないこの場所、この景色をお前に見せたかった」

 

 

 そして、私の方に顔を向ける。

 目が合うと、ふっと微笑んだ。

 

 

「良かった。今度は喜んでくれたようで何よりだ」

 

 

 その声は相変わらず平坦だけど、心の底から出ていたように聞こえた。

 

 ───ああ、この人はいつもそうだ。

 他人の本質や魂胆をすぐに見抜いてしまう。にもかかわらず、足りない言葉や不器用すぎる行動が裏目に出てしまうことが多い。

 それに泣かされたこともあったけど、全て善意からの行動なのは、私だってわかっている。

 

 乞われたら迷わずに手を差し伸べる。

 たとえ、表面的に求めていなくても、奥底に助けを求める声があれば、この人にとっての理由はそれで充分なのだ。

 

 その生来の実直さと正義感、そして、それが果たされた時に初めて表に出る微笑み。

 それらが、どうしようもないくらい眩しくて、焦がれてしまう──────

 

 

「えいっ」

「なんだ」

 

 

 耳元に顔を近づける。

 その精神は万人に向けられたもの。

 例外はあっても、程度に差はない。

 

 だからこそ、私にそれを一身に向けてほしかった。

 

 

「あっ、あの!カズさんっ」

 

 

 つまらない独占欲でも構わない。

 気づいてくれとも言わない。

 いや、いくらこの人でも、この気持ちは口にしないと応えてくれないはずだ。

 

 だからこそ、私は──────

 

 

 

 

 

 

 

「ソイヤーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 

 

 ───不意に、夜空が切り裂かれた。

 

 

 遅れて聞こえる小さな爆発音と金切るような機械音、極めつけには舞い上がる狼煙。

 発生源は………さっきまで私達がいた神社だった。

 

 傍から見たら、何が起きたのか判断できないだろう。

 …………不本意ながら、私達には過去の前例からわかってしまった。

 

 

「間違いないな。壊れたようだ」

「で、デジャヴ………」

 

 

 あの声は間違いなくこころちゃんだ。

 カズさんも大概だけど、こんな無茶苦茶をやってのける人が他にもいるなんて、誰が予想できるだろうか。

 

 ……………あと、タイミング、逃しちゃった。

 

「そろそろ戻るか……ひまり、なぜ泣いている?」

「だ、だってぇ〜……」

「………話ならいつでも聞こう」

「そーじゃないんですよっ!もぉ〜!」

 

 

 夏の夜空に響いたのは、蛍のように行き場のない私の泣き声だった。




 マルイコラボのひまりを見てからずっとやりたいと思っていたことを消化できました。
 でも、やっと、夏が終わったんやな、って…………(悲しみ)


 アフロ二章を震えて待て。

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