空に太陽があるかぎり   作:練り物

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18話 ゆー・あー・まい・ひーろー

 びゅう、と吹いた風が、チェックのスカートを靡かせる。

 ここは、花咲川女子学院の屋上。

 学校で最も高い場所に、さらに高い位置に設置された補給水槽の上から、ひとりの少女が校門を見下ろしていた。

 

 

「ふーん、意外な結末だなー」

 

 

 彼女が見下ろす先は学生たちの人だかり、その中心。

 赤毛の少女がひとりの生徒を庇った結果、ターコイズブルーの少女の拳が直撃した瞬間だった。その瞬間を目の当たりにした少女からは、台詞の割には平坦な抑揚の声が溢れる。

 

 

「ま、展開がどうあれ、計画には何も影響ないし、どーでもいいや」

 

 

 なぜなら、結果は変わらないからだ。

 視線を外し、空を見上げながら足をぶらつかせる。その口元は、三日月のような弧を描いていた。

 

 

「羽丘は廃校───だけど、他の高校にバラバラになるから、一部は花咲川に吸収されるはず。これに乗じて、あたしはおねーちゃんと一緒の学校になれる。これなら不可抗力だし、おねーちゃんも文句は言えないよね?」

 

 

 よっ、と水槽の上から降りる。

 自分の身長以上の高さから着地したにもかかわらず、少女は一切動じていない。背伸びをして凝り固まった体を解す。

 

 

「で、何の用、センセー?ここ、他校だよ?」

「それはお互い様だろう」

 

 

 そこでようやく、いるはずのない客人に目を向けた。

 

 無骨な黒スーツに、赤いネクタイ。

 それに対照的な白い肌をした青年はそう返す。少女と同じように、特に感情が込められていない声で。

 

 素っ気ない対応が気に入ったのか、少女は再度質問を投げかける。

 

 

「意外といえば、センセーもそうだよねー。まさかあたしに辿りつく人がいたなんて。いつから気づいてたの?」

「花咲川と羽丘との間に、あるはずのない因縁を流すよう根回しをしているお前の姿を見たときからな」

 

 

 へぇー、と呟く少女の瞳が輝いた。

 

 

「じゃあ、答え合わせする?」

「必要ない。花咲川と羽丘の根も葉もない噂を流したのはお前(・・)だ。両校を険悪にするために、羽丘側の人間を花咲川に乗り込むよう指示したのもお前(・・)だ。本来、氷川紗夜と対決するはずの羽丘のトップとやらもお前(・・)だ。それだけの話だろう」

「あはははっ!中等部のときから勘付かれていたんだ!すごいすごい!もしかしてセンセーってOBだった?」

 

 

 そう言いながら、少女───氷川日菜は腹を抱えながら心底愉快そうに笑う。先ほどの笑みとは異なり、年相応の笑い方だった。

 

 ひとしきり笑った後、日菜は顔を見上げる。

 纏う空気には、余裕が満ち溢れていた。

 

 

「でも、これはちょっと計算外かなー?生徒だったら放置してもいいけど、センセーだったら、取り決め自体が無かったことにされちゃうかもだよね?」

「………」

「あ!一応言っておくけど、センセーがあたしに手を出したら体罰になるから、それはそれで羽丘の首を締めることになるからねー?」

 

 

 それが日菜の余裕の正体だった。

 理由がどれほど正当なものでも、教師が手を上げれば、待っているのは理不尽な処分のみ。

 

 つまり、ここで青年が何をしようと、日菜を止められない。青年が突き止めても全ては無意味なのだ。

 

 

「……どうやら思い違いをしてるようだな」

「思い違い?なになに?どこが?」

「あいつはまだ負けていないつもりだぞ」

 

 

 つられて、日菜は再び校門に目を向ける。

 見れば、緑のジャージを着た赤毛の少女が、おぼつかない足取りで立ち上がっていた。

 

 ひゅう、と口笛が鳴る。

 なるほど、確かに思い違いだったと、日菜は認識を改めた。

 

 

「俺は運が悪くないし、そもそも俺はお前に手を上げるつもりなぞ一切ない」

 

 

 青年は言葉を続けながら、ズボンのポケットに手を入れる。

 

 その仕草に、日菜は首を傾げた。

 では、ここでは何もしないのかと。

 

 

「いや、見逃すつもり(・・・・・・)もない(・・・)。ただ、出過ぎた真似をした生徒を懲らしめることに手なぞ必要ない、と言うのが正しい」

「何を言って……」

 

 

 言葉の途中で、日菜はあることを思い出した。

 羽丘と花咲川で根回しをしている最中、こんな噂話を耳にしたことがある。

 

 以前の羽丘の頭目───日菜の前任は、生徒たち全員から支持されていたと聞いていた。

 

 曰く、その容貌は、幽鬼のようでありながら、圧倒的な存在感を放っていた。

 曰く、一度も手を汚したことはなく、全て一瞥のみで強者を下してきた。

 曰く、その力をもって、生徒会長として教師の代わりに生徒の統率を取っていた。

 

 どうでも良かったので忘れていたが……改めて、青年を見る。

 白い肌、服越しに見えるやせ細った体。

 極めつけには、突然に紅く光を放つ右眼。

 

 

「っ!まさか!センセーって!」

「───前方注意(・・・・)だ、悪く思え」

 

 

 そう、彼こそ羽丘の伝説。

 校門で友を庇い、地に倒れた巴を鍛え上げた終生の師匠───!

 

 

「“沈まぬ太陽(カズナ)”───!!」

「武器なぞ不要──────真の不良は(メンチ)で殺す

 

 

 ──────その日、花咲川学園の屋上から、閃光が空ヘ昇った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「い、一旦カット入れよう?モカちゃん?」

「え〜、ちょうど名場面なのに〜」

 

 

 つぐみの制止にモカは口を尖らせる。

 一方、つぐみは頭の整理をしているのか、こめかみに指を当てている。

 

 

「えっと、私達が作っているのって、巴ちゃんの考えたお話の続きだよね?」

「そーそー。そのスピンアウトもの〜」

「ほ、本編が形すら出来上がってないのに、番外編書いちゃっていいの?」

「いや〜、そういう時もあるよ〜」

 

 

 それでいいのかなぁ、と納得していない様子のつぐみ。

 まだ他にも問いただしたいことがあるのか、テーブルの上に置かれていた大学ノートを手に取る。おそらく、そこに先ほどの内容が記されているのだろう。

 

 

「それと、本編の因縁は全て日菜先輩が仕組んだ……って、これスピンアウトでやっていいの?すごい重要な設定じゃない?」

「今、思いついたからねー。日菜先輩ってすごい黒幕っぽいなー、って思ったら、つい〜」

「まあ、日菜先輩もノリノリでやりそうだよね……」

 

 

 ヒナセンパイ……ふむ、どこかで聞いたような、そうでないような。

 

 

「で、お兄ちゃんがOBって……舞台設定って女子校だよね?これ、矛盾するんじゃ……」

「ふっふっふ、では、カズくんをカズちゃんにしよう〜」

「お、お兄ちゃんをお姉ちゃんにするのはだめだよ!!」

 

 

 つぐみの言うとおりだ。

 そう簡単に性転換させられては堪らない。

 

 最後に、つぐみはノートを広げながらモカに問いかける。これが一番理解できないところなのだろう。

 

 

「あと、最後!なんでお兄ちゃんがいきなりビーム出してるの!?」

「え、カズくんといえばビームでしょ?」

「お兄ちゃんはそこまで無茶苦茶じゃないよ、もぉ〜!」

「おー。つぐがひーちゃんみたいになってる〜」

 

 

 つぐみがなぜそこまで必死になっているのかわからないが………ビームか。どうやら、モカの中では俺は光線を放つらしい。随分と勝手なイメージを持たれているようだ。

 

 

「カズく〜ん、ちょっとビーム出せる〜?」

「無理だ。今は(・・)な」

「今は!?」

 

 

 十中八九、そんなことはあり得ないだろう。

 まあ、ゼロと断定する材料もない。少なくとも今はできないので、そう答えることにした。

 

 ………そろそろ、俺も会話に入るべきか。

 

 

「さっきから何をしてるんだ、二人とも」

「あ、えっとね、最近漫画作ることがブームになってて。絵は描けなくても、お話なら作れると思って、今モカちゃんと考えているんだ」

「今日のモカちゃんは、モカちゃん先生なのだ〜」

「そうか、モカちゃん先生なのか」

 

 

 漫画、漫画か。

 そういえばモカもつぐみは好んでいたな。モカは青年漫画で、つぐみは少女漫画。ジャンルは違えど、共通の趣味ではあるか。

 

 口惜しいが、俺にはその手の話は不得手だ。

 

 

「俺はそちらの知識が疎い。悪いが、力になれそうにない」

「え〜、つぐ、まだ解禁(・・)してなかったの〜?」

 

 

 俺はその手の本を読むことは禁じられている。興味がないわけではないが、買い求めるほどに熱意があるわけでもないし、つぐみにその話をしても、決まって口を尖らせて貸してくれないのだ。

 ちなみに、今のつぐみの表情はまさにそれだ。

 

 

「だって、お兄ちゃんすぐに影響されちゃうし……」

「でも、カズくんだよ〜?変な影響受けても、悪いことはするわけないじゃ〜ん」

「いや、違う。つぐみが危惧しているのは、少女漫画に登場するような男のむぐむぐ……」

「そ、それ以上はだめだってば!」

 

 

 びたーん、と俺の口元に勢いよくつぐみの手が当てられる。痛くはないが、珍しいことに、これは一言余計だったパターンらしい。ならば黙っておこう。

 そんなやり取りを見ているモカは「なるほど〜」と、俺が言わんとしていたことを理解していた。そして、こんな提案を投げかけられた。

 

 

「よ〜し。じゃあ、カズくん今度うち来てよ〜。カズくん好みのマンガ読ませてあげるからさ〜」

「ふむ……俺の好みを知っているのか」

「もち、友情・努力・勝利〜」

「勝利は必要ないと思うが……どれも良いものだな」

「そ、その時は私も行くから!絶対声かけてね、モカちゃん!」

「おっけー、ならトモちんも呼ぼっか〜」

 

 

 そうか、予定が合えば巴も来るのか。

 巴は確か少年漫画を好んでいたはず。少年漫画と聞くと、内心、心が踊る。

 こうして、モカ主催の『カズくんにオススメの漫画を布教しようの会〜』の開催が決まったところで、この話は決着がついた。

 

 

 閑話休題(そろそろ本題に戻ろう)

 

 

「話が逸れているな。このまま時間を棒に振るつもりなのか?」

「そだねー、って言っても息詰まっちゃったし、今回はこの辺にしておこう〜」

「うん。また思いついたらやろっか」

 

 

 当初取り組んでいた漫画作成も中断することにしたようだ。俺はキッチンに戻り、つぐみたちもノートを閉じようとした。

 

 

「ちょぉーーっと待ったーー!!」

 

 

 そんな時だった。

 突如、ドアベルが激しい音を奏でたのは。

 

 

「話は聞かせてもらった!!」

「あ、あこちゃん!?」

「おお、話が拗れそうな予感」

 

 

 新たな客人とはあこだった。

 そして、その背後にもう一人。

 

 

「こ、こんにちは……」

「あ、燐子さんもいらっしゃいませ。今日は二人とも一緒だったんですね」

「は、はい。あこちゃんとイベント行ってみたんですけど、酔ってしまって……人混みをみただけなのに………すみません………」

「無理言っちゃってごめんね、りんりん……ゆっくり休んでね?」

「どうぞどうぞ〜。お座りくだされ〜」

「ありがとうございます……」

 

 

 燐子さん、りんりん、と呼ばれた黒髪の少女は、つぐみに牽引されて椅子に案内される。

 ふぅ、と息を落ち着かせたのも束の間、今度はあこの方がつぐみに詰め寄ってくる。

 

 

「で、つぐちん!今、面白そうなことやってたでしょ!」

「え、もしかして漫画の話?」

「うん!あこもおねーちゃんみたいにシナリオ作りたい!」

 

 

 そう言えば、先ほどモカが作っていたのは巴作のシナリオの発展だったか。ならば、あこも便乗するのも無理はない。

 

 

「あこち〜ん、言っておくけど、漫画だよー?」

「わかってるってば!」

 

 

 そんな様子を遠目から見る。

 ………あこにはアイスカフェオレでも淹れるとしよう。俺の予想が正しければ、間違いなく必要になるはずだ。

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 …………………。

 

 

 

 

 ………………………。

 

 

 

「──────ぐぅ」

「ね、寝ちゃった!?」

「あ、あこちゃん。起きて……」

「………はっ!りんりん、寝ちゃってた?」

「そりゃあもう、一瞬で、すやぁ〜、ってしてたよ〜。あたしといい勝負だね〜」

「モカちゃん、それ、誇ることなのかな?」

 

 

 この手の作業は、あこにはまだ荷が重すぎる。

 ……対策として用意したコーヒーもそろそろ出来上がる頃か。お茶請けに焼き菓子も持っていこう。

 

 

「うー、頭の中ではイメージできてるのに、いざ書き出そうとすると眠くなる〜……」

「あ、それわかる!私もつい眠くなっちゃって……えへへ」

「あこちんあこちん、そのイメージのカズくんって、ビームも出すでしょ〜?」

「もちろん!カズ兄って言ったら、やっぱりビームだよね!」

「ご、ごめん。それだけはどうしてもわからないよ……」

 

 

 同感だ。同感だが、意気投合している中に俺が水を差す必要もあるまい。

 ソーサー、ストロー、ガムシロップにミルク……よし、持っていくとしよう。

 

 

「何を必死になっている、つぐみ。お前が否定したところで徒労に終わるだけだろうに」

「うう、お兄ちゃんも否定してよー……」

「これも特殊な好みを持っている者同士が集まった運命なのだろう。さて、アイスカフェオレとアイスコーヒーだ」

「ありがと、カズ兄ー!」

「あ、ありがとうございま───」

 

 

 ソーサーの上にアイスコーヒーを置き、踵を返す。この場において、この四人の世界にわざわざ入る必要もあるまい。

 

 

「───────へ?」

 

 

 ………つもりだったのだが、なぜだろう。

 りんりん、とやらから不自然な視線を感じる。

 

 

「あこ、これは……?」

「カズ兄!ほら!アレ!アレやって!」

 

 

 アレ………ふむ、アレか。

 正直、思い当たる節はありすぎて、どれが適切かはわからないが、所望されたならやらねばなるまい。

 

 

「──────『神々の王の慈悲を知れ』」

「!」

 

 

 あこから教わった台詞を言葉にすると、黒い瞳の中の輝きが増した。

 どうやら間違いではなかったらしい。

 理由はわからないが、その視線は、俺ではない誰かへの羨望の感情が込められていた。

 

 

「り、燐子さん……?」

「すごい勢いで頷いてるね〜………あこちん、これってどゆこと〜?」

「えへへ、実は──────」

 

 

 あこが取り出したスマホの画面を覗き込む一同。

 液晶に映るのは、ひとりのキャラクター。

 

 特徴は…………いや、出来ることなら説明は割愛したい。

 

 

「おー、なんかカズくんに似てるー」

「でしょでしょ!あこも初めて見たとき『カズ兄だ!』って思っちゃった!」

 

 

 なぜなら、モカとあこがそのように言っているからだ。

 りんりんとやらは、このキャラクターと俺を重ねてしまった、とのことだ。曰く、ネットゲームで一時期『れいどぼす』とやらで登場し、以来、あこと共通のお気に入りキャラらしい。

 わざわざ『自分と似ている』『お気に入り』と言われているキャラの特徴を説明するのは、まるで自賛のような気がして少しばかり気恥ずかしい。だからこそ、この場での説明は省かさせてもらう。

 

 

「奇妙だな。まるで鏡をみているような心持ちだ」

「………で、でも!お兄ちゃんはそんな格好しないよ!髪も少し濃いし!あと、もっと二の腕まわりの筋肉足りない気がする!」

「おお〜、さすがの妹力(いもうとぢから)。ツグってますな〜」

 

 

 つぐみが俺との差異を見つけてくれた。

 自覚はないが、つぐみがそう言うならばその通りなのだろう。自分のことは自分が一番わかっているつもりだったが、客観的に見るからこそ知り得ることもあるのだと学んだ。

 

 

「あ、ちなみにこのキャラ、ビーム出すよ!ね、りんりん!」

「うん……目から出すんです……ビーム………」

「り、燐子さんまで〜!お、お兄ちゃんはビームなんて出しませんからっ」

「ならいっそのこと、同じ格好してみる〜?」

「はっ!りんりん!」

「すみません。ちょっと測らせてください」

「構わないが、手短にな」

 

 

 どこからともなくメジャーを取り出し、俺に巻き付けるたりんりん。体調の方はすっかり良くなったようで何よりだが……こんなものを測ってどうするつもりなのだろうか。

 

 

「なんで漫画作ってるだけで、こんなことに………」

「──────はっ、す、すすすみません…………」

 

 

 突然の採寸に戸惑う中、つぐみの一声で冷静になったようだ。

 りんりんは顔を紅潮させながら自分の席にそそくさと戻った。初対面の相手を前に羽目を外しすぎたことを恥じているようだ。

 

 

「あっ!なら、りんりんもやってみようよ!」

「え?」

 

 

 と、あこからそんな提案があった。

 

 

「あ!燐子さん、よく読書しますよね!私もぜひ参考にしたいです!」

「わ、私、シナリオとか作ったことはないんですけど……」

「まーまー、とりあえず一回やってみましょうよ〜。やってみると、途中までは形になりますから〜」

 

 

 つぐみとモカも名案だ、と反応を見せた。

 なるほど、この三人とは方向性は別だが、物語に触れた経験は豊富なのか。

 

 りんりんは幾ばくか思案した後、モカからノートを受け取り、ペンを取り出した。

 

 

「わ、わかりました。やってみます!」

 

 

 覚悟を決めた強い眼差しを見届け、俺は己の仕事に戻ることとした。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ──────ここは、太陽神カズナと月の女神ツグミが交わって生まれた世界であることは、この世に生まれ落ちた者ならば誰もが知っている。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 仕事に戻れそうにないようだ。

 

 

「…………待ってくれ。待ってくれ」

「えっ?」

「おお、まさかカズくんがインターセプトするとは〜」

 

 

 りんりんが動じてしまっているが、こればかりは、さすがにこれは看過できなかった。

 

 

「や、やっぱりやり過ぎでしたか……?」

「いや、否定するつもりはない。聞いているこちらとしてはいたたまれないことこの上ないが、その発想は尊重されるべきだろう」

 

 

 本人は神話のような世界観のもと、壮大な構想があったのは理解できる。神話のような書物が読めないあこに、わかりやすく読み聞かせようとした意図が込められているのだろう。それを責めるつもりは毛頭ない。

 

 

「ただ、俺は耐えられるが、つぐみの方が持たなそうだ。すまないが、ここらで手打ちにしてもらえると助かる」

「へっ?」

 

 

 だが、従妹(いもうと)が流れ弾によってダウンしかけている以上は庇わざるを得ない。

 

 

 

 

 

「──────はふぅ」

「つ、つぐみさん!?!?」

 

 

 目は点に、顔からは火が灯りそうなほど赤みを帯び、頭から湯気が出て、今にも椅子から崩れ落ちそうな始末だ。

 情報過多による知恵熱、処理しきれなくなった羞恥の気持ちによる発熱か。それらが行き場を失くした結果、壊れた電子レンジのような有様になったのだろう。

 

 

「あれま〜、導入だけでショートしちゃったみたいですね〜」

「どうやら刺激が強すぎたようだ」

「す、すみませんっ……!すみませんっ……!」

「今、必要なのは謝罪ではないだろう。冷たいものを持ってくる。二人とも、つぐみを頼んだぞ」

「は、はい!」

「おまかせあれー」

 

 

 二人の返事を確かに聞いた後、駆け足で氷嚢を取りに行く。

 

 りんりんは何度も必死に頭を下げているが、いや、俺も予想外だった。

 神話などでなくても、昨今の少女漫画はこういった描写はあると聞く。ならば、俺よりつぐみの方が耐性があるとばかり考えていたが、過信しすぎたようだ。

 

 

 認識を改めよう。

 つぐみにはまだこの手の話は早い。

 一方、りんりんはこの手の話では侮りがたい存在だ。

 

 ………これだと、まるでりんりんが専門家のように読み取られてしまうかもしれないが、まあ良いだろう。

 

 

「え?みんな、さっきから何の話してるの?つぐちん、いきなりどうしちゃったの?」

 

 

 だが、あこにも早すぎる認識は、改める必要はないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 残暑が続く中、比較的涼しい気候の日だったかもしれない。いつも通りの五人には、通っている小学校(・・・)から少し離れた茂みの中に、秘密の基地があった。

 

 廃棄されたプレハブ小屋を、捨てられたテーブルやらダンボール、家から持ち込んだクロスなどで装飾するほど、五人は愛着を持って利用していた。

 夏は暑すぎてあまり通えなかったが、こうして涼しくなった今、久方ぶりに顔を出したわけだ。

 

 しかし、そこには新たな脅威が構えていた。

 

 

「に、逃げようよ〜!危ないってば〜!」

「いや、駄目だ。アタシたちの基地を捨てるなんてできないだろ」

 

 

 巴はひまりを背中に棒きれを手にする。

 ひまりだけじゃない。蘭、つぐみ、そしてモカも、巴の後ろに隠れていた。

 

 なぜこんな事になっているか、と言うと、目前の外敵(てき)によって、この基地の存亡の危機に立たされているからだ。

 それは、親指くらいの小さなモノ───されども、危険性で言えば人の命すら奪えることができる存在だった。

 

 

「で、でもスズメバチだよ?刺されたら、死んじゃうかもだよ?」

「だからって、このまま逃げるのかよ?アタシは嫌だ!」

「………あたしも、やだ」

「蘭まで〜!?ううう〜……」

 

 

 ひまりは完全に怖気づいてしまっている。当然、それは他の四人も同様だ。小学生(・・・)も無知ではない。相手にしている存在の危険性は漠然とした恐怖心を煽る。

 それこそ、ちょっとした羽音にも敏感に反応してしまうほどに。

 

 

「わわっ」

「いやあああ!!」

「ひっ」

 

 

 黄色い影が飛び立ち、五人の目の前で滞空する。すぐに飛んでくるかと思ったひまりとつぐみは思わず腰を抜かしてしまった。

 

 ───当時は知らなかったが、こうして蜂が空中でホバリングするのは目の前の存在を敵とみなした証である。

 また、蜂は習性として黒いもの(・・・・)に引き寄せられる、と言うものがある。

 

 さらに、問題は、この中で最も黒色の割合が大きい者が、無様に隙を晒してしまったことである。

 

 

「つぐ!危ない!」

「──────えっ」

 

 

 つぐみが尻餅をついてしまったのを、皆が視界に捉えたときにはすでに遅かった。歯をキチキチさせながら、一直線に飛んできた蜂に、巴たちもなすすべ無く素通りさせてしまう。

 

 もはや手遅れ。誰も、少女を護る者はいない。恐怖のあまり目を閉じた瞬間───突如、蜂の羽音が止んだ。

 

 ……誰もがついて行けていない中、最も早く状況を飲み込んだ者が一人だけいた。

 

 

「わ〜、カズくんだ〜」

「無事なようだな」

 

 

 モカがその名を口にすると、颯爽と現れた学生服の少年───和那が、教科書を丸めた物を地面に叩きつけている姿を目の当たりする一同。

 全容は見えないが、黄色い半透明の羽が残骸として地面に転がっている。その意味を理解した少女たちは、一目散に少年のもとへ駆け寄った。

 

 

「お、お兄ちゃん……っ!」

「カズしゃぁぁぁん!うぇぇぇぇん!」

「怖い思いをしたようだな」

「う、うるせー!アタシだけでも何とかなったし!余計な真似すんなよな!」

「そうか。出しゃばりすぎたようだな。蘭も怪我はしていないようだな」

「……ん」

 

 

 全員の無事を確認したものの、和那の顔は晴れない。少女たちの安全を確認し終えると、すぐに立ち上がり背を向けた。

 

 

「さて、お前たちは家に帰れ。邪魔だ」

「なっ、何言ってんだよ!やっつけたんだからアタシたちが帰る必要なんてないだろ!」

「やだ。帰らないし」

 

 

 少年の冷たい言葉に反発する巴と蘭。

 確かに、外敵は既に倒された以上、この二人の言うとおり帰る必要はない。

 しかし、少年は相変わらず淡白に言い放つ。

 

 

「邪魔だ、と言っている。一匹すら対処できなかったお前たちに何ができる?」

「と、巴ちゃん。お兄ちゃんは『他の蜂もこっちに来るから逃げてくれ』って言ってるよ?」

「うそでしょ!もうやだぁ!帰ろうよ、ともえー!」

 

 

 つぐみとひまりは泣き出しながら避難を懇願する。

 ……この場を和那だけに任せることが嫌な気持ちがあるのか、巴は悔しそうな表情をしながらも決断した。

 

 

「っ!皆は任せろ!先生とか呼んでくるから、カズも無理すんなよな!」

 

 

 泣きじゃくる二人を連れて引き返す巴の言葉に、少年は何も返さない。

 鞄を地面に置き、そのまま基地の外の茂みに身を投じていく。

 

 その遠くなる背中を、モカは棒立ちで見届けていた。

 

 

「モカ、行こう」

「……うん」

 

 

 蘭に腕を引かれ、モカもこの場を去る。

 この数時間後には、役所の人間による駆除作業が開始され、少年が巣を見つけたことにより、作業は迅速に終えられた。

 

 けれども、その基地は立ち入り禁止となり、今はどうなっているか、誰も知らないのであった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「……………ん」

 

 

 重たい瞼が上がる。

 ……どうやら寝てしまっていたみたいだ。

 あの夢は……確か、小学生の頃だったかな、と考えながら背伸びをした。

 

 壁掛けの時計に視線を向ける。

 あこちんたちを見送り、つぐの復帰を待つ間にも構想を練っていてからしばらく経ったみたいだ。窓を見ると、もう辺りが暗くなっていた。陽が高くなったと感じたのが、随分と最近のことのように思う。

 

 くぅ、とお腹が鳴る。

 普段、バンドの練習やライブくらいでしか使用しない集中力が切れた途端にやってきた。

 何かないかと辺りを見渡すと、と、タイミングを見計らったかのように、テーブルに一枚の皿が置かれた。赤、緑に彩どりのある夏野菜を挟んだサンドウィッチが、ポツン、と皿に乗っている。いつも通りの無表情なカズくんが寝ぼけ顔のあたしを見下ろしながら置いてくれたみたいだ。

 

 

「眠りこけるほどに暇を持て余しているように見える。それほどまでに情熱を傾ける意義があるのか?」

「そう言いながらも、ちゃんと差し入れを持ってきてくれるカズくんなのであった〜」

 

 

 せっかくの施し。ありがたく受け取ることにした。

 かぶり、と豪快にかぶりつくと、野菜の水分とバーベキューソースの香りが口の中に広がる。

 間違いない。この食感はやまぶきベーカリーのパンだ。今、この瞬間において、あたしほど幸せな人間はいない、と思ってしまいそうなほどに美味しい。

 

 ………こうして今食べているパンも、どこかの卸屋さんからさーやパパへ小麦が渡って作られる。そして、さーやパパからつぐパパに仕入れられ、それをカズくんがサンドウィッチを作って、こうしてあたしが食べることができる。

 

 物の流れはこんなにスムーズなのに、どうしてストーリーになると、ここまで躓いてしまうのか、実に不思議な感覚を覚える。

 

 

「いや〜、やっぱり人を動かすのって難しいね〜」

「そういうものなのか。てっきり得意な方だと思っていたのだがな」

 

 

 今、羽沢珈琲店にはあたしとカズくんしかいない。

 そんな独り言も筒抜けになるのは仕方ないとして、何やら意外な反応が帰ってきた。

 

 

「カズくん、モカちゃん先生のことを買っててくれてたようですな〜、えへへ〜」

「お前はマイペースで興味のなさそうな素振りをしながらも、周りの人間ひとりひとりの機微をよく観察している。個人的には、あの五人の中で最も人の性格や変化に敏感なのはモカだと思っている」

 

 

 ………一瞬だけ、きょとん、としてしまう。

 久しく忘れていた感覚だった。こうして、カズくんの分析を真っ向から受け止めるのは。

 

 

「だからこそ、俺にはお前の悩みが理解できない。登場人物のモデルは、ほとんど周りにいる人間たちであれば、ありのまま描けばいいだけの話ではないのか?」

 

 

 なるほど〜、と呟きが漏れる。

 カズくんの質問は一見筋は通っているように聞こえる。けれど、これはそこまで単純な話ではない。

 

 

「むしろ、周りにいる人だからこそ動かしづらいんだよね〜。例えばトモちんは少年漫画的なバトルが合うけど、ひーちゃんは恋愛モノが合うでしょ〜?いまいち統一性、というか〜、ジャンルが定まらないんだよね〜」

「なるほど。確かに難儀だな」

 

 

 学校で最後にみんなで作った“魔法少女ひまり”を思い浮かべてほしい。あれはあれで作っているときは面白かった……けど、収集がつかなくなって打ち切りになる典型だと思う。

 カズくんも、本人が口にしたように、その手の創作に強いわけではない。あたしの言葉に納得したのか、何度か頷く仕草を見せている。

 

 

「気を遣う必要はない。お前が望むのであれば、俺は倒される側の存在でも構わない」

 

 

 すると、今度はそんなカズ語が飛んできた。

 

 これはアレだ。『モデルにした人物をわざわざ気を遣う必要はない。例えば、自分を悪役に据えても問題ないから遠慮するな』って言いたい……んだと思う。

 

 別に気を遣っているつもりなんてないんだけどなー、と内心呟く。薫先輩とか紗夜先輩とか、かなり現実とかけ離れたキャラになっているし。

 じゃあ、なんでそんなカズ語が飛んできたんだろう。そんな考えに至った経緯について考えていると、ふと自分の真下にあるノートが目に入った。

 

 そのページは、まだつぐにも見せてないもの。冒頭に一行だけ書かれた、構想とも言えないようなメモ書き。

 そこで、寝てしまう前に考えていた内容を思い出した。

 

 それは、宇宙からやってきたモンスターの侵略を防衛する、ひとりの青年の物語。他の作品にもありがちな、けれども王道とも言えるそれについて考えていたら、いつの間にか寝てしまっていたのだ。

 それを見たカズくんはさっきのカズ語を言い残したと考えると、自ずと真意も理解できた。

 

 

「………できるわけないじゃん、も〜」

 

 

 そう、幼馴染(あたしたち)全員は、どうしてもそれだけはできないだろう。少なくとも、青葉モカという個人においては、それをしたくない。

 

 

 なぜなら──────

 

 

「それよりカズく〜ん。モカちゃんは夏の串焼きの埋め合わせを所望する〜」

「今、それを使うか……いいだろう。好きなものを言うがいい」

「ロールケーキ〜。モカちゃんはまるごとガブリといきたい気分なのだ〜」

「恵方巻きみたいだな………ところで、晩御飯の用意もしているのだが、どうする?」

「やった〜、さすがカズく〜ん。ヒーロー(・・・・)は太っ腹だね〜」

「ふっ、買い被り過ぎだ。お前の方が太っ腹だろう」

「む〜、女の子にその返しは良くないよ〜」

 

 

 そんなやり取りをしながら、あたしはカズくんの後に続いて羽沢家の中にお邪魔する。

 

 

 たとえ、あたしが大きくなっても、あの秘密基地が使えなくなったとしても──────この認識は、きっと、これからも変わらない。

 

 

 そんな予感を胸に、今日も今日とて甘えさせてもらうことにしたモカちゃんなのであった〜。




 どんどん更新の間隔が開いてしまっており申し訳ございません。そして、その結果が過去最高に頭の悪い内容になってしまってすみません。

 今回はりんりんの顔出しとモカをメインにしました。モカの誕生日やらあけしゃんの卒業やら経過し、さらに深夜の悪ノリ(特に目からビームのくだり)の結果がこれです。とうとうやりやがったな、と思った方、ごもっともです。次回からは普通のギャグ()に戻りますので許してください。

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