空に太陽があるかぎり   作:練り物

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 あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ!
 『評価バーが赤くなったことに喜んでいたら、いつのまにか日刊11位になっていた。』な、何を言っているかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……。

 そんな感じでポルナレフ状態でしたが、読者の皆様のおかけで結果を残すことができました。ただただ感謝です。

 皆様のご期待にそえるようにこれからも頑張ります!

 では、遅くなりましたが次話です。



4話 “いつも通り”

 隣人の顔が辛うじて見えるかどうかの暗い一室。

 スポットライトが静かに照らすのは五人の少女たち。

 彼女らの姿が見えた途端、幾多の歓声がこの一室に響きわたる。

 

 

「騒々しいな」

 

 

 ぽつり、と漏れた感想すら、この場では歓声によって儚く消え去る。ここにいる観客たちがそれほど彼女たちの登場を待ち望んでいた証拠だろう。

 今、ここにいる俺なぞ、彼らにとっては気に止めることすら無駄なほど、ちっぽけな存在であることを実感できる。

 

 そんな熱狂的な視線を集めているステージの上にいる彼女たちの顔つきもまた、普段のそれとは違っていた。引き締まったその表情からは、音楽に対する真摯な気持ちがダイレクトに伝わってくる。

 

 

 ボーカルの蘭が口を開くと、自然と歓声も止む。

 蘭が放った言葉はただ一言だけ。

 

 

 一曲、聞いてください、と。

 

 

 飾り気のない、率直で素直な言葉を皮切りに始まる演奏はさらなる歓声を呼び起こした。

 

 

 

 その光景を、俺はただただ俯瞰する。

 

 

 

 退屈なわけではない。むしろ、音楽には疎い俺でも、聞いているだけで気分が高揚している。

 少し恥ずかしいが、この場にいる観客と同じように腕を掲げてもいいかと思えてくるほどに。

 

 

 

 だが、俺は俯瞰することしかできない。

 

 

 

 なぜなら─────

 

 

 

 

 

 

「…………そろそろ血流が悪くなってきた気がするな」

 

 

 ────────全身に縄で簀巻きにされているせいで、物理的に身動きが取れないからである。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 遡ること、一時間前。

 

 今日は待ちに待ったライブ当日。

 いつぞやのガルジャムのような規模のライブイベントではないが、それでも従妹(いもうと)たちは懸命に準備してきたことは知っている。

 

 

 音楽関係では役立たずの立場として、せめて本番直前直後くらいは労いをする必要があると思っている俺としては、いつも家から手軽な菓子類を持っていくことにしている。

 

 こうして訪れた楽屋裏にて対面した巴とひまりに差し入れを渡し、すぐに退散する……はずだった。

 

 

 気がついたら既に手足を縛られ、なすすべも無くつぐみたちが待つライブハウス裏に連れてこられた。

 何がなんだがさっぱりだが、『痛くしませんからねー、ちょっと待ってくださいねー』と言うひまりの言葉に大人しく従っていたらこうなっていたのだ。

 

 

「さて、そろそろ聞かせてもらいたい……これは新しいパフォーマンスのための準備か何かなのか?」

「そ、そんな演出とかしないからね!?」

「実行したアタシたちが言うのもアレだけど、カズも何で抵抗しなかったんだよ……」

 

 

 つぐみと巴から冷静かつ至極当然の指摘が飛んできた。

 

 ……ふむ、いつも通りの反応だ。

 どうやら本番を前にして正気を失ったわけではないようだ。伝聞どおり、Afterglowは王道なガールズロックバンドなのだろう。観客の誰かを縛ってステージから放り投げるようなハードな演出をしないようで心の底から安堵した。

 

 

「抵抗しなかった、と言うよりは抵抗できなかった、と言う方が適切だな。実に見事な手際だった。こうして俺が身動きできないようにされたのはお前たちが初めてだ。胸を張って誇るがいい」

「な、なんだこの強キャラ感……」

「傍から見たらすごい間抜けな構図だけどね〜」

「もしかして密かに練習していたのか?そんな暇があるなら楽器を弾いている方がもっと有意義だろうに」

「し、してませんよっ!人聞きの悪いこと言わないでください!」

 

 

 練習なしであの手際の良さは、それはそれで問題があることに気づいていないのか。

そう言葉にしようとしたが出なかった。先ほどから形容し難い視線が飛んできていたからだ。

 

 

「じ〜」

 

 

 視線の主は目の前にいるモカから。

 俺が作った林檎のタルトタタンをもしゃもしゃと頬張りながら、ある一点を見つめていた。

 

 その先は、乱れた俺のシャツの裾。

 巴が言ったように、特に抵抗していなかったことから縛られている最中に出てきたとは考え難い。つまり、その前から乱れていたままということになる。これは恥ずかしい。

 

 すると、突然モカはその部分を掴み、

 

 

「よいしょー」

 

 

 おもむろに引っ張り上げた。

 

 

「へっ!?」

「なっ!?」

「っ!?」

「も、モカちゃん!?」

 

 

 視線が俺の腹部に集まる。

 一同、驚愕しているようだが、一番驚いているのは他ならぬ俺であった。

 

 

「………お前は何をしている」

「ん、服をめくってるー。って、相変わらず細いね〜。男の子なんだからもっと食べないと〜」

「お前ほど大食いにはなれんし、いらん世話だ。そもそも、本番前にこの行為をする意味はあるのか?」

「ん〜?わかんないけど、需要ならあるよー」

「そんな物好きがいるのか」

 

 

 そう言いながらモカの背後にいる四人に視線を移す。

 苦笑いを浮かべている者もいれば、必死に視線を逸らそうとしている者、両手で顔を覆いながら指の隙間から凝視している者まで反応は三者三様だったが、明らかな供給過多なのは見ればわかる。

 

 

「も、モカちゃん!めっ!」

「ちぇ〜」

 

 

 そんな暴挙に出たモカも、つぐみによって制された。

 シャツも重力に従い、俺の腹部を覆う。

 一旦、冷静になったことでモカの意図にも気づくことができた。

 

 

「こ、こらモカー!公衆の面前でそんなことしちゃ駄目でしょー!もー!」

「そう言ってやるな。本番前だからこそ、ああすることで緊張を和らげようとしたモカの気持ちを汲み取ってやれ。現につぐみの肩の力が抜けていることから一定の効果はあったようだ」

「……えっ、あっ本当だ」

「ふっふっふー。これもモカちゃんの作戦のうちなのだー」

「だからって、他に方法はなかったのかよ……」

 

 

 ドヤァ、と胸を張るモカを前に、巴から溜息が溢れる。

 どうやら、巴も途中から気づいていたようで、あの苦笑いは『そんな強引でいいのか』という意味だったようだ。

 

 

 閑話休題(話を戻そう)

 

 

 本題は、手足の自由を奪った上でここに連れてこられた理由だ。別に服をはだけさせることで本番前の緊張を和らげるためではないことくらいはわかる。

 

 

「…で、結局これは何なんだ。俺も暇ではないんだ。はやく開放してほしいんだが」

 

 

 ……言い方が悪いかもしれんが、これが俺の本心だ。

 応援する気持ちは確かにあっても、それはそれだ。

 これ以上、長居をするつもりはない。

 

 

「でも今日非番だろ。つぐから確認は取ってるぜ?」

「お父さんたちからも『必要ない』って聞いてるからね!仕事は理由にならないよ、お兄ちゃん!」

 

 

 ……ふむ、裏取りは完了していたようだ。

 元々仕事を理由に去るつもりはないが、そんな根回しまでやっていたことには素直に驚きだ。

 

 だが、俺にはここに居続けてはいけないことには変わりない。

 何とかしてこの場を切り抜けなければならない。

 

 

「ねえ、和那。正直に答えて」

 

 

 今まで沈黙を保っていた蘭がとうとう口を開く。

 そして、ある事実を俺に向けて突きつけた。

 

 

 

「────私達のライブ、一度も参加したことないでしょ」

 

 

 先ほどのやり取りが嘘のように静かになった。

 この場に全員が俺の返事を待っている。

 

 ……ここまで場を整えられては、腹を割るしかない。

 

 

「ああ、その通りだ」

 

 

 俺は肯定した。

 蘭の言うとおり、俺は結成してから一度たりとも(・・・・・・)Afterglowのライブには参加していない。

 荷物の搬入の手伝いや差し入れをするときに少しだけ練習に関わることはあれど、バンドとしての活動に介入することは意識的に最小限にしていた。

 

 

「ど、どうしてですか?いつも差し入れは欠かさず持ってきてくれてるのに……」

 

 

 恐る恐る、ひまりが問いかける。

 もしや、バンド活動に反対しているとも捉えられたのか。

 

 まあ、無理もないか。

 現に一度、無理がたたったせいで家族が入院したのだ。あれは他にも要因が重なった結果によるものなので、バンド活動を一方的に責められるものではないのだが、理由としては充分機能する。

 

 しかし、それは否だ。

 むしろ俺は応援している側だ。そうでなければ、こうして非番の日に手製の差し入れなぞ持ってこないだろう。

 

 答えはもっと単純な話だ。

 

 

「席は限られているからな」

 

 

 そう言うと、皆が口を開けたまま沈黙した。

 

 

「えっ、席だったら私達が確保して……」

「それは余計というものだ。お前たちの演奏は俺だけのものではない。他にも聞きたい人間は大勢いる。その中には、あぶれてしまう者がいるだろう」

「それは、そうだな」

 

 

 学生によるガールズバンドとは言え、根強いファンはいる。

 ライブに参加したいと思い、必死に予定を調整してきても、席が取れなかったために泣く泣く断念せざるを得ないことは珍しくない。

 定員が決められていようなものにおいて、切り捨てなければならない時は、いつだって非常であるのだ。

 

 

「ならば、その席はお前たちの演奏を楽しみにしている誰かのためにあるべきものだ。断じて、俺が座るものではない」

 

 

 それを『演者の身内だから』という理由で貴重な一枠を埋めてしまうような真似はできない。悪いこととは言わないが、少なくとも俺はそんな真似はできない。

 俺よりも彼女たちの演奏を待ち望んでいる者に譲るのが筋だろう。

 

 ……いかんな、回りくどくなってしまった。

 俺が言いたいことをそのまま口にしてしまったせいか、要領を得ない言葉になってしまった。

 何か、上手くまとまった言葉がイマイチ思いつかない。

 会話が途切れてしまうのもテンポがわるくなってしまうので、頭の中で要約した言葉を口にすることとした。

 

 

「つまり、お前たちの演奏は、俺が聞くに値するものではないと言うわけだ。悪く思え」

 

 

 そう言葉にした瞬間。

 プチッ、と何が切れる音がした。

 

 

 ……今の発言に何かおかしな点があっただろうか。いや、あったのだろう。

 現にこうして五人から見下されている視線が一気に冷たくなったのだから間違いない。

 

 

「巴、ひまり。お願い」

「よーしわかった。いっそのことスピーカーに括り付けてやる」

「どうする、巴?縄の本数増やす?」

 

 

 巴とひまりが近づいてきた。

 スパァン!と手に持った縄を引っ張る音が実に不穏で、背中から冷や汗が垂れる。

 

 ……どういうことだ。なぜ目の前の二人から発せられる殺気を浴びなければらならない。

 そうだ、つぐみだ。また頼るのは恥ずかしいが、こういう時は従妹(いもうと)に助けを求めるしかない。

 

 

「あーあ。盛大にカズったね〜。みんな火がついちゃったよ〜」

「そういうモカちゃんも頭に来てるよね?」

「……どうだろうね〜。ツグは〜?」

「私は“いつも通り”だよ?慣れてるし」

 

 

 助け舟どころか、視線すら合わせずに会話に没頭していた。

 薄情、とまでは言わないが、せめて意識くらいはこちらに向けてほしい。さすがに俺も傷つく。

 

 ………無理矢理、頭を冷静にして、ようやく理解した。

 俺としては『音楽センス皆無の俺なんかが聞くのは憚られる』と言葉にしたつもりだった。

 一方、あちらには『お前たちの演奏なぞ俺の耳に入る価値すらない』と捉えられてしまったようだ。

 

 なるほど、それは憤りを感じるのは当然だ。

 俺とて、手間をかけて作った料理を目の前で台無しにされたら怒るに決まっている。

 

 だが違う。違うんだ。

 俺の伝えたいことはそうじゃない。いや、それは向こうもわかっているはず。少なくとも、つぐみは絶対にわかっている。他の四人もわかってくれるに違いない。

 ならば、訂正しよう。

 

 

「……すまん、一言足りなかった。あれは───」

「もう遅い。このバカズナ」

 

 

 しかし、現実は非情。

 俺の発言は、蘭のゴーサインによって遮られた。

 結局、弁明の機会すら与えられず、俺は巴とひまりに引きづられていくのであった。

 

 この一件で学んだ教訓としては、これだろう。

 

 

 “たとえ間違いに気づいても、訂正する機会は必然的に与えられるものとは限らない。”

 

 

 ………もっと早く知りたかった。

 

 そんな後悔は、さらに体中に巻き付かれる荒縄のように俺の心を縛り上げた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そして、今に至る。

 

 

 こうしてライブハウスに簀巻にされて柱に括り付けられている様は、傍からみてどんな姿に見えるのだろう。

 搬入された備品置場に放逐されていることで他の観客からは絶妙に見えないようにされている為、見つかることの心配はない。このような配慮を欠かさないあたり、やはりあのやり取りは悪ふざけの一環なのだろう。

 

 そこまで準備をしてくれた以上は袖にすることもできず、こうして現状に甘んじ、素直に演奏を聞いているわけだが……。

 

 

「─────………」

 

 

 ただ、圧倒されていた。

 

 各々、異なる楽器にもかかわらず、互いの邪魔をするどころか、むしろ引き立たせるように重なり合う音が、的確に心を揺さぶってくる。

平常心でいるはずなのに、いつのまにかこの空間に取り込まれているような錯覚に陥ってしまう。

 

 なにより、その一体感を作り出しているあの五人が、この空間で最も輝きに満ちていた。

 

 

「これが、ライブか」

 

 

 確かにこれは癖になる。

 未知の感覚に戸惑いながらも、この場にいる俺は恵まれていることは確かだ。

 

 

「っ!」

 

 

 ふと、背後から人の気配がした。

 

 これはまずい。

 この姿を見られて失墜するのは俺の名誉だけではない。気休めにすらならないだろうが、必死に顔を逸らして誤魔化そうとする。

 

 つぐみたちと同じ演者か、それともスタッフか。

 思い当たる人間はいくつかいるが、今回はその誰でもなかった。

 

 

「……君か」

「……ご無沙汰しています」

 

 

 俺が挨拶した先には、和服を身に纏った男が立っていた。

 さらには眼鏡とマスクで顔の半分以上が隠れている。明らかにライブハウスには不釣り合いな不審者の装いをしている。

 だが悲しきかな。この不審者こそ他ならぬ蘭の父であった。

 

 

「待て、それはどうしてそうなった?」

 

 ………訂正しよう。

 簀巻きにされている俺も人のことを言える立場ではなかった。

 

 

「貴方には関係のない話です。気にしないでください」

「そ、そうか」

 

 

 こうなった経緯については互いに詮索しないことになった。話が早くて助かる。

 こうして異様な風貌をした男二人が端でコソコソとしている姿を、傍からはどう見えるか心配だが、とりあえず今は考えないことにした。

 

 

「ここに来ていること、蘭は知っているんですか?」

「だろうな。それより、敬語はやめなさい。……なんというか、ところどころ棒読みでむず痒くなる」

「そうか、ならばそうさせてもらう」

 

 

 こういうところも話が早くて助かる。

 一応、外なので慣れない敬語を使ってみたが、不評のようで何よりだ。

 

 

「そうだ、今日は何を持ってきたんだ?」

 

 

 突然、彼はそんな風に話を切り出してきた。

 何とは……ああ、差し入れのことか。

 

 

「林檎のタルトタタンだ。あえて甘さより酸味の強いヒメリンゴを使い、一口サイズに仕上げてみることで、ライブ前に手軽に補給できるようにした。我ながら力作だと自負している」

「タルト…ふむ、君には負けんよ」

「そう言えば、貴方も差し入れを持っていくことが多いのだったな」

 

 

 ─────さすがに差し入れにプレーンのベーグルはないでしょ。

 

 頬を緩ませながら愚痴を言っていた蘭の顔が思い浮かんだ。

 なるほど、どうやら彼は差し入れの評判を気にしているようだ。

 

 

「その対抗意識は無意味だな。そもそも勝負になると思って────いや、失礼した。俺は本職として手作りで、貴方は市販のもの。競い合う土俵が違っている。それに、差し入れの差など彼女たちには関係のない話だろう、という訳だ」

 

 

 無意識に出てきた言葉を途中で言い直す。

 今日は既に一度カズっている以上、二度続けて過ちをするわけにはいかないのだ。

 

 そんな姿を見た蘭の父は、ほう、と感嘆した。

 

 

「少しは進歩しているな。だが、まだ君の言葉は直栽的すぎる。角が立ちすぎだ」

「恐縮だが、そういう貴方も随分と丸くなったな。娘が華道以外に現を抜かすことを頭ごなしに否定していた頑固頭が、一体どういう風の吹き回しだ?」

「……その頭の固さを正面から盛大にこき下ろした若造はどこの誰だったか」

 

 

 マスク越しで隠れているが、間違いなく顔を引きつらせていたことはわかった。

 まだまだ精進が必要なのは自分が一番知っている。

 

 そんな風に、演奏を聞きながらも、ぽつりぽつりと雑談する。

 こういった慣れない場にいるためか、必要以上の会話をしないような俺たちも、自然と口数は多くなるようだ。

 

 やがて、彼女たちの出番も終わりが近づく。

 セットリストも、残り一曲と言ったところだろう。

 

 

「娘─────蘭の音楽を“ごっこ遊び”と評したことがあった」

 

 

 すると、そんな言葉が隣から溢れた。

 

 “あった”、か。

 

 

「過去形ということは、今はそうではないと言うことか」

 

 

 そのように尋ねると、彼はわざとらしく目を逸らす。

 

 実のところ、複雑なのだろう。

 歴史深い名家の家主としては、一人娘には華道に打ち込んでほしいに決まっている。しかし、その一方で、一人の父としては娘の気持ちを尊重してやりたいのだろう。

 

 

「…………親というものは、難しいものだな」

 

 

 自嘲するように呟かれたその言葉は、今まで彼から聞いたどの言葉よりも重みがあった。

 

 家の問題と、個人の想い。

 蘭だけではない。他ならぬ彼もまた、その両方から板挟みになっているのだ。

 

 

「俺は誰かの親になったことはない。子ども一人育てたことがない人間に、親とは、と説けるほど大した人間ではない」

 

 

 当然、彼らのように、しがらみがあるわけでもない。

 そんなもの捨ててしまえ、とは口が裂けても言えるわけがない。

 

 

「こうして立ち止まって、親として在り方を見つめ直すことのできる親になれただけでも、喜ばしいことだろう。子の側からしたら、な」

 

 

 それでも、二人とも確実に前に進んでいることは断言できる。

 

 最近、心当たりはあるんじゃないか、と尋ねると彼はわざとらしい咳払いをした。以前、会ったときとは異なる意匠の眼鏡がライブハウスの照明を反射させていた。

 

 

「まあ、とにかく最終的に戻っていてくれさえすればいい。それまでは好きにさせる」

「そうか。俺が口にするのは変かもしれないが、もし音楽から戻ってこなかった際はどうする?」

「………その場合の備えも───いや、気にするな。こちらの話だ」

 

 

 ………何やら思惑があるのだろうが、そこまで他人の家の事情について知る必要もないだろう。

 これ以上は深く詮索しないこととした俺は、簀巻きにされる前に仕込んでおいた細工を解いた。

 

 はらはら、と固く結ばれた縄が地面に落ちる。

 体に痕がついていないことを確認していると、隣が面食らった表情をしていた。

 

 

「縄抜けできたのか」

「昔、練習したことがあるからな。さて、今度こそ俺は店に戻って、打ち上げの準備をする。貴方もそろそろ立ち去った方がいい」

 

 

 実のところ名残惜しいが、仕方のないことだ。

 ステージの外にいる自分は“迎える側”で、ステージの上にいるあの五人は“迎えられる側”。

 たとえ、どれほど長い付き合いでも、同じ場所には立つことができない以上、この役割だけは果たさなければならない。

 

 蘭の父も同じく帰路につくらしい。

 それもそのはず。もし娘に見つかってしまったら、お互い色々といたたまれない気持ちになるのは目に見えてわかるのだから。

 

 

「今度、また家に来るといい。その時は前回の続きから教えよう」

「ああ、その時は世話になろう」

 

 

 そう言って俺達は別れた。

 ……相変わらず、蘭の父は不器用な人間だった。

 普段は厳しいが、暇さえあればこうしてライブに赴いている。娘だけでなく、その周りの人間も含めて気遣おうとしている、

 

 

「そういう男だからこそ、蘭のような娘に恵まれたのかもしれんな」

 

 

 こんな俺にも分け隔てなく接してくれる上に、時間があれば生花を教示してくれている。根っからの優しさはまさに蘭そっくりだ。

 特に後者は本当にありがたい。生花の色彩やバランスの知識は料理の飾り付けに大変参考になるからだ。

 

 ………しかし、弟子として受け入れずにおいそれと技を教えるのは、由緒正しい名家としてはアリなのだろうか。

 

 そんな疑問が生まれたときには、既に家に到着していた。

 

 

「─────さて、始めるとしよう」

 

 

 勝負服(エプロン)に身を包み、意識を切り替える。

 

 あの五人へのお礼と考えれば、自然とやる気にもなれる。

 “いつも通り”やり遂げた彼女たちを、“いつも通り”迎えるとしよう。




 変だな……原作はガールズバンド中心の話で、前書きに『期待にそえる』って書いているくせに、今回の半分以上は男同士の会話になっているぞ……?
 しかも、縄で身動きが取れない男と顔の半分以上を隠した男……どうみてもテロリストと人質の構図です。本当にありがとうございました。
 一体誰得なんだろう、なんて書いていながら思いながらも投稿してしまいました。

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