空に太陽があるかぎり   作:練り物

21 / 24
19話 六人目なぞいない

 ────あれは、夏休みが終わる直前のことだったか。

 

 登校日、学校帰りにいつもの五人が我が店に集まり、(主にひまりが)夏休みの宿題を終わらせようと奮闘していた。

 ところが、ひまりが肝心の参考書を忘れてきたために、夜の学校に繰り出し───戻ってきた後のこと。

 

 

「無理……ほんと無理……まだピアノの音が耳に……」

「十二……十三?いやいや、最初の段をどう数えるかだろ、ははは……」

「なんで?なんで私たちあの状況で帰ってこれたの?夢なの?誰か教えてってば〜!」

 

 

 何やら穏やかではなかった。

 つい夕方まで正常であったはずなのに、戻ってきたら三人ほど顔面を蒼くさせながら錯乱状態となっていた。

 

 

「何があった」

「えっとー、夜の学校行ったら、怪奇現象に遭遇しちゃった〜」

「ほう」

 

 

 であれば、この惨状も納得できる。

 怪奇現象の詳細はわからないが、今なら些細な物音だけでも驚いてしまいそうだ。

 

 

「つぐみ。無事か?」

「うん。私は大丈夫。ちょっと疲れちゃったけど」

 

 

 と言いつつ、我が従妹(いもうと)もずっと俺から離れないままだ。シャツの裾を強く握りしめているせいで俺も身動きが取れない。

 

 

「仕方ない」

 

 

 夜も遅い。

 最悪、車で送ることはできるが、この精神状態のまま家に帰すことには不安を覚える。この際、恐怖を共有できる人間同士が共にした方が安心するはずだ。

 

 では、俺が取れる最善の措置とは何か、と考えると、自ずと答えは導き出される。

 

 

「──────お前たち、今夜は帰さんぞ」

 

 

 ガチャリ、と、羽沢珈琲店の鍵を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、お兄ちゃん!初めから『もう暗いから今日は泊まるか?』って言ってよ!」

 

 

 おかしい。

 なぜ顔を真っ赤にしたつぐみに指摘されているのだろうか。

 

 ともかく、つぐみのフォローによって誤解を与えることもなく、提案自体は受け入れられた。

 生憎と電話中であるため言葉にはできないが、ジェスチャーで詫びと礼をすることにした。

 

 一方、スマホの向こう側にいる人物からは『頼んだぞ』という言葉を受け取る。これで必要な根回しは完了だ。

 

 

「蘭、伝言だ。『あまり羽目を外しすぎないように』だそうだ」

「無理、そんな元気ない……」

 

 

 ほんの少しだけ落ち着いたようだが、まだ蘭から覇気を感じられない。

 蘭に必要とするものは、リラックスできる環境と時間だな。しばらくそっとしておこう。

 

 

「よし。とにかく、蘭の父さんからも許可が出たし、これでみんな安心して泊まれるな!」

「くぅー!夏休みらしくなってきた!」

「そうだな。追い込みで宿題を終わらせようとするのは確かに夏休みならではだな」

「早速現実に引き戻された!」

 

 

 嘆いたところで、宿題は終わらない。

 ここには代わりにやってくれる小人なぞ存在しない。ここは素直に没頭してもらう方がひまりのためになると判断する。

 

 今夜の怪奇現象で抱いた恐怖を薄れさせることができるならば、宿題であれどうあれ何でも使おう。

 

 

「あたしお風呂入る〜」

「じゃあタオルと着替え出すね」

「おう、いってらっ──────あれ、モカがいなくなったら誰が手伝うんだ?」

「え?カズくんが手伝うんじゃないの〜?」

「……高一レベルであれば、なんとかなるか」

「じゃあよろしく〜。つぐも行こ〜」

「えっ、私も?」

 

 

 つぐみから迷いの視線を向けられるが、俺は目を合わせない。それを決めることは俺ではないので、つぐみ自身に任せよう。

 

 俺の意志を汲み取ったのか、つぐみはモカの後に付いていった。さて、ここからは宿題組の面倒をみるか。

 

 

「ほら、蘭。疲れたのはわかるけど、さっさと終わらせようぜ」

「無理……あたしも風呂入って寝る……」

 

 

 ………まだ、蘭は立ち直らないか。

 宿題に取り組む気力もなさそうに見える。

 

 

「仕方ない。早く片付けるぞ」

「ほら、アタシも終わったら手伝ってやるから、頑張ろうな、ひまり」

「うう……二人ともありがとう〜!この恩は一生忘れません!」

 

 

 一生、と言っても、次の日には忘れるのがひまりだ。あまりあてにしないでおこう。

 

 さて、まずは苦手と言っていた数学からか。

 参考書を手に取り、宿題となっている範囲を捲る。

 

 

 パラリ。

 

 

 ………ふむ。

 

 

 パラリ、パラリ。

 

 

 ………………そうか。

 

 

「カズ、もういい。無理すんな」

「こ、ここなら私と巴でやりますから!」

「すまない」

 

 

 約四年の歳月。それは想定よりも重いものだったことを痛感させられた。

 ……となると、この場において俺は役立たずか。では、ここにいる意味もないだろう。

 宿題の邪魔にならないよう、部屋を後にしようとした時──────

 

 

「いやいやいや!待て、カズ!一旦落ち着け!」

「か、カズさん!冷静になって!そのままその場に座っていてください!」

「なんでいきなり部屋出ようとしてんの!?意味わかんないんだけど!?バカでしょ!?」

 

 

 三人は必死に引き留めてきた。

 俺は冷静なことこの上ないはずなのだが、正気を疑われながらその場に座らされてしまった。

 宿題を手伝えない以上、存在意義なぞ皆無のはず。にもかかわらず、ここまで熱意を持って俺を置いておこうとする。

 

 ………なるほど、この三人を意図的に置いていったな、モカめ。

 

 

「俺には理解できんな。目に見えない、触れることのできないものに怯えたところで徒労に終わるだけだぞ。ここは潔く受け入れることもひとつの選択肢であるとは思うが」

「蘭、お願い。カズさんから目を離さないでね」

「責任重大だぞ。任せた、蘭」

「任せて」

 

 

 諌言は無視され、見張り役は蘭が選ばれた。まあ、いるだけでその恐怖を和らげることができるのなら、好きにさせるとしよう。

 

 ………とはいえ、手持ち無沙汰なのは変わらない。何かできることはないかとあちこちを見回るが、特段変化のないつぐみの部屋だ。

 

 

「蘭、俺は何をしていたらいい?」

「別に何もしなくて良くない?偶には休んだら?」

 

 

 休む……休む、か。

 充分に休息はもらっているが、そこまで仕事中毒(ワーカーホリック)に見えるのだろうか。

 

 

「………仕方ない。アレをやるか」

「アレ?」

柔軟(ヨガ)だ」

 

 

 ピン、と、両足伸ばす。

 背筋はそのまま、足を徐々に開いていく。

 180度手前で止め、上体を地面につくまで倒す。

 

 体調管理の一環としてやっていたらここまでできるようになった。継続は力なり、と言うやつだ。

 

 

「どうだ」

「ま、まあ、すごいんじゃない?」

 

 

 む、蘭の反応が薄い。

 地道な努力でも積み重ねれば結果を出せる、と言うことを伝えたいのだが、これだけでは足りないのか。

 

 ならば、今度はもう少し難しい格好をしてみるか。

 

 まず、先ほどの足を開いた状態で、体全体を両手で持ち上げる。

 倒れないようにバランスを取りながら、今度は足のつま先を天井に向けるように徐々に閉じていく。

 最後に膝を折り曲げ、踵を後頭部まで持って行き、完成だ。

 

 

「どうだ」

「うわっ……そこまで行くと流石にキモい」

「キモい、か。まあ、人に見せる格好ではないことはその通りだな……む、こんなところにホコリが」

「ちょっ!?その体勢で歩かないでよ!キモいって言うか無理!ほんと無理だってば!」

 

 

 蘭は身を縮めて嫌悪感を示す。

 さすがに大袈裟ではないか?

 

 

「ちょっと、蘭〜!さすがにちょっと声大き………ってカズさああああああああん!?!?」

「うわああああああああ!!カズがなんか取り憑かれたああああああああ!!」

 

 

 こちらに視線を向けたひまりと巴の顔も一気に血の気が引いた。

 ………いや、本当に大袈裟ではないか?

 

 今日だけ柔軟体操は禁止されることになった。曰く、『夢に出てきそう』らしい。

 

 閑話休題(甚だ不本意である)

 

 

「ゔ〜、終わんない〜!もう動けない〜!」

「まだ一時間だぞ。散漫だな」

「さすがにこんな時間だと頭働かないだろ。まあ、夏休みはまだ残ってるし、これくらいなら後は一人でもなんとかなるって」

 

 

 見れば、時計の針はもうすぐ頂点に来ようとしていた。夕方から勉強していることも考慮すれば、くたびれるのも当然か。

 

 

「さてと、あれ?」

「巴、どうしたの?」

「いや、つぐたち、さすがに遅すぎないか?」

 

 

 巴の発言に、蘭とひまりもハッとする。

 つぐみは風呂は長い方であるが、こうして後に入る者がいるときは早めに出ようとする。

 ……何かあったか、どこかで道草を食っているかだな。

 

 

「ちょうどいいだろう。確かめるついでに入りにいけばいい」

「それもそうか。じゃあ、アタシ先入るけど……カズ、どうする?」

「では、俺もついていこう」

 

 

 巴と共に立ち上がり、部屋を後にする。

 さすがにこの二人も気も紛れただろう。今度こそ、俺のいる意味はないはずだ。

 

 

「………は?和那と巴が一緒に入るの?」

 

 

 ふと、蘭からそんな疑問が飛び出して来た。

 

 

「………とーーもーーえーー?」

「いや、何でそうなるんだ……って、あ、説明足りてなかったな」

「俺は自分の部屋に戻るだけだ。巴の着替えを用意する必要がある」

「巴の着替えって、レディースのだとつぐの服が……あ!」

「……あ、なるほどね」

 

 

 ひまりに続いて蘭も察し、巴が少し苦い顔をする。

 俺が思うことはひとつ───体格差というものは悩ましいものだと言うことだけだ。

 

 ………と、今度はひまりが何やらそわそわとし始めた。

 

 

「どうした。急に不審な挙動をしたところで周りは戸惑うだけだぞ」

「きょ、挙動不審じゃないですよっ!い、いやー、私もー?つぐのパジャマだと、サイズが合わなそうな気がするんですよねー?ど、どうしようかなー?」

 

 

 ………男物の衣服を着たがるとは、相変わらず物好きだな。『さすがにそれは無理あるだろ』と、巴の顔に書いていることに気づいていないのか。

 

 

「Yシャツならあるぞ。それでいいか?」

「や、やった!ありがとうごさいます!」

「気にするな。では、行……くのか、蘭?」

「……………なんでこっち見るの?」

「一人で留守番することもできないのか?」

「うっさい」

 

 

 蘭も俺の部屋までついていくことにしたらしい。こちらとしては拒む理由はないので何も言わないことにした。

 

 俺の部屋はすぐ隣。

 つぐみの部屋ほど大きくはないが、俺にとってはいささか広すぎるほどの大きさの部屋を貸してもらっている。

 恵まれているはずだが、同時に申し訳無さをも覚える。なにせ、俺の部屋には──────

 

 

「あ」

「あ〜」

 

 

 帰ってこないと思っていた二人がそこにいた。

 

 

 

「……おーい、二人とも?なにしてんだー?」

「あ、いや、その、ち、違うの、みんな!モカちゃんが、その、お兄ちゃんの部屋にも置いてあるのか気になって……私も最近、お兄ちゃんの部屋に入ったことがないなー、なんて………」

 

 

 あうあう、と目を回しながら弁明する我が従妹(いもうと)。動機は理解できたが、肝心の目的語が欠けていた。

 

 

「何を探していた?」

「うえっ!?そ、それは………」

「もち、えっちな本とか〜」

「も、モカちゃ〜ん!!」

 

 

 ………そのようなことだろうと思った。

 年頃故、そういうことに興味をそそられるものなのだろう。

 もっとも、俺にそれを求められても、期待には応えられないがな。

 

 

「俺には必要のないものだ。他を当たれ」

「ぶ〜、つまんな〜い」

「当然だ。そもそも探す場所自体ないのだからな」

 

 

 部屋を見渡す。

 本棚や収納を設ける必要はない。仕舞うものがあるほど持ち物は多くないからだ。

 机も必要はない。リビングに行けばあるので、部屋に置く意義がないからだ。

 箪笥も必要はない。部屋に埋め込まれている備え付けクローゼットで充分だからだ。

 

 それでも──────ベッドがある。

 毛布があれば充分であるにもかかわらず、ここまでのものを用意して貰えるとは……少しばかり贅沢しすぎないかと、度々思うほど機能性に溢れた部屋だ。

 

 

「うわっ、相変わらず何もないな……カズ、お前、ちゃんと暮らせてるのか?」

「本当、昔から物持たないよね。この部屋も殺風景すぎない?独房なの?」

「こういうのって何て言うんだっけ……ミニマリスト?」

 

 

 ところが、周りからは散々な言われようだ。

 ……女子からしたら、そのような考えに至るものなのだろう。

 

 まあそれはそれ。これはこれ、だ。

 それとは別に、今回は注意しておく必要がある。

 

 

「さて、勝手に他人の部屋に入って他人の趣向を暴こうとした意図は理解できたが……こういった真似をされた側の気持ちを考えたことがあるのか?お前たちが今まで築き上げた信用を失っても構わないのならば止めはしないが」

「え、あ、ご、ごめんなさい」

「う、ごめんなさい。悪ノリし過ぎた」

 

 

 俺は構わないし気にしていないが、他人はそう限らない。

 こういった冗談は、匙加減を誤れば取り返しのつかないことになりかねない。俺自身、商店街の皆からそう指摘されることが多いが、今回は棚に上げさせてもらおう。

 

 ………よくよく考えれば、俺は冗談のつもりでやった記憶がないのに、よくそんな指摘を受けたのだが、なぜなのだろう。

 

 

「まあ、俺にも非はあるか。次からは気をつけて、一冊くらいは目立つところに置いておこう」

「そうだね……えっ!?何言ってるの、お兄ちゃん!?」

 

 

 む、何か間違えただろうか。

 この場合、むしろ逆に俺がそのようなものを持っていた方がかえって安心するのでは、と思ったのだが。

 

 

「つぐみはああ言っているが、何か希望はあるか?是非、今後の参考にしたい」

「あ、なら、いっそのことボーイズラ───」

「モカ!それ以上はやめとけ!カズは本気にするぞ!」

 

 

 そこまで話をした後、珍しく蘭が「こほん」と態とらしい咳払いをする。

 話が脱線しすぎたためか、強引に軌道修正をするようだ。

 

 

「それより二人とも。風呂出たなら早く言ってよ。あたしずっと待ってたんだけど」

「う、ごめんね、蘭ちゃん」

「めんごめんご〜。許しておくれ〜」

「……モカは謝る気ないでしょ。さっきの和那のトーンと違い過ぎ」

「も〜、そんなカタイこと言わないの〜。お風呂上がりのモカちゃんの香りを堪能していいからさ〜」

 

 

 ふっ、とモカが髪の毛を払う。

 つぐみが集めている入浴剤のうちのひとつを使ったようだ。

 

 気を取られるつもりはない。俺にはこの部屋に来た目的を果たさねばなるまい。

 クローゼットを開ける。下部の収納から適当にシャツとスウェットを取り出す。

 

 

「巴。ひまり。例のモノだ。好きに使え」

「おっ、サンキュー!」

「お、お借りしますっ!やたっ!」

 

 

 ひまりが小さくガッツポーズをしていた姿が丸見えだった。まあ、喜んでくれたようで何よりだ。

 

 

「そ、そうだよね………巴ちゃんもひまりちゃんも、私の服じゃ、サイズ合わないよね………」

 

 

 一方、従妹(いもうと)の方は何やら乾いた笑みを浮かべながら自分の部屋に戻っていった。

 

 

「……あそこまで気にすることなのか?」

「トモちんもひーちゃんも、スタイルで言えばグンバツだからねー。お年頃になってしまったつぐには色々と悩みがあるのだよ〜」

「グンバツ、か。俺としては虎とジャガー程度の違いにしか見えないのだが」

「その二匹ってだいぶ違うでしょ」

「その通りだ」

 

 

 俺とてその程度の区別はつく、と言う話だ。

 ……さて、目的は遂行した。

 巴とひまりが風呂に行ったのを見送ったあと、己のベッドに座り込む。

 

 

「あれ、カズくん戻らないのー?」

「寝るだけなら、俺が戻る必要もあるまい。蘭も、あとはモカとつぐみがついていれば怖くないだろう」

「だから!別に怖がってないって言ってるじゃん!」

「よーし。じゃあ、つぐの部屋で怪談でも───」

「やっぱあたしも軽くシャワー浴びてくるから出たらすぐ寝るからおやすみ和那」

 

 

 モカの背中を押しながら、そそくさと去っていった蘭。やけに早口で上手く聞き取れなかった。とにかく怪談なんてする前に寝て朝を迎えたい意志はしかと伝わった。

 

 二人が閉め忘れた扉を閉めて一息つく。

 

 

「幽霊、か」

 

 

 ベッドに寝転び、話に聞いた七不思議のことを思い出す。心霊現象……確かにそういうこともあるのかもしれないし、ないのかもしれない。当事者ではない俺には確かめようのない話だ。

 

 

「………塩でも盛っておくか」

 

 

 寝るにはまだ早いようだ。

 部屋から出て、寝静まった店の明かりをカウンターとキッチンだけ点灯させる。

 

 塩を取り出し、数枚の小皿に盛りつける。

 あとはこれをつぐみたちの部屋に…………いや、待て。

 

 

「多すぎるな」

 

 

 盛りつけた量ではない。在庫の量が、だ。

 発注ミスも考えられるが、どうにも恒常的なもののようにも思える。

 ………確かに、今の羽沢珈琲店には、塩を多量に使うメニューはなかった。これは新たな発見だ。

 

 ならば、活用方法はないだろうか。

 そう言えば、この間イヴが食べた話していた塩アイスなるものが──────

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

「あれ、お兄ちゃん?」

「───む」

 

 

 横からの声が、現実へと引き戻す。

 気がつけば、目の前のテーブルには試作のアイスやらソフトクリームやら、パンケーキやら……いかんな、つい没頭しすぎたようだ。

 

 

「つぐみか、こんな時間にどうした」

「お兄ちゃんこそ、こんな夜中まで試作してたの?」

「そんなつもりはなかったのだが、つい、な」

「つい、って。お風呂は?」

「………一応、風呂には入ったみたいだ」

 

 

 呆れながらカウンター席に座るつぐみ。

 ………そうか、座るのか。

 

 

「寝れないのか。怖いか?」

「うっ…………そうです、はい」

 

 

 夜の学校では、つぐみは皆を先導していたと聞く。だが、皆のために頑張って抑えていただけで、怖くなかったわけではないことは、言動の節々を見ればわかる。

 

 

「つぐみ、お前は俺にどうして欲しい」

「えっと……なら、少しお話、してもいいかな?」

「承知した。ハーブティーでも淹れよう」

「うんっ!」

 

 

 戸棚を漁り、ティーパックを探す。

 それにしても……話、か。

 

 

「しかし、改めて何か話す必要があるのか?充分にコミュニケーションは取れていると自負しているのだが」

「ま、まあ、会話は沢山しているけど……その、最近、お兄ちゃんと二人でいることが少なかったし………」

「そうだな。確かに減っているな」

 

 

 俺は店の運営。

 つぐみはバンドに生徒会。

 家族とはいえ、互いの活動環境は違う。

 バンドが昔馴染みのため、何だかんだ共に過ごす時間は取れていても、こうして従兄妹(きょうだい)水入らずの時間は確かに珍しいかもしれない。

 

 

「特段、珍しい話でもあるまい。バンドを続け、高校生にもなれば交友関係は広がるものだ。その分、俺との時間が減るのはむしろ必然だろう。喜ばしいことだ」

「……それって良いことなのかなぁ」

「俺にとっては喜ばしい変化だ」

「…………むぅ」

 

 

 むぅ、と言われても困る。

 正直な感想なのだから、これで甘んじて欲しいものだ。従妹(いもうと)は俺に何を求めているのか、たまにわからなくなってしまう。

 

 

「まあ、少しばかり寂しさはあるか」

「え?寂しいの?あのお兄ちゃんが?」

「俺とて人間だ。ずっと後ろにいた従妹(いもうと)や、その幼馴染が等身大の成長をすることに感傷を抱くこともある」

「……そっか、私だけじゃなかったんだ」

「そうか。お前もそんなことを思っていたのか。確かに、最近の蘭の変化には目を見張るものがある。無理もない話か」

「……え?」

 

 

 きょとん、とするつぐみ。

 蘭のことではなかったのか。では、巴か。巴はあこから良い刺激を受けているようだ。この前もあことの関係がぎこちなくなった時の経緯も聞いた。以来、また一皮剥けたような印象を受ける。

 

 

「私、お兄ちゃんが変わってきていることが寂しいって言ったつもりだよ?」

 

 

 ………何だと?

 

 

「俺が、か?」

「うん。お兄ちゃん、すごい変わったもん」

 

 

 キッパリ言い切られてしまった。

 珍しい。つぐみが『思う』なんて言葉すら使わずに、ここまで断言するとは。

 

 

「そうか。お前がそう思うのなら───」

「私が思っただけじゃなくて、お兄ちゃんは変わったよ。だって、最近は私たちや商店街の皆だけじゃなくて、色んな人達と仲良くなってるし」

「全てお前たちを経由した繋がりだがな」

 

 

 確かに、一年前と比較して顔は広くなったような気もする。名前を知らないような、顔見知りばかり増えているだけに過ぎないが……進歩しているのか、俺は。

 柄ではないが、少しばかり嬉しい。

 

 

「で、それに何か文句……いや、それが怖いのか?」

 

 

 こくり、とつぐみは頷いた。

 疑問に思っていた。俺が変わった、と言葉にするつぐみの顔は晴れない。何か思うところがあることは誰が見てもわかる。

 

 

「お兄ちゃんが社交的になってきているのは私も嬉しいけど、少しだけ怖いんだ。このまま、お兄ちゃんが私の見えないところに行っちゃうんじゃないか、って」

「いや、それは────」

「うん、わかってる。大袈裟だよね」

 

 

 ぽつり、ぽつり、と、心情を吐露しながら乾いた笑みを浮かべるつぐみ。ずっと溜め込んでいたように見える。

 

 愚鈍な自身を恥じるとともに、大袈裟などではないも思う。

 つぐみたちがバンドを始め、自分たちだけでガルジャムで成功を収めたと聞いた時、似たような心情を抱いたこともあった。

 

 あの一件、俺は何もしていない。

 蘭の話を聞いた。蘭の父と話をした。つぐみの見舞いに行った。それだけだ。

 

 解決したのは、他ならぬ五人自身。

 今も───そして、これからも───俺がAfterglowへ本格的に介入することはない。そう或ることが最善だと断じた。

 六人目なぞ(・・・・・)存在しないのだ(・・・・・・・)

 

 

「………覚えているか。俺とお前が初めて会った時のことを」

「え?」

 

 

 だが、それでも“変わらないこと”がある。

 

 

「な、なんとなく覚えてる、かな。お父さんから紹介されて、家族が増えることが嬉しかったことと……あと、お兄ちゃんの服がやけにボロボロだったような………」

「当時の俺の姿はあまり関係のない話だ。重要なのは、俺が初めてお前と交わした約束だ」

「約束?」

 

 

 あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。

 十にも満たなかった俺に与えられた衝撃と、己の誓いは忘れまい。

 

 

「そうか、覚えていないか」

「ま、待って!今、思い出すから……えっと、し、『知らない人にはついていかない!』とか?」

「重要だな。その日会った知らない人に説かれるのは、やや説得力に欠けるが」

「違うの?えっと……えっと……こ、降参!」

「そうか」

 

 

 わざわざ両手を挙げてまで表現するのか。忘れていることに対する申し訳無さの表れか。

 

 

「まあ、お前が覚えていようがいまいが関係ない話か。お前は今のまま、あるがままに生活していればそれでいい。無理のし過ぎは禁物だが」

「……やっぱりお兄ちゃん、意地悪になってる気がする」

「なんだと」

「コミュニケーションの基本は情報の共有だよ!お兄ちゃんが知ってて、私が知らないことを一方的に納得するなんて、意地悪だと思う!」

「む」

 

 

 これは風船のように頬を膨らませるつぐみに理がある。

 今のつぐみからしたら、俺は思わせぶりなことだけ言って結論を述べない意地悪な人間に映っているのかもしれない。

 

 であれば、俺が拒む理由はない。

 あの時と同じように、従妹(いもうと)の目を逸らすことなく静かに告げる。

 

 

「『お前が俺を必要とするかぎり、俺はお前を庇護し続ける。たとえ近くにいられない時でも、俺はお前を照らす太陽になろう』」

「え?」

「俺が初めてお前にした約束事だ」

 

 

 なぜ出会い頭に、何を思い、俺がそんなことを口にしたのか。理由は全て俺個人のエゴだ。つぐみにとってはどうでもいい。

 重要なことは、従兄(あに)が誓い、従妹(いもうと)が受け入れ、約束が交わされた。この約束を以て、俺とつぐみが従兄妹(きょうだい)になった。それだけだ。

 

 改めて、つぐみに視線を集中させる。

 ……カウンターのテーブルに突っ伏したまま動かない。

 

 

「どうした。浮ついた台詞を言わせるだけ言わせた上に、聞いたら聞いたで欠伸でもでてきたのか」

「違うよ!お………お兄ちゃんってば、よく顔色ひとつ変えないで言えるよね」

「これでも小恥ずかしさを感じているつもりだ。まあ、お前の表情筋を緩ませることには成功したようで何よりだ」

「うう〜……お願いだから今はこっち見ないでよ〜……」

 

 

 耳を赤くした従妹(いもうと)をもう少し拝みたかったが、そう言われてしまえば仕方ない。

 後ろを向き、ハーブティーの用意をする。

 ここは、バーベインにしよう。それがいい気がする。

 

 ………こんな従兄(あに)でも、辛くも七不思議の恐怖を紛らわすことができたようだ。言葉だけでも、時には人を安心させることができるようになれたのは、確かに変化の証なのかもしれない。

 

 これを蘭やひまりにもできればいいのだが、ままならないものだ。

 

 

「───ありがとね」

 

 

 ぼそり、と聞こえる感謝の言葉。

 ……今はこれで充分としよう。

 気づけば、自然と口元が釣り上がっていた。

 

 そんな夏の終わりのひととき。

 季節は折り返し───夕焼けが映える秋がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと、私からも良いかな?」

「どうした」

「………な、なんで、背中だけ(・・・・)服がないの(・・・・・)?」

 

 

 ………唐突だな。そして今更(・・)か。

 ここで作業に没頭している間もこの状態だったと言うのに。

 

 

「着ているぞ。下は履いているし、あとエプロンも着けている」

「それタンクトップだと思ってた………なんでシャツ着ないの?」

「洗濯したものはひまりに貸したもので在庫切れだ。結果、“裸えぷろん”と言う格好になった」

「は、はだっ!?」

 

 

 裸なのは上半身なので厳密に言えば違うのだろう。いわば、“ハーフ裸えぷろん”か。

 背中の防御がないが仕方あるまい。着る服がない以上、こうせざるを得ないのだから。

 

 

「せめて今日着たシャツでもいいから着てってば!今日はみんないるのに、朝までその格好でいるつもりなの!?」

「さすがだな。俺のことは全てお見通しと言うわけか」

「お兄ちゃん!!!」

 

 

 とりあえず、頭から湯気を出しているつぐみのためにも、手際よくハーブティーを用意するとしよう。

 ………ああ、この騒がしいやり取りも“変わらないもの”なのかもしれないな。

 

 

 

「の、のんきにハーブティー作ってないで服取ってきてよー!」

「すまない」





 試行錯誤の結果、季節外れの話を投稿しました。
 色々と考えた結果、アフロ全員がわちゃもちゃしている話を書きたかったので夏イベントの後日談的な何かが出来上がりました。

 本当はもっとギャグ()一辺倒に、それこそガルパピコ的なカオスさを出したかったのですが、己の理性と文才が歯止めをかけてくれたおかげで、何とか体裁は保てました。ヨカッタヨカッタ…(ババンボ様並感)

 感想お待ちしています!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。